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今日のウォーキングは第1660日目で8489歩だった。今日4月最後の日だ。コロナの話が始まって4ヶ月が経過した。日本は緊急事態を宣言している最中になる。夕方になって連れ合いが散歩がてら、本を買いに行くのに同行した。連れ合いは、いつもマスクはもちろんビニールの手袋を付けていく。万全の体制だ。然し通りには、買物時間なのか、自粛の感はあまりなく人通りも差ほど少なくは無かった。昨日は昭和の日の祝日だ。毎日が休みとなった身では感慨もないし、特にコロナ禍の中ではカレンダーが赤字以外に特段の変化はないので淡々と過ぎた。4月29日は昭和天皇の誕生日であり、平成になって平日になるかと思いきやゴールデンウィークに繋がることから「みどりの日」と名前を変えて祝日とした。さらに、2007年に祝日法が改正され「みどりの日」は5月4日に移動、4月29日が「昭和の日」となったようだ。経緯は置くとしてとにかく休みだ。***4月の9日頃から日経1面に、「コロナと世界」が連載され始めた。読み返してみた。・ジャック・アタリ(仏経済学者)命を守る分野の経済価値が各国のGDPの5~6割を占めている。この機にこの割合を高めるべきで、こうした分野を犠牲にした分野を救済すべきではない。ワクチンと治療薬に多額の資金を充てるべきだ。現在は極めて少額だ。やり方によって危機を克服する期間は、3ヶ月にも3年にもなる。コロナ終息後は権力の変容が起こるだろう、歴史的にペストの流行で、権力は教会から治安当局に移転した。その後更に医学へと移った。問題はテクノロジーを全体主義の道具にするか、利他的かつ他者と共感する手段とすべきかで結果は変わってくる。中国が危機を脱したとしても世界の勝者にはならない。米国が分断を続け、欧州が中国によるアフリカなどへのコロナ支援を黙認した場合は結果は変わってくるが。日本を高く評価している。危機が終わったとき日本は国力を高めているとみている。・本庶佑(京大特別教授)治療薬が必要だ。推奨されている薬はどんどん使うべきだ。ウイルスは新しく発生したら、世界がひっくり返ることになる。生命科学は未知のことが多い。ガンと感染症とは全く異なる。ガンと違って、感染症は伝搬してあっという間に広がる。中国発の病気だが感染が治まったら中国が強くなるのか、世界中から冷たくあしらわれるかは予想がつかない。国際秩序が変わる可能性がある。日本にも医学の専門家と政府が連携して動けるようなシステム(米国のCDUのような機関)が必要だ。IT戦略の遅れが如実になった。マイナンバーカードやオンライン教育など、どんどん進めるべきだ。・村上陽一郎(科学史家)新型コロナは歩き回れる宿主を選ぶという、いわば賢いウイルスだ。行動範囲の制限は、今も昔(ペストの時)も同じで当面できるのは之しか無い。中国のような強権的な政権の方が果断な処置を採りやすいが、それ故に民主主義を変えてはいけない。そうなると畢竟、個人の良識に委ねることになる。そんな徹底は極めて困難だ。又デマが横行しやすい。今こそ科学者が丁寧に解説してわかりやすく説明することが必要だ。個人の良識や常識、健全な思考が我々の将来を決めることを肝に銘じなければならない。・白川方明(前日銀総裁)超グローバル化への拒否反応が強くなってきた。コロナ危機が起きる前から格差や難民問題、貿易紛争の激化、ポピュリズムの台頭等が起こっていた。グローバル化の果実(恩恵)に浴さない一般の人は、グローバル化への拒否反応も強くなるであろう事は致し方ない。その他金融機関の存在意義などが語られているが、内容の理解が覚束ない。・ジャレド・ダイアモンド(生物地理学者)14世紀のペスト(黒死病)ではヨーロッパの人口の3分の1が死亡し、経済回復までに1世紀を要した。世界恐慌は10~12年掛かった。今回のコロナはコレラよりは短いだろう。ペストの感染はユーラシア大陸に留まったし、スペイン風邪は致死率11%とコロナより高かったが、グローバル化が今ほど出なかったので感染は緩やかだった。過去50年間エイズ、SARS、MERS等を経験したが、沈静後、米国は担当部署を解散してしまうなど備えは不備だ。中国はSARS等の元になる野生動物の感染源を閉じるべき所、伝統的医療だとのことで動物の利用を続けている。このままでは再発は起こる。コロナの封じ込めには国際的協力が不可欠であり、之が世界的な国際問題解決の契機になれば最良だ。それは甘い見通しだが、現実にはそういった連携(アメリカと中国のワクチン開発での連携)などの兆候もある。中国がこれを機に台頭するという見方に対しては、意志決定は早いものの誤った決断を下すリスクも内包していてそういったことは起こりえないだろう。コロナ発生当初の隠蔽がその良い例だ。(個人的にも絶対そうなって欲しくないと思う)日本も米国も、都市封鎖や感染経路の追跡にそれほど熱心ではなかった。重篤になりやすい高齢者比率が大きい日本はしっかりと対策を講じなければならない。・東浩紀(哲学者)いざ危機が来たら集会の自由の制限をむしろ進んで望むことに驚いている。それは、中国も米国も同じだ。コロナを乗り切ったら、そのことはトラウマとして残るだろう。テレワークが広がるとしても定例的なことに留まり、創造的な仕事には向かないだろう。ネット空間は自分と似た考えの者ばかりが集まるだけで、通信回線がパンクすれば崩れるし、通信を提供する業者に安易に操作されることもあり得る。移動と集会は、人がコミュニケーションを取る上で不可欠だ。危機の時にも人々はグローバルなサービスを受けることが出来るようになるべきだ。感染症も放射線物質への対応も専門家にだけ頼っていては国民感覚とズレてしまう。人との接触を避けろと云う事は、正常な社会生活を阻害する。それを調整するのが政治の役割だ。続きは明日に回す。
2020.04.30
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今日のウォーキングは第1659日目で8001歩だった。最後は調整で少し遠回りした。2回目の松の剪定を行った。少しは見られる姿になったように思う。***又日経のAnalysisの記事だ。イノベーションや成長にとって中小企業や若い企業がどの程度重要かを書いている。注目すべき指標の1つに特許件数がある。アメリカの製造業の大企業の9割以上は全く特許を取っていない。本当かなと思うが・・・。しかし、また、特許の9割を製造業が占めているという。新しい性能や特徴に対して特許を取得する傾向が強い。特に消費者向けにはその傾向が大のようだ。一方で製造業以外では特許の数が極端に少ない。米小売りの大手ウォルマートは、売上高や従業員数では米化学大手のデュポンよりも巨大だが、特許数はウォルマート:デュポン=約40:40000と桁違いだ。製造業に身を置いた身としては、そういうものかという気がするが、それでも極端な差がある。イノベーションのもう1つの指標として、研究開発(R&D)の支出が考えられる。この指標は、秘密の部分がある故か、公表されている値と実際には乖離がある可能性がある。企業規模とR&D集約度(売上高に占めるR&D支出の比率)の間に殆ど相関が見られないのだ。R&D支出も製造業(製薬など)に偏っているが、米国全体の6割程度なので、特許のような差は無い。製造部門にヘルスケア部門とソフトウエア部門を加えると9割に達するが、その全体を見ても、生み出す付加価値は全体の3分の1である。指標としては適切ではない。これは少し意外だ、研究開発こそがイノベーションに直接的に作用しているのではないかと思っていたからだ。他に考えられる指標としては、企業の利益率だ。イノベーション創出力が高い企業の方が利益の幅が大きいと思えるからだ。そうすると大企業の方が中小企業よりもイノベーション創出力は高いことになる。しかし、そうとばかりは云えない。自然独占や政府による参入障害も反映されるからだ。新製品を投入しても旧製品と同等の売上に留まるなら収入生産性は不変だからだ。イノベーションの副産物としての市場シェア拡大は注目に値するだろうとみて調べた。新製品の投入で、市場シェアが拡大するはずだとの見方からだ。新製品の投入の方が既存のメーカーに置き換わるよりも成長寄与度が高いという。書かれているロジックが一寸理解しがたい(なんだか逆のような気がする)のだが、そうではないらしい。後者を「創造的破壊」と呼ぶのだが、例としてiPhoneがソニーやパナソニックからシェアを奪い取ったことなどが挙げられる。こうした競争相手に取って代わる(創造的破壊)方が、現行の自社製品に置き換わるような新製品開発を創出するインセンティブに勝ると云う事には同意できるのだが、どうやら米国での生産性の伸びとしては逆だというのだ。米国では新しい企業(設立0年)や設立5年までの若い企業が成長の半分を担っているという。結果として、新しい企業は、雇用に占める割合は高々3%だが、成長寄与度は30%を占め、逆に雇用の4分の1を占める巨大企業の方が生産性の伸び率は10%程度でしかないとのことだ。これは独自の見解だと断っているが、コロナ禍から立ち直るには、若い企業を支援しなければならないとしている。日本の大企業は世界の大企業と同様に市場の最上層まで登り詰め、行き場を無くしてしまっていて2度と日本経済が勢いを取り戻すことが出来ないかも知れないという予測がある。そして事実、日本企業は新しい市場を作り出すイノベーションを殆ど起こしていない。大企業の社長が幾らイノベーションを唱えても、心中は既存顧客の満足度の最大化(持続的イノベーション)や利潤の極大化を考える経営トップ達であり、また、社内の意志決定層の深さからとてもイノベーションを生じる環境では無い。明らかに矛盾したことを唱えているだけなのだ。そこを打破するアプローチは3つあって、1.破壊的イノベーションを最優先する別組織の立ち上げ、2.破壊的ビジネスモデルを持つ企業の買収、3.顧客が満足している価値軸を脱して新しい性能指標への軸変換(この意味が少し抽象的すぎる)だという。1. は既存の組織の中では無理だろうということから、何となく理解できる。ソニーの、「スタートアップ・アクセラレーション・プログラム」は之に相当するという。之には十分な経営資源を投入する事が必要だ。余談だが、私もこうした環境に置かれたことがあった。然し時の社長に、ここで言う立派な理念があったわけでは無く、とりあえず、既存のラインで不要になった人材を投入して、何か考えろ的な発想であったことから、予定通り、1年余りで没してしまったのだ。経営トップの姿勢が、如何に大切であるかを絵に描いたような有様であった。ソニーのプレステーション開発のストーリーが書かれていたが、根本的な理念の違いもさることながら、私の経験などは比較の対象にはならない。然し、そんなお題目を唱えるだけの企業が多いのではないだろうか。2. の買収の件だが、既存の組織同士が従来通りの方法で連携しても意味が無いと云う事だ。之にはホンダのビジネスジェットの話が例示されていた。その過程の至難さは想像に難くないが、今や米国の小型ビジネス市場でトップクラスのシェアを得ているとか。そこで、追記されているのは、親企業との関係をいたずらに引きずらないことだという。なるほどと思った。私の経験でも、スピンアウトした子会社の方が、元の会社よりも優勢になったのは、こうしたことがあったのかも知れない。1998~2015年の全要素生産性(TFP)の伸び率は日本の0.2%に対して欧州先進国は4倍に達している。日本がこうも遅れているのはなぜか、追いつくには何が必要かについて述べるとき、無形資産と産業集中度から分析できる。無形資産投資には1.ソフトウエア投資(情報化資産)、2.研究開発投資(革新的資産)、3.人材投資(経済的競走能力)がある。米国では無形資産投資が有形資産投資を上回る。日本は逆であり、無形資産投資額は2000年以降ほぼ横ばいだ。人に金を掛けていないと云う事で、人材投資のGDP比は日本は0.4%で米国は1.8%だ。この原因の1つに非正規雇用がある。特に資産制約に直面する企業(中小企業)に於いて著しい。日本は特に大企業と中小企業間のイノベーション格差は大きい。産業の集中度とTFPの伸び率の間には正の相関が見られる。只集中度が高くなると、TFPの伸び率は低下する傾向にあり、過度の集中度上昇はビジネスダイナミクスの喪失に繋がる恐れがある。日本企業の生産性を見ると製造業では米国の7割程度、サービス業では5割程度という試算もある。総じて日本は米国に比べて遅れていると云う事のようだ。
2020.04.29
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今日のウォーキングは第1658日目で8066歩だった。昼食のテイクアウトで「ドン」に出掛けて、孫2人に届けた。七草の会ゴルフコンペを当初予定されていたがもちろんコロナで中止だ。***コロナから離れた話題を探すのも難しいくらいだが、日経日曜日の「美の粋」はそんな不安から解放してくれる憩いの場を与えてくれる。写真家アンセル・アダムスのことが紹介されていた。名前も聞いたことがない人なのだが、素晴らしい写真を残していると同時に、その人柄も伝わってくる内容だ。目を惹いたのは「月の出 ニューメキシコ州ヘルナンデス」のモノクロ写真だ 。写真を言葉で言い表すことが出来ないが、夕暮れ間近の太陽とは反対の位置の月の出を撮った写真だ。蕪村の俳句のような情景なのかも知れないが、そこは、アメリカのこと壮大な風景だ。私は米国本土には行ったことがないが、グーグルの地図で土地の位置などを調べて臨場感を味わうことが好きだ。月は何処で見ても同じではない。その場所をより引き立たせる存在だ。手前の十字架が沢山あるところは、ヘルナンデスの教会と墓地だ。そんな道を、息子を乗せて車で走っていて、風景に感動して撮影したもので、十字架が白く反射して輝いているわずかな時間を捉えたものだ。私も同じように月に感動することが時々ある。私が最も感動したのは、アフリカのジンバブウエで仕事を終えて、マシンゴからハラレに帰る車の中から見た月だった。アンセルの写真とは違って、陽も落ちて漆黒の闇、サバンナの道をひたすらに走っている時に見た月で、月が本当に球体なのだと感じたときだった。余談はさておき、アンセルの写真は、様々にプリントされ(写真はプリントの段階で如何様にも雰囲気が変わるのだという)その数900枚はあるという。そんなものなのかと、改めて知った。(因みに新聞には2種類のプリントが掲げられていたが、私には違いは分からない)アンセルは写真について「ネガフィルムは楽譜、プリントは演奏」といった有名な言葉を残したのだという。アンセルはピアニストを目指したとあるので、その双方からこの言葉が醸し出されたのだろう。彼がサインをしたこの写真プリントは1枚50万~60万ドル超で落札されたという。たかが写真がと思ってしまうが素晴らしさは、その受け取る人によって変わるもののようだ。続いて紹介されていたのは「月とハーフドーム」だ。ハーフドームというのも初めて聞くので調べてみると、カリフォルニア州のヨセミテ渓谷の東端に位置する花崗岩ドームで、北西側が急峻に切り立っており、南東側は丸みを帯びていて、半球を縦に割ったように見えるため、ハーフドームという名前が付けられたとのことだ。この写真もまた月がそのドームを照らしているといった写真だ。彼ならずとも、この風景に出くわしたら、感動するだろうが、プロの写真家はこの1枚を取るのにここに何度も通ったということだ。写真の腕前はプロで、心はアマチュアのままでいたと評されている。自分が納得する写真を撮りたいと願う気持ちが強かったという。それをさせるに十分な舞台をヨセミテのハーフドームは持っていたということだろう。また脱線するが、私の家の近くにサントリーの山崎蒸留所がある。その前にJR線が走っているのだが、土、日になると、大勢のアマチュアカメラマン達が列車を撮る風景が見られる。私には、どこかそんなに惹きつけるか分からないのだが、彼らにとっては、この場所がとても良い場所だということらしい。然し、このハーフドームは素人の私でも写真に収めたくなるであろうと思った。風景写真を多く取った彼は、熱心な自然保護運動家でもあったようだ。自然に手を入れる行き過ぎた開発には大いに反対したようだ。それは頷ける。最後に紹介されていたのは「マンザナールから眺めたウィリアムソン山、カリフォルニア」。このマンザナールも初めて聞く。いやどこかで聞いたことがあるようだが、思い出せない。そこで調べて見ると、そこは1943年太平洋戦争勃発で、急遽作られた、日本人と日系人およそ12万人を収容する強制収容所があったところだ。日本人にとっては、暗い思い出の場所なのだが、アンセル・アダムスが収容者の1人であった宮武東洋と共に写真を撮ったのだ。宮武にまつわる話はさておき、アダムスが撮った写真はウィリアムソン山を背景にした、石がごろごろした砂地と、所々に生えた草という殺風景とも云えるものだ。ウィリアムソン山はシエラネバダ山脈の南端部に当たる位置のようだ。この写真から見ると収容所が造られた辺りも元はおそらくはこうした荒れ地だったのかなと想像する。一方、マンザナール収容所の写真では、収容された日本人が彼らによって開墾された畑で働く姿をアダムスが撮影しているものもあった。この情景をアダムスはどういった感慨で捉えていたのだろうか。新聞の解説では「周囲の砂漠がどのように荒れ果てていても、この収容所の環境は人々を鼓舞するものであったと信じている」(「アンセル・アダムスの作例集」)と書かれていた。アダムスは心優しい人であったようで、この美しいが、厳しい自然環境が見せた神々しい一瞬に、誇り高く生きた収容所の人々を重ねていたのかも知れないとしている。この収容所は、日本敗戦後の1945年11月に閉鎖された。収容者の大部分は財産を失い帰る家もなかったため、同所への在留を希望した。収容所では延べ135名が死亡し、そのうち15名が同所に埋葬され、残りは故郷の墓地に埋葬された、と書かれている。見知らぬ写真家を通じて、今日は少し暗い過去まで遡って知る事が出来た。山崎豊子作の「二つの祖国」はここを題材にして書かれたものだ。
2020.04.28
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今日のウォーキングは第1657日目で8172歩だった。千里中央(水春)で除菌液を無償配布しているとのことで、出掛けた。1人2Lまでとのことで、2人で4L貰ってきた。2Lは孫達の家に届けた。***1ヶ月ほど前に「変わる中東」という記事があった。OPECプラスが減産に合意する前の話だが、今や中東は昔のように原油さえ売っておけば済むと云った事ではなくなっている。石油産出の各国は石油に頼って経済を動かしているというのが実態だからなるべく高く、そして量を沢山売りたいと云う事は共通している。需要を越えて産出しすぎても価格の低下を招くわけで、そこらの調整をOPECでやっていたが、ロシアなど多の石油産出国も歩調を合わさないと、意味が無くなる。そこでOPECプラスで合意したのが日量970万バレルに引き下げるとの決着だ。OPECから外れているアメリカは独自にシェールオイルを産出する技術を得た。しかし、シェールオイルは硬い岩盤層(頁岩)にとじ込められた中にあるので取り出しが難しく、コストが割高になる。掘削のコストでも各国の事情で画一的ではない。少ないコストで大量に掘り出す国が有利だということになるのだが一筋縄ではいかない。各国が、経済を動かす(政府が予算を組む上で)のに最低限の価格以上で売りたいという点も共通したことだ。その閾値的な1バレル当たりの価格は国によって差があり、サウジアラビアは83.6ドル(実勢は60ドルか)、UAEが70ドル、イラクは60.3ドル、ロシアは42.4ドル、カザフスタンは50~55ドルと様々だ。一方、アメリカのシェール企業の経営は60ドル前後なら十分だが、30ドル台まで下がると大手の一部しか採算があわなくなる。当初ロシアは減産に賛同しなかった(安値を続ける)のはアメリカのシェールガスが台頭してくるのを阻止するためだ。自国も少々痛手を被るが、先ずシェールを叩こうとする方向で動いた。市場価格が30ドルなら、減産して値を上げるよりも、減産分にシェールが入り込んで、シェアを取られ返って損をすると踏んだのだ。現在のシェアは、トップが米国の日量1500万バレル、2位はサウジの同1200万バレル、3位がロシアの同1100万バレルとなっている。ロシアは、先ずトップのアメリカを叩こうというわけだ。この意味ではサウジも同じ考えだ。また、ロシアは、ロシアが損をするよりもサウジが損をする方が大きいので自国有利とみたようだ。これには、新型コロナウイルスの感染拡大による需要が急減する事も見通されていて。更に言えば、各国とも気候変動対策のため、天熱ガスや風力、太陽光など再生可能エネルギーヘの転換が進んでいて石油需要そのものが今後は伸び悩む可能性があるからだ。サウジアラビアはムハンマド皇太子の肝いりで、「石油に頼らない国造り」を進めているが、そのための原資は矢張り石油に頼らなければならない事情がある。そのためにはシェールを潰す必要があると踏んで、むしろ増産してシェアを確保し、シェールの出番を無くそうとしたのだ。(シェールとの全面戦争だ)サウジにはサウジアラムコがあり、アラムコの生産コストは同2・8ドルと、ほかの産油国に比べ、圧倒的に低いというのだ。(60ドルとの関連は少し理解できないが)もし、価格が下落してもサウジもある程度の打撃は受けるが、シェア争いで勝算があると見込んだのだ。然し、アラムコの企業価値は皇太子の思惑通りにはいかないようであり、また、サウジの現状(一定割合のサウジ人を雇用する義務などの規制や官僚主義)を鑑みて、他国からの投資は思うように進まない。新型コロナウイルスの感染拡大がこの傾向を増幅させる。バーレーンやその他の石油産出国も石油依存から脱却できていない。イスラエルでは自動車関連のスタートアップは500社を超えているようだ。2017年には米インテルがモービルアイを買収し、そのモービルアイは次世代の自動車市場を狙って、自動化運転を進め、韓国や日本から多大の投資を集めている。モービルアイが目指すのはAIを利用した「自動運転試験車」だ。高齢化が進んだ、日本や、中国などに焦点を絞っている。こうしたハイテク化の波が脱石油を加速させている。エジプトのカイロではスマートフォンで予約したミニバスを運航する配車サービスのスタートアップも出てきた。ドバイを拠点とする「Swvl(スワブル)」の配車サービスだ。こうしたスマートフォンを使った、一寸したアイデアから新しいビジネスが、生まれているのだ。ケニアや、フィリピンインドネシアにも進出する計画を持っている。脱石油改革を進めるサウジアラビアでは、イスラム教の価値観を背景に行動を制限されていた女性も、社会進出や起業が求められるようになった。女性の大学は以前からあるようだが、女性の車の運転などの道が開かれ、女性看護師などにも幅広いオプションが可能になってきたようだ。少しずつではあるが、中東も変化の兆しを見せている。ムハンマド皇太子は脱石油化の阻害となる旧守派を、手荒い方法で退けているが、イスラム教の盟主と自負するサウジも、脱石油に向けて、ゆっくりと動き出していることは確かだ。国連の公用語でもあるアラビア語を話す人は4億人近くいる。こうした国々が相互に連携して巨大な市場を形成することは、大きな利益に繋がることだろう。
