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2014.10.28
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カテゴリ: 気になる本
<虐殺器官>

「BOOK」データベースが、ゼロ年代最高のフィクションと謳っているが、本当に惜しい作家が夭折したものです。

娘の部屋にあった『虐殺機関』を読み終えたので、紹介します。


【虐殺器官】
虐殺

伊藤計劃著、早川書房、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
 9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。
 先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?
 ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。

<大使寸評>
言語学に関する薀蓄、軍隊の民営化、『プライベート・ライアン』、カフカ、J・G・バラードの『太陽の帝国』、アフリカの角、個人情報のトレーサビリティ・・・
どれを取っても、大使のツボを突いています。
単なるSFというよりは、社会派のサスペンスなんだろう。
それにしても、著者の該博な知識や欺瞞を嫌う社会性なんかがすごい♪
惜しい作家を失ったものですね。

rakute 虐殺器官


戦闘の合間に、シェパード大尉の知性が垣間見える次のシーンには・・・
図らずも、著者が単なる戦闘オタクの作家とは一線を隔しているように思えるのです。
p40~42
「目標まで、これだとあっという間ですね」とアレックスが口を開いた。「このピックアップの脇に書いてあるの、なんていう文字なんでしょうね」
 日本語だ、とぼくは答えた。大学で日本語をすこしだけ勉強していたことがあったし、そのために選ばれて日本のジエイタイという軍隊を訓練したこともあったからだ。文字はフジワラという名前のトウフ・ショップが使っていた車であることを物語っている。日本のトウフ・ショップも、まさか自分が売り払ったオンボロが、はるか東欧の内戦で機関銃の機動銃座に使われているなどとは思いもしないだろう。

「漢字、かっこいいですよね」
「読めない文字は情報というより意匠だからね」
「読めないからこそカッコいい、てことですか」
「そういう部分もあるな。理解できない文化は排斥の対象になりやすいのと同じくらい、崇拝や美化の対象になりやすいんだよ。エキゾチック、とか、オリエンタル、とかいう言葉のもつクールさは、理解できない文化的コードから発しているというべきだね」
「異国の文字は、ことばでありながらことばでない、と。それはテキスタイルと同じようなパターンや図像に近いわけですね」
「意味情報を消失しているわけだからね―正確に言うなら、ぼくらが意味情報を取得できない、ということだが。異国の文字でスクラブルをやったら、できあがったボードはほとんどアートにしか見えないだろうな」

 ぼくらはよく基地で待機中にスクランブルをやった。15×15のマス目と睨めっこしながら、ボードを英単語で埋めつくしていって、待機の長い時間をつぶすのだ。ウィリアムズときたらしょっちゅうぼくに勝負を仕掛けてきては、毎回負けてふてくされている。負けたときのウィリアムズは決まってこう言うのだ。
「いいか、平均的なアメリカの成人は四万五千の単語を知っているはずなんだ。四万五千だぞ。なのになんで俺は15マス平方のボードを埋める単語を思いつかないんだよ」

 ちなみにスクラブルで世界最高の得点をあげた単語は地方領主(CAZIQUES)で、ぼくはウィリアムズとの勝負で一度これを出したことがある。スペイン語派生の少々マニアックな単語で、獲得した点数のあまりの高さもあってか、そんな単語は存在しないと怒り狂ったウィリアムズは、辞書を引っ張り出してきて調べなければ納得しないほどだった。ぼくは生まれてから一度もスクラブルに負けたことがない。母とはじめてゲームをした8歳のときから一度もだ。
「お前はことばにフェティッシュがあるようね。言語愛者、とでも言うべきかしら」
 そうティーンエイジャーのころ母親に言われたことがある。意識したことはなかったけれど、たしかにぼくはことばが好きだった。


イスラム国での殺戮を予感させるような、著者の構想力と社会性が表れているあたりを紹介します。
2010年刊行のこの本ではウェブコマースという言葉を使っているが、現在ではeコマースが定着しましたね。

 さすがに、イスラム国のようなインターネットによるリクルートまでは、書いていませんが。
p97~100
「ソマリアは清く正しく仲良く生きようと銃を捨てたが、困窮は極まるばかりだった。だから、いままでの内戦で世界に与えたネガティブなイメージを覆さねばならなかった。ここは投資に値する場所であると、ここには教育を施された働く意思のある文明人がいると、さらには、観光に来てもまったく安全であると。それらは1年前までのソマリアではまったくの事実だったのだが、しかし事実であるというだけではどうしようもない。それを世界に知ってもらわなければどうにもならないのだ」
「PR会社ですか」
 ぼくは言った。DIAはうなずき、
「そうだ。国家のイメージはPR会社によって大きく左右される。アフメドはオックスフォードで国際政治を学んでいたから、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争におけるようなPRの必要性を強く認識していた」
 希望という軍勢は、それに忠誠を誓うのはとてもたやすいが、実際に動かすのは困難である。そうなにかの本に書いてあったが、その希望とやらを実際に動かすためには
アメリカに知ってもらい、ロビイストを動かさねばならない。そこで登場したのが、国をクライアントとするPR専門家だった。

