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イエス・キリストは、言われました。「身体を殺せても、魂を殺せないものどもを怖れるな。むしろ、身体も魂も地獄で滅ぼす力のある方を怖れなさい」(マタイ10・28)azareaは、この言葉を読んだ時一つの真実を感じました。これは、逆に言えば主である神以外の存在は人間の身体しか滅ぼせないと言う事なのです。ある被告人が、幼少時“イジメ”を受けて“心霊写真・ばい菌”と嘲られていたそうです。azareaも、そうでした。小学生から、中学校を卒業するまで毎日毎日数百回以上は「死ね」と言われ汚水を浴びせられ家では兄から蹴られました。だから?私は、「心霊写真」でも「ばい菌」でもありません。誰が見ても、“人間”に見えるはずです。“レッテル”は、どんな暴言を吐かれようが“レッテル”以上にはなれないのです。人間は、神の“写し”です。あなたがあなたである代わりに、それは他所の誰かではないと言う事です。誰かの欠点を指摘し嘲い束の間の優越感を味わっているヒトビトが、あなたの何を変えられますか。あなたを「ばい菌」と呼ぶ輩が、あなたを本当の「ばい菌」に変えられますか。他人を“イジメ”るヒトビトの成長は、その快感と引き換えに成長を止めさせます。そんな連中を、怖がる必要はありません。私は、確かに病弱でした。でも、一貫して「死なない」様に努力しています。自分自身を愛し、美味しい食べ物を食べお洒落をして適度に運動し楽しく仕事をします。人生は、長い旅路です。あなたを愛する存在もあれば、憎む存在もあるでしょう。時には、理不尽な暴言・暴力・罠・裏切りに遭う可能性もあります。また、自分自身が理不尽な暴言・暴力・罠・裏切りを振るいそうになる瞬間もあるでしょう。そんな時、自分自身の“負の側面”を理性や意思や正義感で抑えられたあなたは「デビルマン」になるのです。あなたが、“逆境”に打ち勝った瞬間あなただけの「デビルマン」は誕生します。(2007・05・28の日記参照)悪魔に獲り憑かれても、それさえ跳ね除けて生きなさい。その時、悪魔の力さえもコントロール出来るあなたは真実を見極める“複眼”を手に入れるのです。弁護士の仮面を被ろうが政治家の仮面を被ろうが、悪魔はいるのかもしれません。でも、azareaは自らの功名心や派閥争いや保身に負けない人々も必ずいると信じております。
2007年10月31日
我が国の審理の場で“死刑廃止論”に拠る“弁護団の勝利”を推進させようとするの方々の中には、欧米の「キリスト教的世界観」を背景にして“救済”を迫る手法がある模様です。azareaも、クリスチャンです。しかし、私は一部の“人権派弁護士”達の「凶悪犯人が、裁判中に“洗礼”を受けた。だから凶悪犯人も許されなければならない」との主張に大きな疑問を覚えます。あの場合、それは単に彼(弁護士)本人の個人的な“教義の解釈の一例”にしか過ぎません。キリスト教では、個人個人の価値観では無く“絶対神”が裁くのです。確かに、人間は独断で神を差し置いて人間を裁く権限はありません。しかし、同様に神を差し置いて犯罪者を赦す権限も無いのです。キリストご自身は、聖書の中で随所に「信者だからと言って、全てが許される訳ではない」と明言されています。また、“死刑廃止論”がキリスト教を土台とするならばこの教えが持つ厳しい部分も担わなければ“片落ち”となります。「キリスト教的世界観」には、“最期の審判”があります。現世での判決が甘かろうが厳しかろうが、神からの判定を受けた時に地獄の業火に突き落とされると言う観念に変わりは無いのです。それは、“人権派弁護士達が、死刑廃止論者を増やすノルマを果たす為に凶悪犯罪者達に受洗させて上辺だけの改心をさせて裁判を有利に進めて終了する”程度の甘いものではありません。(聖書参照)凶悪殺人事件の法廷になる程、「被告人(犯罪者)は、こんなにも“不幸”だった」と言う弁護人に拠る“報告”合戦の様相を呈します。傍聴した人々に遣る瀬無さが残るのは、他の誰でも無く殺人犯人唯一人が“消せるはずも無い罪業を消せると信じて喋り続ける”姿が溜まらなく空しいからだと思います。亡くなったお子様達は、二度とは戻らず自分の人生を“言い訳”にする醜さだけが残されます。家族が、不仲だったから。“イジメ”の被害者だった、から。だから?無抵抗で罪も無い子供達を2人も殺害して、マスコミや国家警察を手玉に取る“工作”を行った事実がどうやって消せるのでしょう。神の采配は、人間の派閥争いやら思惑を越えて彼等の上にも生き続けるのです。
2007年10月29日
先週、ある“鴛鴦芸能人夫婦”の「離婚ドラマ」が放送されていました。azareaは、「あんなにも、“ラブラブ・熱々”と噂されたカップルなのに何故別れてしまうのか参考になるお話が聞けるかも知れない」とTVの前に座りました。ところが、彼女の唇から開口一番「あれは、1年間の“契約”(演技)でした」と答えたのです。このTV局は、それを視聴者に向かって“公言”させた後で2週間に渡って2回も“離婚の真相”を語らせていました。正直、彼女・彼が何を話してもそれも“契約だった”可能性が高いのにです。彼女の夫は、結婚時代にこのTV局の“看板番組”で“幸福になる名前”に改名させられたそうです。ところが、放映中は彼本来の芸名にわざわざ“元”とくっ付けていました。これは、彼の視聴者が馴染んだ“芸名”でも無ければ“幸福になる名前”でもありません。その“奇妙な名前”を出演者全員で連呼する姿を見ていると、もはや真実等欠片も失ってもただただその場その場の“話題性”さえあって1時間持てば良いと言う浅ましさがそのまま現れている光景でした。“反則ボクサー”も、このTV局が中心に煽っていたみたいです。かつて、この放送局は「報道のTBS」「ドラマのTBS」と謳われていました。好きだった特集やルポルタージュや、心に残る作品も多いのに残念に思います。
2007年10月26日
