以前から、国会図書館所蔵の戦前の書籍や雑誌に掲載されたチェコスロバキア関係の記事を紹介してきたのだが、今回は、なぜか法学関係の雑誌に紹介されたプラハの学生寮についてのお話。記事の題名は「プラーグのチエツク大学に於ける新設備」と言うのだけど、それが寮(寄宿舎)のことだとは思っておらず、大学の講義室に最新の機材が導入されたという記事かと考えて、余り期待していなかったのだが、読んでいい意味で驚いた。せっかくなので全文引用して、簡単な今日の目から見た解説を加えておく。引用に際しては、読みやすいように、句読点の追加、新字体への変更などの表記の修正を施した。
墺国ボヘミヤのプラーグに於けるチエツク人の大学は、有志者の寄附に依りて貧窮学生のために新たなる一の設備を有するに至れり。此の設備の目的は、一の寄宿として貧窮学生のために住居と食物を給し、兼ねて一の学校として教育をも施さんとするにあり。撃剣場、玉突場、体操場、図書館等の設ありて、尚お仏語、独語、英語、露語を教授す。学生は、是等諸国語のうち一語を選択して学習するの義務あり。衣服は学生自ら負担せざる可からずと雖も、他はすべて支給せらる。(但し資力ある者は食料として毎月十クローネンを納む)。すべて此の寄宿舎を利用し得る者は、成績佳良なるものに限る。一九〇三年より一九〇四年に跨る学年に於いて、此の寄宿は二百十一人の学生を収容せり。
現在ではカレル大学と呼ばれている、ルクセンブルク家の神聖ローマ皇帝カレル4世がプラハに創立した大学は、その長い歴史の間に、政治的な理由で繰り返し改組を受けているが、その中でも最も大きなものは、1882年のドイツ系とチェコ系の二つの大学への分割である。分割後のチェコ語での名称は「C. k. n?mecká univerzita Karlo-Ferdinandova(ドイツ系)」と「c. k. ?eská universita Karlo-Ferdinandova(チェコ系)」で、ほぼ同じである。ここでは、恐らく違っている部分だけを取り上げて、「チェック大学」と称したものであろう。ちなみに、「c. k.」は、オーストリア=ハンガリー二重帝国の時代に使われた略称で、「(オーストリア)皇帝の、かつ(ハンガリー)国王の」を意味する。
此の寄宿の落成は、極めて新しき事実にして、其の会舎の式を挙げたるは、昨年十一月二十日なりしという。チエツク人種は、常に汲々として其の屈辱の状態より脱出せんことに勉めつつあるが、此の設備の如き、また其の一現象と見る可きものなり。蓋しボヘミヤの口碑は相伝えて曰く、同国ブラニツク山に若干の騎士隠れ在りて、今は睡眠中なるも、外敵の手より祖国を救わんが為めに、其の山より出ずるの日ある可しと。此の寄宿の寄附者の一人たるフラヴカ氏は曰く、『此の寄宿をして、又一のブラニツク山たらしめよ。而して精神上の騎士、此の山より出でよ』と。
ここに登場する「ブラニツク山」は、伝説の騎士たちが眠るというブラニーク山。この伝説については、 こちら を参照。こんなチェコスロバキア独立前の時期に、ブラニークの伝説が、日本に紹介されているとは思わなかった。読んだ人は、法学関係者だけで限られているだろうけれども。
フラヴカ氏は、建築家、および文化活動への支援者として知られるヨゼフ・フラーフカ(Josef Hlávka)のこと。現在でもフラーフカ氏の名前のついた学生寮がプラハに残っていて、1939年のナチス・ドイツによる学生弾圧の一環として閉鎖されたという歴史を持つ。そのため現在でも11月17日には、この寮の前に、献花をしたり歌をささげたりする人たちが集ってくる。
フラーフカ氏は、1908年に77歳で亡くなっているが、この寮が完成したのと同時期の1904年に自らの財産を投じて、チェコ人の学生を支援するための財団を設立している。財団は第二次世界大戦後、共産党政権によって解散させられたが、ビロード革命後、再び設立されて活動を続けているようである。
尚ほチエツク人の事業にして、プラーグに於ける同種のものは、学生に廉価なる食料を与ふるを目的とするものあり、学生のために其学資を得しむる目的を以て職業を求むるものあり、学生のために衣服を給せんとするものあり、又医療を与へんとするものありといふ。
最後の段落については特にコメントすることもないけれども、問題は、この雑誌の記事が、雑誌の関係者がプラハに出かけたときに拾ってきたネタなのか、外国、恐らくはオーストリアの雑誌からの引き写しなのか、である。後者の可能性が高そうだけど、当時、プラハ、プラハではなくてもウィーンの大学の法学部に留学していた人が、プラハで取材して書いたという可能性もなくはないような気もする。
2022年1月3日
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