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2月28日、「福島原発事故独立検証委員会」なるグループが日本記者クラブで会見を開いた。ここはフリーランスの記者や雑誌記者は加盟できない閉鎖的な場所だそうで、この一点だけでも委員会の性格が推測できる。公正さなどは期待できないということだ。 東電福島第一原発事故を「独立」して「検証」するという委員会のメンバーは、委員長が北澤公一・前科学技術振興機構理事長、委員は遠藤哲也・元IAEA(国際原子力機関)理事会議長、但木敬一・弁護士、野中郁次郎・一橋大学名誉教授、藤井眞理子・東京大学先端科学技術研究センター教授、山地憲治・地球環境産業技術研究機構理事・研究所長。 北澤委員長は1966年に東京大学理学部化学科を卒業して以来、化学の分野を歩いてきた人物。遠藤委員はIAEAの理事会議長を経験した人物で、原子力の専門家のように見えるのだが、東京大学では法学部に在籍、1958年に外務省へ入っている。 次の但木委員は東大法学部卒の元検事総長(2006年から08年)。原田明夫(2001年から04年まで検事総長)と「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(盗聴法)」の法制化を推進したことで知られている。原発に反対する人びとは監視の対象になっているだろう。 原田が国民監視システムにかかわるのは1970年代の後半。駐米日本大使館に一等書記官として勤務していた当時、アメリカの個人情報追跡/分析システムを調べている。その時、原田の下で実際に動いていたのが敷田稔(後の名古屋高検検事長)だ。(詳しくは拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を) 野中委員は1958年に早稲田大学政治経済学部を卒業した経営学者で、防衛大学の教授を務めていたこともある。2002年まで雪印乳業の監査役だったが、この会社、2000年には集団食中毒事件を起こしている。その際、会社側の対応は無責任きわまりないもので、雪印グループ解体の一因になった。 藤井委員は1977年に東大経済学部を卒業して大蔵省へ入った「元キャリア官僚」。東大の先端科学技術研究センターへ移ったのは1999年のことである。現在、政府が東電を必死に擁護している一因は、融資や投資で深く結びついた金融機関を守ることにあるとも言われている。そうした意味で、藤井委員は「適任者」なのかもしれない・・・「原子力ムラ」の住民にとっては。 そして山路委員。今は地球環境産業技術研究機構の研究所長らしいが、学部で専攻していたのは原子力工学。1972年に学部を卒業、77年に博士課程を修了して入ったところが電力中央研究所だ。原子力ムラの住人ということだ。 独立検証委員会・・・原子力ムラの委員会としか言いようがない。よくこんなメンバーで委員会を作ったものである。人選した人間も、受けた人間も、正気とは思えない。 この委員会でさえ、事故が起こった直後、東電の清水正孝社長から現場の作業員600人を福島第一原発から第二原発に撤退させたいと政府に申し入れていることは認めざるをえなかった。メルトダウンしていると判断した東電は逃げようとしたわけだ。そして3月15日、菅直人首相は東電の本社に乗り込み、「撤退はありえない」と発言したのである。もし撤退していたなら、少なくとも東日本は全滅していた可能性が高い。 事故後、原発の周辺には10年から20年の間、人は住めなくなることを菅首相は理解していたと松本健一元内閣官房参与はオーストラリアのテレビ局ABCの取材に語っている。東京の住民を避難させなければならないかもしれないと菅首相は考えていたとも松本元参与は話している。3号機が爆発した後、原発の敷地内では放射線の値が一時、1000ミリシーベルト(マイクロではない)まで上昇したという。 NRC(原子力規制委員会)によると、福島第1原発の建屋の外で核燃料棒の破片が見つかっているのだが、委員会のゲイリー・ホラハン新原子炉局副局長はその破片が圧力容器の内部にあった燃料棒のものだと推測している。3号機の使用済み燃料プール内で核反応(核暴走)が起こり、プールが大砲のような役割を果たして煙や瓦礫が噴出、その際に燃料棒の破片も飛び散ったという見方もあるが、いずれにしろ深刻な事態だ。 この時期、政府も東電もマスコミも「安全デマ」を広めることに熱心で、原発近くの人間は勿論、全ての日本人を危険にさらしていた。当時の状況を的確に理解していたフランスは3月13日、事故の2日後には首都圏にいる自国人に対し、関東を離れるよう同大使館のウェブサイトで勧告、日本への旅行は延期するように呼び掛けた。 16日になるとドイツ外務省も自国民を避難させようとする。東京や横浜に住むドイツ国民に対し大阪や海外などへ避難するよう勧告、大使館機能の一部も東京から大阪へ移したと言われている。アメリカでさえ50マイル(80キロメートル)圏内からの避難を勧告している。 ところが、委員会は首相官邸の現場への過剰な介入を「評価できない」と述べた。意味不明である。事態を正確に把握、国家存亡の危機だということを理解した上で東電は混乱し、逃げようとしたのである。孫崎享氏も指摘しているように、東電は「事故処理能力を完全に失っていた」。 撤退を認めなかったのでかろうじて日本は存続できていることを委員会も認めざるを得ないのだが、やはり自分たちの「ムラ」に介入したことが許せないのだろう。政府の責任は国民よりも東電を軸にした利権システムを守ろうとしたことにある。そうした状況は今でも続き、日本人は地獄へ引きずり込まれようとしているのだ。
2012.02.28
イギリス政府がイランとの戦争計画を作成中だとイギリスのサン紙が伝えている。イスラエル軍の攻撃が引き金になり、18カ月から24カ月で戦争に突入する想定のようで、まず歩兵大隊をアラブ首長国連邦へ派遣し、場合によってはオマーン、クウェート、サウジアラビア、バーレーン、カタールへも部隊を送り込む手順だという。現在、湾岸には7隻の軍艦が配備されているが、さらに潜水艦を1隻、派遣することになっているようだ。石油利権でイギリスは湾岸の独裁産油国と深く結びついている サン紙は戦争の原因を「狂ったマフムード・アフマディネジャド大統領」の核開発に求めているようだが、アメリカでは軍も情報機関もイランの核兵器開発には否定的。こうした核兵器開発に関係なく、イスラエルやアメリカの親イスラエル派(ネオコン)は2001年9月11日から間もなく、イランを攻撃すると決めていた。 振り返ってみると、1980年代からイスラエル/ネオコンはイラクのサダム・フセイン体制を倒す意志を明確に示し、ジョージ・H・W・ブッシュやジェームズ・ベーカーたちと対立している。それが「イラク・ゲート事件」が浮上する切っ掛けになった。 1990年代になると、イスラエル/ネオコンは中東の支配構造を作り替える提案をするようになる。中でも「決別」と題された文書は特に有名。そして2001年9月11日、世界貿易センターの超高層ビルとペンタゴンが攻撃された直後、ジョージ・W・ブッシュ政権はイラクへの軍事侵攻を決定し、さらにシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、イランを攻撃リストに載せた。これはウェズリー・クラーク米陸軍大将が語っている。アフリカ北部と中東全域を「植民地化」するということだろう。 イスラエルを生み出したのはイギリスなわけで、誰が主導権を握るかで関係が変化することはあるだろうが、両国の関係は深い。その両国と結びついているのが「オリガルヒ(寡占支配者)」たち。ボリス・エリツィン時代のロシアで、不公正な手段で巨万の富を築いた富豪だ。ウラジミール・プーチン大統領との抗争に敗れ、一部はプーチンの配下に入り、一部はロンドンやイスラエルへ逃亡している。 そうした亡命者の中でも特に有名なボリス・ベレゾフスキー(プラトン・エレーニンに改名)は一時期、イスラエルの市民権を持っていた。ジェイコブ・ロスチャイルド(ロスチャイルド卿)、その息子であるナット・ロスチャイルド、多くのメディアを所有しているルパート・マードック、ジョージ・W・ブッシュ前米大統領の弟でS&Lスキャンダルでも名前が出たニール・ブッシュ、「ジャンク・ボンド」で有名なマイケル・ミルケンらと親しい。 イギリスにしろ、イスラエルにしろ、アメリカのネオコンにしろ、イランを攻撃する理由として掲げているのはイランの核開発。イラン側は「平和利用」だとしているが、イギリス、イスラエル、ネオコンらは「核兵器の開発」だとしている。そして、イスラエル/ネオコンの主張をアメリカの軍や情報機関は否定しているわけだ。 そこへ飛び込んできたのがウィキリークスが公表したストラトフォーの電子メール。その中に、イランの核関連施設はイスラエル軍とクルド系武装勢力によって破壊されたとする情報が出てくる。同社の情報源の話だ。 昨年11月、イランの軍事施設で爆発があった。これはイスラエルの情報機関モサドが「ムジャヒディン・ハルク(MEKまたはMKO)」の協力を得て実行したと伝えられている。その前に核施設が破壊されたということらしいが、ストラトフォー内部でもこの情報には懐疑的なようだ。 もし、この情報が正しいならば、すでにイランは攻撃されて核施設は破壊されているわけで、新たな攻撃の口実はなくなるのだが、その一方で「報復論」がイラン国内で高まるなど面倒なことになる。イラン国内の核施設は分散されているようなので、全ての施設を破壊したとする話は眉唾ものだ。イスラエルの挑発的な爆破工作が失敗したのかもしれない。
2012.02.28
内部告発支援サイトのウィキリークスがアメリカの民間情報会社、ストラトフォーの電子メールを公表し始めた。国際的なハッカー集団と言われるアノニマスが昨年、同社のサーバーに侵入して盗み出したものだとみられ、その総数は500万件以上になるという。 ストラトフォーは政府機関などの内部で働いている人間を雇い、情報源としているようで、ロシアの弾道ミサイルに関する機微な情報を入手しているほか、2009年にはゴールドマン・サックスの重役だったシーア・モレンツとストラトフォーのCEOジョージ・フリードマンとの間で、ストラトフォーの情報網を利用したファンド設立についてやりとりされているようだ。 1970年代の前半、アメリカでは情報機関が秘密裏に実行していた破壊工作の一端が明らかにされた。自分自身も秘密工作の中枢にいたウィリアム・コルビーCIA長官が実態を明らかにしたのである。本ブログでも何度か取り上げたOPCの存在やベトナム戦争での村民皆殺し作戦、フェニックス・プログラムが明らかになったのもそのときだ。マインド・コントロールを研究開発していたプロジェクト、MKウルトラも知られるようになった。このコルビーをパージし、後釜に座ったのがジョージ・H・W・ブッシュである。 1970年代になるとCIAでは内部告発を不可能にする仕組みを築き上げ、上院議員としてこの問題を追及していたフランク・チャーチも1981年に急死、そのころから情報活動の「民営化」が進んでいる。アフガン戦争やイラク戦争では傭兵会社(民営化された特殊部隊)の存在が注目されたが、情報機関でも似た現象が起こっていたのである。 イランへの武器密輸とニカラグアの反革命ゲリラ支援が問題になった際、民間CIAの存在もクローズアップされた。これが「エンタープライズ」。その後も情報活動の「民営化」は進み、外部の巨大資本と政府機関は一体化しつつある。公的な機関が巨大資本に侵食されているようにも見える。ストラトフォーもそうした「民間CIA」の一部なのだろう。
2012.02.27
イランが核兵器の開発に乗り出しているとアメリカの情報機関は考えていない。今では、アメリカ政府に忠誠を誓っている天野之弥が事務局長を務めるIAEA(国際原子力機関)を好戦派は頼りにしているかもしれない。 イランの場合、研究はしていても製造に向かって動き出してはいないということだろうが、核兵器の原理を研究しているということなら日本も同じ。いや、大陸間弾道ミサイルだけでなく、兵器級のプルトニウムを84キログラム保有しているとも言われ、核兵器の開発能力という点ではイランよりも日本の方が、はるかに「危険」な段階に達している。 1970年代の後半、ジミー・カーター大統領の補佐官として中央アジアや中東に軍事的に緊張させるプロジェクトを始めたズビグネフ・ブレジンスキー、この好戦的な人物も現在のイランを危険な存在とは考えていない。イランとの戦争はアメリカに破滅的な結末をもたらすとしたうえで、アメリカがイランと戦争する意志がないことをイスラエルへ明確に伝えておく必要があると語っている。 ネオコン(アメリカの親イスラエル派)の攻撃リストでイランよりも優先順位が上だったイラクの場合も、攻撃の理由として「大量破壊兵器」が挙げられていた。すぐにでもアメリカが核攻撃を受けるかのようにジョージ・W・ブッシュ政権は宣伝、メディアはその偽情報を垂れ流していたのである。 イラクが核兵器を製造するため、「ニジェールからイエローケーキ(ウラン精鉱)をイラクが購入する」という話も流されたのだが、この情報が嘘だということを公表したのがジョセフ・ウィルソン元駐ガボン大使。CIAの依頼で情報の信憑性を調べ、正しくないと本人が報告している。 ウィルソン元大使が事実を明らかにした直後、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ロバート・ノバクはウィルソンの妻、バレリー・ウィルソン(通称、バベリー・プレイム)がCIAの非公然オフィサーだという事実を暴露している。 ノバクはウィルソンに「報復」したのだという見方もできるのだが、バレリーの仕事を考えると別の目的があった可能性もある。バレリーはイランの大量破壊兵器に関するCIAの調査を指揮、イランが核兵器の開発を始めていないと見ていたようなのだ。 実際、バレリーに限らず、イランの核兵器開発が迫っているとCIAは考えていない。これは、現在でも同じで、調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュも同じ趣旨のレポートを発表している。 もっとも、イラクが大量破壊兵器を保有しているというブッシュ政権の主張は根拠がないと、イラク攻撃の前から指摘されていた。アメリカ軍を統括している統合参謀本部の中にもイラク攻撃に反対する人は少なくなかった。 当然、アメリカであろうと日本であろうと、メディアの記者はこうした情報を知っていたはずである。が、メディアはブッシュ政権のプロパガンダを広めることに熱心だった。日本のマスコミはアメリカより好戦的で、開戦の障害になりそうな人間を徹底的に攻撃していた。 勿論、イラクは大量破壊兵器を持っていなかった。それどころか、2001年9月11日よりも前に、サダム・フセインはアメリカに対する「テロ計画」の存在も警告していたことがわかっている。 要するに、ブッシュ政権は嘘で戦争は始めたわけだが、日本政府もその戦争に協力している。この戦争では100万人とも言われるイラク市民が殺害されたと推測されているわけで、日本の政府もマスコミも責任は重いのだが、「説明責任」すら果たしていない。そして今、イランでも同じようなことを繰り返している。