2020.04.27
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今日のウォーキングは第1656日目で、8851歩だった。沿線から見る6時台のJR列車は、流石に人はまばらだ。***世界的にコロナウイルスが終息の気配を見せぬ中、中国は、一帯一路戦略をこれまで通り推し進めようとしている。中国発祥、そして隠蔽のコロナウイルス発生に対して、WHOが遅まきのパンデミック宣言をして20日ほどしか経たないときに、中国は国際的な批判を避けるかのように、イタリアなどへの医療チームの派遣、マスク外交の展開を始めている。返す刀で、中国は医薬品の輸出規制が可能だからアメリカ何するものぞと言うメッセージを発している。その強かさ、狡猾さに言葉も出ないくらいだ。そして現状を見ると、中国が恫喝していたとおりに米国は新型コロナウイルスの大海に沈み込んでいる。その5日後くらいには、中国は医療用マスクや防護服などを120カ国に援助したと強調しているが、これは元より、心からの救援でないことは明らかだ。EU辺りからは、中国の中東欧への浸透を警戒する声が出ている。その心は一帯一路だ。今日の日経のAsia Viewでは、新型コロナのパンデミックとなった今でも、カンボジアとはダム事業、ミャンマーとは工業団地の開発、ラオスとは太陽光発電事業の建設協力などで合意した。李克強首相は「中国経済は世界経済に深く組み込まれており、国際貿易や海外投資を安定的に続けていくことが重要だ」と3月に述べている。何という凄まじい執念かと思うが、之は一帯一路を継続していく決意の表明でもあった。これが中国の姿だ。中国は低賃金を武器にローコスト製造という名で、世界の工場の地位を獲得した。いわば、最大のグローバル化の受益者である。そんな中国は、自らが発生源となった事を世界に陳謝するどころか、アメリカにその原因を転嫁するなど、全く反省する気配はない。3月の中旬になっても、一帯一路構想は新型コロナの感染拡大によって変わることはないと、強気の姿勢であった。然し乍らコロナの影響は隠しようがなく中国経済へも現れている。2019年の中国のGDPの成長率は6.1%に落ち、新常態を宣言しているところだが、今回のコロナ危機で急ブレーキがかかり、世界銀行では2020年の中国の経済成長率は2.3%に減速すると見通している。それ故に、中国は自国経済の立て直しを優先せざるを得なくなり、一帯一路の軌道修正を迫られるかもしれない、といった見方が広がっている。現実に、工事が頓挫しているものも多いようだ。世界各地で都市封鎖や移動制限が行われる中で、工事に携わる人材や建材の確保などに支障が出ている。諸外国の経済研究所などの見通しも同様で、中国は自国の消費改善や雇用確保など国内向けにならざるを得ないとしている。こうした見方は概ね当たっていて、対外的な投資は欧州や北米向けは急減しているものの、東南アジアでは増えている国もある。この点からも、一帯一路事業が優先事項であり、手近な東南アジアは固めておこうとの意思の表れだ。中国の対外直接投資は鈍化せざるを得ないとしても、中国企業の収益や中国人の雇用を守るためには海外事業は欠かせないと見ていて、そうした意味合いからも、習近平にとって、一帯一路戦略は習自己の存在を掛けても最優先なのだ。中国は国内向けの対策も採りつつ一帯一路を進めてはいるが、対象国側は複雑のようだ。カンボジアのシアヌークビルは中国の投資が集中していて、地元住民からは生活費や犯罪率の上昇に反発する声があがっている。ここに来てコロナの影響で反中感情の高まりもみせている。然し、フン・センは中国への忠誠を隠さない。医療システムの強化に向けた支援を受けたせいか否か、カンボジアに於ける感染数は122例に留まり、死者も出ていない。フン・センの習近平礼賛がカンボジア国民の総意とも思えず、ただただパトロンに対する評価と云う事だと思える。WHOのテドロスが、エチオピアへの支援を背景に、中国をかばったのと同様の構図ではなかろうか。又パキスタンの例では、中国パキスタン経済回廊(CPEC)を再開する意向だ。コロナ収束後迄延期するとなると、立ち上がりがより困難になるとみるからだ。しかしながら、パキスタンの感染者数は11,940人と多く、死者も253人を数える。経済損失も約1兆6480億円になるとの見方もあり、中パの経済回廊(CPEC)がより多くの対中債務を積みますことになるだけで、パキスタンにとって有意義なのかどうかが問われている。こうした見方は東南アジアの識者の間で共通しており、中国の経済面への影響について懸念を抱いているものが約72%、政治的な影響力を警戒しているものが約85%だという。新型コロナの感染拡大が沈静化したとしても、東南アジア諸国の中には経済成長のさらなる鈍化が懸念される国もあって、中国からの新規の融資や投資を断ることが難しいかもしれない。というのも、EUにしろ日本にしろ、今までは東南アジアへの投資は中国よりも勝っていたが、コロナ後は、自国の経済復興に力を入れる必要もあって、東南アジアへの支援が十分でなくなるとみられるからだ。中国は、こうした機会を狙っているようでもある。追記として、中国はコロナ治療薬「アビガン」の有効性を確かめたとする論文を急遽取り下げた。(4月4日)極めて穿った見方をするなら、習近平は、中国国民をモルモットとしてアビガンを投与し、実は感染を本当に停止させたのかも知れない。日本などが、アビガンを製造し、投与することで、沈静化に向かう事を遅らせることが、中国の一帯一路戦略に有効とみているのかも知れないということだ。中国は、平気でそういったことをする国のようだから・・・。
2020.04.26
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今日のウォーキングは第1655日目で8482歩だった。コロナウイルス緊急事態宣言中だ。食料品を買いに松坂屋迄出掛けた。私は車で待機した。夕方庭木の手入れをした。金木犀の裾を刈り、松も少々いじった。剪定の仕方が分からないが、ぼちぼちやってみよう。***NY原油の先物価格が史上初めてマイナスになった。価格がマイナスと云う事がどうも理解出来ない。コロナの影響であろう原油の需要が激減する中で在庫が増え、保管スペースが枯渇しているという。5月物だけの局所的な話だとのことだが、投げ売りが殺到して、マイナスの域に入ったとのことだ。WTIの 5月物の清算額が1バレル当たりマイナス37.63ドルだ。新たに1000バレルを購入すると、原油と同時に、3万7千ドル(約400万円)の現金を受け取る。売手は400万円を払って、原油1000バレルを引き取って貰うと云う事だから嘘のような話だ。コロナ禍で需要が激減、そのため原油がだぶつき買い手側に保管場所がなくなるのでそうしたことになったのだ。初めての事態だと言うが、本当に聞いたことがない。アメリカではコロナによる外出規制で、ガソリンの使用が激減しているほか、企業のエネルギー需要も急減している。一方、世界の貯蔵施設の「空き」は1月時点でおよそ12億バレル。全米で約6億5千万バレルとのことで、既に余地はなくなりつつある(限界一杯)ということだ。之に反して。供給過剰は日量1000万バレルを超えており、その分だけ貯蔵に回る原油が増えていく。今年半ばには能力の限界を迎える恐れがあるとされていたのだ。買い手がつかない中で、原油を引き取ることが出来なくなって貯蔵に要するコスト分をマイナスで売る形になったのだ。それにしてもこうしたやり取りを理解するのは頭の中が混乱し、スッキリと腑に落ちない。これからずっと之の状態が続くというわけではなく5月物だけに限られている。6月物の清算値は前日比4.60ドル安の1バレル20.43ドルになるとのことだ。それでも20ドル台とのことで、過去に120ドルを超えたのは一体何だったのだろうかと思うほどだ。順調に原油(ガソリンなど)が消費されると、産油国には都合が良いが、今回のようなコロナショックが起これば、ただただ資源にだけ頼る経済構造はたちまち破綻してしまうと云う事だ。少し前にOPECとロシアは減産に合意した矢先だっただけに、また当然ガソリン価格などもあとを追って減産の影響で価格上昇し、生活に降りかかってくると思っていただけに本当に意外だ。コロナで外出を控えろと云う事だからマイカーもガソリンの減りようも少なくなるので、許されるなら自宅に買い置きしておきたいくらいだ。現在もガソリン価格はやや下がっている。確かにガソリンが減らないので安くなってからは入れていないが、看板から判断するに1L当たり12円程度は安くなっている感覚だ。それでも、過去に安かったときに比べると、まだまだ大幅な値崩れとなっているわけではない。こうした原油の価格変動は小刻みに変化し、どの辺りが採算ラインなのか生産者側の事情にもよるので、画一的に云えない。一昨日のニュースでは、6月物は、一時39%高の16.18ドルをつけたようだが、少し落ち着いて1バレル13.78ドルで終えたようだ。原油価格の動静に少し興味を持ち始めた時から2000年くらいまでの間は1バレル20ドルと云ったところがやや固定的な相場で、長らくその状態が続いていたが、そんな初めの頃に戻ってしまったようだ。アメリカのシェールオイルが軌道に乗れば、当然原油はだぶつくことになり、薄利多売と云った事になる。サウジアラビアなど原油で国家財政が成り立っている国などは原油生産を抑えて値の上がるのを期待するが、アメリカがシェールガスを潤沢に放出し出すと、困ったことになるわけだ。OPECがロシアを巻き込んで、減産し、価格つり上げを図るのだが、弱小産油国では、たちまち収入が減ることになり、一概に減産で高値回復を待つ体力が無いと云う事になる。中東情勢が複雑な動きを見せると、原油価格に大幅に影響を及ぼすことも何度か経験した。ペルシャ湾でのタンカー爆破事件などといった不安定要素がある上、トランプは22日、「米艦船がイランの小型艦から嫌がらせを受けた場合は、全ての小型艦を撃沈し破壊するよう米海軍に指示した」とツイッターに書き込んだようだ。コロナ対応で大童なアメリカだが、こう言った所の駆け引きは相変わらず続いているようだ。既に13日にはやっとOPECとロシア、及び非加盟国などの協調減産が日量970万バレル、期間は5月1日からの2カ月間で合意していたが、コロナの影響がここまで及ぶことを考えていたのだろうか。こうした異例とも云える減産協力をしても、供給過剰を止めるのはむずかしいようで、現在日量2000万~3000万バレルの供給過剰状態にあるという。新型コロナウイルスが終息した暁には産油国は更なる減産を検討せざるを得なくなるのかもしれない。コロナ騒ぎが起き始めた頃には、3月渡しが一時1バレル=50ドルを割り込みという減少傾向に入り込み、3月の終わりには20ドルを割り込むことになっていた。そして、今や最悪の事態に突入したと云える。アメリカはというと、シェールガスを輸出するまでになってはきたものの、原油価格が低迷を続けると、シェールガスを掘り続けることがコスト上成り立たなくなってくる。OPECプラスが減産することで、アメリカはそのすきにシェールを生産してポーションを広げることも考えているわけで、なかなか一筋縄でいかない駆け引きとなるわけだ。コロナ危機が去った後も、企業が実験的に導入した在宅勤務やオンライン会議は続けられる可能性があり、コロナ終息後の世界は、今までとは違った、エネルギー展開が起こることもあるかも知れない。
2020.04.25
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今日のウォーキングは第1654日目で8531歩だった。昼食をテイクアウトの為にドンに出掛けた。私は車の中で待機していたが、作業服を着た人などが、普段と変わらない感じで出入りしていた。食べないわけにはいかないのだが、私はレストラン入って食べる勇気は無い。定例になっている同期の会合も、予め中止という連絡が入っている。***日本のコロナ対策はどう見ても遅く、政府は経済を心配する余り、何やらコロナを甘く見ている風にさえ感じられる。特措法で、外出自粛は言われているが、罰則がない、という点が強調されて、なぁなぁの気分になっているのかも知れないが、手の打ち方だけでなく、その対象のピントがずれている気さえする。4月12日の日経にイスラエルのコロナ対策が優れているという記事があった。香港のベンチャーズ(DKV)という会社が評価している。DKVは2014年にAIを取締役に指名するなど、一寸変わった会社のようだが、こうした分析を行っているようだ。イスラエルは23日時点で、日経に発表される米ジョンズ・ホプキンス大集計の感染者数でも、感染者14,592人、死者191人と飛び抜けて良好だというわけではなく、感染者順位18位である。評価の対象は感染状況、人口構成、病院の収容力、医学水準という物差しだけでは無く、GovTech(ガブテック)と呼ばれる政府と技術を組み込んだものも評価対象にし、その中には軍事能力なども入っているという。評価によると安全な国の1位がイスラエル、2位がドイツ、3位が韓国で、日本が9位にランクインしている。(4月16日時点であり、4月1日時点では1位イスラエル、2位シンガポール、3位はニュージーランドだった)イスラエルは日頃から不測の事態に備えているから、病院や軍、警察などがどう対処すべきかがよく分かっているからだという。イスラエルが採ったコロナ対策は感染国からの入国者の隔離、学校の休校、必要な通勤や食料品の買い出し以外は外出禁止としている。ここまでは差ほど大きな差異はないようだが、テロ対策の監視手法で、感染者の行動を把握し、感染者と接触した可能性のある市民を特定して検査するなどの措置を採っている。またイスラエルの対外情報機関モサドが大量のマスクや検査キットなどを隠密裡に調達して国民に供給しているとのことだ。この辺りはイスラエルならではのことで、日本が到底真似の出来るものでは無い。イスラエルの最大級の病院シェバは世界最高の病院トップ10にも入っているとのことだ。ここでは欧米の病院や研究者と連携して技術開発を進めている。患者の脈拍や血圧などは遠隔で計測監視することが出来るシステムを有している。こういった事を効くと、日本の名だたる病院が果たしてどこまでのレベルなのか俄に心配になってくる。テレビや新聞では、日本の医療技術の高さを喧伝していて、我々も安心しているのだが、京都大学病院や、慶応大学病院などでの不用意な行動を聞くと、心底日本は大丈夫かと思ってしまう。大阪のなみはや病院などに至っては、なまじ、病院と名が付いているばかりに、むしろ、感染者を量産しているのではないかと憤りすら感じる。イスラエルの病院で特筆すべきはこうして獲得したノウハウを長年の敵であるパレスチナ側の病院にも提供しているという点だ。パレスチナ側からイスラエルの病院を訪れたり、逆にイスラエルの医師がパレスチナのヨルダン川西側やガザ地区に派遣されたりしているのだ。感染症に国境は無いわけでこうした交流が、政治を越えて存在していることに新鮮な驚きを感じる。DKVの評価に依れば日本は9位にランクインしているとのことだ。昨今詳細に報じられる国内のニュースを聞くに付けて、正しい評価が下されているのかと疑心暗鬼になる。2位のドイツの例では23日時点で感染者150,648人、死者5,315と世界で4位の感染者数なのだが、致死率が3.6%と発症者に比べて少なく押さえ込まれていることを評価されている。之くらいは当然だと思うのだが・・。韓国は、非常に良くコントロールされていて、最近は発症者の数も死者の数もほぼ増えていないのは賞賛に値する。計測が始まった当初はかなりの数が発症していたが、それが巧く押さえ込まれている感じで、日本もこの点は大いに学ぶべきであろう。然し日頃の両国関係から望み薄だ。中国は、発症者数は少し増えているものの死者は随分前から増加していない。巧くコントロールされているように見えるが、途中で死者数報告の間違いなどという形で修正する等不信感が強い。いちはやく武漢を開放するなどといったパフォーマンスが先行していて、とても素直に受け取ることが出来ないというのが正直なところだ。台湾とシンガポールは巧くコントロールされているようだ。特に台湾は中国が隠蔽していた当初から、疑問を持ち、WHOへ提訴するも拒否されるという事を経験している。私はかのテドロスの当初からの中国べったりの姿勢を見て、最も主たる原因を作り上げたのは、習近平とテドロスの怠慢と欺瞞であり、世界にとってこれ以上無い悪の組み合わせだと思っている。シンガポールは、24日の報告では発症者が11,178人とのことだが、死者は12人と、半月間で6人増加に留まっているところはこれも評価できる。こうして振り返ると日本の9位は、どうも地に足が付かない感じだ。ともかくPCR検査数が格段位低いのが問題だと思う。この分では、実際の患者数は発表されている数よりも随分と大きな値なのであろう。コロナリスクの高い1位のイタリア、2位、米国、3位、英国、4位、スペインそして5位のフランス迄は、もはやどうしようも無い感じだが、それでも最近は、発症者数が、水平に近づく傾向を見せているのが少しの光明だ。コロナ対策で各国首脳の評価は、イギリスのジョンソン首相:自らも発症しながら、国の状態を丁寧にわかりやすく真摯(安倍の言う真摯でなくほんとうに)に説明している点は好感が持てる。ドイツのメルケル首相:自身の旧東ドイツに移住し西側への移動が禁止された経験から、それが如何に過酷なものかを国民目線で語りかけ、それを踏まえても移動の自粛が必要だと切々と訴えている。ウガンダのムセベニ大統領:「集団でジョギングをしている人たちを見てがっかりした」とツイートし、「外に出る必要は無い」とオフィス内で運動する姿を放映した。イタリアのデカロ市長ら:「家でプレイステーションしてろ!」とか、「これは映画じゃない。あなたは『アイ・アム・レジェンド』のウィル・スミスではないのだから帰宅しろ」と叱責調だ。イスラエルのリブリン大統領:自ら、テレビを通じて絵本の読み聞かせを行った。ブラジルのボルソナロ大統領:コロナを「軽い風邪」呼ばわりし「私たちは、いつかどうせ死ぬのだ」と捨て鉢な対応だ。ニュージーランドのアーダーン首相:最初は中国をからの入国を禁止、最終的には鎖国状態も採って国民に警鐘を鳴らし、自ら官邸から自分の声で国民にアピールするなど、生の言葉で、窮状と対策をわかりやすく伝えている。そして、日本の安倍首相:「躊躇なく対策を講じてきた」とか、窮余のアベノマスクの配布宣言(之が虫や汚れで回収の騒ぎ)とか、ミュージシャン星野源の的外れなコラボ放映。何かしら見劣りのする安倍首相だが、ボルソナロよりはましと評価しなければならないのだろうか。
2020.04.24
