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2021年01月09日

ヤン・ネルダ(正月六日)



国会図書館オンライン の検索で「ネルダ」「ネルーダ」と日本語で使われていそうな表記を入力すると、チリの詩人のパブロ・ネルーダや、音楽関係者や登山関係者とおぼしきネルダ、はてはトンネルダイオードなんてものまで検索結果に並んでいて、本当のヤン・ネルダの作品の翻訳を探すのは大変だった。パブロ・ネルーダの場合には、ヤン・ネルダにちなんで筆名をつけたなんて話もあるし、ネルダがみんなチェコ人とは限らず、ややこしいことこの上ない。
 とまれネルダと言えば、さまざまな雑誌に掲載され刊行された短編小説を集めて1878年に刊行された『Povídky malostranské』である。以前どこかで『小地区物語』と訳しているのを見た記憶があるのだが、プラハのプラハ城の直下の城下町にあたるマラー・ストラナ地区を舞台にした作品を集めたものである。ブルタバ川対岸の旧市街に比べると狭く小さいことからマラー・ストラナと呼ばれるようになったものと解釈している。マラー・ストラナ地区には観光名所だけではなく、日本の大使館や広報文化センターも置かれているから、チェコに来た人は大抵訪れたことがあるはすである。

 この『Povídky malostranské』に収録された作品が、1960年代に日本語に翻訳され紹介されたのがネルダの作品の最初の日本語訳だと思っていたのだが、今回改めて確認したら、すでに戦前の1929年に原典不明の作品が雑誌に掲載されていたことがわかった。


?@訳者不明「吸血鬼」(「文学時代」第一巻六号、新潮社、1929.10)
 原典も不明。『Povídky malostranské』に収録された作品に該当するような題名のものはない。国会図書館のオンライン目録では「ヤンネルダ」と名前と名字がまとめて表記されており、作品の題名もチェコならではのものではないので、別人かと疑ったのだが、ビロード革命後に刊行された沼野充義編『東欧怪談集』(河出文庫、1995)に、石川達夫訳「吸血鬼」がヤン・ネルダの作品として収録されているので、同じ作品の翻訳と見てよかろう。ちなみに『東欧怪談集』は昨年9月に新装版が発行されているので手に入りやすくなっている。


?A竹田裕子訳『 フェイエトン : ヤン・ネルダ短篇集 』(未知谷、2003)
 残念ながら全訳ではなく、抄訳のようだが『Povídky malostranské』の翻訳が単行本として刊行されたことは喜ぶべきであろう。出版社の未知谷は昔国枝史郎の全集を刊行していたのを覚えているけれども、最近は旧共産圏の文学作品の翻訳にも力を入れているようで、チャペク以外のチェコの作家も日本に紹介されている。訳者は1970年代から児童文学の翻訳を手がけている方のようである。なぜ、日本語の題名を『Povídky malostranské』からかけ離れたものにしたのかは疑問である。
 単行本として刊行されたのはこれだけだが、『Povídky malostranské』に収録された作品のいくつかが翻訳されて。全集などの短編集に収録されている。

1訳者不明「ボレルさんのパイプ」(『名作にまなぶ私たちの生き方9』小峰書店、1961)
 原題は「Jak si pan Vorel nakou?il p?novku」。版元の小峰書店は児童書専門の出版社。『名作にまなぶ私たちの生き方9』は、「北欧・東欧の文学」という副題がつけられており、チェコからはカレル・チャペクの「切手収集」も収録されている。『フェイエトン : ヤン・ネルダ短篇集』には、「ヴォレル氏が海泡石のパイプをふかしすぎた話」という題で収録されている。

2木村彰一・千野栄一訳「ドクトル・カジスヴェト」(『世界文学大系』第93巻、筑摩書房、1965)
 原題は「Doktor Kazisv?t」。『世界文学大系』第93巻は「近代小説集」の第三冊目で、ロシア、北欧、東欧の文学の短編が収められ、チェコからはチャペクの「金庫破りと放火犯の話」「なくした足の話」の二編も収録される。『フェイエトン : ヤン・ネルダ短篇集』では、どうも「藪医者」という題で訳されているようである。

3飯島周訳「没落した物乞いの話」(『世界短編名作選 東欧編』、新日本出版社、1979)
 原題は「P?ivedla ?ebráka na mizinu」。『世界短編名作選 東欧編』には、チャペクの「切手蒐集」「聖夜」、シュクボレツキーの「カッツ先生」も収録されている。。『フェイエトン : ヤン・ネルダ短篇集』での題名は「疫病神にとりつかれた物乞いの話」。


 ちょっと順番が錯綜するけれども、「ボレルさんのパイプ」が発表された2年後にも、原典不明の短編が翻訳されている。

?B栗栖継訳「そいつをどこえ?」(『世界短篇文学全集』第10巻、集英社、1963)
 題名末尾の「え」が意図的なのか、誤植なのか気になるところではあるが、オンラインでは確認のしようがない。『世界短篇文学全集』の第10巻も、「北欧・東欧文学」ということで、このヨーロッパの二つの部分はまとめて扱われる傾向があったようだ。チェコからチャペクの作品(「最後の審判」「アルキメデスの死」)が収録されているのも、この時代の文学選集の短編集としては定番だったと言っていい。


 現在確認できている限りでは、ネルダが、チャペク兄弟、クルダ、エルベンに次いで、日本語訳が発表されたチェコ作家ということになる。クルダとエルベンは翻訳に名前が出ていなかったから、チェコの作家として紹介された三人目と言ってもいい。
2021年1月7日10時。




フェイエトン?ヤン・ネルダ短篇集






東欧怪談集 (河出文庫)











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