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2022.12.28
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カテゴリ: メディア
「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。
内田

最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。
(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、印鑰さんは@、櫻井さんは*、西加奈子さんは♪で区別します)

・「生きづらさについて考える」単行本あとがき
・「街場の米中論」まえがき
・図書館の戦い
・村上文学の意義について
・統一教会、安倍国葬について他
・安倍政治を総括する

・無作法と批評性
・徒然草 訳者あとがき
・勇気について
・病と癒しの物語『鬼滅の刃』の構造分析
・「アウトサイダー」についての個人的な思い出とささやかな感想
・コロナ後の世界 
・格差について
・『コロナ後の世界』まえがき
・紀伊田辺聖地巡礼の旅
・成長と統治コスト
・『日本習合論』中国語版序文

・後手に回る政治
・倉吉の汽水空港でこんな話をした。

(目次全文は ここ )

(その51):『「生きづらさについて考える」単行本あとがき』を追記



2022-12-12 「生きづらさについて考える」単行本あとがき より
 日本のベビーブームはご存じの「団塊の世代」、1947年から49年、戦争が終わってすぐに、どっと子どもが生まれました。年間260万人超えが3年続いたのです。
 ドイツでも戦後にベビーブームが始まってそれが63年まで続きました。イタリアもドイツとほぼ同じで65年まで出生率は上がり続けました。戦後すぐは敗戦国でも、子どもたちはどんどん生まれた。まるで戦死者たちの分を取り返すような勢いで子どもが生まれた。

 僕は1950年生まれ、「団塊の世代」の尻尾です。その時代の子どもの多さをよく覚えています。小学校の教室が足りなくて、最初のうちは「二部授業」をしていたくらいですから(午前と午後で入れ替え制だったんです)。
 僕は東京の南西のはずれの工場街の中学校に通ってましたけれど、1クラス50人超で、僕の学年が8クラスでした。2つ上の学年は10クラスありました。とにかく子どもの数が多かった。
 でも、どこも家は貧しかったんです。井戸水汲んで、たらいに水溜めて洗濯板で洗濯して、暖房は火鉢だけ。そういう「共和的な貧しさ」の中で、東京でも地域の共同体は助け合いながら、わりと機嫌よく暮らしていた。

 機嫌がよかったのは、みんな貧しかったけれど、自由だったからです。長く戦争が続いた後に、ようやく平和が訪れた。もう兵隊にとられることもなくなったし、空襲もなくなったし、特高も憲兵隊も治安維持法も隣組もなくなった。1930年代から長く続いた重苦しい「戦争の時代」が終わった。もう戦争で死ぬ心配もなくなったし、もう強権で抑圧的な政治体制に怯える必要もなくなった。そのことにみんな心底「ほっとしていた」のです。

 父親たちが酒を酌み交わしているときに、何かのはずみで戦争の話になったときに、「でも、敗けてよかったじゃないか」という言葉が口にされるのを僕は何度か聞いた覚えがあります。それは比較的穏やかな口調で語られ、そのフレーズが出ると、そこで戦争の話は終わりました。
 小津安二郎の『秋刀魚の味』のことは本書の初めの方にも出てきますが、「敗けてよかったじゃないか」というのは戦後のある時期までは、戦中派の人たちにとってはずしんと腹にこたえるような説得力のあるフレーズだったのです。「敗けてよかった」というのは、戦争で死ぬ恐怖と、強権的な政府に弾圧される恐怖の二つの恐怖から解放されたということです。それが日本の若いインテリたちの偽らざる実感だった。

 つまり、その時点では、日本の敗戦は決してトラウマ的な経験、屈辱的な経験としては受け止められていなかったということです。
 敗けたおかげで自分は死なずに済んだ、自由で民主的な社会が実現した、言論の自由も集会結社の自由も、信教の自由も手に入れた。とにかくやっと手に入れたこの自由を思い切り享受しよう。
「戦勝国に恵んでもらった自由なんかうれしがるな。押し付けられた憲法なんかありがたがるな」というような話をしている人はその時代の日本にはいませんでした。いたのかも知れないけれど、ほとんど声にならなかった。




 どの敗戦国でも、ある時期までは「敗けてよかった」という実感が支配的であった。人々は貧しいけれど明るく、日々はつらいけれど明日に希望があった。だから、子どもが生まれた。でも、ある時期から「つらいけれど、倫理的な責務に耐えるべきだ」派と「うるせえな。倫理なんて知らねえよ。俺は絶対謝らないからな」派に国民が二分された。日本における左翼リベラルと右派ネトウヨの分断はまさにその通りのものですが、ドイツでも、イタリアでも、ほとんど同じような国民分断が起きていると思います。どちらの道を行くにせよ、「笑顔がなくなる」ことだけは一緒です。





2022-12-04 「街場の米中論」まえがき より
 この「ちょっと待って、その話を聴いて、いまふと思い出したことがある。あれは何だったんだっけ...」というふうに自分の記憶の中に入り込むことは知性の活性化にとって、とてもとても大切なことではないかと僕は思います。
 というのは、ひとりひとりの記憶のアーカイブの中には、原理的には、生まれてから見聞きしたすべての情報が収納されているはずだからです。表層にあって「すぐに取り出せる記憶」とは別に「そんなことを記憶していることさえ忘れていた記憶」がその下には広がっています。深々と、底なしに広がっている。
「記憶していたことさえ忘れていた記憶」の壮大な、ボルヘスの図書館のような広がりを僕たちは全員が所有しています。その容量にもそれほどの個人差はないはずです。ただ、ほとんどの人は「すぐに取り出せる記憶」だけを「自分の記憶」だと思っていて、「記憶していることさえ忘れていた記憶」がその下に深々と広がっていることをふだんは意識していません。それを「記憶」だと思ってもいないし、むろん活用することもほとんどない。僕はそれはすごくもったいないことだと思うんです。 
 推理小説で名探偵が謎を解くのはだいたい「自分がそれを記憶していることさえ忘れていたことをふと思い出す」というしかたで起きます。他の人たちが見過ごしている何でもないものに名探偵の目がとまり、「おや、これは前にどこかで見たことがあるぞ...あれはどこだったか」と記憶を探っているうちに、思いがけない「つながり」を発見する。よくありますよね。

