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つくづく思うのだが、占いをやっていなかったらレイキをやっていなかったら、ヘミシンクをやっていなかったら‥私が生きている間に出会う人の数は、たかがしれているそれが老若男女を問わず、色々な人との出会いを提供していただける土曜日に出会った人も、その一人である私がOLで居るだけだったら、こういう人との出会いは無かった若い頃から宗教に携わり、瞑想をして、自分を見つめて真実を探し、生きてこられたそんな中で、ヘミシンクの本と出合ったここに求めているものが有るのではないか? と感じたというだが、ヘミシンクはどこから手をつけたらいいのか皆目分からない、と困ってしまわれた販売しているCDの量は、半端ではないからお金も時間もかかるどうしたものかと考えていたところ、私のブログに出合ったようである私もヘミシンクは素晴らしいし、広めたいと思っているが算数のように、1+1=2、という明確な答えが待っている世界でないだから闇雲にCDを揃えて、始めたらいいとは言えないそれぞれの人に合った方法で、少しずつ進めばいいのだヘミシンクを始める目的は何か? そこをはっきりさせなければならない目的意識をはっきりさせないと、中々進んでいかないからだ幸いその人は、瞑想する時間を毎日とって生活しておられる継続する土台があるので、ヘミシンクに馴染みやすいと思うきっとヘミシンクによって、瞑想する状況に早く辿りつけることだろう土台は普通の人より出来ているのだから、早く覚醒するように思う瞑想して一日を始められる‥、こういう素晴らしい人に出会えたのもOLの世界だけで生きていたら、有り得ないことであるまさに、占いやレイキやヘミシンクを ≪させて頂いている≫ お陰だと感じる
2010年05月31日
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ある本を読んでいたら、人間はなかなか変われないと書いてあったがまさにその通りだと、痛感した変わるには、よほどのことが起こらないと無理である健康、経済、男女関係、人間関係等‥、破綻的なことを経験してようやく変わることができるのであるタバコが体に悪いと知っていて、その悪い情報を映像で確認しても頭では分かっていて止めようとするが、実際止められない人もいる肺が真っ黒になっている映像を見たら、一旦は止める事を考えるだろうだが悲しいことに、そこに悪影響の実態が伴なわないと実感がない実際苦しくならないと、本気になってタバコを止めようとはしないのだ経済も、同じであるはっきり赤字であっても、借入等で何とかお金が回っているといつか黒字になると考え、踏ん切りがつかず倒産にまで、追い込まれたりする買い物依存症の人もいるクレジットで買えてしまうので、支払い時のことなど考えないのだ支払う段階になって、青くなってしまうのだが簡単には止められず、自転車操業を続けてしまう懲りないのだとことん、いくところまでいって、どうにもならなくなってようやく、目が覚めるのである目が覚めた時には、もう遅いというケースもあればそれでも時間がたてば、また手をつけるというケースもある習慣化されてしまった、人間の癖‥「もう遅い」 となってしまったら、やり直しは効かない少しでも早く、気づきを得たいものである
2010年05月28日
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占いの依頼があり、家族ぐるみで鑑定させてもらうことがあるするとその家族の生活が、手にとるように分かってしまう例えば喧嘩をすると、どちらが言い出してどちらの意見が通り、誰が仲裁するか‥ 等等それが悪い連鎖になっているならば、どうやって流れを変えるかをアドバイスさせてもらうことになるお互いがストレスを溜めることなく、解消していく方法を探る誰かが犠牲になってはいけないので、そうならない道を見つけるのだ私の占いが発端となって、親が子が、妻が夫がどう考えていたかを、改めて知ることになる場合もある悩んでいる内容を知って驚く、というより悩んでいた事も知らなかったそんなケースも、良く見受けられるお互いがこれをきっかけにして、話し合う場を設ければいいと思うし話し合いの仕方も、変えてみるといいだろう家族は、関わり合って生きている一人の人の辛い1年の原因が、会社や友達の場合もあるが家族の問題で、心労が重なる場合もある辛い1年‥、それは家族が持ち込んだ結果だったりする本人の運勢は、家族ぐるみで背負っているわけである勿論、悪いことばかりではない良いことも家族ぐるみになるわけだから、家族は運命共同体なのである家族への一人の人の態度が、良い方に変わったとしたらそれは、家族全部の恩恵になる無理してとか嫌々とかするのでなく、楽しんで出来る方法を考えよう考え方一つで、楽しくトライできると思う思考の切り替えは、幸せを運んでくれると思うただし、実践しなければ意味がないことも、しっかり覚えておこう
