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2019.01.09
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カテゴリ: アート
<『新潮日本文学アルバム大岡昇平』1>

ぱらぱらとめくると、井伏鱒二、小林秀雄と並んで談笑している写真があり・・・大使の琴線に触れたわけでおます。





樋口覚編、新潮社、1995年刊

<「BOOK」データベース>より
戦後50年、再評価の時を迎える知的探究者、戦争を凝視続けた昭和末までの「夢の集約」。写真で実証する作家の劇的な生涯。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、井伏鱒二、小林秀雄と並んで談笑している写真があり・・・大使の琴線に触れたわけでおます。

amazon 新潮日本文学アルバム大岡昇平


池澤夏樹の賛辞を、見てみましょう。
p97~100
<事実と哀惜、それに意地>
 一人の作家が生まれるに際しては、いくつもの要因が重なって働きかけるのが普通だが、大岡昇平の場合は一つの大きな力が彼を作家にしたと言い切れる。自分が属する国が戦争をはじめた。二年半後、戦況はおもわしくなく、彼は35歳という高齢にもかかわらず徴兵され、一兵士としてフィリピンに送られた。彼が属する軍は敗北し、彼自身は捕虜になった。

 やがて国は降伏して、復員した。この大きな体験が小説の執筆という仕事の方へ彼を強く促した。その結果生れたのが『俘虜記』であり、『武蔵野夫人』であり、『野火』である。

 戦争に行く前から彼には人並み優れた文学の教養があり、才能のある友人たちがおり、翻訳の修練によって身についた文体があり、批評家としての文学への姿勢があった。しかし、一応の文章が書ける者が小説という特別に雄弁な表現手段を身につけるには跳躍が必要である。

 それなくして小説を目指したばかりに、いつまでも漫然と随筆と小説の間の冥府をさまよっている者は世に少なくない。大岡昇平の場合、出征と戦闘と捕虜の体験がこの決定的な跳躍をもたらした。言ってみれば、耕して、畝を立てて、肥料も入れておいた畑に、戦争体験という特別な種がぽとりと落ちたことになる。その先の結実の豊かさ見事さは言うまでもない。

 戦争について、ぼくたちは何も知らない。表面的な知識として知ったつもりでいても、戦争が自分の身に実現した時にどういうことになるか、それを知らない。戦前の日本人でフィリピンの山野の風景を知っている者などいなかった。海外を知っている者さえごく少なかった。日常を離れて大集団で別の土地へ行く。

 それまでの生涯を費やして身につけた一日本人としての知恵や教養や行動パターンが通用しない土地。別の言語が使われ、長い別の歴史を持ち、別の文化があり、別の政府が支配している土地。そこへ徒党を組んで行って、居座り、武力によって仮の秩序を維持し、反攻する勢力と対峙する。

 鉛筆削りの肥後守しか持ったことがない手に銃を持つ。蚊を叩く以上の殺生をしたことのない心で人間を撃つ。敗走して、山野をうろつき、自分一人の才覚で食べられるもの、飲める水、安全な一夜の隠れ処を探す。捕虜になる。収容所の中で祖国の崩壊を教えられる。そういうことを体験する数十万人の一人になる。

 改めて考えてみれば、平和な時代を生きて人生を全うした者が想像しようともしない激動の日々である。体験者の大半にとっては、表現できない混乱した記憶だけが残り、それが薄れてゆくのを心のどこかで惜しく思いながら余生を送る。死者はもちろん語らない。そういうものだ。しかし、大岡昇平には用意があった。彼には言葉があった。機会を与えられた者は多かったはずなのに、実現できた者は彼一人だった。

 具体的に彼は何をしたか。自分の体験を理知的に整理して、文体を工夫し、正確な日本語で表現していったのだ。自分一人の「個人的な体験」を語ってゆくうちに、しかしそれは普遍の価値を帯びてきた。

 フィクションという表現手段に頼る時、人は事実から離陸して超事実の高空へ上がり、真実の天に至り得る。これが小説の魔術である。病気の敗残兵として山の中をうろついていて、若い敵兵の姿を見ながら、撃てる立場にいながら、撃たない。飢餓の限界に近づきながら、目の前に提供された「干し肉」を食べない。左手が右手を押さえる。

 このふるまいの中に彼は自分をではなく、人間を発見した。自分が特別の者だったら、聖者だったら、その聖性は彼自身にしか意味のないものである。自分が多くのうちの一人、人間の一人であれば、聖性は人間たち全体の共有資産であり、人間たちの未来を照らすものになる。闇の中に一条の光が射す。それを言うための検証の厳密さが彼を小説家にした。大岡昇平を読むことは、すなわち厳密な検証という知的快楽を味わうことである。近代日本にこれほど虚偽の排除に力を注いだ作家はいなかった。





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Last updated  2019.01.09 00:51:51
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