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今日のウォーキングは第1653日目で8010歩だった。太郎君は今日はやむを得ず出勤するとのことで、我々の車で出掛けた。***コロナが終息しているわけではないが、日経Analysisに3週の特集記事が出た。感染に対するモデル計算にSIRモデル(感染拡大モデル)というのがあるが、之によると、今後18ヶ月ほど厳しい行動制限が必要になるとのことだ。コロナが終息しても、ウイルスは根絶は出来ないだろうから、人々の生活や仕事のやり方などは変化して行くだろう。飲食・観光などは減少するだろうし、新ビジネスとしてオンライン・サービスが台頭するだろう。学校の授業、病院の診察、企業の商談などがオンライン化し、且つテレワークが基本形として定着するだろう。そう言えば、東大は、4000講座全てリモート化するようだし、姫の大学でもその方向で模索しているようだ。小中学校でもリモート化に向けた検討が行われているが、まだフェイスとフェイスにこだわる向きも強そうだ。感染症は個人の行動が近隣の他人の命を左右することになるので、グローバル化にはブレーキが掛かり、地域国家の結束が強まる。そして、社会の結束強化の結果、弱者への救済の社会保障充実へ向けた合意が得られやすくなる。故に格差是正が進むという。本当なのか。感染症で行動が規制され収入を失ったのだから、現金給付で支援する動きになる。そのため、当局がリアルタイムで個人の所得の情報を把握する必要が出てくる。こうしてマイナンバー精度的なものが必須になり、そのデータに基づいて現金が給付されるという英国形式が構築されるだろう。こうしたことからベーシックインカムの導入がたやすく行えるようになり、先進国に於ける経済格差の是正は成されるかも知れない。個人情報の問題はあるがこうした所得配分の方に力点が置かれるだろう。コロナ後は、多くの企業がオンライン化へと移行するようになる。そのため資本が必要になる中小企業は、潤沢な資本を持つ大企業に吸収されるだろう。長期化が予測されるコロナ危機の中では、毎月10~15万円程度の給付を1年間は継続する必要が出てくる。この間に受給者は新しい企業体系の何処に帰属するかなど転職を模索する。之って可能なことなのだろうか。個人が就職後の所得に、給付金を加えた分の徴税を行うというものだ。払うべきは払っておいて、安定した後に回収するというのがこの制度の神髄だ。成功者からは満額を、低所得者からは課税猶予を行うのだ。後は、少し端折る。次ぎにサプライチューンのあり方だ。コロナ後が中国に偏っていたサプライチェーンを国産化や東南アジアへのシフトが考えられ、政府は之に補助金を出すのだ。国産化にすれば、今度は地震や台風で、集中的にダメージを負うことも考えられるので、分散化が望ましい。然し既に日系企業が集積する東南アジアへの移転は、真の分散化とは云えない。ロボットなどの投入で、人件費の割合は低下の方向だから、低賃金の途上国へ執着する必要は無い。むしろ研究開発やデータ解析など付加価値の高い国への分散も考えた方が良い。中国は既にコロナは沈静化しているとして、イタリアに健康シルクロード構想を提案している。中国の一帯一路は正にこうした戦略に裏打ちされている。どう考えても狡猾な手法だ。こうして着々と中国はサプライチェーンの拡充を図っているのだ。日本も付加価値の高い事業の展開を、先進国を含めての生産移転を考える事だ。低開発国へは今まで通りODAを有効に使うべきだ。バリューチェーンの世界展開を今こそ考えるべきだと言うが、コロナ対策に追われて、そのような余裕はないのが現状だろう。中国本土は都市封鎖などで、殆ど壊滅的に機能が低下している。供給面も然りだが需要面での落ち込みは激しい。資金繰りや金融関係の話になると、今一つ理解が及ばないので、この辺りで省略せざるを得ない。こうして概観すると、新型コロナウイルスは、長期化を覚悟しなければならないこととか、完全に撲滅することが叶わないこと、そしてそのために企業のあり方などがドラスティックに変わる可能性があると言う事だ。WTOもコロナ後は世界のモノの貿易は最大32%減ずるだろうと予測している。これは、世界的なサプライチェーン(供給網)の混乱や大幅な需要減退が影響することが自明だからだ。国際的な協調を深めて、早期に回復をしたいものだが、復帰後のイメージは、コロナ発症前の状態(旧状態に復帰)を考える事はできないのかもしれない。コトラー教授が言うように、新型コロナウイルスは世界に「ニューノーマル」をもたらすだろう。従来の延長で事業の回復のみを希求していたのでは思わぬ落とし穴に落ち込むかも知れないのだ。コロナといった感染症が今後も起こりうることから、我々は経済活動に於いても従来の拡張一本のやり方に、考察を加えなければならないだろう。このままサプライヤーとの関係を続くべきなのか、以前の顧客とそのまま取引を続けるべきなのか、そうした基本的なことをも含めて再考察する必要がある。もっと劇的に言えば、こんごは、企業としてこれまでやってきたことを継続するのか、新しい戦略に移行するのか、または最悪の場合経営をあきらめるのかと言ったことを含めて考えないといけない。新型コロナウイルスの感染は、いつかは収束する。そのときに備えて「電源をすぐに再びオンにできる」ようにしておく事が必要だという。
2020.04.23
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今日のウォーキングは第1652日目で8057歩だった。淀川堤を三川合流地点まで歩く同じ距離なのに、帰着後8000歩に満たず、追加で少し歩いた。***新型コロナウイルスに対する各国首脳の取り組み方がそれぞれ特徴的で、新聞紙上で見る範囲では、的確な処置、対応があるかと思えば、質の悪さや、自暴自棄的なものまで様々だ。素人から見ても、対応の違いが見えてくる。ブラジルのボルソナロ大統領は、コロナ対策に優先して経済重視とのことで、外出自粛令を推進してきた(この方がまともだと思うのだが)マンデッタ保健相を解任した。ボルソナロは「国民の70%が感染する。之が現実だ。然し、働かなければならない。」として、外出禁止令を緩めたようだ。ボルソナロの言い分は新型コロナをただの風邪だと軽視し、高齢者だけが外出を自粛すれば良いと主張する。そして我々はやがて死ぬと繰り返している。確かにブラジルの経済は劣悪のようで、これ以上巣ごもっていてはじり貧に輪を掛けるとの思いだろう。そして国民の一部(だろう)は之を支持して、隔離措置を進めるサンパウロ州のドリア知事の辞任を求めているのだ。21日のブラジルの感染者数は40,814人、死者は2,588人(致死率6.3%)だ。アメリカの5.4%よりも高い。人口約2億人だから1260万人の死は覚悟しているということか。空恐ろしいやり方が。一時的に経済が堪えても、ブラジルそのものがなくなることになる。医療の崩壊どころの問題では無いだろう。ニカラグアでは社会的距離には無頓着で、サッカーのリーグ戦や各種イベントは通常通り行われている。本質的にはブラジルと同じだ。その対極が台湾かも知れない。台湾は既に新型コロナウイルスが発生した時点(昨年末)から対策を採っていた。当初から、政府は病院に対し「咳、発熱、鼻水などの諸症状に要注意。渡航歴や接触歴などを確認させる指示」を出していた。SARSの経験を確実に生かしていたのだ。ダイヤモンドプリンセスで発症者に対する余りに無防備な日本との差は歴然、桁違いの慎重さだった。中国の習近平が、武漢の医師からの異常報告を無視して、否隠蔽していたのとも雲泥の差だ。蔡英文総統と陳時中衛生福利部長の素晴らしい連携だ。感染有無の検査、隔離、外国人の訪台禁止、マスクの増産と手術用マスクの不法輸出の禁止など手配は俊敏だ。首相の指示無くては1歩無動けない加藤勝信とは比較の余地がない。マスクに関しては、わずか40日で、計92台のマスク生産設備を整え、1日のマスク製造を10倍近くの1500枚まで増やした。そしてそのマスクを当局が買い取って優先的に薬局に供給した。そして、4月上旬には米国や欧州にマスク1000万枚を提供すると表明している。日本はといえば、感染者2,412人、死者69人を出す、4月1日になって、ようやく布製のマスクを各戸2枚配るという(アベノマスク)発表をし、世界中に嘲笑を買うほどになった。正直20以上経った今、まだ我が家には届いていないが・・・。台湾は中国の圧力でWHOへの加入が妨げられている。2019年末(丁度武漢がやむなくコロナウイルスの発症を発表した頃だ)に、台湾当局がWHOに対して、中国での原因不明の肺炎流行について通報したときは放置されたという。習近平もさることながら、WHOのテドロスの如何にも稚拙な判断力が、今更のように悔やまれる。トランプがWHOに金を出さないという事の是非は置くとして、気持ちは理解できる。そんな慎重さを持つ台湾ですら、連休時に少し緩めたために、感染者の増大を招いてしまった。ウイルスが存在する限り、感染源が不明な大流行が起こる可能性は無くならないと云う事だ。現在では何とかして、PCR検査を増やして、感染の有無をはっきりさせ、軽傷者はホテルなどへの隔離をしなければならないという方向に(遅まきながら)動いているようだが、台湾の初動と比べて何と見劣りすることか。それというのも、橋下徹が当初PCR検査は増やす必要が無く、又増やせば疑いのある人は皆病院に押しかけて医療が破綻するという主旨で、「PCR検査は増やす必要なし。みんな感染して抗体を作って、医療崩壊を食い止めろ。政府も、不安感を煽るような検査はするなと、バシーーと言うべきだ」などと言い、コロナ禍を増大させるような言動をし、調子に乗って「全員検査なんてやらなくていいのに煽るから。やってどうする?家で寝とけ!」とまで公の場でアジッていたのを思い出す。その結果がどうなったか、火を見るよりも明らかで、残念ながら影響力のあるおっちょこちょいのお陰で、遅い対応の政府に更にブレーキを掛けさせてしまった嫌いがある。之って、まるでボルソラノそのものではないかとさえ思う。自身も、発熱で、結局PCR検査をしたのだろうか、主義を通して、死なずに抗体を作るところまでやれば良かったかも知れない。(でも命は惜しかったのだろうな)当初、隠蔽していた習近平はWHOのテドロスに掩護射撃をさせて、とり繕ってきたが、3月10日になって、武漢に入って、事実上の終息を内外にアピールした。この時まだ世界は感染拡大の最中、イタリアでは感染拡大急速に進んだ頃だ。WHOはやっとパンデミックを宣言したのだ。最近のホプキンス大の調査報告書では中国は感染者数は殆ど横ばい、死者も変化無しと、しているが、4月17日には死者は発表よりも1290人多かった。(4,636人は5920人)それも単なる人為的ミスだとして誤魔化している。背後でもっと大かがりな隠蔽があるような気がするが。日本の森加計問題と同じような文書改ざんなどはお家芸なのだろうから。北朝鮮の金正恩は感染者はないと嘯いているとか。確かに対策は早くから講じていたようだ。検査や隔離などは厳重を極めただろう事は類推できる。然しゼロだと云う事は考えられないのだ。ひょっとしたら、感染の疑いが濃厚な者は事前に抹殺されているのかも知れない・・・。新型コロナの原因をトランプは中国のせいだとし、(私も、武漢の海鮮市場の野生動物から発生したと思っている)中国を攻撃するが、習近平は、平気で米国軍がウイルスを持ち込んだと主張する。WHOは習近平に肩入れしているし、いった誰が、世界に蔓延するウイルスを地球上の人類のために打ち負かそうとしている為政者はいないのだろうか。
2020.04.22
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今日のウォーキングは第1651日目で8185歩だった。沿線から見て、JR線も、阪急電車も乗客は殆どいなかったが、JRの姫路方面行きだったかは、結構な人が乗っていた。通勤なのだろうか。食料品の買い出しに出掛けた。連れ合い1人が店内に入ってくれたが、コーナンはまずまずだが、コープは混み合っていたとのことだ。訳がわかっていないお婆さんなどは、どんどんと間合いを詰めてくるし、気が気では無かったとの事だ。テレビでも言っていたが、野外の駐車場に青天井の食品売り場を仮設すべきなのかも知れない。政治に細かな配慮を願うのはもう無理だと分かっているのだが・・・。***新型コロナウイルスの猛威はまだ続く。我々が成さねばならぬ事は何か、それはウイルスが体内に入ることを防がなければならない。そのために手洗いや消毒が必要なのだ。社会的間隔などと言っているが、正しく理解していない(出来ない)人も居るようで、なにぶんウイルスが目に見えないから「自分は大丈夫」などと思ってしまうのだろう。何度もテレビで説明されているようだが、どうやら、ウイルスそのものの説明はあまりない。そこでより良く対策するために、ウイルスとはないかをもう一度思い切り簡単に勉強してみる。一昨日も勉強したが、ウイルスは「生物」と「無生物」の境界に存在しているような曖昧なものだ。ウイルスが生きていると考えるのはウイルスが病気をもたらす存在だと認識しているからだ。これは素人の考えだという。生物学の世界では一般にウイルスは「非生物」と扱われている。インフルエンザやエイズ、エボラ出血熱などもウイルスが原因で起こるものだ。しかし、コレラやペストといった細菌から引き起こされるものとは性格が異なっている。細菌は生き物だがウイルスは非生物だ。では、生きてもいないものが、どうして感染症を引き起こすのかと考えるのが我々素人だ。では、何か悪い物でも食べて当たったといったことのようなことだろうか。ウイルスは細胞を持たない。たんぱく質と核酸からなる単なる粒子だ。一方、細菌は細胞を持ち、細胞は、膜で囲まれた中で生存に必要なエネルギーの産出、物質の代謝や遺伝子の複製(増殖)といった事を行っている。ウイルスの方は、細胞の中の遺伝子だけがほろほろと放浪している存在なのだ。細胞の100分の1~1000分の1ほどの大きさで、キャプシドというDNA等の物質が入ったタンパク質の殻を被っている。キャプシドの形はウイルスの種類によって変わる。コロナウイルスは太陽のコロナに似ていることから付けられた名前だ。(最近では細胞並みの大きさの巨大ウイルスも発見されている)この非生物のウイルスは、自分の部屋(細胞)を持っていないから単独ではエネルギーの生産も代謝もできず、どこかに居候させてもらえないと生きていけない。細胞内に入れば、生物のような動きをするが、単独では放置すると結晶のようになって仕舞うらしい。人の細胞は体の中で様々な情報をやり取りするために便利な構造になっている。ウイルスのキャプシドにはカギのような突起を持ち、人体の細胞(鼻や喉)にはそれを受けるようなカギ穴が備わっているのだ。カギとカギ穴が合致すれば、ウイルスの侵入を許してしまうが、例えば豚コレラの場合は、ウイルスの表面のキャプシドのカギはブタの細胞にあるカギ穴とは合うが、人の細胞のものとは合わないので、人が感染することはない。新型インフルエンザや、新型コロナウイルスの場合は、どちらもカギ穴が合うように出来ているので、人にも豚にも感染すると云う事になる。普通の細胞は自分自身で、代謝や、増殖ができるが、ウイルスはどこかの細胞に入り込まないとそれができない。ウイルスに入り込まれた(誤って取り込んだ)細胞は、ウイルスの持つDNA等の情報を自分のものと勘違いして、せっせと増やしていくのだ。そのウイルスが肺に達すれば、肺炎を起こすことになる。何とも愚かしい習性である事か。細胞自身が事の良否を選別できれば良いものを・・・。こうして入り込まれた細胞がせっせとウイルスを増殖させて、はち切れんばかりになると、細胞から飛び出していき、次なるターゲットを探すというわけだ。之が、感染であり、蔓延と云う事になる。ウイルスは所構わず、生物(細胞)とみたら侵入するのだ。コウモリやハクビシンなどは、格好の存在で、恐らく彼らには抗体が出来ているのだろう。こんなものを食べる奴の気が知れないが・・・。体の細胞の方も、手放しで増殖を手助けしているわけではない。体内の免疫細胞が巡回していて、このウイルスを見つけると退治しようと働くわけだ。ウイルスとの戦闘に入るのだ。免疫細胞はウイルスを捕まえて分解したり(喉の痛み)押さえ込んだり(発熱)、それ以上ウイルスが侵入できないように、鼻の粘液を増して押しだそう(鼻水)ともするわけだ。自分の免疫細胞だけでウイルスを退治すること(押さえ込むか追い出すか)出来ることもある(無症状)が打ち負かせないときには薬を使う(抗ウイルス薬)。この抗ウイルス薬はウイルスが細胞内で増殖したり、外に飛び出したりすることを押さえ込むのだ。残念ながら、新型コロナに対しては、この抗ウイルス剤はまだ作られていないのだ。そこで、ワクチンという話になる。ワクチンを使えば、免疫細胞にウイルスの存在を予め知らせることで、ウイルスが細胞内に侵入した早い段階で、巧く退治することが出来るというわけだ。抗インフルエンザのアビガンや、エボラ出血熱に効果のあるレムデシビルが有効だとの話になっているが、これらの薬は、ウイルスの細胞内での増殖(複製)を阻害する働きをするのだという。既に医薬品として使われているので、全くの新薬と違ってある程度の見通しは出来ているわけで、早期の適用を促進して貰いたい。もちろん副作用に対する配慮も十分に考慮して貰わないといけないが・・・
2020.04.21
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今日のウォーキングは雨のため中止した。連れ合いの三人会もコロナのため、自粛だ。***化学大手(三菱ケミ、住化・積水化学)は生物由来の原料を使った「バイオプラスチック」の技術開発を急いでいる。三菱ケミは、牛乳から食品包装フィルムなどに使う樹脂を生産できる、仏のバイオ系スタートアップ(2014年設立)のラクティプスに数億円を出資した。ラクティプスは生乳中の8割を占めるたんぱく質成分であるカゼインから樹脂を生産する技術を持ち、生産工場も運営している。樹脂の原料にはバターやチーズを作った後の残留物を使うため、石油由来の樹脂と同等か、もしくは低いコストで生産できる。この樹脂は、水中に長期間置くと微生物によって分解される生分解性を持ち、環境への負荷が小さい。食品包装フィルム等への適用を考えている。三菱ケミはラクティプスの樹脂の用途や販路拡大を支援し、数年以内に日本や海外にも工場を新設する計画だ。積水化学はごみ処理施設で集めた可燃ごみを一酸化炭素と水素に分解した後に、微生物の働きで化学品のエタノールを合成する。住友化学はこのエタノールを独自開発の触媒を使って分解し、基礎化学品のエチレンを合成する。2022年度から試験運転、2025年度事業化を目論んでいる。積水化学は岩手県久慈市に工場を建設し、住化は千葉県の工場の設備を活用する。家庭の可燃ごみから基礎化学品を生産するなどと言うのは凄いことだ。こういったプラスチックをバイオプラスチックというのかと改めて知る。プラスチックと言えば、石油から作るものと考えていたが、ごみから出来るのだ。レジ袋や雑貨、自動車部品まで幅広く使われる「ポリオレフィン」と呼ばれる汎用樹脂は石油由来のエチレンが原料で、二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの元にもなる。また、分解されず、細かく砕かれてマイクロプラスチックとなって、海を汚染し、今世界的に大問題になっている。こうした使用後は扱いに困り、様々な汚染に繋がっていくプラスチックだが、バイオプラスチックに置き換われば、何と明るい未来は開ける感じだ。従来の合成樹脂は世界の石油消費量の約2割を占めるとされ、温暖化ガスの排出量が多い分野だ。CO2削減や環境への負荷が小さいという、こうした試みは既に何度も試みられてきた。1990年代以降はトウモロコシやサトウキビなどを原料にした樹脂が実用化された。しかし、生産コストが高いのと、成形の難しさのため普及せず、2018年で、世界の使用量は211万トンと樹脂全体のたった1%弱にとどまった。然し、パリ協定やSDG希求に基づく、ESG投資が一般的な投資手法になりつつある現代の世の中では、こうしたバイオプラの引き合いが急激に増えているとのことだ。いまや、欧州では環境対応が遅い企業は機関投資家が投資対象から外すといった流れもあるようで、こうしたことから、化学各社は何が何でも脱石油に向かわざるを得ない環境になってきている。本来そうあるべきなのだ。独のBASFは土中で生分解されて堆肥になるフィルムなどにも力を入れている。こうした動きからバイオプラの世界市場は2023年には18年に比べて24%増の261万トンまで拡大見通しだ。それでもまだ少ない。日本の化学各社はこうした取り組みが比較的遅れがちだったという。カネカは2019年に、環境に配慮した事業に資金使途を限るグリーンボンド(環境債)を発行して、100%植物製由来の生分解性プラスチックの製造設備や研究開発への投資に充てている。石油由来のコストと同じかと言えば、現在はそうでも無いようだ。住化と積水化学の可燃ごみ由来の製品のコストは、まだ割高で、当面、石油由来の製品の2倍以下を目指すという。耐久性なども今後の課題だ。中国も2020年末までに飲食店でのプラ製ストローの利用を禁じ、バイオプラに置き換える動きだ。結果はどうあれ、やり出したら早い中国の動きに、日本も遅れてはならない。2020年2月の記事に「ものづくり循環革命」が500兆円市場へというものがあった。その中で、プラスチックの問題が第1位に取り上げられていた。それは、ファストフードから「永遠の化学物質」(PFAS) が人体に蓄積して健康をむしばむというものだ。ファストフード店が提供する包装紙だが、耐水性・耐油性に優れ、食品の携帯が容易になるため、この物質が保護剤として添付され、使われている。このPFASは一般的な家庭用品に大量に使用されていてるフッ素化合物の総称で、近年、欧米で大きな問題になっている。ファストフードそのものも健康に良くないとの問題提起はあるが、むしろより心配なのは、体内にいつまでも残るPFASの方だとの事だ。プラスチックと聞いて、書き出しは海洋に漂い、深海生物にまで影響を及ぼしているマイクロプラスチックのことかと思ったが、そちらも大問題だが、こうしたPFASの問題もあると言うことで、プラスチックにはよくよく注意しなければならないと云う事だ。
2020.04.20