2012.02.26
昨年の春から続くシリアの内乱は泥沼化しつつある。イギリスを拠点とするプロパガンダ部門とトルコなどを拠点とする軍事部門の両輪でバシャール・アル・アサド体制の転覆を目指しているわけだが、ロシアや中国の抵抗もあり、思惑通りには進んでいないようである。そして、反アサド派がチュニジアで「シリアの友人」なる会議を開いた。 チュニジアと言えば、「アラブの春」がスタートした国である。2010年12月から11年1月にかけて展開された反政府行動でチュニジアのジン・アル・アビディン・ベン・アリ体制は崩壊した。経済状況が悪化する中、ベン・アリの家族が私腹を肥やしていることがウィキリークスの公表した文書で明るみ出て、この情報が切っ掛けになって反政府行動が始まったと言われている。 ベン・アリは1987年、「無血クーデター」で実権を握った人物。その際、イタリアの情報機関SISMIの協力を得たという。SISMIがCIAの影響下にあることを考えると、少なくとも当初はアメリカとも友好的な関係にあったと言えるだろう。そのベン・アリ政権もアメリカに見捨てられたわけである。 体制転覆後の混乱に乗じて主導権を握ったのが組織力のあるサラフィー派/ワッハーブ派など「イスラム原理主義」とも呼ばれる勢力。チュニジアでは教育や女性に対する宗教的な規制/弾圧が厳しくなっている。そのチュニジアに反アサド派が集結したわけだ。 ワッハーブ派の教義に基づいて国を運営しているのがサウジアラビア。前にも書いたことだが、ワッハーブ派はムスリム同胞団にも大きな影響を及ぼしている。そのムスリム同胞団が1928年に創設された際、スエズ運河会社から資金を提供されているという。その当時、この会社はイギリスの会社になっていた。 そのイギリスがムスリム同胞団の創設に協力した目的は、帝政ロシアに対抗することにあったようだ。そうした歴史的な背景もあり、ムスリム同胞団は今でもイギリスの情報機関の影響を受けているとされている。つまり、現在、シリアでも反政府運動に参加しているムスリム同胞団はイギリスとサウジアラビアを背景にもっている。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、2001年9月11日にドナルド・ラムズフェルド国防長官はイラク攻撃のプランを考えろと命令、その数週間後、アメリカ政府はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが攻撃予定リストに名を連ねていたという。リビアもシリアも「予定通り」に攻撃されている。つまり、このリストはジョージ・W・ブッシュ政権からバラク・オバマ政権に引き継がれた。 イギリスとアメリカのアングロサクソン連合、サウジアラビアやカタールの湾岸独裁産油国、そしてフランスはシリアの反政府軍に対する武器供与や軍隊の派遣を主張している。NATO軍が空爆できない現在、別の手段で反政府軍を支援しなければならないわけである。 シリアの場合、反政府軍に対する支援活動は「平和的抗議活動」とほぼ同時に始まっている。トルコの米空軍インシルリク基地で「SFA(シリア自由軍)」の軍事訓練を始めたのだ。教官はアメリカのCIAや特殊部隊、イギリスやフランスの特殊部隊員だという。 リビアでムアンマル・アル・カダフィ体制が倒された後、アル・カイダ系の武装集団がシリアへ移動していて、最近ではドイツのシュピーゲル誌もイスラム武装勢力がシリア政府軍と戦っていると報道、上院の軍事委員会でDNI(国家情報長官)のジェームズ・クラッパーは、イラクからアル・カイダの兵士がシリアへ入っていると証言している。すでにシリアの内戦は国際的になり、アメリカは無人偵察機をシリア領空に飛ばし、イギリスやカタールは特殊部隊をシリア領内に潜入させているとも報道されている。 そうした中、サウジアラビアのサウド・アル・ファイサル外相はFSAに武器供与することに賛意を示し、カタールのシェイク・ハマド・ビン・ジャッシム外相はアラブ軍の編成を主張したという。が、そうしたことは秘密裏に行ってきた。より大規模な支援が必要だということなのだろう。こうした強硬策をサウジアラビアは国内でも採用、政府に楯突くと見なされた人びとは徹底的に弾圧されているのだが、「人権」に敏感なはずの欧米諸国の動きは鈍い。
2012.02.25
また「南京事件は捏造」という話が飛び出した。南京市の共産党市委員会常務委員らに対する河村たかし名古屋市長による発言だ。1945年、市長の父親が南京で「温かいもてなしを受けた」ことが根拠らしい。 市長である以上、飲み屋でおだをあげても問題だが、相手を考えれば口にすべきはなかった。政治家としての資質がないということだ。日中関係が悪化することを願うアメリカの支配層は喜ぶだろうが。 この事件に関しては多くの報告があるが、ここでは事件当時、特務機関員として南京市の周辺で諜報活動に従事していた知人の話を紹介する。彼は次のようなことを言っていた。 「市内をくまなく調べたわけではなく、何人が殺されたかはわからないが、虐殺と言えることが行われたことは間違いない。」 こうした虐殺が行われた背景として彼が指摘していたのは通州事件。1937年7月、「冀東防共自治政府保安隊」の襲撃で日本人居留民約230名が虐殺されたと言われている。この事件を知り、興奮状態になったまま日本軍は同年12月に南京市へ攻め込み、虐殺が行われたというのだ。勿論、通州事件を起こした人間と南京市の市民は関係ない。 この事件を難しくしている理由のひとつは、南京攻略に参加していた上海派遣軍の司令官が朝香宮鳩彦、昭和天皇の叔父にあたる人物だったことだろう。そしてもうひとつの問題。南京を攻略すると、憲兵隊が組織的に略奪を始めたとする報告がある。公的な資産を奪っただけでなく、銀行や裕福な家に押し入って金や宝石などを略奪したとも言われている。南京事件を掘り下げていくと、この問題に行き着き、アメリカ支配層にとっても都合の悪いことになる。 戦後、南京事件の責任者として、中支那方面軍の司令官だった松井岩根大将が絞首刑になっているが、松井が事件に関与していないことは明らか。朝香宮に累が及ばないように松井が罪を被ったとも言われている。
2012.02.24
大阪市の橋下徹市長による「職員アンケート」や市のサーバーに保存されているメールの調査が話題になっている。教育支配に続くファシズム的な行動だ。 この橋下市長を看板にしている「大阪維新の会」なる集団が存在する。植草一秀氏が指摘しているように、その基本姿勢は1)対米隷属、2)市場原理主義、そして3)官僚利権の温存。「すべてはメイドインUSAなのだ」という指摘も、恐らく正しいだろう。 橋下市長の行動は「思想調査」だとして非難されている。確かに、そうした側面があることは否定できないが、もっと大きな目的があるのではないだろうか?市役所の中に疑心暗鬼、相互監視の雰囲気を作り上げ、職場のコミュニケーションを殺そうとしているように見えるのだ。3人以上が集まると誰も本音を言わない・・・戦前の日本、レッド・パージ時代の日米はそんな雰囲気だった。 また、君が代の斉唱や日の丸の掲揚を強制するのは庶民を権力者に屈服させるための「儀式」である。まつろわぬ人びとを屈服させるため、そうした人びとを支える信念、プライドを砕き、自分たちに絶対服従させようとしているのだ。 1月30日に東京地裁の古久保正人裁判長は、都立高校の職員会議で教員の挙手や採決を禁じた都教育委員会通知を「教職員の言論の自由の封殺」と主張するのは短絡的だとする判決を出した。君が代の斉唱や日の丸の掲揚を強制することは「体制の意志」だということだろう。いわば、現代版の「踏み絵」だ。 こうした政策をマスコミは批判しない。小沢一郎に対する報道と比較すれば、彼らの真意がわかるだろう。アドルフ・ヒトラーのナチスをアメリカの巨大資本が支援していたことを忘れてはならない。その巨大資本はフランクリン・ルーズベルト大統領の排除を目的とするクーデターも計画していた。(詳細は拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を) 石原某も同じだが、橋下市長たちは日本全体を相互監視社会にすることを目的にしているのではないだろうか?
2012.02.23
スウェーデンのカール・ビルト外相のスキャンダルをウィキリークスは明るみに出す準備を進めていると報道されている。同外相は1973年からアメリカへ情報を提供していたというのだ。スウェーデンの現政権とアメリカとの親密な関係は有名で、驚きではない。外相は個人的にカール・ローブと親しいことも知られているが、そうした話を超える何らかの証拠が提示されたなら、大きな問題に発展する可能性がある。 内部告発支援グループ、ウィキリークスの「顔」として知られているジュリアン・アッサンジは現在、イギリスの法廷で戦っている。アッサンジを「レイプ容疑」で指名手配しているスウェーデン検察にイギリスの当局は引き渡そうとしているのだが、それにアッサンジ側が抵抗しているのだ。 アッサンジをスウェーデン検察が指名手配したのは2010年8月のことだが、その4カ月前にウィキリークスは衝撃的な映像を公表していた。それはアメリカ軍のアパッチ・ヘリコプターが非武装の十数名を殺害する場面を撮影したもので、犠牲者の中にはロイターのスタッフ2名も含まれていた。自動車に乗っていた子どもふたりも重傷を負っている。 この映像は3つの事実を明らかにした。まず、アメリカ軍は非武装の市民を平然と殺害し、第2に軍内部では事実に反する報告がなされ、第3にアメリカの軍や政府は事件について嘘をついていたということだ。 この映像を日本ではマスコミの大半が無視していたが、報道した場合でも「市民と兵士を誤認した」というような代物。つまり、兵士の報告を垂れ流しただけ。映像を見れば戦闘など行われていないことは明白で、ターゲットが武装しているようには見えない。事実、武装していなかった。 1970年代までのスウェーデンではアメリカに批判的な人が少なくなかった。1967年にベ平連は空母イントレピッドから逃げてきた兵士をたすけているが、その際、逃がした先がスウェーデンだった理由のひとつはそこにあるのだろう。 スウェーデンの歴代首相の中で特にアメリカに批判的だったのは、おそらく社会民主党のオルオフ・パルメ。1969年10月から76年10月、そして82年10月から86年2月にかけて首相を務めている。その第2期目が始まる直前、スウェーデン国民に大きな影響を与える出来事が起こった。 当時、アメリカではロナルド・レーガンが大統領に、イギリスではマーガレット・サッチャーが、西ドイツではヘルムート・コールが、そして日本では中曽根康弘がそれぞれ首相に就任している。いずれも好戦的で新自由主義経済を信奉する政治家だ。そうした中、ソ連の西側にあるスウェーデンでパルメ政権が誕生したことをレーガン政権が嫌ったことは間違いないだろう。 1982年9月、NATO軍はスウェーデンの近くで軍事演習を立て続けに実施している。「ノーザン・ウェディング」、「USバルトップス」、そして月末には対潜水艦戦の「ノットバーブ」だ。 そして10月1日、パルメが首相へ返り咲く1週間前にスウェーデンの領海へ国籍不明の潜水艦が侵入、大捕物が展開されたのだが、証拠が示されないまま、ソ連軍の潜水艦だという宣伝が始まり、スウェーデン国民の反ソ連感情が高まった。このとき、アメリカとスウェーデン、両国の軍隊や情報機関は歩調を合わせていた。 しかし、ノルウェーの研究者、オラ・ツナンデルによると、ノルウェー軍の情報将校は問題の潜水艦は西側の潜水艦だ断言、アメリカやスウェーデンの当局者と真っ向から対立している。 その翌年、4月から5月にかけてアメリカ海軍は千島列島の沖に3空母、エンタープライズ、ミッドウェー、コーラル・シーを終結させ、大艦隊演習「フリーテックス83」を実施している。8月31日から9月1日にかけては大韓航空007便がソ連の領空を侵犯、ソ連軍の重要基地の上を飛行した末に、サハリン沖で撃墜されたと言われている。11月にはNATO(北大西洋条約機構)軍の演習、「エイブル・アーチャー83」を計画されていた。 その一方、ポーランドでは反体制労組「連帯」が宣伝されていたのだが、この団体はアメリカの情報機関と公然と交流、イタリアのアンブロシアーノ銀行が違法送金していたこともP2スキャンダルに絡んで判明している。ちなみにレーガン政権は当時、「プロジェクト・デモクラシー」なる作戦を始めていた。勿論、真の意味で民主化を推進したかったわけではない。「民主化」を呪文に使い、プロパガンダ戦を始めていたのだ。 ジャーナリストのカール・バーンスタインによると、ファクシミリ、印刷機械、送信機、電話、短波ラジオ、ビデオ・カメラ、コピー機、テレックス、コンピュータ、ワープロなどが数トン、アメリカからポーランドへ密輸されたという。連帯の指導者だったレフ・ワレサも自伝の中で、戒厳令布告後に「書籍・新聞の自立出版所のネットワークが一気に拡大」したと認めている そして1986年2月、パルメ首相は殺害された。妻と映画を見終わって家に向かう途中、銃撃されたのである。
2012.02.23
