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2020.06.09
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カテゴリ: メディア
<(インタビュー)9月入学、賛否の前に>



(刈谷剛彦さんへのインタビューを6/04デジタル朝日から転記しました)


コロナ危機の中で政府が急に検討を始め、約1ヵ月で見送る方向に転じた9月入学制度。導入したら何が起きるのか。多角的な緊急推計を発表して議論に影響を与えたのは、苅谷剛彦・英オックスフォード大学教授のチームだった。教育格差の拡大に警鐘を鳴らしてきた研究者が、実証的なデータを示すという手法に込めた意図は――。

Q:苅谷さんは12年前に日本から英国へ研究拠点を移しています。1ヵ月ほど前に突然浮上した日本の9月入学議論に、なぜわざわざ、緊急に反応したのですか。
A: 実は9月入学が浮上する前から、日本の状況は心配していました。休校が広がることでいわゆる教育格差の問題が深刻化しているのでは、と思ったからです。

 4月中旬には、日本にいる知人たちに『政府に要求するだけでなく、民間から何か行動を起こせないだろうか』と相談するメールを送っています。何人かで相談を始めた矢先に、9月入学の話が飛び込んできたのです。動かなければいけないと思いました。

Q:9月入学が実施されたら社会にどういう影響が出るかを調べた緊急推計ですね。教員数が万単位で不足したり新たな待機児童数が10万単位で生じたりしかねないことを、実証的な研究で示しました。なぜ推計をしたのですか。
A: エビデンスに基づいて検討する機会がないまま議論が進むのを恐れたからです。エビデンスとは実証的な根拠のことです。大きな政策を実施したとき、社会のどの部分に、どのような影響が出てくるのか。それを推計した社会科学的試算がないまま9月入学への移行が実現したり見送りになったりしてしまう事態を恐れました。

Q:実現に反対するため、ではなかったのですか。
A:違います。賛成のための推計でも反対のための推計でもないという前提で、日本にいる若手研究者に共同研究を呼びかけました。かつての院生たちです。

Q:なぜ、賛成でも反対でもない立場を重視したのですか。
A:賛否の立場で推計すると予断を持ち込むからです。決めるのは国民や様々な当事者の判断であり、最後は官僚や政治家です。

 エビデンスを踏まえずに議論してしまうと、目に見えていない落とし穴にはまってしまう可能性がある。それは、ある政策を推進させようとする場合でも中止させようとする場合でも同じです。

 見解を出すことでも論点整理をすることでもなく、数字でエビデンスを提示することに集中しました。僕たちが目指したのは『議論を変えること』ではなく『議論の仕方を変えること』です。

Q:どういう影響が出るかは文部科学省などの省庁が推計すればいいとの考え方もありそうです。
A: 省庁が十分な試算をして結果をきちんと公表してくれるとは、必ずしも限りません。もし無視できない精度の試算が民間から発表されれば、省庁も少なくとも同程度の試算は示さざるをえなくなるはずだと思いました。


Q:推計にかかる費用はオックスフォード大から出たのですか。
A:いえ。僕たちチームのメンバーは無償です。支援スタッフへの謝礼は僕のポケットマネーです。

    ■     ■
Q:今から約20年前、子どもたちが勉強漬けにされているとして、文部省(当時)が「ゆとり教育」を打ち出したのに対し、苅谷さんは実証的なエビデンスをもとに「子どもたちの学習時間はむしろ減っている」と訴えましたね。
A:ええ。政策議論の最中にエビデンスを提示することが必要だと考えました。経済界が『学力低下』を掲げてゆとり教育の見直しを求めたときには、 ゆとり教育は生まれや家庭環境の違いによる『学力格差』を広げかねないという研究結果を発表しました。問題の本質は学力低下なのか格差なのかを、実証的なエビデンスで問いかけたつもりです。

 あいまいなイメージや固定的な政治的立場に基づく議論で教育改革が進んでしまい、それがどういう結果を招いたかも検証されない。エビデンス不在の教育議論をいつまで繰り返すのだという問題意識が、当時からありました。

Q:コロナ危機の下では学力格差をはじめ、教育をめぐる格差が広がるのではないかとの懸念が広がり、そこから9月入学による解決を望む声が上がりました。
A:地域によって休校期間の長さが違ったり、家庭状況によってオンライン学習を受けられるかどうかが分かれたり。それを見て今回『格差を解消しよう』という議論が起きたのは健全でしょう。20年前なら広まらなかった議論です。