近年、我が国では食品の“製造年月日(賞味期限)”“原材料(原産国)”“成分表示”の虚偽報告が増大しています。ある食品会社の“偽装表示”を咎めていた別の放送局も、主催したイベントで“賞味期限を偽った”お菓子を販売していたと判明しました。おかしいと思いませんか?これは、単に「不正だ!!」「謝れ!!」「改めろ!!」の誹謗中傷合戦だけでは済まなくなって来ている予兆だと思います。我が国は、「お金の生る木」が生えている訳ではありません。たくさんの国から、食べものを“分けて頂いて”成り立っています。その反面、消費者側はマスコミやインターネットが煽る様な「高級食材」や「ブランド食品」ばかりを求めます。しかも、実際に家計の逼迫から“安価”でないと購入しません。azareaは、「高級・ブランド志向」「安価市場」この両極端に肥大したニーズが「ラベルばかり正当な偽商品」の洪水を生み出したと思います。それに加えて情報ばかりに依存し“製造年月日(賞味期限)”“原材料(原産国)”“成分表示”の表示にばかりこだわり過ぎているのではないでしょうか。私自身、貧しい母子家庭の子供でした。幼い頃は、仲居で働く母が料理店から時折貰い下げてきてくれた食べ物が“きらきら輝く”ご馳走でした。それ等は、全て“お客様の食べ残し”です。鶏の唐揚げ・お刺身・鰻の蒲焼・鰆の照り焼き。お料理屋のご主人夫妻・お客様も、母に対して「ああ!!じゃ、これもこれも食わせてやりな」と言う姿勢でした。つまり、“食べ残しの食べもの”もそれを譲り受ける母も誰からも蔑まれてはいなかったのです。亡き祖母も、兄や私も母が大切に新聞紙から出してくれるものを感謝して頂きました。現在、この様なお話をすれば大勢のヒトビトから「へぇ。azareaちゃんって、“ゴミ”で育ったんだね」と言われそうです。でも、私は食べものを分けて下さった大勢の方々の配慮を生涯忘れません。私や兄が子供の頃、子食卓には必ず“大人”達が“見張って”いました。(子供達だけで食べると、こっぴどく叱られました)勿論、当時の“大人”達も忙しかったと思います。でも、誰か彼かが「大丈夫?」と言う視線を送っていました。何故なら、“賞味期限”は表面に表示されている数字では無かったのです。慎重に、周囲や自分の判断力の範囲内で決めるものでした。あるお菓子メーカーの社長は、「三つ売るより、一つ残すな」と指示したそうです。azareaは、そのお考え自体はとても素晴らしいと思います。我が国は、冷凍技術も保存技術も発達しています。また、大勢の国にお世話になっている事実やこれ以上“ゴミ”(食品投棄)を増やさない事も見直すべき時が来ていると感じます。数字なんかかなぐり捨てて、「社員一同・丁寧にお作りして保存したものをお客様にご提供しております。私共の味と姿勢を信じて下さるお客様方だけ、お買い求め下さい」と打ち明けていればどうなっていたでしょう。私は、買います。また、当時の環境では子供達が多少お腹を壊しても“死に至る”事は無かったのも事実です。azareaは、クーラーが無い家に住みゴミもなるべく出さない様に暮らしています。でも、大都市規模で一世帯に何台もクーラーや自家用車を使用し“地球温暖化”は加速する一方です。時代が進み、とうとう“生態系”さえも弄り回して細菌単位で狂わせて仕舞いました。これ等も、全部“大人”の責任です。大都市の便利な暮らしが捨てられないと言うなら、せめて周囲を「大丈夫?」と見守りたい。それは、人間が目の前の人間に出来る事です。その目線だけは、失わずにいたいと存じます。
2007年10月24日
※07・10・22の(1)からお読み下さい。現在、小学生~高校生の子供達に占い師さんとしてazareaが申し上げられるのは1「自分の欲求を叶えてくれる相手だけが、“優しい”のではない」2「あなたに、甘い大人達には騙されるな」と言う事実です。私は、現在の子供達が置かれている状況を思うと夜中でも涙が止まりません。どの様な事件が起きても、弱者や子供達と本当の意味では向き合わず“感想”を述べて言い合うだけのマスコミや“有識者”達が“世論”と称しています。そして、勿論彼等の背後には彼等と同意見の彼等を支持しまたは先導されるヒトビトも大勢います。1生まれた段階で、明確に分けられる貧富の差。TV等では、したり顔の“勝ち組コメンティター”達が「何でも、本人が努力さえすれば競争に勝てるんだ」と“格差社会”を喜んでいます。名門学園のどれだけが、寄付金を必要としますか。大手企業のどれだけが、“コネ”で採用しますか。彼等は、路上での垂れ死ぬヒトビトを指差して「あいつは、能力も精進も足りなかった」と笑いたいだけです。そうでなければ、「自分や自分の家族が、ああならない社会とは」と真剣に考えるはずです。何が「(小泉純一郎氏の)“非情”は、格好良い」ですか。2「いつまでも、コドモでいたい」と自分達は無責任に甘えて幼児化し、善悪の判断さえ無視した“オドモ”となり10代になるやならずの児童さえ“恋愛(性)の対象”と見なす大人達。その実態は、恋心でも愛でもありません。多くは「私だって、まだまだオンナなのよ」「俺は、何でも“思い通り”になるオトコだ」と言う下らない“全能感”が味わいたいだけです。※本当に恋愛感情があるなら、相手に社会の厳しさを教えながら成長する数年間が待てるはずです。お小遣いを手渡して手懐けたり嘘を吐かせて口止めする、いったい何処が愛ですか。私は、この事件を取り上げたり論じていらっしゃるHPやブログを様々に拝見して回りました。その幾つかを、仮の“一問一答”に置き換えて私見を述べたいと存じます。A「女性が40代で相手が少年でも、美人なら・若く見えれば少年は“お小遣いを貰ったり・気持ちが良い思いをした”分得なのではないか」(男性に多い意見です)Q「それは、あなたご自身がすでに大人でありインターネットの掲示板に書き込める程度の“ゆとりがある生活”をなさっていればこその感想だと思います。本当に、この少年の身になってみて下さい。相談していた教師に迫られ肉体関係を持ち彼女の逮捕や離婚問題の“当事者”にさせられる恐怖を背負い切れますか」A「この教諭の処分が、これ程甘いなら“男女が逆転”しても同じ判断でなければ“性差別”だ」Q「これも、“オトコは得だ=オンナは損だ”と言うだけの議論を延々と続ける“似非フェミニズム”の典型的なご意見です。男女が逆転しようがしまいが、児童を相手にした恋愛の破壊力は同じなのです。オトコが勝とうがオンナが勝とうが、子供達には関係ありません。ただ、その議論の上で“性犯罪”の判断が鈍ればそれだけ幼くして搾取や暴力・レイプに巻き込まれる危険性が増えます。さらには、そう仕向けた大人側の家庭にも子供達がいるのです。