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2023.05.28
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カテゴリ: 気になる本
図書館に予約していた『夜が明ける』という本を、待つこと15ヶ月ほどでゲットしたのです。
表紙の絵がキャッチコピーのようであるが、これは西さんが描いたものとのことで・・・ええでぇ♪



西加奈子著、新潮社、2021年刊

<「BOOK」データベース>より
思春期から33歳になるまでの男同士の友情と成長、そして変わりゆく日々を生きる奇跡。まだ光は見えない。それでも僕たちは、夜明けを求めて歩き出す。現代日本に確実に存在する貧困、虐待、過重労働ー。「当事者でもない自分が、書いていいのか、作品にしていいのか」という葛藤を抱えながら、社会の一員として、作家のエゴとして、全力で書き尽くした渾身の作品。

<読む前の大使寸評>
表紙の絵がキャッチコピーのようであるが、これは西さんが描いたものとのことで・・・ええでぇ♪

<図書館予約:(2/15予約、副本16、予約531)>

rakuten 夜が明ける



冒頭の語り口を少しだけ、見てみましょう。
p5~9
<前編>
 アキ・マケライネンのことをあいつに教えたのは俺だ。
 だから俺には、あいつの人生に責任がある。マケライネンのことを教えたということは、すなわちあいつの人生を変えたということだからだ。
 深沢暁ふかざわあきら。俺の友達。
 俺は、アキと呼んでいる。マケライネンの名前と同じ「アキ」、そう呼んでくれと言ったのはあいつだった。
 あいつのことを知ってほしい。きっと長い話になるけど。

 アキは自分のことをほとんど語らなかった。だから俺が知っているアキは、奴の人生のほんの一端に過ぎない。でも、俺には日記がある。アキの日記だ。俺が知らない間のアキは、その日記の中にいる。あいつの汚い字がびっしり並んだ、グレーの表紙の大学ノート。それはアキが母親からもらった初めての、そして最後のプレゼントだった。
 あいつの人生を知ることが、役に立つかどうかは分からない。いや、正直言って役になんて立たないと思う。あいつの人生は「役に立つ」とか「効率」みたいなものとは、およそ無縁だったからだ。それに、真似したいかと言われると、イエスと言えるようなものではなかった、決して。

 でも知ってほしいんだ。あいつが生きていたこと。この世界で、あいつの体で、どんな風に生きていたか。そして許されるのなら、俺自身のことも。
 マケライネンの存在を教えたことが、アキの人生を変えた。
 まずそれが、どういうことか説明しなければならない。
 1998年、俺が15歳のときだった。初夏だ。制服が冬服から夏服に変わった日だったから、よく覚えている。俺はあいつに、アキ・マケライネン、のちにアキの人生を大きく変えることになる、フィンランドのある俳優のことを教えたのだった。

 映画が好きなのは、小学生のときからだ。
 その頃は、今みたいに、インターネットで手軽に映画を観ることは出来なかった。まだレンタルビデオ屋が盛況だったその時代、俺はあらゆる作品を観ていた。俺の父が収集したVHSが山のようにあったからだし、その映画を観るためだけに購入された大きなプロジェクターとVHSデッキもあったからだ。
 父は幼い俺に観せていい映画と、観せるべきではない映画を分けておくような人ではなかった。雑誌や書籍のデザイナーをし、ありとあらゆる映画に精通していた父は同時に、相当の趣味人でもあった。彼の部屋にはVHSの他に、数えきれないほどのレコード、そして書籍が溢あふれ、部屋の隅には無造作に絵画が立てかけられていて、実はそれは著名な誰かが描いた作品だったりした。

 その部屋を父は愛していた。でも、「取材」だと言ってありとあらゆるコンサート、映画館、美術館に出かけていて、時々それは海外にも及ぶものだから、この部屋にいることは少なかった。
 母は、俺が父の部屋に出入りすることをよく思っていないようだった。でも、俺を四六時中見張っていることは出来なかったし、子供用にそれらを分類出来るような状況ではなかった(彼の膨大なコレクションの中には、古いディズニー映画やスタジオジブリ、つまり「良質な子供向け映画」もあるものだから、話がややこしかった)。

