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2016年10月30日

如何なるやチェコの夢(十月廿七日)





 まだ、チェコ語を勉強していたころだから、今世紀の初頭のことである。冬も終わりに近づき春ももうすぐというころ、当時毎日購入していた新聞「ムラダー・フロンタ」に繰り返し掲載される全面、あるいは半面広告があった。プラハの郊外に新しく開店する大型スーパーマーケットだというので、オロモウツには関係ないと、あまり注目していなかったのだが、一般の誰でも知っているメーカーの商品ではなく、スーパー独自のプライベートブランドの商品の写真が、値段が安いことで知られるスーパーよりも、安い値段をつけられて並んでいたようだ。今思い返せば、スーパーのロゴなんかも妙に気合の入っていない、いかにも金をかけていませんという感じのものだったのだ。当時はこんなところにお金をかけない分、安く売るのだろうと解釈していたのだけど。
 広告に書かれていた開店日になっても、せいぜい開店時間前から安い商品を求めるチェコ人たちが行列を作り、開店と同時に入り口に殺到しておしあいへしあいする、大げさに言えば阿鼻叫喚の巷を作り出したというよくあるニュースが流れるぐらいだろうと、あまり気に留めていなかった。
 それが、お昼のニュースだっただろうか。当時は部屋にテレビはなかったから、ラジオのニュースだったはずだ。一度聴いただけでは、内容が理解できなかった。そんなに難しい言葉は使われていなかったのだが、あまりに信じられない内容に、頭が理解するのを拒否したのだと思う。

 ニュースを聞いてい笑っていたうちのに、今のニュースどういうこと? と聞いたら、チェスキー・センというスーパーが開店するという話だったけど、実はそんな店は存在しなかったというニュースだと言う。
 へ? チェスキー・センってあの新聞に広告が出てたあの新規開店するってやつ?
 新聞の広告も、プラハの街中に貼られていたポスターも全部偽物で、開店セールをめがけてスーパーが開店することになっていた場所に集まった人々の中には、だまされたことを知って暴れだす人もいて、けが人も出たらしい。

 でも近くまで行ったら、スーパーなんてないのがわかるんじゃないの? 
 その辺の細かい事情までは、そのときのニュースでは言っていなかったらしいので、夜のニュースで確認することにした。ただこれから書くことがその夜のニュースで理解できたことなのかどうかには確信はない。後日聞いた話や、ネット上で読んだ話も混ざって、チェスキー・センという事件は、こんなものだったと覚えているのだ。

 開店日が近づいたころから、スーパーが開店することになっていたプラハ郊外のイベント会場と呼ばれる空き地には、最寄のバス停のあたりから見るとスーパーの建物に見えるようにビニールシートの幕が張ってあり、その上には、「何月何日何時新規開店」の文字が躍っていたのだという。散歩のついでなんかにその建物のようなものの近くまで行かない限り、一面しか存在しないことには気づかず、新聞にお金をかけて大々的に広告を出しているのだからと、疑いもせずにプラハの郊外まで出かけて、まったく整備されていないバス停からのおのずからなる小道を、多少の疑いとともにスーパーまで歩いていった人々がその場で見たものは、一面にだけ張られた幕で、その後ろには何もないというものだった。
 狐につままれたような表情を見せる人々の前にこの詐欺の首謀者が現れて事情を説明した結果、だまされたことを知った人々は、具体的にどうだまされたのかもわからないまま、首謀者に詰め寄り、大型スーパーの新規開店のときよりもひどい状態を作り出していた。

 後で知った話では、「チェスキー・セン」というのは、チェコ人の民族性についてのドキュメンタリー映画の企画で、その撮影のために、このような大掛かりなはかりごとが行われたのだという。つまりチェコ人が新規開店のスーパーに押し寄せる姿、特に開店セールの廉価な商品を求めて殺到する姿を、ドキュメンタリーとして撮影するために、かなりのお金をかけて新聞に広告を出し、イベント会場を借り切り、準備を積み重ねていたらしい。そして、そのドキュメンタリーの一番重要な部分が、だまされたことを知った人々がどのように反応するかだというから、たちが悪すぎる。
 この日だまされて「スーパー」に足を伸ばした人たちには、ドキュメンタリーが公開されたら無料で視聴できる権利を与えると言っていたが、だまされた人たちの中でこの映画を見に行った人はいるのだろうか。だまされた人々大半が、日中ほかにすることがなくてこの手のスーパーの開店には必ず押し寄せる年金生活者で、「ただ」という言葉に弱い人たちだったとは言え、さすがに自分たちの醜態を納めた映画は見に行かなかったんじゃないかなあ。交通費も出していれば話は別なんだろうけどさ。

 さらに驚かされたのは、このドキュメンタリー映画に対して文化省からかなりの額の助成金が出ていたことだ。つまり文化省では、このような国民をだましてその右往左往する姿を、いわば「これがチェコ人だ」と紹介するドキュメンタリーの撮影を支持していたということになる。とんでもないというべきなのか、懐が深いと評するべきなのか……。まあ、だまされた人の大半はプラハの人たちだろうからいいっちゃあいいんだけどね。自分の目で見てみたかったと思う気持ちもないわけではないし。でも、オロモウツでやられていたら、自分が被害を受けていなくても、知り合いが巻き込まれるだろうから、ふざけんなぐらいの感想は持ったかもしれない。

 わかったかな。これが、「チェスキー・セン」なのだよ。アメリカンドリームのチェコ版ではなくて、信じてはいけない夢ってことになるのかね。それとも、失敗前提のアメリカンドリームが、チェスキー・センになるのかな。
10月28日12時。


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