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2021.01.29
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カテゴリ: アート
図書館に予約していた『ことり』という本を、待つこと3日でゲットしたのです。
この本を『歓待する文学』というNHKテキストで、小野正嗣さんが高く評価していたので、即、図書館に予約していたものです。






小川洋子著、朝日新聞出版、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
世の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い…やさしく切ない、著者の会心作。

<読む前の大使寸評>
この本を『歓待する文学』というNHKテキストで、小野正嗣さんが高く評価していたので、即、図書館に予約していたものです。

<図書館予約:(1/19予約、1/22受取)>

rakuten ことり


ややネタバラシになるのだが・・・
この小説のラストシーンを、見てみましょう。
p246~249
<13>
 ようやく高速道路の高架下までたどり着き振り返ると、畑の向こうに、木立に囲まれた丘がぽつんと見えた。その中で男たちが必死になって繰り広げている会のことなど一切構わず、ただ静かに緑をたたえ、そこに横たわっていた。コンクリートの橋脚にもたれて腰を下ろし、小父さんは咳き込みながら少しでも息を鎮めようとした。小父さんを見送るように、丘の上空で一つの小さな点が曲線を描いていた。それがメジロかどうか確かめる術はどこにもなかった。

 農道脇の民家に頼んでタクシーを呼んでもらい、途中路線バスを乗り継いでようやく家に帰り着いた時にはもう、午後の遅い時間になっていた。メジロは窓辺でお利口に待っていた。
「僕を一人にして、どこへ行っていたんです? 心配するじゃありませんか」
 と言って責めるように、あるいは小父さんの顔を見てほっとうるように、鳥籠中を飛び回って羽毛を舞い上がらせた。小父さんは隣に腰を下ろし、水を一杯飲み干し、鳥籠を撫でた。

 掌の傷口は血が固まり、窪みに砂がこびりついていた。シャツをめくると肘には痣ができ、ズボンの膝は泥で汚れていた。
「ひどい目にあったよ」
小父さんはつぶやいた。胸の動悸がまだ治まっていないような気がした。脈のリズムに合わせて頭の痛みが波を打って響いていた。

「でも、平気だ」
 風は止み、雲が流されてうっすらと光が戻り、離れの廃墟を照らしていた。朽ちてゆくばかりの離れは少しずつ形を変え、蔓に絡め取られ新しい種を宿し苔に覆われて、むしろ生き物に近づこうとしているかのようだった。

 見る角度によっては、輪郭が本を読む父親の背中に似ていなくもなかった。濃い緑の新芽を茂らせて木々は高くそびえ、自由に枝を伸ばし、外の世界からこの小さな家を守っていた。朝、掃除をする暇のなかったバードテーブルには、リンゴの皮の切れ端が散らばり、それを二羽のヒヨドリが嘴の先で転がして遊んでいた。

「ピーヨ、ピーヨ」
 甲高く、ツンと尖って潔い鳴き声が、時折光の中を交差した。その鳴き声の軌跡が、空に一筋浮かび上がって見えてきそうだった。

 そこにいるのは小鳥と小父さんだけだった。背後には母親の写真と、お兄さんの作った小鳥ブローチがあり、目の前には廃墟があった。それですべてだった。
 小父さんはいつまでもメジロと一緒にぼんやりと庭を眺めていた。鳴き合わせの会の風景は既に遠くかすみ、ほとんど幻と同然のようだった。幻なのだから、もし男が怒鳴り込んで来たら、という心配に惑わされる必要もなかった。

 少しずつ日は西に傾いていった。気づかないうちにヒヨドリは去り、リンゴの皮はすっかり干からびて色を失い、離れの半分は影に覆われようとしていた。

「チィチュルチィチュルチチルチチルチィー、チュルチチルチチルチュルチィー」
 何の合図もきっかけもなく、メジロがさえずった。白い輪っかの中の瞳が小父さんを真っ直ぐに見つめていた。

「私のためになど、歌わなくていいんだよ」
 鳥籠に顔を寄せ、小父さんはささやいた。
「明日の朝、籠を出よう。空へ戻るんだ」
 耳を澄ませているとお兄さんの声が聞こえてくるような気がした。その声が頭の痛みをそっと包み込んでくれた。小鳥のさえずりがそばにある限り、他の余計な言葉を何一つ聞かなくても済んだ。ポーポー語だけが寄り添ってくれていた。

 西日が庭を満たしていた。日が沈むまでもうしばらく間がありそうだった。お兄さんの声をもっとよく聞こうとして小父さんは、鳥籠を胸に抱き寄せ、その場に横たわった。

「少し、くたびれたみたいだ」
 メジロは止まり木を飛び降り、小父さんのすぐ耳元に近寄ってきいた。
「ひと眠りするよ。そうすればすぐ元気になる」
 再びメジロは歌いだした。小父さんのためだけに捧げる歌を、鳴り響かせた。
「大事にしまっておきなさい。その美しい歌は」

 そう言って小父さんは二度と目覚めない眠りに落ちた。小父さんの胸の中ではいつまでもメジロはさえずり続けていた。

この小説は言語学的ファンタジーでもあるが、タイトルにあるように鳥の本だったのです。・・・で、 鳥の本あれこれR8 に収めておきます。

『ことり』2
『ことり』1

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Last updated  2021.01.29 08:51:28
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