大人側は、子供達にこのリアルな事態を説明し示唆していたでしょうか。“恋愛感情=全て”だと酔い痴れていた可能性が高いです」A「最近の子供達は、マセている。早くSEX出来て、嬉しいはずだ」Q「“マセ”させているのは、誰ですか。“不倫・W不倫”の現状を垂れ流して恋愛や結婚の夢をぶち壊す一方で、児童・少年を対象とした漫画や雑誌・映画・ゲーム・小説等のあらゆるツールに“早く性体験を済ませろ”と煽り応じない子供達を“ダサい”と脅迫しながら幼児達でも閲覧可能なHPにも誘い文句を並べ立てています。遂には、大人側が児童漫画やゲームで“(ハンサム・美人なエリート層からの)レイプを恋愛チャンスだと思って喜べ”とすら主張しています。“1歳でも若い相手とSEXがしたい”“過激な性表現が見たい・読みたい”或いは“1歳でも若いモデルで過激な性表現が描きたい”これ等は全てが、大人側だけの言い分です。抗議の声が挙がれば、“表現の自由を阻害する”と論理をすり替えこうなりました。出版社側は、有能な弁護士を雇い・子供達の親を“将来、デビューさせる”と篭絡し10歳にさえ満たないうちから裸にし「合意だ」と主張しているのです。そして、行き着くところは搾取されレイプされた子供達の“自己判断だから・自己責任”ですか」それなら、“大人”っていったい何ですか?※「親が、大人と遊ぶお小遣いをくれない」「親が、外泊や家出を認めてくれない」そう嘆いている小学生~高校生の子供達も考えてみて欲しいのです。最近では、法律の判断や法さえも“自分達の遊び半分の恋愛感情・結婚観”に合わせてデザインさせようと運動を始めました。何か、大きな声で要求を通そうとするヒトビトは確かに目立ちます。まして、軽薄なマスコミやインターネット等を駆使してあたかもそれが“民意”であるかの様にゴリ押しすれば本当に成立してしまいかねません。そして、その後には彼等に踏み躙られた廃人になった子供達の残骸が累々と築かれるのです。彼等が、本当に気付くのは50年後自分達が「次世代を崩壊させ、失った」と身に染みる時なのでしょうか。
2007年10月23日
元教え子の男子高校生(16)に猥褻行為を行ったとして、佐賀県青少年健全育成条例違反で逮捕された佐賀市立中学校の女性教諭(42)に対して佐賀地検は17日、処分保留とした。 同地検は「倫理的、社会的に非難されるが、高校生を強引に連れ出した訳ではなく、合意の上での行為だった」等としている。 一方、同地検は高校生との深夜同伴について、同条例違反罪などで教諭を略式起訴。 佐賀簡裁は同日、罰金10万円の略式命令を出した。(10月17日報道)我が国でも、中年の女性教諭が20歳以上も年下の教え子と“淫行事件”を起こす事態となりました。彼方此方のブログやHPを拝見して回ると、この判決と同じ「“合意”なら構わないんじゃないの」とするヒトビトの感想も少なからずありました。でも、この一見平等な“合意”と言う解釈には重大な落とし穴があります。教師と生徒の関係は、初めから“対等”ではありません。まだ、世間も知らない青少年にとって親・教師・友人の限られた範囲だけが“世間の全て”なのです。TVがあるから?インターネットがあるから?あなたご自身、それ等体験していないもんと日常生活を同格に感じられますか。私も、長期の“イジメ”に遭い教師に相談していました。その時、「実は、教え子としてじゃなく君が好きだ。SEXに応じろ」と迫られたら。※この場合、どんなに言い方が優しいとか何等かの気分が盛り上がったからとかは単なる“状況”にしか過ぎません。この言葉は、それまでの2人の関係性を根底から覆す圧倒的で暴力的なものなのです。私なら、正直怖いです。この様な恋愛を“合意”と判断するヒトビトは、大人側の都合やテンションだけで唐突に迫られ決定させられるその場その場の判断を人生と引き換えにしても後悔しない位に重要視なさっている模様です。断れない子供達の中には、相手が言うままに「これが、恋愛だ」と言い聞かせて従がってしまう事があるでしょう。まして、大人には「仕事」「夫・子供達の生活」があります。相手が逮捕されて、またも弁護士等の大人に囲まれ「君の“返答次第”で、あの先生の人生が救えるんだぞ!!」と説得されればもはや答えは一つしかないのも同然です。好い加減、成人も通り越したazareaでさえそんな返答を迫られるのは溜まったものではありません。だからこそ、「子供は、恋愛すべきではない」のです。欧米や我が国等の先進国は恋愛をドラマや映画や小説や漫画で描く際に「刺激」を重要視するあまりスピードが速い展開こそ大恋愛とのド単純な描き方を多用しています。最近、我が国では青少年・児童を対象とした漫画であろう事かレイプを礼賛する様になったのもその表れでしょう。男女の気持ちの通い合いを否定し、SEXを早く済ませようと焦ります。azareaは、この女教師も「自らの離婚調停が終了し、少年に正常な分別が備わるまで」待っていたら“合意”だと考えたでしょう。
2007年10月22日
(06・5・10から連載中)誰もいなくなったレストランの個室で、☆君は呆然と風景を眺めていました。☆「お、俺の“言った通り”になったじゃないか。★ちゃんとの婚約は、これでもうお仕舞いだ。■や○美さんとももう関係無くなった。やっぱり、俺は独りぼっちだったんだ」☆「独りぼっち・・・独りぼっち・・・」☆君は、真っ白なテーブルの上に突っ伏して肩を震わせながら号泣しました。☆「誰も・・・誰も・・・俺を助けられないんだ・・・助けちゃ駄目なんだ・・・」どんなに自分に言い聞かせても、空しさと悲しみだけが幾らでも湧いて来るのでした。☆君は、よろよろと立ち上がるとカフェオレを受け取ろうとフロントに寄りました。係員「あれ。先程、お連れ様が連れて行かれましたが」☆「・・・」★ちゃんは、☆君の親友■君と○美さんの家に来ました。■君は、パソコンからある文章をプリントアウトして来ました。■「★ちゃん。☆は、俺と言い争いになった為に神経が昂ぶったのだと思う。あんな“食事会”にしてしまい申し訳無い」★「いいえ」■「これは、あいつが俺に送って来たメールです。これも、パニック状態で綴ったのだと思います。本来なら、見せるべきじゃないかも知れませんがあいつの気持ちの一部は語られていると考えています」※☆君は、■君が自分の気持ちを代弁し“★ちゃんをなるべく傷付けない流れで婚約破棄が完成する様に”仕向けていました。■君は、親友としてその手には乗らなかったのです。ただ、自分自身が責任を負った状態で☆君のありのままを提示しました。■「読んでみてやって下さい」★「はい」逆に、☆君自身の文章を彼女に手渡し★ちゃんの判断を仰ぐ事にしたのです。※人間は、誰しも気持ちが乱れる時があります。そんな時、あーだこ-だと“結論”を迫るのは醜く幼稚な事です。相手もあなたも辛いですが、時間を信じましょう。○美さんも、夫と同じ気持ちでしたが私見を述べず静かに★ちゃんの横に座りました。そこには、「○田家には、迷惑は掛けられない。俺は、生涯結婚せず★ちゃんが違う男性と結婚し家庭を持ったらそれを何十年でも見守るつもりだ」と書かれていました。
