全31件 (31件中 1-31件目)
1
今日のウォーキングは第1729日目で8196歩だった。買物でイオンに出掛けた。食品と雑誌も買ってきたようだ。帰宅すると友人が電話で、野菜。(玉葱・ジャガイモ)を届けてくれるという。ありがたいことだ。最近雨が続き、気にはなっていたが、どうやら元気で居るようだった。連れ合いは、久しぶりに美容院に出掛けた。***台湾の李登輝元総統が死去した。97歳という天寿を全うした感じだ。同期の友人が台湾人で、台北に同窓会旅行で訪問したときに随分とお世話になった。とても気のいい人で、歳は5~6歳上のはずだ。こん回のコロナの影響で、もはや、同期会開催も間遠になって仕舞ったのが残念だ。そんな台湾のコロナの対応では蔡英文の先見の明のある対応に感心していた矢先だ。蔡英文は、この李登輝を精神的に支えとしていたと書かれている。亡くなった人を悪し様に言うことは殆どないのだろうけれど、特に李登輝は、ミサイル恐れなかった(逼迫する中台関係の中、ミサイル演習で脅す中国にひるまなかった)強いリーダーとか、笑顔絶やさぬ教育者と言ったふうに賛辞が贈られている。そんな李登輝が「日本政府の肝っ玉はネズミより小さい」となじったという。自身が総統を退き、心臓病治療のため訪日を申請した時、日本政府(まだ森喜朗の時か)は中国の強い反対に遭って査証(ビザ)発給をためらった故だ。李登輝の勢いと、世論におされて、結局、日本政府はビザを発給したのだ。日本に留学し、親日家であった。日本の(今もそうだが)日和見的な政府とは何かしら筋が違うように思える。住民が直接選ぶ初の総統選挙で勝利し、初代の民選総統に就任し、台湾では「民主化の父」と呼ばれる。中台関係から解きほぐすと、生やさしい紙数では言い表せないが、なかなかの手腕の持ち主であったことは想像に難くない。台湾は中国とは異なる国だとの信念があり、二国論を展開した。当然中国本土からは批判の的になった。続く陳水扁は汚職、馬英九は対中国で煮え切らない感じだった。李登輝は政界からは引退しても、対中傾斜を修正して台湾の自主性を強化する方針の蔡総統誕生からは、蔡を支持し、精神的な柱となった。90歳を超えても講演をこなすなど精力的に活動を続けたとのことだ。90歳を超えた政治家に、マレーシアのマハティールがいる。マハティールは日本などに学ぶ「ルックイースト(東方)」政策を掲げていた。親日であり、日本を手本とする経済発展をけん引し、民主化も進めた。アジアのトップは、偉大な功績を残している。。また、かつて91歳で亡くなったシンガポールのリー・クワンユーもいた。日本はと言うと、なかなか傑出した人物はいない。台湾も、マレーシアも、シンガポールもコロナ対策では、良いか、悪くない状態だ。何といっても死者数が少ない。こうした先人達がいたからかどうかまでは因果関係が無いかも知れないが、なんとなくそうした政治風土が影響しているのかも知れない。ただ、マレーシアの前の首相のナジブは強権的且つ汚職にまみれたとんでもない政治家のようだ(と言うか、これが政治家の普通の姿なのかもしれない)マハティールの後のバダウィが鳴かず飛ばずだったせいか、ナジブはやりたい放題だったようだ。見かねてマハティールの再登板となったが、そのマハティールも今は降板している。ナジブのポートレートを見る限りでは、人の良さそうな、悪とはおよそ関係の無い顔をしているのだが、その実大変な食わせ野郎のようだ。流石に国民も之にはノーを突きつけた。更に巨悪の汚職にも関与している。背景に、米国の存在感低下と、中国の影響力の拡大があるのだ。トランプの独善主義の蔓延なのか、マレーシアだけでなく、タイでは軍事政権が復活し、フィリピンのドゥテルテの強引さが見られる。ナジブは中国の「一帯一路」に積極的に協力していたが、それとて、自分に利益が転がり込む故のことでしかなかったようだ。マハティールが再登板し、中国との関係を見直してブレーキを掛けていなかったら、今頃マレーシアがどうなっていただろうかと考えると恐ろしい。そのナジブ・ラザクだがマレーシア国有企業から4960億円を不正に流用したかどで告発され有罪判決を受けている。父親は第2代首相トゥン・アブドゥル・ラザクと言うから、昨今色々と問題を起こしている政治家2世と云う事だ。マレーシアの政府系ファンド「ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)」からの公金不正流用だが、2009年にナジブの肝煎りで設立された1MDBを通してサウジアラビアの企業などから自分の口座に約770億円を送金させるなどしたのだ。当初マレーシアの司法長官が関与を否定するなど、日本と似た構図が浮かび上がる。この不正行為は組織的に実行されたのだ。之に先だってナジブは2015年に約840億円近い資金を不正に受け取ったという疑惑もあったが、司法長官が揉み消している。そこで再登場をしたマハティールが追及を始めた。その時の言葉がこうだ。「疑惑の渦中にいるのは一国の首相だ。(首相に任命権がある)司法長官が一人で判断できるものではない。反汚職委員会の捜査結果をすべて開示し、裁判所の判断を仰ぐべきだ」尤もなことを述べているが、日本も似た構図が浮かぶ。そして、「選挙以外で首相を辞めさせるのは難しい。次期総選挙でUMNO(ナジブの党)は確実に敗北するだろう」日本もそうあって欲しい。その後、マレーシアの債務額が従来の公表値を大幅に上回る1兆リンギ(約28兆円)超に上ることが明らかになった。ナジブが汚職などで債務が膨らんだ実態を粉飾していたのだ。そしてマハティールが復帰後、ナジブは2018年に42の罪で逮捕起訴されたのだ。そして今月29日裁判所は内7件について禁錮12年の判決をナジブに言い渡した。後の35件は引き続き審議される。この不正疑惑には更に裏がある。資金流出に米ゴールドマンの元幹部ら関与していたのだ。ゴールドマン側は罰金2180億円と引き替えに罪を不問にするべく交渉を開始した。今年に入り、マハティールは選挙で敗れ、ムヒディンが政権を取った。どうやらムヒディンはナジブと共謀している感がある。そのムヒディンは、ゴールドマンから値をつり上げて約4100億円を受けることで、之を許そうとした。それでもポーズとしては、不正の責任追及を強調し続けた。これは、マハティールに比べ、汚職や権力乱用を防ぐ取り組みが後退するとの懸念を払拭する狙いだ。政権基盤の弱いムヒディンは今なお実力者のナジブらに配慮しなければならないという。言い加減に過去の遺産を評価しないで貰いたいものだ。その結果は不明瞭な形で表れた。5月には1MDB事件の中心人物の1人として起訴されていたナジブの義理の息子、リザ・アジズへの起訴(1MDBの265億円の不正受領)の取り下げ、6月にはナジブ政権時代に地方政治で影響力を誇っていたムサ・アマン前サバ州首相も、1MDB以外の汚職事件(50億円の不正受領)で無罪放免となった。その他、イサ・サマド収賄不問などきな臭い。今後も成り行きに注目の必要がありそうだ。
2020.07.31
コメント(0)
今日のウォーキングは第1728日目で8356歩だった。歩くに先だって、昨日纏めておいた枯れ枝などゴミ袋を13個捨てた。幸い1個を残して総てを持って行ってくれた。1つは不燃ごみに出してくれと張り紙がしてあった。昼食はドンのテイクアウトで済ませた。***今日、世界のコロナ累計感染者は1681万人を超え、死者も66万人を越えたようだ。毎日4~5000人が世界のどこかで亡くなっているのだ。国別で最も多い米国は死者が15万人を上回った。日本では今まで発症者が出なかった岩手県も2人が発症し、47都道府県もれなく感染した。ワクチン製造の動きも報じられるが、不思議とテレビで詳細が語られることはない。2日前に之でピークは過ぎたとデータを示しながらとくとくとしゃべる専門家もいた。然し何のことはない、それから一向に減少しないのだ。この間考察した中に、日本は、K型に先行して掛かったために、ある種免疫が出来、罹患すれど、軽症か、または重篤になって死ぬことは少ないといった説明があった。アメリカやイタリアなどではK型の流入は大幅に防げたがS型が広がって、収拾が付かないことになっているというのだ。本当か嘘か、何となく死者の数は少ないようにも思えるのだが・・・然し今日も日本で3人が亡くなっている。どうした背景の人かは語られないが、恐らく老人か既往症の人だったのだろう。死亡率は低いと言っても死なないことはなく、やはり死に至るケースがあることは間違い無いのだ。日本の29日付の感染者数は32801人(除くダイアモンドプリンセス号)で、28日の感染者数は31596人だった。1日での感染増加は1205人とことのほか多くなった。死者もこの2日で4人また3人と亡くなっている。我が在住の大阪府は3651人感染とこれまた過去最高だ。前にも書いたが日経新聞には各県の感染者数と昨日からの増加分が示されている。確かに、引き算をすると、1205人の増加になるのだが、感染者合計欄の増加数は、なぜか1183人となっているのだ。では一体その差(1205-1183)=22人はどうなったのだろうか。よくよく見てみると、各県事に発症数は合っている(そのはず)だが、1日前の発症数との差(増加数)を誤魔化しているようなのだ。敢えて誤魔化していると思うのは、注目されている東京や大阪などでは、殆ど間違い無く計算されているのに、増加していても、増加数が0としている県が多くあるのだ。それも今日に限ったことではない。恐らく、明日になれば、元の数字を正として、増加数は修正されるのかも知れないが、当面29日の増加分を少なめに報告されているのだ。今日はそんな対象県が多かった。詳細は北から茨城の+7人は(+12人)栃木の+6人は(+8人)、群馬の+1人は(+2人)、山梨の+0人は(+2人)、三重の+5人は(+8人)、鳥取の+0人は(+1人)、長崎の+2人は(+3人)、熊本の+16人は(+22人)、そして大分の+0人は(+1人)合計22人は増加しているのに、記録上は増加していないことになっているわけだ。勘ぐれば。自分の県だけは増加していないと言いたいのか等と思ってしまう。過去このような記録漏れ(違い)は長野、埼玉、愛知、兵庫、島根、広島、宮崎、福岡等によく見られた。特に25日と26日の福岡などは、連日31人(発症数1303人)と32人(1426人)の申告漏れだ。之では、統計の意味を成さない。2日で、63人もの増加が有りながら、増加ゼロとしているわけだから何となく意図的なものを感ぜざるを得ない。之では、コントロールの方は巧くいっているとは云えないだろう。別に知事が悪いだけではないだろうが、自分の県の動向を、我々1市民も注視しているところなのに、知事が見落とすわけは無いと思うのだが・・・。福岡は災害があって、なかなか手が回らないのかも知れないし、熊本辺りもそういったことは云えるかも知れない。もしそうだとすると、医療の崩壊もさることながら、県政事態も危ういのではないかと勘ぐられる。因みに福岡県知事は現在小川洋で、京都大を出て、内閣の広報官を務めた経験があるとのことだ。広報の機微をわきまえて、敢えて虚偽数(少なめの増加)を新聞に流しているとなると、末恐ろしい。つい最近コロナで自宅待機をしていた人が容態が急変したので、深夜に救急搬送を要請したところ、埼玉県幸手(さって)保健所が「深夜なので対応できない」と搬送先の調整などの対応を断っていたことが記事になっていた。もちろん保健所の繁忙さは、想像に難くないが、生死を賭けたお願いを一蹴するような状態になって仕舞っては何のための行政なのかと思う。このような事態を想定して埼玉県は搬送先を調整し、実際の搬送についても基本的に保健所が行うと市町村に通知していたというのだ。幸い当該依頼者は20代で、その後容態は回復したから良いようなものの、これが老齢者であれば、亡くなっていても不思議ではない。その後、県保健医療部は、「搬送が必要であれば保健所として(改めて)調整する予定だった」と釈明したと言うから全く他人事だ。事ここに至っては国や県が何をしてくれるかを待つのではなく、自分の命は自分が守ると言った気概を以て当たらねばならないだろう。三密を避けてくださいという中、誰が考えても避けられない人は、別途いるとしても、プロテクションや、不要不急で夜の街を歩き、飲食を大勢で騒ぎながら行うなどと云う事はもはや理解に苦しむところだ。掛かっても治ると思っているのか、それにしても他の誰かに移す可能性があることが、今となっては普通のことになって仕舞っているのだから、ここだけは、自分だけは大丈夫と言った根も葉もない自信を捨てて、真正直に自分自身を守ることを考えないといけないだろう。もしそれで、どこからともなく飛んできたコロナウイルスに掛かって、最悪死亡してしまうとしたら、それはそれ運命なのかも知れない。何かにつけて気になるこの頃で、「コロナうつ」とまでは行かないが、逼塞をDIYで蹴散らそうというのも限界がありそうだ。
2020.07.30
コメント(0)
今日のウォーキングは第1727日目で8433歩だった。庭の剪定で、最後に気になっていた玄関前のモチノキを2階のベランダから切った。太い枝は残さざるを得なかった。ついでにガレージの屋根の清掃も行い一寸スッキリした。昨日切った裏の小枝と今日の分を袋詰めして13袋になった。***日経の十選シリーズで、音楽プロデューサーの松田亜有子による評だ。音楽と絵画は何となく別物と思っていたが、音楽を誘う絵画もあるようだ。1. 葛飾北斎「神奈川沖浪裏」北斎のこの絵は、良く目にする。豪快さを感じる絵だ。浮世絵がモネやゴッホに影響を与えていることは有名だが、北斎のこの絵もフランスの2人の天才音楽家にも衝撃を与えたようだ。日本人でもこの絵には何かしら動かされることがあるので、人は皆同じような感性を持っているということだ。ドビュッシーの交響詩「海」、ラヴェルのピアノ作品「海上の小舟」がこの絵に触発されて出来たのだという。1889年のパリ万博でこの絵が広まったとのことだ。絵はメトロポリタン美術館にある。2. ヴァトー「シテール島への巡礼」この絵に刺激されたのはドビュッシーで手がけたのはピアノ曲「喜びの島」だ。島に向かうのはドビュッシーの教え子の母親で、銀行家バルザック夫人エンマだ。惹かれ合う2人は思いを断ち切れず英国海峡にあるジャージー島へ向かう。華麗で雅やかな独特のロココの雰囲気が漂う場面だ。ジャージー島は実在の島で、伝説によると海の水の泡から誕生した愛と美の女神ビーナスが流れ着いた島である。独身者がこの島を巡礼すれば、必ず良き伴侶が得られるというヴィーナス信仰の愛の島なのである。然し今回は所謂不倫旅行と云う事だろう。帰宅したドビュッシーを待ち受けていたのは妻のピストル自殺だった。やがてドビュッシーは非難と嘲笑を乗り越えて、2人は結婚する。この絵にはそうした思いを呼び起こす何かがあるのだ。3. ラファエロ「聖母の結婚」フランツ・リストが影響を受けた絵画だ。こちらも不倫の話だ。パリ社交界の女王マリー・ダグー伯爵夫人と恋仲になった21歳のリスト。自画像を見るとなかなかのイケメンだ。2人で、愛の逃避行途中にイタリアを訪れた時、これらの絵画を見たのだ。「聖母マリア」からは「巡礼の年、第2年『イタリア』」を生み出した。その後もリストは、浮き名を流したが後年聖職者となり、信仰に身を捧げたとのことだ。そういう道もあるのか。因みにこの絵はラファエロが21歳の時に描いたとされる。何かの因縁か。4. ルドン「閉じた眼」この絵は日本の音楽家武満徹に影響を与えた。1968年吹雪のシカゴ空港で、1週間足止めを食らったときのことだ。ルドンも又音楽に長じドビュッシーらの音楽家との交流も深かった。ルドンは「見えるものの法則を見えないものに奉仕させる」と表現したとか。彼の画風に表されている。こうした言葉に同じ芸術家は共鳴するらしい。その後10年で、武満は「閉じた眼」を作曲した。私は、音楽にはあまり通じていないのだが、この作品を聴くと、地球に人類が誕生した神秘、永続性といった目には見えないときの流れが聞こえてくるようだという。見えないものを描こうとしたルドン、それに触発されて作曲した武満。評者は必然と奇跡だと評している。5. ゴッホ「星月夜」アンリ・デュティユーがこの絵に触発された。色の作曲家と称せられたとか。父方の曾祖父は画家ドラクロアを友人に持つ。母方の祖父はフォーレと親交があった音楽家だ。芸術家というのは、こうした血筋がものを言うのだろう。彼が活躍したのは第1次世界大戦以降の音楽界だ。ラヴェルやドビュッシーらフランス音楽の伝統を受け継いでいる。調整を失った極端な音域などで表現されるある意味ヒステリックな表現が描かれた。そうした、音楽家達の不安感がゴッホの作品に共鳴したのであろう。弦楽器はチェロとコントラバスだけというオーケストラ編成で、ゴッホの描いた神秘の「星月夜」を彷彿させる演奏のようだ。6. ゴヤ「藁人形」この絵を見て心を奪われたのはスペインのショパンと呼ばれるピアニスト・作曲家のエンリケグラナドスだ。ピアノ組曲「ゴイェスカス」(ゴヤ風の意味)と同曲を改作したオペラを生み出した。1916年ニューヨークメトロポリタン歌劇場でオペラ演奏をして、大喝采を受けたが、母国スペインに帰る途中にドイツの潜水艦に魚雷攻撃を受けて、妻と共に波にのまれて亡くなった。スペインの伝統的な人形遊びという意味というがもう1つ呑み込めない。ネットで「ゴイェスカス」を聴くと、そうした情景が頭に浮かんでくるようだ。7. ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」イタリアを代表する作曲家オットリーノ・レスピーギは「ボッティチェリの3枚の絵」というオーケストラ作品を作った。彼の妻エルザは音楽学校の教え子だ。彼は56歳と若くて他界したが、生前レスピーギの机の上には19歳のエルザの写真が飾られていた。彼は、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスこそエルザと思っていたとの注釈だ。そのエルザ、レスピーギ亡き後101歳まで生きレスピーギの音楽普及に尽くし、レスピーギの未完のオペラをも完成させるほどであったという。8. マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイム祭壇画」(第2面)1934年ドイツの作曲家、パウル・ヒンデミットが交響曲「画家マティス」を完成させた。之をフルトベングラー率いるベルリン・フィルハーモニー交響楽団が演奏し熱狂的に聴衆に受け入れられた。ところが、ヒトラーに睨まれ、ヒンデルミットはユダヤ化した好ましからざる人物と敵視され、オペラの上演は禁止された。之に抗議したフルトベングラーは新聞投稿で決定を非難したが、衆寡敵せず、彼自身も要職を失い、ヒンデルミットは米国亡命を余儀なくされた。フルトベングラーは連れ合いが好きで、私もレコードを贈った記憶がある。「イーゼンハイム祭壇画」は聖アントニウス会修道院付属の施療院のために製作されたもの。ペストの患者治療の拠点でもあった。絶望的な疫病を前に強い意志で立ち向かう音楽家達。今世界的感染症に対峙する我々もこうした気概を持たねば。9. ベラスケス「マルガリータ王女」フランスの大作曲家、モーリス・ラベルは「亡き王女のためのパヴァーヌ」を作り上げた。之に影響を及ぼしたのが、彼が24才の時にルーブル博物館で見たベラスケスの「マルガリータ王女」だ。17世紀のスペイン・ハプスブルグ家の王女だ。「パヴァーヌ」は16世紀頃貴族の間で流行したダンスだ。ラヴェルは他にも代表曲「ボレロ」「スペイン狂詩曲」などの作品を残している。このボレロは私も聴きなじんだ。軽やかな曲だ。この曲はシンガーミシンの創業者の娘ポリニャック大公妃に献呈されたとか。様々なつながりがあるものだと感心する。10. ベックリン「帰郷」ベックリンはスイスの象徴主義画家だ。「死の島」など一寸陰鬱な感じの絵が多い。「メメント・モリ」(死を忘れるな)は印象深い言葉だ。確かに象徴的な意味合いの絵だ。この人の描いた「帰郷」がロシア出身の作曲家セルゲイ・ラフマノフに影響を与えた。1917年ボリシェビキが権力を掌握するロシアを脱出、スイスを拠点としたがやがてナチスの圧力で米国に渡った。ビバリーヒルズで一生を終えた。ベックリンの「帰郷」はラフマノフに郷愁を強く抱かせたのだろう。「音楽というものは平和で平穏なところでないと成立しない」と語ったとか。平和とはほど遠い位置にあって、平和を希求していたと云う事だ。なぜかヒトラーがベックリンの「死の島」が気に入って11点ほど所有していたという。
2020.07.29
コメント(0)
今日のウォーキングは第1726日目で、8070歩だった。コーナンにDIYの壁紙や木材などを買いに云った。残っていた庭木の剪定剪定(裏庭の柿の木など)をした。***世界各地で洪水が起こっている。コロナだけでも大変なのに、最近の熊本の豪雨で球磨川の氾濫に始まってやがて、九州全域に広がった。更には岐阜・長野へと豪雨は広がって、飛騨川も氾濫するなど、日本全域の多くの川が氾濫し、洪水に侵された。今なお復旧の途上である。しかも洪水は年中行事の如くで、真剣に対応を検討しているとはとても思えない。災害に遭ったらどうするのかと言った対応にのみ力は注がれ、抜本的な治水など、本気で顧みられる風もない。もはや天災の域を脱し、今や人災とまで言われる。1時間の雨量が60mmを超える(50mmを越えると「It’s raining cats and dogs.」というくらい土砂降りだ)とか、24時間で300mmとか、2日間で計420mmとか、とにかく記録的な豪雨が襲い留めようがない。防災はとっくに諦め、今や減災を希求するのみだ。なかには、中国武漢市付近で例年の4倍近い大雨をもたらした低気圧と湿った空気が東に進んだことで、日本国内でも豪雨につながったと分析する専門家もいる。コロナ同様中国武漢発祥かと苦笑する。その中国でも、梅雨前線の影響で南部や内陸部を中心に大雨が続いている。洪水などで被災した人は約4000万人だともいう。経済損失は1兆円を超えた。数字ばかりが並べられるだけで、ただ手をこまぬいているだけだ。特に、「長江」の中流にある世界最大級の三峡ダムの崩壊の話題まで出ている。「三峡ダムが崩壊すれば、(長江の中下流にある)宜昌市や湖南省岳陽市から、長江の入り江に位置する上海市まで、甚大な被害をもたらすと懸念されている。中国の洪水は「三面挟攻」と呼ばれている。空から降ってくる豪雨、長江の上流から流れてくる激流、それに三峡ダムの放水による「人工洪水」という「三面からの挟撃」が取り沙汰されている。特に三峡ダムは、中国国民の間でもその強度に不信感を持つ者も多い。中国は太古から洪水の災禍に悩まされ続けている。ネットに、中国では俗に、「庚子大禍」と言う言い伝えがあるとか。世界が新しく始まる「庚子」(かのえね)は、その前に古い物が一掃されるため大禍になるということだ。その例として1840年にはアヘン戦争が起こり、1900年には義和団の乱、1960年は三年飢饉で、5000万人とも言われる餓死者を出したということだ。さらには2020年(今年)は新型コロナウイルスの発生だ。ふと我が造船の同窓会の名前が「庚子造船会」と言うことと何か通じるのではないかと思ってしまった。日本の造船界も、中国の故事に倣って凋落したのか・・・。習近平は今は洪水の危険性が非常に深刻とのことで、洪水防止に特に力点を置くようにとしているが、なんでも克服する一党独裁が、洪水にも効を奏するのだろうか。三峡ダムがある湖北省内には日本の自動車メーカーの拠点が集積しているとのことで、完全に他人事とは云えないのだ。そして今、地球の温暖化防止が叫ばれている。温暖化が豪雨に直結した感があるのだ。国連によると1998年からの20年間で世界の洪水被災者は20億人に達したとのことだ。今後も気温上昇は続くとみられ、大きな自然災害は、もはや日常と化しているのだ。インドやパキスタンなど南アジアでも、2019年7~10月の大雨で2300人以上が死亡した。アフリカや欧州でもこうした豪雨の被害は及んでいる。ベネチアもやがて水没するのかも知れない。そして、この温暖化で20億人が洪水で被災するというのだ。「想定外」とは言っていられない想定すべき状態だ。そしてこうした温暖化による豪雨被害を最も強く受ける国の一つが日本なのだ。気象庁のデータでは、国内で1時間雨量が50mm以上の雨(ネコや犬が降る雨)の平均年間発生回数が、2010~19年は統計を取り始めた1976~85年の約1.4倍に増えたとのことだ。ここにきて、九州を中心に予想外の大雨を降らした今回の雨量に対して気象庁では自らの非力(予想出来なかった)を認める発言をしている。気象予報士が、様々に予報を発しているが、「傘を持った方が安心です」などとのどかなことは過去の予報であり、今や「命を守る行動を採ってくださいと」お手上げ宣言をしている。世界の動きも「豪雨」や「洪水」「高潮」「海面のうねり」に力点をおきだしている。将来に起こり得る気候変動を見すえ、浸水のリスクを再評価した結果は「1460万の物件が危険にさらされる」とIPCCは警告している。これは米国の機関が想定する870万件を上回っている。これからの時代は、堤防やダムのような対策から情報の伝達や避難計画、居住地の選択まで、すべてが新しい前提の下で見直しを迫られるとのことだ。思えば2014年、広島の安佐南区、安佐北区で土砂崩れが起こったが、之など、民間デベロッパーが、なりふり構わず危険地帯を造成して起こした人災だ。役所もこの造成に待ったを掛けなかったのだから、認識が甘かったとしか言えない。今回の球磨川氾濫も、どこかしら似ていて、気にはなっていたが、ついつい・・・と言うことだろう。今後はそんな薄っぺらなことでは済まされないのだ。「ダムで防災を」と言ったのはもはや昔のことだ。今後は人が住む(住んでも安全な)場所を根本から見直すことなど、根本的な事まで想定しなければならない。もはや地球上に逃れる場所が無くなるのでは無いかと憂えてしまう。いみじくも、新型コロナウイルスの感染拡大は、経済活動の自粛と引き換えに世界の温暖化ガスの排出を減らした。2020年はエネルギー関連の温暖化ガスが前年比8%減るとの試算もあるとか。この機に、コロナから復興のニューディールは、多くの人を安住させる事を想定した温暖化対策を柱に進めるべきではないか。災いに怯えるばかりでなく、そろそろ打って出る気概を持つべきではないかと感じる。でないと、「狼だ、狼だ」と叫びながら、やがてじんわりと茹でられるままの蛙のように、ゆっくりと死んでいくことになりそうだ。最近、アフリカの村をのみ込んだ1000年前の津波の証拠がタンザニアで発見されたとか。当時は想像も付かなかった津波が村をまるごとのみ込んだとのことだ。考えてみると、人類は、人口膨張のようなインフレ時と絶滅させられそうな環境状態等のサイクルを常に受けながら進んでいく運命なのかも知れない。