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今日のウォーキングは第1650日目で8977歩だった。JR山崎駅の表示板には、滋賀辺りで列車と乗客の接触事故があったとかでダイアは大幅に遅れているようだった。連れ合いは向かいの理髪店に出掛けた。大丈夫かな。新型コロナによって日本国内では感染者が既に1万人を越えたという。然し、検査数が少ないので、実数は更に多いのではないかと見られている。感染経路不明者が増えた。何処に潜んでいるかも分からずに退治しようとしている様子と通勤時の人出は何やらアンバランスだ。***何かの拍子に野田春彦先生の論文(1984年)に出くわした。コロナであれこれ検索していたときだ。もう100歳が近いと思われる。そんな先生の話だから、長命に預かれるかも知れない。読んでみた。「生命現象を物質界の中の現象として見る立場はむしろ不確定になってしまった」初めから何やら難しげな言葉がならぶ。現時点では、生命が生まれるための条件はこの地球にそろっている。45億年前に地球が誕生してその殆どの期間同じ状態が続いた。約10億年が経過し、30 数億年の昔、生命が発生し、それから今まで生命の歴史は連続しているように見える。微化石などの存在だけでは地球誕生から30 億年にわたって連続であったとは必ずしも云えないが、その後に発見された化石などから判断して、今から6 億年から現在までは、生命は連続であったと考えてよさそうである。絶滅する種はあったとしても何かが生き残って血筋をつないでいる。生物は炭素の化合物で、液体の水が必要だ。一般的にはヒトに快適なところがすべての生物にも適当であろうと考えるわけだ。ところがこう考えない人もいる。水が存在していなくても生物は存在すると考える人たちだ。この人達から見れば、炭素化合物であり水に頼る生物しか考えられない人々を「炭水尊重論者」と呼ぶという。こうした人たちは、プラズマになっている太陽の表面にも、零下100℃ の木星大気の中にも生物はいるかも知れないというのだ。之に対して、炭水尊重論者は、それなら1匹つれて来て見せてから大きいことを言えと反論しているようだ。例えノーベル賞学者が「生命現象は複雑だから、その機能を担当するものとして高分子が必要であり、高分子を作れるものとしては炭素だけしか知られていない」といったとしても、それが事実とは限らないのだ。このほかにも違う意見はいくらもある。生命は何かという定義がはっきりしないからだが、この論議は極めて難しい。深みにはまると哲学的なものも含まれそうで、うわべを辿ってみると、「生物(生命と考える)は、自己を維持するための代謝、自己増殖としての成長、同型のものを再生産する複製、外界への反応性と適応性などの特質をあわせもつ物質複合体あるいは個体の状態」だとのことだ。更に難しくなる。では、新型コロナウイルスは生命なのだろうか、今日では生物と無生物の境界領域に存在するものと考えられている。ウイルスは単独では自己複製できないが、生きている細胞の中では複製できる。などと云ったことが書かれている。余り深みに入ると抜けられなくなりそうで話を戻すと、地球上の生物に限るなら、この増殖と代謝は重要なアイテムだ。代謝はほとんどの生物が常時実行していて、これが途切れたときに死(生命が終わる)となる。ここで奥田は、代謝によって部分品をいつも更新することは、不安定な材料を使っているからにすぎず、これを生命の定義に入れるのは筋違いだという。ゆえに、増殖することだけで生物として必要かつ十分な条件と考えた。それには反論も有り、繁殖力のない、ロバとウマの雑種のラバやライオンとトラの雑種ライガーなどは無生物となるのかと言う事だが、それは的を外れているという。定義とする性質が大体備っていても故障することはあり得る(何事にも例外ありと云うことか)というのだ。なんだかこうなると禅問答のようにも見えてしまう。子供のできない夫婦でもロボットでなく人間であるという例え話は納得できるような気もするが。もう時間もなくなってきたので、ハエの生死を取り上げると、ハエをハエたたきでたたくと、動いたり飛んだりしなくなる。ハエとしては意識がはっきりしていても、脚も羽も動かせないで転っていると、死んだと判定される。ハエの心電図は取れないし、脳波の測定ができるのかどうか分からないが、呼吸は調べられる。拡散で酸素が取り込まれ二酸化炭素が放出される。たたいて動かなくなったハエもしばらくは酸素を消費し、徐々にそれが少なくる。そのどこで死と判定するべきか非常に難しい。単細胞生物は可逆的に生かしたり殺したりできる。極低温まで冷やしその後、解凍ができる。液体窒素の温度ではあらゆる生理的活動は止まっているから、細胞物質は生きているときと同じなまま活動をしない。つまり死んでいるということか。しかし、これを解凍して生かすことができるのだ。こうした凍結・解凍は、動物組織の培養細胞では上手にやらないと失敗してしまうが、ウイルスと細菌ではほとんど失敗なく可逆的に行える。凍結・解凍の操作で細胞が死ぬというのは、細胞内の氷の結晶の成長が関係していると言われるが詳しいことは分かっていない。まだまだ話は続きそうだが、ウイルスの生命を絶つには、どうしたら良いのか、宿主がいないと増殖できないウイルスは、新型コロナの他にも数限りなく存在するのだろう。人類はこのウイルスの生命を根絶できないと云う事から、手を変え品を変えて今後も襲われ続けることになるのだろうか。
2020.04.19
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今日は朝から雨のためウォーキングは中止した。雨だが外出を抑える効果があるだろうか。コロナの話ばかりで辟易する。かといって他に和むような話も無い。原油の減産に合意したとか、世界ではそれなりの経済活動は相変わらず行われている。アメリカのコロナ感染者が世界1を続けている中、中東イランも感染者数で世界の10以内に入っている。ウイルスは国や地域、思想信条、主義主張の別なく、襲いかかってくる。遡ること1ヶ月、コロナウイルスの蔓延が拡大兆候を見せ始めた頃、イランは危機的状態にあるとの記事があった。トランプがイランに人道支援を申し入れたが、ハメネイはコロナウイルスをばらまくつもりかと拒否した。***2月11日はイランの革命記念日だった。そしてその記事の中にはコロナのことはまだ、触れられていない。イランは核開発を続け、米国やヨーロッパそして、イスラエルと激しく対立している。東の北朝鮮と西のイランといった爆発しそうな世界の2極だ。イラン革命防衛隊「コッズ部隊」のスレイマニ司令官が1月に殺害されてイラン国民の怒りは頂点に達していた頃だ。穏健派とされるロウハニ大統領も米国を非難する。イラン国民には、反政府の感情が醸成されていたが、スレイマニ殺害を機に反米1色になったようだ。その後、ウクライナの旅客機を革命防衛隊が撃墜したことを認めると、今度は、国民は一斉に反政府に染まった。こうした反米、反政府を繰り返して今日まで来ている。イランの経済的な基板である原油輸出もトランプの制裁で急減している。外貨は減り、生活物資は不足し、市民の生活は苦しさを増している。2015年に米英独仏ロ中6カ国との間に締結された核合意もトランプの唐突な脱退で、話がかみ合わなくなってきた。イラン政府は財政難を、ガソリン値上げで国民への負担を強いようとした。之には国民は反対デモを起こすが、その時々に反政府が、反米になりまたその逆といった具合に国民の不満をぶつける相手が変わっている。根底は同じだが、矛先が変わるような感じだ。何とも不安定な国だ。ハメネイは、金正恩と同じように表裏があって核の開発を止めると言いながら、裏で核開発を行っていた。その辺りがはっきり見えないが、どうやらそうらしい。北朝鮮の国民は完全に抑圧されているようだが、イランの国民は貧窮の状態に黙って堪えていない。テヘラン北部に巨大「ショッピングモール」が新設されたが、中東最大を目指したこのショッピングモールに入るテナントが極めて少ない。伝えられる危機の内容は、経済成長率がマイナス9.4%、イランイラク戦争以来の低迷だ。そのため、インフレ率は31%、若者を中心とした失業率は16%に達した。原油輸出で貯め込んだ外貨も過去2年間で200億ドルも減少した。追い打ちを掛けるようにトランプは各国にイラン原油の輸入を停止するように呼びかけた。俗に言う、村八分的な国家間の嫌がらせ、いじめだ。トランプは直球で攻めたが、英独仏は(ここに中ロは入っていない)アメリカの核合意離脱後も合意を守ろうとした。しかし、度重なるイランの合意破りに業を煮やして制裁を再開した。もうこうなっては何が何だか分からない。ハメネイが悪いのかトランプが悪いのか、とにかく収拾が付かない感じで、苦しくなるのは国民ばかりだ。ホルムズ海峡を航行するタンカー攻撃やサウジアラビアの石油施設に対する攻撃は一体誰が行ったのだろうか。ハメネイは関与を否定しているようだが、伝わってくる気配は、どうもイラン政府側に問題がありそうだ。穏健派のロウハニも、制御出来ないのだろう、兎も角、立場が弱くなっている。どう見ても2枚舌という感じではなく、裏の(革命部隊)勢力が独断で行った感じもうける。いずれにせよロウハニには調整能力が無いと云う事らしい。穏健派が力を付けるには、選挙で同派を伸張させねばならないが、どうやら強硬派の弾圧で候補者が選挙にすら出られない状態のようだ。一方で、トランプはイスラエルとパレスチナの和平案を出し、何のことだと思わせる。制裁の張本人であるトランプが、どのような調停を行おうとしているのか、ハメネイは、見てか見ずにか、鼻であしらったようだ。内容はイスラエルが首都をエルサレムに置くという、一寸考えられない身勝手な(という感じが強い)行動を表面から後押ししているのだ。普通は、当たり障りないように棚上げするというのが日本人などの感覚だが、(考えてみれば、そうした中途半端が良いというわけでも無いだろうが)兎も角火に油を注ぐことを敢えて挙行している。紛糾するのは必定だ。政治的な配慮からサウジや他のアラブ諸国は煮えたぎる気持ちを抑えて、1人イランに反旗を象徴させて傍観している感じだ。何処まで行ってもこの関係は改善される気配がないどころか、トランプは1人で中東をかき乱しているようだ。イスラムのスンニとシーアの軋轢から始まって、イランはシーア派の伸張を期し、スンニ派各国にシーア派武装勢力を育て結託している。イランがアメリカと親密だったパーレビ国王は革命で追われ、イランの学生が米国大使館員を人質にし、その仕返しにアメリカはイランと断交制裁を開始した。さらに、中東戦争を経て、子ブッシュが中東を(アフガンとイラクのフセイン)叩きつぶし、そんな流れの中で、世界貿易センタービルがテロに破壊され、こうした悪の循環は回り続けている。アメリカにはシェールガスが出た。もはや中東の石油に頼る必要がなくなった。トランプにとっては、中東自体がぶっ壊れてもアメリカさえ生き残ったらそれで良いのかも知れない。コロナでも同じ対応をする気配も見えている。
2020.04.18
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今日のウォーキングは第1649日目で8165歩だった。同じ距離を歩いても、歩数が少なくなった。少し大股になったようだ。今日は予定されていた北摂天神会ゴルフコンペもコロナで予て、中止になっていた。この時期当然の決定だろうし、次回も恐らく出来ないだろう。しかし、九人会のゴルフコンペはやると言ってきたが、私は辞退した。年金の引出しに出掛けた2日間猶予していたので、差ほど混み合わなくて良かった。水や生活用品などの買物をして帰った。***コロナ禍の中、それでも各国の政治世界は止まっていない。我々が政治に求めるのは、我々自身の安全と安定である。そんなこととは隔絶して世の中(世界)は動いているような気がしてくる。韓国の選挙では、文在寅の与党が圧勝した。コロナ対策が国民に評価された故だという。それはそれで良いが、日本は、又面倒な対韓対策が必要になってくるだろう。それはコロナが終焉してからだ。コロナ対策で、著名人達が様々に提言をしている。これらは皆尤もだと思うし、正論で直ちに行うべき等と考えるが、政治はなかなか動かない。経済という違った局面も併せて考えなければならないからのように見える。その点はある程度納得できるが、命あっての物種だろうという気持ちからはかけ離れている。岡山大学の宮竹貴久教授は、「ペスト、出血熱、エイズなど、歴史を振り返れば、人類の繁栄の歴史は病原体との闘いであったが、人類が完敗した疫病はない」と書いている。いつかは終息する(勿論最大限の努力をしてだが)克服できると考えるから、今を頑張らなければならない。然し努力の影では経済的に生計が立たず、死に至る副次的な危機があることも分かる。こうした包括的なことを考えるのが政治であった欲しい。政治を差配する世界のトップ達の言動や行動は、こうした危機にその本性(価値)が暴露されるようだ。さてそんな中、米国の大統領選挙が半年後(11月)に予定され、トランプ(共和党)とバイデン(民主党)の2人の争いが本格化する。日経の特集に「分断の米国」というシリーズがあった。通常と違って、今はコロナにどうたち向かうかも併せて問われている。バイデンは、コロナで対策するすきに中国が乗じてくることを挙げている。一方、現職の大統領としての(民主党)トランプへの信頼度は習近平やプーチンなどよりも低く最低のようだ。然し、トランプの支持率は共和党内では圧倒的に高い。対コロナ対策でトランプは世界に約5億ドルを拠出した。(子ブッシュはエイズで、約900億ドルを拠出)この額は多いとは云えない。対イランへの人道支援のオファーに対しても、ハメネイから、「アメリカはウイルスを拡散する薬剤を提供するかも知れない」とにべもなく拒否された。バイデンはイランへの制裁緩和も視野に公衆衛生が整っていない国への支援を、国際枠組みを創設して行おうと提案している。西欧での受けは、唐突感の激しいトランプよりも、今のところバイデンが有利なようだ。しかしそれとて、トランプ以前(民主党オバマ時代)からアメリカのアジア重視、中東離れは始まっていたので、手放しのものではない。中国も、表面的に歩み寄りを見せるトランプの方が有利かと見えて、実際の所トランプ政権内に反中感情の強い(敵視)高官が多いとのことで、トランプを警戒する向きもある。コロナに関連するが、オバマケア(国民を皆保険医加入させるという感じ)をバイデンは推進するとしているが、トランプは消極的だ。トランプはとにかくオバマの足跡を抹殺したいという線で行動している面も感じられる。まるで、古代ローマ時代のダムナティオ・メモリアエ(人物の記録の破壊処置)のようでもある。トランプを支配しているのは、経済面もあるが、不法侵入者が許せないというところだろうか。 コロナに対しては、無保険者にも無料で治療を受けさせようとしている。コロナは不可抗力的との特別視があるようだ。今回の選挙はコロナのためにデジタル選挙が導入される。デジタル空間では、集会と違って、ライバルの悪口を場の雰囲気で盛り上げるといったテクニックは使えない。又戸別訪問の出来なくなる。両候補とも、SNSを駆使して募金を募るが、SNSの発信力では、トランプが数の上でバイデンを圧倒している。15対1と言ったところだ。この結果がどう現実として反映されるかは未知数だ。然し、デジタル選挙になると投票率は低下が必至(過去のスペイン風の時は49.2%)でこれは低所得者層の多い民主党にとっては不利な材料だ。経済対策では理解がなかなか難しいが、トランプが現職と云う事が有利なようだ。又、バイデンが採用しようとする中小企業への融資を政府が金融機関に命ずると言った過去、朝鮮戦争時の「国防生産法」を実質的にトランプがかすめ取るように採用し、GMに人工呼吸器製造を命じたなど、バイデン色は薄められた。最後に、コロナ対策で、国民に1200ドルの小切手をトランプ自身の署名付で国民に届けようとしている。日本もなんだか同じような道を歩んでいるが、コロナ対策を優先し、必ずや打ち勝った後の世界がどうなっているか、考えつつ進めなければならないことに変わりは無い。
2020.04.17
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今日のウォーキングは第1648日目で8115歩だった。今朝は途中まで連れ合いも一緒だった。そして、今日から新しいシューズを下ろして使い始めた。昨日までのシューズはついに底に穴が空き、上部の布も破れたので、今日のゴミの日に捨てた。歩き始めて5足目。1足当たりほぼ2年を歩いたことになる。このところの「巣ごもり」で、どうもインターネットの接続時間が長くなったような気がしている。外出の人出は激減したようだが、その分ネット使用者が7割も増加したとのことだ。それが原因しているのだろうか、じれったく感じることが多い。勿論新型コロナウイルスに関する情報収集の意味もあるだろうが、テレワークなども関係しているのではないかと思う。この傾向はニューヨークや韓国でも同じようだ。ネットフリックス等で映画を楽しむ人もいるようだ。通信料との関係はどうなっているのか知らないが、通信会社は、少しは安くすることも考えないといけないのではないか。***日経のリエゾン記事にThe Economistの「漢方の世界普及狙う中国」というのがあった。中国という国は計り知れない不気味さを持っていると感じた。経済は一方では新興国として援助にすがりつつ、全体としては世界第2位の経済大国になっている。軍事面でも、張りぼての空母「遼寧」だけだったが、今では「山東」が加わり着々と軍備の増強を図っている。軍事力でもアメリカロシアに次いで世界3位だとか。そうした力を背景に「一帯一路」戦略で世界制覇を目指している。アメリカはオバマ時代から世界の警察の役を放棄し、トランプに至っては自国のみが重要で、世界などどうでも良いという感じさえ受ける。そんな隙間を縫うように中国習近平はうごめいている。そんな延長で、この記事を見ると、そっちの方もか!という気にもなる。漢方薬の世話になることもあるので、なんともいえないが、武漢ではコロナで入院していた患者が、漢方で改善したという話(怪しいが)もある。世界各国の健康関連の当局は市民に対して、新型コロナの治療に漢方などの代替療法を使う事に警鐘を鳴らしているようだが、習近平は、之を逆手に漢方を大々的に普及させて世界制覇の一助にしたいと思っているようだ。現に今回のコロナの治療にも中国医学(中医学)の治療法を取り入れたという。新型コロナの患者全体の90%以上に漢方の治療を施し、そのうち90%に「効果があった」と発表したようだが、勿論バックデータなどは公表されていない。中国が海外にもこの漢方を普及させようとしているが最初のターゲットは、カンボジアやイラク、イタリアのようだ。電話による国際会議も開かれ、64カ国・地域から9万人が参加したという。そんな中タンザニアなどはアフリカ諸国が倣うべき「手本」かもしれないと賛意を表しているという。エチオピア(テドロス)にしろ、タンザニアにしろ、中国の資本が随分と入っているようだから、もはや習近平の言いなりということかも知れない。中国も漢方一本槍というわけではなく、西洋医学も評価しているというが、それは当然のことだろう。中医学には、はり治療やきゅう療法、体内の神秘的なエネルギーとされる「気」を高めるという気功も含まれる。ゴルフ仲閒のご婦人も、何かと言えば、ハリを勧めてくるが、私は、体にそのような異物を深く差し込まれるなどと想像しただけで、具合が悪くなってくる方だ。然し、足が攣ったときには確かに漢方のお世話になっているので、そう無碍に否定は出来ないと思っているが、対象は植物製に限るのではないかと思う。この機のコロナ療法で使われた漢方薬にはビンロウの実、アーモンド、そして中国で何世紀も前からインフルエンザの治療に使われてきた植物のシナマオウなどという。然し、この漢方推進政策は2つのリスクをもたらすとされる。1つは中医学を従来の治療よりも好ましいと考える人が出てくる点であり、もう1つのリスクは、野生動物保護に逆行する点だ。後者では、動物の様々な部位を治療に不可欠な要素とすることが多い。中国は絶滅危惧種の使用こそ禁止しているが、虎の生殖器やサイの角など希少動物の部位には強力な効能があるとなお広く信じられているとのことだ。又今回の新型コロナの治療に際して、推薦された中には、クマの胆汁を粉末状にした「熊胆粉」がある。そのクマはおよそ衛生管理などにはほど遠い、田舎の農場で大量に飼育されたもので、それを殺して胆汁を取り出すと云う事が行われているのだ。こうした動物虐待とも云える行為が正当化されるとともに、不衛生さも気になるところだ。まして、今回のコロナウイルスは、動物由来のものとする見方が有力で、中国は自ら、2月に野生動物を食用目的で販売することを禁止している。野生動物を食糧とする考え方は、コウモリやセンザンコウまでに及び、今回のコロナウイルスもこうした野生動物由来ではないかとの見方が強い。之に対してWHOは当初、「(漢方など)薬草を使った治療法には、新型コロナに対する効能はなく、有害となる恐れがある」としていたが、どうやらこうした文言は削除し、(中医学などの)伝統療法は「重要だが過小評価されることが多い」と文章を変更してきている。このたび、トランプが、WHOへの拠金を停止したとのことだが、WHOのこうした挙動からして、頷けることもある。今回のコロナウイルスは武漢の野生動物由来だと云う事が半ば認められている中のこうした習近平の動きは、如何にも我々の感情を逆なでするような行為だと思えてならない。漢方でセンザンコウが良しとされるのかウロコのケラチンだという。医学的にどのような効果があるのかは知らないが、ブラセボ(偽薬)信仰と云う事もあるのでは無いか。ともあれ、新型コロナの宿主だとみられているセンザンコウは、この話のお陰で今後少しは生き延びられるのかも知れない。
2020.04.16
