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2018.03.29
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カテゴリ: 気になる本
図書館で『徴用中のこと』という本を、手にしたのです。
検閲で没になった古原稿をもとに書き改めたとのことで・・・大戦初期の占領地の状況が興味深いのです。



井伏

井伏鱒二著、講談社、1996年刊

<内容紹介>より
陸軍徴用の地シンガポールでの苛酷な実態と人々の姿を、死を見据えた細密な観察眼で捉え淡々と描いた、井伏文学の特質を伝える長篇。
私たちは従軍中も入城後も、新聞社関係の特派員からときたま原稿を頼まれたが、私の原稿は検閲で没書になるのが多かつた。たいてい没書になつた。その原稿は、そのつどリュクサックに蔵つて置き、日本に帰るとき束ねて持ち帰つた。今、その古原稿で当時の記憶を呼び起こしながら、この原稿「徴用中のこと」を書いてゐる。──本文より

<読む前の大使寸評>
検閲で没になった古原稿をもとに書き改めたとのことで・・・大戦初期の占領地の状況が興味深いのです。

kodansha 徴用中のこと


シンガポール占領の状況を、見てみましょう。
p102~105
第8回
 宮兵団は、陽動作戦のためウビン島を根拠地として、シンガポール島を東から攻略すると見せかけてゐた。初め鉄舟に分乗し、この島に上陸したのは2月7日から8日の間であったらしい。パーシバル将軍はこれに備え、大軍を急いで東に移動させた。その間に、北から攻撃する山下将軍の25軍と5師団は渡河を完了し、2月12日にはブキテマ高地を占領して、司令部をフォード会社の工場に置いた。日本軍はジョホール水道の渡河作戦を秘匿するために、作戦前に水道近辺の住民を8キロ以北に移させて置いた。

 私たちの常識から云えば、宮兵団の陽動作戦は図に当ったのではなかったかと思ふ。しかるに戦争の専門家からすれば、あながちさうでもなかったらしい。この間のいきさつについて、前に引用した手記のつづきで篠崎さんはかう云ってゐる。

 ・・・宮兵団の西村中将は有名な剛将であった。2.26事件の判士長として、峻烈な粛軍の火蓋を切った人で、当時、陸軍省調査部長であった。これに対して、青年将校のシンパであり、皇道派であった山下奉文将軍は、西村中将と対立的な存在であった。

 マレー作戦でもよく対立して、近衛師団は継子扱ひにされた。ムアーの戦闘を、辻政信参謀に酷評されたりした。ジョホール渡河作戦でも先陣には立たされなかった。25軍司令部では、近衛師団は勝手に作戦すべしなどと毛嫌ひされた。徹底して異端視されてゐたが、この近衛師団の陽動で、東に移動した英軍が再び北へ移動し、英軍は軍団としての統制を乱し、結局、局地戦闘に追ひこまれた・・・。

 そのやうに記してゐる。私は将軍たちの惟幕に於ける駆引術策の妙諦は知らないが、篠崎さんの手記は真相に近いところを云ってゐるのではないかと思ふ。篠崎さんは終戦後、シンガポールの華僑虐殺事件裁判の他に、シンガポールの謂はゆる世紀の戦争裁判にも主証人として証人台に着席した人である。また戦争中、シンガポール陥落の直後には、華僑の抗日義勇軍と抗日団体の所属者を処刑するするため日本憲兵が摘発に当ったとき、篠崎さんは無辜の華僑を助命するために、汗水ながして西に東に駈けずりまはった人である。
 私は新聞社に通勤の途中、若い華僑たちが三千人も四千人も大広場に集まって、死刑の場所へ引立てられようとしてゐるのを見た。その群のなかに、篠崎さんが一人の華僑の案内で、せかせかと広場に入って行くところをこの目で見た。監視に当ってゐる日本憲兵に、無実の華僑の貰い下げに駆けつけたところであったらう。私が昭南タイムズ新聞社の華僑記者から聞いただけでも、何人もの華僑が篠崎さんに命を救はれてゐる。この人は、華僑やユーラシアン、マレー人などを好きであるやうだ。

 私はシンガポールにゐた当時、たびたび徴員暮しの愚痴をこぼしに篠崎さんの事務所へ行った。通訳の古山君と一緒に行ったこともあるし、昭南日本語学園の校長であった詩人の神保光太郎と一緒に行ったこともある。
(中略)

 もう一つ印象が深かったのは、昭南市役所がユーラシアンを日本人として登録するとき、市役所特別警察部の主任になった篠崎さんが、長文の布告原文を持って社の編集室へ現れたことであった。この登録は妙な行きがかりで市役所が決意断行に踏みきった処置であった。4月29日、市役所で催された天長節の式典で、現地人小学生が「雲にそびゆる高千穂の・・・」といふ唱歌を日本の小学生そっくりに歌った後、日本人の役人たちや大勢の現地人を前にして、壇上に立った山下奉文司令官が、「今日よりマレーの住民は、みんな日本人である。故に、陛下に対し奉り、忠節を尽さねばならぬ」といふ意味の訓辞を述べた。

 そのころ日本政府は、マレーに対してまだ領土の宣言をしてゐなかったが、山下将軍のこの一言でマレーの住人は一躍日本人にされることになった。そこで市役所は取敢えずユーラシアンだけでも日本人として登録することにして、篠崎さんを混血児取扱の主任に命じた。

 市役所は軍政部と仲がよくないが、軍司令官の発言に従はなくてはならぬ。しかしマレー住民を日本人だときめるのは日本政府を出しぬいた処置だから、市役所の当事者は、清水の舞台から飛び降りる思ひであったらう。無論、その布告は掲示された。塩崎さんは布告の原文を社に持って来た。

プロパガンダ報道のために徴用された井伏さんであったが、日本軍を見るスタンスは日本一辺倒ではなかったようですね。

『徴用中のこと』





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Last updated  2018.03.29 00:03:04
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