2020.07.28
コメント(0)
今日のウォーキングは第1725回で8146歩だった。雨だったが傘を持ちながらのウォーキングだった。昨日纏めておいたゴミ袋9袋を捨てた。久しぶりの昼食配食サービスの日だ。連れ合いと少し早めに出て、コープで買い物を済ませてから弁当を届けた。帰りにくら寿司でテイクアウトした。***コロナがますます隆盛になっていくようだ。ところで一体ワクチンや治療薬はどうなっているのだろうか。まとめを試みたが実際には多岐に亘っていて、なかなか理解できない。新聞紙上に取り上げている主なものについて簡潔にまとめを試みた。「アビガン」(ファビピラビル)抗インフルエンザウイルス薬。富士フイルムホールディングス傘下の富士フイルム富山化学が開発し、2014年に製造・販売の承認を得た。備蓄薬で、一般に流通はしていない。国は現時点で200万人分の備蓄を持ち、「タミフル」など既存のインフルエンザ治療薬が効かないような新型インフルエンザウイルスが流行した時に、初めて国がアビガンの投与開始を検討するという。流通していないため、薬価も設定されていない。「複製」を助ける「ポリメラーゼ」と呼ばれる酵素の力を阻害する「RNAポリメラーゼ阻害薬」。新型コロナウイルスもRNAの複製によって増殖するため、同様の阻害効果が期待されている メリットは、条件付きではあるが国の承認が既に得られている点だ。しかし、国が、投与が必要と判断した場合にのみ使用可だ。しかし、胎児に副作用があるため、妊婦には使用できない。中国は治療に有効だと発表した。軽症者に限ると投与後7日以内の回復率が7割を超えた。重傷者には良くないのだとか。希望国に無償で提供するとしている。既に80カ国近くから要請がある。然し原料は中国頼りになる。原料の国内生産切り替えには時間がかかる。台湾は、日本の申し出を見送った。クウェートでは大規模治験がされるという。重症化が進み過ぎたものには効きづらい。また、使ったら効くかということはわからないので、医療者側から積極的に勧めて使うというのはあまりよくないとし、期待をしすぎてはいけないとのこと。安倍晋三首相は「5月中の承認を目指す」と明言したが、その後5月承認を断念、効果まだ不明だという。治験は継続する。なかなか結論が出ない。そして7月、藤田医科大学では薬を飲んだ患者で改善傾向があったものの、改善幅が予想より小さく、飲まない人と比べて統計上の有意差が確認できない結果に終わった。ガッカリだ。RNAウイルスを合成しないのでヒトの免疫細胞からRNAウイルスを攻撃するときに必要なサイトカイン(炎症を起こす物質)も分泌されない。有効そうだが、なにゆえに使われないのだろうか。「レムデシビル」米製薬大手のギリアド・サイエンシズが開発したエボラ出血熱の治療薬だ。WHOが「有望薬」とアナウンスしたので、一気に注目されだした。「治験」を3月から始めた。しかし、レムデシビルが承認薬として日本の患者に届くには時間(1年程度)がかかりそうだ。レムデシビルの副作用はまだ不明で、低血圧障害などの可能性が指摘される。国際研究チームが53人に投与した結果7割近くに症状の改善がみられ、「見込みはある」とされた。米国では重症者113人を含む患者125人に毎日投与したところ、発熱や呼吸器症状が著しく改善。1週間以内に、死亡した2人を除く全ての患者が退院できたという。 安倍晋三首相は「レムデシビル」をまもなく薬事承認できるとの見通しだといった。日本での審査を短縮する「特例承認」を適用するとのこと。これはどうなのだろうか。米国では効果有りとするが、逆に中国では「効果はみられなかった」と真反対。しかし、米国緊急使用を認可した。米国は未承認薬の一時的な使用を認めるシステムがあるがいったん認めても後から効果がないと分かれば取り消せる。(一寸怖い気がする)日本も検討を加速すると言うが、日本では承認申請ができていない。世界で14万人分が供給されるものの日本向けの供給少なく、安定した体制には時間が掛かるとのこと。ギリアド社は数千人規模の治験を実施中だ。きちんとフォローする仕組みがあるのだ。ギリアド社は10月までに患者50万人分以上、年末までに100万人分以上のレムデシビルを生産する目標を掲げている。「カレトラ」(抗ウイルス薬「リトナビル」と「ロピナビル」で構成)抗エイズウイルス(HIV)薬として知られる。膵炎や肝障害が報告されている。HIVは細胞に侵入すると、その細胞を乗っ取ってウイルス用にタンパク質を合成させる。「プロテアーゼ」と呼ばれる酵素がこのたんぱく質をバラバラに切ってその部品を、ウイルスが組み立てていく。 このプロテアーゼの働きを阻害するのがカレトラなどの「プロテアーゼ阻害薬」ということだ。HIV治療で長く使われているので、安全性は高い。然し中国では効果が確認できなかったという。(何か中国は動きが逆だ)下痢、吐き気、嘔吐、腹痛などの副作用があり、高齢者における薬物動態については十分に検討されていない。「カモスタットメシル酸塩」(フォイバン)たんぱく質分解酵素の働きを妨げる作用を持つ薬で、小野薬品工業が創出した。重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)の原因となるコロナウイルスの感染を妨げることは、実験室レベルではこれまでにも報告されてきた。医薬品として一般に処方される用量よりもかなり多くの量を投与しなければ、感染を防ぐ効果は得られないようだ。カモスタットは日本と韓国でしか承認されていないので、それ以外の国で開発するには動物実験などから行う必要がるという。日本でも、肺炎を対象に承認された薬ではないので、今後、重症肺炎患者などを対象に臨床研究を行い、安全性と有効性を検証する必要はある。しかし、小野薬品は、消極的だ。これも有望との動きもある。小野薬品の研究所は我が町にある。何とか頑張って欲しい。「オルベスコ」(シクレソニド)帝人ファーマが販売している気管支ぜんそく治療薬だ。臨床研究を始める段階だ。未熟児にも使えるほど安全とされる。「重症化していない患者でも承認されていない用法に踏み切りやすい」とのことだ。ダイヤモンドプリンセス号の感染者3人に投与したところ、1、2日で解熱や倦怠感の改善などの効果が見られた。カレトラを服用し、副作用が出た患者に、オルベスコの吸入をしたところ吸入開始後、2日程度で急速に症状が改善したという。なんだか件数は少ないが、見込みがありそうだし専門家も推奨しているとのことだ。オルベスコは他の吸入ステロイド薬よりも粒子径が小さく、肺の奥まで届くという特徴がある故功を奏した可能性は高いという。肺炎の発症早期に使うのがポイントだとのことだ。吸入薬で、肺の局所に作用するため、安全性が高く、新生児から高齢者まで使用可とのことだ。感染が疑われたら全員オルベスコを使えばいいわけでなく、あくまでも、PCR検査で新型コロナウイルス陽性が確認され、その経過観察中に肺炎を起こした患者に対してのみ、専門医により処方されるべきとする。「ナファモスタット」(フサン)膵炎の治療薬だ。「アビガン」との併用が効果有りとされる。東京大学で臨床研究が始まられた。「イベルメクチン」(メクチザン)大村智さんが発見した細菌由来の抗寄生虫薬だ。死亡率を下げる効果があるとする報告がある。使った患者の死亡率は、使わなかった患者と比べて約6分の1にまで抑えられたという。 治験開始から1年間ほどで結果が出るという。「塩野義製薬ワクチン」ウイルスの遺伝子情報を基に、昆虫などの節足動物にのみ感染する「バキュロワイルス」の遺伝子を組み替えて昆虫細胞に感染させ、タンパク抗原を作製する。増えた細胞からワクチンを作る。年内に臨床試験を行、2021年秋にも発売することを目指す。このほかにもファイザーが開発するワクチン、大阪大発ベンチャーのアンジェス等もワクチン政策を研究している。どれでも良いから、早期にワクチンか治療薬かの出現を待ちたい。
2020.07.27
コメント(0)
今日はどうやら雨が降りそうなので、ウォーキングは中止した。案の定降っては止み降っては止みの落ち着かない天気だった。雨の中、庭の剪定と、庭の掃除をした。高枝切りばさみは有効だが、やはり疲れる。***私もアベガーかも知れない。何でも悪いことを安倍のせいにし、「安倍が、安倍が」という者のことをこう言うらしい。でも「俺のとは一寸違うなぁー」と言うのが正直なところだ。でもまぁ、森・加計から始まった、一連の安倍の行動を見てまだなお安倍を擁護する人間が、日本に3割以上居ることにむしろ呆れる。いつか聞ける者なら、彼に自分は良くやっていると思っているのかと聞きたい気がする。もちろんだと本音で胸を張るとしたら、もはや致命的だろう。・国会議員が本会議の議場などで、審議とは関係のない娯楽小説を読んだり、スマートフォンで趣味のウェブサイトを見たりするケースが散見されるという。国会の実質的「学級崩壊」だとのことだ。小中学生か!その国会議員は、我々国民が選挙で選んでいる。世の中が窮しているときに、このような話を聞くと、無性に腹が立つ。とりあえず、そんな不埒な議員の名前を列記しておこう。野田聖子、今村雅弘、平井卓也、岡田広、義家弘介、山崎誠、井野俊郎、吉川赳、福山守、大西宏幸、山崎を除く10人は皆自民党だ。他にもいることだろう。問題の根っこにあるのは、国会が非常に形式的で、実質的な討論の場になっていないということだ。然し議会で賛否を問うとき出席していないとまずいし、国会そのものが形式的に開けないから出ているだけなのだ。自民党が多いのは、与党で法案の「事前審査」を行っているので、既に内容も、そして帰結したところも知っているわけで、経緯を聞くことはあまり意味が無いというわけだ。なるほどと思って良いのか、まぁ、ばかばかしいとは感じる。どこかで丁々発止をやっている。(各委員会などはそうだと思う)しかし、どこか改めねばならないはずだ。それをこういった先生方にお願いしても所詮無理なのだろう。・ALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性を安楽死させた医師2人が捕まった。「病気に見せ死なせる」という電子書籍を出版していたとのことだ。何という奴らだ。過去にも安楽死に関する話はあったが、今回は少し様子が違うようだ。似たような言葉に尊厳死がある。安楽死は薬物などで患者を死なせ、尊厳死は終末期に延命治療をしないことされるが明確な定義はないようだ。過去の横浜地裁の判例で、安楽死が認められる要件として、下記の4要件が示されている。① 耐えがたい肉体的苦痛② 死が避けられず死期が迫っている③ 肉体的苦痛を取り除く代替の手段がない④ 生命の短縮を承諾する患者の意思表示があるスイスやオランダは安楽死を認めている。考えようによってはそれも有りかなとは思う。今回は、回復を望めない難病に掛かり、体を動かすこともやがて声を出すことの出来なくなると言った苦痛。そんな女性が安楽死をSNSで依頼したのだ。お金と引き替えに嘱託殺人に応じたのが、大久保愉一と山本直樹だ。然し彼らは安楽死を依頼した人の主治医でも何でもない。単なる金銭目当ての行為だったという。何たる事か。しかも、山本直樹は医師免許を不正に取得していたということだ。東京都内の大学の医学部に通っていたが中退し、その後、アジアの学校に留学したという。海外の大学の医学部を卒業したと申請したようだが、審査が甘くすり抜けたようだ(これが問題だ)安楽死云々に名を借りた、テンプラ医師どもの単なる殺人事件のようだ。・コロナはまだまだ治まらないどころか、勢いを増しているかの如しだ。世界の感染者は1590万人を越え、死者は64万人を越えた。数字ばかりが増えている。1日の感染者が34万人近くいる上に、8500人が死んでいるというのだ。どう考えても、パニックになる。それでも、婿殿は東京に通勤を余儀なくされている。経済、経済で動いている日本だ。世界も然りだ。その日本でも、今や感染者は3万人近く、死者も1000人は超えているという。災害でよく言う、「命を守る行動を採ってください」。コロナは災害ではないのか、この機にお金を補助するからどんどん旅行に出掛けてくださいという。何かしら矛盾を感じる。東京都知事の小池は、淡々と、本日の新規感染者数は295人が新たに感染しました(累計10975人)とごく事務的に発表するだけに聞こえる。そして対策は、ひたすら「不要不急の外出は控えてください」、三つの密(密閉、密集、密接)を避けてくださいだけだ。之では民の心は安まらない。一方では、安倍や菅は緊急事態を宣言する程ではないし、節度を以て旅行に出掛けてくださいと云う事のようだ。なんだか矛盾している話に困惑する。今日の銀座通りの写真を婿殿が送ってきた。やはり閑散としている。コロナをかいくぐって旅行せよとは、どうすればそうなるのか、妙案なり手だてがあればそれに従いたいが、唯々精神論でしかない。この所日本の感染者数は1日700人以上が出て、死者も3人とか出ている。正しく恐れるにはどうしたら良いのか。テレビなどでは百家争鳴、誰の云うことを聞けば良いのかさえも分からない。政府には騙され続けているので、割り引いて聞くとしても、情報だけは正しく流して欲しい。その中でも、ワクチンや、治療薬情報を定期的に流して欲しい。終わらないはずが無いと雖も、自然に治まる気配はないのでワクチンや治療薬の開発状況を忌憚なく話して欲しい。今年末には何とかなるのか、それとも1年後、いや2年後なのか、それしかコロナを収束させる手はないだろう。大阪でも4日連続で100人を越える感染者が出ている。トレース不可の感染者も多数いる。一寸出掛けても隣の人がもしかしたら、症状のない感染者かも知れないと考えると、竦む。つまらない疑問が1つ。日経新聞にコロナ感染者(死者)の表が毎日出る。感染者の増加も併せて示されているが、どうも増加数に誤りがある県が散見される。増加0としているが、実は2人とかいるのだ。でも1人や2人の増加はまだしも、特に今日(25日現在)の福岡県は実際の増加数は49人なのに、表では18人増となっている。どうなっているのだろうか。そんな県が数県ある。
2020.07.26
コメント(0)
今日は雨のためウォーキングは中止だ。久しぶりに太郎君と孫が顔を見せてくれた。少しだけ庭の木を刈ってくれた。高枝切りばさみを最大に伸ばすとノッチが空回りして切れない。コーナンに持って行ったら、何と交換してくれた。何となく気分が良い。帰りにドンでテイクアウトした。連れ合いは、玄関扉をリニューアルしたいと注文したら、扉の採寸にやってきた。夕方、連れ合いが町内会のくじ引き大会で特等が当たり、ビール6本貰って帰ってきた。***コロナ禍だからと云うわけでは無いが買いだめていた「韓非子」を読み終えた。朝のウォーキング時に、読むのだから、毎日数ページを、読むというか、流し見る程度だ。韓非子とはどういう人なのかが分かる程度で、内容を詳しく分析することなど叶わない。文庫本で、上下2巻に別れていて、全55編1000ページ余と、ぶ厚い。本来なら原文毎読むのが良いのだが、そうしていると途中でギブアップしそうなので訳文だけを流し読むことにした。訳者は町田三郎だ。何と読み始めたのは2019年5月25日で、上下巻を読み終えたのが2020年7月23日だ。途中他のものを読んだり、読まない日もあったりで、全延べ読書日数は120日余になった。頭の中に殆ど残っていないのだが、思い出しつつ、一寸気になった箇所を書き出してみた。***韓非は、紀元前280年?~ 紀元前233年に生きた中国戦国時代の思想家だ。背景を後から知るのだからいい加減だ。秦から漢と、中国が統一される前時代で、戦国七雄(韓のほか、趙、魏、楚、燕、斉、秦)が鼎立していた。韓非の生国韓は最強国秦の隣国であり、かつ「戦国七雄」中、最弱の国であった。故郷が秦にやがて併呑されそうな勢いであり、何度も韓の王に進言すれど聞き入られず、最後は自殺に追い込まれる。用いられぬ進言を自らの思想として形にして残そうとしたのが「韓非子」だとのことだ。荀子の弟子との説が通説で、性悪説に近いとのことだ。之くらいの背景で、読み終えて、どのような思想かと聞かれても、とても要約できる力は無い。ここに書ける範囲で、少し目に留まったところを抜き出してみる。前半はボーッと読んでいたようだ。後半に掛けては、安倍晋三のやり方と対比しながら読んでいたようだ。第11 孤憤篇(核となる編とされる)・・・君主の側近は、必ずしも知者ではない。君主が人の弁舌を聞くというのは、その人を知者だと考えるからであるが、そのあとで側近たちといっしょにその聞いたことを検討する。これでは、すぐれた知者のことを愚者と検討していることになる。君主の側近は、必ずしも賢人ではない。君主が人を手厚くもてなすというのは、その人を賢人だと考えるからであるが、そのあとで側近たちといっしょにその人物の行為を品評する。これでは、賢人の行為を小人物と品評していることになる。知者はその献策のよしあしを愚者によって決定され、賢人はその行為の可否を小人物によって品評される。こういうことでは、賢人や知者は恥ずかしく思うだろうし、君主の評定も結局誤ることになろう。(之って今井らのことかな?)第19飾邪編・・・罪人を許して愛情を示すのは、下の者となれ合うことである。然し、そうすることは民衆を統治する上で障害である。(之は黒川のことか?)第20解老編兆しも分からない前に動くことを前識という。明確な根拠も無しに勝手に憶測することだ。老子はこれを「前識は道のあだ花で、愚かさの始まり」というのである。第22説林上編あまねく大空の下、王土でない所はなく大地の行きつく限り、王臣でない者はない。今君が天子であるならば、私は天子の臣と云う事になります。(温の国の人が周におもむき、この国のものかと問われ、「はいそうです」と答えたところ役人に咎められていった言葉)なかなかの知恵者だ。第22説林上編・・・聖人のような管仲、知恵者の濕朋でも、自分の分からないことは、それを知っているならば馬や蟻でも師とすることをはばからない。それなのに、今の人は愚かな心を持ちながら聖人の知恵を師として学ぼうとしない。何と過っていることではないか。(コロナの専門家会議のことかな?)第25安危編国を安全に保つ道に七つあり、国を危険に曝す道に六つある。安全に保つ道は次のとおり。一つは、賞罰が事の是非に従うこと。二つは、禍福が行いの善悪に応じていること。三つは、生き死にが法度に準拠していること。四つは、行いが賢いか愚かかが判断の規準で、愛憎に よるものでないこと。五つは、知恵があるかないかが判断の規準で、毀誉褒貶による分けへだてがないこと。六つは、客観的な尺度を規準にして、臆測によらないこと。七つは、信義が守られ詐術が行われないこと。危険に曝す道は次のとおり。一つは、法規によらずに私的に処置すること。二つは、法規をそれて勝手に裁断すること。三つは、他人が害とすることを己の利とすること。四つは、他人が災いとすることを己の楽しみとすること。五つは、他人が安んじていることを危うくすること。六つは、愛すべき者に親しまず、憎むべきものを遠ざけないこと。(之って安倍に読んで欲しい)第28功名編賢明な君主が功業を立て名誉を揚げる条件に四つある。一つは天の時、二つは人の心、三つは技能、四つは勢位である。天の時に背けば、たとえ尭が十人いたところで、冬に穀物の種一つ生やすことはできない。人の心に逆らえば、たとえ孟賁・夏育のような勇者がいても、人々に全力を尽くさせることはできない。だから、天の時を得れば、とくに努力しなくともしぜんに穂は生え、人々の心を得れば、促さなくともしぜんに人々は働き、技能に頼れば、急がさずともしぜんに事は早く運び、勢位を得れば、わざわざ推し進めなくとも名誉は揚がる。それはさながら水が低きに流れるがごとく、また船が水に浮かぶがごとくである。自然の道を守って、窮まることのない命令を行う、それが明主なのである。第28功名編いったい才能があっても勢位がなければ、賢人でも愚者を支配することはできない。しかし、いま一尺ほどの短い木を、高山の上に立てれは千仞もの深い谷を見下ろすことになるが、それは木が長いからではなく位置が高いからのことである。桀でも天子になれば、天下を支配することができる。それは賢いからではなく権勢が重いからのことである。尭でもただの庶民であれば、三軒の家も治めることができない。それは愚かだからではなく、地位が低いからのことである。千鈞の重さでも、船に乗せれば水に浮かぶが、錙銖ほどの軽いものでも、船を失えば沈んでしまう。それは千鈞が軽く錙銖が重いのではなくて、勢という条件があるのとないのとの相違である。だから短いものでも高所から見下ろせるのは位置によるのであり、愚者でも賢人を支配できるのは権勢によるのである。・・・(安倍に自覚を促したい)第32外儲説左上篇・・・・ところで、今の世の談論は、みな巧みな表現やうまい修飾語を用います。そこで君主はその修飾のうまさに惹かれて、実用の面を見落としています。ところが、墨子の言説は、先王の道を伝え、聖人のことばを論じて、広く人々に告げ知らせるものです。もしもそのことば遣いを巧妙にしたならば、恐らく人々はその修飾された部分を心に留めて、本質のところを忘れてしまうでしょう。・・・第34外儲説右上篇酒を商う商人が売れずに困っていた。知り合いの村里の長老に尋ねると、飼っている犬が猛犬だからだという。そして、答えた、「人が犬を怖がるからさ。もし、人が子供に銭をもたせ、酒つぼをさげて買いに行かせても、犬が跳び出してきてかみつこうとする。こうして酒は酸っばくなり売れないのだ」。いったい、国にも犬がいる。道を心得た士がその術を胸に抱き、万乗の君主に説き明かそうと思っても、大臣が猛犬になって跳びかかってかみつこうとする。こうして、君主は臣下に目をふさがれ脅かされ、また道を心得た士は国に採用されないのである。(これも今井のことらしい)第35外儲説右下篇秦にひどい飢饉があった。応侯が願い出た、「五つの御苑の野草・野菜・橡・棗・栗は、十分民を救済することができます。ぜひこれを開放してください」。昭襄王はいった、「わが秦の法では、民に功労があれば賞を授け、罪があれば罰を受けさせる。ところが今、五苑の野菜や果実を開放したならば、民に功労があろうとなかろうと、みな同じように賞を受けることになる。いったい、民に功労があろうとなかろうと、みな同じように賞をうけるのは、国が乱れるやり方である。だいたい五苑を開放して国が乱れるよりは、棗や野菜を捨てても国が治まるほうがましだ」。といって放っておいた。第36難一編・・・楚の人で盾と矛とを売る者がいた。盾を誉めていった、「わたしの盾のじょうぶなことは、どんな物でも突き通せる物はない」。また矛を誉めていった、「わたしの矛の鋭いことは、どんな物でも突き通せない物はない」。すると、ある人がいった、「あなたの矛であなたの盾を突いたら、どうなるのか」。その商人は答えられなかった。いったい、突き通すことができない盾と、突き通せない物のない矛とは、同時に存在することはできない。・・・(矛盾は韓非子から来ているのか)第49五蠹編(核となる編とされる)・・・大国につかえて連衡派にくみしながら、それによる利益も受けられずに、領土を失い政治も乱れることになるのである。また、臣下のなかで合従派に加担している者は、すべて「小国を救援して大国を打倒しなければ、勢力の均衡は失われるであろう。均衡を失ってしまえば国も危うくなり、国が危うくなれば君主の権威も失墜する」といっている。ところが、小国を救援してみて、なお期待したほどに大国の勢力を弱くできないということになれば、自国の軍隊を動員して大国に敵対することにもなってしまう。小国を救援しても、必ずしもその国を救えるとは限らないが、大国と敵対すれは、その国と仲たがいをしないということはまずない。仲たがいをすれば、その大国に制圧されてしまう。兵を進めればうち破られ、退いて守れば城は攻め落される。小国を救援して合従派にくみしながら、それによる利益も受けられずに、領土を失い軍隊を壊滅させてしまうことになるのである。(故に習近平を国賓で招こうとしたのか?)第59 顕学篇世間にもっとも知られている学派は、儒家と墨家である。儒家の始祖は孔子である。墨家の始祖は墨翟である。・・・主義主張は反撥しあい食い違っておりながら、各派ともに孔子と墨子の正統をうけつぐものと自称している。孔子や墨子が再生できないものである以上、だれに後世の学派のどれが正統であるかを判定できるであろうか。・・・儒家と墨家のどちらが真実であるかということも判定できないのに、今や三千年も前にさかのぼって尭舜の道を明らかにしようとするのである。思うに、とても無理な話ではなかろうか。確かな証拠もないのに、こうだと断定するのは、愚か者である。
2020.07.25
コメント(0)