2010年05月27日
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ながら族の私は、仕事をしながらテレビをかけているそれが教育番組でもニュースでも、或いはお笑いでもほぼ、同じ線で考えている何かをしながらなので、良い情報が入ると手を止めて見るのだがせっかくの良い情報を、見逃してしまうこともあるでも逆にテレビを流していることで、良い情報に出合えるのが嬉しい「自然治癒力」 という言葉が、耳に飛び込んできたレイキをやっているので、自然治癒力という言葉には敏感になる子供がケガをした場合、どう対処するか? と聞いていたのだがケガをしたら、まずはケガをした場所を水で洗い流しその後、消毒液をつけて、包帯をすると説明していたその意見に全員賛成していたのだが、専門家の話しは違っていた水で洗い流すところは合っているが、その後は消毒をしないのだという消毒液を使うことは、本人の自然治癒力を弱めてしまうということだ「えーっ!」 ブラウン管の中の人たちと、ほぼ同じ反応をしてしまった実際消毒液を使ったほうが、傷の治りが遅いという実験結果をそこでは、映像にしていたそうなのか‥親から、いやお婆ちゃんから、ずーっとやってきたことだからそこに疑いを持つなんて、全く考えもしなかったでは、どうするのか?ラップで、密閉しておくようであるラップで密閉して、そこに黴菌が入らないようにするだけでいいというどうやら医者は、手術後もそうしているようである自然治癒力を妨げてしまう薬は、沢山あるとは思っているがお婆ちゃんから受け継がれてやってきた方法が、間違っているとは思いもよらなかった何事も検証してみると、案外見直したほうがいいこともあるようだ勿論逆に、昔からの知恵のほうが素晴らしいことも多いただ一度は、「どうなんだろうか?」 と疑問に思うことも、大切なんだと感じた
2010年05月26日
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日曜日に、母の三回忌を済ませたこういう事でもないと、会う事のない親戚の人たちである父の家系は結構長生きで、父も今年81歳になる会えば体の調子の話しになって、腰に問題があるとか歩くのが大変であるとか‥、話しは健康のことが殆どであるでも考えてみれば、私も母が最初に倒れた16年前の年齢に限りなく近づいているその時の母は、色々な 「お陰様」 によって、九死に一生を得たが同じ状況でも、亡くなる人は沢山居るその違いは、何だろうか?沢山の幸いなる偶然によって、生かされる場合と沢山の不幸なる偶然によって、死を迎えてしまう場合‥偶然ということがなく、全てが必然だとすれば母は最初に倒れて再び命を戴いてから、その後14年間生きるお役目があったに違いない私も、母の年齢まで生きるとしたら後約20年近くとなるが、やはり健康で長生きしたい健康でなければ長く生きても、時間を無駄に使うように思う母も非常に健康には気を使っていたのだが、今、宇宙の法則を考えると心配性だったことが、体の為には一番いけなかったことに思う生まれながらの性格を、心底変えることは難しい表面上は変えることができても、心の奥底まで変えることは至難の業だからであるしかし、何もしなければそのままの人生である自分にできる範囲で変えて生き、心身共に健康な生き方をしていきたいと思う
2010年05月25日
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先生と生徒の関係は、教える側と教えられる側なのだが人間的な学びという観点でいうと、同じ立場だと思う人生を学ぶという意味では、先生は生徒から教わる事もあるだろうし生徒は先生に、教えることもあるわけだだが、教育を遂行していくという視点でみると生徒には分からない、先生の御苦労があると思うその苦労は、同じ先生という立場を共有したことがある人でないと分からないのだと思う生徒の優劣によって、先生をやめるわけにはいかないどんな生徒でも自分の生徒となったからには、その生徒の前で先生である結局生徒は、何年か後には卒業していくわけでそれを考えるならば、先生業を好きでいることの大切さを感じる教える立場の場合、教えられる立場でもあるという事を決して、忘れてはいけない先輩と後輩、親と子供等‥そういう他の立場でも、同じことが言えるついつい、教えることに夢中になってしまいせっかく相手が良い事を言っていても、心の中にまで言葉が入ってこない結局、先生 (先輩・親) という立場に、固執してしまっているわけだ受け入れる器を無くしてしまった、悲しい結果であるだから、視点を変えて相手の言葉を聞く体制をつくるべきだと思う「私は生徒 (後輩・子供) でもあるのだ」 という姿勢が大切である謙虚であろう~、いつまでたっても学びの途中だという事を忘れないで一つでも多くのことを、学ばせて頂こうと考える