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今日のウォーキングは第1647日目で8052歩だった。JCBからの付録の小型掃除機が高島屋から届いた。コロナが気になり、受け取るのも何やら慎重になって仕舞う。今日は1ヶ月に1回の掛かり付け医へ行く日だ。本来なら血液検査をする事になる順番なのだが、敢えて電話で薬だけの処方をお願いした。我々に出来る防御はこの程度しかない。勿論年金の引出なども後日にずらした。その代わりというわけではないが、前庭の草刈りと清掃を行った。綺麗にはなったものの、左目蓋を虫に刺され、腫れてしまった。それでも安易には医者に行けない。 ***本庶佑特別教授は怜悧に判断され、コロナ対策への提言をされている。山中伸弥教授もまた然りだ。我が国の宝とも言うべきノーベル賞受賞者の両先生は、いみじくも同じ内容のことを述べられている。敢えて、共通する点を取り上げて振り返ってみた。1つは、徹底的な検査(PCR検査)だ。検査を徹底的に行えという提言だ。勿論そのための受け入れ施設を充実させることが前提だ。本庶先生はウイルスを見えない忍者に例えて、「敵を知らなければ対策の打ちようもない」という。他人に毒が移らないようにするためには、「PCR検査数を増加させて誰が毒をもらったのかを知る」事が先ず前提だとの意味だ。「敵を知り己を知れば百戦たりとも危うからず」という孫子の言葉を思い出した。見えない敵に対しては手を打つにしても的確性を欠くし、対処的でしかない。コロナウイルスはモグラ叩きではないのだ。検査能力があるにもかかわらず、なぜ、検査をしないのか。検査器具の3分の1しか使われていないのだ。台数を増やしてでも対応すべきだという。山中先生も正に同じ事を言っている。中国、韓国、イタリヤ、アメリカで出来て、日本で出来ない理由は無いとまで言う。これまで日本は、無症状や軽症の感染者の急増による医療崩壊を恐れるが為に、PCR検査を限定的に行ってきた(37.5度以上の発熱4日で相談するとかの基準)だけだ。わざわざ重症化を待って、手が付けられなくなってから検査したのでは助かるものも助からないのではないか。単純な疑問だが、橋下などは皆が一斉に病院へ検査に押しかけたら医療崩壊だと持論を展開している。何か違和感がある。それではいけないのだと指摘しているのだ。検査のやり方などは、ドライブスルーなどと言った具体的な提案や、無症状、軽傷者のホテル棟への隔離こういった事も知恵を出せばやれるはずだ。(現にその方向に進んでいる)政府の愚鈍な頭に誤った知識を注入したのは厚労省の技系の官僚である鈴木康裕や大坪寛子なのだろう。嘆かわしい事態になっているようだ。2点目は、ワクチンと治療薬の開発に集中投資をだ。正しい治療法の開発という意味でも言われている。ワクチンの開発には1年は要するとされている。(最初からだと10年も掛かる場合がある)安全性を確保するための時間と、許認可の問題があるからだ。アビガン等の既存薬が有効であると言った事例も出てきているし、既に日本でも富士フイルムでは増産の体制に入ったようだ。どれくらいの量が必要かについても検査は不可欠の筈だ。又、アビガンは特に軽症のうちに摂取しなければ余り意味が無いという話も出ている。アビガン投与も矢張り医師の判断が必要だし、副作用の危険もゼロでは無い。新型コロナウイルスは、急激に容態変化をして死に至るケースもあるようだ。今のままなら、じっとしてコロナウイルスの暴露していないところでひっそりと暮らすしかないようだ。感染経路不明の感染者も7割を超えていると言うから、もはや感染しないことは幸運でしかなくなっているようだ。安全な場所が確定されない。PVR検査の対象になるためには、有名人でも無い我々はトリアージの最後尾で待ち、坐して死を待つしか手がないようだ。現にちらほらとそういったケースで亡くなっている人も出ている感じだ。日本は、このまま手をこまぬいていれば(無策)、85万人が感染し、42万人が死に至るという。どこから襲ってくるか知れない忍者には手を打ちようが無いが、ワクチンや治療薬の出来るだけ早い使用解禁が待たれる。ワクチン関係の記事を振り返ってみた。2月13日にはアメリカが研究と予算で随分と先行しているとのことだ。然し当時アメリカの感染者数は少なかったものの、現在では世界トップとなっている。研究がそのまま活かされていないと云う事なのだろうか。中にマンモス・バイオサイエンシズと、米カリフォルニア大サンフランシスコ校のチャールズ・チユー教授が迅速診断キット(日本では数時間~半日かかるところ1時間以内で判定出来る)を開発している。例によって安倍晋三は、日本でもインフルエンザのような迅速診断キットの開発を始めたと述べたようだが、実際にはまだほとんど動きがないといったことも書かれていた。兎も角その場しのぎのお題目先行型のトップに任せておいてはおかしな方向に行ってしまいそうだ。アメリカと違って、日本ではウイルスの知見を得たいと思っても、感染症分野は普段、あまり日が当たらず、ベンチャー企業も育ちにくいとのことだ。一重に、予算が少ない(米は約6400億円に対して日本は約5億円)とのことらしい。之では勝負にならないというか、之でもアメリカの感染は止まらなかったので、日本はもっと悲惨な目に遭遇するかも知れないのだ。
2020.04.15
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今日のウォーキングは第1646日目で8073歩だった。***日経新聞の日曜日版に美の粋というの特集があるが、3月8日~3月22日の3週で、「古代の塔の来歴」を掲載していた。塔にそれほど興味が強いわけではないが、コロナばかりでは気が滅入るので、気晴らしに読んでみた。まず、奈良の薬師寺の東塔の紹介だ。解体修理が終わったとのことだ。不同沈下を起こしていた基礎をコンクリートで置き換えたようだ。そのため1m程かさ上げされた。JR山崎駅の前に離宮八幡宮があって、そこの柱を受けた岩の名残が置かれていたのを見たが、似たような大きな石だったのだろうか。奈良時代の塔は国宝で、6層かと思っていたら実は3層で、各層の下に裳階という庇のような小ぶりな層があるので6層に見えるのだという。ここで先ず感心した。奈良には余り足を向けていない故に知らなかったというわけではない。宇治の平等院鳳凰堂にもこの裳階が設えてある。そう言われて、写真を確認すると確かにある。ここには良く出掛けて見てはいるし、自分もスケッチしていたのだが、余り詳しくは見ていないと云う事を知った。これも又山崎駅の近くの宝積寺(通称宝寺)にも3重の塔があるが、記憶ではこれも同型のような気がする。奈良盆地には法隆寺と法起寺にも塔があり、3つの塔はともに現存最古の木造の塔だ。法隆寺の五重塔は正真正銘の5層だが、最上層は最下層の大きさの約半分だという。それ故に安定して見えるのだろう。高さは薬師寺東塔で34m、法隆寺の方は31.5mで特に巨大というわけでもなく、大官大寺(九重)や東大寺の東西両塔はともに90mと70~100mと高い。塔の上にある環をストゥーパ(相輪)と呼ぶのだそうだが、実は塔自体よりももっと重要な意味があるという説明だ。塔は土台の意味しか無いと言うから一寸びっくりだ。又、日本の塔は2層から上には上ることを想定していない造り(吹き抜け)だという。知らなかった。裳階辺りに見える回廊のようなものは、単なる飾りなのだ。塔を観たときに上りたいと思うことがあったが、上るものでは無く、下から見るものなのだ。塔の心柱は天から神が降臨してくるときに天と地を結ぶ橋の役目をしているのだという。なるほどそういうことなのか、かぐや姫は多分この逆を辿ったのかも知れない。然し、出雲の天孫降臨は、どの塔の柱を使ったのだろうかと、馬鹿げたことを思ってしまう。更に知らなかった塔として、瓦や石で作った仏塔もあるという。土塔と呼ばれるこれらの塔の存在すら私は知らなかった。堺市にある土塔は1辺53m、高さ9m、頂部まで13の階段が設けられた13層だ。行基が建てたと言われているが、この人の名はあちこちで聞くし、東大寺の大仏を初め、多くの寺を建てたことや池、橋なども手がける希有壮大な人のようだ。僧だが実は土木・建築技師という面を持っていたようだ。恐らく伝承だけのものもあろうが、現在の1級建築士が名義貸しをするような(それの大型版)ものかも知れない。私なりに好き勝手に考えている。行基らは「福田思想」を行動規範としていた。福田とは「善行の種を蒔いて功徳の収穫を得る田地」と言ったことだ。これは利他行に通じる。今はもう見失った言葉のようだ。また奈良市にも似たような仏塔はある。こちらは頭塔と呼ばれているようだ。何が違うのかと読むと、土塔がなまって頭塔となったようだ。これは、玄昉の首塚と思われたことからそのように転じたと云う事で、なかなか面白い。(玄昉は聖武天皇の信任が熱かった高僧)この玄昉が政敵だった藤原広嗣の霊にたたられて、5体バラバラにされ、頭がこの地に降ってきてそれを弔ったという言い伝えによるのだという。なんだか猟奇的で面白いし、後が続いているが、ともあれ先に進む。同じような塔が岡山県の赤磐市にある。熊山遺跡の山頂にある。私も岡山に住んでいたこともあるが、このような遺跡があることを初めて知った。割石を3段に積んだ、1辺は8m、高さ3.4mの「龕」(仏像を納める区画)を持つ構造だ。この塔の源流はどこかと云う事は分からないらしいが、インドネシアのボロブドール遺跡の名前も類似としてあげられていた。又正規の塔に戻って、大津市石山寺の国宝である多宝塔が挙げられている。堂々とした建築美だが、この塔も実物は見たことがない。下層は方形、上層は円形の二層構造だ。目新しいついでに、白河上皇が発願したという京都法勝寺の八角九重の塔だ。落雷で焼失したと言うから今は復元図で想像するしかない。調べてみると京都の動物園の対面にあったようだ。他を威圧する、高さ81mの塔で、今京都の街に現存していたらどんな風景になっていただろうかと想像しても面白い。王権の正当性(皇位の象徴)を強調する目的で、高御座の形状を模しているという。塔の初層には密教の最高位の仏、大日如来が安置されていたと言うから権威というものはそういったことかと知る。最後の浄瑠璃寺の三重塔は木津川市にある。東大寺に近いようで、ここも訪れたことはない。この三重塔は高さ約16m薬師如来像を祀っているとのことだ。極楽浄土をイメージした庭園を有しているとのことだ。浄土信仰に基づいて、極楽往生を遂げるために現在を願う信仰に基づいている。最近掲載の「死者の書」についても読んだが省略する。
2020.04.14
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今日は前日からの雨の予報で、ウォーキングは中止した。雨は昼前から降り出した。キッチン棚の清掃を行った。ソファで優雅に犬と戯れる余裕はない。***緊急事態宣言が出され、新型コロナのため自宅に逼塞しているだけで、掃除や断捨離をする事で暇潰しをしているくらいだ。第2か、既に第3かの人生も終わりに近づいているので、私が何をしようとも世の中には何も関係が無いという事を思い知る。ゴルフ仲閒の同級生がゴルフも、逢ってしゃべることも出来なくなったということで、ご機嫌伺いといって「何もすることがなく、出来るのは庭いじり程度」と書いてきた。そして最後に、私に、「貴君のことだから世紀の超難解の理論ABC予想などに取り組んでいるのでは?」と冗談で書いてきた。そういえば、何日か前にそんな記事があったと思いだした。そうか、訳のわからないことを敢えて取り上げて、ただただ感心してみるのも暇つぶしになるということかという気になった。勿論内容に興味を持っている訳ではないし、再度生まれ変わっても、恐らく何の興味も抱かないであろう事は請け合えるような事柄だ。その超難問「ABC予想」を京大の望月教授が証明したと云うことだ。世の中には凄い人たちがいるものだ。とはいえ、内容を見ても、それがどれだけ凄いことなのかさえ理解できない。又何の目的なのかさえ分からない。構想から20年掛けて解き、斬新で難解の為に査読に8年も掛かったとのことだ。査読という言葉は、姫が大学に奉職しているので、たびたび聞くのだが、恐らく数学に素養のある人たちでも8年も掛かったと言うから凄いの1言だ。それはそうだろう、証明するのに20年も掛かり、何とその論文は4編で合計646ページからなっているということだから、読む側も相当に力がいることだ。最近は週刊誌や新聞記事でも長文を読めない身には殆ど天文学的な作業に思える。天賦の才を持つと紹介された望月教授は現在51歳、16歳で米プリンストン大に飛び級入学、23歳で博士号を取得、32歳の若さで教授に就任したとある。言葉は悪いが、化け物のような人だ。(然し写真は実に温厚そうだ)「宇宙際タイヒミューラー(IUT)理論」を使ってこのABC予想を解いたととのことだ。別のネットで解説していたものを適当に理解したとして書いてみると、「宇宙」というのは、所謂地球や太陽といったものでは無く、数学界の全体を宇宙と称するのだそうだ。「際」というのは、こうした多くの宇宙の間を結びつける所謂数学間の国際関係と云う感じなのだろうか。タイヒミューラーはドイツの人の名前であり、よくこういった理論を提唱したり、解いたりした人の名前なのだとか。従って、IUはInter UniverseでTは個人名なのだ。従来の数学は1つの宇宙の内部で議論され説かれていた問題を、IUでは別のフェーズの数学宇宙をマルチに考えて、相互のやり取りを通じて解いていこうと云う事なのだ。書いた内容が合っているのかどうかさえも分からなくなってきたので、これ以上続けることは、無理だからやめておくが、こうしたことを世界で理解出来る人は10人居るか居ないかと云う事らしい。なにがしか議論できる人も50人程度だという。この人数は多分に象徴的であるだろうが、兎も角、ほんの少しの人しか理解できないことは何となく分かる。昔、大学の教養時代に、バスケットボール部に数学を専攻する同級生がいた。今にして思えば、彼もまた、こうした世界的に難解な理論に挑戦しようと考えていたのだろうかと思い出す。練習の合間に「君はなぜ難しい数学科を専攻したの?」と聞いたことがあった。答えは「数学が分からないからだ」だった。私も理工系を専攻していたけれど頭の中の数学と言えばせいぜい「微分・積分」といったところだった。確かに高校時代に微分や積分は面白いと感じた時(今はすっかり忘れてしまったが)もあり、ノートや教科書にはそれなりの朱線を引いたりしていたので、今よりは頭が冴えていたのだろう。そしてやがて、大学に入学して「数学概論」という講座を聴講した(勿論教養の単位取得で必須だったからだ)ら出てきたのは「ε-δ論法」だった。必死に食らいついたが、結局は分からなかったと記憶している。更に数学関係では「数学解析」という講座が有り、大講堂で、先生が汗をふきふき講義しておられたが、之が又難解だった。今でもネットで紹介されている故城憲三先生だ。私は物造りでも、今や影も薄くなった造船を専攻していたので、余りに難しく、単位取得(試験に通る)のに苦労をした講座の1つであった。その城先生が、「造船家の教授の書く論文は稚拙だ」といった意味のことを言われたのを今でも覚えている。ABC予想を云々する記事を読んだときに、なるほどとは思ったが、恐らく城先生でもこの難問は解けなかっただろうことを考えると、一寸鳥肌が立つ思いがする。折角だから、「ABC予想」の内容を記しておこう。------互いに素な正の数a、bで、a+b=cのとき、c>d^(1+ε) (・dはa×b×cの互いに異なった素因数の積、・ε>0)となるa、b、cの組はたかだか有限個しか存在しないだろう。------之を証明しろというものだ。例として、a=5、b=7の時、c=12 (12は2×2×3に素因数分解できるので、d=5×7×2×3=210 (2はダブっているので1つだけ採用)したがって、c<d^(1+ε)となる。こうならない[即ちc>d^(1+ε)]といった不等号が反対の、a、b、cの組は殆ど存在しない。------悪魔の証明というわけではないが、こうした証明を一般的にする事は難しい。「この世には悪魔など存在しない、というのなら、それを証明してみせよ」という問いに答えることが難しいのと同じだ。aやbに1桁や2桁の数字を入れて証明していくことは可能だが、何桁もの数になる(一般的な場合)はもはや人力では不可能と云える。スパコンでも、延々と解くことは可能でも取り上げる数は有限で、それが総てではないからだ。とまぁ、気分(難解さ)は何となく理解できる。
2020.04.13
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今日のウォーキングは何やら微雨が顔に掛かったので、傘を持っての歩きになった。然し幸い雨は降らなかった。第1645日目8033歩だった。近くを通る電車内には人影が見えない。歩いている人も殆ど居ない。そんな日曜日だった。***今年の初めから日経に、毒シリーズが連載された。今日12種の生物の紹介で終わった。新型コロナと違って見える毒だから近づかなければ済むだけだ。知っておいた方が、為になること請け合いだ。1年下の後輩が入社してからのこと、その君と、和歌山に釣りに出掛けたことがあった。元より私には釣の趣味はないのだが、アウトドアが好きな後輩に誘われて出掛けたのだ。そして私の針に毒を持つゴンズイが掛かったときのこと、そうとは知らず、獲物をゲットしたと私が外そうとしたときに後輩が危険だと止めて、踏みつぶして事なきを得た経験がある。毒を持つモノは時に美しさを備えているものだ。1. ヒョウモンダコ体長10cmほどで岩陰に潜んでいる。このタコは、ふぐと同じ「テトロドトキシン」という毒を持っているのだ。かまれると命の危険もある。日本近海やオーストラリアなどに生息している。背景に合わせて色を変化させる。太平洋側では関東から九州まで、日本海側では能登から九州までと生息範囲は広大だ。秋から冬にかけての産卵時に大きくなるが夏場は小さい。生まれたときから毒を持ち敵に襲われたり、エサを見つけるとかみついてテトロドトキシンで仕留めるのだという。知らなければ触って死ぬ恐れがありオーストラリアでは死亡の報告がある。2. ヒラズゲンセイ「赤いクワガタ」と別名を持つくらいクワガタに似ている。鮮やかな紅色が特徴。ツチハンミョウという昆虫の仲閒だ。触れると黄色っぽい体液が出てその成分の「カンタリジン」に毒性がある。体の節々から出てくる。体長は2~3cmとクワガタよりやや小型。オスの大きなアゴはメスを巡る争い時に武器となる。四国や和歌山が生息地だったが、2019年には福知山市や東近江市でも見つかっている。攻撃性はなく、直ちに死に至ることはないようだが、触れて水ぶくれになった例はある。強烈な匂いが発散されるようだ。3. ソテツ今度は植物だ。昔、田畑義男が島育ちで「赤い蘇鉄の実も熟れる頃、・・・」と歌っていたが、蘇鉄の赤い実には毒があったのだ。決して食べてはいけない。「サイカシン」という成分を含んでいて、体内で消化されるときに有毒な「ホルムアルデヒド」に変化する。嘔吐やめまいがするほか呼吸困難になるとも言う。サイカシンは実だけでなく葉や幹にも含まれている。ソテツの葉などを食べた牛がマヒを起こして、巧く歩けなく例がある。動物同士なら既に知っているのかと思うが、家畜として馴らされた故なのだろうか。反対にソテツの実は中のデンプンは食用になるのだという。然し、十分な水にさらし、日干しなどの毒抜きが必要だ。奄美地方では伝統的に十分毒抜きしたソテツから「そてつ味噌」を作っているという。中国では漢方薬としても使われる。受精の時に精子を出したり、開花の時に雄花が発熱したりすると言うから動物のようで、変わっている。4. ミツユビハコガメ大きさは手のひらに載るくらいだ。一見可愛く見えるので飼う人もいるようだが危険らしい。後ろ足に並ぶ3つの爪が特徴。北米が原産だ。通常は陸地に住み、雨が降った後に地中から出てくるミミズや昆虫、植物、魚の死骸などを食べる。毒キノコも食べるが死なずに、その毒を体内に貯め込む。そんな仕組みはまだ解明されていない。逆に間違ってこのミツユビカメを補食した動物は毒で死ぬ。甲羅にちょうつがいがあって、箱のように閉めて手足や首などをすっぽりかぶせられる。後ろ足の爪が2本や4本の仲間もいる。温和しいので人にはかみつかないが、少し気味が悪い。5. カツオノエボシ青みがかった透明でゼリー状の浮き袋を持つクラゲだ。美しい姿だが、長く垂れ下がった触手には特に強力な毒がある。その触手、希に50mにも達すると言うから、何やら危険極まりない。それというのも触手には刺胞と呼ばれる毒を持った小さな粒がついている。人が刺されても命に別状はないものの、過剰なアレルギー反応を起こす場合がある。海水浴中に刺されても落ち着いて行動しろと言うが、冷静では居られないかも知れない。植物のようなポリプが集合して形作られる。5月から秋頃太平洋側に打ち上げられることが多い。岸に打ち上げられても好奇心から触ってはいけない、まだ毒牙残っている。6. ウンバチイソギンチャク一見普通の岩のように見える。沖縄や奄美大島とか暖かい海の珊瑚礁に張り付いている。「ウンバチ」は方言で海の蜂のことだ。体の表面の隠れたところに大きさが1~2mmの刺胞球を有し、その中にハブの数倍の強い毒があり、触れれば激痛に見舞われ、長期の入院の必要もある。刺胞が飛び出てまだ弾けない間なら海水でやさしく流し取り、病院に行けば大事にはならない。然し、毒を持つハブクラゲに有効とされる酢や真水を使って流そうとすると、逆に毒が流れ出し非常に危険だ。形を周りに溶け込むように変え、岩や藻と紛らわしい場合があるので、特に要注意だ。7. カエンタケこれも植物。赤いサボテン、燃える炎といった感じだが、このキノコは毒性が極めて激しい。ほんの数グラムでも食べれば死ぬ。手で触れただけで皮膚に有毒成分がしみこんで炎症を起こす。珍しいキノコで、なかなかサンプルが集まらなかった。研究の結果、毒は「トリコテセン」と呼ぶカビの1種だ。この毒は人の細胞でたんぱく質の合成を阻害する。一方このカエンタケを食べるナメクジもいるというから蓼食う虫もなんとやらだ。ナラが枯れ広がってその枯れたナラに発生したカビを食べてカエンタケは育つという。勿論見たことは無いが、珍しいモノ(特にキノコ類)はなるたけ敬遠した方が良さそうだ。 8. スローロリス東南アジアに生息する体長20~40cmの霊長類だが、一寸かわいらしく見える裏にとんでもない仕掛けがあるのだ。霊長類で唯一毒を持つという。有名らしいが私は知らなかった。動きがゆっくりしているから付いた名前だが、樹液や果物、昆虫や小鳥などを食べる。木にしがみつく力は相当強い。動きが遅いのは獲物を安心させて捕獲するためもある。肘から分泌される体液に唾液が混じると毒に変わると言うから正に2液性だ。自身が毛繕いで毒を体中に塗り広げる。人は毒をかぎ分けられないがヤマネコなどの天敵はかぎ分けて逃げるという。かまれて血中に毒が入ると、過敏なアレルギー反応を起こして死に至ることもある。性格は温厚だが、時にかみつくこともあるので注意を要する。絶滅危惧種だ。9. タガヤサンミナシガイ聞いたことも見たことも無い。白い三角形や茶色い模様が殻を形成している。死んだモノは飾りにもなるようだが、生きている間には触ることは御法度だ。死亡例が報告されるほどの毒を持つ。東南アジアの温暖な海に生息している。日本では沖縄にいる。巻き貝を食べるが管をエサの貝に差し入れそこから毒を注入する。エサの貝がマヒして動けなくなって捕食する。他の同科のイモガイも毒を持つものが多く、毒は「コノトキシン」という神経毒だ。珍しいからといって不用意に持ち帰らないことが肝心だ。10.ミナミハコフグ太平洋のサンゴや岩の割れ目などにいる。体長数cmで風貌は可愛く、熱帯魚的な感じだ。然し、これもフグの仲閒で、カラフルな表面が危険だ。興奮すると体を大きく膨らますのはフグの常道だが、この時「パフトキシン」という毒を放出する。水槽で他の魚と飼ってはいけない。毒で全滅の例もある。内臓にも「パリトキシン」という毒がある。食物連鎖で蓄積した毒だ。生魚になると体長は数十cmになって可愛くなくなるとか、黒い体の斑点は目の位置を隠すためとの説がある。11.テンナンショウこれも植物。上に広がった筒状の草花だ。夏から秋にかけて直系1cm弱の沢山の赤い実を実らせる。美味しそうだが食べてはいけない。口に入れるとしびれたり大きく腫れたりする。原因は「シュウ酸カルシウム」だ。長さ0.1mm程の小さな針状の結晶をしていて体内に入ると、腎臓に障害を起こす。雄花と雌花があり、小さなハエなどが雄花に入り、花粉を付けて底から出てこられる。そのハエが今度は雌花に入ると雌花の底は締まっていて出られず、花粉を雌花に付けながらやがて死ぬ。自然がこんな風に作られているとは驚異だ。12.ドクウツボ見るからにどう猛そうだ。間違えて食べてしまうと激しい食中毒を起こし吐き気やしびれなどの症状が出る。写真を見る限り、之を食べてみようとの気にはならないが・・・。毒の成分は渦鞭毛藻(うずべんもうそう)という植物プランクトンが作る毒だ。食物連鎖の頂点に位置し、魚やエビを食べて筋肉や内臓に毒を貯め込む。体長はウツボの仲閒でも特に大きく約2mにもなる。鋭い牙を持っているのでかまれないように要注意だ。沖縄や太平洋などの温暖な海に生息している。岩の凹みなどに隠れ顔を出している姿は子供に人気があるそうだが、見ているだけの魚だと云う事だ。