今日のウォーキングは第1724日目で9061歩だった。コロナは衰えるどころか感染者がますます増加の一途だ。今日に予定されていた大学の同期会は予め中止が決まっていた。庭木の剪定(金木犀)の仕上げをした。***昨日は東京でコロナの新規感染者が366人となった。過去最大だ。大阪も104名出た。死者も1000人を超えている。第2波がやってきたと思えるのだが、なかなか公式アナウンスはない。そもそも定義というものがはっきりしないのだから、人それぞれの解釈となる。専門家は一様に警鐘を鳴らすが、そのニュアンスもまちまちだ。政治家に至っては、経済が停滞することを恐れるあまり、概して、鷹揚な見方をしている。と言うか、そうせざるを得ない状態になっているとも云える。基本次の選挙までに何とか好転させたいと思っているようだ。それにしても国会は早々に閉じてしまい、国民への経過報告なども、安倍は一切出てこようともしない。「丁寧に説明してまいたい」(「り」が云えない)とか、「○○していたあきたい」(「だ」が「あ」になる)で終始してきたが、よくよく考えると彼の頭の中には全くコロナについての信念というものがないようだ。どうやら内閣総理大臣補佐官、今井尚哉(61)が全てを取り仕切っているとも言われる。影の総理と呼ばれているのだそうだ。更にその手先には後輩で、「官邸の金正恩」と呼ばれる佐伯耕三秘書官がいる。安倍は彼らに任せっきりで、自らの声は無さそうだ。「韓非子」に、側近があまり力を持ちすぎると国が滅びると書かれているが、正にそうした泥沼に入り込んでしまったようだ。威勢の良いときには、安倍は表で薄ら笑いを浮かべながら「ご飯論法」で言を左右にして野党などの追及をかわしてきた。かわしてきたとは聞こえが良いが、「ご飯論法」は聞いたことに直接答えずはぐらかすことで質問時間を費消させるのだ。国民には何ら説明にはなっていない。コロナでも当初は「丁寧に説明してまいます」と言葉では舌足らずながら言うものの、何ら説明らしき者は一切無い。「丁寧に」とか「真摯に」とか言うのは安倍の場合、単なる接頭語で枕詞にしか過ぎないのだ。之までの諸施策は、総て、この今井が中心になって行ってきたことのようだ。うすうすそんな気がしていたが、こうした流れをよく説明してくれる解説文に出会った。この所のちぐはぐな諸施策も今井らによるものだが、ここにきて、彼らも所詮虎の威を借る狐に過ぎないというわけだ。彼らの所業は、まず、森友学園の国有地払い下げの経緯をまとめた文書を改ざんしろと命じたことだ。この件は赤木俊夫氏(54)の自殺により、佐川宣寿が訴えられている。ポスト安倍の有力候補になってきた菅をスキャンダルで潰しにかかった。さらに、アベノマスクを配ったこと(最終的に10万枚が不要となって宙に浮いた)コロナ対策事業のカネをまんまと電通と組んで中抜きをした。これら総てに関わっているのだ。そして、今回一昨日から、前倒しに開始した、「Go To Travel キャンペーン」は極めつきの施策であった。国民の血税(自分のカネでないから大胆に出来る)を湯水のように使ってお粗末極まりない景気刺激策を実行に移し、お笑い芸人をしてまで、「何じゃ之は」と言わせる始末だ。もちろん、大方の識者からの否定的な指摘は数多い。なぜ、今井程度の人間を安倍は重用しているのか。それは、今井のおじ(今井善衛元通産事務次官と、新日本製鐵会長と経団連会長を歴任した今井敬)が絡んでいる。もちろん今井自身も、東大→現経産省と進み、3.11の福島第一原発事故の後、再稼働を進めたい安倍の意を汲んで、関西電力大飯発電所の再稼働に尽力した事が評価されたのだ。また、今井善衛と安倍の祖父の岸信介とは商工官僚同士だった。安倍の今井を見る目はもはや身内の感覚だったろう。さらに、安倍が持病の潰瘍性大腸炎で総理を突然辞任してしまった時に、親身になって、サポートしたようだ。よもや第二次安倍政権として復活など考えていなかったと思うが、この辺りが僥倖と言える。(ここでは先を見る目が合ったのかな?)こうして総理補佐官に収まり、安倍の重用を受けるのだ。(元々安倍自身には才覚など無いので、今井のなすこと総てが気が利いていると感じたのだろう)上に述べた失策続きで、やっとこさ安倍も気づいたのかも知れない、人前(国民の前)に出て、説明しようにも今井の示す案は尽く裏目に出ているので、もはやにたにたとにやけている場合では無いと思ったのかも知れない。今井は今井で、やることなすこと尽く不評を買っているので、自分に対する風当たりも当然感じ始めているだろう。こうなったら、ここからは、ほぼ傀儡の安倍政権が長く続く以外に我が身の置き所がなくなったしまったのだ。まさに、徳川綱吉に仕えて権勢をほしいままにした側用人・柳沢吉保を地で行くように、安倍への情報の出入りを自分を通さなければならないシステムとし、権勢を一手にしたのだ。正に「韓非子」が言う、国の滅亡する兆候だ。2027年自民党の二階が安倍の親書をもって中国の習近平を訪れたとき、携えていった親書の一部を今井が勝手に書き換えてしまったという。この男文書改ざんでは前科があり、そんなことは些末な事だと認識しているようだ。このことで、怒ったのは初代国家安全保障局長の谷内正太郎だ。今井は興奮のあまり、目に涙を浮かべながら谷内に口答えしたとある。当然安倍が、今井を叱責せねばならない立場ながら、このときもなぁなぁだったようだ。部下に良いようにあしらわれることで法を厳格にしない場合「韓非子」は又国の滅びる本と言っている。「韓非子」に言う為政者は、もうすこし気の利いたレベルだが、安倍の場合は軽すぎる。軽すぎるトップが法をないがしろにして、部下任せ、之では国の治まろうはずがない。安倍が常に頭を占めているのは選挙だ。選挙(自分のこと)第1、経済第2その後がコロナなのかも知れない。国会を閉じ、黙り込み、じっとやり過ごそうというのが彼の作戦なのだろうか。安倍と菅の確執も表面化し、大人数を抱える二階をも味方に付けたい。そうなると二階と菅が、重きを置く旅行業界(支持団体)の優遇こそが融和だと短絡思考だ。後先考えずに突っ走ったのも今井の助言に安倍はここぞ頷いたのだろう。いや、安倍の気持ちを忖度した今井が独走したのかも知れない、安倍政権を続けさせることが我が身の安全と考える今井は、当面の敵菅を陥れようと考えたのかも知れない。菅が後見人となって初入閣した小泉進次郎、菅原一秀、河井克行だが、雑誌などの暴露で次々と告発されていく。これは誰かが意図的に漏らしたとしか考えられない。それが今井だ。加えて、菅が重用していた和泉洋人と部下の大坪寛子の官費「不倫」出張も、どうやら今井からのリークと思わせる節もある。ここに来てレイムダック化した安倍だが、主がいなくなれば、彼にパラサイトして、わがもの顔に振る舞ってきた今井を中心にした連中が権力を失うのは必定だ。コロナに対して皆が全力を挙げて戦っていると思いきや、国のトップからして上の空、影の総理も自己保身に汲々とする日本。日本は一体どこに行ってしまうのだろうか。
2020.07.24
コメント(0)
今日のウォーキングは第1723日目で8912歩だった。何とも怪しげな曇り空だ。今日のお昼はココ一番のテイクアウトだ。曇り空で暑さは少しましだったので庭木の剪定をした。高枝切りばさみを使ってタイサンボクと金木犀の半分くらいで疲れてしまった。芸能界には特別な感情はないが、このほど唐突に自殺の報があった三浦春馬には、なぜかとの疑問を持った。表向きの報道を見聞きする限りはかくも順風満帆な彼がなぜという感じだが、よくよく読むと、家族関係(対母親)に問題のルーツがあるようだ。素直に見えても、心の奥底で自分を追い込み、ついには自死を選ぶ。見かけにはよらないそんな悲しい人生があるのだと、改めて、人の世の難しさを知った気がした。きっと生真面目で、完璧主義的な面があったのでは無かろうか。生きる価値を見失ったのか、絶望したのか、突き詰めても到底理解出来るところでは無い。***トルコのエルドアンは、世界遺産のアヤソフィアをモスクに戻そうとしている。トルコ、特にイスタンブールは、1度は行きたいと思っていた。丁度1年前、姫達夫婦と連れ合いとの4人で僅か5日間の短い旅だったが、行けて良かったと今更のように思う。(このブログの2019年8月28日からの5日間を参照されたい)今や、トルコもご他聞に漏れず、コロナ禍で侵されている。7月22日現在で、感染者数221,500人、死者は5,526人を数えている。感染者の多さでは世界15位、死者も20位あたりで、多い方だ。今ならとても行けるような数字ではない。 イスタンブールを象徴する1つにアヤソフィアがある。我々はその直ぐ近くに泊まった。アヤソフィアは元来、キリスト教の大聖堂である。イスタンブールがその昔、東ローマ帝国の首都でコンスタンティノープルと呼ばれていた頃、コンスタンティヌス大帝の子コンスタンティウス2世の手によって360年に創建された。立派なキリスト教大聖堂だ。その後、焼失して、テオドシウス2世によって直ちに再建されたのが415年だ。再度の焼失を経て今日に至るが、兎も角キリスト教の聖堂であったわけだ。そして時を経ること1000年、1453年にオスマン帝国皇帝メフメト2世がコンスタンティノープルに攻め入って、ここを占領し、イスラムの勢力下に収めたのだ。そして、このアヤソフィアをイスラム教のモスクに造り替えると宣言したのだ。コンスタンティノープルは今も昔も東西の文化、貿易などの交点のあったわけだ。そして、アヤソフィア・ジャミィと呼ばれるようになったこの聖堂はオスマン帝国の君主が毎週の金曜礼拝に訪れる帝国の最も格式の高いモスクの一つとされたのだ。こうして経緯の中、元キリスト教会の大聖堂がイスラム最高モスクとなったのだ。丁度スペインのメスキータの逆バージョンといったところだ。メスキータは、イスラム教徒のモスクであったのがキリスト教徒の手によって、大聖堂へ改修されたのだ。モスク(英: mosque)は、イスラム教の礼拝堂のことだが、アラビア語ではマスジド(masjid) 「ひざまずく場所」と言い、それが訛った語だ。マスジドがスペイン語でメスキータ (mezquita) となり、それが英語ではさらに訛ってモスク (mosque) となったとある。当時のスペイン王カルロス1世は、メスキータをキリスト教の大聖堂に改築すべく、建設許可を与えた。しかし、着工後にコルドバを訪れ「メスキータがこんなに素晴らしいものと知っていたら、工事の許可を与えなかった。世界のどこにでもあるものを作るために、世界に一つしかないものを壊してしまった。」とつぶやいたと言う。それを機に工事は中止、残されたメスキータは、モスクと聖堂が共存する、世界に2つとない貴重な建造物となったのだ。ここも連れ合いと訪れたことがあるが、カルロス1世でなくても感動すること請け合いだ。この逆で、アヤソフィアを改修するに当たって、1717年、アフメト3世は内装のひどく損傷した漆喰の補修を命じたのだ。こうして多くのキリスト教のモザイク画が漆喰の下に覆われることになった。やがて、第一次世界大戦でオスマン帝国が滅び、代わって世俗主義的なトルコ共和国が建国された。世俗主義と欧化を掲げるトルコ共和国の建国者ケマル・アタテュルクはトルコ共和国の建国に伴い、アヤソフィア・ジャミィは1935年に宗教性のない博物館と位置づけ、中での礼拝を認めなくなった。(之は卓見と云える)こうして、博物館となったアヤソフィアは、白漆喰に覆われ隠されていたモザイク画を表に出し、我々に歴史の流転を語りかけて呉れたと云う事だ。このような流れの中、現代トルコにおいて、アヤソフィアの建物をモスクや教会など宗教的行事の場として使うことは厳しく禁じられてきたのだ。しかし、最近になってエルドアンはこのアヤソフィア博物館をモスクへ戻す方針を宣言(時代に逆行)し、トルコ政府として、アヤソフィアをモスクとする宣言と共に、コンスタンティノープル征服567周年記念式典を開いてイスラム教の聖典「コーラン」を朗読せしめたのだ。東方正教会の中心だったアヤソフィアのモスク化には、ギリシャを始め西欧諸国(キリスト教の国々)はこの決定に強く反対したが、エルドアンはイスラム教徒以外にも門戸を開き続けるとしたうえで「祈りの場とすることは我々の主権に基づく」とこの決定を変更することはなかった。キリスト教とイスラム教、この永遠の敵対関係は、ここに来て再度公に晒されたことになる。宗教という名の聖なる行為かも知れないが、一方を正当化すれば一方が反発するような事態をなぜ又蒸し返すのか、人間の性というのは、恐ろしいというか、無意味な戦いをするものだとつくづく思う。神(ゴッド、アッラー)は恐らく同一の存在なのであろう、見る方向と教えで以て名前が変わっているだけだ。アヤソフィアの元の素性はこの際言及しないとしても、我々が訪れた、ドームの裏側にキリストを抱くマリアの像と共に、アラーやムハンマド預言者の名を刻むアラビア文字の円盤状の装飾が共に掲げられた平和の象徴的建造物をこれまでと同じ姿で、継続していく方が、余程素晴らしいことのように思えるのだ。コンスタンティノープルの征服は預言者ムハンマドが望んでいたとされており、その象徴であるアヤソフィアのモスク化はトルコの宗教保守派や右派が長年主張してきたということだ。本来平和を希求する宗教者であるべきところ、こうした後世の者達に、両宗教間の騒動を再燃させるような、申し送りは、許されるべきではないだろう。幸いにも、我々4人は、博物館として開館されていたアヤソフィア内に入ることが出来、壁に残された多くのモザイク画を見て往時を振り返ることが出来た。そんな内部のキリスト教の宗教画については「礼拝の間はカーテンか光線で隠す」と述べられたとか。今後も、通常は観光客の目に入る形になるとのことだが、何かしら違和感を感ぜざるを得ない。モスクに変えても、年間300万人以上に上る観光客はやってくるだろう。しかし、見学の仕方も変更される。現在100リラ(約1600円)の入場料は今後、無料になるとはいうものの、モスクとして礼拝を行う間は、祈りをささげるイスラム教徒以外は入れないことになる。モスク化を巡っては、否定的な反応が少なくない。米国や欧州連合(EU)は非難や失望を表明した。約1000年にわたって東方正教会の中心だった歴史的経緯から、ギリシャやロシアの正教会が反発しているほか、ローマ教皇フランシスコも「深い痛みを感じる」と述べた。イスラム教のアラブ諸国でも冷淡な反応が目立っている。トルコは四面楚歌(そか)の状況で、アヤソフィアをモスクとして宗教的行事で活用することになる。世界遺産という名ははぎ取られるかも知れないとのことだ。
2020.07.23
コメント(0)
今日のウォーキングは第1722日目で8625歩だった。コロナ禍で大童の中、GoTo作戦が今日から開始された。東京除外、キャンセル料を払わないから払うに、迷走の連続だ。もっと他に経済を活性化させる取り組みはないのだろうか。今日も蔵鮨でテイクアウトだ。***コロナの前にもうすこし海外旅行をしておけば良かったと思う。コロナは、まだ暫く収まりそうにないので、動ける間に再び飛行機に乗ることが出来ないかも知れない。会社時代から含めると、何カ国かに出掛け、行った先の文化なり、自然なりを肌で感じられたのは良い経験になった。ノルウェーに始まって、フィリピン、ジンバブエ、中国、サウジアラビア、UAE等と言った国は様々な特徴を持つ国で、日本にいてはなかなか肌で感じることが出来ない。その中でも、海外滞在を初めて経験した国がフィリピンだ。1994年から半年強マニラからビサイアス州を行脚することになった。特にフィリピンらしい地域を巡ることが出来たのは貴重な経験であった。(詳細はこのブログのフリーページを見て貰いたい)もう26年も前の事なので、現在は様変わりしているだろう。今はコロナのために入国などは叶わないが、何となくもう1度行ってみたい気がする。少し前までは太郎君が出張で現地工場(確かモンテンルパ)を視察していたこともあって、より親近感が湧く国だ。パナイ島の隣のボラカイの白砂、ハイビスカスの乱舞、今でも記憶に鮮明に蘇る。私が行ったのは年末からだ。冬服で出発したのは良いが、着いたマニラは酷暑だった。地球は広いと肌で感じた瞬間だった。到着した空港はニノイ・アキノ国際空港(マニラ空港)と名前は立派だが、何と手狭な空港だとの印象が強い。然し、殆ど初体験の外国なので、それが当たり前くらいに感じていた。昨今の、ドバイ空港やチェック・ラップ・コック空港、更にはイスタンブール新空港を経験してからはそのお粗末さが鮮明になった感がある。そこで計画されたのが新マニラ空港開港だ。しかし、新マニラ空港はMM(メトロ・マニラ)から約30km北西のブラカン州に計画され、此方も、2019年内に着工する予定だったがいまだに始まっていない。東南アジアの新たなハブ(中核)空港になることを目指している。大手財閥サンミゲルが7350億ペソ(約1兆6千億円)を投じる計画だが、こちらも資金確保に向けて調整中であり、まだ準備が整っていないという。私にとってサンミゲルと言えばビールだ。滞在中はとても良く飲んだ。そこで、便利なマニラ空港の拡張が併せて計画されたのだが、その頼みのマニラ空港の拡張計画もが白紙に戻ったという。インフラか整備を標榜するドゥテルテと、開発を担う予定だった6財閥の企業連合の軋轢が生じたのだ。財閥側は採算への懸念から政府に計画見直しを求めたが政府は拒否したのだ。フィリピンは、空港の改善問題では早くから話が出ているものの、マニラ空港も新空港も未だ、軌道に乗っていないと云うことだ。インフラ開発による景気回復を急ぐドゥテルテは当てが外れたという形だ。過激なドゥテルテだが、インフラ開発は、彼が大統領就任時に公約でもある。是が非でも進めたい計画だが、アヤラを中心とする財閥連合は、コロナ禍での旅客需要の低迷による採算懸念から、開発資金の調達が難しくなり、政府との折り合いが付かなくなったのだ。政府は見直しを拒否し、6企業連合に与えた優先交渉権を取り消した。代わって、優先交渉権は選定過程で企業連合に次点で敗れた地場建設大手メガワイド・コンストラクションとインド企業との連合に与えると決めた。当初の計画は2022年に受け入れ能力を6500万人と倍増する計画であった。2019年の利用客数は4800万人で、設計上の受け入れ能力を5割上回った。航空便の遅延・欠航も多く、施設は狭く老朽化していることから「世界最悪の空港」にも度々選ばれている。特にフィリピン航空(PAL)はPhilippine Always LateとかPhilippine Already Leaveとか揶揄されるほど時間にルーズだった。新型コロナの蔓延で、ドゥテルテは3月中旬に経済封鎖を敷き、出入国を制限した。空港の利用は段階的に再開しているものの、外国人観光客の受け入れは依然低迷し、この状況は長引くと見られている。世界的な感染拡大中で、7月21日付のジョンズ・ホプキンス大の感染者数報告では世界の16傑に入り込んできた。空港開発企業連合に加わっていたインフラ財閥メトロ・パシフィック・インベストメンツは経済封鎖前に脱退し、参加企業は6社に減っていた。その他の企業も営業の好転が見られないまま、採算確保が困難な空港拡張事業は見直さざるを得なくなった。ドゥテルテは2016年に大統領に就くと「インフラ黄金時代」を掲げ、6年間で8兆ペソを投じて全国でインフラを開発する方針を打ち出している。日本が政府開発援助(ODA)で整備するマニラ首都圏(MMT)地下鉄などは着々と進展しているが、民間資金に頼るニノイ・アキノ国際空港拡張事業は振り出しに戻った。2020年のフィリピン経済はマイナス成長となる見通しだ。政府は都市封鎖で停滞していたインフラ事業を再加速して、投資や雇用を回復させるシナリオを描いているが、コロナ禍の影響もあってインフラ開発はドゥテルテの思惑通りには進まない。しかし、フィリピンは中国の一帯一路には乗っかっていないので、大きな痛手を被ることは避けられそうだ。思惑通りに進むか否かは財閥の資金繰りもさることながら、空港を開港しても、このコロナ禍で、外国人観光客が訪れるか否かは難しい状態なので見通しは暗い。確か、1994年には、道路では、フライオーバー(高架橋)はマニラに1ヶ所だけしかなく、鉄道もLRTがほんの小区間で走っていた程度で、地下鉄はなかったと記憶する。そこに、LRTの拡張と、地下鉄の新設が計画され、此方の方が、日本のODAの下、順調に進んでいる。将来的には、東京のような地下鉄網を張り巡らせて、道路一本やりの渋滞慢性化の交通事情を改善しようと努めている。MMTの面積は東京23区とほぼ同じだが、人口は1200万人超と3割多く、さらに人口流入は続いている。車の利用が増え、交通渋滞は年々悪化。1日当たり24億ペソの経済損失を生んでいるとの試算もある。26年前の私の滞在中でさえ、日本人は現地での車の運転は危険だから禁止されていた。歴代政権も何度か鉄道整備を掲げてきたが、ここにきて動き出したのは、ドゥテルテ政権が政府や民間の資金ではなくODAでの開発にかじを切ったためだ。空港では民間資力に頼って進捗が危ぶまれているが、日本が絡んだODAでは十分な成果を上げていることになる。鉄道は韓国も一時期参入したが、ずさんな管理で故障や脱線が頻発し利用者数が急減したとのことだ。中国の一帯一路に組み込まれることなく、日本の高い技術に絞ったことは、フィリピンにとっても結果良しというところだ。日本は、民間外交で、こういった産業活性化を図っているが、安倍も、もうすこしこういった面で貢献するような動きを取ってほしいものだ。こうした鉄道の整備はいやでも空港の早期化以降を促すことになるだろう。
2020.07.22
コメント(0)
今日は土用の丑の日、ウォーキングは第1721日目8040歩だった。姉と連れ合いと3人で、美濃吉で昼食を採った。客足は戻りつつある。少し味が良くなっている感じがした。その後、姉がスマートフォンの使い方などを聞きにau京都烏丸に行くのに付き合った。店に居るときに激しい雷雨があったが、帰りは何事も無かったように晴れていた。兎も角暑い1日だった。***日経ビジネスに、コロナ禍で一帯一路に黄信号、遠ざかる「中国の夢」と言う記事があった。ごり押しを続ける中国習近平の世界戦略がコロナ禍で難航しているとのことだ。日本としては、之を歓迎したいと思うが如何か。コロナを利用して、マスク外交と称する形で、感染拡大に苦しむ各国に医療用マスクや防護服、イタリアへは大量の医療機器を送るなどして、貢献度をアピールしている。然し、単なる支援品という形でなく、大々的に中国が恩に着せる形での大宣伝付だ。それもこれも、中国がコロナの発生源だと世界に認めさせないようにとの介入に他ならない。そうしてやり方が西欧諸国から、冷ややかに見られている。中国の度重なる独善は、香港に牙を剥くことで、その正体を再度露わにした。一帯一路で、アジアの国や、欧州の入口まで到達していた中国だが、世界のコロナによる騒乱を横目に、自らは早々にコロナの第1波を凌いだ形で、次なるステップに進もうとしている。WHOのテドロスはそんな中国の操り人形だと、トランプはWHOの脱退を決めているようだ。テドロスの国エチオピアも鉄道敷設などで中国に依存していることから、テドロスは恥も外聞も無いと言ったところだ。トランプが「アメリカ・ファースト」と言えば、習近平は「中華民族の偉大な復興」という、そんな中国も強引さが最近になって露呈したこともあり、各国で軋轢が生まれ、この夢に黄信号が灯ったとのことだ。中国は、どんな国でも金さえ掴ませば、何とかなると云った強引さで、インフラ整備の名の下、強引に金を貸し付け、成約後の工事では中国からの作業員を送り込み、蓋を開いてみれば、援助を受けたはずの各国にそれほどのメリットが無いと云う事が分かったのであろう。こうした中華思想は、之まで何とか通じていたようだが、ここに来て、限界が見えてきたようだ。新型コロナの発症は元々中国武漢であり、初動の誤った対応のために現在、全世界がコロナ禍に苦しんでいる。既に累計感染者が世界で1430万人を超え、死者も60万人を上回ってしまった。こうした新型コロナの発生源の独自調査を求めたオーストラリアには激怒して、同国からの農畜産物の輸入を制限し、自国民に留学や渡航の禁止を勧告するなど、逆ギレ状態だ。あまつさえ、中国は、「米軍が感染症を武漢に持ち込んだかもしれない」とSNSにツイートする始末だ。もはや恥も外聞も無い。WHOも中国への検査には消極的だから、始末に悪い。中国が一帯一路で、支援の対象国に選んでいるのは、イタリア、インドネシア、マレーシア、パキスタン、スリランカといった国々である。これらの国々は、いずれも中国の一帯一路計画に組み込まれた参加国だ。このほかにも、中国は一帯一路に未参加のフランスやオランダ、スペインなどにも医療支援の手を差し伸べている。発生源である事を余り声高に言わないようにとの、買収行為のようなものだ。こうして中国が医療支援した国は全部で150にも及んだ。一方では、コロナを機に、一帯一路を通じて中国の勢力圏を拡大しようとの作戦だ。インフラ整備のために資金を貸し付けて、支払不能になったら、港や経済活動を召し上げる債務のワナのように、武漢発のコロナをまき散らしながら、返す手でマスクや医療機器などを送ったり、気前よく医療チームを派遣したりと中国が如何に強大であるか、米国を既に凌駕しているのだとの見せつけを行っているかの如くだ。然し乍ら、肝心の一帯一路は計画通りに進んでいるわけではないようだ。モンゴル、ラオス、パキスタン、キルギスなどでは、中国からの巨額の貸し付けが国の返済能力を大きく超えると予測されているのだ。元々中国は、真の意味でのODAと言うものを理解していない。インフラの整備などでも、現地に中国企業が乗り込み、果ては中国からの労働者を派遣して、あたかも中国の租借地であるかの如く振る舞うのだ。貧困に喘ぐ現地の人々への恩恵は無いのに等しい。インフラの整備が形の上で出来たとしても、その結果は借金だけが残るといった形だ。こうしたことが次々と露見しているようだ。最初は中国の支援をありがたいと思って飛びついた国でも、今そういった現実が見えてきて、一部で、中国への反感が高まっている。そして最近、反中が広がったザンビアでは、現地に進出した中国メーカーの中国人幹部が惨殺される事件が発生した。首都ルサカ郊外で幹線道路建設に携わっていた企業の幹部だ。こうした事件は突発的に起こったわけでは無く、それ以前から怪しい関係が露呈していたのだ。ザンビア政府は、中国政府への手前、事件を誘導した市長への風当たりを強くしたが、一方で住民は喝采を送るという始末だ。ルサカの市長はザンビア在住の中国人に謝罪したが、更なる反動が起こる事への警鐘を忘れなかった。2019年時点で中国人の在住者は8万人だとのことで、驚いた。1995年私がジンバブエに出張滞在していたときには、ジンバブエ在住の日本人は僅か200人程度だったことを考えると、時の経過もさることながら、人口過多な中国の海外進出ぶりは目を見張る。こうしたアフリカの国は他にも多そうだ。主要7カ国(G7)で唯一、一帯一路に参加し、中国からマスク外交で大きな恩恵を受けたイタリアだが、中国の強引なやり方に、両国の関係が「悪化」したと評価する人(34%)が「改善」したとする人の21%を凌いでいる。さらに、中国の国内でも、昨年ごろから一帯一路を疑問視する声が増えているようだ。「自宅の近くに子どもが通う学校を建設してほしいときに、なぜ遠い国の橋などの整備のために私たちが納めた税金を投じなければならないのか」といった率直な不満だ。中国は1990年代以降、鄧小平が唱えた「韜光養晦」(とうこうようかい:強くなるまで爪を隠す)でやってきたが、ここに来て急に自信を深めたかの如く「戦狼(せんろう)外交」と呼ばれる強硬な外交姿勢で他国を威圧するやり方を取り始めたのだ。そんな政治手法が、コロナ禍であぶり出されたかの如く、中国の異様な行動が、各国から批判を浴び、計画の動きを停滞させているようだ。習近平は共産党の一党独裁体制が揺らぐのを最も警戒している。この先どのような展開になるのか、注意深く見ていかなければならない。
2020.07.21
コメント(0)