シリアの反政府軍に武器援助するのは時期尚早だとマーティ・デンプシー統合参謀本部議長は語ったという。アメリカの「正規軍」はそう判断しているのかもしれないが、実態は遙かに先を行っていて、NATO軍はリビアからシリアへ武器を輸送しているとも言われている。いや、その前からアメリカ、イギリス、カタールなどの情報機関や特殊部隊は軍事介入を始めている。こうしたグループの介入でシリアの内戦は始まったと言うべきだろう。デンプシー議長の「介入は時期尚早」という発言に焦点を当て、そこだけを強調するのは正しい姿勢とは言えない。 現在、アメリカはシリアの反政府軍を秘密裏に支援しているとも伝えられているのだが、体制転覆を目指す作戦は昨日今日に始まったことではない。「平和的抗議活動」がシリアで始まった頃、NATOは「SFA(シリア自由軍)」への軍事訓練をトルコの米空軍インシルリク基地で始め、アメリカのCIAや特殊部隊だけでなく、イギリスとフランスも特殊部隊員を教官として送り込んでいるともいう。ヨルダン北西部の都市、マフラクにもシリア攻撃の拠点を作っているようだ。 こうした訓練だけでなく、アメリカの場合は無人偵察機をシリア領空に飛ばし、イギリスの場合はカタールと同じように特殊部隊をシリア領内に潜入させているとも報道されている。リビアでNATO軍(事実上の英仏米軍)はカタール軍やアル・カイダ系のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)と連合して体制転覆に成功したが、その後、LIFGは兵士をシリアへ移動させている。最近ではイラクからアル・カイダの兵士がシリアへ入っていることを「西側」の有力メディアも認めている。 そもそも、アメリカの好戦派は2001年9月11日から数週間後にはシリアも攻撃リストに載せていた。2005年2月にはレバノンでラフィク・ハリリ元首相が暗殺されているのだが、その年の10月に国連国際独立委員会のデトレフ・メーリス調査官は「シリア犯行説」に基づく報告書を安保理に提出している。 ハリリ一族はレバノンのおけるスンニ派の中心的存在であり、サウジアラビアと密接に結びついている。そこでハリリ元首相の暗殺にシリア政府が関係しているとする話を信じる人も多かったのだが、疑問も多い。例えば、重要証人であるサイド・サディクは有罪判決を受けた詐欺師であり、メーリスの報告書が出る前年の夏、サイドは電話で自分が「大金持ちになる」と話していたという。 2006年からアメリカ国務省はシリアの反政府勢力に対して600万ドルを提供したことを示す外交文書をWikiLeaksは公表しているのだが、この年にはハリリ・グループが「未来運動」なる活動を開始、武装部隊(テロ部隊)を編成した。その部隊を財政的に支援していたのがデイビッド・ウェルチ米国務省次官補を黒幕とする「ウェルチ・クラブ」だとされている。 そして2007年5月、レバノン北部の港町トリポリで治安部隊が武装組織「ファタハ・イスラム」のアジトを襲撃し、戦闘は難民キャンプに拡大した。この組織は親シリア派のグループからスピンアウトして誕生したのだが、当時はハリリ・グループから資金を得ていた。つまり、黒幕はウェルチ。この武装組織はアル・カイダと関係があるとも言われていた。 英仏米や湾岸の独裁産油国がシリアの体制転覆を狙うのはなぜなのか? ひとつはイランとの関係。つまり、イランを攻撃するためにシリアを確保することは戦略的に大きな意味があるということ。第2は地中海側で天然ガスが発見されていること。この資源は湾岸なみだという説も流れていて、地中海側の国を西側やイスラエルは支配したいと考えている可能性がある。そして第3は経済システム。西側の大企業がカネ儲けするために都合の良いシステムをシリア政府が受け入れないというのだ。 しかし、シリア国内では西側の思惑通りになっていないようで、ジョー・リーバーマン上院議員やジョン・マケイン上院議員などはシリアの反政府軍に武器を提供するように要求、56名の外交専門家がバラク・オバマ大統領に対し、武器をシリアの反政府軍へダイレクトに渡すように求める手紙を出している。デンプシー統合参謀本部議長のCNNに対する発言はこうした要求に対する解答なのかもしれないが、実際のところ、アメリカの情報機関や特殊部隊は介入を始めている。イギリス、フランス、サウジアラビア、カタール、イスラエルと手を組みながら。
2012.02.21
シリアの内戦にアル・カイダ系の武装集団が参加していることを「西側」の有力メディアも取り上げるようになってきた。リビアでの惨状を見て事実を無視することができなくなったのか、例えば、ドイツのシュピーゲル誌はイスラム武装勢力がシリア政府軍と戦っているという事実を伝えている。この問題に触れない「報道」は単なるプロパガンダ、「大本営発表」の垂れ流しだ。 アメリカでさえ、シリアでアル・カイダが活動していることを認めざるをえなくなり、上院の軍事委員会でDNI(国家情報長官)のジェームズ・クラッパーは、イラクからアル・カイダの兵士がシリアへ入っていると証言している。 しかし、この証言には疑問もある。昨年10月にリビアでムアンマル・アル・カダフィ体制が倒されると、リビアからシリアへアル・カイダ系の武装集団は兵士を送り込んでいるのである。リビアの体制転覆はNATO軍(英仏米軍)を中心に実行されたが、地上軍の主力はアル・カイダ系のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)だった。リビアに続き、シリアの現体制を転覆させる目的で移動していったのである。 つまり、リビアへの「人道的軍事介入」の実態は「テロリスト」とNATO軍が手を組んで実行した体制転覆作戦だった。その作戦が一段落したのでアル・カイダはシリアへ兵士を送り出しているわけだが、これをNATO側は隠したいはずだ。 反カダフィ宣伝を続けてきた「西側」、特にアメリカやイギリスのメディア(日本のマスコミはアメリカのメディアよりアメリカの体制に忠実)、あるいは反カダフィ軍に肩入れし、部隊まで派遣していたカタールの放送局、アル・ジャジーラなども触れたくない事実だろう。 そんな時、ダマスカスやアレッポで大規模な爆破があった。手口はアル・カイダ。そこでアメリカ政府の中からアル・カイダのリーダー、アイマン・アル・ザワヒリの名前が出てくる。この人物が爆破を命令したというのだ。 続いてイラクのアドナン・アル・アッサディ内務副大臣が登場、イラクで活動しているアル・カイダの勢力にはシリア出身者がいて、そうした兵士が帰国しているほか、武器もシリアへ密輸していると語る。 そしてザワヒリ自身が登場し、反シリア政府軍への支援を呼びかけた。戦闘に参加するだけでなく、あらゆる形で支援するよう、トルコ、イラク、レバノン、そしてヨルダンのイスラム教徒に呼びかける声明を録画したビデオを、2月12日にウェブ・サイトにアップしたのだ。 アメリカ政府にしろ、イラク政府にしろ、アル・カイダにしろ、シリアで戦闘に参加しているアル・カイダはイラクから入っているとしている。その話自体を否定するわけではないが、リビアから兵士が移動しているという情報は早い段階から流れていた。その「供給源」はLIFGである。 LIFGがアル・カイダ系の武装集団だということはアメリカ政府も熟知、2004年2月にはジョージ・テネットCIA長官(当時)もLIFGをアル・カイダにつながる危険な存在だと上院情報委員会で証言している。そうした事情を知った上で、英仏米軍はLIFG、つまりアル・カイダと手を組んだのである。 そして今、アメリカ、イギリス、フランスはシリアの体制転覆を目指している。そこにリビアからアル・カイダ系の武装集団が移動してきたのは必然。米英仏とアル・カイダは同盟関係にあるということだ。 もともと、アル・カイダを含むイスラム武装勢力はアメリカの情報機関や軍によってアフガニスタンで組織された。1973年からアフガニスタンでの工作をアメリカは始めているが、79年5月になるとCIAイスタンブール支局長はパキスタンの情報機関ISIのアドバイスを受け、イスラム武装勢力の編成にとりかかる。ソ連軍がアフガニスタンに軍事侵攻する7カ月前の出来事だ。 その後、アメリカとアル・カイダ(イスラム武装勢力)の関係は壊れたことになっているのだが、2001年7月にはこうした説を疑わせる出来事もあったようだ。アル・カイダの象徴、オサマ・ビン・ラディンが入院していたドバイのアメリカン病院をCIAの人間が訪れ、何かを話し合ったというのだ。これは2001年10月11日付けのル・フィガロ紙が伝えている。 言うまでもなく、ドバイでビン・ラディンとCIAが接触した2カ月後、アメリカではニューヨークの超高層ビルとペンタゴンが攻撃されるという出来事があった。その直後、ジョージ・W・ブッシュ政権はアル・カイダの犯行だと断定、アフガニスタンやイラクを先制攻撃することになる。
2012.02.19
東日本が巨大な地震に襲われ、東京電力の福島第1原発で「過酷事故」が引き起こされたのは昨年3月11日のことだった。もうすぐ1年になる。情報が隠され、事故の状況は明らかになっていないものの、その25年前の4月26日にあったウクライナのチェルノブイリ原発のケースと同じレベルの事故だったと考えられている。 福島第一原発では複数の炉で燃料棒がメルトダウンし、溶融物がどこにあるかは今でも不明の状態であり、当然、事故が収束したなどとは言えない。事故直後に放射性物質がどれだけ環境に放出されたかは、政府も東電も発表していない。実際にわかっていないのか、データを隠しているのかは不明だが。 外国人研究者による調査では、福島第一原発が放出したセシウム137はチェルノブイリ原発の約42%に達し、圧力容器の中からだけでなく、使用済み燃料棒プールからも放出されている可能性が高いという。しかも膨大な量の放射性物質が海へ流れ出ている。漏れ出ているだけでなく、意図的に放出されている。今後、余震などで施設が新たにダメージを受けたなら、日本の存続を危うくさせるような事態になる可能性もある。 しかし、それでも今回の事故は運が良かったのだという。福島第一原発の近くには別の原子力発電所が並んでいるが、それらが同じ状態にならなかったのは幸運だったというのだ。事故直後、風が西から東へ吹いていたことも日本人にとっては幸いした。つまり、運が悪ければ関東より北の地域は人が住むには適さない地域になっていた可能性がある。 事故の直後、ドイツやフランスなどは関東より北に住む自国民に対して避難するように勧告したようだが、この判断は正しかった。あのアメリカでさえ50マイル(80キロメートル)圏内からの避難を勧告している。ところが、日本では政府も東京電力もマスコミも「安全」を強調するばかりで、欧米の対応を嘲笑していた。特攻隊や集団自決を思い出してしまう。今、世界で嘲笑され、あるいは薄気味悪がられているのは、こうした日本人である。 日本の「エリート」たちは事故の深刻さを理解する能力がなかった・・・というわけではない。早い段階で首都圏に住む人々も避難させなければならない事態がありえることを十分に理解していた。 例えば、東京都民を避難させなければならない状況になるかもしれないと菅直人首相(当時)が考えていたことを松本健一元内閣官房参与は昨年9月、オーストラリアの放送局ABCに語っている。汚染がひどく、10年から20年の間、原発近くの住民が自宅に戻ることはできなとも菅首相は語っていたという。 実は、4月の段階でこの話は流れていた。ところが、この話は「風評被害」をもたらすとして封印しようとする動きがあり、松本参与は発言を撤回してしまったのである。菅首相も発言を否定したという。この撤回や否定こそが虚偽発言にほかならなかったことをオーストラリアのテレビ局に対し、松本元参与は明言したのである。 そして昨年12月、毎日新聞はより詳しい話を伝えた。「東京電力福島第1原発事故から2週間後の3月25日、菅直人前首相の指示で、近藤駿介内閣府原子力委員長が『最悪シナリオ』を作成し、菅氏に提出」、「さらなる水素爆発や使用済み核燃料プールの燃料溶融が起きた場合、原発から半径170キロ圏内が旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)の強制移住地域の汚染レベルにな」り、「東京都のほぼ全域や横浜市まで含めた同(半径=引用者注)250キロの範囲が、避難が必要な程度に汚染されると推定」していたというのである。年明け後、この報道は細野豪志原発担当相によって確認され、菅前首相も同じ話をロイターの取材で話している。 炉心がメルトダウンしている可能性が高いことは事故の翌日にはわかっていた。原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官は12日の記者会見でそのことに触れている。その日の深夜に中村審議官が更迭された理由が炉心溶融の可能性を外部に漏らしたことにあると疑われて当然。近藤委員長が『最悪シナリオ』を作成したのも、そうした背景があるからだろう。 そして昨年4月の松本参与の発言。民主党の渡部恒三最高顧問は菅首相に対し、松本参与「はクビにすればいい」と記者団に語り、枝野幸男官房長官は松本参与の更迭も検討していると記者会見で発言している。渡部顧問は事実関係を確認せず、口から出任せを言ったのだとしても、枝野官房長官は原子力委員長のシナリオを知っていた可能性が高い。事実を知った上で嘘を広めようとしたのならば、その責任は重い。 事故は深刻な事態になっていると警鐘を鳴らし、避難を含め、迅速に対応する必要があると発言していた学者や元エンジニアを大手メディアは黙殺していた。少なくとも当初、そうした発言を取り上げていたのはインターネットや衛星チャンネルなどだけだが、そうした発言を紹介する際、「最悪のシナリオ」を知る必要があるという前置きをする司会者もいた。こうした前置きに違和感を感じていた人もいるだろう。 有力メディアで「安全デマ」を繰り返していた「専門家」のストーリーは論外だが、外国での報道や分析に比べると原発の深刻な事態を語る日本の専門家は「楽観的」だった。少ない情報の中、科学的に合理的な分析ではあるのだが、決して「最悪のシナリオ」を語っていたわけではない。そんなシナリオを語らせない雰囲気が社会に蔓延していたのだろう。そうした意味でもマスコミの責任は重い。
2012.02.18
今から1年前、リビアで反政府運動が表面化した。ベンガジの抗議活動をムアンマル・アル・カダフィ政権の部隊が弾圧して犠牲者が出ているという話が伝えられると、政府を批判する声が欧米で一斉に挙がり、昨年10月にはNATO軍の大規模な空爆などによってカダフィ体制は崩壊、カダフィは虐殺される。「西側」はリビアの体制転覆に成功したわけだ。 市民を助けるという口実は始められたNATO軍の空爆だが、この攻撃によって少なからぬ市民が殺されたと報告されている。またカダフィが虐殺される前から反政府軍ではアル・カイダ系武装集団の影響力が強く、親カダフィと見なされた人びとが次々と拘束され、収容所内では拷問と虐殺が横行しているという。 現在、アル・カイダ系武装集団は兵士をシリアへ移動させているが、リビア国内の武装集団はコントロール不能の状態。人権を侵害する行為はひどくなり、武装集団同士の衝突も目立つようになった。こうした事態を招いた最大の責任はNATO、特にイギリス、フランス、そしてアメリカにある。資金、武器、そして兵士を供給しているカタールも責任を免れない。カタールの背後にはサウジアラビアが存在している。 今回のリビアにおける反政府運動は一昨年の10月に始まった。イタリアのジャーナリスト、フランコ・ベキスによると、儀典局長を務めていたノウリ・メスマリが機密文書を携えてパリへ渡ったのだ。ここから反乱劇は始まる。 パリのコンコルド・ラファイエット・ホテルに宿泊したメスマリは、フランスの情報機関員やニコラ・サルコジ大統領の側近たちと会談、11月に「通商代表団」をサルコジはベンガジに派遣した。その中に潜り込んでいた情報機関や軍のスタッフは、メスマリから紹介されたリビア軍の将校と会っている。この頃、フランスとイギリスは相互防衛条約を結び、リビアへの軍事介入へ第一歩を踏み出した。 そしてベンガジの事件なのだが、3月にはイギリスが積極的に動き始めている。3月2日に6名のSAS(イギリスの特殊部隊)メンバーと2名のMI6(対外情報機関)オフィサーがヘリコプターでリビアに入ったのだ。ベンガジは分離独立派の拠点都市で、王党派(サヌーシ教団)の影響も受けている。石油資源をカダフィが支配していることに不満を持っていたようだ。 このイギリス人チームはベンガジの南西約30キロメートルの地点で拘束され、事実が発覚する。反政府派の兵士に拘束されたのだが、ほどなくベンガジの港からフリゲート艦「カンバーランド」で帰路についている。反政府派の幹部と何ら中の話し合いがあったのだろう。 その当時、反政府派の中心はNCLO(リビア反体制国民会議)で、その傘下には武装集団のNFSL(リビア救済国民戦線)が存在している。イスラエルやアメリカの訓練を受けてきたと言われている。 しかし、後の武装闘争で最も注目されることになるのはLIFG(リビア・イスラム戦闘団)。1995年に創設された武装グループだが、その中にはアフガニスタンでソ連軍と戦った経験の持ち主がいる。つまり、アメリカの情報機関や軍とつながりがある。 LIFG自体はアル・カイダ系の組織だということを本人たちも認めている。それだけでなくアメリカ政府も「テロリスト」だと認定、2004年2月にはジョージ・テネットCIA長官(当時)もLIFGをアル・カイダにつながる危険な存在だと上院情報委員会で証言している。 NATO軍が実施した「人道的戦争」はリビアを無法地帯にしてしまった。空爆によって都市が破壊され、人びとが殺害され、石油利権は欧米の企業に奪われ、アル・カイダ系の武装集団が影響力を強め、反カダフィ軍にとって気に入らない人間は拘束され、拷問され、場合によっては殺害され、武装集団同士の戦闘が始まっている。そして今、国連を舞台にして、シリアで同じことが行われようとしている。