2020.04.12
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今日のウォーキングは第1644日目で8341歩だった。買物で開店早々の松坂屋に出掛けたが、人は少なかった。***最近、何が正義で、何が悪かなどと云ったことが分からなくなってきたのだろうか。与太話のようなことがまかり通っているから、ますます混迷する。私も歳を取って、人並みに認知症の心配をしている最中だから、「ひょっとして、自分が間違っているのかなぁ」と思ってしまうようなことが連続して起こったり、又書かれていたりする。1つのことを突き詰めていく気力も相当減じている上に、今は新型コロナの話ばかりで、他の話題が極端に少ない。命が掛かっている事案だから、やむを得ないが、そうかと思って読んでいたら、全く反対とは言わないまでも、歩調を合わせて一丸となってコロナを退治しようとの動きにもなっていないように感じる。そこで私も感じたままの与太話を書いてみる。今日の日経で、日本だけが異業種からの人工呼吸器製造参入が進まないという。法律でそう書いてある(製品認可にたっぷり時間を掛けろ)のだそうだ。緊急事態だからその縛りを越えてアメリカのように製造を指示できないのか?答えは「安全でなくてはならない」という理由だ。そりゃそうだろう。勝手なときには法律を都合良く解釈するのに、こんな時には律儀になるのが日本らしい。声高に規制改革なんて言ってるのは、単なる念仏か。河井案里も「日本を変えたい」と言っているでは無いか。之って厚労省の役人が言い張っているようだ。あの大坪寛子も噛んでいるのだろうか。PCR検査とアビガン適用についても、同じような話があるようだ。何でもごり押しする安倍に逆らって、厚労省は(といっても何も自分では決められない加藤ではなく役人の方だが)一定の基準(37.5℃以上の熱が4日以上続く云々)が満たされなければPCR検査はしないというの一点張りだ。他の国は、ますます検査数を増やしていく中、なぜ日本だけが頑なに、検査可能な台数をフルに使わないのか、全く合点がいかない。この点橋下は、今でも、それで良しというような発言をしている。分からない。どうやら之にも厚労省の技官達が絡んでいるようだ。また大坪寛子かな?まさか、和泉と共謀した壮大な意趣返しなのかな。新聞によると、頑なに拒否するのは厚労省の医系技官らのグループで、その総帥の鈴木康裕が元凶らしい。軽傷者の入院が増え続ければ、重症患者に手が回らなくなり医療崩壊するというのがその根拠らしい。正に橋下の主張と同じだ。でも、之って現状の推移に明らかに反抗している。陽性でも、無自覚者や軽症者はホテルなどに隔離してといった方法を現に取りつつあるし、そうしたホテルなどの隔離施設に変わる場所の提供の申し出はたくさん来ているのだ。こうした批判はアメリカ辺りからも指摘されていると言うが、私のような素人にもよく分かる理由なのだが。一度、鈴木や橋下の頭の中を見てみたいものだ。鈴木らは「検査は誤判定もある上、陽性でも8割は無症状か軽症だ」というのが根拠らしい。冗談じゃない、医者が誤診を理由の前面に押し出して言い訳するのを聞いたことが無い。しかも、諸外国(特にアメリカ、スペイン、イタリアなど)ではどんどん死者の数が増え続けているではないか、軽症どころではない、検査が遅れればそれだけ健康回復が難しくなることぐらい、医学を学んでいなくても十分に理解出来るところだ。PCR検査が必要な理由は軽症でも他にうつすと云う事が心配なのだ。無症状や軽症者などを野放しにしたら高齢者にうつし、高齢者は死んでいくという方程式が既に分かっているではないか。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の入国者の経過観察も当初14日間と言っていたものが10日間や12.5日間に短縮したのも大坪寛子だという。その根拠も、かのWHOの中国べったりのパンデミックをなかなか言い出さなかったテドロスの見解だと言うから、呆れてものが言えない。安倍晋三も之には不満を持っていると言うから、更に巨悪がシステムの中に存在することを知ってしまった。治療薬「アビガン」の投与に関しても、安倍は前向きな発言をして、少しはその気になってきたかと思わせたが、どうやらすんなりとは進んでいないようだ。安倍は重傷者には効果が無いのになぜ重症者から先にやるのだとの問いに(検査もしないで重症化させて、挙げ句、重傷者はそっちのけというのもなんだか怖い話だが)鈴木らは「医学的には重傷者から始める」のが常識だとか言った回答をしたらしい。アビガン投与に消極的な鈴木の言い分は「承認には時間が掛かる」ということだ。勿論安全でなければならないというのが大義名分だ。中国からアビガンが有効としていた論文の取下もあったが、鈴木達技官は胎児などに悪影響(副作用など)があるからとの懸念を打ち出している。技官達が慎重になる根底には、かつて、薬害エイズ事件で、当時の厚生省課長が、非加熱製剤によるHIV感染の回避に必要な措置を取らなかった「官僚の不作為」の刑事責任で有罪になった事が頭に残っていたのだ。この時には安部元帝京大副学長が非加熱でどんな現象が起こるかなどを患者に告げずに人体実験をしていたというとんでもない猟奇的な話に繋がるのだが。医者としては、闇雲に効きそうだからと薬の乱用で副作用をもたらすことは避けたいと思うし、患者もその気持ちに否やはない。しかし、「アビガン」の場合、どれ程の懸念があるのかは元より知らないが、闇討ちの人体実験ではなく分かっていることを総て明々白々にして、患者自身に適否を決めて貰う(インフォームドコンセント)と言ったやり方は取れないものだろうか。
2020.04.11
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今日のウォーキングは第1643日目で8034歩だった。金曜日だが、「緊急事態宣言」が出されたせいか、明らかに通勤だと分かる人達の数は減っている。この人達も出て行きたくはないだろう。また、この人達が、コロナウイルスを田舎町に持ち帰ってこないとも限らない。嫌なことになったものだ。***都市では緊急事態宣言後も、思惑通りに人の外出が減らない。8割の接触を減じれば、感染爆発を防ぎ得るとの北大の西浦教授の計算ベースの解説を安倍総理が公式に行った。でも現実には3割程度しか人出は減っていない。人出即ち密接接触と云う事でも無いだろうが、兎も角、発令直後でもこの程度しか外出は減らないということは分かった。その後横浜市大の佐藤教授の試算では、98%以上減らさないと発症数の減少は見込めないと言う結果を公表した。今朝のテレビでは、西浦教授の説は、計算上は6割で効果が見込めるが、人は完全に従わないことを見越して、8割と言ったのだと補足的な詳細を説明したようだ。こんな矛盾したようなことを散発に云われても一般の人はどう考えたら良いのか迷うだけだ。更に、感染経路の分からないという感染者の数が7割を超えていると言うからもはや、遭う人の殆どは危険だと見なさなければならない。と、そう考えるのは私だけなのだろうか。田舎の町だから、日頃から賑わっているわけではなく、宣言後も、差ほど急激な変化は感じられないのだが。東京都(小池知事)と政府(西村康稔コロナ担当相)の間で、休業依頼対象の業種の間に差があるとのことで、調整が行われたようだ。この2人に任せておいて良いのかなっぁ、と云う感じが湧き起こる。尤も、西村=安倍だし、安倍に任せておいても、口から出る言葉と内実がこれほど乖離した男もいないので、そもそも心配はもっと根源的な問題なのだ。西村の場合は、小池に対して自分の方が立場が上だ(東京は国に従え)との雰囲気が漂う。この男、西日本豪雨で多大の犠牲者が出た、2018年7月5日の夜に「赤坂自民亭」で大宴会(この時は安倍も参加している)をし、それを得意げにSNSでツイートするなど大顰蹙を買った男だ。あのときも5日の夜時点で未曽有の水害になるととまでは想定できなかったのかも知れないが、(予見していれば自粛に動いたはずがだが)、知ってか知らずか、宴会を強行していた。しかも、橋下などはそれを擁護していた。安倍は後日、非常災害対策本部の会議で「今なお安否不明の方が多数いる。孤立して、救助を求めている方もおり、時間との闘いだ」と声を張り上げたとあるが、今更何をか況やだとの評であった。しかし、最後に安倍はツイッターに投稿した西村に「発信については注意するよう言った」と一寸注意したといったパフォーマンスはしたようだ。考えれば、あのときの安倍―西村のラインが、そのまま今回のコロナ対作緊急事態宣言の背後にいるのだと思い起こすと、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。水害では、政府は、なにがしかの支援をしたのだろうが、今回休業指示的なことをすると補償がついて回るから、宣言を発するのも逡巡しているのでないかと思えるのだ。昨夜のテレビでGAKTがマレーシアからの現状と、日本との比較をレポートする番組があったが、日本はアクションが遅いと評していた。国内にいる我々もそう感じるのだが、外から見るとなお一層日本は何をやっているのかという感じに映るのだろう。それでも我々が選んだ首相だから、従わなければといった意味のことを言っていたが、まだ信じていると云う事なのか。パリからは作家辻仁成のレポートがあった。閑散としたパリの街を背景に撮しながらの切実感が伝わってきた。事実真に迫った話しぶりは、なお一層緊張感が伝わってくる。その点、日本の政治家は生ぬるい感じがしてならない。特に安倍のしゃべり方はまるで他人事、官僚の作文を読むに留まっている。ニューヨークのクオモ知事などと比べたらその差が歴然だ。あれでは閣僚も、国民も締まらないだろう。テレビのコメンテーターがこうしたときに逡巡してどうするのか、今が税金の使いどころではないのかと言っていたが、なんだか頷ける感がした。森友で8億円余の値下げは軽く行えるし、河井案里に即断で1億5000万円をさっと出す決断は出来ても、ここでは逡巡するわけだ。命が掛かるコロナで何をそんなに逡巡するのかだ。経済通らしいテレビのコメンテーターは、赤字国債はこうしたときにあるもので、この難が去ったときに、回収すれば良いと言った意味のことを言っていた。そこまで切羽詰まっていると云う事なのにそれをまだ肌で感じていない鈍感さに返って恐怖を覚えるのだ。初動の大切さは、西日本豪雨の時よりも更に逼迫している。アメリカ、スペイン、イタリアのように医療崩壊(日本でも、既に崩壊しているところもあるようだ)してしまったら手が付けられなくなり、その時点ではもはや経済云々もどうなっているのか知れないのだ。今日の日経新聞に、世界との比較で、日本の死者数の増加ペースが理解しやすい形でグラフ化されていた。上記3国に加え、英国、フランス、イランなどの死者の増加率の凄まじさは驚異的である。それに比べると、日本は僅かに、下回っているとは云え、1週間に2倍の死者を出すほどに緊迫しているのだ。この時点では、とりあえず、全力を投入して、何が何でもコロナ阻止に動くべきなのだ。時には慎重さも必要かも知れないが、既にそのことを云々しているときは過ぎたのだ。スペインやアメリカは死者の増加率が早くから高かったこともあって早期に非常事態宣言を出し、今では外出禁止令をも出して徹底している。それでも死者の数は、増えているのに、日本はといえば、緊急事態の宣言はアメリカよりも20日以上も遅くなってからだ。一部では、こうなってしまっては、もはや手遅れ的なことを云っている向きもある。そうなって欲しくはないが、今のような生ぬるい対応では余り改善は期待できないと思われるのだ。分析することは得意でなく、要点をなかなか言い表せない私だが、コメンテーターやその他テレビに出てくる人たちの中に、的を射ている人と、闇雲に政府がやることを擁護しまくっている人(最たる男が田崎史郎)との歴然とした差が鮮明に分かってくる。政府を擁護する側の人間は、本当に心底そう思っているのかと、本心を糺してみたくなるほどイラついてしまう。まだ、政府の手落ちでは死にたくない。
2020.04.10
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今日のウォーキングは第1642日目で、8153歩だった。昨日あたりスーパームーンだったとか。コロナ禍で月を愛でる余裕すらない。***今日も古代人類の話だ。昨日は初期人類ホモ・エレクトスの話だったが、今日はそれから少し進んだ現代に近い約23万6000~33万5000年前の初期人類ホモ・ナレディの子どもの骨格遺体15人分以上の骨格(大人も含めると、見つかった骨と歯は約1550個に上った)発見の話だ。これらの骨は南アのライジング・スター洞窟で2013年に発見された。これまでにディナレディ(洞窟の中の2つある区画の内の1つの場所)で見つかった化石は1800個を超える。ホモ・ナレディの話は何度か書いた気もするが、少々謎に包まれた人類であったようだ。集団で見つかった事に関しては以前から議論されているが、どうやら彼らの間では死者へ別れを告げることと、敬意を払うために意識してそこに埋葬した(纏めて置いた)所謂墓地ではないかとの説明がされている。しかし、洞窟の入口は狭く、奥行きが100mもある中が真っ暗な洞窟の中を動こうとするとなんらかの明かりが必要になるが、既に彼らは火を使っていたのだろうか。そうなると、時代は、かなり新しくなってからのことのようだ。他の説では、たただた、遺体を動物に食べられないように、又風雨に晒されないようにとの単純な動機ではなかったかとする意見もあるようだ。いずれが正しいかは、現在の所断定はされていない。意図的な墓地であったという方が、むしろ納得がいく。現代流の意味を詮索しても、その理由は見つからないであろう。道具も現代人になって初めて製作されていると云う事でも無く、ホモ・ナレディは既に石器の作り方などを知っていて、実行したのではないかとも考えられるのだ。2015年には同じ洞窟から男性で身長145cm、体重40~56kg、女性はやや小さめの骨が発見されている。今回は、暗い洞窟の奥深く、発見されたヒト属(ホモ属)の子どもの骨格の骨組みの一部を組み立てることに初めて成功した。体つきは身長90cmほどで8~15歳で死亡したと推定されている。小さくて柔らかい子どもの骨は、化石化しにくい事からこの発見は珍しいという。この化石を解析することで、ホモ・ナレディがどのように成長していったのかを解明するのに役立つかも知れないとのことだ。つまり、成熟のしかたが現生人類に近かったのか、それとも初期の人類祖先に近かったのかという点だ。(この点が議論の焦点になる)ホモ・ナレディは現生人類と共存していた可能性があるのだが、一方でその腰や肩などの身体的特徴は、現生人類よりも初期の人類に近い状態なのだ。通常の化石は風に晒されたり、野生の動物に襲われたりするのでバラバラに見つかるケースが多いが、ライジング・スター洞窟は入り口が極めて狭いためにこれらの攪乱からは保護されていたことになる。組み立てられて少年ホモ・ナレディの正確な年齢は現時点では不明だとのことだ。ホモ・ナレディがホモ・エレクトスやアウストラロピテクス・セディバなどの初期の人類のように早い成長をしていたとすれば、発見された化石は8~11歳で死亡したことになるし、もし現生人類やネアンデルタール人のように成熟が遅かったとすれば、死亡年齢は11~15歳だったと考えられるからだ。とはいえ、双方共に誤差の範囲のような気もするのだが・・・。どちらに近いのかが明らかに出来ないのは、ホモ・ナレディの骨の状態が、人類の解剖学的特徴の中に、新旧それぞれの特徴が混ざり合っているからだ。例えば、曲がった手の骨は、古い時代にいた成長の早い種に似ているが、足やくるぶしは、比較的最近の成長の遅い種に驚くほどよく似ている。加えて、ホモ・ナレディの体の各部位は、それぞれ異なるペースで成熟していた可能性があるというのだ。かつて、ネアンデルタール人の子どもの成長パターンは、現生人類とほぼ同じだったが、脊柱だけは違っていたといったことが分かっているからだ。年代を決定するためには専門家の間でも意見が分かれている。脳に関してはさらに奇妙な解剖学的特徴を有している。特徴の多くは現生人類に似ているのだが、何と脳の大きさは現生人類の5分の2ほどしかないのだ。脳が小さいと云う事はより古い種に近いと考える方が自然で、この点からは、古い原始的な人類に近いと見られる。一方で、ホモ・ナレディの脳の構造は初期の人類に比べて複雑で、道具の製作に関わる部位がよく発達していたこと、化石骨がほぼ考えられた(計画された)所に集中して見つかっていることなどから、ホモ・ナレディの頭はかなり進化していたと見られという側面がある。成長速度が早いと云う事は脳が小さく、進化していないことになるが、ホモ・ナレディの成長は通常より遙かに遅く、互いの常識が相反している状態なのだ。年齢を調べるには歯が重要なポイントになる、歯が成長するときには、日ごとにエナメル質が積み重なっていくため、その構造に年輪のような薄い線が残るのだ。然し之には重大な問題がある。エナメル層の積層を調べるには歯を切断する必要があるからだ。切断を行わないで、X線を照射する方法もあるが、そうするとたんぱく質が破壊されて、現代人との比較でたんぱく質による違いの判断は出来なくなるのだ。そこらで説明が終わっているので、今後に期待するしかないのだが、素人考えでは、20万年前のものか、はたまた200万年前のものなのかが、読み取れないというのは、他のことが年代測定などでかなり明白に断定されていることから考えて、一寸不自然に思える。ホモ・ナレディはソト語で「星の人」を意味するという。更に沢山の星の人が見つかって、現生人類(私たち)がどのように進化してきたのかを知りたいものだ。
2020.04.09
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今日のウォーキングは久しぶりに連れ合いと一緒に歩いた。桜の名残や、4月に開校した青陵高校の様子などを見て回った。パナソニックからIHレンジの修理に来てくれた。3面あるうちの1つのコイルが変になっていたようで、それを交換しただけで済み、全部取り替えずに又使えそうだ。その間、裏庭や勝手口側外回りの清掃をし、ついでにセメントの余っていたもので犬走りなどを補修をした。夕方、先輩が、わざわざタケノコを掘ったと、車で届けてくれた。毎年一緒に堀りに行っていたが、この所止まっていた。今日は、コロナが心配だが一寸行ってきたと言うことだ。***初期人類の3属が南アフリカで同時期に存在していたとの記事があった。ナショナル・ジオ・グラフィックの記事だが、興味深い。2015年の冬、南アフリカのヨハネスブルクの北西に位置するドリモーレン採石場で、岩石の中から若い(2~6歳の子ども)初期人類ホモ・エレクトスの頭骨の化石の破片を発見したのだ。南アフリカでホモ・エレクトスの骨が見つかったのは初めてのことだという。(昔の資料で南アのスワルトクランス遺跡でホモ・エレクトスの化石の発見があったと記録していたのだが・・・)また、過去に同じ場所で別の種の初期人類パラントロプス・ロブストスの頭骨が見つかっている。数種類の方法で年代測定を行ったところ、2種の頭骨はいずれも約200万年前の同じ年代のものと判明した。いずれもそれぞれの種の最古の化石ということだ。ホモ・エレクトスが誕生したのは、新旧のホモ・エレクトスが多く発見された東アフリカと考えられていたが、2013年にジョージアのドマニシ遺跡でも発見されたことから誕生の場所については議論がある。(こちらは180万年前と推定されている)今回発見された化石が最古だという根拠は、それ以下の層を掘っても更なる化石が発見されなかったからだ。之では最古という証拠にはならないが、今のところ最古と云う事になる。そして、まだアジアでは発見されていないことを根拠に誕生はアフリカだろうとされている。この辺りが考古学の面白いところだと思う。こうしてアフリカで誕生したホモ・エレクトスはアフリカを出て、大陸から大陸へと移動しながら新しい環境に適応し続けたというわけだ。意識的ではないが、ともかく人類初のグローバル化実験だったと理解されている。すべての種のすべての集団は、行く先々で進化を続けると言うことから、人類がどのように拡散し、又進化していったのかが解き明かされることになる。今から200万年前には、パラントロプス・ロブストスの世界で、共存していたとはいえホモ・エレクトスの10倍もの人口がいたようだ。パラントロプス・ロブストスはアウストラロピテクス属の後に登場したもので、非常に丈夫な頭骨を持ち、歯は大きく、頭頂部には印象的な隆起があった。また、巨大な咬筋を持ち、頑強な体躯をしていたようだ。説明によると、彼らは、「固いものをバリバリと噛み砕くだけでなく、ある種の塊茎(注:ジャガイモのようなもの)や草など、たくさん咀嚼する必要のある繊維質のものも食べていたと考えられる」とのことだ。当時、この地域のマラパ遺跡では、2010年にさらに古いアウストラロピテクス・セディバの化石も発見(生息)されている。こうしたことから化石の記録を辿れば、アウストラロピテクス属が存在していたところにパラントロプス属がやって来て(?)、その後今回発見されたホモ属(ヒト属)に取って代わられ他のではないかと考えられるのだ。アウストラロピテクスは華奢型で、ルーシーで有名なアファレンシスから一方がアフリカヌス(華奢型踏襲)とパラントロプスのような頑丈型が分岐したとみられる。当時の気候は、今よりも寒かったと推定され、同時期に3種の属が共存していたと考えられるが、その後、食糧を得るためには、パラントロプス型の様な頑丈な属が生き残ったと云えそうだ。アウストラロピテクス・セディバは、ホモ・エレクトスを含むヒト属の直接の祖先だったかもしれないとする説がある。しかし、この説に疑問を持つ者達もいる。それは、今回新たに発見されたホモ・エレクトスの頭骨が、近くのマラパ遺跡で発見されたアウストラロピテクス・セディバの化石骨より古いとわかったからだ。こうしたことからどちらが祖先のものになるかという混乱が生じるが、やはりアウストラロピテクス・セディバの方が祖先である可能性があるという。それは、母種とその子孫の種が同じ時代に同じ場所に生息していたことは十分ありうるというのだ。こうなると素人には、とても面白く感じる。進化の途上(または別種属)が同じ地域で、どのような交流をしながら生活していたのだろうかという点だ。それを延長して考えると、現代、黒人と白人、黄色人種がある意味生活を共有し、又、互いに交配(国際結婚)しているのと同じような意味合いなのだろうかと云う事だ。ともあれ、100万年前も、進化の手前のヒト属が同時に生息していたことになるわけだ。アウストラロピテクスは華奢型の系統と、頑丈型の系統に別れて進化を始めたと考えられている。素人には、何でも食べられる、パラントロプスの方が生き抜くには俄然有利だと思うのだが、然し説明では極端な適応は、環境が変化(進化的適応上)すると障害になることがあるというのだ。俄に納得しがたいが説明であり、それほど詳しく述べていない。ただ、今回分析された2つの頭骨を比較すると、当時はパラントロプス・ロブストスに比べて劣勢だったホモ・エレクトスが、独自の進化的適応に取り組んでいた証拠があるという。ホモ・エレクトスの特徴である涙形の頭骨は、このヒト属が脳を大きくし、再構成していた事を意味している。今回発見された2~6歳の子どもの頭蓋の化石から推定して、幼いにもかかわらず、その脳はすでにほとんどのアウストラロピテクスやパラントロプスの成人の脳より大きかったと見られるのだ。パラントロプスが「砥石」のような歯を進化させたのに対し、ホモ・エレクトスは拡散していく途上の環境に合わせて脳の働きをフル回転させて、その土地土地で適応力を発揮し、生き延びたのだと云う事だ。勿論、ホモ・エレクトスは、脳を使って道具を作くったり、他者と協力し合ったりと、協調して力を発揮する知恵を身につけていったと云う事だろう。こうして考えると、現代社会が、英のEU離脱、米の自国第一といった孤立化へ向かっているという世界の動きは、何やら淘汰への道を歩んでいるのかも知れない。それは、こうした考古学を紐解くことで、向こう200万年間、今の人類が生き抜けるか否かを示唆しているようだ。恐らくコロナもその1つかも知れないし、核兵器などが、最右翼となるのかも知れない。200万年後の我々の子孫はどんな形で生息しているのだろうか。
