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2013.01.23
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カテゴリ: 読書案内
【有吉佐和子/香華】
20130123

◆花柳界に生きた母娘の愛憎劇


子を持つたいていの母親は、母性によって子を慈しむ。
腹を痛めて産んだ我が子は、しょせん他人である夫とは違い、ほとんど分身に近い存在だからだ。
だがたまにその母性が欠如している母親がいる。それは母というより女だ。
子育てを放棄し、我が身を着飾ることにどこまでも執着する。傍で我が子が泣いて乳を求めようとも、女は鏡に向かって化粧を施し、口紅を注す。
ひとたび外に出れば、子持ちとは思えない美貌に世の男たちの目がくらむのだ。
こういう女は、子に手をあげるわけでもないし、何か身体に危害を加えるわけでもない。面倒くさいのか愛情が足りないのか、とにかく育児を放棄してしまうのだ。だから昨今騒がれている幼児虐待というものとは、若干異なる。

『香華』では、明治末の和歌山の旧家における“つな”“郁代”そして“朋子”の、母娘三代に渡る愛憎劇がくり広げられる。
ストーリーはこうだ。
主人公・朋子は、恋に奔放な母・郁代からは全く相手にされず、ほとんど祖母・つなと共に幼少期を過ごす。

郁代は、他を寄せ付けないほどの美貌に恵まれ、淫らなほどの色気を振り撒いていた。

そのせいで、郁代に思いを寄せる男は数知れず。
郁代の母・つなは、郁代がわがままな娘なので、すぐに嫁ぎ先から逃げ帰って来るに違いないと高をくくっていたが、そこでもすぐに身ごもってしまい、朋子の異父妹が誕生することになる。
つなは、娘・郁代のあまりに自分勝手な素行を嘆き、憎しみ、ついには発狂してしまう。

一方、郁代の方は、夫を連れて東京へと家出同然に嫁ぎ先を出てしまうのだった。

この作品からは、親孝行とか親不孝という言葉が虚しく頭上を飛び交っているような錯覚に陥る。
これほど親子の絆を呪わしく思わせるものはない。
たとえ親子といえども、全くの別人格であることを主張し、読者を翻弄させる。

時折、「昔は良かった」などと呟くお年寄りがいるが、その実、時代は変わろうとも人間のやることなどそう大して変わるものではない。
子育てを放棄し、幾ばくかの金銭の代償として娘を娼妓にする親はいたし、自由を求めて子を捨てる女もいた。駆け落ちもあった。それは明治にも大正にもあったのだ。
有吉佐和子の伝統主義に触れた時、我々は改めて女の生き様を顧みることになるだろう。


ふわふわしたコイバナも結構だが、本格的な色恋をテーマにした有吉佐和子を超える女流作家なんて、果たして平成にいるのだろうか?
戦前の家制度を知りたい人は、これを読めば何となく掴められるはず。

『香華』有吉佐和子・著

☆次回(読書案内No.37)は田山花袋の『蒲団』を予定しています。ei

~読書案内~   その他

取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?
■No.27 宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし
■No.28 向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ
■No.29 樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰
■No.30 南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る
■No.31 東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説
■No.32 辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説
■No.33 田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説
■No.34 沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る
■No.35 浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
◆番外篇.3 芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。





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最終更新日  2013.01.23 06:31:19
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