2012.02.18
2月15日に開かれた参議院の憲法審査会でふたりの前自民党衆院議員、中山太郎と船田元が「非常事態」の規定を憲法で定めるべきだと発言にしたという。日本でもCOGの亡霊が表面化してきたようだ。 COGとは「Continuity of government」の略称で、核戦争など国家存亡の危機で政府機構を継続するための仕組みを意味している。第2次世界大戦の際にイギリスで議論されたのがはじめのようだが、通常、問題にされるのはアメリカのロナルド・レーガン政権が始めたプロジェクトだ。プロジェクトの中心グループには、リチャード・チェイニーやドナルド・ラムズフェルド、ジェームズ・ウールジーらも含まれていた。 実は、ドワイト・アイゼンハワー政権の時代から核戦争を想定した仕組みは考えられ、ジーミー・カーターが大統領だった1979年にはFEMA(連邦緊急管理庁)が創設されている。レーガン政権は「非常事態」を核戦争以外にも広げ、質的に大きく変化させたのである。 この極秘プロジェクトが公の場で初めて取り上げられたのは1987年のこと。当時、アメリカの情報機関によるイランへの武器密輸とニカラグアの反革命ゲリラ「コントラ」への違法支援が問題になっていて、この件に関する公聴会も開かれていた。その公聴会で下院のジャック・ブルックス議員がプロジェクトについてオリバー・ノース中佐に尋ねたのだが、ダニエル・イノウエ上院議員が「高度の秘密性」を理由にしてさえぎってしまう。イノウエ議員はCOGについて知っていたということになる。 ブルックス議員の質問から4年後、1991年にアメリカのニュース局CNNがこの秘密プロジェクトについて報道している。当時、CNNはテレビ朝日と提携関係にあり、CNNの番組を流していたのだが、その番組内で朝日新聞の軍事担当記者はCNNの報道を「ガセネタ」であるかのように「解説」していた。 そして2001年9月11日、COGプロジェクトを始動させる「国家安全保障上の緊急事態」が引き起こされた。そして出現したのが「愛国者法」。約20年にわたって練られていた法案が日の目を見たわけである。ちなみに、このときの政権にはプロジェクトの中枢が食い込んでいた。チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官だ。この法律によってアメリカでは憲法が機能を停止、ファシズム体制が強化されつつある。 そうしたアメリカに従属している日本の支配層が「非常事態」を口にした以上、そこには日本のファシズム化促進という道が見える。こうした流れの中で「橋下ブーム」が引き起こされていることを認識する必要もあるだろう。橋下徹の背後にはアメリカの強欲な支配層が見える。既存の支配システムと対立しているような印象を与えながら、実は既存勢力の手先になっているという点で、アメリカの「ティー・パーティー」と似ている。橋下も根は野田佳彦首相と同じということだ。
2012.02.17
インドの首都ニューデリーでイスラエル大使館の自動車が爆破されて4名が負傷するという事件を受け、改めて注目されている報道がある。この事件は1月13日に引き起こされているのだが、その4日前にアメリカのNBCはイラン人科学者の暗殺でイスラエルの情報機関、モサドが黒幕的な役割を果たしたと報道していたのだ。つまり、実行者はイランの反政府グループ「ムジャヒディン・ハルク(MEKまたはMKO)」だが、そのMEKに資金を提供し、訓練し、武器を提供したのはモサドだということである。 イスラエルの強い影響下にあるグルジアでの「未遂事件」はともかく、爆弾事件の舞台としてインドを選んだことにも疑惑の目を向ける人が少なくない。インドはアメリカの圧力をはねつけ、イランとの関係を継続しようとしていたからである。例えば、イランから原油を買うなというアメリカ政府の要求に対し、金での決済を考えている。また、イランへの経済制裁に加われというアメリカやEUからの圧力をはねつけ、問題は外交的に解決するべきだという姿勢を貫こうとしていた。2月の後半には貿易交渉のための代表団をイランへ派遣する予定でもあった。これが10日の段階。 そして13日の事件。こうした状況の中でイラン政府がインドで爆弾事件を起こすとは考えにくいとインド政府も考えているようで、15日にはイランを名指しで非難することを拒否している。犯人を特定する証拠は何もないという主張だ。きわめて常識的な発言なのだが、常識を無視させるのがアメリカやイスラエル。日本政府なら簡単に屈服するのだろうが、そうした圧力にインド政府は抵抗している。 アメリカの有力メディアなどは、爆弾事件でイスラエルがイランを非難しているという報道を繰り返し、イラン人科学者の暗殺はモサドとMEKが実行したなどという話は忘れたかのようである。 また、ニューデリーの事件とバンコックの事件を結びつけてイランを非難するイスラエル政府の発言も盛んに流している。警戒の厳しい地区で手際よく、爆発力の小さい爆弾を破裂させたインドの実行者は手練れの犯行だが、タイのケースは素人。麻薬や武器の密輸が盛んなバンコックだということを考えると、何らかの犯罪組織が関係している可能性もある。
2012.02.16
タイの首都バンコクでひとりのイラン人が足に大けがをした。報道によると、事件に絡んでいるのは3名。乗車拒否したタクシー・ドライバーに爆弾を投げつけたのが最初で、その際に落とした爆弾が足下で炸裂して足を負傷したという。この事件の直前、けがをした男たちの借りていたアパートでも爆破があった。 この事件を受け、イスラエルのエーウド・バラク国防相は早速、イランが黒幕だと非難しているのだが、事件の背景はまだ不明。反射的に出た言葉に過ぎず、確たる根拠があるわけではないようだ。イランで科学者を連続して暗殺していると指摘されていたイスラエルとしては、敵のイランに人びとの関心を向けさせたいという程度のことだろう。イランは凶暴だという印象を強めれば、イランを攻撃しやすくなるということもある。 インドやグルジアのケースとタイのケースは背景が違うと考える人が少なくない。インドで爆弾を仕掛けた人間が良く訓練されていたのに対し、タイの場合は素人だということが大きな理由のひとつ。事件に関係している3名が何らかの「テロ・グループ」に関係しているという話も今のところ聞こえてこない。 ただ、インド、グルジア、タイと並べてみると、気になることもある。かつてイギリスの植民地でイスラエルとも浅からぬ関係のあるインド、イスラエルと緊密な関係を築いているグルジア、そしてイスラム武装勢力のひとつ、ジュマー・イスラミーヤとつながるタイ。焦臭いといえば焦臭い。 ところで、イスラム武装勢力を作り上げたのはアメリカ。ズビグネフ・ブレジンスキーの戦略でソ連をアフガニスタンへ引きずり出した際、ソ連軍と戦う「自由の戦士」として組織したのだが、その思想的なバックボーンはサウジアラビアを支配しているワッハーブ派だ。湾岸の独裁産油国は全て、その影響を受けている。言うまでもなく、ワッハーブ派はリビア、シリア、そしてイランを攻撃している主要な勢力のひとつでもある。 こうした独裁産油国では労働を他国に頼っている。見方を変えると、国民の人数を制限して事実上、労働者に国民としての権利を与えない体制だということだ。そうした労働者の供給源になっているのが東南アジアであり、「出稼ぎ」の労働者は仕事先の湾岸でワッハーブ派の思想を身につけることになる。 こうした経済的な仕組みを利用して、東南アジアにイスラム武装勢力はネットワークを張り巡らせてきたという。そうしたネットワークが生み出したの結果のひとつがローマ教皇の暗殺や航空機の爆破を行うという「ボジンカ計画」。資金はオサマ・ビン・ラディンなどから出ていたという。1995年1月に実行する予定だったが、事前にフィリピン当局が察知して未遂に終わっている。 その年の4月、アメリカのオクラホマ州で連邦ビルが爆破されるという事件があった。実行犯として逮捕されたティモシー・マクベインとテリー・ニコルスは1990年から95にかけてフィリピンを何度も訪れている。観光旅行だとは思われていない。 1996年にはニューヨーク沖で旅客機TWA800が空中で爆発している。「事故」とされているのだが、複数の目撃証言からミサイルで撃墜された疑いが持たれている。演習中だったアメリカ軍の艦船が誤ってミサイルを発射したという説のほか、イスラム武装勢力による攻撃という説も唱えられている。 サウジアラビアの影響という点では、ムスリム同胞団も忘れてはならないだろう。この結社は1928年、ハッサン・アル・バンナによって創設されているのだが、その際にスエズ運河会社から資金を提供されているという話がある。1953年にアメリカとイギリスの情報機関、つまりCIAとMI6(SIS)がイランの民族主義政権をクーデターで倒す際、ムスリム同胞団のアヤトラ・カシャニが協力したとも言われているのだが、創設時のことを考えると、これは必然だったと言うべきかもしれない。 イランで民族主義政権が倒される直前、1952年にエジプトでは王制が倒されている。クーデターを指導したムハンマド・ナギブ将軍だが、ガマール・アブデル・ナセルが率いる自由将校団も中心的な役割を果たしている。ナギブの後ろ盾がムスリム同胞団。 クーデター後、ナギブを担いでいたムスリム同胞団とナセルなどの自由将校団が対立し、1954年に同胞団はナセルの暗殺を試みて失敗する。その結果、ナギブ大統領は解任され、同胞団は非合法化された。その後も同胞団はナセル暗殺を試みている。 同胞団の中心的な存在だったサイド・ラマダンは西ドイツ政府の支援でスイスへ逃れているが、その際に資金を提供していたのがサウジアラビア。その後、エジプトとサウジアラビアとの関係は険悪化する。このときに同胞団の少なからぬメンバーがサウジアラビアへ逃れているが、そこでワッハーブ派の教義を身につけていくことになったという。 当時、アメリカ支配層はエジプト派とサウジアラビア派に分かれたようだが、ジョン・F・ケネディ大統領などはナセルに好意的だったという。つまり、サウジアラビアからは憎まれた。ケネディ大統領はイスラエルからも嫌われていたことが知られている。1963年11月にケネディ大統領は暗殺され、1970年9月にナセルは心臓発作のために52歳の若さで死んでいる。 歴史を振り返ると、アメリカやイギリス、つまりアングロサクソンはサウジアラビアのワッハーブ派と深い関係にある。勿論、現在の米英両国はイスラエルの同盟国だ。湾岸の独裁産油国とイスラエルの関係はよくわからないが、少なくとも米英両国を介して結びついているとは言える。
2012.02.15
インドとグルジアのイスラエル大使館近くで自動車に爆弾が仕掛けられ、インドでは4名が負傷、グルジアでは爆発の前に処理されたと伝えられている。少なくともインドの場合、1月11日にイランで化学者のモスタファ・アーマディ・ロシャンが暗殺されたときと同じように、オートバイに乗って近づいてきた人物による仕業だという。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はイランとヒズボラが実行したと非難しているが、事実関係はわかっていない。 ただ、イランと石油取引を継続するとしているインドでイラン自身が事件を起こすとは、常識的には考えられない。例えば、かつてイスラエルが自国の核兵器開発を内部告発しようとしていたモルデカイ・バヌヌを拉致する際、友好国のイギリスで実行することを避け、イタリアへおびき出している。 イラン人化学者の事件では、イスラエルの情報機関「モサド」がイランの反政府グループ「ムジャヒディン・ハルク(MEKまたはMKO)」、あるいはアル・カイダとの関係も噂される「ジュンダラー(アラーの兵士)」と共同で実行したとする説がある。状況から考えて、十分にありえる話なのだが、決定的な証拠が示されたわけではない。 アメリカもイランでの秘密/破壊工作を続けてきたと言われている。例えば調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、ジョージ・W・ブッシュ大統領の要請でアメリカ議会はイランでの秘密工作に必要な予算を2007年に承認している。工作はCIAやJSOC(統合特殊作戦司令部)が中心になって展開され、その手駒がジュンダラー、MEK、あるいはクルドの分離独立派だとされている。 MEKはヒズボラと同様、アメリカ政府から「テロリスト」だと見なされてきた。ところが昨年の夏、ヒラリー・クリントン国務長官に対し、軍や情報機関の幹部などがMEKをリストから外すように求めている。それほどアメリカの対イラン強硬派と最近のMEKは緊密な関係にあるということだ。 しかし、1965年に創設された当時はアメリカを敵視していた。マルクス主義の影響を受けていて、王制、資本主義、そして西側の帝国主義の打倒を目指していたのだ。1979年にイラン王制を倒した後、組織のあり方が変化していく。イスラム原理主義との戦いに敗れてイラクへ逃れ、フランスにも拠点を作っているが、そうした中でアメリカとも手を組むようになったのである。 ジュンダラーもアメリカの支援を受けてきたと見られているが、フォーリン・ポリシー誌によると、ジュンダラーを操ってきたのはイスラエルの情報機関、モサド。この工作でモサドはCIAを装い、この事実をジュンダラー側も気づいていなかったという。つまりイスラエルがイランで要人を暗殺していることをアメリカ側も認めていることになる。ただ、この話も信用できるとは言い切れないが。 ジュンダラーを誰が動かしてきたかはともかく、アメリカ政府もイラン攻撃を考えていることは間違いないだろう。親イスラエル派のネオコン(新保守)は勿論、それ以外の支配層も平和的とは言えない。アメリカはEUを従え、経済的に攻撃するだけでなく軍事的な脅しをかけているが、脅しも実際に戦争する覚悟と準備がなければ意味がない。脅しだけのつもりでも開戦になることは十分にありえる。 そのアメリカ政府を統轄しているバラク・オバマ大統領は1月30日にグルジアのミハイル・サーカシビリ大統領とホワイトハウスで会談、グルジアのアフガニスタンへの追加派兵に感謝し、グルジアのNATO加盟を支持すると約束、さらにサーカシビリの再選を保証するかわり、イラン攻撃への協力を求めたと言われている。 グルジアからの出撃を容認するだけでなく、アメリカのイラン攻撃にグルジア軍が加わる可能性もグルジアではささやかれている。そうした懸念を示しているひとりがエドゥワルド・シュワルナゼ元大統領。 そうした懸念を抱かせる根拠のひとつがグルジアでの病院新設である。これはアメリカのプロジェクトで、反政府派はイラン攻撃の準備だと主張している。負傷兵のために病院を建設しているという疑惑だ。開戦になったばあい、グルジアやアゼルバイジャンはロシア軍をブロックするという役割も果たすことになるだろう。東アジア、つまり日本の周辺におけるアメリカ軍の動きからも目を話せない。最悪の場合、第3次世界大戦に発展する可能性もある。