2007年10月22日
(1)マスコミ側 競技(演技)の理念を明確に捉えるスタンスも各選手(各俳優・タレント)の状況や心情を洞察する眼力もまたそれ等を文章に纏めるだけの優れた筆致力も、持たない→目先の勝敗のみに一喜一憂したり、特徴のある選手を“ヒーロー化”して持ち上げる・または“ヒール化”させて馬鹿騒ぎを繰り返すしか能が無い→野次馬以下(2)取材対象側 才能よりも、その場その場の“パフォーマンス”だけが大げさに取り立たされる→マスコミの“期待”に常時応えさせられ本業を阻害されているうちに、成績が落ちる→その事を、また非難されるorマスコミの“期待”に応える事が本業になり、虚勢を張ったり話題作りにプライベート(家族環境・恋愛)まで“切り売り”するしか無くなる→日本のスポーツ・文化の衰弱その結果、あれだけ輝かしかったスポーツや文化が我が国でのみ諸外国に比べて目に見えて劣る様になる→マスコミの諸外国や審判・審査員への“逆恨み報道”※欧米orアジア諸国の選手を幾ら“ワルモノ”に仕立て上げたところで、それで日本人選手が強くなる可能性はありません。(3)さらに、最近では問題を起こした選手に処罰が決まったり本人が謝罪してさえ重複してそれを非難し“話題作り”に悪用する姿勢が目に余ります。現在、あの横綱やボクサーの事件に関しても当事者側“だけが”悪いと感じているヒトビトは殆ど皆無です。横綱やボクサーや“女王様女優”を、マスコミがどう扱って来たかを視聴者側は見せ付けられているのですから。また、横綱やボクサー側もマスコミへの不信感が燻っています。「勝っている間は、何をやろうと持ち上げちやほやした。そこには、善悪の区別も常識の範疇も全く無くただただ“話題作り”だけを喜ばれた」「今回だって、勝ってさえいれば盲従し続けたのではないか」これは、マスコミの扱いから彼等が学び吸収した当然の感想でしょう。こうして、マスコミは勝敗しか味わえないスポーツマン(表現者)を大量生産します。(5)そして、その循環がまたスポーツや芸術を愛せない・目先の勝敗のみに焦らされ振り回されるスポーツマン(表現者)を生み出すのです。この惨状は、何処から生じているのでしょう。巷間では、マスコミの上層部に採用されるヒトビトの多くが血縁や金脈の“コネ”や“学歴重視”で選ばれる模様です。現在、マスコミでお働きになっておられる皆様は、本当に人間を“観る”のが好きですか。物事や事件を、描写したり表現するのを楽しんでいますか。視聴者や読者に心から「伝えたい」と向き合っていますか。どんな出自であれ、あなたが恵まれている事実を感謝しそのお仕事を心から喜んで欲しいのです。それが無ければ、他者(次世代)に“目に見えないもの”を受け渡して行くのは困難なのですから。
2007年10月19日
先日、DV(家庭内暴力)のルポルタージュを視聴しました。その中で、多くの妻達が同じ感覚を味わっていました。彼女達の殆どは、夫婦喧嘩の内容やきっかけがどうとかでは無く暴力を振るっている夫達から毎回“どうだ!!俺は、強いんだ!!これでも、逆らえるもんなら逆らってみろ”と虐げられていたのです。azareaも、兄から殴られ蹴られた経験があります。兄は、武道を習っておりました。何故か、新しい技を覚えると必ず家族に些細な事で文句を付けました。その結果、考え方の違いが嵩じると時には亡き祖母にまでその“成果”を叩き付けるのでした。あの時の兄の、嬉しそうな「どうだ!!」と言う顔は目に焼き付いています。先程、問題を起こしたボクサーが(要約すると)「たまたま、相手選手が勝ったからこの様な騒ぎになっている」と発言していました。母国に帰った横綱も弟子を死なせた親方も、現在のところ本当の反省の弁は述べていません。番組の最後に、DVの果てに妻を死なせた夫が母親に宛てた手紙の一文が紹介されました。彼の暴力の所為で、この夫婦の幼子は結果的に両親を共に失いました。「俺は、悪くない。一番、苦しんでいるのは俺だ」この言葉には、大きな謎と深い“解決法”が隠されていると感じました。この男性は、自らの“凶暴性”を抑制する日々の小さな苦しみ(ストレス)を棄てました。そして、弱い妻子に対して暴力を思うままに振るう快感と引き換えにますます大きな苦しみを背負ったのでしょう。DV夫達は、表面的には妻子やカウンセラーや調停員達に謝ります。でも、家族だけに戻るとまた腕力の強さに酔い痴れ「謝る=弱さ」と判断して絶対に謝罪しないそうです。
2007年10月18日
連載中の“ウマく行く”恋愛術”の登場人物である“オドモ恋愛”の☆子さんは、azareaが接している“不倫・W不倫”常習者でもある一部のお客様達の“総合体”です。モデルの一人である60代の女性は、ご自分の“不倫・W不倫”が行き詰まると家族や周囲に「私は、鬱病だ。自殺する」と騒ぎます。「不倫相手の男性から、電話が無い・メールが来ない」そう苛立つと、早朝でももうお嫁に行かれているお嬢さんの婚家にまで出向きます。そして、医師の処方を完全に無視して溜め込んで置いた抗鬱剤を一度に飲み干して見せそして吐くのです。このお嬢さんは、とても優しい方です。それでも、この“オドモ母”は嫌がらせをしたいのです。 azareaにも、何度「自殺宣言」をされたか判りません。言われた側は、夜も眠れず食事も咽喉を通らない思いです。先日、彼女が別人の様にはしゃいでいました。「行き付けのBarのバーテンが、私に恋しているのよ!!彼に、言ったの。“私の姿が見えないと、あんた苦しいわよね”って!!私の様な美人を見られるのは、彼の恩恵よね!!」 ※これは、言わば“オドモ語”です。通常の思考や会話は、通じません。彼女の口癖は「オンナは、灰になるまでオンナなのよ。私位純粋なオンナはいないわ。だから、不幸なのよ」また、“オドモ恋愛”が始まったらしいです。この女性は、早速「このバーテンダーが若いイケメンだから、他のオンナが寄って来るはずだ」との強迫観念を元に“監視”を始めました。これが、他者を脅迫しながらでしか生きられない“イジメ”人生のなれの果ての一例です。この女性は、私塾経営者の夫人として自らも子供達の“教育”に関わっています。気に入らない父兄達に難癖を付けて地域から追い出す一方で、自分より権勢がある父兄や関係者達に対するストレスも背負っています。この夫妻が経営する学校や、全国の低年齢層の教室でも彼女の様な“オドモ父母”が増えつつあるのです。最近は、「イケメンの若い教師を雇え」と強要したり目を付けた男性教諭をストーキングしたり挙句の果ては中学生男児と「付き合いたい」と言い出す母親までいるのです。小学生が“誘拐”され保護された事件に付いて、「これは、“2人の恋愛”であり警察が介入すべきでは無い」との意見があるそうです。実際、事件として表面化しなくても現在の小学校では“恋愛”を原因にしたイジメ・教師(or生徒or父兄)への脅迫・乱脈な関係の末の妊娠や痴話喧嘩が捻れ渦を巻いています。心ある人々が、真っ直ぐな気持ちで地道な“説得”を試みても受け入れるどころか“逆恨み”する流れが根底に横たわっています。「恋愛は、何もかも正しい=反論する人間は、悪だ」それを後押しする、IT産業の利潤。彼等にしてみれば、「“マセたエロガキが、エロ親父やイロ婆ぁにヤラれたって”それは、単なる“自己責任”だろ」なのです。本当に、“マセたエロガキ”が悪いのでしょうか。最近は、“低年齢女児のTバックアイドル”の市民権を得ようと「幼児の下着姿の何が悪い」「そもそも、幼児を“恋愛の対象”にして何処が悪いんだ」とさえ言い出しました。「女(男)児にお菓子をあげ、その子に洋服を脱いで貰って触り」その子供が(訳も判らず)咎めないと答えたらそれは無罪でしょうか。それが、恋愛ですか。昔の親達は、この部分を“子供達の範疇”として守っていました。
2007年10月17日
ほんの数ヶ月前、横綱の“処分”が決定した際にその決定に難癖を付けてあれ程までに両者の間を拗れさせてしまったのはマスコミでした。そして、ボクサーの処分が決定するとまたもその内容に文句を言っています。相撲にせよボクシングにせよ社会にせよ、人間同士が群れた事で秩序が偏ったり乱れない様にルールが発生します。相撲にせよボクシングにせよ、路上の“喧嘩”ではありません。彼等は、自ら一定の厳しい修行を課して鍛えられたかったはずです。観客は、その成果を代金を支払って鑑賞する約束でした。“処分”とは、自分で誓って置きながらいつしか外れてしまった道に再び戻る為の関門なのです。だからこそ、処分(罰)には、それ等の“歯止め”となる防波堤の役割があります。(現在の何処までも愚かになったマスコミは)「ええじゃないかええじゃないか」と、踊っているうちに視聴率が稼げるとでも姑息な計算をしているのでしょう。最近、子供達のイジメから大人の万引きまで「注意する=逆切れ」で殺人まで起き裁判の判決が下りて以後さえも控訴が当たり前になってしまいました。“ルールを破る=処罰を不平不満や病気で言い逃れをして逃避する”人間は、果たしてその状況が“万々歳”なのでしょうか。この様に、自分で決めた夢に自分で泥を塗り、さらに処罰を免れる事で彼等はどんどん自己の“決定権”を失い自分自身を喪失する事になるのです。自分で志した事を自分で裏切り、叱られたら逆恨みする弊害の方が余程深刻です。基本的に、重い事が大事であり一旦下されたら不服を申し立ててはなりません。横綱やボクサーが若さや認識不足故に間違いを起こしたら、審判を攻め立てるのではなく本人の更生を信じ励ます姿勢が大切だと思います。
2007年10月16日
(06・5・10から連載中)※azareaは、不倫・W不倫に「自由恋愛」と言われれば反論はしません。実際、“☆子さん”は私が占い師さんをしながら出会った“不倫・W不倫常習者”の総合体です。彼女達は、お金や男性を貪った挙句“私位、不幸なオンナはいない”と号泣します。でも、ご自分達の背後にいるご家族がどんな思いで生きどんな十字架を背負わされているかまで全く考えが及ばない様子です。ご自分の人生では、100でも200でも恋がしたい。その所為で、子供達の恋愛や結婚はどうなるのでしょう。占い師さんをしながら驚いたのは、「自分の不倫・W不倫体験に我が子を巻き込む」卑劣な親が少なからずいる事です。“アリバイ作り”と称して、パチンコ店やラブホテルに幼児を連れて行くタイプ。“不倫・W不倫の人生相談”を、幼い我が子にぶちまけたり自宅に“彼氏さん”を引き入れるタイプさえいます。ある女性は“不倫・W不倫の相談”を、幼い我が子にぶつけるのを“教育”だと言いました。それは、自分独りにとってのみ都合が良い“言い訳”です。単に良い大人が自らの感情さえ、コントロールしていないだけの事です。☆君は、それでもまともに育って苦悩する事例です。でも、多くは子供達も10代そこそこで無職・家出・同棲・借金を繰り返しその後廃人同様になる事態が多いです。■君は、☆君の口から迸り出た突然の罵倒を否定も肯定もせず聞いていました。☆「お、俺はどうせ駄目なんだ!!一生、誰とも結婚なんか出来やしないんだ!!あの母さんが、警察でどんな取調べを受けようが○野さんがどんな弁護士を雇おうが一生男から男へ渡り歩いて俺から金をせびり取ってそれが駄目なら手当たり次第に借金をして婆ちゃんか俺に支払わせて生きるに決まっている!!★ちゃんに、これ以上迷惑は掛けられない。まともなご家庭に育ったお前と俺は、違う!!」★「・・・」★ちゃんは、俯いたまま無言で両膝を掴みました。音も無く、涙が落下しました。■君も○美さんも、何も言わず☆君の激しい息遣いだけが室内に響いていたのです。■君は、落ち着いてお茶を一口飲みました。※この場合、■君が☆君の肩を持てば☆君は増長し甘えが肥大します。かと言って、★ちゃんを援護して☆君を突き放せばいっそう孤立させる事になります。■「☆。★ちゃんが、お前の為に泣いているぞ」■君は、湯飲みを持ったまま独り言の様に呟きました。