 過日たまたま『ダイ・ハード3』を見たんですけど(もう5回目くらい)、ジョン・マクレーン刑事(ブルース・ウィリス)が銀行のエレベーターに乗る場面で、NY市警の刑事だと名乗る男がつけているバッジを見て、その四桁の数字を見て「おや、これは前にどこかで見たことがあるぞ」と記憶を探るという場面がありました。そのせいでマクレーン刑事は死地を脱するわけですけれど、そういうことができるから彼は「なかなか死なない(die hard)」刑事なんです。
 凡庸な警官と天才的な探偵を切り分けるのは、この「自分が記憶していることさえ忘れていたことを思い出す能力」ではないかと僕は思います。シャーロック・ホームズもエルキュール・ポワロもその手の記憶活用術の天才です。でも、この能力は物語の探偵たちの独占物ではなく、訓練によってかなりの程度まで開発することができるのではないかと僕は思っています。でも、そのためには誰かが「ちょっと待って。いまの話を聴いているうちに、ふと思い出したことがあるんだ」と言い出したときに、「おい、話題を変えるなよ」というふうに咎め立てたりしないで、とりあえず黙って耳を傾けるという習慣をお互いに認め合う必要があります。

 グレゴリー・ベイトソンの『精神の自然』の中に「知性とは何か」をめぐる小噺があります。ある科学者が彼の巨大コンピュータに「機械は人間と同じように思考できるか?」という問いを入力します。コンピュータはしばらくごとごとと音を立てて演算をしてから答えをパンチした紙片を吐き出しました(1970年代の話なので、まだ答えはディスプレイ表示じゃないんです)。そこにはこう書かれていました。
  That reminds me of a story.
 訳すと、「それでこんな話を思い出した」です。
 コンピュータは「知性とは何か?」という問いには答えず、その代わりに a story を思い出しました。どうやらベイトソンはそれこそが知性の本来の働きであると考えていたようです。知性の最も創造的な働きは、問いと答えというかたちで完結するのではなく、問いというかたちで示されたある一つのアイディアをきっかけにして「一つ話を思い出す」ことのうちにある。素敵な考え方だと思いませんか。いずれにせよ、この小噺を読んだときに、多くの読者の頭が「問いに答えることよりも人間的な知性の使い方とは何か?」という問いをめぐって高速で回転し始め、いくつものstoryが読者たちの脳裏に浮かび上がったことは間違いないと思います。





2022-11-13 図書館の戦い より
 ご存じだと思うけれど、図書館は今危機的な状況にある。どこの自治体でも図書館はコストカットの標的になっている。その社会的有用性を数値的・外形的に証明することが困難な事業だからである。図書館が市民の知的成熟にどう裨益したのか年度末までに数値的なエビデンスを示せと言われても無理である。予算を投じた分のアウトカムが示せないものは不要な事業だと言われても反論が難しい。だから、図書館予算は削られ、司書は解雇され、民営化される。
 でも、司書たちにとって一番つらいのはどういう本を配架するかについて市場原理を押し付けられることだと聞いた。利用者が読みたがる本だけを置け、閲覧実績のない書籍は廃棄しろ、とにかく来館者を増やせ...というようなことを言われるらしい。だが、それは話が違うと私は思う。
 私自身の「図書館の思い出」は、人気のない書架の間をこつこつと靴音を立てながら長い時間歩いていたことである。左右を見回すとどこまでも続く書架に無数の本が並んでいる。でも、そのほとんどについて私は書名も著者名も知らない。そんなものがこの世に存在することさえ知らなかった専門領域の書物が並んでいる。私が死ぬまでに読むことができる本はせいぜい数千冊だろう。でも、それは今目の前に並んでいる書物の1%にも及ばない。私はここに蓄積された人類の知のほとんどを知らぬままに死ぬのだ。中学生のころから、私は折に触れて図書館の中を長い時間さまよったけれども、そこで一番骨身にしみたのは「読みたい本がこんなにある」という喜び以上に「読むことなく生涯を終える本がこんなにある」というおのれの知見の狭さについての痛切な自覚だった。
 図書館はそこを訪れた人たちの無知を可視化する装置である。自分がどれほどものを知らないのかを教えてくれる場所である。だから、そこでは粛然と襟を正して、「寸暇を惜しんで学ばなければ」という決意を新たにする。図書館の教育的意義はそれに尽くされるだろう。
 もし、図書館の書架が「自分がもう読んだ本とこれから読むはずの本」で埋め尽くされていたら、人はどう感じるだろう。この世のほとんどについてだいたいのことは自分にはわかっていると思い込んだ人間ばかりで構成された社会がどれほど重苦しく、淀んで、風通しの悪いものか、少しでも想像力があれば、わかるはずだ。 



以降の全文は 内田先生かく語りき38 による。





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Last updated  2022.12.28 00:11:56
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