サマースクールが始まって三週間を越えさすがに疲れも出始めていたのか、昼寝もあわせると一日中時間近く寝たような気もする。疲れているのは他の若い参加者たちも同様のようで、今朝ポーランドのルカーシュたちと日曜日にコプシブニツェに行くと言っていたシモナに、どうだったか聞いたら、結局行かなかったという答えが返ってきた。いつものそれほど気温の上がらない夏ならここまで疲れないのだろうけど、今年の夏はね。
クーラーがあったらどうだろうと考えてみる。最近はチェコもクーラーのあるところが増えていて、電車も新しい車両であれば冷房が入るようになっている。日本だと室内はどこでもここでも空調が効いていて快適な気温になっているのだろうが、チェコはそこまでクーラーが普及しているわけではない。ただ、冷房もありすぎると逆に疲労を呼ぶところもあるから、冷房のあるところとないところを頻繁に出入りすると妙に疲れて体調を壊すこともあったのを思い出す。活動効率はともかく、疲労度は大差ないのかな。
授業は、あれこれ復習なんかをしたあと、ニェムツォバーの名作『バビチカ』の一節を読んだ。日本語の翻訳も刊行されているが読み通したことはなく、当然チェコ語のオリジナルを読むのもはじめてである。いやあわからんかった。チェコ語でプシェホドニーク、日本語だと副動詞というのかな、が続出するし、聞いたことのない言葉も結構出てきた。動詞が文末に来ていたのはドイツ語の影響なのだそうだ。当時のチェコ語は一部日本語と語順が似ていたのである。
先生は最近のチェコ人は、この名作を読まなくなり、チェコ語専攻の学生の中にも読んだことがないと言う学生がいるとぼやいていた。そしてドイツの学生たちにゲーテの『ファウスト』をドイツ人が全員読んでいるわけじゃないだろと言っていたが、日本でも古典作品を原文で通読する人間なんてほとんどいないからなあ。今の日本人の多くが現代語訳であれ、『源氏物語』を読んでいるかというと、そんなことはないだろうし。原文では桐壺源氏に終わった人間に批判できることでもない。
その後、ヤン・ベリフの自作の朗読を聞いた。これが、一音節からなる単語しか使わないという縛りのある文章で、なじみの少ない言葉がちょっと出てきたのもあるけど、すべての単語が一音節で進んでいくので、理解するのが追いつかないところがあって結構辛かった。先生はそんなに難しくないだろと言っていたけど、知らない単語が多い文章よりも理解しづらかった。ある程度単語の長さがないと個々の単語を理解していくだけの余裕がないのだ。いい経験をさせてもらった。
休憩の後の発表は、アナの担当。音楽好きのようだから音楽について発表するのかと思ったら、最初はちょっと違っていた。教科書でチャリティ運動が取り上げられていたから、障害を持っている人について話そうと考えたらしく、選ばれたテーマが手話。何も考えずにビールに飛びついたこちらとは違って、真面目な学生である。
手話も口の言葉と同様に、国によって、場合によっては同じ国内でも地域によって差異があり、違う国の人がそれぞれ自分の国の手話で話すと理解できないので、国際共通手話が設定されているらしい。その国際共通手話は、英語が世界最強の国家アメリカの言葉だというだけの理由で事実上の国際共通語になっているのとは違って、アメリカの手話が共通手話になったのではなく、ピジン言語に当たるような成立の仕方をしたものらしい。だから、各国手話よりも構造が簡単で覚えやすいという特徴があるのだとか。ただ、その普及がどのぐらい進んでいるのかについては、よくわからないとアナは語っていた。
これで終わっては自分の発表ではないと思ったのか、やはり音楽がらみの話を入れてきた。それがサインマークというフィンランドの音楽家だった。何が特殊かというと、この人手話で歌うというかラップをやるのである。アナの話では、手話がわからない一般の人向けには別の歌手が声を貸して歌っていて、手話が理解できる人向けにサインマークが手話で歌うのだという。ビデオを見せられたけど、これは手話が理解できたら面白いかもしれないと思った。その手話がフィンランド手話なのか、国際共通手話なのかは質問するのを忘れてしまった。
日本だと、普通の学校でも障碍者や、障碍について話すことはあまりされず、語学の教科書のテーマに取り上げて学生たちが議論するなんて考えられないことのような気がするのだがどうなのだろう。少会社に対する支援というのは、現代社会では避けて通れない問題になっているというのが教科書作成者達の認識なのかもしれない。チェコ語でも下手に普通のチェコ語の表現を使うと差別だなんていわれることがあるのだろうか。でも、ドイツ人、N?mecがn?mý、つまり口が利けない者という言葉を語源にしていて、それを差別だとわめきたてる人がいない現状を考えると、日本ほどうるさくはないのかな。
そういえば、サマースクールでイベントの手伝いを募集していて、「力のある男の人協力してください」みたいなことが書いてあった紙に、「女性でも可」みたいなことが書き加えられていた。事務局の人の話では、男女差別じゃないかとクレームがついたらしい。ha ha haである。現実ではなく、言葉による表現における男女平等を求めるのなら、チェコ語なんか勉強するべきじゃないと思うんだけどなあ。男性名詞が一つでもあれば、いかに女性が多くても全体としては男性複数として扱うのがチェコ語なんだからさ。
いやはや事務局の皆さんにはご苦労様としか言いようがない。
2018年8月14日8時15分。
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