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2011.06.08
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カテゴリ: 歴史
昨日に続き司馬さんの「韓のくに紀行」です。
明治維新の頃の儒教認識を司馬さんは、こう説いています。

「街道をゆく2」司馬遼太郎著、朝日文庫、1978年刊

<釜山にて>p37~40
 徳川期を通じ、幕府は対韓外交を対馬藩主宗家に一任していたが、慶応4(1868)年正月、徳川家が鳥羽伏見ノ戦で一敗し、新政府の権威がかぼそいながら成立したとき、新政権は従前どおり対馬藩に対し、
「対韓外交を委任する」
 と、達示をした。『太政官日誌』3月22日の項に出ている。つづいてこの年の9月、戊辰戦争のめどもついたので、韓国に対し明治維新成立のあいさつ状を送ることを考え対馬藩をしてそのメッセンジャーたらしめた。
 その文章は、新政府で書いた。直訳すると、
「わが国は皇祖連綿として大政を総攬して二千有余年になる。しかるに、中世以降、政権が武将に任ぜられるようになり、外交のことも武将にまかせられていた。しかしこのたび幕府を廃し、王政にあらためた。よろしく懇歓をむすび、万世にかわることのない友誼をむすびたい。これはわが皇上の意思である」
 この程度のあいさつ状である。ところがこれをみてソウルの政府が大いに怒った。韓国人というのは怒りっぽい民族だが、それにしてもこのあいさつ状を、こんにちの韓国人や日本人が読んで、どこをどう怒ったかは、想像もつかないにちがいない。
「こんな国書は、旧例とちがう。様式も文章も用語もそれに印もちがう。受けつけられない」
 と、ソウルから釜山へ送りかえしてしまった。日韓外交の場所は、釜山の草梁にある対馬藩の「倭館」である。
 ソウルの政府が腹を立てたのは、この文章に、皇祖、皇上という皇の文字がしきりに使われていたことである。
「皇」
 というのは、皇帝をさす。韓国からいえば皇帝というのはこの宇宙にただ一人しかいないのである。中国の皇帝であった。韓国は、李王家というように、一階級下の王である。当時の韓国は西洋風な解釈でいえば独立国ではあるが、しかしながら東洋風な見方でいえば、中国をもって「宗主国」としてあおいでいる。くどいようだが、西洋風の属国ではなく、東洋風に解釈すれば、これは多分に法律語でなく、多分に文明語で、つまりは、進んで中国文明の傘下に入ることによって、中国皇帝を宗主として立てる、ということである。このため、ソウルに遣っている李王家の宮殿に行っても、模様として、おなじ想像上の動物である鳳凰はあっても、竜はいない。
 竜はあくまでも中国皇帝を象徴するもので、一階級下の王身分の者が使用すべきものではなく、筆者は念のためにこの韓国旅行中、ソウルの旧宮殿を拝観したとき、やはり鳳凰はあっても竜模様はなかった。李王家が、義(ルール)として遠慮したものである。中国に隷属していたということではなく、こういうことをまもることが礼(秩序的規範)であり、義であり、であればこそ、ある時代、中国人がある時代の朝鮮をさして、
「東方礼儀の国」
と、大いに讃えたのである。このことはくりかえしていうが、西洋風の本国・属国という関係よりも、たとえていえば長幼の序といったほうに近い。韓国の李王朝はみずから王とし、決して「皇帝」を僭称するような礼儀しらずなことはしなかった。ところが、日本はむかしから、天皇という。皇を用いる。このことは中国のいつの時だったか、たしかそれを問題にして論じた文章があったはずだが、筆者はいまそれをさがし出す自信がない。その文章はたしか、
 ―物知らずにはこまったものだ。
 という結論になっていた。わざわざ抗議をするというほど大人げないこともできないので、中国側は、
 ―倭というのは礼も義もない。
 と、ばかにしてしまえばそれですむことだったのである。
 しかしながら、日本は朝鮮と歴史地理の事情がまったく異なっている。日本の場合は朝鮮のように中国文明をジカに受けたのではなく、書物を輸入することによって知った。儒教を書物としてとり入れただけで、冠婚葬祭その他の日常習慣や社会体制としてとり入れたのではない。例外として大化改新のときににわかに思い立って中国体制の国をつくろうとし、しかも優等生的模倣にみごとに失敗し、結局は朝鮮のように中国体制をとらず、日本の勝手体制のままにさまざまの変化をみた。このため、日本はよく言えば小中華であり、中国や朝鮮からみれば非文明の国ということになる。


礼教の優等生的模倣にみごとに失敗した日本、そして模範生であった朝鮮との違いが歴史の綾をなすわけで、罪作りは儒教だったのか?それとも非礼な日本であったか?・・・・・
と、最近とみに孔子批判に振れる大使である(笑)

「形式主義こそ国家と人間の秩序にもっとも大切なものだというのが、儒教的な思考法である。礼とはつまり形式のことで、この形式がいかに煩瑣であれ、これを命がけでまもってこそ人間と社会が成立するというのが、儒教の祖とされる孔子の考え方であった」