2012.02.14
イランは北部でアゼルバイジャンと接している。この国をイスラエルの情報機関、モサドは情報/破壊活動の拠点にしているとイギリスのタイムズ紙が報道した。イラン国内では科学者が連続して暗殺されているが、この工作にもアゼルバイジャンが利用された可能性がある。タイムズ紙が報道した後、イラン政府はアゼルバイジャンの大使を呼び、抗議したという。 アゼルバイジャンの北はロシアであり、西はイスラエルと緊密な関係にあるグルジア。ロシアと中東をアゼルバイジャンとグルジアというふたつの親イスラエル国が分断している形だが、それだけでなくカスピ海周辺の石油を黒海へ運ぶルートにもなる。 アゼルバイジャンの首都、バクーで石油が掘られていた歴史はマルコ・ポーロが13世紀に報告しているほど古い。19世紀には本格的な採掘が始まるのだが、そこで登場してくるのがロバート・ノーベル。後にダイナマイトを発明するアルフレッド・ノーベルの兄である。 ノーベルは石油を輸送するために鉄道を建設するのだが、その資金を出したのがパリのロスチャイルド家。パイプラインも作っている。ただ、この利権はロシア革命から間もなくして失うことになった。 第2次世界大戦には、ドイツ軍がソ連に向かって進撃している。バルバロッサ作戦だ。イギリスのウィンストン・チャーチル政権はドイツがソ連の体制を転覆するように願っていたようだが、そうした願いを叶えるかのように、ドイツ軍の幹部はモスクワはレニングラード(現在のサンクト・ペテルブルグ)へ向かおうとする。ところが、石油の確保は第三帝国の繁栄にとって不可欠だと信じるアドルフ・ヒトラーは中央アジアの油田を目指す決断を下した。 この地域が再び注目されるのは1991年12月にソ連が消滅してから。西側の巨大石油企業は中央アジアの油田に注目、利権を求めて殺到することになった。 例えば、1994年にアゼルバイジャンの国営石油会社SOCARは、BP、アモコ、UNOCAL、ラムコ石油ガス、マクダーモット・インターナショナル、ペンゾイル、トルコ石油、ノルウェー国営石油、そしてロシアのルコイルと石油生産に関する契約をしている。ちなみに、ジョージ・W・ブッシュ政権で大統領補佐官を務めたコンドリーザ・ライスは、この地域を専門とする学者だ。 この地域の石油を運ぶため、西側の企業/国はアフガニスタンに目をつけた。ロシアを経由して運ぶわけにはいかなかったからだ。そこでアフガニスタンに食い込んでいたUNOCALはアフガニスタン経由でトルクメニスタンとパキスタンとを結ぶパイプラインを建設する計画を立てたのだが、これは挫折する。1996年11月、アフガニスタンを支配していたタリバーンがパイプライン建設でアルゼンチンのブリダスが合意してしまったのだ。後にブッシュ・ジュニア政権がアフガニスタンに軍事侵攻した大きな理由はここにあると信じる人は少なくない。 石油の話はくれくらいにして、イランとイスラエルとの関係に話題を戻す。 今年の1月11日、核開発に関係していると見られる化学者、モスタファ・アーマディ・ロシャンがイランで暗殺されているわけだが、当初からモサドが実行したと疑う人は多かった。 そうした中、イラン政府はロシャンの暗殺はイギリスの情報機関MI6(正式な略称はSIS)の支援を受けたアメリカのCIAだとして、アメリカとイギリスを非難する。こうした主張を否定する形で出てきたのがモサドによる「偽旗作戦」である。CIAを装ってモサドがイランで破壊工作を続けているという内容だ。 それから10日ほどしてアゼルバイジャンで流れたのがイランによる「暗殺計画」。イスラエル大使のミカエル・ロテムを暗殺し、ユダヤ系の宗教学校を攻撃する計画があったとアゼルバイジャンの内務省が発表したのだ。 昨年、アメリカでは似た話が伝えられている。「イランによる駐米サウジアラビア大使暗殺計画」だ。FBIが発表しているのだが、この話は当初、ホワイトハウスや司法省の高官たちは信じていなかったようである。そうした雰囲気を変える上で主導的な役割を果たしたのがネオコン(アメリカの親イスラエル派)に近いと言われているデイビッド・ペトレイアスCIA長官。ただ、その後もFBIのストーリーに首を傾げる人は少なくない。
2012.02.13
リビアの体制転覆にアル・カイダ系の武装集団が参加していたが、今ではシリアへ兵士を送り込んでいるとする情報がアメリカ政府の内部からも聞こえてきた。ダマスカスやアレッポでの爆破はイラクからシリアへ入ったアル・カイダが実行したというのだ。攻撃の命令はアル・カイダのリーダー、アイマン・アル・ザワヒリから出ているという。 こうした話は、イラクのアドナン・アル・アッサディ内務副大臣の口からも語られている。イラクで活動しているアル・カイダの勢力にはシリア出身者がいて、そうした兵士が帰国しているほか、武器もシリアへ密輸しているというのだ。イラク北部の都市、モスルからラビアへ運び、そこからシリアで国境を越えているという。武器の需要が高まっているため、カラシニコフ・ライフルの価格が100~200ドルから1000~1500ドルへ急騰しているという。 こうした報道にタイミングを合わせるように、ザワヒリはシリアの反政府軍への支援を呼びかけた。戦闘に参加するだけでなく、あらゆる形で支援するよう、トルコ、イラク、レバノン、そしてヨルダンのイスラム教徒に呼びかける声明を録画したビデオを、2月12日にウェブ・サイトにアップしたのだ。 リビアにおける地上軍の主力、リビア・イスラム戦闘団(LIFG)はアル・カイダ系。つまり、リビアでNATOとアル・カイダは同盟関係にあった。それに対し、ザワヒリの発言はアル・カイダの単独作戦であるというシナリオ。NATOとアル・カイダとが手を組んでいるという話は都合が悪いという判断から、ダメージ・コントロールを始めたのかもしれない。 昨年8月、対戦車ミサイル、地対空ミサイル、重機関銃などの武器を供給するためにNATOとトルコ政府が話し合っているとする情報が流れたが、その後11月下旬、リビアでムアンマル・アル・カダフィ体制を倒した武装勢力は、昨年11月下旬の段階で、数週間もすればシリアで自分たちの軍事行動が目に見える形になるとリビアの武装集団は語っていた。シリア出身者だけでなく、リビアからもアル・カイダの兵士がシリアへ入っているということである。そして予告通りにホムスで戦闘が激化している。 その頃、つまり昨年11月25日に反シリア政府軍とリビア新政権の代表、そしてトルコ政府の高官がイスタンブールで秘密会談を開いていること、あるいはリビアの武器庫から持ち出された武器をNATO軍機がトルコへ運び込んでいることも伝えられている。シリア領内にイギリスやカタールの特殊部隊がすでに入っているとする情報もイスラエルから流れてきている。そしてロシアは西側の反政府軍に対する武器供給を非難しているわけだ。 ロシアや中国がシリアへの本格的な軍事介入を阻止している間に、シリア内乱の実態が少しずつ知られるようになってきた。メディアもプロパガンダが難しくなってきている。シリアの内戦、体制転覆プロジェクトを「民主化運動」と言い張る人もいるようだが、いい加減、妄想から抜け出して欲しいものだ。
2012.02.12
2008年8月、グルジア軍は南オセチアに対して奇襲攻撃を仕掛け、平和維持部隊を粉砕する。グルジア政府は十分に準備した上で軍事作戦を始めたのだが、すぐにロシア軍が反撃を開始、グルジアの作戦は失敗に終わる。このときにグルジア軍はクラスター爆弾を一般市民に対して使用している。 この奇襲攻撃を実行したグルジアのミヘイル・サーカシビリ大統領はアメリカで教育を受けた法律家。2003年、投機家のジョージ・ソロス、あるいはバドリ・パタルカツィシビリをスポンサーとする「バラ革命」で実権を握った。オリガルヒのひとり、ボリス・ベレゾフスキーとパタルカツィシビリは親しかったが、後にサーカシビリとは仲違いしてしまう。 2007年の後半、サーカシビリのライバルとして、パタルカツィシビリは次の大統領選挙に立候補すると宣言する。12月に出馬を断念するのだが、年明け直後に再び立候補を表明した。その彼がロンドンで急死したのは2008年2月のことだ。 サーカシビリが実権を握る前からイスラエルの「民間会社」がグルジアへ武器を提供、将兵を訓練している。その会社とは、イスラエル軍のガル・ヒルシュ准将(予備役)が経営する「防衛の盾」で、予備役の将校2名と数百名の元兵士が教官としてグルジアに入っていたという。 勿論、こうした動きをロシア側は熟知、2008年8月にはアナトリー・ノゴビチン副参謀長はイスラエルがグルジアに武器を供給していると語った。また2009年11月になると、NATO、ウクライナ、そしてイスラエルが兵器を提供、新しくNATOの参加した国々が小火器を、イスラエルが無人飛行機を、そしてウクライナが重火器と対航空システムを提供し続けているとロシアの軍情報機関GRUのアレキサンダー・シュリャクトゥロフ長官が話している。 グルジアをアメリカも支援してきた。2002年にアメリカ政府は特殊部隊のメンバーを含む約40名のグループをグルジアへ派遣、その翌年にはグルジアの軍事パレードでアメリカ国歌が最初に演奏されている。また、2008年1月から4月にかけて、アメリカの傭兵会社MPRIとアメリカン・システムズは元特殊部隊員を派遣、「アフガニスタンに派遣される部隊」を訓練している。 2008年の奇襲作戦を「無謀」だと言う人もいるが、それは結果論にすぎない。ロシア軍の機動力をグルジア軍は読み間違っただけでなく、自分たちの準備、実力を過信していたのだ。攻撃の最終目的地が南オセチアだという根拠はない。 そして現在、ロンドンやイスラエルへ逃亡したオリガルヒの影響力が完全になくなったわけではなく、今でもデモを組織して揺さぶりをかけている。ただ、かつてのような影響力を失っていることも確か。2月上旬に行われた反プーチン/親西側の抗議活動では反イスラム勢力と合流したが、参加者は主催者の発表で6万人、警察の発表で3万8000人だった。 ところが、当日、反「反プーチン/親西側」のデモ(親プーチンではない)には13万8000人が集まったという。ロシア人はエリツィン時代の地獄を忘れていないということだろう。 ロシア人の多くは西側が自分たちを狙っていると考えている。しかも、エリツィンが去った後も西側/イスラエルがロシアを狙っていることを示す出来事が起こった。南オセチアに対するグルジアの奇襲攻撃もそのひとつだ。つまり、シリアやイランの問題でプーチンはNATO(米英仏)/湾岸独裁産油国に妥協するわけにはいかない背景がある。 アメリカ経済は1970年前後に破綻、リチャード・ニクソン米大統領は1971年にドルと金との交換を停止せざるをえなかった。現在、アメリカの支配システムを何とか維持しているのは基軸通貨を勝手に刷れるという特権。唯一、世界の中でアメリカが優位にたっているのは軍事力だけであり、その軍事力を使って世界を支配する仕組みを新たに築こうとしているように見える。 軍事力で経済力を粉砕できなければ、破綻である。アメリカは今後、ロシアだけでなく、ブラジル、インド、中国、南アフリカというBRICS諸国、あるいは民主化が進む南アメリカ諸国などを相手にしなければならない。覇権を握ることは簡単でない。最後は核兵器・・・ということも、ないとは言えないだろう。
2012.02.11
シリア情勢に対するロシアの姿勢が強硬な理由は、NATOの矛先が自分たち向いていると感じているからかもしれない。 リビアとシリアの体制を転覆させる動きの中枢にNATOと湾岸の独裁産油国がいることは明白であり、戦闘にはアル・カイダ系の武装集団が加わっている。イスラエルも協力している。(この辺の事情は何度も書いてきたので、ここでは深入りしない。)2月10日にはロシア政府もこの問題で西側を非難したようだ。 何しろ、ロシアは西側を信用していない。ボリス・エリツィン時代の略奪、2008年のグルジア軍による南オセチアへの軍事攻撃、あるいは約束を破ってNATOを東へ拡大していることなどで不信感を募らせてきた。 ラジミール・プーチンが大統領になる前、つまりボリス・エリツィン時代のロシアは新自由主義経済が導入され、富が一部に集中、西側の巨大資本とも緊密な関係を築いていた。ロシアは西側/イスラエルに支配されていたとも言える。 エリツィン時代、富を独占した人びとは「オリガルヒ(寡占支配者)」と呼ばれ、ロシア政府をも操れるだけの力をつけていた。その背後には言うまでもなく、「西側」の巨大資本が存在している。 そのエリツィン体制を潰し、クレムリンに従わないオリガルヒを排除していったのがウラジミール・プーチン。庶民を地獄へ突き落とした富裕層を倒した彼が人気を博したのは当然だろう。逆に、クレムリンに従う富豪と手を組んだことで、後には人気を落とすことになる。 ところで、エリツィンが実権を握るまでの過程はクーデターと呼ぶに相応しい。彼は1991年6月にロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の大統領に就任、その2カ月後には「保守派のクーデター」を口実とした「反クーデター」を成功させ、12月にはソ連を消滅させることに成功している。 そして1993年9月に憲法を無視する形で議会を強制的に解散すると発表、議員側が大統領の行為をクーデターだと非難、少なからぬ議員が議会ビル(ホワイトハウス)に立てこもると、エリツィンは10月3日から4日にかけて議会ビルを戦車で砲撃、死者は100名以上、議員側の主張によると約1500名に達した。勿論、西側はこの殺戮に拍手喝采している。ロシアは乗っ取られたのだ。西側と手を組んでいたオリガルヒのロシア支配を終わらせたのがプーチンである。(オルガルヒの象徴的な存在、ボリス・ベレゾフスキーが亡命先のロンドンでロスチャイルド卿らと緊密な関係にあることは本ブログでも取り上げた。)