今日のウォーキングは第1720日目で9175歩だった。日用品の買い出しにイオンとコープに出掛けた。***5月27日のプレジデントの記事だ。公表されているコロナの感染者数と死者数を見ていると、日本は新型コロナウイルス感染症による死者数が群を抜いて少ない。京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授と、吉備国際大学(岡山県)の高橋淳教授らの研究グループによると、「実は日本人には新型コロナウイルスの免疫があった」という。疑問符が付いているものの、何かしらそのような傾向にあることは素人でも感じる。この間のゴルフコンペでは、ネアンデルタール人との混血を経た民族は、コロナに掛かりにくいのだといった話をしている人がいた。様々な流言飛語が飛び交うが、それにしても、こうした話は、なんだか救われるような気もしてくるのは確かだ。本当にそうなのだろうか。記事では1ヶ月半ほど前の世界の死者数を引用していたが、今回は、現在得られた最新(19日付)のデータを使って見直してみる。7月19日現在の世界各国の死者数は次のとおりである。(内は5月21日)国名 死者数 区間の増加率 10万人当たり死者数アメリカ 14万119人(9万3806人)49%増・・・・・43人イギリス 4万5358人(3万5704人)27%増・・・・・67人イタリア 3万5042人(3万2330人) 8%増・・・・・58人フランス 3万155人(2万8132人) 7%増・・・・・46人スペイン 2万8420人(2万7888人) 2%増・・・・・62人ブラジル 7万8772人(1万8894人) 317%増・・・・37人ドイツ 9091人(8270人) 10%増・・・・・11人中国 4644人(4634人) 0.3%増・・・・・0人ロシア 1万2228人(3099人) 295%増・・・・・8人日本 985人(784人) 26%増・・・・・1人韓国 293人(264人) 11%増・・・・・1人この数字を見て米国の死者数の多さに驚くと同時に、伸び率も高い状態が続いている。ブラジルやロシアに至っては3倍前後の死者数の増加である。なぜ国ごとに死亡者数に開きがあるのか、と記事にはあったが、やはり母数も関係してくると思われるので、10万人当たりの死者数も比較のために記入しておいた。そこから見えることは、米国とヨーロッパで死者の数が多いことだ。しかし、ドイツやロシアは、見かけよりも10万人当たりの死者の数が少ないことが分かる。南米のブラジルがこれらに次いで死者数が多く、之に反してアジアの中、韓、日の数が極端に少ないことが明白だ。政府の対応が正しかったのだろうか。冒頭に述べたように「日本人には新型コロナウイルスの免疫があったので死者数を抑え込むことができた」ということを研究グループは発表しているのだ。今年日本ではインフルエンザの感染者が少なかったと言われているが、これも、実は日本人が早期に新型コロナウイルスに感染していたため、インフルエンザにかからなかったと言われている。インフルエンザに感染すると、新型コロナウイルスに感染しなくなるし、逆もしかりだというのだ。研究グループによると、新型コロナウイルスには3つの型があるという。S型、K型、G型だ。最初にS型が発生し、それが変異したものがK型。武漢でさらに変異した感染力の強い型がG型だ。S型は、無症候性の場合も多い弱毒ウイルスであり、S型から変異したK型は、無症候性~軽症で収まり、中国では当初感知されず蔓延した。こうしたK型が日本に流入したという。武漢ではその後さらに変異して武漢G型となり、重症の肺炎を起こす事となった。そのため、中国は1月23日に武漢を閉鎖したのだ。(武漢市長によると閉鎖時には既に約500万人が市外に流出したという)。一方、上海で変異したG型は、最初にイタリアに広がり、その後ヨーロッパ全体と米国で流行した(欧米G型)と言う経過を辿る。日本が入国制限を行った3月9日は武漢からに限られていた。そのために、S型とK型が武漢以外の中国全土から日本に流入・蔓延し、多くの日本人が感染したことになる。このことから日本人は、武漢で猛威をふるったG型が日本に到来する前に、軽い症状で、すでに新型コロナウイルスの免疫ができていたというのだ。中国の「春節」期間を含む2019年11月~2020年2月末の間に、既に184万人以上の中国人が来日したといわれている。日本人の間にはこのとき既に感染していたことになる。ここから先は少し理解が及ばないが記事のままに書くと、G型ウイルスはK型より非常に感染力が高い。そのため、G型に集団免疫が成立するには、集団の80.9%の人が感染して免疫を持たなくてはならないという。(根拠は示されていない)一方、K型で集団免疫が成立した段階では集団54.5%しか感染による免疫を持っていないため(これも唐突な数字だ)、80.9-54.5=26.4%に新たに感染が起こる。K型で集団免疫が成立していたにもかかわらず、日本に流行が起こったのはこのためだ。一方、アメリカやイタリアなどの欧米諸国は、中国からの渡航を日本よりも1カ月以上早い2月初旬より全面的に制限したため、K型の流入は大幅に防がれた。一方、S型が広がっていた時期には渡航制限が無かったため、S型はかなり欧米に蔓延した。そのS型に対する免疫というのはG型の感染を予防する能力が乏しく、さらに、悪いことにS型への抗体には抗体依存性免疫増強(ADE)効果があることが推測されている。抗体依存性免疫増強(ADE)効果とは、抗体の助けを得てウイルスが爆発的に細胞に感染していく現象(所謂サイトカインストーム)のことである。ADEが起きている間、ウイルスは細胞内に入っていき、血中からは減るので、一見病状が改善したような状態がしばらくは続く。しかし、ある時点でウイルスが細胞を破裂させるかのように大量に出てきて、患者の急変が起こる。この「S型への抗体によるADE」と、前述した「K型への細胞性免疫による感染予防が起こらなかったこと」の2つの理由により、欧米ではG型感染の重症化が起こり、致死率が上がったというわけだ。何となく説得力のある説明に思える。この記事はもうすこし続くが、要点は日本人の死亡率の低さはK型ウイルスに感染したが為に、免疫が醸成されていたと云う事だ。日本は武漢以外の国からの入国制限を始めるのが遅かったおかげで、K型への集団免疫ができ、感染力や毒性の強いG型の感染を大幅に抑えることができた。他国に比べて遅いと言われた入国制限のタイミングは、逆に感染予防に功を奏したのだ。之って怪我の功名なのか。
2020.07.20
コメント(0)
今日のウォーキングは第1719日目で、9461歩だった。今日は恒例のカラオケ大会だが、コロナ第2波がやってきている(と私は思っている)とのニュースを見て私は遠慮させて貰った。友人は、元より今回も参加しない。連れ合い1人が出掛けていった。***細かいことが気になる悪いクセ。そんな台詞をしゃべるテレビドラマがあったが、私もどちらかというと細かいことが気になる。例えば、コロナの感染者数と死者の数だ。毎日のようにテレビや新聞で感染者数と死者の数が報告されている。そして様々な形でグラフに表示され、移り変わりが述べられている。その数が、どの時点のどこの報告かによって微妙に異なることがある。多少の間違いは、致し方ないのかも知れない。然し乍ら、同じメディアで、前日の感染者(死者)数と当日の感染者(死者)数の差が、同じ報告の中で合っていない者が散見される。そんな時には、なぜだろうと思うし、又翌日にそうした数字の過ちを訂正(指摘)されることはない。感染者数は、1~2人違っていようとも余り問題視することも無いかも知れないが、死者はやはり確実に報告されて然るべきだ。私はこうした数を2020年3月12日、WHOがやっとパンデミック宣言をした頃から新聞発表の数字を書き留め続けている。参照は主に日経新聞で、元データはジョンズ・ホプキンス大の報告に基づいているようだ。こんなことをしているとコロナの恐ろしさとして、人間の存在を単なる数に置き換えてしまっていることに気づく。1つ1つの感染も背景に大きなドラマを持っているだろうし、こと死者となると、そうした、背景のドラマは、それぞれ大変な内容を含んでいるはずだ。東京都の小池都知事は、淡々と数字を読み上げるばかりで、何となく寒々しい気がした。そんな中、ユーチューブを見つけた。7月16日の参議院予算委員会の閉会中審査で東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授の答弁を聞き、真に迫り、感銘を受けると共に具体性をも示されていることに感心した。何故、この様なコロナが増大している折りに国会を閉会していると云う事が、如何に愚かで、且つコロナを撲滅しようとする強い意志のないことかと、落胆するのだ。安倍は、自らに火の粉(安倍自身が抱える様々な問題)が降りかからないようにと逃げの一手であり、西村など、それに迎合するトップバッターなので、如何ともし難い状態だ。経済を回さなければ、日本が立ちゆかなくなると云う一点のみを強調し、GoTo作戦を前倒しで強行しようとする。そして余りにも反響(感染者数が多い)が多いことから、東京発着を除くと修正するに至った。何と場当たり的である事かと嘆かわしい。児玉先生の様な意見がなにゆえに採用されないのか、対案的な確固とした反対理論があるのだろうか。そうであれば、議論を戦わせるべきであろうし、その結果下に粛々と断行しなければならない。先生も指摘のように、PCR検査を行って、エピセンター(感染集積地)を撲滅しなければならないという。それも直ちに国会を開けと言われている。何を逃げ隠れしているのか。選挙はコロナを退治してからだろう。そんな人間的な素直な考えがなぜできないのだろうか。不可解だ。エピセンターの制圧に関しては、武漢では発症当初急遽1000床の仮説病院を2棟建てた。そういったドラスティックな対応が不可欠であるという。この場合22万人のPCR検査を行ったし、シンガポールも外国人出稼ぎ労働者の寮を対象に30万人の検査、韓国も宗教団体のエピセンターに20万人という検査を断行したことが挙げられている。先生の提言は、全国一律のステイホームはナンセンスであり、感染対策に関しては、エピセンターと非エピセンターを分ける事が先ず必要だとされている。その後エピセンターを撲滅するのだ。現在のやり方は、正に大昔の大艦巨砲主義なのだと看破されている。21世紀に於いては遺伝子学、計測工学、情報科学、更にはロボット工学等を駆使して効率的に且つ素早く的確に対応しなければならない(又出来る)と説く。COCOAの採用は有効だが、この責任者が不明確だということだ。然るべき人をしっかりとオーソライズして国が集約して行っていかなければならない。それには国会を開いて的確な立法措置と方針を明確にすべきだと云う。ここまで聞きながら思ったのは、やはり日本の政治家には核となる人物が不在だと云う事だ。自分の保身しか頭にない安倍は先頭に立たないのはしょうが無い(と言うか、適任ではない)がヒラメのように安倍の思わくしか頭にない西村とか、成り行きの数字しか発表せず、ソーシャル・ディスタンス(社会的な距離)を取れとか、三密は駄目だとか、夜の街に行くことを控えて頂きたいとか、通り一遍のことを念仏のように云うだけの小池とかでは駄目だ。彼らは、小池が一寸国の方針に苦い表現をしたら、西村はマウンティングを行うし、今回のGoToから東京発着を除外したことに関しては、小池はざまぁみろ的な事で終わっている。あなた方のマウンティングの掛け合いは、この際止めてもらいたい。本気で、国会を挙げて(開会して)ちゃんとした司令塔を立てて、対応して貰いたいのだ。児玉先生はエピセンターの撲滅(平面的な押さえ込み)を今からやらなければ、今後大変なことになると警鐘を何度も鳴らされた。之を国会議員の諸先生方はどう聞いたのか、いや、安倍晋三はどのように受けとめたのか。過去の例からは余り期待できる対応は望めないのだが、安倍がせめて最後に起死回生の手を打つトリガーになってくれたらと言った淡い期待を持ちながら話を聞いた。羽鳥のモーニングショーでも、盛んに、なぜPCR検査の数を増やさないのかとよく言っている。最近ようやく増えたとは云えまだ1日4000件くらいだという。児玉先生はご自分(東大)でも1日5000件は可能であるという。安倍は、1日2万件は可能と豪語していたが、「目詰まり」の1言でいっかな数を増すことがない。当初の武漢の対応のように、プレハブ仮設病院を建設し、対応すると言ったことをなぜしなかったのか。それは一重に、コロナを舐めきっていたのではないか。もはや日本には先を見通せる人材はいないようだ。「類は友を呼ぶ」の悪例だ。軽い、自分だけが大事の人間の下には、そうした人間しか集まらないと云う事だ。しかも長くトップにいた奢りと、自分に耳心地よい人間、また新進気鋭ではなく在庫一掃の人間を閣僚に据えることで、覇気の無い指導陣が出来てしまったことによるのだ。その最も卑近な例は、コロナは感染症、之を司るのは本来厚労省だ。舌禍や、説明不足で説明下手の加藤を良しとせず、軽いが、口から先に生まれた西村でお茶を濁そうとしたことだ。コロナ発生のこんな時が、我々日本人にとって最悪の内閣であると言うことは不幸以外の何物でもない。当初書こうとした数の問題だが、スペインが途中(5月中頃)急に感染者の数を2000人程度減らしたとか。今日のオランダの発症者が51,572人から103,136人に、死者6,156人から12,295人へと倍増している点などだ。こうしたビッグな変化(正なのか否か?)でなくても、日本では栃木県や愛知県などでは、前日からの増加数を意図的にかミスか、減らして表現していることや、本日で言えば福岡県では39人の増加なのに24人としていることなどだ。また、埼玉では新たに1人の死者が出ているのに、死者数は985人と結果は合っているものの、増加数はゼロ(実際は1)としていることなどだ。まだまだ長丁場になりそうだが、児玉先生の意見を吟味し、エピセンター(恐らく新宿はそうなのだろう)を潰していかねばならないのではないか。
2020.07.19
コメント(0)
今日のウォーキングは第1718日目で9161歩だった。eo光の工事下見でキンデンが約束通り9時に来訪して、1時間ほど家を見て回った。マスクの紐が切れたとかでマスク無しでやってきたので、1枚あげて、付けて貰った。少し、不作法だとは思ったが、その程度のケアではなぁと思った。彼が通ったところを一生懸命消毒してまわった。その後、薬も切れていたので、楠薫堂に行き、延期になっていた血液検査も行った。コロナの弊害は様々なところに影響を及ぼしている。***ルワンダ共和国のテレビ放映を見た。アフリカの中央の小国がめざましいICT化を果たしている。ルワンダと聞けば、直ぐに思い浮かぶのは、ルワンダ・ブルンジ内戦だ。東のタンザニアと西のコンゴ民主共和国に挟まれた小さな国々で起きた壮絶な殺し合いだ。フツ族とツチ族と言う2つの民族が対立し、1994年にはルワンダで大虐殺が発生し3ヶ月間で100万人のツチ族が虐殺された。また1993年から98年の内戦で20万人が死亡し難民の数はルワンダで250万人、ブルンジで50万人に達した。こうした殺伐とした国であり、赤道にほぼ近いアフリカでも最もアフリカらしい国だとの印象が強い。 こうした国がかくも過酷な虐殺劇を起こしたのは1962年のベルギー領からの独立からだ。多数を占めるフツ族(農耕民族)と少数のツチ族(牧畜民族)がいたが、ベルギー側の扱いで少数派のツチ族が支配する形態であった。その後ツチとベルギーとの間が巧くいかなくなり、ベルギーは多数派のフツ族を後押ししてクーデターを起こして軍事独裁政権を誕生させ、ツチ族に対する弾圧や虐殺がはじまった。西欧の国は、身勝手である。1987年、隣国のウガンダに逃れていたツチ系の難民が主体となり、ルワンダ愛国戦線(RPF)が結成された。1990年以降、ルワンダ帰還を目指したRPFとルワンダ政府の間で内戦に陥ったのだ。之に対し、急進的なフツ至上主義の台頭が起こり、政府と暴徒化したフツによる、ツチと穏健派フツに対するジェノサイド(ルワンダ虐殺)が勃発した。我々日本人から見ると、どちらがどちらなのか分からないが、彼らには区別できるのだろう。逆に彼らからすれば、日本人も中国人も韓国人も見分けられないのと同じ事だろう。こうして冒頭の100万人の殺害となるのだが、ジェノサイド勃発を機にRPFがルワンダに侵攻を再開し、最終的にルワンダ全土を掌握したことで終息となった。こうしてRPFのポール・カガメはやがて大統領に就いた。前置きが長くなったが、このような凄まじい過去を持つルワンダだけにさぞかし国内は疲弊し、貧困と荒廃につつまれていることだろうと想像された。なるほど、ルワンダはアフリカでもっとも人口密度が高い国であるが、しかし、現在では治安は比較的よいとされている。第5代大統領となったポール・カガメは内戦で崩壊したルワンダの産業・経済を1999年には内戦前の水準へと回復を果たしたのだ。内戦時代に海外へ脱出(ディアスポラ)したツチのうちの200万人近くが戦後帰国し、海外で習得したさまざまなスキルで国の復興に尽力している。そして、21世紀に入り顕著に近代化が進み、「アフリカのシンガポール」または「アフリカの奇跡」と呼ばれている。毎年の経済成長率が7%前後と急成長を遂げたのだ。ご多分に漏れず、首都のキガリは中国企業が進出してきている。カガメは2000年ごろからはICT立国を目指し、ICTの普及・整備に力を注いでいる。一方で、激しい反体制派への弾圧などで自らの権力基盤を強化し、独裁的な振る舞いとなっている。プーチンなどと同じく憲法を改正し、2034年まで大統領職にとどまる事を可能にした。こうした独裁体制下ではあるが、国を開発するという点では良好な治安と高い経済成長を実現させているのだ。内政面では汚職の撲滅を掲げ、2016年には政府のクリーンさにおいて世界48位、アフリカで3位にまでつけるようになった。(日本は18位、その他の主な国では、中国が87位、韓国45位、ロシア138位などが目につく。)なんだか民主主義を標榜する安倍政権下でこれだけ不条理が続いていても18位というから、不透明性は残ると云う事だろうか。まぁ韓国並みと云う事だ。身びいきの安倍の独裁体制を是とするか、国を発展させるカガメの独裁を是とするかというところだ。ルワンダが躍進した成功のカギは次の3つの要素だという。1.国民の和解2.ポール・カガメ大統領の強力なリーダーシップ3.自らの可能性に自信を持つ国民の存在そして、カガメは次の政策を推進した。1.科学技術の発展、IT立国2.民間セクターの振興3.農業の近代化特に、ルワンダのICT関連での躍進がめざましい。これには、中国とインドの企業が関与している。IT立国を目指す政策により、国土の98パーセントに光ファイバー網が敷き巡らされ、インターネットへのアクセスが十分に確保されている。農村地帯でも携帯電話の電波がつながる。また、電気のない地域にもインターネットなどができるバスを導入したり、児童に「1人1台」のPCを与え、IT教育にも力を入れるという。またITを教えるトゥンバ高等技術専門学校も日本の援助で設立され、英語によって授業が進められている。 また、大臣、知事クラスにも成果主義を導入しているとのことだ。私はこの点で、ルワンダを見直さざるを得ない。カガメがどれ程の独裁者か知らないし、国民がそれによってスポイルされているかどうかも知らないが、表向きは、成功している。金正恩や習近平、さらにはプーチンのようだと独裁も願い下げだが、カガメの独裁のやり方は間違っていないのかも知れない。また、日本人と似た非常に勤勉でホスピタリティーに満ちているという国民性のようだ。彼らがICTで成功する様を見て、一体日本は何をやっているのだろうかと思う。このほど改めて行政デジタル化へ向けて集中改革を行うとの骨太方針が決定されたとのことだ。一体誰がイニシャチブを採っているのか、判子大臣をIT担当相に据えるなどといった笑い話にもならない政策をしてきて、本当にやる気があるのかだ。既に2001年には森内閣が「e-Japan戦略」を掲げて早20年になる。コロナの報告もまだファックスで送るとか、本気度が何処までなのか、何ともじれったい話だ。
2020.07.18
コメント(0)
今日はゴルフコンペなので朝のウォーキングはない。連れ合いは留守番をしてくれた。この所の大雨で、通常通る高槻CCへの府道6号は閉鎖されているので、遠回りの茨木からの府道46号を走り、亀岡方面からの府道6号を逆から入ってゴルフ場に着いた。遅れてきた人も3人居たので組み合わせを変更しての順次のスタートとなった。参加は20名、私の組ともう1組は4人、80歳のN氏、もう1人は私より1つ若いH氏、それに私の2級下のS氏の4人だった。いずれもロートルだ。曇の予定(予報)が、開始から前半は雨に祟られた。終わりの何ホールかは、本降りになって、やる気はそがれた。従って前半は全く話にならない結果だった。奮わなかったのは、自分の腕のせいではあるが、同じ組の1人は全く他を顧みることなく、ただただ自分のプレーだけに集中し、人が打つ前の方に行き容赦なく先に進むタイプだったのには閉口した。8:32アウトからのトップスタートだった。一応コースバイコースで記録する。No.1 TSは、いきなりチョロだ。ラフからはきつく2打も左ラフ。3打はあろう事か避けようとしていたガードバンカーだ。4打ではホームラン、5オンの2パットで最悪のスタート。既に戦意は喪失。H氏の2打は左に大きく山の中腹だ。暫定を打たずに探しに行き、私も行ったが見つからなかった。然しなぜか、その辺りから打っていた。OBでは無いかと思うも控えた。その球が巧くオンしてボギーだった。(これが疑念の始まりだった)久しぶりのN氏はパーで上がる。S氏のことはほぼ無視していこう。No.2 TSは又チョロ。2打も続いてチョロ。何やら本格的にやる気がなくなった。3打で左ラフ、4打で届かず。5打でど天ぷらの6オン1パット。他の3人はダボだった。No.3 チャンスH。TSは、打った行き先が分からない、右ラフだった。2打はラフに食われてFWに出るだけ。3打をバンカーに入れ4オンの1パットでボギーだ。2人は同じくボギーだった。ここまで来て思った。雨でやる気も無いが、ゴルフ内容は正にその気持ちを表していた。No.4 フラットなショートで96YDと短い。9Iで、ショートカラー部だ。そこからパット3つでボギーだ。活かせきれない。3人同じのボギーだった。No.5 このロングホールは、何時もは何となく相性が良い。TSは今日一の声が飛ぶほどだ。2打はラフからで、少し天ぷら気味になった。3打では少しコースが左にずれて池だ。5オンになり2パットのダボだった。(池は予定外と言うより今日の象徴だ)強打のH氏はボギーで、他は私と同じだ。No.6 何時も長く感じる、打ち上げ後フラットなミドルだ。TSは、シャンク気味に右ラフだ。ラフからは案の定天ぷら。3打でまずまずの当たりで4オンだ。惜しいパットが外れてダボだ。3人同じだった。H氏は2打を山の上に打ち上げたが、またしても見つけ出したようだ。これも疑念が残った。No.7 長いミドル。ドラコンホールだ。TSはFW右に残ってドラコンカードに無意味な(あまり飛んでいない)名前を書いた。2打、3打、良い感じだが少し届かない。そこからパター2つで入れてボギーだ。H氏TSを右に大きくOB。今度は認め、プレ4からだが、これが見事オンして2パットのダボにした。之には舌を巻いた。(凄い)N氏は3オンながら3パットでダボだ。No.8 ショート。今日のピン位置はバンカーの奥だ。どうも距離が長く見えてしまう。4Wで届かない。振れていないし腕が落ちた。ボギーだ。ここでN氏はミラクル。GRから少し外れたエッジから、1パットのバーディーだ。(脱帽)H氏は手堅く1オン2パットのパーだ。No.9 TSは良い感じに当たったが、方向は追えなかった。左のFW前ラフ部まで飛んでいた。2打、3打とチョロの連続。4打でFWCRに飛ばしたが、なぜか5打で届かず。6オン2パットの8打だった。ちぐはぐと云えるほどもない体たらく。H氏のみ4オンだが3パットのダボだ。前半は、雨でイラついたのもあるが、ここまで巧く当たらなければ、どうしようもない。昼食時は、N氏のTVで観ているという中国や朝鮮の歴史ドラマの話に花が咲いた。八咫烏は朝鮮(高句麗)から来たという。さて後半に向かおうと、先輩と話しながら取った帽子が間違っていた。初めてだが気づくのは11番Hでだ。雨は上がっていた。No.10 TSは、低いがよく走った。2打では当たり損ねて右ラフだ。何かもたついて、4オンはスーパーでピン近OKボギーだ。H氏もボギー。(やはり感は戻らない)兎も角ラフに入れると6インチリプレースも役立たない。高カンではこんなことはじめてだ。メンテナンスをしていない。No.11 110YDショートでピンは下段だ。7Iだが、これも振り切れず届かない。2オンして、マークをと帽子を探ったら、マークが違っていた。何と帽子自体を誤って持って来たのだ。しかたないので以降無帽で過ごした。そのせいでもないが、1パット目は惜しくも外れボギーだ。H氏もボギーだ。他の2人はダボだった。No.12(クリーク)左GRだ。TSは超楽に振れて、先端のラフまで届く。(これは気分が良かった)簡単に見える2打を何とシャンクGR右だ。3オンもピンに遠く、2パットのボギーだ。抜け出るチャンスだったのに・・・。ついていないというか何かに取り憑かれている。H氏も、N氏も1パットのパーだった。No.13 やや打ち上げ、右ドッグ。TSはダフってしまった。又ラフ。2打もチョロだ。3打でやっとまともに飛んで、4オン2パットのダボだ。大昔に返ったみたいだ。H氏はパー。N氏はボギーだった。No.14(打ち降ろし)右GRで110YDだ。TSで7Iを握った。それくらい飛ばない。池を逃げて右のカラーだ。パット2つで入れてパーだ。ここでH氏がミラクル。下りのニアピン場所から、スルスルとバーディーだ。脱帽だ。N氏もパーだった。No.15 苦手なホールだ。しかし今回のTSは、まぁまぁで、然し右に飛びバンカーを越えた。2打は前の木がスタイミーで左のFWに出てしまった。なんとか3オンして、惜しい1パットを外してボギーだ。H氏もボギーであったが、私より前に飛ばしておきながら、後ろの私を待たずにさっさとプレーするのは、また少しイラッときた。No.16 打ち上げて、打ち降ろし、アップダウンのロングだ。今日のGRは右(池越え)だ。TSは、また意に染まぬ右ラフだ。どうもしっくり来ない。ラフからの2打はやはり少し前のラフ。3打ではラフから脱出FWだ。打ち降ろし左足下がりを、おそるおそるのアプローチ。(右に池)何とか乗せて、2パットのボギーだ。H氏は3打でアプローチしたが、OBと思える球にもかかわらず、暫定球なしに前に行き、OBと分かり、まぁまぁとその辺り(GR近くで)罰打2で打って乗せ、5オン(元の位置でないから5打はおかしい)だとし、しかもどうも3パットで、8打だと申告だ。この時点で、不快感は頂点に達した。此方は戦いに参加していないこともあってどうでもいいやという気になった。No.17 TSは又ダフって左ラフだ。まともに当たらない。2打目は今度は右ラフに入る、結構深く、3打はFWに出るだけ。4打は試しの6Uで当たりすぎてGR向こうだ。5オン1パットで、ダボだ。H氏、N氏共にボギーだ。No.18 (最後池越え)。TSはまずまずの当たりで、平常がやっと戻った気がした。球の行へも追えたが、右ラフだ。ラフからの2打はやや天ぷら気味でFW。3打で、池の近くまで飛んだ。4オン2パットのボギーは、やっと満足できる最終Hだった。H氏はパーだ。これも凄い。N氏は私と同じだった。汗は掻いたが、服を着替えただけで我慢した。表彰式では、H氏が優勝していた。それはないだろうと思いながらも拍手した。私は何も賞に絡まなかったが、偶数月の賞で1000円が当たった。帰りは、亀岡周り篠ICから京都縦貫を使ったので早く帰れた。今日はフラストレーションを貯める日になってしまった。前半は雨で戦意を喪失、午後は帽子で気疲れした。大台に乗ったN氏の飛距離には参った。主催の先輩が、8月18日に心臓(ペースメーカー)の2回目の取替をするとのこと。医者にカテーテルが詰まっていたら、別の場所に移すと言われたとか。次回は良いが、次々回はいないかもと冗談を言っていた。