 俺は一日の大半を父の薄暗い部屋で過ごし、興味を持った映画を片っ端からデッキに放りこんだ。正直、ヤバい作品もだいたいその段階で観ていた(例えば俺が『愛のコリーダ』を観たのも、小学生の時だ)。
 俺がアキ・マケライネンを知ったのは、『男たちの朝』という映画だった。
 ヘルシンキで職にあぶれた男が、酒場で昔の不良仲間に会う。悪事を働く計画を企くわだてようとするが、様々なタイプの邪魔が入って(酒場の主人と義弟が喧嘩けんかを始める、マケライネンのことを自分の死んだ夫だと思い込んだ老婆に話し込まれる、孕はらんだ猫がテーブルの下で産気づく、など)話は頓挫する。結果彼は、何もない朝を迎える。

 派手なアクションも、危機感溢れる強盗シーンもない。映るのは寂さびれた酒場と疲れた男たち、そして、マケライネンのどこか諦めたような顔だけ。密室の会話劇で、2時間を超える作品だった。
 キャストや内容込みでマイナー中のマイナー映画だ。でも、後年スパイク・ジョーンズがこの作品の、そして何よりマケライネンのファンであると公言してからは、幻の作品として、映画ファンの間で認知されるようになった。

 彼の最大のメジャー出演作品は、1978年公開のクライムムービー、『闇からの脱走』だ。マケライネンは、人間の頭を握力だけで砕くことが出来るイカれた悪役を演じた(残念ながら日本では公開されていない。でも、『007』でリチャード・キールが演じたジョーズをしのぐ恐ろしさだったと、タランティーノも褒めていたそうだ)。それでも、知る人ぞ知る人物であることに変わりはなく、しかもその頃には、本人はもうこの世にいなかった。酔っぱらって外で寝て凍死したからだ。40歳のときだった。

 俺自身、スパイク・ジョーンズがちょっとしたブームを作る前から、彼のことが妙に心に残っていた。誓って言いたい。当時、友人に『男たちの朝』を観ることを薦めた高校生なんて、日本でも、いや世界でも(フィンランドを入れたとしても)俺だけだったはずだ(その頃にはまだ、スパイク・ジョーンズも映画監督としてデビューすらしていなかったのだから)。
「お前はアキ・マケライネンだよ!」
 俺が初めて、アキにかけた言葉だ。

 そんなことを言ったなんて、覚えていなかった。でも、アキの日記にそう書いてある。鉛筆でぐるぐると囲ってあったから、奴が間違えるはずはない。
 お前は、アキ・マケライネンだよ。
それにしても、初対面の人間にそんなことを言うとは。今の自分では考えられない。失礼だし、かなりバカだ。でも、本当にそう言ったらしい。そしてその後、俺はこう続けたそうだ。

「すげぇ面白い奴。どんなに悲しい状況でも、どんなに苦しい人生でも、マケライネンが演じたらとにかく笑えるんだ。なんていうか、生きる勇気をもらえるんだよ。」
 15歳だった俺の「マケライネン観」は、今と何も変わっていない。マケライネンは、本当に面白い俳優だった。
 まず、とても奇妙な風貌をしていた。ある程度のものなら頭頂に置くことが出来そうなガチガチの角刈りで(『ロッキー4』に出演していた頃のドルフ・ラングレンみたいな)、眉毛と目が異様に近く、日向でも目元に影が出来た(これは『ゴッドファーザー』のマーロン・ブランドを思い出してほしい)。普通にしていても睨んでいるように見えるのは目が悪かったからだそうだ。でも、もし彼の視力が2・5あったとしても、あの目つきは変わらなかっただろう(彼は眼鏡をかけることも、コンタクトレンズをつけることも拒んだ。「これが俺の視界だ」と)。





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Last updated  2023.05.28 00:35:23
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