一番の問題は、学者の世界では有名であるが、一般のチェコ人の間の知名度がほとんどないことである。そのために署名集めでチェコ全国を回っていたようだが、現職の大統領の知名度には太刀打ちできない。ゼマン大統領の場合には大統領としての職務が、そのまま選挙運動になるのだから、不公平感は否めない。次回の選挙にはゼマン大統領は出馬できないから、次回は公平な選挙戦になりそうだけどね。
ドラホシュ氏が二回目の選挙でゼマン大統領と一騎打ちということになった場合の問題点は、やはり前回のシュバルツェンベルク対ゼマンのときと同様に、チェコ社会の分断が明確に反映されてしまうところにある。高学歴で高収入の人たちはドラホシュ氏を支持し、低学歴で低収入の人たちはゼマン大統領を支持するという社会的な格差が投票先を決めることになりかねないのである。
社会的な階層間の対立をあおりかねないという意味で、ドラホシュ氏の出馬はチェコ社会にとってはあまり歓迎できることではない。ただ、他の立候補者を見渡した場合に、ゼマン大統領に少しでも対抗できそうな存在が皆無であることを考えると、ドラホシュ氏の出馬は必然だったのかとも思われてくる。現実的な意味で対立候補と呼べる存在のいない大統領選挙は盛り上がらないし、有権者にとっても選ばれた大統領にとってもいいことではない。
ドラホシュ氏に勝つ可能性があるとすれば、ゼマン大統領があれこれ問題のある言動を繰り返していることで、これで、何となくゼマンに入れようと考えている人たちが、ゼマン大統領の支持から離れてくれればドラホシュ大統領の誕生の目もあるんだけど……。現実は雪崩を打ってゼマン大統領、バビシュ首相の実現に向かっている。頑張ってどうなるものでもないだろうけど、ドラホシュ氏には頑張ってほしいものである。
二人目が、オーディション番組の審査員としてチェコ中に名前を売ったホラーチェク氏で、昨年ダライラマ問題でゼマン大統領が批判を受けていたときに、プラハ城での勲章の授与式の裏で、反ゼマン派の集会を主催していた人物である。当時はすでに出馬を表明していたから、ダライラマや文化大臣などを出汁に使って選挙運動の一環にしていたわけだ。あの集会が自然発生的な物だったら、民主主義の発露とか言ってもいいのだろうけど、大統領選の候補者の選挙運動に使われたと考えると、評価は微妙なものになる。
ホラーチェク氏は、もともとはチェコの芸能界で歌謡曲のための詞を書いていた人である。この人の書いた歌を聞いたことがあるかどうかはわからないけど、カレル・クリルやノハビツァのような印象を残す詞ではないのだろう。この人の詞を知っているなんて人にはあったことないしさ。その後フォルトゥナという賭けの会社(特にスポーツの結果にかけられる)を共同で設立して資産を築き、その金で何をするかとなったときに、大統領になろうと考えたようだ。選挙資金は基本的に自腹だと語っていた。
ドラホシュ氏の場合とは違って、テレビで稼いだ知名度はある。ただ、大統領としてふさわしいと評価してもらえるかどうかは別問題である。実業界や芸能界から大統領を出すのであればもっとふさわしい人はいくらでもいると思うんだけどねえ。芸能界であれば、防衛大臣の俳優スロトロプニツキーでもいいし、ちょっと高齢すぎるかもしれないけどズデニェク・スビェラーク、マルタ・クビショバーあたりも、ホラーチェク氏よりは大統領として想像できる。スポーツ界だったら、チャースラフスカー氏に期待したかったのだけど……。
残りの候補者たちは、国会議員の推薦による立候補である。中には有権者の署名を集めきれずに方向を転換した候補者もいる。現時点で必要な数の署名を集めたことがわかっているのは六人しかいない。残りは何で立候補の届け出ができたんだろうね。この不思議さがチェコという国である。