■「俺は、○美を泣かせたくなかった。だから、結婚して彼女に毎日“面倒”を掛けている。☆。俺は、少し体調が悪いと日に何度もある排泄だって妻の助けがいる身体なんだ」○美さんは、■君の肩を抱きました。○美「今、はっきり判ったわ。もし、あの時あなたと別れていたら私が毎日どんな気持ちでいたか。★ちゃんが、教えてくれたのよ」※■君も○美さんも、「明らかに一目瞭然の事実だけを述べて、その感想を言っているだけ」です。後は、☆君自身が判断するしかありません。○美さんは、険しい表情で★ちゃんを抱きながら立ち上がりました。○美「■。もう、帰りましょう。○田さんとは、お話の続きがあります。ウチに、来て頂いても良いかしら」★ちゃんは、嗚咽しながら頷きました。○美「★ちゃん。心配しないで。何があっても、■も私もあなたの味方よ」気が付くと、☆君は誰もいなくなった部屋でテーブルを前にぼんやりしていました。
2007年10月16日
先日、中部地方で製造年月日を“偽装していた”事が発覚した和菓子メーカーを以前取材した際のVTRが再放映されていました。登場した社長さんは、「作ったその日に売る」事を強調して説明されていました。その口調は、澱みも無く自信にさえ溢れていました。レポーターの女性の質問にも、的確な返答がなされ聞き手も納得しながら視聴者に情報を伝えていたのです。ところが、それは全部“嘘”でした。レポートした女性は、「(この先も、同様の仕事を続ける中で)何を信じたら良いか、判らなくなりました」と涙ぐんでいました。私自身、あのお菓子は幼い頃から事ある毎に食べて来ました。いっつも、すんごく美味しかったです。最近も、数ヶ月前に皆で喜んで抓みました。街頭でのインタビューでも、大勢の人々がまず驚いて首を傾げていました。実際に、お菓子が美味しいのでそうなるのだと思います。そして、会社の在り方に怒っていました。この場合、いったい何が問題だったのでしょう。azareaは、あのお菓子が悪かったとはどうしても思えません。お菓子自体は、冷凍でも生餅と引けを取らず消費者側の健康上にも全く問題が無かった訳です。azareaは、以前に視聴して感動したNHKドラマ「フルコース」を思い出していました。主人公のコックが、「オリンピック」と言う通常の方法では到底対応出来ない顧客数と向き合った時“冷凍技術”に救われる場面があったからです。「一流ホテルのコックが、世界的な祭典で“冷凍食品”を使うだなんて」そう、渋る経営者やお得意客を主人公は丁寧に説得して回ります。その結果、彼はオリンピック選手(客)・主催者側(取引先)そして冷凍食品会社の全てを安心させ満足させました。この物語は、事実がドラマ化されたものでした。彼の姿勢こそが、“誠意”そのものなのです。あの社長さんも、堂々と「全国のお客様の分まで、その日に作るのは無理です。発達した冷凍技術に助けて貰っております」と真実を公表していたらどうだったのでしょうか。「冷凍もの」だと、笑う奴は笑わせて置けば良いのです。お菓子の美味しさが、作り手の努力と精進を消費者への真心を“証明”してくれているのですから。何なら、最初から値段に格差を付けて“お客様が納得された上でお買い上げになる”スタイルを貫いていれば老舗の暖簾が汚れる醜態にはならなかったと残念でなりません。
2007年10月15日
最近、お客様とお話していると一部の方々の中に「他人の意見に食って掛かる=ポジティブ思考」との“勘違い”をなさる方々が増えております。今日も、50代の主婦のご相談に乗っていました。彼女は、周囲のPTA仲間達は勿論小学生の生徒まで捕まえて「馬鹿・デブ・チビ・ブス」と罵倒しています。彼女は、実際に自分自身に優しくする相手さえも「内心では、私を見下している」と連呼されていました。azareaは、その不安感の原因は彼女自身の“心の声”にあるとご説明いたしました。その次のお客様も、お洒落のアドバイスにある女優さんを喩えたら「私は、あんなブスは嫌い!!」と言われました。美人で知られた方なので、理由をお尋ねしたら「タロット占いでも、他人なんか参考にするのは“負け”でしょ」と息巻いていらっしゃいました。正直、彼女達の様なお考えでしたら“占い・アドバイス”は不要です。「他人を認める=屈辱」なのでしょうか。私は、逆だと考えております。他者を否定し、自分自身を追い詰める方が余程卑屈になります。azareaは、これ等の言動の一因が子供がマスコミの姿勢にも現れていると感じております。つくづく、最近の“大人”は残酷です。子供が、子供ゆえに何も判らず幼稚で下品なお振る舞いをしても叱るどころか面白がって煽りそれで負けたら「ざまを見ろ」と言う態度で突き放しています。こんな連中を眺めていると、azareaが幼い頃「いちいち、(自分の)揚げ足を取っているんじゃないか」とさえ思えるまでに注意して下さっていた周囲の大人達に感謝の念が沸いて来ます。プロ・スポーツ選手にしても女優さんにしても、子供達が失敗する前に大人として忠告する態度を捨て去り子供が失敗するのを指差して嘲う残酷さ・無責任さには寒気がします。若ものが「切腹する」と言ったのを大笑いで聞いて置いて、「そら見ろ、負けたから切腹しろ」と嘲笑する事こそ本ものの“揚げ足取り”だと実感いたしました。私自身は、決して“現在、流行中の意見”は書けないと実感しております。自分なりに自分に恥じない態度を、将来あるお若い方々やお子様方に対して保持したく存知ます。世間様では、大口を叩く人間が“大物”とは言い切れないと気付く良い機会だったと思いました。
2007年10月12日