2012.02.11
イランの特殊部隊「コドス」のカッセム・スレイマニ司令官がシリアへ入ったとする情報をシリアの反政府勢力は流している。バシャール・アル・アサド政権に軍事的なアドバイスをしているとも推測されている。 ただ、イラン側からは西側のプロパガンダにすぎないとする主張も聞こえてくる。これまでのイランの行動を考えると、少なくとも実際に部隊を送るようには思えないことも確かだが、状況としては派遣しても不思議ではない。何しろ、すでにNATO/湾岸独裁産油国がシリアに軍事介入し、その戦闘にアル・カイダも加わっている。この辺は本ブログではしつこく書いている話だ。 シリアの反政府派に対してサウジアラビアやカタールは資金を提供しているのだが、それだけではない。イギリスと同じように、カタールはシリア領内へ特殊部隊を潜入させていると言われている。 トルコ政府から守られながら越境攻撃を繰り返している「SFA(シリア自由軍)」の場合、昨年の4月下旬か5月上旬の頃からトルコの米空軍インシルリク基地でCIAのほか、米英仏の特殊部隊から訓練を受けていると伝えられている。 さらに、リビアでムアンマル・アル・カダフィ体制が崩壊してからはアル・カイダ系のリビア・イスラム戦闘団(LIFG)が兵士を送り込んでいる。反カダフィ軍は昨年11月下旬の段階で、数週間もすればシリアで自分たちの軍事行動が目に見える形になるとリビアの武装集団は語っていたが、この予言通りにシリアの都市ホムスで激しい戦闘が始まっている。 シリアの反政府勢力に対する対戦車ミサイル、地対空ミサイル、重機関銃などの武器を供給するための話し合いをNATOとトルコ政府が行っているする情報が流れたのは昨年8月中旬だが、テレグラフ紙によると、昨年11月25日にはイスタンブールで反アサド派やリビアの新政権の代表、そしてトルコ政府の高官が秘密会談を開いている。この会議では武器と兵士をシリアへ送る件が話し合われたと考えられている。その後、リビアの武器庫から持ち出された武器をNATO軍機がトルコへ運び込んでいるとも伝えられている。 これだけ見ても早い段階からNATOや湾岸の独裁産油国が軍事介入していると言えるのだが、その前から介入は始まっている。米国務省の支援が2006年には始まったことを明らかにしたのはWikiLeaksだが、その前、2005年に工作を始めている可能性がある。 この年の2月、レバノンのラフィク・ハリリ元首相が暗殺され、シリアの仕業とする宣伝が展開された。国連国際独立委員会のデトレフ・メーリス調査官は、シリアやレバノンの情報機関が殺害計画を知らなかったとは「想像できない」と結論づけている。アメリカやイスラエルが暗殺計画を知らなかったとも想像できないのだが、このことには触れていない。 この調査、証拠が見つからなかっただけでなく、真剣に行われたかどうかも怪しい。例えば、暗殺に使われた三菱製の白いバンは2004年10月12日に日本の相模原で盗まれ、ベイルートに運ばれたのだとされているのだが、本来の所有者が誰なのかも明らかにされていない。 事件では、アーマド・アブアダスが「自爆攻撃を実行する」と宣言する様子を撮影したビデオがアルジャジーラで放送されたが、このビデオをメーリスは無視している。メーリスが信頼する重要証人のひとりは、アブアダスは事件と関係がなく、シリアの情報機関に脅されて犯行を宣言したのだと主張、またズヒル・イブン・モハメド・サイド・サディクによると、アブアダスが途中で自爆攻撃を拒否したため、シリア当局に殺されたという。 しかし、メーリスが採用した証人の信頼度に疑問を投げかける人は少なくない。例えば、ドイツの雑誌「シュピーゲル」は、サイド・サディクが有罪判決を受けた詐欺師だと指摘する。しかも、この人物を連れてきたのがシリアの現政権に反対しているリファート・アル・アサドだというのだ。サディクの兄弟によると、メーリスの報告書が出る前年の夏、サイドは電話で自分が「大金持ちになる」と話していたという。 この暗殺劇にアメリカが何らかの形で介入していたとしても驚きではない。 2006年になると、ラフィク・ハリリの息子、サード・ハリリを中心として「ハリリ・グループ」が結成され、「未来運動」なる活動を開始、戦闘部隊(テロ部隊)を編成している。その部隊を財政的に支援してきたのが「ウェルチ・クラブ」なるプロジェクトだ。この年にはイスラエルがレバノンに軍事侵攻している。 つまり、2000年代の半ばからNATO、湾岸の独裁産油国、そしてイスラエルはシリアに対する工作を始めている可能性が高い。そのひとつの結果が現在の内戦である。イランがコドスの部隊を派遣するかどうかはわからないが、一気に戦乱が広がる可能性がある。アメリカは「ポーカー」の発想で動くと言われているが、ブラフが失敗すると破滅が待っている。
2012.02.10
今年の夏、ロンドンで開かれるオリンピックは「監視の祭典」になりそうだ。イギリスは監視カメラの多いことで有名で、その総数を420万台と推計する専門家もいる。そうした「監視先進国」の首都、ロンドンをニューヨークのマイケル・ブルームバーグ市長が視察したこともある。昨年、そのニューヨークでは、不公正な政治経済システムに抗議する「占拠運動」が始まり、世界に広がった。その運動を監視するため、ロンドンでの経験は生かされたことだろう。 強者総取りの経済システムは限界に達し、不公正なシステムに抗議する声が世界的に強まっている。資本主義は強欲を「是」とする仕組み。墨子流に言えば「相悪(にく)む」わけで、社会が乱れるのは当然なのだが、その根本を替えず、「乱」を力で抑えようとする。それがファシズム化であり、その基盤が監視システムだ。 監視はカメラだけで行うわけではない。車両の移動もカメラで追跡できるが、通信内容の盗聴、携帯電話やオイスター・カード(イギリスの交通機関を利用できるICカード)を利用した個人の追跡も実用化している。最近のカメラは顔を識別できるようになっているので、自動的にシステムが特定の人物を追いかけることも可能らしい。 監視は昔から支配層が望んできたことであり、第2次世界大戦後、イギリスはアメリカと共同でそのためのシステムを築き上げてきた。その中心にはUKUSAと呼ばれる電子情報機関の連合体がある。イギリスのGCHQとアメリカのNSAが結びついたのである。この連合体が世界の通信を監視するために使っているシステムがECHELONだ。(詳細は拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を) 米英の監視システムを明るみに出したのはイギリスのジャーナリスト、ダンカン・キャンベル。1970年代のことだが、日本ではマスコミは勿論、「市民活動家」もこの問題に関心を持っていなかったようだ。それらしい記事が出ても、内容はキャンベルのレポートと比ぶべくもない。 デジタル通信が広まると、盗聴を容易にするための体制作りが始まり、1993年になるとアメリカは「ILETS(国際法執行電気通信セミナー)』を創設、翌年には電話会社にデジタル通信の傍受を可能にすることを求める「CALEA(法執行のための通信支援法)」を制定した。言うまでもなく、日本もこの後を追いかけている。 アメリカでも個人情報の監視に力を入れてきた。例えば、学歴、銀行口座の内容、ATMの記録、投薬の記録、通信記録、運転免許に関するデータ、航空券の購入記録、住宅ローンの支払い内容、電子メールに関するデータ、インターネットでアクセスしたサイトに関する記録、クレジット・カードの記録も調べている。住民基本台帳ネットワークも、こうしたアメリカの動向とリンクしていると考えるべきだろう。 ところで、1月にはテームズ川で海兵隊とロンドン警視庁が合同で警備訓練を実施、本番では警備のために軍から1万3500名が投入されるという。カメラを含め、オリンピックの治安対策を名目にした監視システムの強化も進み、最近では無人機を使った監視技術も急速に進んでいる。オリンピックの名を借りて、イギリスはファシズム体制を強化しているようにも見える。 そういえば、日本にもやけにオリンピックの招致に熱心な知事がいた。この知事、ファシズムがよく似合う・・・というのは気のせいだろうか?
2012.02.10
かの有名なウォルター・リップマンは、ジャーナリズムを権力者から庶民への情報伝達手段だと考えていたそうで、第1次世界大戦の最中には戦意高揚に協力している。1917年にアメリカ政府が設置したCPI(広報委員会)に参加、戦争を始めるという権力者の意志を庶民に伝え、従わせたわけである。その当時、毎週、約2万に及ぶ新聞のコラムでCPIの提供した資料が使われていたという。 日本では「大本営発表」の垂れ流しが有名だが、戦後も大差はない。福島第一原発が大事故を起こしてから「安全神話」を広めた責任が問われているが、原発はまだマシな方である。何しろ、基本は公開されている技術であり、情報を隠すといっても限界があり、実際、議論はされていた。むしろ、財政、外交、軍事などの方がタブーは多いだろう。そもそも、そうした問題に興味を持っている人も圧倒的に少ない。 最近はインターネットの普及で外国の情報も日本のマスコミを介さずに入手できるようになり、嘘はすぐにばれるのだが、それでも権力者のプロパガンダを恥ずかし気もなく垂れ流している。ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア・・・こうした国々に対する攻撃も嘘のオンパレードだ。 石油利権をめぐる対立からクウェートへイラクが軍事侵攻した後、1990年10月にアメリカ議会では人権に関する議員集会が開かれた。その集まりにひとりのクウェート人少女「ナイラ」が登場、イラク軍の冷酷な行為を告発してサダム・フセインに対する憎悪をかき立て、イラクに対するアメリカの軍事侵攻につながる。 イラク軍は病院から医療機器を盗み、その際に保育器から乳児が外へ出され、乳児は死んでいったと涙ながらにナイラは語っている。少なからぬ人がこの話に涙したようだが、この話は真っ赤の嘘だった。 少女は駐米クウェート大使だったサウド・ビン・ナシル・アル・サバーの娘で、イラク軍がクウェートに軍事侵攻した状況を知る立場にはなかった。つまり、目撃していないクウェートでの出来事を迫真の演技で話したわけである。偽証の演出を担当したのは広告会社、ヒル・アンド・ノートン。クウェート政府が1190万ドルで雇ったという。この「証言」を今、再び見るのも悪くないだろう。 親族へ危害が及ぶために本当の名前を公にはできないとしても、関係者は少女の素性や情報の信頼性をチェックするのが当然であり、「偽証」を世界に広めた責任が議員の側にもある。この嘘を垂れ流したメディア、この嘘を無批判に受け入れた「人権擁護団体」も責任を免れない。 集会を開いたトム・ラントス下院議員とジョン・ポーター下院議員はともにヒル・アンド・ノートンと親しい関係にあると言われている。ちなみに、ナイラは「証言」の前に宣誓していない。つまり、少なくとも2下院議員も彼女の話を嘘だと承知していた可能性が高い。 そして今、議員、メディア、人権団体は当時と同じことを繰り返し、庶民を戦争へと駆り立てている。ウォルター・リップマンの時代から何も変化していないようだ。メディアはプロパガンダ機関にすぎない。
2012.02.09
シリアでの戦闘にイギリスとカタールの特殊部隊が参加しているという情報が流れている。今後、トルコ軍が直接、戦闘に参加してくれば、大規模な戦争に発展する可能性もある。その前にアメリカが得意とする「偽旗作戦」、つまり敵に偽装して何らかの破壊工作/軍事作戦を実行し、その責任を相手になすりつける作戦を実行することもありえるだろう。 すでに政府軍から離脱した将兵や傭兵で編成されたという「SFA(シリア自由軍)」がトルコ政府から守られながら越境攻撃を繰り返し、リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が崩壊してからはアル・カイダ系のリビア・イスラム戦闘団(LIFG)が兵士を送り込んでいる。こうした情報は本ブログで何度も指摘した通り。カダフィ体制が崩壊してから、大量の武器をNATO軍機がトルコへ運び込んでいるとも伝えられている。 昨年11月にはトルコのイスタンブールでシリア、リビア、そしてトルコの関係者による秘密会談が開かれ、リビアからの武器や兵士の提供について話し合われているともいう。 SFAの訓練は昨年の4月下旬か5月上旬の頃からトルコの米空軍インシルリク基地で行われ、教官はアメリカのCIAや特殊部隊だけでなく、イギリスとフランスの特殊部隊員も参加しているようだ。シリアの反政府勢力に対する対戦車ミサイル、地対空ミサイル、重機関銃などの武器を供給するための話し合いをNATOとトルコ政府が行っているする情報が流れたのは昨年8月中旬だった。 リビアの体制転覆戦争でも似たようなことがあった。まず昨年5月31日付のデイリー・メール紙は、イギリスの特殊部隊SAS隊員の潜入している疑いがあると報道していた。 また、昨年8月22日付けのテレグラフ紙によると、トリポリを攻撃する数週間前からイギリスの軍や情報機関は反カダフィ軍に対する支援を活発化、例えば、TNC(暫定国民評議会)が作成した攻撃プランをMI6(イギリスの対外情報機関)のオフィサーが添削して整えている。 また、イギリス軍は武器、通信機器、そして精鋭部隊をトリポリに送り込んだともいう。首都攻撃は始まるとすぐ、イギリス軍は5発の精密誘導爆弾をリビア情報機関の基地に落とし、夜にはトルネード戦闘機がトリポリ南西部にある重要な通信施設を破壊している。 そうした中、昨年8月にはシリアの反政府勢力へ対戦車ミサイル、地対空ミサイル、あるいは重機関銃といった武器を供給するため、NATOとトルコ政府が話し合っているとする情報も流れていたわけだ。 ホムスなどでの戦闘にはこうした背景がある。「民主化運動」をシリア政府が弾圧して多くの犠牲者が出ているという単純な話ではない。そもそも、こうした情報は反政府武装勢力とつながる自称「人権団体」が流している話にすぎず、アラブ連盟の監視団が公表したシリア情勢に関する報告書[pdf]とも合致しない。 イギリスとカタールの特殊部隊に関する報道を確認する情報はまだのようだが、そうしたことがあっても不思議ではない状況ではある。
2012.02.08