2020.04.08
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今日のウォーキングは第1640日目で9027歩だった。非常事態宣言が出るようだ。とはいえ、小池都知事が言うようなロックアウト(都市封鎖)は日本では法律上出来ないとのことだ。生きていてなんぼだが、かといって、商店やその他の業種では客が来なくて生活が出来ず、死んでしまわねばならなくなることもあるわけだが、矢張り厳しい処置である事は変わりない。というか、無闇に出歩いて、ウイルスを無意識にしろ、まき散らしていた、今までを忌むべきであり、遅すぎた宣言発令という感じだ。英国のジョンソン首相はICUに入ってしまったし、日本では感染していると分かっていても医者にも診て貰えないと云った事も起こっている。もう少し早くホテルを借り上げて、軽症者や無自覚者などを収容する処置をとるべきだった、といった悔いが残る。橋下などは、調べれば皆病院に押しかけるから調べない方が良いのだと、馬鹿じゃないかという自論を展開している。自宅待機を指示する宣言も、敢えて罰則が無いと云う事だが、フィリピン辺りでは、ドテルテは、射殺も可という過激な指示をしているなどと書かれている。インド辺りでは、殴打したりむち打ったりしている。実際にはどうかと思うが、気迫は感じられる。死者の数が7.3万人を越えたとのデータもあるが、指数関数的な増加がやや頭打ちになった感もある。尤も確かなデータかどうかは、知る由もないが、そう感じられる数字もあると言うことだ。最早人の生き死には数字で数えて処置されるような事態だと云う事だ。誰かも言っていたが、最早戦争という状態なのだ。凄まじかったイタリアやスペインにおける感染者数の伸び率が低下しているという。「近く安定する」とWHOが言っているとか。然し、かのテドロスが絡んでいるのだから、余り信用は出来ないのだが、一応、朗報として良いのだろうか。それにしてもテドロスはまだいるのだろうか。フェークニュースが乱れ飛ぶようになるし、どれをどう信じて良いか分からない場合もあるが、感染蔓延の傾向が進んでいることはまだ言えそうだ。北大の西浦教授の試算では、人の接触を8割減じられれば、感染の爆発は驚異的に減少するという試算を出している。難しい理論は分からないが、納得できる面もあるので、宣言発令のあるなしにかかわらず、不要不急の外出や、人との接触は止めたい。というか止めて欲しい。この規制に対して様子を見ながらという田崎という政府よいしょの輩がいるが、蔓延の元凶のような気がしてならない。大阪、吹田だったかで、病院の看護師がライブに出掛けて感染者になったという記事が過去にあったが、自分だけはという気か知らないが、之など論外の行為ではないか。人の病気や生き死にに関わる仕事をしながら、この時期に感染の予測すら付けられないというのは、言語道断だと思った。そんな記憶も去らぬ今日の新聞では慶大病院の研修医が18人も陽性であったという記事だ。将来は人の命を預かろうというエリート君達の行動(40人ほどで宴会し、その後カラオケに行った由)はもはや日本もこれまかという感がする。永寿総合病院との関わりがあると言うが、防疫という観点からこの慶大病院の体制は、町医者以下(素人と言うべきだ)の存在だ。院長が謝罪して済むような問題では無いだろう。然し、之が日本の現状、日本の病院の姿であるとすれば、もはや、身を潜めて、ひたすら神に祈るしかないようだ。JR池袋駅周辺は、普段より閑散としていたものの、出歩く人の姿も。買い物に訪れた男子大学生(21)は「家でじっとしていてもつまらない」と意に介さない様子だったというレポートもある。お前が死ぬのは自己責任だが、お前がうつすかも知れないということを懸念しているのだと云う事を認識できないのだ。憐れだ。密集の東京に出て行くのは自殺行為だし、東京から地方(まだ感染者の少ない)に所に行くのは殺人行為だといったニュアンスは傾聴に値する。中国の感染者が発表当初から比べて殆ど増加していない。アメリカの増加に比べると顕著だ。そして、死者の数も何やらゼロになったとかという話も聞く。今まで厳重にロックダウンしていた武漢も近く解除するとか。勿論額面通りに信頼出来るものでは無く、そこに何が隠されているかを考える方が恐ろしい。習近平は、当初の隠蔽はどこ吹く風、発症源を突き止めるようにと指示しているようだが、所詮アメリカ軍が持ち込んだとか言っているだけに、その結果作り上げられた、(発表されたとして)結論がどれだけの信憑性があるかについては甚だ疑問で、いやそれがまた世界を混乱させるのではないだろうかと懸念する。安倍晋三が、森友学園で、書類を隠蔽したり、廃棄したり、誤魔化したりしているのだから、中国の習近平がどうするかなどは、容易に想像できる。北朝鮮でも感染者はいないなどと言っているようだが、これは中国に輪を掛けて信じがたい。米ホプキンス大の調査結果が毎日掲載されるが、正確な国もあれば、そういった政府がらみで誤魔化している国もあるだろうから、なんともいえない。ドイツ辺りはメルケル自身が陽性になって自宅で自己隔離し、独自に回復したとある。ドイツは死者数が少ないというか、コントロールされているとのことだが、それでも死者の数は漸増している。ドイツでさえこうなのだから、明日の日本を考えるとドイツの二の舞以上の結果が出てもおかしくないと危惧される。台湾の対応は、閣僚の中には素人が少なく巧くコントロールされているという話は良く聞く。然し、ホプキンス大のデータには、なぜか記載(記録)が示されていない。まさか、台湾には、感染者がいなく死者もゼロでは無かったはずだ。カウントするほど得ない程度に収まっているというのだろうか。最近のネットで見ると3月31日現在で、感染者は306人、死者は5人だとのことだ。目を疑う位に低い数字だが、これも誤魔化しなのだろうか。正確に感染拡大を押しとどめているなら、日本の専門家でも誰でも良いから(政治家に任せずに)、台湾がどのようにしてコロナを押さえ込んでいるのかを学んで欲しい。また、当初数字の発表があった、カタール、バーレーン、シンガポール、アイスランド、 ギリシャ、スロベニア、UAE、フィンランド、パキスタン、タイなどはその後発症者も死者も、人数の発表がない。ロシアだって、インドだってやっとこの頃調査されているみたいだが、何処まで信憑性があるものやら。世界で182カ国が罹患しているというのだから、他の国の数字も発表して貰いたいものだ。とにかくオリンピックが延期されたと云う事で、何も感染者の数や死者の数で世界1になろうなどと思っていないわけで、何とか治す方法やワクチン、その他何でも良いから沈静化する手段を躊躇なく行って貰いたいものだ。
2020.04.07
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今日のウォーキングは第1639日目で8444歩だった。孫(弟)の誕生祝いのケーキを買って届けた兄用の漫画の本も忘れていない。帰りに車(SOTA)の6ヶ月点検に出した。連れ合いは追加注文としてカーナビの新データMDを購入した呉れた。長年使っていたIHのレンジの1つのコンロが具合悪くなり、エディオンに修理の依頼に出掛けた。***新型コロナの感染者が止まらない。ワクチンの開発には1年は掛かるという。そこで、重症患者が最後に命を託すのは人工肺と言う事になる。この人工肺(体外式膜型人工肺:ECMO)を使うと、6~7割程度の重篤患者に効果が認められるという。3月30日までのデータでは40人に適用し、19人が危篤状態を脱したという。実に5割が治っていると考えて良いのだろう。究極の蘇生器と言える。然し台数は少ないし、ECMOを扱かえる医師(技師)も少ないという。ネットで調べると、日本には1412台(2020年)あるという。ECMOを必要とするコロナの重篤者がどれ程いるのかまでは知らないが、台数不足なら物理的に増産すれば良いと思う。然し扱える人間が300人ほどだとかで、人手がないという方がネックのようだ。さらに、不足しているマスクでさえ、6億枚を製造しただとか、シャープやアイリス・オーヤマでも生産していると言いながら、なかなか国民に回ってこないのだから、複雑そうな機械がそう簡単にできるとも思えないし、技術者の育成も簡単では無さそうだ。ECMOも65~70歳以上になると救命率が低くなるために一般的には使わないのだという。とりあえず私が重篤になると死ぬしかないと云う事を意味しているのだと改めて確認する。又、闇雲に長く使えば良いというものでも無く、1週間程度で効果無ければ駄目なようだ。1週間で回復見込みがなければ他の患者に回せと云う事になる。ここでも命の選別(トリアージ)が行われることになる。また、こうした医療器の整備の前に、患者を寝かせるベッドが必要になるが、現段階では、この病床数が十分ではないことも問題になっている。3月下旬に感染者数が多かった、北海道、東京、愛知、大阪、兵庫の5都道府県の病床数は140~600床だった。対するピーク時想定患者数は5都道府県で、約9800~約2万人になると見積もられている。ベッド数に於いても、最早我々はアウトオブバウンズのようだ。最後に、予防用のワクチンの早期適用だが、開発に1年余掛かる。今でも鋭意進められているようだ。これも開発当面は数量の関係で、接種の優先順位が採られるだろうから、自分に当てはめた場合、やはり個人的には期待薄と云う事だろうか。今考えられているワクチンの候補としては、次のようなものが考えられている。国内で臨床研究が行われている。効果と副作用の兼ね合いが観察されている。「アビガン」(富士フイルム)・・・インフルエンザ用(増殖を防ぐ仕組みに有効か)国内に200万人分の備蓄あり。但し、中国では最近、アビガンが有効としていた論文を取り下げる話もあり、不安定だ。「レムデシビル」(米ギリアド)・・・エボラ出血熱用(動物実験でMERSコロナウイルスには有効)「カレトラ」(米アッヴィ)・・・エイズウイルス用(動物実験でSARSコロナウイルスに有効)「オルベスコ」(帝人ファーマ)・・・ぜんそく用(患者に投与した観察研究で有効の可能性)「ナファモスタット」(小野薬品)・・・急性膵炎(ウイルスの侵入を効果的に阻止する可能性)「カモスタット」(小野薬品)と同じか?多量にいるようで、まだ本格的な検討対象では無さそうだ。肝障害があるとか、妊婦とか、透析中、治験薬にアレルギーがある場合などは対象外だという。余り遅い段階だと回復が見込めないとか、早すぎると副作用のリスクが高くなるとか、ともかく、投与可能か又その時期は適切かなどといったことが問題になってくる。新型コロナウイルスは、患者自身の免疫系の暴走などによって急激に重症化することも分かっているようだ。日頃から節度のある生活をしているつもりなのだが、之ばかりは希望的な観測であって、こうした節度ある生活がたちまち安全という保障を与えてくれるものでは無いことを肝に銘じなければならないだろう。インフルエンザのウイルスを例に取れば、次の各ステージがある。(1)「脱穀」=人の粘膜に吸着して細胞内に侵入し、自身の膜を破って細胞中にウイルスの設計図であるRNA(リボ拡散)を放出する。(2)「複製」=放出されたRNAが、細胞内でさらにウイルスを生む。(3)「遊離」=そのウイルスが酵素の力を借りて細胞の外に出る。これらのどの段階を阻止するかで、薬の種類が異なる。「アジュバント」(中国GSK)という、自身でワクチンの役割を果たすのではないが、ワクチンの効き目を高める働きのある薬もあるようだ。これらの薬は、いずれも、新型コロナ用として新たに研究されている薬品ではなく既存薬からの転用だ。然し、これらを含めて、新型コロナウイルスへの対抗手段がより早く見つけてほしいものだ。ただ1つ、問題なのは副作用とか薬害だ。こうしたことをクリアするには矢張り待つ必要があるのかも知れない。米J&Jも塩野義も、阪大などのベンチャーも、ワクチン開発に入っているという。期待したい。
2020.04.06
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今日のウォーキングは第1638日目で10401歩だった。途中、各所に咲き誇る桜を撮りながら故に、一寸長歩きになったようだ。***地球以外に生物が居るのか居ないのか、良く議論されることだ。生命が育つための条件は何かとか、水のある地球外の惑星はどれだとか、様々に言われている。その生命は、先ずどのようにして生まれたのかだが、そんな命題に最近の天文学者が挑んでいるとのことだ。そんなこと考えたことも無いと言った人も多いかも知れない。それが知れたからと言って、一般の人がどうと云う変化が起こるわけでも無い。今回は東大戸谷教授の話だ。先ず以て、生命と言えば、動き回る動物をイメージするが、それに植物を加えて考えるのが我々一般人だ。今回の新型コロナウイルスも生命と言えるのかも知れないが、ウイルスは、他生物の細胞を利用して自己を複製させるとのことで、生命の最小単位である細胞やその生体膜である細胞膜も持たない等の理由から非生物とされることもある。又ウイルスの話に戻ってしまったが、ここで言う生命は純粋に自己増殖が可能な生命と云う事なのだろう。戸谷教授は宇宙誕生のインフレーション理論と、生命の起源で有力な「RNA(リボ核酸)ワールド説」を組み合わせて考えたと言うことだ。両方とも良く理解していない者にとっては、希有壮大な話に映るだけだが、なぜか興味が湧く。この両理論を組み合わせた結果原始的な生命が化学反応によって偶然的に誕生する可能性があるかないかという事だ。以下のフレーズは、真面目なインフレーション理論だが、私にとっては、どんなおとぎ話(といっては不謹慎なのだが)よりも面白いと感じさせる。というのは、全く希有壮大、想像すら付かない話だからだ。とは云いながら、その物語の初めは面白いのでそのまま書くと、「宇宙が誕生し起こったインフレーションは約138億年前に宇宙の誕生直後、瞬時に(原子1個に満たない空間が1000兆分の1秒よりはるかに短い時間)で太陽系を超える大きさに急膨張した」とする学説だ。(東大佐藤名誉教授らが提唱)一方のRNAワールド説というのは、原始地球上に存在したと仮定されるRNAからなる自己複製系のことで、これが原始地球時代に存在し、やがて現生生物へと進化したという説だ。原始の生命は、地球に現存するDNAとRNA、たんぱく質をもつ生物とは異なって、RNAが簡単な膜に包まれたような存在だったと仮定している。RNAは4種類の分子(ヌクレオチド:塩基と糖からなる単位)が鎖状につながった高分子だという。この辺りになってくると、何の素養もない者にとっては、理解しがたいが、ヌクレオチドが少なくとも40個、あるいはざっと100個以上が特定の配列でつながると、自然と複製する機能を備え、生物が誕生したのだというシナリオなのだそうだ。またウイルスの話ではないが、自己複製が出来ないはずのウイルスも沢山集まると、複製が可能になり全地球は壊滅すると云う事になるのだろうか。そこで、地球に生命が誕生した約40億年前にはヌクレオチドが巧く繋がるような環境にあったかどうかが焦点になる。その当時の地球には有機物や水を含む小惑星や彗星が頻繁に衝突して、地球に多数のクレーターが出来ていた。そんなクレーターの中でヌクレオチドが巧く繋がったのでは無いかと見たわけだ。そんな計算をしたのだそうだが、内容なんてものは全く想像も付かない。この後は新聞記事をそのまま写すくらいしか脳が無い。計算の結果、「40個のヌクレオチドが特定の配列でつながるためには、太陽程の大きさの星が10の40乗個ほど存在する宇宙が必要なことがわかったという。へぇそんなにという位しか云いようが無い。一方で、現在観測可能なこの宇宙に存在する星の数は、ざっと10の22乗個と見積もられているので、とてもそれでは足りないと云う事になる。しかしインフレーション理論からすると、宇宙の膨張はそれこそ想像を絶するスピードで拡大しているので、こうした可能性は存在するのだという。そう考えると、宇宙には地球に似た生命を宿す惑星の数も10の約60乗個にもなり得るというのだ。膨大な計算だが、スパコンなら可能だろう。しかし、そのアルゴリズムがどのようなものかは皆目見当も付かないので、ただ頷くしかない。そして結論は、宇宙は十分に広く、生物ではない化学物質が合成される過程から生命が誕生する可能性はあるということだ。然し乍ら、現在の所、そうした環境は観測できる宇宙の範囲の中には、地球くらいしかその条件を満たさないというのだ。そうなると、現在進行中の生命探査の宇宙探索世界のプロジェクトは全く無意味になって仕舞うと云う事になる。何のことはない色々読んで(分かりもしないのに)得た結論は、何もなしということか。然し反対理論もあるという。東京薬科大の山岸名誉教授は、「生命は環境の変化に応じて進化する。生命誕生の前段階にも進化の過程はあり、偶然の場合よりもはるかに高い確率で生命が誕生した」というのだ。何やら、此方の方が腑に落ちやすいような気がする。そうした反対理論に基づけば、生命が存在する可能性は火星にもあるという。約40億年前の火星は地球より生命が誕生しやすい環境だったというのだ。そして、「地表にはいなくても、地下に生命が見つかるかもしれない」と結論づけている。生命探査を主目的に、米国と中国は2020年に火星探査機を打ち上げる計画を立てている。地球の生命は宇宙で唯一無二の存在なのかどうか。結果は戸谷教授が発表した論文の検証にもつながる。見つかれば戸谷教授の理論は揺らぐが、見つからなかったと言っても即座に戸谷教授の理論が正しかったというわけでもないだろう。ここまで読んで、分かったような分からない話に舞い戻った。囲み説明の中に、原始の生命誕生には有力な2つの説があり、先の「RNAワールド説」と「代謝型生物説」だ。後者は海底の熱水鉱床から生物が生まれ出て、やがて陸に上陸したというこれまでの馴染みに近い説だ。然し、もう1つ、生命は地球誕生かその後に、火星などの別の天体の陸地か海で誕生した生命が、火星などの天体に衝突した小惑星によって飛び散らされた小片に付着して到来したとする説だ。こうなるともぅ何でもありだ。まだ、何も分かっていないと言うだけのことだが、私は、「代謝型生物説」が最も可能性が高いのではないかと思っている(ただ感じとして・・・)
2020.04.05
