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2021.10.06
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カテゴリ: 気になる本
図書館で『小川洋子と読む内田百間アンソロジー』という文庫本を、手にしたのです。
 小川洋子と内田百間という取り合わせがいいではないか♪・・・とまあ、小川洋子マイブームは続いています。(ところで百間という名前は門構えに月なんですが、パソコンが受け付けないので「間」でまに合わしています。)





内田百間著、集英社、2020年刊

<「BOOK」データベース>より
現実と幻、笑いと恐怖、彼岸と此岸、あらゆる境界をするりと越えて、不思議な光を放つその作品を、百間をこよなく愛する作家・小川洋子と一緒に楽しもう。「冥途」「梅雨韻」「旅順入城式」「サラサーテの盤」…珠玉の24篇を集めて贈る、新しい内田百〓の世界。

<読む前の大使寸評>
小川洋子と内田百間という取り合わせがいいではないか♪・・・とまあ、小川洋子マイブームは続いています。(ところで百間という名前は門構えに月なんですが、パソコンが受け付けないので「間」でまに合わしています。)

rakuten 小川洋子と読む内田百間アンソロジー



短篇を一つ、見てみましょう。
p21~26
<冥途>
 高い、大きな、暗い土手が、何処から何処へ行くのか解らない、静かに、冷たく、夜の中を走っている。その土手の下に、小屋掛けの一ぜんめし屋が一軒あった。カンテラの光りが土手の黒い腹にうるんだ様な暈(かさ)を浮かしている。

 私は、一ぜんめし屋の白ら白らした腰掛に、腰を掛けていた。何も食ってはいなかった。ただ何となく、人のなつかしさが身にしむような心持でいた。卓子の上にはなんにも乗っていない。淋しい板の光りが私の顔を冷たくする。

 私の隣りの腰掛に、四五人一連れの客が、何か食っていた。沈んだような声で、面白そうに話しあって、時時静かに笑った。その中の一人がこんな事を云った。
「提灯をともして、お迎えをたてると云う程でもなし、なし」

 私はそれを空耳で聞いた。何の事だか解からないのだけれども、何故だか気にかかって、聞き流してしまえないから考えていた。するとその内に、私はふと腹がたって来た。

 私のことを云ったのらしい。振り向いてその男の方を見ようとしたけれども、どれが云ったのだかぼんやりしていて解からない。その時に、外の声がまたこう云った。大きな、響きのない声であった。
「まあ仕方がない。あんなになるのも、こちらの所為(せい)だ」 

 その声を聞いてから、また暫らくぼんやりしていた。すると私は、俄にほろりとして来て、涙が流れた。何という事もなく、ただ、今の自分が悲しくて堪らない。けれども私はつい思い出せそうな気がしながら、その悲しみの源を忘れている。

 それから暫らくシして、私は酢のかかった人参葉を食い、どろどろした自然生(じねんじょう)の汁を飲んだ。隣の一連れもまた外の事をなんだかいろいろ話し合っている。そうして時時静かに笑う。さっき大きな声をした人は50余りの年寄りである。

 その人丈が私の目に、影絵の様に映っていて、頻りに手真似などをして、連れの人に話しかけているのが見える。けれども、そこに見えていながら、その様子が私には、はっきりしない。話している事もよく解からない。さkっき何か云った時の様には聞こえない。
 時時土手の上を通るものがある。時をさした様に来て、じきに行ってしまう。その時は、非常に淋しい影を射して身動きも出来ない。みんな黙ってしまって、隣りの連れは抱き合う様に、身を寄せている。私は、一人だから、手を組み合わせ、足を竦めて(すくめて)、じっとしている。
 通ってしまうと、隣りにまた、ぽつりぽつりと話し出す。けれども、矢張り、私には、様子も言葉もはっきりしない。しかし、しっとりした、しめやかな団欒を私は羨ましく思う。

 私の前に、障子が裏を向けて、閉ててある。その障子の紙を、羽根の撚れた様になって飛べないらしい蜂が、一匹、かさかさ、かさかさと上って行く。その蜂だけが、私には、外の物よりも非常にはっきりと見えた。

 隣りの一連れも、蜂を見たらしい。さっきの人が、蜂がいると云った。その声も、私には、はっきり聞こえた。それから、こんな事を云った。
「それは、それは、大きな蜂だった。熊ん蜂というのだろう。この親指ぐらいもあった」

 そう云って、その人が親指をたてた。その親指が、また、はっきりと私に見えた。何だか見覚えのある様ななつかしさが、心の底から湧き出して、じっと見ている内に涙がにじんだ。
(中略)

「お父様」と私は泣きながら呼んだ。
 けれども私の声は向こうへ通じなかったらしい。みんなが静かに起ち上がって、外へ出て行った。 
「そうだ、やっぱりそうだ」と思って、私はその後を追おうとした。けれどもその一連れは、もうそのあたりに居なかった。

 そこいらを、うろうろ探している内に、その連れの立つ時、「そろそろまた行こうか」と云った父らしい人の声が、私の耳に浮いて出た。私は、その声を、もうさっきに聞いていたのである。

 月も星も見えない。空明りさえない暗闇の中に、土手の上だけ、ぼうと薄白い明りが流れている。さっきの一連れが、何時の間にか土手に上がって、その白んだ中を、ぼんやりした尾を引く様に行くのが見えた。私は、その中の父を、今一目見ようとしたけれども、もう四五人の姿がうるんだ様に溶け合っていて、どれが父だか、解からなかった。

 私は涙のこぼれ落ちる目を伏せた。黒い土手の腹に、私の姿がカンテラの光りの影になって大きく映っている。私はその影を眺めながら、長い間泣いていた。それから土手を後にして、暗い畑の道へ帰って来た。
                    大正10年『内田百間集成3』

< 何度読み返してもそのつど新たな驚きに打たれ、自分の知らない間に書き直されたのでは、という疑いにとらわれる。一行めなど、もうほとんど暗記しているようなのに、なぜかいちいち、見えない小石につまずいて、土手の内側へと引きずり込まれる。自由に行き来できないはずの境界を、“私”の泣き声はすり抜けてゆく。その声のあとをふらふら追い掛けてしまう。いつか全文を暗唱したいと願いながら、そのまま冥途へ運ばれてゆきそうな予感がして、いまだ実現はしていない。>





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Last updated  2021.10.06 00:19:50
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