所謂“韓流”ブームが起こった時、それ等のドラマの中で男性が女性を庇ったり守ったりする場面が描かれていました。昭和の時代は、日本でも「オトコは、男らしく振る舞い女性の心を変えて惚れさせるものだ」とされ代々男親や男の先輩達からその“極意”が伝授されたものです。最近、占い師さんをしていても「男性とお付き合いはしているが、それは周囲に“普通に恋愛する人並みな人生”と認めて貰う為に過ぎないの。本心では、どうしても彼を好きになれないし勿論結婚する気になんか到底なれない」と言う女性達が増えています。azareaみたいな“モテない”女の子でさえ「あーあ。こんな事なら、女の子と逢っていた方が楽しいだろうな」と思ってしまったり、「あんなデートなら、しない方が良いだろうな」と感じてしまうエピソードを聞かされたりします。1デートは、割り勘どころか女性に奢らせたり。2彼女の車を、言い様に“呼び出して”タクシー代わりにこき使ったり。3Hの時等に「他の女性(元カノさん・女優さんやタレントさん)の方が良かった」と言ったり挙句は「妊娠したって、堕胎する金は無いよ」と“前以て”宣言したり。4苛立ちを女性にぶつけて(DV程ではありませんが)軽い暴力を振るったり、2人でいて危険な時に自分だけ逃げてしまう男性も増えています。5極め付けは、お付き合いして5年以上経過してもプロポーズしないオトコ達がいます。うーん。普通に考えても、「ただ、“彼氏いるの”と言う為だけにお金を払って危険に曝されたい」女性は少ないでしょう。TV等では、「婚期の遅れ=100%女性が悪い」と言う図式で報道されます。「オンナ達が、独身でマンションなんか買う様になったからオトコ達が結婚出来ないんだ!!」azareaには、逆だと考えています。「結婚する価値が無い男性が増え過ぎて、女性が不安になり将来資産を増やす努力を始めている」のです。また、カネに飛び付くマスコミはその現象を煽ってさえいます。彼等は、公私共々に“女性は、強くなった”との土台の上に胡座をかいて甘え切っているのでしょうか。
2007年10月11日
現在、それぞれ“自主的”に処分を決定しつつある「相撲協会」「横綱審議委員会」を潰せと発言しているヒトビトは、“自分達の気が済む=正義”だとでもお考えなのでしょうか。正確な検視結果や捜査も纏まらないうちから、解雇や減俸以上の処分をしろとの主張です。人命が失われたのは、痛ましい事実です。しかし、それが“扱き”だったか“故意”だったかを感情や先入観だけで断定するのは危険です。さらに、それに乗じて“0か100か”“有罪なら、抹殺”と言う様な発想は遺族の皆様のお気持ちを玩具にしマスコミ側の“全能感”を誇示したいだけとしか感じられません。ある女優さんの「女王様騒動」についても、同様のきな臭さが漂っています。彼女自身、ご自分から「私は、女王様」と威張り散らした訳ではありません。だとしても、他の“女性大物歌手”から「シメてやる」と言われる筋合いはありません。マスコミ側が、彼女の白人の血を引いたイメージから勝手な“レッテル”を貼り付けただけです。記者会見の態度には、反省の弁を述べられたのですからそれ以上どうしろと言いたいのでしょう。
2007年10月08日
azareaは、“ちょいワル”だのには興味はありません。此処で、私が観察した“ワル”と“ちょいワル”の違いを並べてみました。1容姿・学歴・経歴・肩書き・出自・センスのどれかにずば抜けた“売り”がある。※それを、すぐにひけらかすのが“ちょいワル”2皆が爆笑する中、独りだけ笑わない。たまに、ふいに微笑するが目は笑っていない。※割りと笑顔がちなのが、“ちょいワル”3口を開けないで、笑う。※エロ話・賭け事の自慢等で大口で笑うのが、“ちょいワル”4議論の際、反論はしない。相手が完全に持論を言い切った後で完璧に叩きのめす。※逆らう程度に常に反論するのが、“ちょいワル”5一見弱そうに見えるが、喧嘩慣れしているか武道の有段者。※これも日常的に披露してしまうのが、“ちょいワル”6飲酒や嗜好品・快楽に溺れない。※いかに強いか溺れたかを語ってしまうのが“ちょいワル”7語り継がれる、伝説がある。
2007年10月07日
最近は、スポーツ関連のインタビュー等で試合が始まりもしないうちから相手側を罵倒し自分達の“勝ち”を宣言する光景をよくお見かけします。azareaも、“勝負”事なのですからそうお考えになるお気持ちは理解しています。また、“相手側にプレッシャーを与える”作戦なのでしょう。それでも、私には“ポジティブ思考”を取り違えた“幼稚っぽく・下品で・浅はか”なやり方としか思えません。先日も、その方式で有名な選手が会見を開いていました。彼は、対戦者を「ゴキブリ」と言いました。マスコミは、つくづく愚かになりました。早速、言われた側に“言い付け”に行きました。相手は、「俺の親だったら、(人間を)ゴキブリと呼んだらどつくでしょうね」と答えていました。そしたら、マスコミは「何か、言い返せ」と迫りました。彼は、困ったのか相手陣営のお人形に噛み付いて見せていました。“イジメ”で自殺者が出れば、ただただ「教育委員会が悪い。校長が、悪い」と責め立てるだけ。それで、「自分達は、社会を導いている」格好だけは付けられるからでしょうか。その結果、教育者側からもさらなる自殺者を生み出しています。そして、自分達はこのお振る舞いです。全部が“やらせ”“演出”だとしても、あまりにも下らないし面白くもありません。azareaが幼い頃は、“報道人”って正義に熱い真っ正直なイメージでした。そう言う、「本気で、動いている」姿勢や「本気で、書いている」記事からは必ず何かが伝わって来るものでした。全力で向き合う心が基本形であれば、それこそが“女・子供”を感動させおっきな影響を与えると思います。
2007年10月07日
これは、azareaがまだ占い師さんになる前のお話です。営業会社に勤めていた頃のお昼休み、TVのワイドショーである著名人が婚約を発表していました。画面には、美しく名家の出身とされる女性の上半身写真が映されていました。女の子達は、それぞれに「凄い!!」「やっぱり、○さんのお嫁さんになる人は違うわねー」とか話し合っていたのです。相手男性には、古くから続く“家督”がありました。巷間では、“エリート同士の結婚”と噂されています。ところが、その側を男性社員達が通り過ぎながら一言だけ吐き棄てる様にこう呟いたのです。「けっ!!その女、遊んでるぜ。俺なら、嫁に貰わない」私は、驚いて聞き返しました。「え!!だって、この和服のお嬢様も△家のご出身で一流会社のOLさんでしょう」彼は、答えました。「俺は、“耳に穴が開いた女”なんか嫁にするのはちょっと。多分、離婚するな」すると、他の男性達も全員が口々に指摘しました。「あー!!本当だ!!ピアスじゃないか!!」彼等は、口々に“あれでは、結婚生活が持たない”“離婚”と騒いだのです。でも、その時点では女の子達は全員男性社員達の“見解”を疑っていました。