2010年05月24日
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今読んでいる本の中に、ワークショップの様子が書かれているがその様子を読んで、心理学の勉強をした時のことを思い出した二人一組で、カウンセリングをする側と受ける側になりそれを交互に行なって、その結果を文章にまとめるのだそして、全体で発表するこの一つ一つが、大変な作業となるカウンセリングの仕方を、みんなが検証するわけで‥結構色々な事を言われて、気持ちがへこむカウンセリングを、受ける側になるのも自分の内面を見られてしまうものだから、微妙な気持ちである自分の深いところにある感情に、自分自身が気がつかないこういう内面と向き合う作業をすることで、それに気がつく自分の深いところの感情が、怒っていたり嘆いていたり或いは、悲しんでいたり苦しんでいたり‥そういう感情を押し込めたままでいるから、何となくもやもやとするそして、何故もやもやするのか、イライラするのかが分からない心の深いところから、表面にまで引っ張り出すことで理由がわかり、原因不明の感情から解放されるこういう感情の解放は必要だと思うが、痛みが伴なうことである自分の本当の気持ちと、向き合わなければならないからだだからといって、深いところに押し込めた感情が多くなると精神的に破綻をきたし、病気を発祥しやすくなるから心に蓋をしてしまうのは、危険である瞑想は、深いところの自分と向き合うことであるでもまだ未熟な場合、一人では都合良く捉える場合も起こってくるだから、ワークショップのような公の場で不特定多数の人たちと、お互いを検証しあうことは自分がステップアップする、良い機会のように思う私も何か良い機会があったら、参加したいと思ったし将来そういうワークが、自分で開催出来たらいいなぁ‥と、考えたりもした
2010年05月21日
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レイキのエネルギーは、私にとって自動的に充電されるヘミシンクで向こうの世界と、すぐに繋がる人がいるがそれと同じである逆にレイキで出来るわけだから、ヘミシンクでも出来ていいはずだが‥ う~む、何故出来ない (ーー;)朝、歩いていて、信号で立ち止まると左手からエネルギーのしずくが、滴り落ちるきちんと締めなかった、水道の蛇口から水滴が、ぽつりぽつりと落ちるような感じである落ちてくれないと、エネルギーが流れないので落ちてくれていいのだが‥ ふと勿体無いなぁ~、と思った一般的にエネルギーは、左手から受け取って右手から流すと言われているでも人によって、エネルギーをより多く感じられる「利き手」 が存在する私は通常右利きで、右手でしか字が書けないでも、エネルギーを受け取ることや流すことは左手のほうが、断然強いいや受け取っている先の多くは、頭頂であり足の裏だろう天からのエネルギーと、大地からのエネルギーを戴いている最初は、大地からのエネルギーを受け取ることが下手だったもっぱら頭頂のチャクラから、受け取っていたのだが‥それでは体のバランスが取れないので、大地を意識してそちらからも受け取れるように、切り替えていったのだただ自動的に充電できるのはいいのだが、エネルギーで熱くなる為通気を考えなければならないのが、難点であるまぁ、なんにでも長所と短所があるわけだからそこは仕方がないことなので、それなりに工夫をしている受け取る方法はともかく、流すほうを考えるのだがこのまま左手から滴り落ちるだけ、というのも芸が無い(?)それで近くにある植物まで、エネルギーを飛ばして歩くことにしたレイキを広めた臼井先生も、関東大震災の時大勢の傷ついた群衆の為に、手を広げてレイキを送ったではないか臼井先生を見習って、少しでも周りの役に立つことをしておこうどうせ流さなければならない、エネルギーなのだから‥でも、普通に歩いていて、左手だけ手を振らずに歩いているのは周りからしたら、変な人間に写っているだろうなぁ~なんて考えたけど、朝は忙しいのだから多少変な行動をしている人間がいても、誰も注目しないよね!