2020.07.17
コメント(0)
今日のウォーキングは第1717日目で8546歩だった。念願の高枝切りばさみを購入し、手始めにタイサンボクの上部を剪定したらスッキリした。プラスチックのゴミ袋4杯になった。***日経の十選だ。今回は奈良祈りの美と題して奈良国立博物館学芸部長の内藤栄さんの選だ。京都に近い我が町からは奈良へも近いが、あまり訪れる機会は少ない。京滋バイパスから第二京阪道、新名神、京奈和と乗り継げば、昔よりもずっと近くなった。私と連れ合いは、専ら京都には出ることがあっても奈良には足が向かない。あまり土地勘がない事もあって、折角の奈良の良さに触れることはすくない。そこでこの十選で、少し奈良を振り返ろうというわけだ。特にコロナが蔓延していることもあり、奈良はそうした疫病や天災、飢餓などに対して人々が祈りを捧げたものが多く残されている。1.「奈良の大仏」(東大寺)が最初に挙げられている。奈良時代735年(天平7年)8月、九州の太宰府から疫病の報告が都に届けられた。天然痘だ。このときはまだ日本は天然痘について何も出来ず、ただ病人に食事を与え、神仏に祈るしか手は無かった。然し、やがて疫病は日本全国にひろがっていき、2年後には当時の権力者藤原4兄弟を次々襲ってその命を奪った。聖武天皇は仏の加護を求めて全国に国分寺と国分尼寺を建立した。その総本山として建てられたのが東大寺であり、銅製の盧舎那仏が祀られたのだ。天皇の声掛かりで、集まった人夫が51万5000人、材料の寄進者は5万1000人、金を寄進した者は37万3000人に上ったとのことだ。大仏は2度火災に遭ったが、都度浄財で立て直された。そんな人々のパワーが大仏には宿っている。2.「正倉院の薬」見たところ大型恐竜の骨では無いかと思わせる。五色龍歯と呼ばれる象の歯の化石だとのことだ。756年(天平8年)6月22日聖武天皇の四十九日に光明皇后が天皇の宝物を東大寺に献納し、同時に60種類の薬を献納した。聖武天皇が大仏の世界に行くようにと願い、同時に病人が、その薬を使うことと、亡くなった場合には大仏の世に行けるようにとのことだ。当時の皇后は、国民全員を救うこと、亡くなっても平安に暮らせるようにと祈ったという。めずらしい数々の薬の献納は、国民のためを思ってのことだった。天皇は当時の為政者、今日の為政者が、どれ程国民のことを考えてくれているのか、当時災厄に遭った心を1つに出来たのは、諦めばかりではなかったはずだ。3.「金銅三鈷杵」←之は金剛の誤りなのだろうか、分からない。ネットの説明は金剛となっている。一体何をするものかと見たら、密教の修行で用いられるのだという。三鈷杵とは先端が3つに別れているものだ。修法は四角の壇を前にして行われ、僧は仏の降臨を待つ。金剛三鈷杵はそんな壇を清浄に保つために必要なものだという。空海は、金剛杵を外には魔物を防ぎ内には僧の煩悩を砕くと述べている。真ん中を僧侶が手にとって、祈りに使うとのことだ。師匠のもとで修行を終えた若い弟子達に与えることもあったという。川端康成が文鎮に使っていたとのことだが、客人に勿体ないと指摘され、以降は之を箱にしまい、もうすこし新しい金剛杵を文鎮にしたとの由。思えば奇妙なものを使っていたものだと思う。4.「鉄宝塔と火焔宝珠形舎利容器」平安時代の末期から鎌倉時代に掛けては、世界は末法の世に入ったと信じられた。祈りをテーマにしているからだろうが、やけに世の中が暗かったような印象が強い。末法の時代を如何に生きるかが人々の最大の関心事であった。釈迦は末法の世に舎利(遺骨)を残し、魔物や害毒を除いて末法の世を守るということが一字金輪仏頂の経典に書かれている。鉄宝塔は西大寺を復興した叡尊が造立した舎利塔だ。叡尊は舎利に対して末法の世の人々が貧しさや病に苦しまずまた異国と戦うことのないように天下太平を祈願した。鉄宝塔は、鉄製であり、細かな細工は相当に難事であったろう。塔の内部には5基の火焔宝珠形舎利容器が入れられていて宝塔と共にあらゆる願いを叶えるものとされた。5.「忍性菩提象」忍性は鎌倉時代に奈良、茨城,鎌倉を舞台に活躍した僧侶だ。忍性は貧しい人や病人の救済に尽力した。忍性は鎌倉に「療病院」「病宿」、「極楽悲田院」等を作り、収容した病人は4万6000人余を数えたという。又5人に1人は治癒したという。凄い人がいるものだ。昔の日本にはこうした偉人がいたとあるが、現代の世に忍性のような高潔な人が居ないものかと嘆息する。今の政府の付け刃はどこから倣ったものだろうか。当時の鎌倉では、10年おきに飢饉や疫病があったと言うが、現世もなおウイズコロナで過ごさねばならない。忍性のような人の出現が待たれる。6.「牛玉像」雄牛がうずくまる姿を木彫りした像だ。之に牛王(ごおう)と言う万能薬とされた牛の胆石を入れるものだ。東大寺の修二会では本尊の厨子の脇に置かれる。僧侶達は牛王を刷り込んだ墨で護符を摺り、人々の中には之を薬として飲む人もいたという。僧侶達は仏に経を捧げ、その経のパワーが仏の脇の牛王に宿って、力を増した牛王が人々の病を癒やすと信じられたのだ。7.「捨身飼虎図(玉虫厨子)」新聞の図ではよく分からないが、釈迦の前世の1人、薩捶太子が飢えた虎に自分の体をなげうって与え、飢えた虎の親子を救ったという図だ。木の上に上り服を脱ぎ、崖から虎にダイブして、虎に自らを食わせるという3体が描かれている。釈迦は前世で何度も生まれ変わり善行を重ねた。善行を行う者を菩薩と言い、修行を完了した菩薩は悟った人=如来となる。この図は、他者を救うために自らの命さえ捨てるという神々しい行いを表したものだ。内藤は、こうした行為をコロナ禍で献身的に従事する医療従事者になぞらえている。いつの世もこうした形を変えた菩薩はいるのだ。8.「薬師三尊像」更に遡る680年天武天皇は皇后(後の持統天皇)の病を除くため、藤原京に薬師寺を建立し、薬師如来を本尊に据えた。天武天皇はなくなり持統天皇(病が癒えた)が跡を継いだ。698年にほぼ完成し、710年都は平城京に移り、ここに薬師寺も移転したという。異論もあるが、この薬師三尊像こそが日本の彫刻美の最高峰だとする声は大きい。薬師如来三尊像は是非拝んでみたい像だ。9.「維摩居士坐像」居士とは出家せず、在家のまま仏道を修行する者をいう。(位牌にある居士とはそうした意味のことなのか)維摩居士は病を得ながら仏教研鑽に熱心で、学識も深いものがあった。釈迦の依頼で、維摩を見舞う者を募ったが、文殊菩薩以外に居なかった。維摩と文殊は最後には仏教談義になり、その学識高いやり取りは人々に感銘を与えた。維摩居士坐像は法華寺にある。木心乾漆像とされたが乾漆部分は少なくほぼ木造と言っても良い。藤原不比等は、維摩への信仰が厚かった。不比等自身の理想像を維摩に見たのであろう。10.「辟邪絵 鍾馗」端午の節句でおなじみの鍾馗(しょうき)様だ。鍾馗の持つ朱ののぼりは疱瘡を除くとされる。鍾馗は中国・長安の南終南山に住むとされ、玄宗皇帝の夢の中で疫鬼を退治したとされる。写真の鍾馗はよく見ると凄まじい。病気をもたらす小鬼を退治しているが、右手の指で、小鬼の目をほじくり出しているのが強烈だ。中国でと同様、日本でも悪鬼をやっつける存在として有名であり、故にこどもの日に表れるのだ。
2020.07.16
コメント(0)
今日のウォーキングは第1716日目で9396歩だった。暗い曇天だったが、何とか降らずに持ちこたえた。姉のホームを訪問した。スマートフォンの調子が悪いとか、姉はauなので使い勝手が悪いと感じた。ピザハット迄行き、ピザをテイクアウトした。また、マンダイで買物をした。夕方孫が試験前の勉強で来訪した。やる気はあるようだ。***カシミール地方で、中国とインドの両軍隊が衝突した。世界中にこうした紛争地帯は今なおあちこちにある。何処が引き金で、世界中が戦争に巻き込まれるかも知れないと言う事は、何時も考えなければならない。果ては核戦争の脅威もだ。カシミールはヒマラヤの山の中のことで、行ったことも、又行くことも無いであろう所だが、我々も知っておかねばならない場所だ。カシミールは今や、中印のにらみ合いの場所であり、緊張感があるものの、実際の衝突は余り起こっていなかった。今回の衝突で、45年ぶりに多数の死者を出したとのことだ。他にも、隣接地にパキスタンが実効支配している地域もある。3竦みという感じだが、パキスタンは中国に擦り寄っているために、問題なのは、中印と云う事になる。国境線をどう引くかについては、真ん中に引けば良いでは無いかとも思うが、そうも行かないようだ。中印は互いに核保有国なので、悪くすれば、核戦争にも成りかねない危険な地域なのだ。現実には、両国は(軍司令官らの協議で距離を保ち緩衝地帯を設けるなど)平和的に解決するとの立場を維持していた。そもそも、カシミール地方の帰属を巡る対立の発端は1947年で、当時は一体だったインドとパキスタンが手を携えて英国から独立した時点に遡る。独立直前に、イスラム教国の創設を唱える、ジンナー一派とヒンズー教徒中心に統一インドを願うガンジー派とが意見を違え、印パの2国家に分裂した形になった。それまでカシミール地域では混じり合って暮らしていた両教徒だが、分割した国土への大移動の過程で大混乱し、100万人が犠牲になったとされる。それ以降、インドはパキスタンと領土で争い、更に中国とも戦闘を行った。インド独立まではジャム・カシミールの藩王(地方君主)は自らも印パから独立することを考えていたが、結局インドに帰属することを決めた。藩主はヒンドゥー教徒であったことがそうした選択となったようだが、域内には大勢のイスラム教徒がいて、いまでも独立を望む人が少なくない。インドはカシミールを編入するに当たり、インド帰属の見返りとして憲法370条でジャム・カシミール州の自治権を認めたのだ。然し、ここに来て、モディ首相の与党インド人民党(BJP)が掲げるヒンズー至上主義が総選挙で圧勝して政治基盤が強まったのを受けてこの考えを前面に押し出すことになった。そしてついにインドは憲法370条の廃止を打ち出したのだ。こうした裏切り行為とも云えるインド政府のやり方に、反インドの気持ちが醸成されていったのだ。こうした経緯で、カシミールの住民の中には、中国による「介入」を歓迎する人もいる。中国による介入は「希望」を意味していると考えるのだ。現状を打開すれば自分たちにも良いことがあると楽観的に見ているようだ。こうした点は、広く世界を知る機会があれば幻想だと分かるのだが、そうはならない。自国の政府が当てにならないと感じた時点で、状態を変えるには中印衝突のような事件が必要だと考えるようになるようだ。こうして、危険なバランスの中に住んでいるカシミールの住人はネットを通じてインドが中国側に攻められたことを歓迎する機運になっているようだ。こうしてインド側の劣勢と弱腰を皮肉くり、中国を支持するかの内容投稿が多いようだ。ローカルなSNS上では世界観は大局的な見方を封じ込んでしまうのだろう。インド実効支配下で、中国の習近平をむしろ讃える形の投稿が多いのだ。具体的にはカシミールの伝統料理を作る料理人の顔を習近平に置き換えたり、インド北部の都市ラダック行きのバスの運転手の顔も習近平に置き換えたりといった具合だ。カシミール地方の都市スリナガルで6月に行われた抗議デモでは参加者らが、デモを取り締まるインド警察に対して「中国が来てくれる」というスローガンを連呼したこともある。こうしたインドに対するカシミール住民の不満が高まったきっかけは、2019年8月からだ。先に述べたようにインド政府は、国内で唯一イスラム教徒が多数を占める北部ジャム・カシミール州の自治権を剥奪し、同年10月31日、西部の「ジャム・カシミール」と東部の「ラダック」とに2分割し、それぞれを中央政府の直轄地としたことだ。この為に、インド政府は数千人に及ぶ兵士をカシミールに追加で派遣し、解体した州の元首相らを含む数百人を拘束した。その上抗議活動を阻止するため、都市封鎖も断行した。このようにインド政府はカシミールの住民に対して高圧的に対している。カシミールの住民はこの帰属問題が解決できるなら、たとえ戦争になってもいいと考えている人もいるし、強大な中国に期待を寄せる人もいるとのことだ。パキスタンもまた、この地方の約3分の1を実効支配する。印パは互いの支配地を含む同地方全域の領有権を主張し、溝は埋まらない。パキスタンはカシミール地方の住民が独立を期している(自決権を求めている)ことを支援するためにインドに近い地方で、過激派を訓練して武装させている。之にインドが反発しているのだ。カシミール地方の住人にとってインドは当面の敵なのだ。敵の敵である中国は、自分たちを解放してくれる解放軍に見えたのかも知れない。インドが中国によって守勢に立たされることを喜んでいるのだ。中国の国連大使は、インドによるカシミール地方への一方的な扱いに対し、「人道的観点からも現状を深く憂慮している」と述べている。自国で、新疆ウイグル地区のイスラム教徒への迫害を忘れたかの如き身勝手な言い分である。モディ首相はパキスタンが支援するイスラム過激派が同州を拠点にテロ攻撃を仕掛けていると批判してきた事で、自治権剥奪に繋がった事も否めない。モディ首相が自治権剥奪を強行した裏には、米パ首脳会談も関係している。トランプ政権はアフガニスタンからの米軍の円滑な撤収には、旧支配勢力タリバンを抑えることが必要になる。そこで、タリバンに影響力を持つパキスタンの協力が不可欠と判断し、カシミール問題でパキスタンに有利とるような口先介入を行おうとした。一方では、カシミールの一部を実効支配する中国の存在もある。中国は広域経済圏構想「一帯一路」でパキスタンに巨額のインフラ整備を行うことで取り入っているためにパキスタンは対中傾斜を強めている。米国にとっては、こうした、中パ関係にくさびを打つことは、貿易戦争など中国と対決姿勢を強める戦略上の理にかなう行動だ。国際社会は、インドに対し、長期にわたり、パキスタンが支援する過激派の犠牲になっているとして、インドに同情的な見方が支配している上に、台頭する中国への戦略的防波堤としての重要性もあるとの判断を示している。既にパキスタンには中国の一帯一路の開発計画が及び、カシミール地方の一部は既に組み込まれているのだ。一方のパキスタンの世界第5位の約2億の人口というのは米中双方にとって重要な市場である事は変わりない。こうした中、パキスタンは外交の軸足を欧米から中国やサウジアラビア、ロシアに移し始めている。カシミール地方は、こうした印パ以外の米中関係にとっても重要な意味合いを持っているのだ。
2020.07.15
コメント(0)
今日も雨のためウォーキングは中止した。昼頃には少し雨も止んだので、松坂屋とイオンに買物に出掛けた。今日も孫が試験前の勉強に来た。明日から開始の社会を徹底的に勉強していた。中に甲午農民戦争と言う言葉が出てきた。聞いたこともない名だと、流石に60年前のことで忘れたのかと思ったが、実は「東学党の乱」とのことだ。それなら聞いたことがあると思ったものの、日清戦争を誘発する遠因になったとか詳細はやはり忘れている。歴史も丸暗記ではなく、背景までも含めて学んで欲しいと思った。***コロナ対策は気もそぞろ。そんな感じではないかというのが安倍晋三だ。と言うか、この男なかなかぐうの音を言い出さない。希代の悪党(小悪党)と言ったところだ。とはいえ、他人をしてなかなか真似の出来ることでは無い。ここまで追及されて、なおのほほんとしているのは、芯が強いのか、はたまた大虚けで、事の重大さを認識し得ないのかのどちらかだ。河井克行・案里が逮捕され、起訴されても、何も感じないのだろうか。感じるようなら、元々1億5000万円もの大金をスパッと案里に提供すると云う事も無かったろう。と言うか、この男身内にはめっぽう甘く、それが毎回度を超してしまうのだ。周りは之を止めることが出来ず、言いなりだ。最近は、コロナ対策で、最後の挽回とばかりに採った施策が裏目裏目だ。マスク然り、学校の閉鎖然り、アビガンをやるぞと言いながら、尻すぼみ。第2波が来ようとするときにGoTo作戦開始と枚挙にいとまはない。総てこの男だけの責に帰すのも可愛そうかも知れないが、それはそれ、大局を見られないレベルの人物を集めてちやほやされるのを良しとしているのだからやはり責任を感じて貰わねば。口では「任命責任を心から・・・謝罪します」としおらしさ(新聞の写真はいともしおらしく見える)を見せるが、面従腹背的に背なで何を考えているか解ったものではない。と言うか、全く口と心とは真逆のままで、反省の色1つ無いのがこの男だ。先ず以て河井を法務大臣に任命した経緯がこの男らしい、2012年党総裁に返り咲いた時に票のとりまとめに奔走したとか、トランプとの会談を巧くセットしたとか、兎も角、自分の都合だけで決めているのだ。そんなことは、組織が粛々とやれば良いことだ。その河井も当然の如く化けの皮が剥がされ、わずか1カ月半で法務大臣をスピード辞任に追い込まれた。もちろん安倍は即受理する。大臣が何人替わろうが元々適任とは思っていないから、何の躊躇もない。そも河井の罪状は、妻の案里が2019年の参院選で法定上限を超える報酬を運動員に支払った(1.5万円を2倍の3万円支払った)ことだった。領収書を誤魔化していたとも言うがせこい。まぁ小さな事よ思っていた(案の定、この件は不起訴だ)が、あれよあれよと金まみれの金権体質がぞろぞろ出てきた。一体広島という所は、どうなっているんだという感じだが、之は47都道府県に共通していることだろう。(どうもそうらしい)その後出るは出るは、94人に現金約2570万円を配ったという(政治家には、総額約2570万円の約7割に当たる計1680万円が渡ったとされる。詳細は追及中だ)大規模な買収に発展した。その後も300万円(2570万円以外)を亀井静香の秘書に渡したとのこと。額ではこれが最高だとか。分からないよ、まだまだと言うところだ。(今回収賄側は皆貰い得になって仕舞うのか・・・)何しろ安倍から1億5000万円頂いているのだから、(このお金、我々の税金が政党助成金として流れているのだと考えると更に怒りに火が付く:自民党には毎年約170億円の政党交付金が配分されている)以下の計算は誰にでも簡単に出来る。1億5000万円-2570万円-300万円=1億2130万円だ。この残りの金は何処に消えたのか、河井夫婦のポケットかい。ここの所を説明できないし、又追求の手も緩い。(新聞記事を足し算してもなかなか合わない)新聞でも案里側が選挙運動費用として拠出したとするのは2405万円だとのことだ。電話45万件、チラシ120万世帯の印刷、配布費用…、尋常ではない案里側の物量作戦でも、そこまで掛かるか??結局河井は、騒がしい奴だとて、トカゲの尻尾切りにあった。最初は否定していた自民党からは離党させられた。でもまだ議員は続けるという。頼むぜ検察、それだけは止めさせてくれよと言いたい。常習賭け麻雀の黒川は、あれよあれよという間に、小手先の処分で何事も無かったかの如く納めたので、今回は厳正処分を是非お願いしたい。少しは気概のあるところを見せてください、三権分立ですよ、一応基本は。でないと、日本は民主主義国家とは云えなくなる。河井夫婦も何処まで守って貰えると思っているのか、どんどん傷を深くしている。最初から3万円を認めていれば、収まったかも知れない(と言うか文春はそうはさせなかっただだろうが) それでも、疑惑に関して「適切な時期に説明させていただきたい」といっている。いったい、何時が適切と思っているのだろうか。克行の属性を少し。とてつもなくプライドが高く、権力好きとくる。自分の事しか考えていない身勝手な人としても名高く、事務所のスタッフに「このミルクティーの量が多すぎる」とか「歯を見せて笑うな」とか言いたい放題だ。また、気に染まぬとき、事務所で運転手に「土下座しろ」と怒鳴るなどとパワハラのし放題。何やら「このはげ!」女史を思い出す。案里は県議時代に、当時の知事の政治資金疑惑追及時に「知事、男らしくなさいよ」、「私なら辞職をしています」とつっかかったのだ。所変われば、立場変われば人は変わるのか。最初活き活きしていた案里は、悪事(170万円ほど克行と共謀していたとされている)が露呈してなお、「日本を変えたい」と宣っていた。その後、国会から雲隠れ、最初は「所用のため」だったが「体調不良」になり、果ては「適応障害」ときた。何をか況やだ。克行は、配るは、配るは、金を配り続けた。「宜しく頼むぜ」と200万円、「取っとけや」と30万円、「安倍さんからだ」と30万円、「良いから。良いから」と10万円まぁ、他人の金だから、気前の良いことだ。(でも自分が準備したとなお言い張る)でもそれは、今としては細かいことになってしまった。残りの1億2130万円の行くへをはっきりさせなければ。党本部から「選挙資金」1億5000万円を頂いたと認めているのだから。安倍は、自分にたてつく溝手顕正(河井案里の対立候補)に一般的な1500万円しか出さず、河井に相場10倍を出すという「えこひいき」をしながら、なお、「一方に肩入れしていない」と厚顔無恥な受け答え、自身の秘書をわざわざ案里側だけに応援派遣しているのにだ。党勢拡大のため2人とも通って欲しいなどと嘯く様も又この男らしい。しかし、選挙資金1億5000万円という巨費をつぎ込んだと云う事はこれを買収に使って是が非でも勝てと言っているようなものであり、安倍は買収容疑の共犯というか、主犯とも言うべきである。外堀は埋められている。そろそろ観念し時ではないのか。最後に、安倍か二階は「買収が行われることを認識し、目的を持って金銭の交付をする行為は交付罪」と云う点で、申し開きをしなければならない。然し、従前の如く、これも一蹴で終わりなのか。最後に克行は、菅官房長官の側近中の側近だとのことだ。池田勇人元首相のお膝元である広島は、宏池会の牙城。松下政経塾出身の克行は、もともと、反宏池会として県連から異端として扱われていた。地盤はもろく、カバン(資金)も薄い。そんな中、克行は菅とは反宏池会と言う点で近い関係になったとのことだ。之ではますます砦が高くなると言うか、俺にはまだ「安倍や菅がついている」とでもわめくのだろうか。政治の世界のどろどろさを、かくも明晰に露呈させたことは、少し評価に値するかも知れない。然し、之を見て我が襟を正そうとする輩がいないところに、政治の世界の闇があるのかも知れない。最後にお願いは検察に対してだ。かつて、小渕優子元経産相の政治資金規正法違反は不起訴にし、甘利明元経済財政相が業者から現金を受け取った都市再生機構への口利き疑惑も不起訴、昭恵の名前が出た森友問題での近畿財務局の国有地格安払い下げも、佐川宣寿元財務省理財局長が中心になった公文書改ざんも、すべて不問に付した。さらに、安倍首相に近い人々だけが優遇される「桜を見る会」、賭け麻雀の黒川問題と弱腰が続く、今回も「華麗なる政治家カップル」だけを悪者に仕立て、単にとかげのシッポを切るだけで一件落着とするなら、「検察の独立」が泣くというものだ。いよいよ自民党の本部への家宅捜索に踏み切りって資金の流れと責任の所在を明らかにして欲しい。
2020.07.14
コメント(0)