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ウォーキングは第1637日目で8754歩だった。最近はコルセット無しで歩いているが、勿論多少の違和感はあるものの良好な感じだ。今日は孫(お兄ちゃん)の誕生日だ。夕方、太郎君とお嫁さんだけが学習本を取りに来た。コロナでなるべく無駄な接触はしないでおこうとの気遣いだ。***コロナの話ばかりが横行する中、世間は一体どうなっているのだろうか。犯罪の数も減少しているわけもないが、伝わる量が少ないのは手が回らないためだろうか。そんなわけで、最近のニュースを掻い摘まんで読んでみた。河井夫妻は、いよいよ追い詰められているのに、なぜ自ら縛に付かないのか。この忙しい最中、手間を取らせるだけでは無いか。自民党の長老も裸になってで直せといっているのだから・・・。大元の安倍が縛に付かない故に頑張れるのだろうか。君たちがいない方が日本は変われるよ。そんな記事の隣には高知県奈半利町を巡る、ふるさと納税の受託収賄事件だ。どちらが大きくてどちらが小さいというわけでもないが、額が違うのと国政と、田舎町の事件というだけで、どちらも、石川五右衛門の「浜の真砂」である。3月31日に「デブリ取り出し1.3兆円」という記事があった。東電の福島原発事故で、炉心溶融(メルトダウン)を起こした処理費用だ。然し実際には8兆円は掛かるとの試算もあり、小出しの姑息なやり方だ。東電HDは時価総額7.5兆円だそうだ。然し、東電は潰れないだろうな。国民の税金が必ずサポートする仕組みになっているからだ。原発のランニングコストが他に比して安いなどといった戯言は、最近はどう変わったのか知らないが、元々廃炉の費用、勿論リスクヘッジとして原発の事故を算入したコスト計算でなければならなかったところに根本的な落とし穴がある気がする。そんな中、今日の新聞では神戸市が「メガソーラーの撤去費」の積み立てを義務化するように考えているという。原発処理の問題が参考になったのか否か、やれ再生エネルギーだと、もて囃され、空き地という空き地にソーラーパネルがひしめき出したが、やがて老朽化したり、この前の西日本豪雨で太陽光パネルが崩れたことを踏まえたものだが、並べてみると、何やら合理性を感じ、矢張り原発事故の教訓がここに生きていると善意に解釈したい。勿論、撤去費(事業費の5%程度と言う事だ)を見込むと云う事は、太陽光発電のコストを他と比べるときに不利になるわけだが、こうして予め事故や撤去の費用を見込んでからの比較でないとフェアーではない。事故が起こった場合、壊れたパネルを撤去するだけでは済まず、セレンや鉛といった有害物質が環境汚染を引き起こすこともあるというから、何事も慎重を期さねばならないと云う事だ。何やら家電を買ったときに撤去費用を消費者が払うことと共通した認識のようだ。それでも誤魔化して取りかかり、後で、大きな反撃を食らう原発のようになって貰いたくない。然し、実際は、これまでには8割程度が積み立てられていないと云う事だ。業者の感覚というのは、そういったレベルなのだろう。適用の該当は新規の約20施設だと言い、小型のものや既に設置したものは業者の努力義務にしていると言うから、まぁ改善は望めないだろう。役所(というか人間という者)はそれほど綿密に先を読めないというものなのだ。案外神戸市は意識が進んでいるようだが、既に北茨城市は対応していると言うから先達はありと云うことのようだ。国が源泉徴収的な考え方で太陽光パネルの導入時の規制を行うべきだとの話も付記されている。国の役人が劣化しているので、どうなることやら。4月2日の新聞では、「深海生物からプラ粒子」というのがあった。英研究Gが発表したものだが、太平洋のマリアナ海溝(水深6000m越え)に住む、新種の甲殻類の体内から見つかったのだとのことだ。おぉ、そこまで行ってしまっているのかという感じだが、ふと、イオンや、生協で、プラスチックバッグの有料化が定着しだしたこの頃、もう少しこうした危険性や、意義を、一般の人に周知できないものかと思った。勿論マイクロプラスチックの問題は、生物体内に取り込まれ、それを人間が食するときの危険性など様々な記事や論文が出ている。東京湾で採取したカタクチイワシや二枚貝などには既に蓄積しているとのことだ。それも2018年くらいから多く見かけるようになっている。世界の夏のリゾート地が紹介されている中、同じ海の太平洋にはごみのベルトが存在するのだと言ったショッキングな記事もあった。プラスチックは毎年3億2000万トン以上生産されているとの記事を見たことがあるし、その、 相当量が最終的に海に行き着き、その大半は太平洋ゴミベルトのような海域にたまって、さまよっているのだということだった。今では流石にプラスチックストローを止め、自然に返る木製のものや、中には食べられるトレイやカップなどと云ったものまで考えられている。然し、一方では、コーナンのように、大型のプラスチックバッグも、小型のバッグも、それほどまで要らないのにと言うくらいにアンプルに提供しているところがある。消費者としては、先のことなど考えるよりも大量(時として大型)の買物をしたときには、便利なので、此方からは断るようなことはしないのだが・・・。
2020.04.04
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今日のウォーキングは第1636日目で9144歩だった。近所の桜は既に満開のようだ。土手には菜の花(連れ合いによると実は西洋カラシナだとか)が咲き乱れ黄色一色になっている。春なのに、浮かないこの頃を何とか早く払拭して貰いたい。学校の開校が遅れるようだ。子供には何とか勉強をして貰いたいと親は悩んでいる。孫のために連れ合いと書店で学習ドリルを買って帰った。テレビは勿論、新聞を見ても、コロナの話ばかりだ。心を潤すために、日経の十選「画家のまなざし」で気持ちを変えた。紹介する画家の守備範囲は広く、様々な感性で書き込まれているが、私にはとてもそこまでの記述は叶わない。最初(モネ)と最後(ゴッホ)の作品ぐらいが、私がより感銘を受けるものだ。***1. C・モネ「日傘の女(左向き)日傘の女は3枚描かれているようだ。習作とのことで、モネが1886年に描いたものだ。息子と一緒に描いた「散歩、日傘をさす女性」の場合は妻カミーユを描いているが、この作品はオシュデ夫妻の三女シュザンヌを描いていて、顔の表情はぼかしてある。なにゆえに3枚も、しかもモデルを変えて描いているのだろうか。ある解説では、モネ自身が納得するまで風景画のように戸外の人物を描くといって描いたとのことだ。モネと言えば、数多く描かれた睡蓮を思い起こすが、そんなストイックな感覚を持ち合わせていたようだ。画家という者は、概してそうした傾向にあるようだ。2. P・モンドリアン「エレ近郊の森」モンドリアンがこのような風景画に似た絵を描く画家だとは思っていなかった。こうした絵を他の画家が評価しているのだが、その意味が私には良く理解できない。モンドリアンはオランダ人で、これも又馴染みが無い。絵画の教育は幼くして受けているが、線描よりも色彩に興味を持ったとあった。この絵辺りから、抽象画に入り込んでいったとのことだ。抽象画というものは初めから意匠として発案されているものではないとの解説だ。目の前の出来事から人間の知覚を通してじっくりと抽出されるものだという。私はこの森を見て、木間の光りを強く意識したが、他の森はそれに反しておどろおどろしく思えた。3. E・ムンク「声(夏)」ムンクといえば「叫び」だが、それ以外は殆ど作品を知らない。強いて「病める少女」を上げても暗い内容でしかない。どうもどの作品も晴れ晴れとした気分で見られないのだ。ノルウェーの画家だと云う事や幼いときに母と姉を亡くし、且つムンク自身も虚弱な子供であったようだから尚更だ。自己の個人的体験に基づく「愛」「死」「不安」を芸術表現に昇華し、世紀末の人々の孤独や不安を表現したことが、ムンクが高く評価されるゆえんであると解説されてある。自分も気弱になったときには、こうしたムンクの絵のような状態だったかも知れない。「声(夏)」は、ムンクがベルリンに滞在していた頃に描いた作品で、モデルはムンクの恋人ミリーだ。しかし、ミリーはすでに結婚していたため、ムンクとミリーは不倫関係だったとのことだ。4. G・カイユボット「バルコニー、オスマン通り」カイユボットは、印象派の画家を経済的に庇護したとある。自身も印象派の画家で、このオスマン通りを眺める紳士の絵は何枚か描いている。1人で見ているものもあるが、この絵では2人が同じ通りを眺めている。然し、それぞれの男が考えている事は別なのだろう。特に会話をしている風でもなく、手前の男性は、ポケットに手を突っ込んで、何やら物憂げだ。街路樹が繁り、建物の統一感があってパリの良い感じが伝わってくる。オスマンとは市街地に関係した知事の名前だとか。5. F・バロットン「霧のオンフルール」フェリックス・ヴァロットンはスイスの画家だ。思い浮かべるのは赤いボールを追いかける少女の絵だ。何やらメルヘンチックな絵を描く画家だとの印象があり、この風景画も、何やらマッチ箱を並べたような童話の世界の街に見える。何時もの小高い散歩道から朝霧の街を見下ろした感覚の絵だ。左には大きな河が中州を挟んで流れている様子が見える。オンフルールは、フランス、ノルマンディー地方の港町で、かのセーヌ川の河口の街なのだ。画家のウジェーヌ・ブーダンや、作曲家のエリック・サティの生地でもあるとのことだ。ギリシャ神話にも興味がある私は、バロットンが描いた「エウロパの略奪」という、雄牛に跨がったエウロパの絵を思い出す。6. R・マグリット「光りの帝国」ルネ・マグリットはベルギーの画家のようだが、殆ど作品をしらない。およそ空想画家のような作品ばかりかと思っていたら、「光りの帝国」のような写実的な絵も描いているのだと分かった。他の作品は、空中に浮かぶ岩のような「ピレネーの城」とか、鳥の形に切り抜かれた空のような「大家族」といったよう皆奇想天外なものばかりのようだ。私には余り芸術性を感じさせない。何やら哲学的でさえある。解説には、母が原因不明の入水自殺をとげるという事件があったと言うから、なるほどと思わせるものがある。この「光の帝国」が映画「エクソシスト」に着想を与えているとのことだ。そうしてみると何やら、薄気味悪い気もしてくる。7. E・ホッパー「小都市のオフィス」エドワード・ホッパーは、アメリカの画家だ。ポスターを専門にしている感じだ。私は、少なくとも今回初めてお目に掛かるが、ネットで探しても、「小都市のオフィス」は見つからなかった。広大な窓硝子の外には他のビルがあり、それを眺めながらサラリーマン風の男が仕事をしているといった感じだ。アメリカの風景を切り取り単純化したような作品だ。8. L・クレモニーニ「Frame Barrier」イタリアのボローニャで生まれた画家だ。この絵もネット上で見つけることが出来なかった。何やら部屋に変な子供達が隠れているといった絵だ。何を表現したいのか、又どんな背景があるのかそんなことさえ知り得なかった。9. 歌川広重「名所江戸百景 月の岬」日本画は、余り見ないのでこの際飛ばす。10.V・ゴッホ「サン・レミの風景」ゴッホについては、多くの記述があり、今更述べることもないが、結構ステレオイメージが定着しているかも知れない。サン・レミは彼が闘病生活(精神を病んで)を送った町であり、そこからの風景は穏やかな野原のようだったに違いない。ゴッホは、筆のタッチと、精神状態を絡ませて「星月夜」や「糸すぎ」を描いたのだろう。この作品の中では、筆致が比較的穏やかで周りの明るさから見て、少しは平静な気分の説きに穏やかな気持ちで風景を描いたのだろうと想像される。
2020.04.03
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今日のウォーキングは第1635日目で8249歩だった。生活のための買い物に出掛けた。天候も良かったのでドライブしながら花見して、宇治でお茶を買って帰った。***毎日新聞、科学の森でチバニアンの話が出ていた。地球史に初めて日本の地名が入ったと云う事で、画期的だとの話を思い出した。私も一時期千葉県市原市で生活していたこともあって、興味深く思ったものだ。千葉は言葉が汚いとか、最近の森田知事の無様さからは隔絶した、誇らしい気分の話だ。そのチバニアンという地質から地球の気候変動を予測する事が出来、二酸化炭素など温室効果ガスによる影響も推定できるというのだ。元々、地球を取り囲む宇宙の環境が気候を誘導するわけで、特段に不思議なことではないが、チバニアン時代の地質からどのように気候の変動を見るのかが興味深い。チバニアンは77万4000年~12万9000年前の期間を指す。私が興味を持っている恐竜の時代が2億5200万年前~6600万年前の中生代と呼ばれる時期からすれば新しい新生代と呼ばれる時期の空白の1時期であったわけだ。(地質学では地球の歴史を115の時代に分け、68カ所は決まっているが、未定の境界もある)ともかくも希有壮大な話である。地球誕生が46億年前と言うから、それに比べると、ごく最近のことだ。しかし、人類から見れば、超長い期間と云う事になる。その地球は長期的に見れば、寒冷な「氷期」と温暖な「間氷期」を周期的に繰り返してきた。とすれば、この冬の暖冬などと言うものが、瞬き程度の瞬間でしかないことになる。そんなロングタームで見ると、現在は約1万1700年前から始まった暖かい間氷期にあたるという。そうすればやがて凍えるような氷期がやってくることになり、そうなると、気温は10度近く、海水面は100m以上も下がるというのだ。そうすれば今心配しているベネチアの水没とかトンガの水没とかは払拭されて、また別の問題が起こり得るわけだ。しかしながら、次にいつ氷期が訪れるのかは分かっていない。こんなことを見聞きすると、人が、天候なり気象を予測(台風や、地震など)する事自体無理だろうし、最近よく使われる「過去に例を見ない」とか「想定外」とかの話になって仕舞うわけだ。恐竜の時代(中生代)は約2億年弱の期間があり、新生代は現在までまだ66000万年しかないのだから、過去の流れを総て理解してもまだ、推測が十分では無いと言う事になるだろう。毎日新聞は、有料会員でないとこの先が読めなくなっている。別なブログから、少し引き出すと、氷期-間氷期を決めるのは太陽エネルギー(日射量)の変動で地球の公転軌道や自転軸の傾きや首振り運動で、それぞれの周期が10万年、4万年、2万年ということらしい。地球は几帳面に同じ軸方向で、同じ軌道を回ってはいないということだ。そういった研究をしている学者がいるわけだ。この3つの組み合わせで、10万年周期で地球に於いて大規模な気候変動が起きると予測されている。チバニアンの初めから現代までの77万年(図表に示された)で、間氷期と氷河期はほぼ7回有ることから、周期が10万年で変動していることのようだ。極端な寒冷期(氷期)からな温暖期(間氷期)への変化は結構急激で、その逆は比較的緩やかなようだ。ここからは私の勝手な想像だが、それからすると後10万年もすれば又氷期が来ることになるわけで、多分よく分かっていないと言いながら、そう予測されるだろう。そういったことが、あの何の変哲も無い(と素人には思える)市原市の養老渓谷の壁から読み取れると言うから、それが不思議だ。2017年のチバニアン申請の時の日経記事では、渓谷の壁には77万年前の火山灰の層(水平方向にのびる割れ目)から上部の層に、明確な周期性はないとのことだが地磁気が逆転した証拠が残っているということだった。 地磁気の反転とは、現在方位磁石ではN極が北、S極が南を指しているが、この向きが反対になる現象のことだ。へぇそんなことが起こったのかという驚きがあったが、地球の深部で液体の鉄が対流していて、その流れの複雑な作用で起きるのだそうだ。確かな原因は解明されていない。この地磁気の反転を以て、新生代更新世の境界を区切ることに決めているのだ。従って、恐竜が住んでいた時期をジュラ紀と称するのは、こうした地磁気の変化によるのかも知れない。同時にその変化の様子は、地中に埋め込まれてしまった古代に生きた生物の化石からも判別できるとのことだ。先カンブリア時代の三葉虫、古生代のアンモナイト、マンモスの新生代といった具合だ。そして、こうした地磁気の反転現象は過去360万年間に少なくとも11回起こっていると云う事だ。1回の反転は平均でも32万年の間なのだから、一般の人間は知る由もないのだが、ふと、その反転の瞬間に生きた人類(例えばネアンデルタール人やホモ・ハイデンベルゲンシスまたはデニソワ人など)はさぞかしびっくりしたことだろう。というか、方位磁石を用いて、旅をしていたわけではないだろうから、直接的には何も感じなかったのだろうか。然し、人体も導電体だと云う事から、体に何かしらの異変が起こったのではないかと想像するのだが・・・。
2020.04.02
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今日のウォーキングは雨の予報だったので止めたが、朝は歩けない程の天候ではなかった。年度も改まり、新しい高校が島本町に開校する予定だったが、実際はどうなのだろう。逼塞中なのでそんなローカルな話は伝わってこない。***新型コロナの世界での感染者数の増加速度は、少しは低減しているのだろうか。ニューヨークの状況などではかなり悲観的であるし、各国の対応もベストでないにしろ必死感が伝わってくる。然し日本の対応は、どうなのだろうか。ニューヨークのクオモ知事と日本の安倍晋三、小池百合子の会見の比較をしていたPRESIDENTの記事では、具体性や切実感、対応ののろさなどは、日本は劣悪である。年度が明けて、さぁ、といったときに、安倍晋三は、「全世帯に布製マスク2枚配布」と高らか(?)に宣うたのだ。マスクの高値転売を禁止したり、今度は配布したりと、マスクで総てが決まるかのような印象は、何処かしら大きなねじが抜けた機械のようで、実に心許ない。日本はPCRの検査数が極めて低いと云う事だ。世界に後れること、ドイツの17分の1だとのことだ。検査しなければ発症か否か分からないわけだし、無症状でもウイルスを保有しているとかで、馬鹿な若者達は、三密の中に飛び込んでウイルスを拡散し続けているというのが現実ではないのだろうか。検査すれば発症者数は増加するのが理の当然だろう。そうなるとベッド(発症即入院は日本の法律上の特殊事情のようだ)数が不足し、医療が崩壊し、手が付けられなくなるという論法がまかり通っている。馬鹿じゃ無かろうかと言いたいが、之がまかり通るような世の中らしい(日本は)他国のように、感染者数が増えれば軽度の者は別途隔離するといった特別な処置を採るなど手は何かあるはずで、いたずらに野放しすると、昨今の東京のような状態になり、それこそ二進も三進もいかなくなるのだ。それはさておき、ともかくもこの新型ウイルスには罹患したら治す薬も事前予防のワクチンもないという点が大きくのし掛かっている。発症したら高齢者は余程運が良くなければ死ぬという不気味さがある。治るケースもあるから少し救いがありそうだが、最近は若い人でも亡くなっている例があるので、それほど生やさしいことではない。米のJ&Jがワクチンを開発しているとのことだ。9月には臨床試験を行う予定という。また、治験準備と並行して大量供給に向けた準備も進めているといい、早期に10億人分のワクチンを生産できる体制を整えると発表した。日本でも、一部の医療機関で治療薬「アビガン」「レムデシビル」「カレトラ」を使用する研究を始めたと言う話があるが、先が遠い。9月でも待ち遠しいことだが、ほんの少しの光明をこういった動きに期待する。然し、矢張り実用化まではなお紆余曲折があるとのことだ。ワクチンの開発ではすでに米バイオ企業のモデルナが先行している。ここも有効性が確認できれば1年程度で予防ワクチンが使えるようになるニュアンスだ。このワクチンは従来のワクチンと違った新しい技術を使っているとかで、製造期間は1ヶ月程度短いのだという。今はこの新ワクチン誕生に期待するしかないのだろうか。背に腹は代えられないわけで、治験の途中でも正に死に瀕している患者への対応としては、早期に使用することも考えられるだろう。モデルナのワクチン(mRNAワクチン)と同様なのか、それをモディファイしたものかはよく分からないが、従来のワクチンとは違って遺伝子物質の特性を活かしたもので、J&Jは「ウイルスベクター」という手法を使ってそのワクチンを大量製造するということのようだ。こうした臨機応変な対応が出来るのも、アメリカならではのことらしい。日本では恐らく慎重に慎重を期して、早期の適用は勇断されないだろう。役所気質というか、誰も責任を取れない凝り固まった無能な政府には、期待することすら出来ないようだ。アメリカのように早期に承認したとして、もし巧くいかなくて、何人かが危険にさらされるかも知れない。之に反して、完全にクリアになるまで承認を延ばして、その間に危険にさらされる人が居ても仕方ないと考えるのか、そこらがポイントだろう。昨日取り上げたハラリ氏が言うように、先行した国で得られた知見を人類全体の敵(ウイルス)に対して共同で対抗するものと捉えて、世界にその治験状況などを公開すれば、より早い安全が訪れるような気がする。この点、以前にトランプが、ドイツでワクチンを作らせてるために支援をする代わりに出来たワクチンをアメリカに独占的に使わせろといったというニュースが流れた。世界のリーダーだと我々の時代は、少しの畏怖と共に見守っていた米国大統領だが、トランプは矢張り一介の商売人でしかなかったことを露呈したのだ。こうしたワクチンの開発には時間もさることながら膨大なお金が必要になる。然し、最早世界中でパンデミクスを起こし、感染者は82万人を越え、死者も、4万人を越す状態になっていて、何を躊躇しているのだろうかと訝る。然しこうした記事の後ろには必ず、商売の話が見え隠れする。開発に要した費用の回収もさることながら、幾ら製薬会社が儲けられるかだ。安倍は世界の英知を結集して、ワクチン開発に取り組むとこれまた言葉だけが先行しているが、その実、待ちの姿勢を脱しないのだ。こんな、口先だけで、実の伴わない(マスクの配布がせいぜいの)男に我々国民は命を預けていて良いものだろうか。米イノビオ・ファーマシューティカルズや日本のアンジェスもモデルナと似た仕組みのワクチンを研究している。(mDNAワクチンと呼ぶようだ)イノビオは治験用のワクチンを製造し、4月にも治験を進めるという。アンジェスはモデルナを上回る20日で治験用のワクチン製造に成功し、3月26日から動物を使った安全性・有効性の治験を始めた。ここまで読むと、米国でもドイツや日本でも共に協力して、早く完成させて欲しいと心から願うばかりだ。アンジェスはタカラバイオと共同で大量供給に向けた準備も進めているとのことだ。ワクチン開発では、英グラクソ・スミスクライン(GSK)のほか、米ファイザー、仏サノフィも開発をすると表明済みだという。競うのも良いが、人類の英知を結集すべき時ではないか。必ず続く、お金の話に関しては、それこそ世界中の首脳が知恵を絞って人類を救うためにどうすれば良いかを決めるのだ。そのための政治家ではないか。
2020.04.01
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