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かつてお寺の幼稚園の責任者になったことがあった。50年近く前の事になる。子育てのために仕事を退職していたが、和尚さんの奥様が育児をするので是非にと乞われて8年ほど勤めた。その時共に過ごしたお仲間8人がそろった。20代の独身だった女性たちも、60代になってそれぞれのドラマを作っていた。30代後半であった私も、今は80に手が届く後期高齢者になっている。父母が倒れたため退職していらい、あれから40年になっていた。歳を重ねていても、話すたびに時がたつほどに昔の顔、声が甦ってきて楽しいひと時が過ごせた。 息子を面倒を見てくださった奥様を寺に皆で訪ねた。94歳でいらしたが、耳も目もご健在でお元気に過ごされておられた。時の園長でいらした和尚さんは随分前に亡くなられ、お孫さんが住職をされていた。あれから40年、何やらどこかで聞きなれた響きに、皆が大笑い。
2016.09.21
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続けざまに襲ってきた台風が、今まであまり影響を受けなかったという北海道を襲撃している。あまり例のないがために、備えも十分というわけにはいかなかったであろう。北海道の打撃は日本中の経済にも影響することは目に見えている。広いだけに被害の広さも半端なものではない。この台風で私の予定もくるっている。孫は始業式の投稿は中止となり、宿題のやり残しを整理できたことで内心ほっとしていたようだ。一日延びれば後にしわ寄せが来ることに気付づいていないらしい。わたしにも予定があったが、1日に延期になった。人権擁護委員時代の友人の褒章受章の祝いだった。日光の老舗で会食をした。昔から二社一寺のご用達であった店とか。なかなかの風情がある料亭であった。すぐ裏手には、含満ガ淵の化け地蔵がおわす慈雲寺がある。寺の中を散策しながら、もう一つの日光の風情を満喫した。ほとんど敬老される年齢ながら、足腰の痛みを訴える者はいなかった。ところであとで気が付いたのだが、かつてのコーラスの仲間であり、全員がアルト担当であったのに気付いて、不思議な縁に乾杯した。
2016.09.06
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これを成長とみるか頭の中に何かが起こっているのかは判断できない。泣くといってもさめざめと泣くわけではない。赤ん坊がよく突然火がついたようになく、という状況があるが、息子の場合も強烈なパニック状況という感じだ。痛いのかいやなのか、判断に苦しむ。どんな時に起きるのか観察していてもとりわけこんな時と言えないのが困る。歯磨きに抵抗するのは毎度のことだが、笑いながら嫌がるときもあれば、烈火のごとく鬼のような顔して掴み掛らんばかりにして物を投げ抵抗し、つかみかかっても来る。ほおっておけばいつの間にか笑顔が戻っていつもの息子になっている。ほおっておくしかないようだ。それでも、頭の中で何かよからぬことが起こってきているのではという思いにもなる。考えてみると、3,4年前にできたことができなくなっているのも確かだ。一方、激しい動きや体を横に向けるようになったなど別の進歩もある。物を投げるのは重度身障者とは思えない力と正確さがある。最近困っていることはうれしさを爪を立てたり、強く皮膚をつかんでくるしぐさで表しているような気がするのだが、老人の我々の肌はもろいため、傷だらけの状況を作っている。悩みは尽きない。
2016.09.06
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息子のボトックス注射も、8回目になり、2年が経過したことになる。筋肉が固まってしまわないようにやっている注射だ。高価な薬であることから、もうそろそろ打ち止めかと案じていたが、担当医師は次を予約した。祐二の足はつま先が伸びきっていてそのまま固まってしまって、いわゆる尖足という形になっている。もう骨が元に戻ることはない。しかし、筋肉のほうは柔らかいといわれている。腰から上の動きも柔軟性があって体をひねることもあまり抵抗はない。ボトックスの効果はあるのかもしれない。15年の歳月立つことのできない状態が、足の裏に重力がかかることなく踵からくるぶし周辺は固まってしまっていて、戻ることはないとわかっている。せめて、座ること身体をひねることは介護に欠かせないことなので、固まってしまわないよう細心の注意をしていかなくてはならない。医療費の支援があることをしみじみありがたいと思う。
2016.09.06
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