詐欺商法に何度も引っ掛かる人たちがいる。何度でも騙される。だからこそ、そうした業者は大金を出し、顧客リストを売買するわけである。 2003年3月、アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権はイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒し、破壊、略奪、殺戮を続けた。 攻撃を正当化する理由として、アメリカ政府は「大量破壊兵器」の保有を宣伝していた。しかも、あたかもアメリカがすぐにでも攻撃されるかのような発言もあった。それだけでなく、2001年9月11日の出来事、つまりニューヨークの世界貿易センターに立つ高層ビルへの航空機突入、ペンタゴンに対する攻撃の黒幕がイラクであるかのような話も伝えられた。 勿論、こうしたアメリカ政府の宣伝は真っ赤の嘘だった。そうした嘘を広める部署が存在していたことも今では明確になっている。2002年に設置されたエイブラム・シュルスキーを室長とするOSP(特別作戦室)だ。 アフガニスタンに対する先制攻撃も正しくない情報を広めてから実施しているが、それだけでなく、ビル・クリントン政権時代のユーゴスラビア攻撃も嘘に基づいて実行された。(詳細は拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を) そして今、アメリカ政府は間違ったイメージを世界に広めながら中東/北アフリカで体制転覆作戦を展開している。しかも、アル・カイダを同盟相手にしながら。軍事介入を正当化するために「テロとの戦争」を掲げ、テロの象徴としてアル・カイダを使ってきたことを忘れてもらっては困る。 イラクのサダム・フセイン、リビアのムアンマル・アル・カダフィ、シリアのバシャール・アル・アサドには共通項がある。アル・カイダを弾圧していたのだ。リビアの場合、2002年から04年にかけて「テロとの戦争」に協力していたことを示す文書も発見されている。 そうした中で拷問されたひとりがアブデル・ハキム・ベルハジ。アル・カイダ系の武装集団、LIFG(リビア・イスラム戦闘団)のリーダーだ。この拷問に絡み、ベルハジはイギリスの情報機関、MI6の高官だったマーク・アレンを訴えた。テロとの戦争を主導したジョージ・W・ブッシュやドナルド・ラムズフェルド、リチャード・チェイニーたちでないところが興味深い。 ブッシュ・ジュニア政権以来、アメリカはアル・カイダを弾圧した政権を倒してきた。その一方、リビアやシリアでは体制を転覆させるためにアル・カイダと手を組んでいる。アル・カイダを含むイスラム武装勢力を組織したのはアメリカの軍や情報機関だという事実を考えれば、不思議ではない。 ソ連と戦わせるためにイスラム武装勢力を組織したのはズビグネフ・ブレジンスキーである。ジミー・カーター大統領の補佐官だった彼は1979年4月、武装集団の編成プログラムを始動させ、5月にはCIAイスタンブール支局長がISI(パキスタンの情報機関)の仲介で武装勢力と会談している。ソ連軍がアフガニスタンに侵攻したのは、この年の12月だ。 ブレジンスキーの思惑通りに戦争は泥沼化し、ソ連軍は勝利できないまま撤退する。その後、イスラム勢力同士の内戦が始まり、収拾のつかない状態になるのだが、そうした状態を終息させるためにアメリカとパキスタンは1994年、タリバーンを組織する。1996年にタリバーンは首都カブールを制圧した。アメリカの支配層はタリバーンがサウジアラビアのような親米体制を築いてくれると期待したようだ。この頃、オサマ・ビン・ラディンがアフガニスタンに入っている。 2001年7月、オサマ・ビン・ラディンはアラブ首長国連邦の病院に入院した。腎臓病の治療が目的だったと言われているのだが、その際にCIAの人間と会ったとフランスのル・フィガロ紙は報道している。この時点で、ビン・ラディンが軍事作戦を指揮できる状態ではなくなっていた可能性がある。 そして、2001年9月11日を迎える。アメリカ政府はほとんど調査をしていない段階で実行者はアル・カイダだと断定、アフガニスタンをすぐに攻撃、そしてアル・カイダを弾圧していたイラクに攻め込んだのである。 いわゆる「15年戦争」を振り返り、伊丹万作はこんなことを書いている:「幾ら騙す者がいても誰一人騙されるものがなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。」
2012.02.08
アメリカ政府はシリアの大使館を閉鎖、イギリス政府はシリアから大使を呼び戻した。両国がバシャール・アル・アサド体制の転覆を目指して活動してきたことを考えれば、不思議でも何でもない。 昨年7月にはアメリカとフランスの大使館へ親アサド派が押しかけているのだが、その背景には欧米の一部大使館が体制転覆工作の拠点になっているという疑惑がある。シリアに駐在していたアメリカのロバート・フォード大使が反政府運動の黒幕だとする話も広がっていた。 ロンドンを拠点としている「シリア人権観測所」のようなグループがイギリス政府と接触していることも知られている。それだけでなく、このグループは昨年8月にアメリカのヒラリー・クリントン国務長官とも会談していた。 シリア人権観測所が連携している「人権団体」には、シリア人権機構や人権調査ダマスカス・センターなどがあるのだが、人権調査ダマスカス・センターを創設したラドワン・ジアデーはイギリスのRIIA(王立国際問題研究所)とつながる学者で、CIAの資金ロンダリング機関として知られているNED(民主主義のための国家基金)のフェロー。 ちなみに、RIIAはアルフレッド・ミルナーが創設した団体で、ミルナーのグループはアメリカのCFR(外交問題評議会)を自身のアメリカ支部と見なしていた。パレスチナ問題を生み出す原因のひとつになった「バルフォア宣言」(アーサー・バルフォア英外相がロスチャイルド卿に宛てた書簡)を実際に書いたのはこのミルナーだ。 また、NEDは1983年にロナルド・レーガン政権が創設した組織。レーガン政権はプロパガンダ戦を本格化するため、「プロジェクト・デモクラシー」をスタートさせた。言うまでもなく、プロジェクトの目的はアメリカ支配層にとって都合の悪い国家、体制を崩壊させることにある。「民主主義」とか「人権」は関係ない。「カネ儲け」が目的である。 リビアやシリアでも反体制派を利用して体制転覆をアメリカは謀ってきた。この辺の事情は何度も書いているので、ここでは触れないが、このプロジェクトはまだ生きているということだろう。リビアでアル・カイダ(スンニ派の武装勢力)を公然と使ったところをみると、英仏米は相当、追い詰められている。 こうした工作にロシアや中国が抵抗してくることも計算に入っているはずで、そのための手は打ってあるだろう。英仏米にとっては都合が良いことに、モスクワで大規模な反政府デモが繰り広げられ、ロシア政府を牽制する形になっている。 旧ソ連圏では過去に、大規模なデモから体制転覆へ至ったケースがある。2003年のグルジア、2004年から05年にかけてのウクライナだ。いずれも「革命」の結果、親米政権が誕生している。 グルジアの「バラ革命」ではバドリ・パタルカツィシビリという大富豪が資金を提供、ウクライナの「オレンジ革命」ではパタルカツィシビリと親しかったボリス・ベレゾフスキーがスポンサーになっていた。グルジアの政変ではアメリカの「外交官」、リチャード・マイルズが黒幕だったと報じられている。
2012.02.07
バラク・オバマ米大統領は2月6日、アメリカにあるイラン政府の資産を全て凍結する行政命令を出した。石油取引の禁止はBRICSが同調せず、EUも7月から。カネの流れを止めてイランを締め上げようというのかもしれないが、イランは過去に資産を凍結された経験がある。現在の資産状況がわからないのだが、その時よりダメージは大きくないだろう。 過去の経験とは、1979年のイスラム革命後にあった出来事。革命で倒された王制はアメリカに多額の資産を持っていた。 言うまでもなく、イランに限らず、親米独裁者は資産を欧米の金融機関へ預けることことになっている。欧米の巨大銀行の商売は高利貸しと同じ。まず、経済活動を目的に国へ融資した資金は独裁者が自分の資産として銀行へ還流させ、銀行は利息を庶民から搾り取るという仕組みだ。 イラン国王の場合、多くをデイビッド・ロックフェラーが支配するチェース・マンハッタン銀行(2000年にJPモルガンと合併し、現在の名称はJPモルガン・チェース)に預けていた。その預金額は60億ドルとも110億ドルとも言われている。この預金を革命政権が引き出せないようにするため、資産を凍結したのである。 欧米の金融機関を信用していない人びと、例えばベネズエラのウーゴ・チャベス大統領も対策を講じている。つまり、昨年8月には国外に保有している金をベネズエラへ運び込むことを決めている。イランも手をこまねいていたわけではないだろう。 経済的に追い詰められているアメリカやイギリスなどは中東/北アフリカの再支配、つまり略奪の強化を目論んでいるようだが、その一方で今回のような資産凍結をこれからも行う可能性が高いわけで、日本や中国のように大量のドル資産を持つ国は対策を練っておく必要があるだろう。イラン資産の凍結はアメリカへの信頼をさらに失わせるということでもある。
2012.02.06
今年4月から6月の期間にイスラエル軍がイランを攻撃するかもしれない、そのようにアメリカのレオン・パネッタ国防長官はワシントンポスト紙のデイビッド・イグナチウスに漏らしたという。確かにありえる話なのだが、アメリカ政府がこの情報を流した本当の目的は別にあるという見方もある。イラン制裁を先送りしているEUを脅すためだというのだ。 パネッタ長官の発言とは違い、バラク・オバマ大統領はイスラエルがイラン攻撃を決定したとする話を否定している。パネッタ発言の信憑性が問題になることを見越しているのかもしれない。 こうした推測をする人が先ず注目しているのは、6月という期限。アメリカの圧力に屈した形でEUの外相理事会は7月からイランの原油輸入を禁止すると決めたのだが、それは6月まで禁輸しないということ。イランはすぐに石油の輸出を止める動きに出て、その影響が懸念されている。7月までの間に禁輸の決定を覆すことすらありえる。イスラエルの攻撃情報は、そうした動きを封じることに役立ちそうだ。 もっとも、イスラエルが攻撃しなくても、アメリカ政府は中東の軍事的な緊張を高めている。オバマ大統領はアメリカのイランに対する制裁は「外交的」だとしているが、これは正しくない。3空母をホルムズ海峡の近くに配置、周辺のアメリカ軍も増強しているわけで、十分に軍事的だ。 ミサイル危機の際、ジョン・F・ケネディ大統領はキューバに対する直接的な軍事侵攻を封印するために海上封鎖しているが、その時には同時にソ連と真剣に平和的な解決を目指して話し合っている。 そもそも、ミサイル危機はアメリカの好戦派がソ連に対する先制核攻撃を目指す中で起こった出来事であり、実際に「核戦争の脅威」は存在していた。アメリカの好戦派にとってもソ連にとってもキューバは重要な位置にあり、だからこそドワイト・アイゼンハワー政権の時代から好戦派はキューバへの軍事侵攻を計画、ソ連は中距離ミサイルを持ち込んだのである。 しかし、当時のキューバと今のイランとでは状況が全く違う。CIAの報告でもイランは現在、核兵器を製造するような段階にはないのだ。つまり、経済封鎖するような状況にはなく、アメリカを中心とする勢力にまつろわない国のひとつ、イランの体制を転覆させたいだけのことだろう。これはシリアでも当てはまる話だ。中東で核兵器を保有している国はイスラエルだけ。150とも300発とも言われる核弾頭をイスラエルは持っていると言われている。 もし、イスラエルがイランを攻撃し、アメリカが巻き込まれるような事態になると、イスラム世界の親米独裁体制は厳しい状況におかれる。リビアやシリアのケースを見てもサウジアラビアはイスラム世界に対する影響力を強めようとしていることがわかるが、そのサウジアラビアの体制が揺らぐ事態もありえる。 世界を見渡すと、イスラム諸国に限らず、これまで欧米に支配され、富を奪われてきた国々では反米感情が高まっている。そうした感情が爆発したなら、「親米」は命取りだ。 すでに湾岸の独裁産油国では民主化を求める非武装の抗議活動が広がり、激しい弾圧を受けている。中東から北アフリカにかけての地域が戦乱に巻き込まれたなら、世界の石油生産に大きな影響が出ることは必至だろう。 オバマ大統領でなくても、イランへの攻撃が破滅的な結果を招くと考えるのが常識的だろうが、アメリカ政府は「外交的」と称する軍事的な圧力を加え続けている。そうした状況の中、好戦派の暴走、あるいはアクシデントによる開戦もありえる。オバマ政権の思惑だけで物事が進むとは限らない。
2012.02.06
約1年前からNATO(米英仏)はシリアの体制転覆を目指し、さまざまな工作を続けてきた。そして今年1月4日、国連の安全保障理事会ではバシャール・アル・アサド政権を潰すための決議案を採択するが、ロシアと中国が拒否権を行使して否決した。ロシアは不測の事態に備えて特殊部隊を黒海の基地に配備したと伝えられている。 アメリカに限ると、シリアの反体制派への支援はさらに数年はさかのぼることができる。現在、シリアで展開されている武装闘争は、ロンドンを拠点とする反アサド派が中心になって展開されているのだが、そうしたグループをジョージ・W・ブッシュ政権は支援、特に宣伝に力を入れていた。衛星放送を行うためにバラダTVを創設させ、2009年から放送を始めている。こうしたテレビ局の設置を含め、反アサド派へ米国務省は2006年から600万ドルを提供したことがWikiLeaksの公表した外交文書に示されている。 言うまでもなく、2006年と言えばジョージ・W・ブッシュ大統領の時代。この年にはイスラエル軍がガザ、そしてレバノンに軍事侵攻している。幕開けは海岸へ遊びに来ていた家族が爆死したことで、イスラエルは「地雷説」を主張したのだが、アメリカの専門家はイスラエルの自走榴弾砲による攻撃があった可能性が高いと断言していた。 しかし、当時のアメリカ政府にとって最大の問題はイラクだっただろう。そのイラクへ2004年から05年にかけて大使として赴任していた人物がジョン・ネグロポンテ。1981年から85年にかけてホンジュラス駐在の大使を務めたことでも知られている。 ネグロポンテがホンジュラスへ赴任した当時のラテン・アメリカには、アメリカ政府を後ろ盾とするいくつもの軍事独裁政権が存在していた。ホンジュラスもそうした国のひとつで、CIAに近いグスタボ・アルバレス・マルチネス将軍が反体制派の弾圧、政治的暗殺を指揮していた。ネグロポンテにはこうした弾圧に手を貸していた疑いがかけられている。 イラクでネグロポンテ大使につぐ立場にいた人物がロバート・フォード。2011年1月からシリア駐在大使を務めているのだが、反政府運動の黒幕と見られている。 シリアの反政府勢力へ対戦車ミサイル、地対空ミサイル、重機関銃といった武器を供給するため、NATOとトルコ政府が話し合っているとする情報が昨年8月中旬に流れたが、その前、4月下旬か5月上旬の頃からトルコの米空軍インシルリク基地では反シリア政府軍の主力である「SFA(シリア自由軍)」の訓練が始められた。教官はCIAのほか、アメリカ、イギリス、フランスの特殊部隊員が担当しているという。 昨年11月にはリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が崩壊、倉庫から大量の武器が持ち出されたようだが、その頃、マークを消されたNATO軍機がトルコの基地に武器を運び込んでいた。その際、兵士も一緒に乗っていたという。 リビアからシリアへ移動した兵士の多くは、アル・カイダ系のリビア・イスラム戦闘団(LIFG)が送り出したグループの可能性がある。リビアの反カダフィ軍は、昨年11月下旬の段階で、数週間もすればシリアで自分たちの軍事行動が目に見える形になるとリビアの武装集団は語っていたが、この予言通りにシリアの都市ホムスで激しい戦闘が始まっている。 シリアで流血の事態を招いた最大の責任者は間違いなくブッシュ・ジュニア政権とバラク・オバマ政権、つまりアメリカ政府にある。そのアメリカ政府と連合しているイギリス、フランス、サウジアラビア、カタール、そしてイスラエルこそが殺戮の原因を作っている張本人だ。 勿論、こうした背景を知りながらNATO/独裁産油国/イスラエルのためにプロパガンダを続けているメディアも責任を免れない。