今日のウォーキングは第1715日目で8499歩だった。朝は降っていなかったが、暫くして又雨が降り出した。よく降る。予め幹事さんが、今日の七草の会ゴルフコンペは中止としていたので、良いジャッジだった。孫は歩いて試験前勉強にやってきた。今日は社会(歴史)を学んでいった。よく勉強している感じだ。終わって塾に直行していた。***新型コロナウイルスの治療薬として期待されていた「アビガン」は効果が「確認できず」と言う結果が藤田医科大から発表された。アビガンの効果を調べるために、藤田医科大が臨床研究を受け持っていた。目的はコロナウイルスが無くなる効果を見ることだ。約40人で解析に当たり最終的には8月末までに最終報告を上げる予定だった。それにしては悲観的な結果報告になったものだ。アビガンを新型インフルエンザ治療薬として開発した(2014年に製造・販売の承認済)富士フイルム富山化学でも症状などの改善評価と、国への承認申請を担当していた。更には国内で既に2000人以上に投与した1100以上の医療機関に於いて、人道的使用状況の把握などが行われていた。先ず、この発表がなぜ、藤田医科大から単独(唐突)に発表されたのかを訝る。それも全く否定的な結果に関する事だから落胆も大きい。アビガンに対しては、安倍が、音頭を取るかの如く、適用について前向きに(前のめりに)発表していたからだ。6月末には承認の運びとなると大きな期待を抱かしていたこともある。それがもし効果無しとするなら、安倍乃至は西村の口から話をしなければならないだろう。それが筋というものでは無いのか。それとも安倍独特の花火だけ上げて後は知らん振りという訳か。全くこの男には信頼のしの字も持てない。藤田医科大が発表した詳細は、無症状や軽症の患者を対象に、アビガンを飲まなかった患者33人に比べて飲んだ患者36人のウイルスが消えやすいかどうかなどを評価した。ウイルスの消失や減少、解熱が早まる傾向はあったが、有意差はなかったと結論づけたのだ。しかし、心配されていた重篤な副作用はなかった。担当した土井洋平教授は記者会見で「患者数が少ないため有効性の有無は確認できなかった」と指摘。「200人程度が参加すれば有意差が得られたかもしれない。ただ日本の流行状況では患者数を増やすのが難しい」と述べ、臨床研究は終了するというのもだ。アビガンを投与するには、認証前だから慎重を期す必要があるのは分かるが、患者数を増やすのが難しいという言葉に疑問を感じた。7月10日現在、日本の国内患者数は述べ20,762人と膨大だ。しかも、今なお第2波の影響かと思われるほどに感染者数は増加している。退院者の数は17,436人いるので、現在入院者は3,326人と200人程度の治験者を募るには十分だと思えるのだが。既に亡くなった人は981人を数えている。アビガンは重篤になってからは効果が薄いとも書かれているので、もうすこし前段階で、何とか施薬できなかったのだろうか。また、並行して進められている富士フイルムによる治験は肺炎がある中等症の患者などが対象で投与しなかった患者に比べて症状などが改善するかどうかを調べているとされる。既に4月に投与を開始し、6月末に終了予定だったが新規感染者が減ったことなどで遅れているとのことだ。之に対しても、感染者数が減ったと云う事の意味がよく分からない。本当にアビガンを有効とみているのか、そうした熱意が、言葉だけが先行して実際には表れていないようだ。「アビガン」は、もともと抗インフルエンザウイルス薬であって、新型インフルエンザの流行に備えて備蓄する特殊な治療薬だ。従って一般に流通はしていない。国は現時点で200万人分の備蓄を持っている。その備蓄が減少することはインフルエンザには危険だが、増産を出来無いものだろうか。「アビガン」は、ウイルスの「複製」を助ける「ポリメラーゼ」と呼ばれる酵素の力を阻害する「RNAポリメラーゼ阻害薬」ということで、RNAの複製によって増殖する新型コロナウイルスにも、インフルエンザと同様の阻害効果が期待されているのだ。そして、インフルエンザの薬として条件付きではあるが国の承認が既に得られていると言う有利な点がある。ただ1件、アビガンは胎児に副作用があるため、妊婦には使用できないと言うことは要注意点だ。なぜ使われないのか、アビガンの承認は備蓄用で、臨床現場で広く使われた経験はないとのことだ。なんだか意味が分からない。既に、中国では、「アビガン」が、新型コロナウイルスの治療に有効だし、推奨すると発表している。武漢大のチームによると、軽症者に限ると投与後7日以内の回復率が7割を超えたという。そして、多くは4日間で症状が消えたとのことだ。そして、「高血圧や糖尿病など持病がある人には、早期の症状改善が重要だ」として、有望な薬剤だとしている。今回の藤田医科大の発表とは相容れない結果だ。中国の一方的な発表はそのまま信じることは危険かも知れないが、日本でも相応の対応が取れるはずなのになぜ動かないのだろうか。厚生労働省の石頭が之を阻止しているのだろうか、加藤厚労相が無能故に働かせ得ないのか、そもそも安倍の信用がないので、忖度はしないとのことだろうか、どうも国民の立場で考えられているとは思えない。患者の同意を得て、確実なインフォームドコンセントの下に使用して、不具合の起こる確率はあるのだろうか。インフルエンザで承認を得ている故にそれは無いはずで、新型コロナに画期的な効果があるかないかとの点で自信が無いのだろうか。私が罹患して症状の悪化が懸念されるとなれば、投与を願うと思うのだが・・・。事実「アビガンを使ってくれませんか」と患者家族から頼まれたケースもあったと聞く。安倍のアビガン投与治験開始宣言は単なる空証文だったのか、どうも合点がいかない。もしそうだったとしても、中国発表との齟齬や、なにゆえに効果無しとしたのかを検証し正式に、安倍の口から知らせるべきではないのか。全世界へもアナウンスしているのだから、有耶無耶にされては困る。菅官房長官も「アビガン」を希望する国に無償供与すると表明している。どうした根拠で行おうとしているのか、日本人には危険だから外国で試すのか、はたまた、アビガンが安全である事の治験結果を外国に使用させて判断しようとしているのか、分からない。アビガンの物質特許は2019年に失効しており、現在は製造特許だけが有効な状況だという。そのため、中国では中国企業が後発医薬品を製造・提供している。日本は中国に集中した部品の生産拠点などを国内に回帰させる企業に費用の最大3分の2を補助するとしている。生産能力と備蓄は増やすのに実際に使えないとはどういうことなのか。問題は価格辺りにあるのか、国内では作っても儲からないでは駄目だと云う事か人の命よりも金儲けと云う事か、安倍政権下で皆おかしくなってしまったのかも知れない。アビガンの共同開発者・白木公康は上記に述べたことなどを引用して、「早期に投与すれば重症化を避けられる」と明言しているのに、日本の感染症の専門家は「アビガンの有効性については判断できない」とするのはなぜなのだろうか、その辺りを説明すべきだろう。新型コロナウイルス感染症は重症になるとサイトカインストームが起きるのではないか、との議論がある。サイトカインストームとはサイトカインが過剰に分泌され、全身の臓器にダメージを与えることを言うのだが、そんな議論はアビガンを早期に使えば、病変も小さいので不要だと断言している論文もある。こうした見解の相違に国民が振り回されるのはごめんだ。何はともあれ、宣言(アビガンを使うぞ)というのが頓挫しそうな今、はっきりとして説明責任を求めたい。(いや、安部に之を求めても無駄か・・・)
2020.07.13
コメント(0)
今日は1週間ぶりにウォーキングできた。第1714日目で8026歩だった。又久しぶりに連れ合いも前半同行した。夕方太郎君夫婦が顔を出してくれた。孫の野球は負けてようだ。***日本もようやく本格的に再生エネルギーの開発に力を入れるようだ。COP25で我が国気鋭の(それまで国内ではそう宣伝されていた)小泉進次郎が世界からこっぴどく批判されたことが引き金では無いかと思う。今までは石炭火力発電が命とばかりに推進してきて、今なおその割合は2010年(火力発電は全発電の65%)に比べてすくなくならず2018年時点では逆に増加(77%)している有様だ。こうしたところは、全く世界の動きについて行けていない。パリ協定では「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること」と決めているが、日本の動きは明らかに逆行している。流石日本のプリンス進次郎も自覚したことだろう。急激に石炭火力発電の縮小に迫られたと云う事だ。尤も管轄は経産省の梶山弘志だが。之までは再生エネルギーとしては太陽光に力を入れて、普及を図ってきたが、買い取り価格の問題などで、行き足が急に鈍った感がある。ここに来て洋上風力が脚光を浴びることになった。民間企業に投資を促すためのインフラ整備に力を入れることになったのだ。計画では2021年から30年にかけて年間3~4件の事業を認定する計画だ。パリ協定を順守するためには尻に火が付いてきたのだ。頼みの原発は安全確保の面で当てにならない(その方が良いのだが)そんなことが見え見えの付け刃的感も否めない。毎年100万kW程度の発電量を確保したいと考えている。これは原発1基分に相当する発電量で、10年間で原発10基分に相当する1000万kWを確保しようとの目論見だ。洋上風力の規模は、場所によっていろいろあるが、1事業所エリアで平均30万kWを目処としている。従って約30エリアの事業所を開設するとの目標だ。洋上風力発電は大型だと高さ200mを越える。従って、部材の調達とその集中管理、基地港の開発も必要になる。こうしたインフラ整備の下、民間の投資を促そうとしている。北海道胆振(いぶり)地方の地震時にブラックアウトが起きて問題になったが、1極集中だと、需要(電力の使用量)と供給(発電量)のバランスが崩れ、過負荷の状態となる事が懸念される。こうしたことから、従来(石炭由来)の発電量の方をキープしたいが為に再生エネルギー(風力発電側など)由来の電力の送電を絞る方式を採っていた。東電が1人勝ちでやってきたのは、こうした、一般事業者からの余剰電力の送電を絞っていたからだ。電力の安定供給の名の下、電力会社は地域独占を固執し続けてきたわけだ。やっと電力自由化が実質行われる段階に来たと言うべきだ。それにしても電力会社の横暴は、様々な形で、国民を苦しめ、環境を破壊続ける仕組みであったかということだ。政府の無策さが今日のエネルギー関連でも世界に見劣りする状態を作り上げてしまったと云う事だ。現在、洋上風力発電所は4ヶ所ある。(之までの新聞記事では、もう少し発電所の数はあったようだがとりあえず4ヶ所というのは下記の場所だ。1.福島県、2.千葉県銚子市沖、3.北九州市、4.長崎県五島市だ。銚子沖と、五島市沖に加えて、5.&6.秋田県沖の2ヶ所の海域で準備が進められている。このほかにも青森県や北海道にも有望とされる海域がある。上記4ヶ所の合計発電量は公称100万kWを超えている。然し、現状で稼働しているのはわずか2万kWに留まっている。欧州最大級の英国では昨年末で、1000万kWに迫る勢いだ。韓国は2040年までに2500万kWに能力拡充を図るとの見方もある。政府のエネルギー計画では2030年度の再生エネルギー構成比率を全体の約22~24%程度と見込んでいる。2018年度の実績では17%に留まっている。この内洋上を含めた風力発電のポーションは0.7%(2018年)から1.7%(2030年)と考えられているに過ぎない。如何にもすくない。この目標をもっと高みにすることが述べられているが、何処まで上ずみされるかは未知だ。日本の火力発電への固執は安価だと云う事からなかなか捨てきれる機運ではないようだ。海外への石炭火力の輸出こそ条件が付いてきたが、今もっとヨーロッパのように石炭火力全廃といった言葉は目標の中には入ってこない。石炭火力については、一応CO2排出に気を遣い従来よりも、CO2の排出を15%程すくない石炭ガス化複合発電(IGCC)や植物から造ったバイオマス燃料やアンモニアとの混燃等を採り入れている。将来的にはCO2を海底に貯蔵するCCUCも視野に入れている。こうしたことを前提に海外への石炭発電輸出をなお考えている。現状の発電量確保が石炭由来に偏っていることから抜本的なことを直ちに出来ないことは理解できるとしても、基本石炭発電ありきの姿勢はやがて世界的な問題となることであろう。(既に兆候はある)日本が石炭火力を輸出しようと目論んでいる先は、如何にCO2排出の低減を考慮した脱石炭化政策を採るように誘導したとしても、直ぐに達成するには困難さがつきまとう。そもそも、こうした対象途上国はパリ協定を達成するための長期戦略を持っていないという。世界的な脱石炭火力への取り組みとしては、英国とカナダがリーダーシップをとって、「脱石炭火力連盟」を発足させて、その拡大を図っている。2018年4月すでに28か国、8地方政府、24企業・組織がパートナーとなっている。さらに、ダイベストメントという、石炭や石油などの化石燃料、武器やたばこなど環境や社会、健康に害を及ぼすとされる企業への投資撤退や取引中止の動きが欧米を中心に活発化している。日本はこうした面から明らかに遅れているわけだ。そもそもの原子力に重点を置きすぎたエネルギー政策の弊害だ。日本中からちやほやされ、親の七光もあって颯爽と環境大臣として登場した小泉進次郎も、こうした脱化石燃料の世界の動きを知っていたのだろうか。正に直球で攻めなければならないそのものずばりの立場にありながら、世界的な喫緊の重要課題である地球温暖化について協議するCOP25に参加しても、温室効果ガスの排出源となっている石炭火力発電の抑制策を示すことができなかったのだ。こうしたことで、NGOなどから批判を受けた事は記憶に新しい。今回の洋上風力発電所の拡充については梶山弘志経産相が発表しているが、共に頑張ってやっていってほしいものだ。洋上風力発電の候補地として次の場所が挙げられていた。・長崎県五島市沖・秋田県能代市沖、三種町、男鹿市沖・秋田県由利本荘市沖・千葉県銚子市沖・青森県沖日本海(北側)・青森県沖日本海(南側)・秋田県八峰町、能代沖・長崎県西海市江島沖・その他6ヶ所
2020.07.12
コメント(0)
今日のウォーキングも雨のため中止だ。今日は特に何もせず、歩いたのは1413歩止まりだ。大学のOB会総会・懇親会は既にコロナで中止と決まっていた。***子供の新型コロナ感染率が低いとのことだ。感染しても重症化は希だとのことで、その理由が明らかになってきたという。世界的にもこうした傾向は認められていて、日本、米国、韓国などの例から見ると、大ざっぱに言えば10代の陽性率は2~6%と言ったところだ。また、感染しても症状は出にくいと云う事だ。米国の例では、1076人の子供から採取した血液の内、新型コロナウイルスの抗体を持つのは10件で、この内症状があったのは2例だけだった。日本で散歩中などに、子供がマスクをしていないケースをよく見かけて、少し心配ではあったが、こうした背景を知ってのことだろうか。ただ単に暑苦しくて、直ぐに外してしまうと言ったことから装着していないのだろうか。いずれにしても結果は今のままで良いと言うことのようだ。これも米国CDCの例だが、6月27日時点で、人口10万人当たりの入院患者数は、40~49歳が98.6人なのに対し、0歳~17歳までの患者は12.9人とのことだ。残りの人の年齢層は明らかではないが、子供の数が少ないことは確かだ。(10万人当たりというのは本当だろうか10万人当たり970人は居るはずだが)感染しにくい理由として、子供の場合、ウイルスが細胞に感染する際の入口となるACE2(アンジオテンシン変換酵素2)と言うたんぱく質の量が少ないと云う事だ。ACE2は年齢が上がる毎に増加する傾向がある。最近の発見によれば、新型コロナウイルスが自己複製のために宿主の細胞に侵入するには、ウイルスが持つブロッコリーの頭の部分のような形の「スパイク」と呼ばれるタンパク質が、特定の動物細胞の表面にある、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)と呼ばれる「受容体」と強く結合する必要がある。子供の場合、このACE2という受容体の発現が少ないと云う事だ。日本では、北九州市の小学校では児童5人が新型コロナウイルスに感染し、クラスター発生となったが、こうした例は世界的に見ても珍しく、アイルランドの例では、3人の子供を含む6人が学校内の合計1025人とで接触したが、感染者は出なかったという。これ以上の事例の報告はないので、北九州市の例が珍しいのかどうか、素人には分からない。子供に取ってみれば、学校での感染よりも家庭内での感染率の方が危険だという。これもスイスの例だが、3~4月に病院に入院した40例の16歳未満の子供の感染源は78%(31例)が家庭内での感染だという。中国の例では追跡できた子供の患者2597人中98.5%(2558人)は家庭内で成人から感染した結果であったとのことだ。こうしたことから、学校閉鎖などの効果は流行を阻止する意味では意味が無いのではないかととのことだ。このことから全国一斉に学校や学級を閉鎖することの意義があるのかどうか、見極めなければならないとのことだ。(一斉休校を指示した安倍は早とちりしすぎたのかも)インフルエンザのウイルスと新型コロナウイルスは異なるものであるから一概に言えないが、どちらもコロナ型のウイルスである事からインフルエンザが起これば学級閉鎖を行ってきたという経験上の対策の延長であったとも云える。こうした事例は、どの程度集めれば良いのか、又地域や人種などによって異なる動きをするかも知れないと言う事から、計測できるものならACE2を持つ子供達がどの程度少ないのかと言ったことを統計的に調べる手だてが欲しいものだ。いずれにしても、子供の症例は経過観察や対症療法で十分とされている。子供に対しては感染率が低いとの結果は朗報である事に違いない。そうした検討の中に、医療関係者が仕事を休む必要があり死亡率を高める可能性があると書かれているが、前後の脈絡から、子供との関連についてどのような関係があるのか理解しがたかった。上記は、家庭内の成人が子供に感染させるという面から見ているが、逆に、子供達の間で、感染しながら無症状という場合の可能性もあるわけで、子供が学校から帰宅後に親や年老いた祖父母などに接することで、高齢者に感染させてしまうことも考えなければならないだろう。新聞に表された、7月1日現在の年代別感染者数と重症率のグラフを見ると、20代~50代の患者数は各年代で2500人~3000人という結果に対し、10代以下の年代では、200人程度と桁違いに少ないことが結果として出ている。因みに、60代以上では、各年代で、1500人~1600人程度と、若者よりも少ないものの、10代以下の子供達よりは明らかに多いことが分かっている。重症化率の折れ線グラフからは、60代がトップで、15%を越え、50代と、70代以上は約5%程度となっている。この場合も10代以下は殆ど重症化しない結果となっている。この結果から、コロナ蔓延下にあってはすぐさま学級閉鎖とすることに早計さを思わせるが、だからといって、スウェーデンやブラジルのように、全く対処をしないでいると云う事には心理的な不安がつきまとう。確固としたデータであっても、実験的に行うことはやはりためらわれると云う事になる。もう少し、世界レベルのデータが集まったときに、明確な判断基準に取り入れることも考えないと行けない。ブラジルのボルソラノの行為は、何とも付いていけないが、スウェーデンに於ける様なロックダウン無しのやり方で、小中学生の感染の有無などのデータが知りたいものだ。WHOはこうしたことにもっと力を発揮するべきでは無いかと思う。スウェーデンの例では、感染率は0.736%と米国よりは低いものの結構高い率で感染しており、10万人当たりの死者も55人と、米国のそれを上回っている。10万人当たりの日本での死者は1人だが、ベルギー辺りは85人を数えている。ベルギーに於ける対応を知りたいものだスウェーデンでは経済がどのように順当に回っているのかは知らないが、重傷者や見込みのない老人はICUに入れて貰えないなど、なんだか割り切った政策のようで、文句を言いながらもまだ日本の方がましではないかと感じている。但しスウェーデンでは国民的コンセンサスはあるとのことだ。最近は、東京で、かつて無い感染者数が記録されている。若者が、奔放に活動していることが調査から分かっているようだが、これが全国レベルにまで分散しないようにと願うばかりだ。三密を避け、家庭に逼塞していながら、それでも結果感染させられたのでは、何をしていることかと云う事になる。少し我慢をして、対策のおろそかな夜の店に行くのは我慢をしてほしいものだ。
2020.07.11
コメント(0)
今日も雨、連日の雨でウォーキングは中止だ。日本は、中部から四国、九州に賭けて豪雨で被害が異常だ。コロナだけでも大変なのに、言葉が出ない。近隣でも京都縦貫道や高槻から亀岡に抜ける府道は山崩れで不通になっている。くら鮨でテイクアウトとし、日常の買物をして帰った。***メキシコのユカタン半島にある水中洞窟で、1万年前の人類の痕跡を発見したとナショナルジオグラフィックは伝えた。2017年春、2人のダイバーが、ユカタン半島のカリブ海に面したキンタナロー州にある水中洞窟(ラ・ミラ)に潜った。潜って進んでいくと、周りは床や天井からとがった岩が突き出している。およそ800m程奥深く入ったところは突き当たりの感じで、そこには幅がわずか70cmほどしかない隙間があった。それは、反対側に広がる世界への入り口だったのだ。狭い隙間から中に入ると、ケルンの小型のような石積みを発見した。そのケルンのような積み上げられた石の小山は古代人が積み上げたもので、そこには、道具類や火を使った炉があった。どうやらそこは、1万1000年前、顔料として使うレッド・オーカーを採掘していた場所だったのだ。ラ・ミナの古代の採掘者たちは、洞窟の地面を掘ってオーカーを掘り出していたようだ。放置された岩の底面には顔料の濃い赤色が付いていた。地上の採掘場は約8000年前に、海面上昇によって水面下に没して、洞窟が入口となっていたのだ。海面下に沈んだことで、細かい部分まで当時のままに保存されていたのだ。オーカーは粉末状の酸化鉄を普通の粘土と混合した粘土状物質で顔料や塗料などに用いるられる。オーカーは昔から世界中の人々に使われてきた。この採掘場は、古代の人々が顔料を手に入れてた希少な場所の1つだ。こうした古代人が使用した鉱物顔料はどのような方法で集められたかは、長年の研究対象であったが、この洞窟には、そうしたことが一目に分かるようにはっきりと残されていたのだ。こうした良好な保存状態で発見できたのは衝撃的なことだ。メキシコのユカタン半島にはマヤ文明が栄えたが、マヤ文明はBC8000年辺りから始まったとされているので、今回発見された洞窟は、古代マヤ国家が勃興するより前の、アメリカ大陸最初期の人々の生活におけるものだということだ。この場所では、2007年に、1万3000~1万2000年前の人骨が見つかっている。DNA解析によれば、その顔は現代のアメリカ先住民とはあまり似ていないが、遺伝子からは共通の祖先をもつことが判明している。さらに2014年には別の骨からゲノム情報が解読され、最初のアメリカ人はアジアにルーツをもつことが確認されている。そんな人骨の中に「ナイア」と呼ばれる少女の骨格がある。まさに、顔料採掘場の近くの洞窟で発見されている。彼女は1万3000年ほど前に、洞窟へ落下して死んだものと見られているのだ。キンタナロー州の入り組んだ洞窟系では、この他に少なくとも9人の古代人の遺骨が確認されている。それらは、海面上昇によって洞窟に水が入った結果、朽ちることなく残されていた。 古代の人たちが、なぜ洞窟深く住んでいたのかは長く疑問であった。1つには死者を埋葬するためであるとか、それとも真水を求めてやって来たのだろうとか言った疑問だ。然し、今回の発見で、少なくともその理由の1つとしてオーカー顔料の採掘であることが判明したのだ。この発見も、ダイバーによる洞窟調査の授業の中で、偶然発見されたものだ。トンネルの先は、人間の活動の痕跡がそのまま閉じ込められたタイムカプセルだった。地面には穴がぽつぽつとあいており、洞窟内生成物(石筍や鍾乳石)が顔料を掘り出すハンマーとして使われていたようだ。こうした周りに散らばった砕けた鍾乳石や石筍は当時の掘削の様子を忍ばせる。焼かれた石や木炭、ケルン(道しるべとして積み上げた石)は、採掘者を採掘場へと導く道標であったのだ。散らばった中に木炭があるが、掘削作業中に洞窟内を、木を燃やして照らしていた模様だ。洞窟の天井には、炎から立ち上った煤の黒い跡も残っている。木炭は、樹脂を多く含む木からできたもので、明るく、長く燃えることから選ばれた可能性が高いということだ。こうしたところにも古代人の知恵が隠されている。さらにこうした顔料の採掘は1箇所だけではなく、30kmほど離れた別の2カ所も採掘場だった可能性が高いことが確認された。いずれも1万2000年前~1万年前にかけて使われていたと考えられる。こうした採掘場はこれからももっと発見されるであろうとのことだ。、オーカーを積極的に使うための組織的な計画があったことが覗われる。顔料そのものの質も非常に高く、不純物が少なく粒がとても細かいと分析されている。人間は数万年前からオーカーをさまざまな儀式や実用的な目的に利用してきた。ラ・ミナの採掘場は、そうした過去の活動を垣間見ることができるというわけだが、それにしても、この大量の顔料はいったい何に使われていたのだろうか。ユカタンの洞窟でオーカーを採掘していた人々の目的は、今のところわかっていない。オーカーは鉄分を豊富に含む顔料で、何万年も前から世界中の人々に使われてきた。約3万年前には、フランスのショーベ洞窟で、壁に手形を残すために使われた。実用的な用途もあり、蚊よけや日焼け止めとしても用いられる。こうした壁画は世界最古の絵画としてすでに7万3000年前の石にも描かれている。また、スペインのアルタミラ洞窟では色鮮やかな動物たちが1万9000年~1万5000年前に描かれている。さらに、採掘場が光の届かない地下深くにあることから、儀式や精神的な側面があったのではと考える研究者もいる。洞窟はあらゆる種類の善と悪を生み出すものだとして、おそらくは自然の地形の中で最も神聖なものと捉えていたのだろう。オーカーもまた、マヤやアステカなどのメソアメリカの文化にとっては神聖なものであり、芸術(意識してか)や儀式において目立って多く使われている。一般に人類の初期に使われたほぼすべての例において、こうしたいわゆる「ダークゾーン」の使用は儀式的な目的に限られているとのことだ。 このオーカーが神聖な場所から採掘されたこと、そして、それを手に入れるために彼らが洞窟の奥へ入っていったことには、重要な意味があるのかもしれないというわけだ。今回の発見で、研究者らは大変興奮しているとのことだ。グレートジャーニーの終盤、メキシコで何が起こっていたのか、興味は尽きない。
2020.07.10
コメント(0)
