ということで、去年の夏に始めて中途半端なところで止まっていたのを再開させることにする。こういうのはまとまった時間が取れるときに書かないと、意味不明なものになりやすいので、比較的時間に余裕があって、取り上げるネタも少ないこの時期にはちょうどいい。ということで、前回はプシェミスル・オタカル1世だったので、今回はその子、バーツラフ1世からである。
チェコの歴史において、バーツラフという名前の君主は、バーツラフ1世以前にすでに二人存在する。一人は、言わずと知れた聖バーツラフで、プシェミスル家の実在が確認されている君主としては4代目ということになる。もう一人は、権力争いのどさくさ紛れに爵位をかすめ取って、在位期間が3か月と非常に短かったバーツラフ、場合によってはバーツラフ2世である。こちらは23代目(再度即位した分は省く)の君主となる。ただし、この2人はボヘミアの侯爵としてのバーツラフで、バーツラフ1世はボヘミア王としてのバーツラフなので、数字が1から始まるのである。
対象となる爵位ごとに、せいぜい公爵、侯爵ぐらいまでだろうけど、同じ名前の場合に番号を付けるというやり方は、名前のバリエーションの少ないヨーロッパにおいては便利で必然的な方法だったのだろうが、同一人物がいくつもの爵位についている場合には、対象となる爵位によって番号が変わるという厄介極まりない事態を引き起こしている。
とまれ、父プシェミスル・オタカルが獲得したボヘミア王位の世襲化を受けて、バーツラフが王位を継いだのは父の死後の1230年のことだった。ただし、それ以前の1228年には父の意向で「mladší král」という地位に就いている。これは長らくプシェミスル家の相続のルールだった最年長の男子が跡を継ぐというブジェティスラフ1世の定めたルールを撤廃して、自らの子孫のみに王位を継承させるための政策で、以後プシェミスル家の傍流の地位が下がったとされる。制度的にどこまで整備されていたのかは不明だが、日本の「皇太子」のような後継者指名だと考えればいいか。後に弟でモラビア辺境伯に封じられていたプシェミスルに反乱を起こされているから、バーツラフの即位に納得できなかった勢力もあったのだろう。
偉大な父の跡を継いだバーツラフは、派手な業績はないが、父の獲得したものを堅実にチェコのものとして固めていった。その結果、バーツラフ1世の治世は安定したものとなり、文化的にも経済的にも、ヨーロッパの先進地域だった南欧や西欧のレベルに近づいたとされる。経済政策の一つが、植民活動で、スラブ系のチェコ人だけでなく、ゲルマン系の人々を招いてチェコ各地に植民させている。
外交関係では、オーストリアの公爵や、ハンガリー王などとの争いも起こしているが一番重要なのは、モンゴル軍との戦いだろう。モンゴル軍とヨーロッパ諸侯軍の最大の会戦となったレグニツァ(リーグニッツ)の戦いには間に合わなかったが、チェコの軍勢を率いて救援に向かい、レグニツァの戦いの後、南下してきたモンゴル軍の部隊とクラツコで会戦して勝利を収めたという。
別のシュテルンベルク家のヤロスラフに率いられた部隊が、オロモウツ近郊でモンゴル軍をうち破ったのと合わせて、バーツラフには「モンゴル人をうち破りし王」という称号が授けられたという。ただし、オロモウツの近くでの戦いは史実ではないというから、クラツコでバーツラフ1世がモンゴル軍に勝利したというのもなんだか怪しく思えてしまう。ただ、モンゴル軍との戦いにおける活躍でバーツラフの国際的な地位が高まったのは確からしい。
治世の終わりには、モラビア辺境伯に封じていた息子のプシェミスルに反乱を起こされている。これは一部のバーツラフの政策に不満を抱えていた貴族がプシェミスルをそそのかしたものらしく、バーツラフは反乱を鎮圧してプシェミスルを投獄した後、反乱に加わった貴族たちは死刑に処した。その後、プシェミスルに恩赦を与え、モラビア辺境伯に戻している。そしてプシェミスルは父の死後、後を襲ってボヘミア王に即位するのである。
バーツラフは「隻眼の王」とも呼ばれていたが、これは狩猟の最中の怪我で片目を失ったことによる。深い森に入るのが好きで狩猟に熱狂的なまでの情熱を注いでいたというから、木の枝が目にささるなんて事件でもあったのだろうか。
プシェミスル家の君主?
27代 バーツラフ(Václav)1世 1230〜1253年
最後に付け加えるとすれば、バーツラフの妹にあたるのがチェコの聖人の一人、聖アネシュカ・チェスカーだということである。今は無き50コルナ紙幣に描かれていたのだけど、カトリックの聖人、しかも1989年に列聖されたばかりの聖人を国家の紙幣に使うなんて政教分離はどこに行ったと叫ぶ愚か者はチェコにはいなかったようだ。
2020年7月9日10時。
タグ: プシェミスル家
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