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2019.02.21
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カテゴリ: アート
図書館で『本の森 翻訳の泉』という本を手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、取り上げている作家が多和田葉子、村上春樹、水村美苗、池澤夏樹と好きな作家が多いのが借りる決め手となりました。





鴻巣友季子著、作品社、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
角田光代、江國香織、多和田葉子、村上春樹、朝吹真理子ー錯綜たる日本文学の森に分け入り、ブロンテ、デュ・モーリア、ポー、ウルフー翻訳という豊潤な泉から言葉を汲み出し、日本語の変容、文学の可能性へと鋭く迫る、最新評論集!

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、取り上げている作家が多和田葉子、村上春樹、水村美苗、池澤夏樹と好きな作家が多いのが借りる決め手となりました。

rakuten 本の森 翻訳の泉



言語学的SFという分野が大使のツボでもあるのだが・・・
多和田葉子が『エクソフォニー』でそんなSFを書いているので、見てみましょう。
p29~32
<『エクソフォニー』で読む『文字移植』>
 この原稿を書き進めていた最中、多和田氏もよく知るオランダの作家、セース・ノーテボームが来日し、わたしは彼の訳者として久しぶりに再会した。奇遇だったな、と思う。
 ノーテボームは多和田葉子の愛読者で、彼の旅行記Strange Waterなどは、多和田の作品のことばからタイトルをとっているのだ。文化圏が似ているだけでなく、このふたりの作家には色々と相通じるものがある気がする。実際、その夜、彼らがあるプロジェクトに共に参加したときの話を、ノーテボームから聞いた。それには、二十人ほどの作家・詩人が参加し、それぞれがひとつの景観のなかから好きな場所を選んでそれを詩に詠むという、なかなか大胆なコラボレーションだったそうだ。

 それを聞いたわたしの頭のなかで、多和田葉子のことばがまた勢いよく動きだした。
 彼女のことばは、じっとしていない。捉えようとすればその手をするりとかわし、境界をしなやかに越え、かと思うと、何かと何かの狭間に姿を消す。

 日本で出版された彼女のエッセイ集『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』に、翻訳について書いたこんなくだりがある。

しかし、小さな言語で書かれた文学はほとんどの人には読めないわけだから、多くの人の読める言語に訳されることになる。すると、滅びかけた語彙、思考のリズム、語り口、映像、神話などが、翻訳という形で大きな言語の中に「亡命」し、そこに、ずれ、ゆがみ、戸惑い、揺れ、などを引き起こすことになる。これほど文学にとって刺激的なことはない。だから翻訳文学は、大きな言語を変身させる役割も果たす。

 まさに、目から鱗が落ちるとは、このことだった。とくに「大きな言語の中に「亡命」し」という箇所では、椅子からころげ落ちそうになってしまった。
 翻訳というのは、外国語を自分のことばのなかに引きずりこもうとする、むしろ内向きの作業だと、常々わたしは感じていた。きっと自分が英→和の翻訳者だからだろう。

 英語という巨大な言語を日本語という「小さな」言語に移す仕事をしているから、こういう逆の発想になってしまったのだ。英和翻訳は、言語人口から言えば、伝達の可能性を十分の一にする、ある意味「縮小化」なわけで、英語のままにしておけば十億人が読めるものを・・・と、いつもなんとなく申し訳ない気持ちをどこかに抱いている。

 エクソフォニーとは、母語の外へ出た状態を表す語だそうだ。日本からドイツに移住し、日本語とドイツ語で創作をつづけている多和田葉子は、ある意味、二つの文化、二つの言語をつなぐダイナミックな翻訳者である。

 この翻訳者はダイナミックであると同時に、きわめて用心深い。一般に、翻訳をやるには、多数の言語に習熟しているほうがよいとされるが、彼女は日本語の外に出たからといって、「たくさんの言語を学習すること自体にはそれほど興味がない」と言う。『エクソフォニー』からこのくだりも引用しておこう。

言葉そのものよりも二ヶ国語の間の狭間そのものが大切であるような気がする。わたしはA語でもB語でも書く作家になりたいのではなく、むしろA語とB語の間に、詩的な峡谷を見つけて落ちて行きたいのかもしれない。
そんな「詩的な峡谷」を知る人こそが、理想の翻訳者ではないかとわたしは思う。


 ところが、これ以上はないというほど最悪な翻訳家が登場するのが、『文字移植』である。文庫化のときに改題したようで、わたしの手元にある旧版のタイトルは『アルファベットの傷口』という。

 この翻訳家である「わたし」は、まず相当に翻訳が「下手くそ」らしい。少なくとも、学者ウケがとてつもなくわるい。「こんな露骨な翻訳調ではとても文学を読んでいる気になれない」とか、「作品はいいのに、原文の文体を味わわせてくれないのが残念」などと、酷いことばかり書かれている。

 しかも、「わたし」は丸1冊訳し通せたことがなく、いつも途中で、同業者の「エイさん」に代訳を頼んでしまうのだ。なんとも理解しがたい「悪訳者」ぶりだが、何か読み解く手がかりはないだろうか。翻訳者だって半身は母語の外に出る「半エクソフォン」であるから、このさい『エクソフォニー』をときどき注釈書にして『文字移植』を読んでみよう。

「わたし」はいま、今度こそ1冊訳し終わらせようと、カナリア諸島の別荘にこもって仕事をしている。知人に借りたこの別荘は、バナナ園に隣接し、海を遠くに望む。今日中に訳し終わらないと、「ゲオルク」が来てしまい、そうなると仕事どころではなくなるし、第一締切に間に合わない。今回の<小説>はたったの2ページしかないのに、「わたし」はまだ何をどう訳せばいいのか見当もつかない、と言う。彼女の原稿は、たとえばこうだ。
 そして、ほとんど、いつも、彼等は、である、ひとりぼっち、友人、助けてくれる人、親戚、はいない、近くに・・・

 日本語としてすんなり読める訳文でないことは確かだろう。どうやら、原文(Anne Duden Derwunde Punkt in Alphabets)の単語を頭からひとつひとつ日本語の単語に置き換えているだけのようだ。ときおり、いつのまにか現れては消える小説の<作者>といっしょに、水のない河の底を歩いたりする。


『本の森 翻訳の泉』1





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Last updated  2019.02.21 07:53:03
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