 ワシントンで記者会見を開く、閣僚をアメリカのネットワークに出演させる。アメリカ政府の要人と会見させて、困窮を訴えると同時にメディアの記事にしてもらう。そうやって「希望という軍勢」ははじめて動く(かもしれない)ように世界はできているのだ。
「とにもかくにも、世界にソマリアの状況を知ってもらわねばならない。わたしたちは戦いをやめ、前へ進む意志を持つ優秀な国民を抱えた、しかし貧しい国だと知ってもらわなければならない。そこでアメフドは、元PR会社の男を文化宣伝顧問として、ソマリア政府に雇い入れた」
 ぼくにはもう話が見えている。
「それがジョン・ポールだったのですね」
 全員が、ウィリアムズも含めて、ぼくのほうを見た。注目を集めるつもりはなかったのだが、みな、ぼくの話を先取りする能力に驚いたらしい。
「そうだ。ジョン・ポールがソマリアに入ってどうなったか、シェパード君にはもうわかっているようだね」
 国家が人格的は「犯人」である殺人事件、というものを想像してほしい。
 ニュースリポーターが隣人にインタビューすると、彼女はこう答える。とても親切でまじめな方で、ゴミ出しもきちんとしていましたし、そんなことをするような人にはぜんぜん見えなかったんですけど。

 ようするに、そういうことだ。ぼくはうなずいて、DIAの言葉を引き受ける。
「ええ、つまり現在の状態になったんでしょう。あっという間に国中が混沌に還った。万民が万民に対してのホッブス的な闘争を開始した。混沌。殺す側と殺される側に、国民たちが分かれていった。そして―」
「ブラック・シーの砂浜に、道に迷ったイルカの末路のごとく、無数のソマリア人の骸が転がることになった、と。」
 ウィリアムズが話をしめた。
 ジョン・ポール。

 いまや、この男は内戦地帯をうろつく奇特な観光客ではないことが判明した。暗殺指令が出た当初から、それを立案し承認した人間たちにはわかっていたことだが、実行するぼくらにそれが教えられることはなかった。 
 ぼくらが幾度も殺そうと試みては失敗しているこの男が、世界各地で虐殺を引き起こしているということを。

 この男が入った国は、どういうわけか混沌状態に転がり落ちる。
 この男が入った国では、どういうわけか無辜の命がものすごい数で奪われる。
「それだけのことが、わずか半年のうちに起こった」DIAが続ける。「平和になっても注目しなかった国々が、この殺戮には運よく反応してくれた。世論、大統領選、お決まりの流れだ。しかし、アメリカの即応軍は世界各地で立て続けに起こった内戦やテロや民族紛争で出払っていた。近代の軍政はじまって以来の大規模アウトソーシングが行われたのは、そういうことだ」



p216~220
(文字数制限により省略、全文は ここ )



解説では、著者の9年にもわたるガンとの闘病の経緯が書かれています。
小康状態の間に、この小説が書かれたようですが、残る時間を計算しながら、生きた証として書いたのでしょうね。

ところで・・・
小説の終盤ちかく、ヴィクトリア湖沿岸の人工筋肉工場群が舞台になるのだが、これが「ダーウィンの悪魔」という映画を彷彿とさせるのです。

この小説も「ダーウィンの悪魔」も描くのは(SFと映画の違いはあるが)貧困とか民間軍事会社や環境破壊を生む社会を糾弾しているわけで・・・
グローバリズム、新自由主義経済の恐ろしさが見えてくるわけです。


【ダーウィンの悪魔】
ダーウィンの悪夢
フーベルト・ザウパー監督、H24.1.14観賞

<movie.walker解説>より
世界各国の映画祭で絶賛された社会派ドキュメンタリー。日本にも輸出される白身魚が原因で、アフリカで起こった貧困、売春、エイズ、ドラッグなどの問題を告発した衝撃作。
<大使寸評>
長編ドキュメンタリーを久々に見た。ナイルパーチの肉をジャンボ輸送機アントノフでピストン輸送している現実が、新自由主義なんだろう。
「ナイロビの蜂」とか「ロード・オブ・ウォー」が連想される映画であった。

ただ、この映画のストーリーには作った部分もあるので、純粋なドキュメンタリーとは言えないのが気になるのです。
movie.walker ダーウィンの悪夢


28日の朝日が「 ビクトリア湖のナイルパーチが激減 」と報じているが・・・現実がこの小説に近づいたような気がするのです。





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Last updated  2014.10.28 14:56:29
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