2010年05月20日
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最近、10分早く家を出ている10分早くというが、この10分を作るのは、結構大変な作業であるまぁ、そうは言ってもロス時間があるから、そこから捻出すればいいロス時間と格好良く言ってるが、寝床でぐずぐずしている時間である目覚まし鳴ってすぐに行動すれば、どれだけ時間が浮くだろうかこれも習慣なので、意識の切り替えで結構できるものだとはいえ、鳴ってすぐに起き上がることは、流石に出来ないが‥今は太陽が早く登るので、この時期に習慣化させれば今後楽だろうこの毎朝早く出る10分は、歩く時間を確保するためである以前はもっと歩いていたのだが、母が亡くなってから止めてしまった私にとって母の入院は、時間的に大変なことだったが精神的に大変だとは、全く思わなかったでも母が亡くなって、時間が出来て体が楽になったが健康の為に歩こう~、という気持ちは無くなっていた母の為に倒れられない、母の為に健康でなければ‥そういう気負いが、無くなってしまっていたからだ考えてみれば自分の体なのだから、自分の為の健康であるべきなのだチョッと間違って、考えていたよねぇ~なので考え方を改めて、自分の為の健康の一貫として朝夕時間を作って、歩くことにした歩いてみると、やはり新鮮であるルートを変えれば景色も変わるし、行き交う人も違って感じる少し慣らして、慣れたら距離を伸ばそうと思っている意識と創意工夫で、楽しみながら健康を手に入れられる全ては、自分の意識と行動次第である
2010年05月19日
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「3月に行なわれた交流会開催のブログを見て電話しました」昨日も、こういった電話を頂いたヘミシンクに関心を寄せる人が増えていることを、とても嬉しく思う「ヘミシンクの交流会は、今後されないのですか?」しかしその後の言葉は必ずこう続くので、私は非常に耳が痛いのである他に何人かの人からも、言われている言葉である問題は、私がどれだけ非物質世界と繋がっているかであるヘミシンクのトレーナーさんのように、向こうと常に繋がっていて皆さんにアドバイスが出来るなら、交流会を開くのも気楽だろうだが、私はまだまだ目的地の途上に居てしかも、目的地は遥か先にあり、片鱗すら見えていないブログも、1年半前まではODNの消えていってしまう紙面で、週に一度の割合で書いていたヘミシンクに出合い、楽天のブログに出合ったからこそ週5日位のペースで、書き込むことができるでもヘミシンクだけで、ブログを構成することは不可能であるそれだけの体験が、私にはまだ出来ないからだただ間違いなく言えることは、ガイドが目に見えなくても現実世界で色々示唆して貰っていることが、はっきり分かることだヘミシンクをする以前も、導きを感じてはいたがヘミシンクを始めてからは、「ガイドの導きかも?」 という状態でなくはっきり、「ガイドの導きだ!」 と分かるようになってきただからやっぱりヘミシンクを勧めたい、‥未熟でもだ昨日の電話の人のように、どこから始めたらいいか分からない人も結構、多いように思う個別に対応することも、考えていくべきかとも思っているせっかく、ヘミシンクに関心を寄せてくれたというのに取っ掛かりが分からなくて止めてしまったら、こんな残念なことはない今朝はそんな訳で、ゲートウェイのウェブ2の#2である「問題解決」 を聴いたのだが、私の問題提起が纏まりが無い為に問題提起の後の、回答を待つ時間まで使ってしまい一方的なものになって、あっという間にCDが終わってしまったとはいえ、時間内に回答を得られないことも現実世界のどこかで、得られると分かっているのでそんなに落胆は、していない「継続は力なり」 の精神で、ヘミシンクを続けていきたい今は未熟でも、いつか毎月のように交流会を開けることを夢みて‥
2010年05月18日