2012.02.05
アラブ連盟の監視団が公表したシリア情勢に関する報告書は「西側」のメディアが期待したようなものではなかった。爆破や暴力行為に関する偽情報が伝えられていることを確認したほか、SFA(シリア自由軍)を含む武装勢力が爆破工作などによって市民を死傷させ、制裁案で触れられていない武装勢力の存在などが指摘されている。民主化を求める民衆と独裁者、善と悪、そんなシナリオの報告書ではなかったのだ。 リビアでNATO軍(英仏米軍)と手を組み、湾岸の独裁産油国からも資金、武器、兵士などの支援を受けてムアンマル・アル・カダフィ体制を倒したアル・カイダ系のリビア・イスラム戦闘団(LIFG)は、一部の部隊をシリアへ派遣している。「西側」が無視する武装集団だ。こうした武装集団を監視団は目撃したのかもしれない。 しかし、そうした事実を「西側」諸国や湾岸の独裁産油国(サウジアラビアとカタールが中心)はこれまで無視してきた。何しろ、自分たちのストーリー、仮想現実には書かれていないグループであり、「民主化運動の弾圧」という宣伝に反する。そうした西側/独裁産油国のシナリオから外れた内容の報告を監視団がまとめたことは興味深い。 何しろ、アラブ連盟では湾岸の独裁産油国が大きな影響力を持っている。そこで監視団に公正さを期待する向きは多くなかったのだが、その監視団でさえ、推測に推測を重ねた妄想報告は書けなかったということだろう。 ところが、国連では「正体不明の武装集団」の存在を不問に付したまま、シリアの政権転覆を決議しようとしている。笑止千万と言いたいところだが、当事者にとっては由々しき事態。 もし、国連でシリアの体制転覆を求める決議が採択されたなら、リビアの再現になりかねない。そのリビアでは現在、再び戦闘が始まる兆候が現れているが、その一方、拷問が盛んに行われ、犠牲者も出ている。民主化されたとは到底、言えない状況だ。 リビアの元フランス駐在大使が拘留中に死者しているのも一例。刑務所内はコントロール不能の状態だとも言われている。リビアの体制転覆に加担した人びとは、こうした事態に口をつぐむことは許されない。
2012.02.04
大量の放射性物質を撒き散らす事故を起こした福島第一原発の周辺で鳥が減少、チェルノブイリ原発事故による生態系への破壊的な影響を連想させる事態になっているようだ。両事故を調査したのはサウスカロライナ大学のティモシー・ムソー教授らをメンバーとするチーム。調査結果は来週、「環境汚染」誌に掲載されるという。 ムソー教授と共同で研究しているパリ第11大学のアンダース・ペイプ・モラー教授は、チェルノブイリ原発事故で放出された放射性物質による鳥類、昆虫類、そして人間におよぼす影響を研究している学者。チェルノブイリのケースでは生物細胞内の遺伝子突然変異率が増加していることを明らかにしている。 モラー教授はデンマークのアカデミーから「科学的メッセージの偽造」をしたとされているが、放射性物質の生命に対する負の影響を明らかにして、実際に収監された科学者もいる。ベラルーシの病理学者、ユーリ・バンダシェフスキー教授だ。セシウム137が心臓に蓄積され、深刻なダメージを与えることに気づいて公表した後、「収賄」で有罪判決を受けて2001年に懲役8年間の判決を受けたのである。 有罪判決を受けた本当の理由はセシウム137と心臓病との関係を明らかにしたことなわけで、アムネスティー・インターナショナルも「良心の囚人」として支援、2005年に釈放されている。こうした目に会いたくないなら、人の命などは気にせず、「安全デマ」を撒き散らし、「御用学者」に徹するしかない。 セシウム137の問題はチェルノブイリ原発事故だけでなく、1960年代の大気圏核実験とも結びつく。つまり、「国家安全保障上の機密」にバンダシェフスキー教授は切り込んだわけだ。福島第一原発事故の影響を隠す理由のひとつも、広島や長崎に落とされた原子爆弾やアメリカのビキニ環礁における核実験の実態を隠すことにある。 バンダシェフスキー教授によると、セシウム137の影響が最も激しく現れるのは成長中の生体の心臓血管系で、子どもの臓器と臓器系統では50Bq/kg以上の取りこみによって相当の病的変化が起き、10Bq/kg程度の蓄積によって心筋などで代謝異常が起きるようだ。 勿論、セシウム137だけが被害をもたらすわけではない。放射性物質に汚染されたならば、人であろうと、動物であろうと、植物であろうと、細胞が破壊される。DNAへの損傷をもたらし、遺伝メカニズムがダメージを受けるということだ。 チェルノブイリ原発の事故による生態系への影響を調べた学者たちの報告によると、ダメージの結果はさまざまで、癌や心臓病だけとは限らない。すべての臓器が影響を受けることになる。免疫力が低下し、先天性の障害も増え、死産の率が上昇、脳、肺、眼内レンズ、皮膚への影響も指摘されている。しかも、遺伝子の損傷は何世代にも引き継がれる可能性がある。福島第一原発の周辺でおきつつある自然の状況は、チェルノブイリ原発事故と同じことが日本でも起こることを暗示している。
2012.02.04
イスラエル政府が必死に「イランの脅威」を宣伝、攻撃の必要性を訴えているが、これに呼応するようにしてアメリカでは共和党の大統領候補が好戦的な発言を繰り返し、議員やメディアの中からイランを攻撃するべきだとする声が揚がっている。ジョージ・W・ブッシュ政権時代、イラクを先制攻撃した当時を彷彿とさせる状況だ。 そうした中、レオン・パネッタ米国防長官はイランが核兵器を開発中だとする話を否定する一方、今年4月から6月の間にイスラエルが単独でイランを攻撃する可能性に言及している。また、1月にマーティン・デンプシー統合参謀本部議長がイスラエルを訪問しているのだが、その際にアメリカはイスラエルのイラン攻撃に協力しないと伝えたという。 しかし、実際にイスラエルがイランを攻撃し、イランがホルムズ海峡の封鎖といった報復行動に出た場合、アメリカが戦争に引きずり込まれる可能性はある。 議会やメディアはイランを攻撃するべきだと煽り、国民の中には好戦的な雰囲気が広がっているわけで、そうした状態で大統領選挙になれば、より好戦的な候補者が次期大統領に選ばれる可能性が高まるだろう。イランとインドの石油取引はドルでなく金で行うという話もあるが、そうなるとウォール街も攻撃に賛成するかもしれない。 このところ、イスラエル政府の好戦的な発言は常軌を逸している。ユバール・シュタイニッツ財務相はイランを完全に封鎖するべきだと主張、エフード・バラク国防相はイランをすぐにでも攻撃するべきだと語り、モシェ・ヤーロン副首相はイランが射程距離1万キロメートル、アメリカを射程圏内にとらえるミサイルを開発していると宣伝してアメリカ国民に揺さぶりをかけている。 長距離ミサイルの話はイスラエルの軍情報機関を統括しているアビブ・コチャビ少将も触れていて、今年中にミサイルの組立は終了するとしたうえで、2015年までに4発か5発の核爆弾を手にすると主張している。 イスラエル側の主張は相当怪しいのだが、例え事実だとしても世界有数の核保有国であるイスラエルに文句を言う権利はない。イスラエルの核兵器施設で働いていた元技術者、モルデカイ・バヌヌによると1980年代半ばの時点でイスラエルは200発以上の核弾頭を保有、またイスラエルの軍情報部の幹部だったアリ・ベンメナシェによると1981年の段階で300発以上の原爆を保有、この年には水爆の実験にも成功したのだという。150発という数字を示しているのはジミー・カーター元米大統領だ。 しかも、イスラエルには少なくとも1回、核兵器の使用を閣議決定した過去がある。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、第4次中東戦争で劣勢になったイスラエルは1973年10月、核ミサイルを発射する準備をするということで合意している。実行されなかったのはソ連が報復の姿勢を見せ、アメリカが軍事支援したからにすぎない。イスラエルの方が、よほど危険な存在だ。 こうしたイスラエルを放置したまま、現在のIAEAはイランを攻撃するための口実を与えようとしている。昨年11月8日にIAEA(国際原子力機関)が発表したイランの核開発に関する報告書では、推測に推測を重ねて「疑惑」を強調していた。 新たな情報が出てきたわけでもないにもかかわらず、IAEAがイラン攻撃を支援するようになった理由は、事務局長の交代にあると信じられている。2009年にエジプトのモハメド・エルバラダイから日本の天野之弥になっているのだ。天野事務局長がアメリカのコントロール下にあることはWikiLeaksが明らかにした文書で明確になっている。ネオコン(アメリカの親イスラエル派)が天野のボスなのだろうか?そうでなければ、IAEAが軌道修正する可能性がある。
2012.02.03
破壊、略奪、殺戮。イスラエルやアメリカの好戦派は暴力で人間を支配できると信じているのかもしれないが、現実は憎しみと抵抗を生み出しているだけである。パレスチナ、アフガニスタン、イラクといった地域で起こっていることを見れば明白だろう。 ところが、日本ではそうした支配方法に心酔している人が少なくない。石原某や橋下某もそうした類の人らしい。そうした好戦的な政策に賛成する国民を作るために「教育」が欠かせない。国民をロボット化、奴隷化、家畜化するために。 もっとも、こうした「信仰」は彼らだけのものではなく、巨大な背景が存在している。「日の丸」の掲揚や「君が代」の起立斉唱を学校に強制するのは個人的な信念に基づくものではなく、日本の支配層が目指している社会の仕組みを築く上での一里塚だと言えるかもしれない。 1月30日、東京地裁で開かれた判決公判で古久保正人裁判長は、都立高校の職員会議で教員の挙手や採決を禁じた都教育委員会通知を「教職員の言論の自由の封殺」と主張するのは短絡的だとして、原告の土肥信雄都立三鷹高校元校長の訴えを退けた。 日本の裁判所が支配層の代弁機関にすぎないことは原子力(核)発電問題に対する姿勢でも明確であり、土肥元校長の訴えを退けたのも支配層の意志を代弁したということだろう。教育委員会が職務命令で「君が代」の斉唱を強制することを裁判所が認めたのも同じことだ。 まつろわぬ人びとを屈服させるためには、そうした人びとを支える信念、プライドを砕くことが効果的だとする考え方がある。その信念を粉砕すれば、自分たちに絶対服従するようになるというわけだ。ロボット化、奴隷化、あるいは家畜化のための重要な儀式であり、そうした儀式のひとつが「日の丸」の掲揚や「君が代」の起立斉唱を強制することなのだろう。 最近では、こうした政策の効果なのか、嫌な思いをしないために回避行動する教師も増えているらしい。そもそも、こうした強制策が功を奏したのは、「長い物には巻かれろ」と考える教師が多かったからであろう。自分たちの「サークル」に閉じこもって社会との交流に消極的で独善的だった教師の側にも問題はあった。一方、社会の方では、学校へ通う子どもが自分にいないと、教育の世界での出来事に無関心な人が少なくない。 勿論、教師だけが「サークル」を作っているわけではない。昨年から話題の「原子力ムラ」も一種の「サークル」である。サークルの中だけで話をしたり、つきあったりしていると、事実を無視した妄想の世界に入りやすく、議論が暴走することもある。旧日本軍の作戦参謀や学生運動の党派でもそうしたことが起こっていた。無謀な戦争や内ゲバなどはその結果だろう。 管理体制の強化は庶民が通うような学校で特に進んでいるようだ。ある受験産業の資料を読むと、国立校や私立の一部進学校の特徴として「自由な校風」という点が指摘されている。将来のエリートは自立心や思考力を高める必要があり、調教する必要はないということかもしれない。 ピーター・フランクルは『ピーター流らくらく学習術』(岩波ジュニア新書)の中で、日本の教育は「子供を集団生活に慣れさせる手段」にすぎず、その結果「日本人は、一人では心細いと、グループをつくりたがります」と書いている。また、彼の両親は広島を訪れた際、「強制収容所の監視」のような高校の教師を見て「第2次世界大戦でドイツと日本が同盟国だったことがわかったような気がする」と言ったそうだ。 日本の教育が始まるのは1890年、「教育勅語」が発布された時だと言えるだろう。この「勅語」に基き、「忠君愛国」と「儒教的道徳」を国民に植えつけていった。国民を洗脳する軸に据えられたのが「皇国史観」であり、その史観を国民に植えつける役割を果たしたのが京都学派と東大朱光会だ。 その延長線上に「新教育懇話会」や「東京教育懇話会」があり、1970年代の半ばからは管理教育の傾向は強まる。そして「ゆとり教育」という名前のエリート教育につながった。そうした教育の目的は支配層の命令に唯々諾々と従う「考えない庶民」を作り出すこと。福島第一原発後に日本人がどのような言動をしているかを見ると、こうした教育が機能していることがわかる。 教育改革国民会議で議長を務めていた江崎玲於奈は、「いずれは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの子供の遺伝情報に見合った教育をしていく形になっていきますよ。」と語っている。ここまでくるとナチスだ。 現在、欧米では一部の人間が庶民から富を搾り取るシステムを批判する「占拠運動」が広がっている。「格差」という現象を問題にしているのではなく、不公正な仕組みに対する怒りである。 日本でも中曽根康弘内閣以来、一部の「エリート」だけが富を享受できる社会システムを築いてきた。こうした仕組みを作り上げた既存の政党や官僚に対する怒りは日本でも高まり、社会には不満が蔓延しているのだが、そうした不満を政治に反映させる政党は事実上、ない。そうした行き場のない怒りを吸い上げているのが石原某や橋下某。ところが、目指す先は不公正な仕組みで甘い汁を吸っている勢力と同じだ。 富の偏在が進む社会で庶民に残された道は、貧困のうちに死んでいくか、蜂起するしかない。蜂起を防ぐためには「考えない庶民」を育てる必要がある。それが日本で推進されている「教育」。教育はファシズム化の重要な柱だ。
2012.02.01
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