今日も雨のためウォーキングは中止した。4日連続だが、時々青空が見える。孫が勉強で来訪するので、焼肉一番で肉をテイクアウトして夕食とした。熊本から始まって九州全域、果ては岐阜の飛騨川まで氾濫するほどの大雨。全国の115河川で「氾濫危険水位」を超えたとのことだ。日本の防災の考え方を、抜本的に見直すことが必要ではないのか。コロナと水害、何処でどうしろというのだろうか。***経済関係の記事を読んでみた。経済音痴には何を言っているのか全く分からないという点もあるが、コロナ禍の影響や、コロナ後の日本の経済の動向などに興味があって日頃は見過ごす内容を読んでみた。何しろ、常識というものがないので、当然のことも目新しく感じたり、新しい内容を見逃したりしているかも知れない。株主総会について、・物言う株主(アクティビスト)の提案を受ける会社が増加した。過去最多の22社に達した。JR九州、安藤ハザマ、三菱倉庫、東レ・・・・要求の比重は還元策から社外取締役の増加や情報開示に移った。昨年まで増配や自社株買いを求めていたが、内部留保の正当性が高まった。・株主総会の開催が柔軟になった。延期も可能であり、又配当だけの総会と本決算を別々に行う2段階も可になった。・株を持ち合うこと(持ち合い株)が減少してきた。1990年度には30%を越えていたが、2018年には10%を切るまでになってきた。いまだに安定株主を求めて持ち合いを続ける企業に対し「恥ずかしくないのか」との非難が出るほどだ。農機具のクボタは之に取り組んでいる。・取締役については先頃トヨタが執行役員を22人から半分以下の9人まで減らすと発表したが、企業統治を高めるために社外取締役の採用が進んでいる。しかし、外国人や女性の登用は未だしだ。取締役のスキルを明確に調べて適所に人材を充てる動きになってきた。富士Fや日産、出光などがこうした先導会社だ。富士Fは取締役11人の内7人をESGに強い人材を充てている。政界もそのようになって欲しいものだ。・役員報酬については、コロナ禍で減額が続いているが、株主からはより透明性を増す要求が強い。役員報酬を透明化する動きは5年前の35%程度が2020年には約60%近くまでの開示率になってきた。減額企業で主な会社は航空大手、鉄道大手などがその代表的なものだ。・機関投資家の動きでは、社外取締役が「3分の1以上」という制約を求める動きが強くなった。この点でも4年前には20%程度だった社外取締役の割合は昨年時点で3分の1を達成しているようだ。三井住友アセットマネジメントや三菱UFJ信託銀行などの名前が挙がっている。決算ランキングについては、・コロナ禍にあって最終損益が増額した企業では、世界ではGE、イーベイ、フェイスブック、J&J、TSMC、マイクロソフトの名前が上位だ。日本は任天堂、エーザイなどだ。テレワーク、オンラインコミュニケーションと言うキーワードで括れるソフトとハード(半導体)の関連だ多い。医薬品も上位に顔を出す。一方減額は、トップがソフトバンクで世界最高だ。続いてはペトロブラス、ベーカーヒューズ等の石油関連が続々続く。産業活動の停滞が見事に反映された結果のようだ。日本では、ソフトバンクに次いで、日産、東電、トヨタとJXTGHDと言った顔ぶれで、自動車も不振であったことが分かる。それでもトヨタは2020年の純利益額は国内トップだ。・前期の増益率では、JTOWERがトップだ。通信のシェアリングビジネスがヒットしたようで、今まで誰も手がけていなかった業種だ。新常態と云う事か。中でもワークマンが5位に入っているのが目を引いた。かつて現場作業員しか店に入らなかった感じだったが、今は女性などのファッションにも目を向けた事業展開だ。一方減収率では精密機械減速機のハーモニック・ドライブシステムや石油開発の日揮、ロボットのファナックも等の名が挙がる。・営業CF(キャッシュフロー)では、やはり飲食だ。グルメサイト「食べログ」のカカクコムがトップに座る。損益分岐点比率が低いので、客足が一定程度戻れば回復も早いとみている。・手元流動性比率では、(手元流動性とは換金性が極めて高い資産で、これが多いほど支払い能力が高い)SANKYOやキーエンス、ZHD(旧ヤフー)がトップ3だ。キーエンスは生産の殆どを外注するファブレスである事が大きい。6位にファナックが入っているが、ファナックは営業CFでも8位と優良性を見せる。しかし、トヨタ同様に、3月期の減収率では4位になるなど、コロナ禍の影響の大きさを見せている。塩野義は流動性で5位と感染症などに集中的に投資して開発効率を上げてきた。コロナが心配な我々としてはこうした動きはありがたいことだ。このことは、CFが2位に付けていることから、動きが垣間見られるところだ。・負債資本倍率(DEレシオ)では、日本板硝子が5.228倍と、財務リスクの多いことが分かる。欧州に於ける自動車用ガラス事業などの現存が最終赤字となったようだ。又、川崎汽船、日本郵船、商船三井などといった海運も中国船主による新造船などで運賃相場が荒らされたことでの影響を諸に受けたら、不採算船の処理が表れている。ニプロはコロナ禍での人工透析器具が株式評価損に結びついた。・連続増益年数では、ヤオコーが断トツだ。関東(埼玉)が中心なので関西にいては動きが感じられないが。、知恵を絞った商売で、デリカ部門が頑張っている。店舗のパート従業員に権限移譲したり、個食対応、外国人採用、都市型店開発と普段のカイゼンが見て取れる。製造業では信越化学が半導体シリコンウエハーで気を吐いている。製造業の不振が続く中、顧客との長期契約を結ぶことなどで収益安定を図っている。・株主返還額では、ZHDがトップで、ソフトバンク、NTTが上位を占めた。こうした結果を見る度に、通信会社の儲けが大きいことを思わざるを得ない。株主は優遇するが、一般の利用者への還元も図って貰いたいと思う。三菱商事が3位に入っているのは長期株主への還元を手厚くすることで、かつて大型投資に賭けていた事への反動的な株主還元でバランスしようとした。旅客の激減で、苦境に立った日本航空やANAHDは無配になったものの、KDDI、丸井Gなどは連続増配を行っている。
2020.07.09
コメント(0)
今日のウォーキングも雨のため中止した。夕方孫が勉強で来訪、食事も共にした。***香港のデモで、1時は自由を取り返せるかに見えたが、習近平はそんな住民の意向を無視して、香港国家安全法の施行を強行した。国内法をどのように変更するかについて、他の国がとやかく言うことではないだろうが、香港を中国へ返却する時に向こう50年「一国二制度」を続けると言った対国際約束は完全に無視されてしまった。そんな国の習近平を日本(安倍)は国賓で迎えようとしている。余りにも、国際感覚からズレていると言わねばならない。と言うより、国全体の経済が余りに中国に頼りすぎたと云う事だ。カナダやオーストラリア、英国も、それぞれの対応の仕方で、中国に警鐘を鳴らしているのだが、安倍は揉み手で迎えようとしている。長いだけが勲章の政権で、極め付けは、日本の売却かともとれる。安倍の理性や感性は、もはや日本人のそれではなく、はっきり言って狂っている。香港に在住する者は、私が今書いたようなことを対習近平に書くとしたら、間違い無く連行され、闇に葬られるだろう。経験は無いが日本の昔、不敬罪というのがあって、引っ張られたようなものかも知れない。何しろ、あからさまな反政府デモはもちろん、ネットで批判するなどと言った事は、即反逆罪というわけだから、うかうかしていられない。香港住民はSNSサイトから自らのアカウントを削除する動きが強まっている。国家安全法は遡って適用はしないというたてりというが、そんなことをまともに履行する習近平ではない。かっての日本がそうであったように、オンライン上の友人(同志と思っていても)はスパイかも知れず、政府にチクられるかも知れないのだ。香港に於けるデモは、中国共産党の一党支配、要するに中国を倒そうとする企みであるというわけだ。そればかりではない。米国など外国と結託して政府を批判するのも又刑事罰の対象に加えたのだ。共産党の一党独裁制と香港の民主主義との並立を形の上で認めていたはずが、急遽約束を破って、民主主義を容認しなくなったのだ。こうした事実を知ってなお、国賓で迎えようとする安倍は、一体何者なのかと云う事だ。よもや批判したら自分が捕まってしまうかも知れないなどと考えているわけではあるまいに。嫌々ひょっとしたら国家安全法は外国人にも適用なんて言っているから、それを恐れたのであろうか。トウ小平が経済発展のためには資本主義に倣わなければならないとして、一国二制度を認めたが、今や習近平は中国独自でやっていけると踏んだのだろうか。それとも、安倍のようなぼんくらが援助側に回ることを想定してのことだろうか。一帯一路で世界に浸透し、一見弱くなった米国の政策や、世界2位となった経済の隆盛などを背景に、もはや習近平にはやれるという自信が出てきたのだろう。安倍はなびくし、トランプ何するものぞで、他の国々は、金で頬をひっぱたけば済むと思っているのか。香港も共産主義下で経済発展は可能だと言わんばかりだ。中国は、その勢いで台湾にも迫っている。台湾海峡へは中国軍機が2日に1回と言う高い頻度で、現れている。台湾は警戒心を強めている。日本へは、何度も尖閣列島に中国軍機や軍艦がやってくるのに、「大変遺憾で、強く抗議している」と日本の国民慰撫に努めるだけだ。への突っ張りにもならず、舐めきられている。「一国二制度」は元々台湾を念頭に置いていたのだが、香港への強引な政策転換で、台湾(世界にも)に圧力を掛けようとして言うのだ。台湾を統一するには、平和的に行う必要はなく、武力行使もあり得ると威嚇している。ASEANは元々反共対策として米国の後押しで出来たものだ。そのASEANも貿易額の約2割弱は対中国だ。安全保障は米国、貿易は中国と良いとこ取りしていたアジアの外交戦略は、この所の中国の示威的覇権行動に戸惑っている。日本は正にその典型だ。南沙諸島でのベトナム、フィリピンや、豪州と中国の確執は、段々と鮮明になってきた。豪のモリソンは、新型コロナの発生源に対して独立調査を提案すると、中国はたちまち、大麦や食肉の輸入を規制したり、国民に観光・留学の規制を勧告している。既に、豪州には相当の中国人が、スパイとして潜入し、中国の豪選挙への介入工作が行われている事実も発覚している。英国では、中国ファーウェイを段階的に排除する方向だが、之に対して、中国は英国での原子力発電所計画や高速鉄道の建設撤退で応じる構えだ。何で、英国が、中国に、そんな重要なインフラを託しているのかは疑問だが。アフリカや南欧州などでは、こうした中国の一帯一路の軛が新型コロナでより強く顕在化させている、トランプの余りに野放図な自国中心(自分中心)主義が、中国をあらぬ方向に勢いづかせていることも事実だ。慌てて米国(議会)は、対中制裁を打ち出した。然しトランプは自分が選挙に有利なときだけ中国への制裁を仄めかすが、基本的にはトランプ支持層の輸出が中国頼りと云う事もあって余り触りたくないのか対中制裁法案に署名を渋る。正に中国は経済をテコに民主主義諸国へ殴り込みを掛けている。コロナで、発症当初、イタリアでは爆発的に患者が急増したが、中国はファーウェイなどの人工呼吸器や防護服を次々寄付した。この辺りの決定と迅速さは、アメリカを凌ぐものがある。米国も当初(昔)は経済的に中国を後押しすることで民主化が進むと考えていたが、それは全くの読み違いだった。中国の一帯一路は、最近細部で破綻を来したかに見えるが、アフリカなどに留まらず、ギリシャやイタリアなどにも侵入しており、2030年代にはGDPで米国を抜き去るといった構想の下、ますますその覇権行動はすごみを帯びてきた。香港の制圧は、その覇権行動の皮切りであると捉えている感があり、強引さは尋常ではない。自由主義・民主主義国家が自国のことばかりを考えているようでは、なし崩し的に中国の派遣を許すことに繋がる。安倍は、そういったことを理解しているのか、この機に習近平を国賓として招く事へのその先の結果を計り知れないとはもはや情けないを通り越して売国奴的な考えである。
2020.07.08
コメント(0)
今日もウォーキングは雨のため中止だ。時々空が明るくなったり急に降り出したりと、落ち着かない。道路向かいで家の改修工事を行っているので、僅かに社会が動いているのを感じるだけだ。今日は七夕、織姫と彦星のデートも、この雨で散々だ。天の川は決壊しないのだろうか。久しぶりにココ1でテイクアウトし、孫の家に届けた。***日経新聞で、コロナ時代に於ける科学研究の実態とあり方などを特集していた。私は、経済新聞を取りながら「科学」とか「知」とかの言葉に弱い。年齢を重ねても、時の流れに取り残されたくないという気持ちがあるからなのかも知れないが、完全に頭は溶けてしまっている。先ずコロナに関する研究については、発表された論文数は4万本を超える。科学が現実社会と密接に関わりながら進められていることを感じて心強い。高尚な論文など出した経験が無いのでよく分からないが、論文を発表する際は他の専門家の目で見て貰う査読という段階を経るのが通常だ。査読を通して、発表するとなると、論文の成果を共有するまでに何ヶ月もかかることになる。コロナのような危機に対応するためには時間を掛けることは許されない。そんな査読前の論文の数は1万本にのぼるとのことだ。有益な論文でもコロナが収まってから発表されたのでは、その価値は半減以下だ。そこでスピード重視の対応を試みられるケースもある。世界2大医学誌に英の「ランセット」と米の「NEJM」がある。1つのエピソードが紹介されている。NEJMは、心臓病治療薬の服用が新型コロナに対して安全性は問題ないと発表し、また、ランセットはコロナ対策としてトランプが服用した抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」について有効性はなく、副作用などのリスクを指摘していた。之に応じるようにWHOはヒドロキシクロロキンの臨床試験を一時中断する事を発表した。之に対して世界各国の臨床医からそれぞれに対し公開質問状が届き、データの不自然な点や信憑性、倫理的な手続きなどへの疑念が深まった。WHOはこうした動きに対して、ヒドロキシクロロキンの臨床試験の一時中断を撤回、再開に踏み切った。(ヒドロキシクロロキンが有効と云う事なのかはっきりしないが)要するにWHOが頼りにならないことを裏付けているようだ。ともあれ、こうした背景にはランセットやNEJMが査読を急ぎ、データの不自然さを見抜けなかったとのことだ。効果を焦ったと云う事なのか、兎も角査読が十分ではなかったのだ。新型コロナ関連の論文の査読時間は一般の論文の約半分だったようだ。日本でも査読前論文が目立ち始め懸念する声が広がっているが、これからは研究の高速化は図らなければならず、質を保証することを維持しつつ、迅速化への要求に応えて行かなければならなくなるだろう。査読後の論文であれば内容が100%保証されたと言うわけではない。あらゆる論文は仮設である事をメディアや一般人は理解する必要があると言うことだ。結果はよく分からないが、ヒドロキシクロロキンが有効なのか否か、今でもトランプが生きて世の中を荒していることから、害は無かったと言う事だろうか。コロナによってもたらされた弊害の1つに、国際研究に対する動きに水を指したことが挙げられる。1つには、つくば市の世界最速の加速器「KEKB」を利用して宇宙誕生直後の様子を再現して研究を進めようとした国際プロジェクト(約30カ国から1000人超が加わる予定)はコロナ禍で、海外の科学者は来日することが出来なくなり、大きく後退することになりそうだ。10月に実験が再開される予定だが、見通しは暗いかも知れない。実験はあらゆる事象を常に観測する必要があることから装置は動かし続けねばならず、日本人科学者と在日海外科学者だけでの運用はかなり酷なものとなる。もう1つの例として那珂市の那珂核融合研究所が受ける影響だ。南仏のカダラッシュで組立中の国際熱核融合実験炉(ITER)を先導する実験装置「JT-60SA」の運転開始が当初の9月から12月初旬までずれる可能性が出てきたのだ。之によりITERそのものの運転開始予定の2025年が怪しくなってくるかも知れないのだ。ITERは建設費(人件費)がかさむということから1度延期された経緯もあるので、想定外の新型コロナがここに来て問題となっている。ITERは地上に太陽をつくるの標語のように膨大なエネルギーを生み出す核融合反応を起こす装置だ。原子力を扱うことになり、遠隔操作は規制されている事で、科学者の参集が困難な今問題になっている。因みに外国との共同研究論文数を見ると、英独仏では60~66%、米国は43%、日本と韓国はほぼ30%で、中国は約26%と言ったところだ。コロナ封鎖で影響を受けないのは中国と言うところか。日本が共同相手国をしている国は米が最大で約35%を占め、中国は20%、独英仏は約10%内外だ。こうした国の新型コロナの10万人当たりの死者数を見ると、英が66人と最多で、次いでフランスの46人、米の39人と続く、独は11人と少なく、中は0人(この数字はどうにも納得しがたいのだが、J・ホプキンス大の纏めではそうなっている)とあるので、コロナ禍の中での国際交流は難しい。こうした中、国際共同研究は如何にあるべきか、日本が存在感を示しうるのはどういったことがあるのか問われるところだ。最後に人材形成としての遠隔教育について述べられていた。コロナ禍での接触を回避する手段としてITによる遠隔教育(オンライン)が実践されているが、早稲田大が理工系13大学と21組織が共同で運営する「スマートエスイー(SE)」が注目されている。既に2018年から始まっており、ビジネスに直結するITの学びの場として好評だ。米欧では既に、大学の授業をインターネット(遠隔)で学べる「大規模公開オンライン講座(ムーク)」が普及している。遠隔で学位が取得できるケースもある。なんらかの事由で学べなかった社会人の学び直しの機会になる。現在大学は一斉に遠隔授業を始めている。オンライン授業に肯定的な学生は6~8割だとのことだ。学生の視聴時間調査では3割の学生は学習時間が短いことが判明した。教員がメールで促すとその内の5割は再学習して、規定時間を満たしたとのことだ。こうして教育のIT化が進めば、何処の大学で学んだかという寄り何を学んできたかがより重要になり、大学の存在意義が問われることになる。兎も角現時点では日本のIT活用は欧米に大きく遅れている。
2020.07.07
コメント(0)
今日のウォーキングは雨のため中止した。この所雨が続く。梅雨は明けていないのだが、最近の雨はしとしとと言った単に鬱陶しいだけの雨ではない。「線状降水帯」という名で、西日本の至る所に強烈な雨を降らせている***7月4日熊本県の球磨川が決壊した。梅雨の時期、前線に表れる「線状降水帯」とやらが強い雨をもたらした結果だ。河川の決壊では、2018年に岡山県の小田川が決壊したのが記憶に新しい。また、かつて我が家の近くの淀川もあわや堤防を越すかという高水位に達したことがあった。自然は実に恐ろしい。先月は中国の四川省で大雨が降り、三峡ダムが危険にさらされているとのニュースが流れたところだ。それぞれ個別の環境にあるのだが、ここに来て国の河川管理が十分なのかと言ったことが気がかりだ。熊本県と言えば、2016年、地震で熊本城が崩壊し、最近やっと一部の修復が終わったばかりだ。この辺りには断層帯も集中していて兎角地震や災害の多いところだ。球磨川は、球磨川下りといった名称も聞いたことがある観光名所でもあるとのことだ。標高約1500mの水上村を源流とし、海岸までの151kmを駆け下り不知火海に注ぐ1級河川だ。途中人吉盆地で川辺川が合流し、山地に降った雨がすり鉢状の盆地に集まる地形となっている。どうやら雨量が多く、球磨川から川辺川に逆流状態となったようだ。球磨村のあたりは日本でも有数の急流(最上川や富士川と並ぶ「日本三大急流」の一つとされている)で、数多くの瀬がある事で知られる。こういった地形が今回は仇になったようだ。そんな場所に、最近よく聞くようになった線状降水帯が出現したとのことで、集中豪雨に繋がったのだ。線状降水帯は、積乱雲が次々と発生し、数時間にわたり同じ場所に停滞することで大雨をもたらす。帯の幅は20~50km、長さは50~300kmに及ぶ。天草市では1時間に98mmの猛烈な雨となって観測史上1位を更新した。水俣市では降り始めからの総降水量が500mmに達するなど、尋常な降りではない。球磨川のような急峻河川が線状降水帯に狙われたら、ひとたまりも無いと云う事だ。ヘリコプターかセスナ機から決壊した地上を写した写真は、無残なものだ。どの決壊場所も黄土色の水に覆われた屋根屋根が散見されるという同じような様相となる。しかも決壊は1~2箇所と言った限定的な場所ではなく、球磨川の中流の12箇所が決壊したと言い、人吉市内では堤防が約20mにわたって決壊したというから凄い。国の治水に対する施策が、又問われることになる。普段は温和しい川も、一旦集中豪雨に見舞われると、これほどまでに悲惨な状態になって仕舞うと云う事だ。それも数時間、あれよあれよという間に増水、決壊が起こったのだ。今は新型コロナがまだ収まりやらぬ時期なだけに、住民は、避難するにしても、三密になら無いようにしなければならず、苦労は並大抵のものでは無い。熊本は新形コロナの発症も九州地方では多い方だ。泥水が引いた後にコロナウイルスが拡散されるのではないかと心配が1つ増える。球磨村の老人ホーム(千寿園)では入所者ら約70人の内14人は心肺停止、ほかに3人が低体温症になっているとの報(4日)もある。更には10人余の行方不明者も出ているようだ。また、球磨川にかかる鉄骨造りの立派なアーチ橋(深水橋:長さ154・9m)および、西瀬橋が流失した。テレビで流される動画を見たが、凄いの一言だ。橋梁もこれほどまでの横からの水圧は設計条件にはないのだ。加えて、芦北町では、土砂崩れが起こり、且つ共同工場群に大規模火災が発生した。何処まで容赦ないのか。人吉市や八代市での浸水は場所によって深さが8~9mの可能性がある(ニュースによると)というが、一体どういうことだろうか。川床から堤防の高さは、そこまで深くなっていると云う事だろうか、急峻な球磨川とは聞いているが、之は驚きの数字だ。住民が孤立するのは当然のことだろう。国土交通省によると、球磨川流域では記録に残るだけで過去400年間に100回以上の水害が発生しているとのことだ。こうした数多の経験は、その後活かされていないと云う事だろうか。1ヶ月ほど前から中国南部でも洪水と土砂災害がおこっている。此方は、規模も大きい。同様に新型コロナ禍の最中だ。このように天災は、人を待っては呉れないし、時期も待ってはくれない。改めて我々は危険な中を生きているのだと実感する。中国の場合は、長江の洪水に関して、今1つ気がかりなことがある。中流の湖北省にある三峡ダムが度重なる雨に、ダムが決壊するのではないかとの危惧されている。今年初めてダムの貯水量が増し、一部放流したが、先月から降り続く大雨で水の量が再び急増しているのだ。三峡ダムの謳い文句に1000年持つと当初は豪語していたが、それが100年になり今頃は10年持つかと言った所まで後退した表現になっているとの事。最近見たテレビで、水量の少ないときと、満水の時のダムの写真が並列して示されていたが、何と満水時では、ダムが大きく撓んでいるように見えた。云いたくは無いが、新幹線の事故でも、原因が何だったのか分からない間に埋めてしまうような中国の話だ。手抜き工事は容易に想像できるところだ。今回の大雨により、26の省などで1300万人以上が被災し、倒壊した住宅は1万棟以上に上るとの話だ。中国の水利部(省)の葉建春次官も、一部のダムでは決壊リスクがあることを認めているようだ。中国国内にある9万8000基のダムのうちの9万4000基は小型ダムだ。さらに、国内9万8000基のダムの4割が「安全ではない」ということだ。葉次官は長江上流および三峡地域の集中豪雨で三峡ダムに大きな問題が起きるかも知れないと「ブラック・スワン」(日本では想定外と片付けられることだ)と言っているが、この三峡ダム崩壊のリスクは「ブラック・スワン」ではなく、「グレーリノ(灰色のサイ・大問題に発展する確率が高いのに、軽視されたリスク)」だと見られている。こんな中にも熊本の災禍はテレビで流れ続けている。
2020.07.06
コメント(0)
今日のウォーキングは第1713日目で8343歩だった。学習ボランティアのまとめ役の人と2回連続で出会った。午後、トヨタのリコールに応じて車を持ち込んだ。事故を起こした例は10万km程度走るタクシーなどに見られたとか。一般の事故は例がないと云う事だが、もちろんディーラーの言である。プログラム修正をする約1時間ほど、ムクで連れ合いとランチを採った。久しぶりに晴れ間が広まったので、車の具合を見がてら、柳谷観音までドライブした。あじさい祭が行われていたようで、思いの外人出があった。帰りに孫の野球練習を覗いて帰宅した。***疾病は大きな社会変革を起こす契機となったという。日経新聞の特集だ。疫病と戦争は歴史を早く進める。「墾田永年私財法」(743年)の誕生は、天然痘の大流行により食糧危機に陥ったことが転換点だ。「公地公民」制は国家が土地を管理し国民は土地を借りて利用するというたてりだ。之では耕作意欲が湧かないのであろう、田畑は放置されていた。そこに疫病で藤原家4兄弟が倒れ、橘諸兄に代わって、土地の私有化が促進された。疫病故とのことだ。之によって貧富の差が付き始めたとも云える。「万葉集」が生まれたのも、明日死んでしまうかも知れないという危機的状況が生み出したという。歌の傾向は2つある。1つは、自分はこの人とはもう2度と会えないかも知れないという緊張感をはらんだ、熱烈な恋歌だ。遣新羅使の一員として乗船する夫に妻が贈った歌が引用されている。「君が行く 海辺の宿に 霧立たば 吾が立ち嘆く 息と知りませ」意味は「これから新羅への長い航海に出発するあなた。停泊する港の宿が深い霧におおわれたなら、それはあなたを思い一人寂しく待っている私の吐息だと気づいてください。」と言った内容だ。暴風雨で船が難破することもあれば、旅の途中で病に倒れることもあったとの解説だが、その中には疫病の心配もあったことだろう。また、夫が港々で、遊女と夜を共にすることを憂えたのかも知れない。もう1つの潮流は、生きている時間を好きな人と一緒に自然を眺めてゆったりと過ごしたいという歌だ。大伴家持が兄の家持に送った歌で、「橘は常花(とこはな)にもが霍公鳥(ほととぎす)住むと来鳴かば聞かぬ日無けむ」橘は永遠に咲く花であってほしい、ホトトギスがここに居ついて鳴けば毎日聞けるだろう743年聖武天皇が造立を呼びかけた東大寺の盧舎那仏(奈良の大仏)は、背景に天平の疫病大流行がある。奈良時代の日本で発生した天然痘の流行だ。こんな時に大仏を造るとは、一見無駄なようだが、多くの人々が協力すれば、困難を克服できるという証になるとの発想だとのことだ。12世紀頃制作の絵巻物に「辟邪絵」がある。善神の天刑星が疫鬼の牛頭天王を踏みつける様が描かれている。この牛頭天王は祇園社では善神として扱われている。二面性を持つ2つの神が争う中で疫病が力を失い世界に調和がもたらされるとの意味合いだとか。当時の疫病は因果応報と考えられていた。過去の罪業の結果として病を得た者は社会から隔てられ、排除された。今はそうでは無いが、時にそのような扱いになることもあるようだ。疫病は善ならざるものが世にはびこった結果、蔓延すると考えられたとか。為政者はなんらかの対策を取らねばならないという責任重大なことだという。あれあれ、安倍の森・加計問題などの悪業から今回のコロナが蔓延したのではと、報い論が出てきそうだ。責任重大な西村が逆ギレするようでは、歴史上の人々よりも現代人の方が割が合わない感じだ。江戸時代の主な感染症は5つある。皮膚病の疥癬、梅毒、はしか、天然痘そしてコレラだ。秀吉時代の朝鮮出兵では梅毒が猛威を振るった。その後の鎖国は感染症防止に効果があった。現在の渡航禁止の厳格版だ。それでも、はしかは数十年という周期で訪れた。人々は、疫病を「胎毒論」という体内毒素が因と帰した。橋本伯寿は疥癬、梅毒、はしか、天然痘を感染症と見抜き隔離を幕府に請願したが、逆に迫害された。専門家会議の正論が経済不振で退けられたのも之に当たるか。ジェンナーによる種痘が開発され、西洋医学への信奉が高まった。幕末に蔓延した、コロナは、ペルリが持ち込んだと関連づけられた。こんな因果関係は教科書にはなかったと思うが。幕府が有効な手段を採れないまま、怨恨は黒船や異国人に向けられ、攘夷思想の一因となった。こうして感染症は時代の節目に表れ、日本史を動かす大きなエネルギーになった。江戸時代も、西洋の知識を採り入れて感染症を抑えたが、現在のコロナも昔の経験を活かして学ぶべき点が多いとしている。世界を見て、日本にあう対応策は、何かあるはずだ。それを追及して欲しい。戦争も又悪疫を助長した。国力の差が大の相手とは短期決戦で臨むしかなく、そこには兵站や情報と共に衛生の概念が抜け落ちた。欧米各国は第1次世界大戦から、救護、治療などの多くの教訓を学んだ。その割には今回のコロナに活かされているように思えない。然し日本の軍事医療は、日露戦争時代のままだ。戦前の代表的感染症は結核だ。集団生活、厳しい訓練、古参兵からのリンチ、不十分な食事が之を助長した。マラリアも、旧台北帝国大の研究成果を活かせず、DDT散布の対応策はずっと遅れてから成された。戦争で亡くなった人は直接戦闘による者が35~40%なのに対し、実に60~65%は病死であるとされ、疫病はその内の半数以上だったとか。第1次世界大戦の勝敗の帰趨を決したのはスペイン風邪が原因だとの話は良く聞く。新型コロナ蔓延の中、米中対立など助長するのは愚の愚だろう。戦後軍は毒ガスなど戦争犯罪に当たる研究資料を総て焼却してしまった。戦史に衛生・医学の独立巻が無いのは異例のことだという。今、新型コロナで、専門家会議の議事録がないことを問題にしているが、先人の轍を又踏もうとしているのは、何故か。今回の特集のような記事を現代人があまねく知れば、疫病に関する見方も少しは変わるのでは無いかと思うのだが。