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レイキ関係やセミナー出席など、新しい出会いは多いでも私の場合、圧倒的に占い関係が多い状態である今まで何の関わりも無かった人が、長い付き合いになったりするそれも占いのお陰である今回お会いした人も、多分一回限りのお客様でないように思うそれはその人の、生き方の姿勢で感じるのだ話しも終盤になっていった時、その人からこんな言葉を聞いた「もっと早く、美鳳さんに出会いたかった~」 この言葉は私にとって、最高の褒め言葉であるその言葉を聞いた時とても嬉しかったのだが、顔には出さなかった‥出さなかったつもりだが、きっと顔が緩んでいたことだろう出会いは、その人それぞれのタイミングで起こるそれは自分を振り返っても、理解出来ることである私も、早く出会いたかったと思った人も居たでも待てよ!? ならば早く出会っていたなら本当に目の前の人の言葉を、全て受け入れられただろうか?色々な回り道をしたからこそ、受け入れられる言葉もある回り道をしなかったなら、相手の言葉が素直に入らない可能性もあるそういうことなのである必要な時に、必要な人や本に出会っていくのである私は新しい出会いがある度に、自分の精神的向上を考えさせられる相手が私の言葉から、一回り大きくなって戻って来た時私も同じように、一回り大きくなっていなければならない運勢を知るだけならば、他の占い師さんでもいいわけで私のところに来たいと思うのは、それ以外の付加価値を求めているからだろうそれには精神的向上、そして知識と健康だと思っているそういう気持ちにさせて頂けるのも、占いやレイキで出会いがあるお陰である
2010年05月17日
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占いやっていて良かったなぁ~、と思うのは若い人たちとの、出会いがあるからであるしかも若い人たちの悩みは、微笑ましいもちろん、本人にしてみれば大きな悩みだろうけれど私の年齢になって、起こってくる悩みを考えると微笑ましいという言葉が、ぴったりとくる今回も、新しい出会いが有っての依頼かな? と思ったけれどどうやら、そうではないらしいやりたいことが出来て、その為に勉強をして資金をプールしたという仕事を辞めて、独立を考えているようだまだ若いのに、しっかりとした人生設計であるこういう時に、きちんとアドバイスを聞こうという姿勢はとても大切だと思うもちろん、その道の専門家に聞くことは大前提ではあるが違う視点から聞くのも、大きく役に立つことだろう例えば、財運があるか無いか‥、稼ぐ力があるか無いか‥仕事運はどうだろうか‥、それを邪魔するものが有るかどうか‥やろうとしている事が、自分に合っているかどうか‥合ってなければ、どうやって攻略していくか‥一本立ちできる器があるか無いか‥無いとしたらどうやって経営していくか‥協力者があるかどうか‥、協力者との関わり方はどうすればいいか‥そういった諸々のことも、考える合わせるといいと思うその人の宿命や運勢に合わせて、経営をしていくならばきっと良い方向に、いくことだろうただ単に、腕があって資金があれば、上手くいくものではない一人の人の成功の影には、沢山の人の助けが隠れている若いからこそ、その辺りを履き違えないでしっかり頑張って欲しいと思う
2010年05月14日
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ゲートウェイのCDでウェブ6の#2が、「ローカル1での拡張」この 「ローカル1」 とは、こちらの世界を表している何故かモンロー氏は、そういう表現を使ったりもしたこのCDは、フォーカス12に当たる実はこのゲートウェイのCDの中で、F12のエリアが一番多く全部で36枚有るのだが、その中の半数である18枚を占めているそれだけ重要なのだろう、とは思うがどうしても意識としては、F15やF21へいってしまうF15の時間空間を超越した、過去世や未来世への訪問やF21の三途の川の手前のエネルギーは、とても魅力的であるでも色々な体験をしようとすると、このF12で出来る事が多く生きていく上でも、プラスになる体験が多く有る私は今週、この 「ローカル1での拡張」 に、ハマッてしまったここで行なうのは、「離脱」 