他方、雇用や生活の保障にさえ予算を出ししぶっている日本政府が教育格差への対策にどれだけ力を傾けるのかは未知数でもありました。民間から行政に刺激を与える必要があると考えました。

Q:そもそも格差を解消することは、なぜ必要なのでしょう。
A:僕は実は、格差という言葉を使う代わりに不平等という言葉を使っています。かつて小泉純一郎首相(当時)が『私は格差が出るのは別に悪いこととは思っておりません』と語ったことにも表れているように、格差は『単なる差異』だとも捉えられがちです。他方、 不平等は不正義です。

 家庭の状況やジェンダーといった、自分では選べないものによってその人の人生のチャンスが制約されてしまうのは、不平等でしょう。不平等をなくしていく努力は、正義が軽んじられない社会をつくるために重要です。

    ■     ■
Q:苅谷さんは、日本の大学にはグローバル化の視点が必要だと訴えてきましたね。9月入学には元々、賛成だったのですか。
A:10年近く前、東京大学の秋入学が話題になったころには、国際化を担う一部の大学が秋入学に移行していくことは理にかなっている、と思っていました。

Q:小・中・高校まで9月入学にすることについては?
A:考えたことがありません。
 もし今、9月入学に変えたほうが日本のグローバル化が進むかと聞かれたら、『たぶんそうではないだろう』と答えます。大学のカリキュラムを柔軟にして、秋から来る学生もきちんと学習を進められるようにしておけば、国際化への対応はひとまずできます。

Q:しかし、グローバル化が必要だという声は依然強力です。
A:世界中の留学生を集めてきた欧米の有力なグローバル大学は今、コロナ危機による留学生の激減で、深刻な財政難に直面しつつあります。グローバル化に依存することには正と負の両面があることも考えておくべきです。

日本は本気で教育のグローバル化を求めてなどいないと思います。本当に『日本人はグローバル人材にならなければならない』というニーズがあるなら、日本社会はもっと変わっているはずです。また、そもそも本当のグローバル人材は、日本の経済だけに貢献する必要はないはずでしょう。人類に貢献すればいいのですから。

    ■     ■
Q:9月入学を来年秋から導入する案は見送りになる見通しです。自身のチームの推計が影響を与えたと思いますか。
A:分かりません。日本にいれば見えるのかもしれませんが」

Q:教育の「議論の仕方」は変えられたでしょうか。
A:……変えられなかったのかもしれませんね。推計が報道された直後、珍しく、ネットでニュースへの反応を見てみました。コメントを100件くらい読んでみたのですが、正直がっかりしました。

 9月入学に反対する人々の多くは『ありがたい試算が出た』との受け止め方でした。他方、賛成派の人々は『反対勢力による推計だから信じるな』と反応していました。『自分たちを利する調査結果かどうか』に着目している点では、どちらも同じです。

Q:空しさが残ったのですか。
A:無力だったのでは、と感じています。エビデンスを数字で示したのにそれさえも結局、二項対立的な分断構造の中にのみ込まれてしまった。 議論を白か黒かで理解する傾向は、20年前よりむしろ強まっているようにも感じます。ただ、一緒に推計した若手研究者たちが『議論の仕方を変える』試みを続けてくれるのではないか、と思えることは希望です。


 2020年のコロナ危機下に起きた9月入学論議とは何だったのか。後世の人がそれを考えようとする瞬間はきっとあります。僕はメンバーにこう言ってきました。『たとえ推計が全く参照されないまま政策が決まっても、公表することには意味がある。後の人が反省的にこの瞬間を振り返るための“参照点”を、歴史の中に埋め込む行為だからだ』と。

Q:教育に関して次にどんな研究が必要だと思いますか。
A: やはり、不平等の問題です。オンライン教育などのICT(情報通信技術)を学校に導入しようという声が日本では今後高まるでしょう。ただし進め方によっては、そのせいで不平等が拡大する可能性があります。ICT化の影響をきちんと調査すべきです。 (聞き手 編集委員・塩倉裕、同・氏岡真弓)

 *
刈谷剛彦:1955年生まれ。社会学者として教育格差問題を先駆的に研究。東京大学教授を経て2008年から現職。近著「追いついた近代 消えた近代」。

ウン 素晴らしい提言がみられますね。・・・
たぶん、三流官庁と揶揄される文科省のお役人は、この提言を理解できないのではないかと危惧されますが。

(インタビュー)9月入学、賛否の前に 刈谷剛彦2020.6.04

この記事も 朝日のインタビュー記事スクラップR16 に収めておきます。





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Last updated  2020.06.09 01:14:29
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