<倭ということ>p124~128
 儒教というのは、日本にあっては紙で木版印刷された書物というかたちをとりつづけてきたが、中国ではもっとおそるべきものなのである。漢以来、統治の原理であり、多分に体制そのものであり、これを統治されるものからいえば人間関係の唯一の原則で、人間であるかぎりこれ以外の習俗はない。李朝500年間、中国的儒教体制の模範生であった朝鮮は、中国の歴代王朝から、
「東方礼儀ノ国」
 とほめられつづけてきたように、習俗として礼教を重んじつづけてきた。むろんそれは形式主義であってもかまわない。むしろ形式主義こそ国家と人間の秩序にもっとも大切なものだというのが、儒教的な思考法である。礼とはつまり形式のことで、この形式がいかに煩瑣であれ、これを命がけでまもってこそ人間と社会が成立するというのが、儒教の祖とされる孔子の考え方であった。
 逆にいえば儒教国家というものは自然のままの人間というものをみとめない。人間は秩序原理(礼)でもって飼い馴らしてはじめて人間になる。そうなっている。
 たとえば野馬は馬ではなく、それをとらえてきて一室のかこいのなかに入れ、非自然的な調教法(礼)で順化させてはじめて馬になる。人間も同じだ、という思想である。
 一原理によってぼう大な数の人間を飼い馴らすというのが中国古来の国家のしごとであり、専制皇帝もまたこの飼い馴らしから自由ではなく、みずから礼教の範をたれるというのが人君たるものの理想とされている。このことは日本人にはわかりにくいが、キリスト教という絶対的な原理でもって、本来自然物にすぎないと規定された人間を、国家的に飼い馴らしてきた歴史をもつ西洋人ならばよく理解できるのにちがいない。ただ西洋の場合は神父と官僚は職能として分離されているが、中国の官僚は儒教の牧師であるとともに行政者であるという徹底した点でわずかにちがっていた。

 この点、こういう歴史的経験をもたなかった日本人にはわからない。毛沢東による新中国も儒教原理を他の原理にかえただけで、「人間は国家が一原理をもって順化しつくしてはじめて社会的存在としての人間になりうる」という基礎的な体質をすこしもかえていないのである。
 これを、そういう歴史をもたなかった日本人が笑うべきではない。むしろそのような人間社会の伝統をもちつづけた民族(中国人だけでなくロシア人やヨーロッパ人)にとって、文明とはそういうものであり、日本人社会などは文明の概念にあてはまらないのではないか。要するに倭人という印象は、
「あてはまらないやつ」
 という感じとして、日本の外界には基本的にあったし、いまもあるのではないか。
 朝鮮は、李朝500年だけでなく、新羅の後期や高麗朝あたりからすでに、
「東方礼儀ノ国」
 であった。つまり中国的原理(礼教)をもって国家・社会・家庭体制の原理としてきた、という意味であり、中国をもって儒教的宗主国としてきた。
 つまり国家として礼教の秩序をもっているから同原理の中国としては、
「朝鮮は安全である」
 という感じだったにちがいない。宗主国である中国への礼をみだす(たとえば侵略)などということは朝鮮はしない。朝鮮もまた、儒教原理をもって中国を本家として立てているかぎり「中国が攻めてくることはない」という安心感があった。防衛の難しい半島国家としてはこれが最良の生き方であったろう。そして礼教という絶対原理(とくに李朝)で国内を順化しておくと内乱のおきる可能性がすくなく、これほどいいことはなかった。

 13世紀末の高麗朝を舞台とする井上靖氏の『風濤』を読んでもわかるように、高麗人にとっての恐怖は儒教的原理を持たない異民族が中国大陸の主人になることだった。
 元帝国の出現である。
 わずか百万そこそこのモンゴル人が、数億の漢民族を武力で征服し、礼教に拠らずして支配しはじめたのである。礼教の原理によらず、ごく生物的な膨張への本能でもって元帝国は旋回しはじめるという歴史的異変が現出した。元帝国は高麗朝を武力でおどしはじめた。高麗の物産を収奪し、あげくのはては、
 日本を攻めよ、その費用を分担せよ。
 と、恐喝した。高麗人は戦慄し、ほろんだ漢民族の南宗を、悲鳴をあげたくなるほどの思いでなつかしんだ。
 このあたりが、朝鮮人のむずかしさである。モンゴル人は元来、朝鮮人とおなじくウラル・アルタイ語族に属する人種で、朝鮮人にとってはいわば血縁民族といっていい。人種的には漢民族のほうが言語までまるでちがうのだが、しかしそれでも儒教という「原理」を一つにするということで、考え方も行動のしかたもすべて理解ができ、たがいに無害の状態で存在しあうことができるのだが、モンゴル人には儒教がなく、要するに儒教的にいえばけものに近い人間(夷テキ)なのである。結局、高麗朝はこの夷テキの帝国におどされてともどもに日本の博多湾まで攻めこんできて、「風濤」にやられてしりぞくのである。
 元は百年足らずでほろび、漢民族の明朝になるが、ところが17世紀前半になって、またまた異民族の騎馬兵団が中国大陸を襲い、清帝国が成立した。この清をおこすのはモンゴル人以上に人種的に朝鮮人に近い満州の女真民族なのだが、それでも当時の朝鮮人は、儒教原理の前朝をなつかしみ、似た民族がたてた新帝国のほうを嫌悪し、恐怖した。ところが清朝は異民族ながら徹底した儒教原理をもって中国を治めはじめたために朝鮮人は大いに安堵し、これを以前どおり宗主国とした。
 以上によって、朝鮮人にとって「文明」という問題は国家の存亡を賭けるべきものと考えられてきたことがわかるであろう。つまりはクルリと裸になるというような非礼教的行為が、朝鮮人にとってはありうることではなく、さらにはそういう他人をもゆるせず、むろん平気でハダカになるような人種を警戒し、ときに戦慄する。





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Last updated  2011.06.09 13:25:51
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