であるといっても、ウェブ3の#6である、「初めての体外離脱」 とは違い遠くへ移動するのではなく、肉体の側に留まって行なう肉体の周りにある、第2の体であるエネルギー体に馴染む事が目的となっている、エクササイズであるこのエクササイズで、自分の体に起こる振動を注意深く観察してみたのだが‥ この変化が面白かった一旦離脱すると、肉体から意識が抜け出すわけで残っている肉体の振動数が、変化する離脱している意識はエネルギー体なので、当然振動しているのだがあきらかに、肉体の中にある時と違う振動数で振動しているのだそしてここからなのだが、肉体に戻ると最初と違う振動数になるのだ一番最初でもなく、離脱した後でもなく、新しい振動数であるそれはまるで、この世界で汚れてしまった魂を、洗い流してくれて綺麗になった魂を、元の体に戻してくれるような感じであるなんだが嬉しくなって、一人ほくそえんでいる綺麗な衣服を身に着けたような、そんな感じでうきうきしてしまう♪フォーカス12も、なかなか侮れない区域である
2010年05月13日
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今朝ニュースで、インドの男性が15日間に渡り、水も食料も無くトイレにもいかないで生きている、という調査を発表したインド男性によると、70年以上一度も飲食せずに生活してきたというその言葉を受けて検証することになり、インドの病院で15日間調査したその結果が、彼の言っていることが真実だろうと判明したのだ調査したのは、インドの軍の研究所で、医師30人立会いのものだったその結果を得て、神経学者がこう答えている 「エネルギーを、水や食べ物から得ていないなら 周囲からエネルギーを得ているに違いない エネルギー源が、日光の可能性もある カロリー以外のエネルギーがあるはずだ」彼がその病院で液体に触れたのは、うがいと入浴だけだったそうだその彼からの話しによると、「8歳の時に女神から力を貰った」 と言う結局トイレにも行かないわけだから、自分の体を自分でコントロールして自分の中で、循環させていることになるのかなぁ‥私は食事が宇宙食で済ませられたら、簡単で楽だろうと思っていたのだがその上手が居たわけだ、排泄も必要無いわけだから‥エコだよねぇ~そうしたら、植物とも動物とも共存できるわけだよねぇ私達って水や食料が必要で、排泄しないと生きていけないそう考えると、不便な生き物だと思う未来や宇宙には、そういう物を必要としていない世界が有るのだから彼は今の私達の未来の姿か、或いは宇宙人か‥ どっちにせよ、飲食や排泄という事に縛られずに生きられる自由人だ彼の人生は私達の人生と比べると、時間の流れが随分違っているだろう食料確保 (私達日本人は、働いてお金を得る) そういう時間を、彼なら全然別のことに充当することが出来る彼は何を考えて、生きてきたのだろうか?私はそういう取材をして欲しいと、ニュースを聞いた時に感じた
2010年05月12日
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「なくて七癖」 という言葉があるように私たちは自分で知る、知らないに関わらず癖を持っている癖とは‥、辞書で調べてみると、ゆがんだ性質とか欠点となっている他には、特徴、特質、ならわし、きまり、習慣などの意味がある私が商社で、英文タイピストとして働いていた時≪タイピストって、今の人は分かるかなぁ‥(不安)≫先輩に、いつも 「よいしょ」 という言葉を使ってしまう人が居たまだ私が22歳で、先輩が25歳の頃である「よいしょ」 という言葉を使うほど、大変な作用は一切していないにも関わらず、つい言ってしまう言葉だったのだこの先輩は、自分でそれが口癖になっていることを知らなかった言葉は一人歩きをしていく何気ない言葉のはずが、言葉の意味が重みを増していく「この先輩、損をしているなぁ~」 と私は思ったものだこういう癖を持っているがゆえに、実年齢より老けて感じる私はその癖を、ことあるごとに指摘するようにした勿論おどけて、相手が傷つかない話し方をした最初は先輩も、「私がそんなこと言ってるの?」 