2020.07.05
コメント(0)
今日のウォーキングは雨のため中止した。連れ合いは元の同僚さんと高槻の石川で夕食だ。***日本は全く新形コロナに対して打つ手がなくなったのか。対策の総帥である、西村コロナ担当相は、イライラして記者団に向かい、怒りの感情をむき出しにした。「もう誰も緊急事態宣言とかやりたくないですよ!」、「休業もみんな休業やりたくないでしょ。これ、皆で努力しないとこのウィルス勝てません!」と声を荒げる場面をテレビで見た。之に対して、長嶋一茂がテレビ朝日系の朝の番組で、「なにキレてんの!?」と、手ひどくコメントしていた。あの一茂にここまで言われるのだから、もうお終いだ。2日の東京都の感染者数が軽く100人越えたことが気に触ったのだろうか、番組の他のコメンテーターも、異口同音にこのイライラ会見に違和感を持ったようだ。之に対して東京都の小池は淡々と感染者数が増えましたと極めて事務的だ。検査数が増えたから感染者数も増えたと、自身は納得しているのだろうか、それとも選挙前故温和しいのか。此方の方も良く理解できない。西村も小池も究極の所、ちゃんと三密回避を守れと言っているに過ぎない。(一茂は「そんなこと誰でも云える」と嘯いたが、全くその通りだ)経済を回すために緊急事態を解除したことが、2週間経った今日の再爆発(第2波)を招いたことは、素人でも理解できるところだ。非常事態を停止したのも、勝算あってのことでは無く、経済側の視点からやむにやまれぬ開放だった。封じ込めから一転成り行き任せ、ともかくも場当たり的なのだ。良くは分からないが、「下水」チェックだとか、具体的な発生源の原因究明だとか、やるべき事をやらずに(と言うか国民には見せずに)ただただ、結果に右往左往だ。何かしら安倍の切れ方にも似ているが、場当たり戦略としてはトランプのそれにも通じるところがある。西日本で豪雨災害の危険が高まっていた矢先の「赤坂自民亭」で、大宴会を時もわきまえずツイートし、炎上したときのように直ぐそこに迫った危機に感応度の低い男そのままだ。もともと目立ちたがり屋で、権威主義と言うだけの男、むべなるかなだ。加えて、大阪の吉村が緊急事態措置の解除基準を国が示さないことで不快感を示しマウンティングはしたが、さて、自身が裁断するとなると全くの無能ぶりだ。もはやこの頃から西村の尊大ぶりは見えていたが、国民が期待していることは全く違う。具体的にどう言った経緯でこのようになったのかとか、今後はどういう対策を取るべきなのかを、詳細に理詰めで納得させると云う事が、全く出来ないのだ。それもその筈「・・・してまい・ます(りが云えない)」おじさん(安倍)の横顔ばかり見ているだけで、自ら考えようとしていないので、こうした結果は目に見えていたのだ。それにつけても思い起こされるのは台湾政府のコロナ対策だ。SARSの時の苦い経験を活かして、指揮系統を一本化し、見事なまでの対応だ。台湾は7月2日現在、感染者447人、死者7人と、圧倒的にコロナを押し殺しているとも云える結果だ。台湾の人口は23,539,816人だから、感染率は0.002%(100万人当たりの感染者19人)、致死率1.6%と見事なまでの押さえ込みだ。同日の日本はと言えば、感染者数18,702人、感染率は0.015%(100万人当たりの感染者147人)死者976人を数えていて、致死率は5.2%となっている。之はとりもなおさず、「三密」のみを金科玉条として唱え、他の施策は放置した結果だと思う。台湾は、経験→学習→対応の見事なまでの成果だ。製造業にあった我々は、よくPDCAサイクルを回せと指導され、してきた。PDCAサイクルとは、事業活動における生産管理や品質管理などの手法であり、Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)の 4段階を指している。幸いにSARSの時には、日本はそれほどのダメージは受けなかったが、台湾には大きな影響が出た。(感染者674人、死者84人)そのために、組織を1本化し、真の意味で、真摯に(安倍の歪んだ真摯とは違う真の意味での)国民に対し、データを開示、不安なところを丁寧に(これも安倍の意味とは異なる)説明して、とにかく国民の信頼を得て、今日の結果を得ているという。トップの陳建仁、副の陳時中、IT担当の唐凰と言った、優れた人たちが、心を1つにして対応したのだ。西村や小池と言ったてんでんばらばらな訳のわからない方針や、アラート、全くナンセンスな標語などなど、どれ1つ取っても心に伝わってこない、彼らの自己満足でしかない。国民が付いていけるわけがない。思わく通りの数字が出なかったと言っては、その原因を詳らかに検証することなく、国民に向かって切れる等という状態では、何事も解決しようがない。一茂ではないが、西村には早く退任して欲しいと云う事だ。とは云っても、後釜は見渡す限りで人材はいない。台湾のように思い切って、陳建仁のような人材をリクルートできないものかと考えてしまう。日本の現在の閣僚はすべからく、在庫一掃内閣であり、適材適所という安倍独特の虚の修飾語に飾られた、無能な集団だと云う事だ。既に悪事で退任した、菅原一秀、河井克行は論外として、地方創生の北村誠吾、ITの竹本直一、安倍言いなりで傀儡の法務の森雅子・・・挙げれば切り無しだ。そもそも下らぬ言動でへらへら口をほぼ90度(最近はやや緩んだが)にして御高邁を垂れる麻生太郎、何が民度が高いのだ、巷に遊ぶ若者の実態を見てから言えと言いたくなる。民主主義とプライベートの保護を掲げる余りに、法規制も曖昧、飴(補償)と鞭(罰則)が曖昧、愛と知恵(台湾での)など何処へやら、補償に至っては、被補償者に届ける前に、縁故の電通などに多額の中抜きをさせる(するではなく)事を堂々とやってのける、お前達は一体何者なのだと問いたい。救世主は現れないものか、兎も角国会は早々に閉じてしまって、やる気の無さ丸出しだ。早々に総辞職しては如何かと(それならインパクトはあるかも知れない)思うこの頃だ。
2020.07.04
コメント(0)
今日のウォーキングは第1712日目で9367歩だった。朝家に帰るなり、気になっていた折れたサボテンを植え直した。液体肥料を木にやって気になっていた裏の公園に張り出している木の枝と、表通りに木の枝を切った。昼食を採って連れ合い達三人会を迎えに阪急高槻の桃谷楼に出掛けた。***新型コロナが衰えを見せない。というか、第2波かと思われるくらいに発症者が増えてきた。日経新聞に免疫の話があったので、てっきりコロナ対策のことかと思ったら、そうではなく一般的な免疫力の話だった。米国立衛生研究所(NIH)のケイトリン・サドラーが取り組む研究についての紹介だ。彼女は元来人間に備わっている免疫を使って迅速に組織を再生させる研究に取り組んでいる。両生類のイモリは足全体を失っても再生できるが、人間はちょっとしたケガや手術でも傷痕が残ってしまう。彼女はこうした人間の「再生力」不足を補う治療法の開発を進めている。最近でこそ余り見なくなったが、子供の頃よくトカゲを見た。一寸危なくなると自ら尻尾を切って逃げ出す姿をよく見かけた。彼らの尻尾は簡単に再生できるからだと知って、便利な動物もあるものだと感心した。人間もそうであれば、多くの人が救われるのにと思ったものだ。然し、人間の場合、そう簡単には行かない。通常の免疫というと、コロナウイルスと戦って殺してしまうなどと云った事を考えるが、そうした攻撃型の免疫ではなく、ケガをしたときに傷口を塞いだり、筋肉を再生したりするといった、いわば「癒やし型」の役割の方だ。こうした再生の役割を担っているのが「ヘルパーT細胞」であると云う事を突き止めたのだ。発見時のエピソードが、余り劇的ではないとのことだが、偉大な発見はそうしたケースが多いようだ。サドラーは、ある種平凡な女性であったかの紹介だが、免疫についての興味は尽きることはなかったようだ。所属するNIHは今は新型コロナ対策の最前線で活動している。そこで、無症状故に統計に反映されていない感染者数を洗い出すプロジェクトに関わっている。毎日全米から50~100個の血液サンプルが届く。その抗体の有無を調べるのだ。これらの血液サンプルは、様々な属性を有している。例えば、性別、人種の他にも居住地域や子供の有無、職場環境など多種だ。こうした属性と抗体データの組み合わせになんらかの相関関係が無いかを追及している。単に数の多寡だけでなくこうした属性がなにがしら、感染に影響を及ぼしていないかを調べている。このたび専門家会議が形を変えて、山中教授らが加わったが、山中教授は兼ねて、ファクターXの存在を暗示していた。私も毎日更新される世界の感染者数(死者数)を見ているが、中国に始まった、新型コロナは、ヨーロッパから米国(白人)に飛び火し、そしてラテン系の応力人種に移り、又ヨーロッパ系でも特殊なアーリア系であるインドで蔓延している。もちろん米国での黒人や、アフリカの黒人にもその影響は同じように出ているが、どこか少しずつニュアンスが違って見える。特に中東のカタールやバーレーンなどでは感染者数の割合は断トツに多いが、その逆に死亡率は極端に低いといった特徴だ。死亡率が低いという点ではサウジアラビアやUAEなども同傾向だ。振り返って、シンガポールなども死亡率は極めて低い。数字上からはこうしたところに何か潜んでいるのではないかと思えるのだ。日本はと言えば、最近第2波が襲来したかのような傾向だが、100万人当たりの感染者数は低い。こうした傾向は、中国を含み東南アジアの国々にも共通して言える。短絡的だが、黄色人種には、何かファクターXが潜んでいるのではないかとの感じだ。そうした面からは米国は人種のるつぼであるから、なかなか傾向が表には出ないし、社会環境(貧富の差)などが、ファクターX(あるとしたら)の存在を顕在化できないのかも知れない。話がそれたが、サドラーが目指す免疫での再生は、トカゲのように人の場合も手足がそのまま再生することは考えられないが、傷口にヘルパーT細胞を含ませた素材をあてがうことで、自らの免疫力で、傷口を修復することが出来るまでにはなるであろうとのことだ。その昔盲腸では割腹を不可避とされ、たまに右下腹に大きな傷を持った人を、浴場などで見かけたことがあったが、その後は手術も簡単になってそのような光景には滅多に出会わない。それでもかなり深い傷を持つ人が居るようだ。私自身も、胆石で腹を切ったときの手術跡が大きく残っている。しかし、これから先は、ヘルパーT細胞を利用すれば、その傷跡も殆ど無かったかのように修復されるのでは無いかと思う。山中教授は、もっと本格的にiPS細胞を使って元から失った部分を入れ替えようとするのだから発想もコストも、更に大きな技術も必要となるが、ヘルパーT細胞の場合は、簡単で、コストが安く、且つ安全面でも安心できるというものだ。今回の新型コロナでも、高齢者や、既往症を持つ人が死に至る確率が高いと言われ、そのような結果が出ている。この場合も、免疫力の有無がその人の命運を分けることもあるだろう。通常の若い人は、細胞が活き活きしていて自然に免疫力が高いと考えられ、よほど゙の例外でない限り新型コロナには負けずに済ませるのでのでは無いか。ただ単に国別の感染者(死者)数の多寡を論じるだけでは、こうした免疫力の貢献具合を測ることは出来ない。免疫力については良く通常バナナは果物の中でも特に免疫力を高める効果が高い事は知られているが、店で買った約8~9日目位の熟し方のバナナは買ったばかりのものよりも約5倍程度白血球の数や免疫を強める生理活性物質の量が高いという。また、乳酸菌も免疫力を高める免疫グロブリンA (IgA)という免疫たんぱく質の分泌量を高める効果が高いとのことだ。また、免疫力高めるたんぱく質「SATB1」はリンパ球を作る「造血幹細胞」の能力が高まるということだ。どう言った食物を取るのが良いのかについては、見つけられなかったが、「とりあえず熟したバナナ、ヨーグルトなどから習慣づけて食べることにしたい。免疫力にはストレスが良くないという。合わせて、ゆったりした気持ちで生活したい。
2020.07.03
コメント(0)
今日のウォーキングは第1711日目で8514歩だった。明日、連れ合いの三人会のメンバーが来訪するとのことで、部屋周りを少し片付けた。かなり念入りに掃除したので、まぁ良いだろう。こういうことでも無いと、隅々まで掃除することが少なくなった。***クセの時代という記事があった。個人のクセが、セキュリティー対策に使われる時代になったとのことだ。スマートフォンの操作や、タイピングのクセなどから本人かどうかを判断するという。パソコンを共有して使っている場合などは、そういったクセで、人が変わるとロックされるとのことだ。私などは、元々パソコンはパーソナルなものだとの認識で、他人と共用することなど考えてもいなかったし。共用の経験も無いので該当しないのだが、世の中にはこういったケースもあるとのことだ。パソコンに組み込まれたAIが利用者のタイピングや変換の方法などのクセを学習するのだ。その結果、本人らしからぬと判断したらコーションを出し、強制終了するのだという。例えば「ちょ」の入力を「tyo」と打つか「cho」と打つかによって判断するとか、ブラインドタッチに代わって人差し指でゆっくり入力するかによっても判断する。スマートフォンなら、スワイプの仕方などからも判断するという。機械がそういったことを判断するというから凄い。こうしたクセによる識別を、車の運転に広げようと試みられている。1月の米国での見本市「CES」でそうした構想が発表された。ハンドルの切り方やアクセルの踏み方などのクセを学習して所有者か否かを識別するのだ。こうした個人のクセなどによる本人確認方式は「行動的生体認証」と呼ばれ、需要は今後5年間で、年間平均21.3%で成長していくと見込まれる。この背景には、現在の認証システムが限界に来ていると言うことだ。パスワードは流出の危険があり、別の携帯で認証を求めようとする「2段階認証」は煩雑だ。クセだと、急に変わることもなく、的確な気がするが、あまねく適用が可能なのかと一寸驚く。一般への適用では、みずほ銀行がイスラエルのスタートアップ「バイオキャッチ」の技術を使って金融詐欺を防ぐ実証実験をしている。最大2000にも及ぶ人の振る舞いから判断をするとのことだ。擬似的に他人のパスワードを入手したという設定で、詐欺師役が預金を引き出そうとするとき、パソコン操作のクセなどから本人と違うとの識別をするという。ここで、オンラインバンキングなど使ったことがないので、銀行預金引出にパソコンを使うなどあり得ないのだが、意味するところがよく分からない。また三菱電機が手がける、無人店舗実験では、東京大学が開発中の「ライフスタイル認証」を使って、本人確認をするという。この説明も又なかなか腑に落ちない。専用アプリで、通勤ルートやオフィス滞在時間といった行動記録を学習させて、本人確認をすると言うが、その様なケースがあるのかどうかよく分からない。社内に設置した無人店舗の菓子ボックスに近づくと、自動で鍵が解除され、商品を取り出すと、その本人の口座からお金を自動引き落としするとのことだ。意味するところのイメージが湧かない。生体認証では指紋、顔、目の虹彩で識別していたが、それでも十分ではないという。目の写真や、3Dマスクで突破される可能性があるという。そのこと自体が驚きだ。写真かどうかの判断や、3Dマスクでは駄目だとの対策の方が先に考えるべきだと思うのだが・・・。最後に認識精度は不明とされているので、まだまだの感がありそうだ。総合的には、プライバシーとの関連で。行動履歴など把握されることに対して得られる効果が特別優れているというわけでは無さそうだ。米国のイベントに「サウス・バイ・サウスウエスト」というのがあり、そこで電通などが発表を予定していた構想に、人の動きを表すデータを記録し、取引する「モーションバンク」という事業があるという。何だ、それは。民族の舞踏やスポーツ選手の動きを専用の服で測定し、取得データを管理するというものだ。文化の保存やアスリート支援に繋がるという。東大発のスタートアップ「ゼノマ」が連携している。今から協業先を探すというが、こうしたニーズがあるのか、そして商売になるのかと、一寸不思議だ。既にダンサーの動きを著作権登録しているスタートアップ(マイクロエンタテイメント)もあるという。あるダンサーの動きを真似たい人は利用料を払うんだという。何を馬鹿なという感じだ。では、今の生態模写などは、総て有料化すると云う事なのか。真似たのか生来そうなのか等判定は難しいと思うのだが・・・。体力が落ちたダンサーが以前のシャープな動きを以て商売に結びつけるのだとか、ニーズがあるのかなぁ。懸念のように、こうした特許(ダンス)は確立するのも難しく、模倣が完全に一致しているかなどの判定が難しいからだ。有名なダンサーの動きを真似たキャラクターが、著作権法に触れるというので、謝罪したという例もあるらしい。この時は、ダンサー名を振り付け協力者として記載した(それなりの対価が支払われたと云う事だろう)とのことだ。知的財産は、こんな所まで及ぶのかという感じだ。中国などには全く通じそうにないようだが。勝新太郎の精巧な頭部を作成し、動きをデータとして取り込んで映像を作成する試みが行われた。そして動きや歩き方なども取り込んでいきたいと云う事だ。私などは何の意味があるのかと思ったが、私が思ったようなことが最後に描かれていた。昨年末のNHKの紅白歌合戦で、かつての美空ひばりの姿や声を再現してテレビに映し出したのを見たが、正直「何だ、之は」とおもった。死者への冒涜などとは思わなかったが、似ているなどとは思わず、気持ちが悪いとの嫌悪感以外のものを感じなかった。又オバマ前米大統領の偽スピーチ(ディープフェイク)も同様に試みられたそうだが、こうした負の遺産としての心配もあると言うことだが、現段階では、クセの模倣などと言う試みは、害こそあれ、無意味なのではないかというのが総合感想だ。然し、こうした試みが行われていると云う事に少しショックを受けた。
2020.07.02
コメント(0)
月が改まった。今日のウォーキングは第1710日目で9388歩だった。頼んでいた障子張り替えが予定より早めに届いた。殺虫剤や消毒液、洗剤などを中心に買い物に出掛けた。帰りに蔵鮨でテイクアウトし、孫のマンションに届けた。学校も行っているようだし、野球もやれているようだ。少し安心。姉が訪問リハビリを受けられるようになったとのこと。要支援のままで可能だとのことで良かった。***日経新聞の十選だ。ゴッホに絞った10の作品を元に、ゴッホを掘り下げてみようとの試みだ。解説者は芸術思想家の木下長宏氏だ。ゴッホの生き方を「一本の草の芽」の如きと表現している。1. ひまわり紹介の絵には俗にひまわり14本が描かれているようだ(一般の解説書では14本となっている)が、数えてみると、15本あるようにも見えて、日経では15本と数えている。なんだかややこしい。このほかにも、ゴッホは数多くの「ひまわり」を描いている。弟テオに送った手紙に、日本の芸術(浮世絵)を研究していると、哲学者という人間に出会うという。1本の草木を研究している。草の芽が総ての季節、人間の偉大な姿を、描き出させると言った哲学的な内容だ。本当の宗教人はこうした単純な植物のままに生きると云う事なのか。こうした、きっかけで彼はヒマワリの絵を連作しているのだ。中には枯れて萎れた花もあり、生命の息吹、一生がこのヒマワリに代表されていると感じたようだ。ヒマワリをそのような見方で捉える見方もあるのかと改めて見直した。2. 草を刈る少年この絵は余り見たことがない。ゴッホが油彩の勉強をする前の時代のことだ。元々画家になる気も無く、神学校の受験に失敗、伝道師の実習にも不合格になって、やむを得ず画家の道を進んだとある。そして後世で高い評価を受ける画家に。何とも、人生何がどうなるのか解らないものだ。この絵を描く前にはミレーの落ち穂拾いを模写することから始めたとあるが、何となくそれは順当な導入である気がする。生きる草の芽に思いを込めて、やがて人に刈り取られるときが来る。人の一生も草のようだと感じたのだろうか。草を刈っているその土地は畑なのだろうか、今1つよく分からない。3. 機織る人ゴッホはこの機織る人も何枚か描いている。初期の作品はみなこのように農民を描くことが多かったようだ。農作業の合間に機を織るのだ。窓の外の風景は、ミレーの落ち穂拾いを感じさせる。こうした絵は、ゴッホの好んだモチーフのようだ。窓の外のどんよりとした光が、織る布に反射して農夫の顔を僅かに照らす感じだ。解説には、この絵は芽生えたばかりの草原の芽と似ているという。そこまで見抜くと云う事は私には出来ない。ゴッホは、こうした貧しいながら真摯に生きる農民が好きだったのだろう。4. クロッカスの芽この絵も初めて見る。解説者は余程ゴッホに精通していうるのだろう。「クロッカスの芽」はオランダの田舎からパリに出てきて1年目の作品だ。テオの紹介で、印象派の画家達と出会い、それまでの暗い沈んだ茶色に、やや明るさを加えてきたようだ。籠も茶色、中の土は更に黒い茶色、背景までも茶色で描かれている。芽吹いたクロッカスの先端の淡い緑が、何となく和ませてくれる。ゴッホは草の芽のいぶきを根底のモチーフにしているとのことだ。5. ボンズ姿をした自画像自画像も多く描いているが、この絵は「僧侶としての自画像」という名前で知っていた。ボンズは坊主とのことらしい。この作品は、「ポール・ゴーギャンに捧げる自画像」とも呼ばれている。ゴッホがアルル時代にゴーギャンに捧げたものとのことだ。自画像を贈りあうのが当時の画家達の流行だったようだ。印象派の画家達との交わりで、従来のように、神の言葉を語り、貧しい人々を描くのが使命だとの考えは少し変わったようだ。日本の浮世絵を学んでいるときこうした坊主姿の禅僧を知ったのだろう。自分も哲学者になろうとしたのだ。鏡に映った顔を描いたのではなく、かくなりたいという気持ちが込められている。6. 芽の生えた玉ねぎのある静物画この絵も又マニアックだ。ゴーギャンとの別れの後、ゴッホはアルルの病院に強制入院。繰り返し襲ってくる発作との戦いに憔悴しきっていた。敬愛した友との別れは、ゴッホを一層痛めつけたことだろう。小康状態の日、退院を許されて自分の家に戻ったときに、テーブルの上には芽が生えて食べられなくなった玉葱が、主人の居ない家で、待っていたというわけだ。この家には、ゴッホが出て行って誰も訪れた気配がない。添えられた絵は、健康年鑑だという。また炎の付いたろうそく、パイプとタバコ、それらは去って行ったゴーギャンの名残だ。右端にはテオの手紙を置いてある。入院していた日々の経過が読み取れる。如何にも寂しい絵になった。7. 星月夜ゴッホらしい絵(と私が思っている)が出てきた。発作を鎮めるために、自らサン・レミの施薬院に入院した。そこは鉄格子の部屋だ。恐らく正気と落ち込みが交互に訪れたのであろう。真ん中遠方に尖塔の教会が描かれているが。手前の糸杉に、主役を奪われている。夢だった牧師になることを諦めた決別の絵だという。以降彼は教会の尖塔を描かなくなったとか。糸杉は我が身をよじって天に伸びる、これは自分の代替なのか。テオには星の新しい研究を始めたと書き送った。病気回復への願いを込めたのか、私には真ん中の空のうねりが、ゴッホの心境を代弁しているように思える。8. サン・レミ施薬院の庭この絵は単に「草むらの中の幹」と言う名で知っていた。ここでも草の芽の研究が背景にあると解説者は言う。普通、木を描くときに枝や葉を描かないことはないだろう。だけど幹だけだ。ねじれた幹を、自分とみたのか、幹の下には大地にしっかりと根が張っている。草と幹、それに隠れた大きな根。根は目に見えないが根がないと眼前の幹も草もあり得ないのだ。ゴッホは庭に哲学を感じたという。ゴッホがなぜこの構図を絵に起こす気になったのが私には分からない。この場面は、星月夜の全面に位置しているとのことだ。9. 烏の群れ飛ぶ麦畑この絵はひどく胸を打つ。ゴッホの心境が手に取るように見える。この絵は、ゴッホが最晩年にサン・レミを離れ、パリから1時間ほどのオーヴェル・シュル・オワズに移ったときのものだ。友人であり精神科医でもあったポール・ガシェ医師の療養院で生活を始めた。ゴッホは、テオとガシェといったよき理解者を得ていたことが大きな救いだったことだろう。ここに移って、明るい村の風景など70点を描いている。然し、病気の悪化はつのるばかりだったのだろう。ここに来て2ヶ月で、ピストルで腹を撃って自殺した。たった37歳だった。苦しい日々だったことだろう。(自殺か否か議論は続いているとのことだ)銀色の収穫前の麦を希望と捉えるのか、少なくとも暗い空と無数の烏はそれを遮っている。麦畑の真ん中を曲がりつつ開ける道は向こうにあるガシェ医師の家だ。ゴッホはこの道を何度も何度も往復したことだろう。その時々の精神状態が、この絵に集約されているようだ。10.麦の穂8.の幹の絵と何か通じる。こうして草のいぶきはゴッホの生涯を通じて貫かれているという。広大な麦の穂の野原を、一部だけ切り取っている。私にはこの意図は読めない。しかしベタに緑を塗っているわけではなく細かな麦の穂や茎、葉などの表情を丁寧に描いている。ゴーギャンにこの絵を送って、之は緑の変奏曲なのだと表現している。この絵の中にゴッホ自身の生きた姿を表している。風に身を任せて揺られている麦の穂はゴッホ自身だと、解説者は言う。正直私にはそのような深い感慨は覚えなかった。多くの作品がファン・ゴッホ館に収蔵されている。そんなアムステルダムも今はコロナで近寄れない。こうした感慨を持ってもう一度鑑賞したいと思った。
2020.07.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1
![]()
![]()