「耳に穴って・・・」何故なら、女性側の眼には高価そうな和服姿や高級ブランド品のアクセサリーにばかり目が行って“清楚なお嬢様”としか見えていなかったからです。ところが、それから日数が経つと別の番組ではもう少し大き目の顔中心のスナップ写真が映されました。彼女の耳には、本当にごくごく小さな穴があったそうです。(話題にもなりました)そして、数年後。そのお嫁さんは「全く家事をしようとしない」「育児放棄」と囁かれやがては彼女の方から離婚してしまいました。※azareaには、彼等が心のどこかでその様な女性を妻に選んだ男性の“挑戦”を褒めているとも感じられました。「俺なら、嫁に貰わない」と言う言葉には、「よくやるな」との意味が込められていたのでしょう。※男性側から見ると、「イヤリング」と「ピアス」では意味が違います。「イヤリング」はアクセサリーですが「ピアス」は“身体改造”なのです。(刺青・整形手術・堕胎手術も同義です)親御さんから受け継いだ身体に、穴を開ける・細工を施す・妊娠と言う自然な流れを排斥する=無謀な行動を取り易い=妻には無理男性にとって、妻は大事な群れの管理を任せる“サブ・リーダー”です。だから、「嫁には、向かない女性」と判定されているのです。逆に、その様な女性を妻に選んだ場合彼は大変な危険と冒険を冒す愛と勇気があったとも言えます。それなら、夫の“選択”を信じ彼が驚く様な“良妻賢母”になってみせるのも素敵な生き方だと思うのです。
2007年10月05日
(06・5・10から連載中)■「☆。○美の分は、俺と“半分こ”するから構わないよ。それを、食べて置けよ」※この場合、☆は食べ物そのものより“自分自身のエゴを、周囲がどれだけ受け入れるか。自分が、周囲をどれだけ支配し操れるか”を試しているのです。その事に気付いた☆君の恋人・★ちゃんも微妙に態度を変化させました。※最近は、好い加減中年を過ぎても「自らのエゴに周囲を従わせる=愛されている」と思い込んでいるヒトビトが大勢います。■君・○美さん・★ちゃんは、そうは考えていません。★「そうですね。○美さん、ありがとう」★ちゃんは、☆君の“無理難題”に応じる姿勢を停止させて静かに席に就きました。※この場合、通常はこの提案をした■君にまずお礼を述べるのが“常道”かと思われます。しかし、azareaは“似非フェミニズム”には反対の立場を取っております。“似非フェミニズム”とは違い“オンナは、周囲の人間の関係性に神経質であり弱きもの”と考えています。すると、「自分の分の食事を☆君に譲渡した上に、女性である」○美さんが最も弱者になるのです。★ちゃんは、まず彼女を労いました。○美「■。ありがとう。☆君・★ちゃん、私と彼の仲を見せ付けちゃって悪いわね」○美さんがおどけたので、■君・★ちゃん・○美さんは楽しく笑い合いました。☆「・・・」(←無表情)※“笑い”は、通常心を許し合わなければ無理な表情なのです。だから、気不味い際に軽いジョークを言う事は人間関係に劇的な効果を齎します。また、逆に“全員が笑っているのに一人だけ笑わない”のは浮いてしまう原因にもなりがちです。■「・・・」○美「・・・」★「・・・」※通常、“思い合う同士”の感情は感染します。☆君は、“自分が、実母☆子さんの逮捕で愛する★ちゃんとの婚約を破棄しなければならない”との思い込みからストレスを背負いました。そして、幸福そうな親友■君夫妻や結婚を疑わない★ちゃんと馴染めず自分の不愉快さを表情に出し続けています。他の何でも無い、☆君の姿勢が■君・○美さん・★ちゃんを傷付け追い込みまたそれ自体が自分自身をも苦しめる事になってしまうのです。■「☆。お前の結婚式の相談でもあるんだ。何か、意見はあるか」■君は、☆君が孤立しない様に一声掛けました。☆君は、低い声で笑い始めました。☆「ふ・・・ふふふ。■。お前は、俺が○田★さんとの結婚を止めるって話したのを知っているじゃないか。こんな席を設けるなんて、茶番だ。お前は、“偽善者”だ!!」
2007年10月05日
(06・5・10から連載中)中華料理の円卓を、☆君・★ちゃん・○美さん・■君が囲みました。つまり、☆君は■君から最も遠い席となり俯いて食事さえしていれば良い状態になりました。名目は、“結婚式の打ち合わせ”ですが○美さんは彼女なりの配慮で主に★ちゃんとウエディングドレスの細かな設定に付いて小声で話し始めました。この話題なら、○美さんの個人的な領域を出ない為☆君・★ちゃんの現状に触れなくて済みます。■君も、☆君とは“何事も無かった”かの様な自然な態度を一貫して保っています。○美「ねぇ、■。“W結婚式”にするなら、披露宴のテーマやそれぞれの立ち居地を決めないと」■「うん。この、Dホールなら大きな飾り扉が2ヶ所ある。両方に、ライトを当てて貰って・・・」★「幾ら、お仕事に感けていたとは言え何もかも□村ご夫妻にお任せしっ放しですみません」■・○美「どうして?こうして、楽しく話し合えてるじゃない」ところが、他の3人が親密になればなる程☆君は息苦しさを覚え始めました。★「あ。☆君。これ、凄く美味しそう」※彼のフィアンセである★ちゃんは、さり気無くお料理を取り分けたりしながら“相手の内面とは全く関係が無い”声掛けは続けています。☆「俺、これは嫌い。あっちが、良い」★「はい」※女性は、男性の何倍も“険悪なムードや沈黙”にストレスを感じます。特に、この様な“公的な場”ではそれを解消する為にご主人や彼氏さん・お子様の無理難題にも応じようとする傾向があるのです。ところが、男性の中には“空気が読めない”タイプがいらっしゃる模様です。彼等は、ご自分の不機嫌を伴侶が引き受けてくれるシュチュエーションに甘え切ってしまい自分の姿が周囲にどう映っているか省みようとしません。☆君は、“自分が浮いてしまうかもしれない圧迫感”からいつも以上に★ちゃんに対してワガママを言い始めました。☆「やっぱり、これも不味い。さっき、★ちゃんが食べちゃったあれが良かった」☆君は、一度“いらない”と言って★ちゃんに食べて貰った料理が欲しいと言い出しました。★「えっと。何処かに、似たお料理があったかしら」○美「これ、どうぞ」☆「それは、○美さんのだからいらないです。さっきのが・・・」■君の怒りは、頂点に向かっていました。
2007年10月03日
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