と信じなかったが先輩が使う度に、「あっ、今言いましたねぇ~」 と言うものだからさすがに、自分の癖に気がついたそして、如何に一日の中で連発しているかを知って驚いたものだった知らない内に使っている言葉の癖が、本人を老けさせてしまっている先輩はそれを自覚し、時間はかかったものの癖を取り除いていったまずは、自覚が必要である。 その後、少しずつ変えていけばいいそうする事で実年齢を取り戻し、出来ればそれ以上の若さをモノにしたい年齢は、私たちの意識や言葉が作り上げてしまっている場合があるならば意識改革をして、自分が発する言葉に耳を傾けたとしたら年齢より若い自分が、その先に居るに違いない
2010年05月11日
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所さんが過労(?)の為、一週間位休んだ為にあちこちの番組で、司会者の代理をたてていたこうしてみると、所さんが活躍している事が目につく「目がテン」 という番組も例外でなく代理の司会者として、峰竜太さんが行なっていた 所さんのお面をかぶって登場! ‥なんか、変な感じさて、今回は遠足の科学だったのだが、これもまた面白かった「どうして遠足の日は、早く起きられるのだろうか?」「遠足の時の食事は、室内で食べるより美味しいのは何故?」いつも、母親に起こされないと起きない子供が遠足の時は、目覚まし時計をかけて起きるしかもその設定時間より、早く起きることができるのだこの謎が、科学で解き明かされる科学的に根拠があって、早く起きることが出来るわけだどうやらホルモンが働くようで、このホルモンの中で睡眠に関連した、コルチゾールというものが上昇するようであるこれが上昇することで、早くから目が覚めてしまうらしい遠足という楽しい設定が、体に変化を与えていつもと違う行動パターンを、作ってしまうわけである面白いものであるでは食が進むのは何故か? これは私たちでも分かることだまず、景色が違う‥ 他に、音や匂いも関係するだろういつもと違う状態が、五感を刺激して食欲を増す現に子供たちを対象にして、室内と室外で検証してみたのだが食事の量が、約1.5倍増えて、しかも嫌いな食べ物にも箸を進めた周りの心地良い情報が、脳に伝わりベータ波を増加させて、気分を高揚させるようであるベータ波が表れるという結果が、グラフにも出ているわけでこれは私達が、食事をする環境を変えることでも癒される証拠であるこういう状況を、日頃日常生活の中で作っていったとしたら毎日を楽しく過ごすことが出来るという、良い話しではないだろうか
2010年05月10日
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エドガー・ケイシーの講座で、受講者から出たもう一つの質問なのだが 自分を捨てようとしても捨てきれないどうしても捨てきれないから、仕方がないので小さな我だけ残した次に進むには、仕方が無いステップだったという確かに私達のように我が強い人間が、全ての我を手放す事は難しいいつまでたっても次に進めないならば、一旦は我を認める事も必要か?そんな考えに、光田先生は苦言を呈する「気持ちは分かるが、訓練する際は出来るだけ止めたほうがいい」そして、言葉を続けた 我を残すという考え方は、エゴの常套手段だから 我は極力捨てること‥ 取りあえず我は外す 自分らしいと思っているのは、エゴの正当化である エゴはカモフラージュをするから、注意が必要 家族の為というのも、エゴの可能性がある だから、主(神)(高次の存在)ならば どうだろうかと、発想を切り替える 当然、主ならば家族の事を考えるだろうから‥≪自分を、主の内に捨てる≫ という言葉は神の探求の初回から、一貫して私たちに訴えてきている言葉である自分が有るから、腹も立つしイライラもする不安になったり悩んだりと、そういう感情は自分という我が関係するそれらを捨ててしまい、ネガティブでない自分で生きていくそうすることで、本当の幸せな生き方を掴む「皆さん! 自分を主の内に捨ててますか!?」いつも光田先生に問い掛けられるのだが、目を伏せてしまう自分が居るこの質問者同様、少しずつは実行しているのだが自分の全てを捨てることは、出来ないでいるでも、少しは成長している自分を、認めてもらいたいなぁ~なんて‥、やっぱり我が出てしまうようだ