さて、大物から行くと、先週突然出馬を表明したのが元首相のトポラーネク氏である。市民民主党の上院議員だったのだが、最後には党と喧嘩別れして今では無所属。それでも古巣の市民民主党を中心に、こちらも古巣の上院で署名を集めて立候補を届け出た。ただし、トポラーネク氏を推薦した議員の中には、すでに別の候補者のために署名していた人も含まれるようで、一人の議員が二人以上の候補者を推薦できるのかどうかは、これから裁判で決めることになるようだ。有権者の場合には、何人の候補者に署名を与えてもかまわないことになっているのだけど。
この人も、古き悪しき市民民主党にどっぷりつかっていた人なので、今更支持を集められるとも思えない。元側近のダリークというロビーストが、チェコ軍の装備の導入に関して外国企業に賄賂を要求したという罪で刑が確定して、刑務所に収監されたというニュースが世をにぎわしているのだし。本人たちは否定しているけれども、どう見ても、賄賂の行先は、少なくとも要求された側が想定した行先は、首相であったトポラーネク氏だったとしか思えない。それにEUの議長国だったチェコで内閣が倒れるという恥をさらしたときの首相がトポラーネク氏である。立候補が取り消されることを期待しておく。
二人目は武器製造業者の作る団体の長を務めていたらしいイジー・ヒネク氏。申し訳ないけれども知名度は皆無だと言うしかない。現実主義党から下院の選挙にも立候補したようだが、もちろん議席は獲得できていない。
次はペトル・ハニク氏。音楽業界でプロデューサーなどを務めていたというけれども、知らん。これまで何度か上院の選挙に立候補し、今回の下院の選挙にも自分の党(名前がころころ変わるらしい)から候補者を立てている。
四人目が、元シュコダ自動車の社長のブラスティスラフ・クルハーネク氏。シュコダの社長には知名度はあるが、固有名詞、つまり社長本人の名前には知名度はない。復活した市民民主同盟(ODA)からの立候補となるようである。
次は、政治家で外交官らしいパベル・フィシェル氏。ハベル大統領の顧問官を務めていたこともあるらしい。フランスやモナコでチェコ大使も務めたというのだけど、知らないとしか言えない。
最後は、有権者の署名を集めきれず上院議員の推薦に切り替えて立候補したマレク・ヒルシュル氏。本業はお医者さんで、人道支援組織のADRAなんかとも協力関係にあるようである。国会議員の推薦で立候補した人たちの中では、一番理知的な印象を与えるのだけど、同時に知名度の低い人たちの中にあってさえ圧倒的に知名度が低いのが難点である。本人は選挙戦が始まった後の討論番組などで自分の見解を表明することで、知名度を上げ支持を広げることができるのではないかと語っていた。もしかしたら、今回は様子見で、知名度の高まった次回以降への布石なのかもしれない。
この次回以降への布石というのは、ほとんどの候補者に適用できそうである。圧倒的な知名度と業績を誇る、その分悪名も高いけど、ゼマン大統領に今回の選挙で太刀打ちできる候補者はいないだろう。次回の選挙にはゼマン大統領は出られないのだから、今回の選挙で存在を有権者に知らしめることができれば、次回の選挙では知名度を上げる必要はなくなる。その分少しは当選に近づくのである。
個人的にはドラホシュ氏に頑張ってほしいというのもあるのだけど、頑張りすぎてチェコの社会がポーランドのように完全に分断されるのも見たくはない。心配なのは反ゼマンの既存の政党(共産党は除く)が、雪崩を打ってドラホシュ氏への支持に向かうことで、そうなると既存の政党に絶望した層は、ドラホシュ氏を支持できなくなる。かくて、ゼマン大統領の再選が一回目の選挙で決まる可能性も高くなるのである。
外国人という立場なので、誰が大統領になってもそれほど影響はないのだけど、本当の意味でチェコを代表できる人が選ばれてほしいと思う。数々の欠点はあってなお、ゼマン大統領もクラウス大統領も、いい意味であれ悪い意味であれ、チェコを、チェコ人を代表するという点では、適任だったのかなあ。
2017年11月10日18時。
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私は彼らがハナ ヘゲロヴァと録ったPotm?šilý Hostがとても好きなのですが、現地ではもうこんな古いレコードは聴かれないのですね。ちょっと残念!