2010年05月07日
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ケイシーの勉強会は、「第9課、神とともに」 であった勉強していく中で、受講者から質問があった質問は、「祈りと瞑想」 についてである光田先生は、質問にこう答えられた 「祈りというのは神への語りかけで、瞑想は神の声を聞く時間である」祈りと瞑想は、車でいうところの、両車輪だと説明するだから、どちらか一方ではなりたたない例えば‥「自分は、これこれをやりたい」 と、神に祈るそのやりたいこととは、神の御心に叶うことである祈り終わったら、「神からの声を静かに待つ」 これが瞑想であるヘミシンクのCDの、ゲートウェイの中にも5つの問いとか、5つのメッセージとかがあるこれも、質問を投げかけて静かにメッセージを受け取るという、エクササイズであるここでは、質問はあらかじめ用意されたものだがこの質問は、祈りに該当するだろう自由に質問したいなら、ゲートウェイのフリーフローを使えばいい一番大切なのは、祈りや瞑想をする時間を作ることであるヘミシンクでも時間を作り、聴き続けていくことが大切である今回のケイシーの勉強会は、ゴールデンウィーク中なので集まらないかと思ったのだが、全く逆で過去最高の人数になったただ、遠方の人は新幹線の手配に、四苦八苦したらしいいつも懇親会まで出られる人も、勉強会だけ出て慌てて帰られた私はこの日だけ勉強会に出て、後は掃除に明け暮れた連休だったゴールデンウィークの帰省ラッシュは、私には縁の無いものである遠方から帰省ラッシュの中参加される皆様には、本当に頭が下がる
2010年05月06日
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5次元へのシフト 新・光の12日間 ゲリー・ボーネル著 大野百合子〔訳〕 徳間書店(5次元文庫)ゲリー・ボーネルの、サイコメトリーに関する最初の体験が292頁に書いてあるのだが、インドの寺院での出来事であるツアーガイドが、「この寺院はこの場所に長い間ずっとあります」と説明したのだが、ゲリーが寺院に手を置くと違う答えが返ってきた「寺院は壊され、ここに移されて、またもとのとおり組み立てられた」これは、建物である 「寺院自身」 からの情報である‥後で寺院が、本当に移動されたと確認したという P252~ 多くの人が、過去世で自分がひどい悪人だったらどうしようと 怖がるのですが、私はその人に、「自分が悪者だったことが ありますようにと、ぜひ祈ってください」 と言います。 というのは、もし悪人であった過去世がないなら、これから 未来にそれが起きる可能性があるからです。 ‥‥‥ 魂は、そういうすべての体験をするためにこの地球に来て いるのです。私はこの部分を読んだ時に、とても感謝した戦争の無い時代は、過去に無かったのではないだろうか?そんな中で私だけが、清く正しく生きてこれたはずが無い何らかのことを、しでかしているだろうと思う時代が変われば、人殺しも善になりかねない正義という旗を掲げて、人殺しをしてきた人間である白人で生まれた過去世もあるだろうし、黒人で生まれた事もあるだろう立場が違えば、そこで人種差別をしてきているのだ生きる為に部族ぐるみで、略奪をしたかもしれないこの時代の日本だからこそ、平和に生きてこれただけなのだだから、この部分の記述は、安心させられる魂の体験は、善と悪両方を必要としているのだから‥この本の最後のほうでは、「葛藤を手放す」ということを盛んに言っている葛藤こそが、私達が越えなければならない唯一のハードルだと言うのだ葛藤を手放して、次のステップに羽ばたいていきたい難しいけれど、前進有るのみである
2010年05月05日
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