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2019.09.18
XML
カテゴリ: アート
図書館で『晴れたり曇ったり』という本を、手にしたのです。
ウーム 見覚えが有るような、無いような本である。

帰って調べてみると、この本を借りるのは3度目であることがわかりました(またか)
・・・で、(その6)としました。






川上弘美著、講談社、2013年刊

<商品説明>より
「もういない、でもまだいる」 この前、好きだったひとを、みかけた。まちがいない。会いたいと思いながら会えなかった人に、ようやく会えた。そう思ったとたんに、その人がもうなくなっていることを思いだした。
「ぬか床のごきげん」 ぬか床には四種類の期限がある。笑うぬか床、慇懃なぬか床、怒るぬか床、そして淋しがるぬか床。
「真夜中の海で」 大学では生物を勉強した。私の卒業研究は、「ウニの精子のしっぽの運動性」だった。
「晴れたり曇ったり」 大学時代、バスの窓越しに見かけた喫茶店「晴れたり曇ったり」。一度訪ねてみたいと思いつつ、いくことはなかった。

<読む前の大使寸評>
帰って調べてみると、この本を借りるのは3度目であることがわかりました(またか)
・・・で、(その6)としました。

rakuten 晴れたり曇ったり


スランプについて、見てみましょう。
p38~41
<へへん>
 いちばん最近スランプになったのはさきおとついのことだ。ずいぶん近い。最初自分がスランプになったことがわからなくて、困った。くねくねしてみたり、お風呂に長い間つかってみたり、やたらお茶を飲んでみたりしたが、なおらなかった。しばらくしてお腹の中がいやあな気分になってきたので、ようやくスランプだとわかった。

 しんとしようかそのまま知らないふりをして眠ってしまおうか迷った。窓の外からは秋の虫の鳴く声が聞こえてくる。そういえば前の日に、友人からアオマツムシの話を聞いていた。曰く、このごろ東京でよく鳴く秋の虫は、外来種の「アオマツムシ」というものである。街路樹の上に棲息する。ものすごく声が大きい。街路樹の上に棲むのは、在来種の日本のこおろぎやら何やらが地面の縄張りをゆずらなかったせいである。

 ほそぼそと街路樹の上で命をつないでいたのに、何年もたつうちにすっかりその生態にも慣れて、今や東京の町を大音声で鳴きたてて席巻している。云々。アオマツムシからつながってえんまこおろぎが出てきた。そのままいつものスランプのしんとした場所に入っていってしまったのである。

 ようやく今朝になってスランプがなおった。風邪みたいなものだ。時期が来ればなおる。だからとといって油断するといけない。風邪は万病のもと。自転車に乗って、近くのマーケットに行った。スランプの間は買い物なんかしたくない。ものの色つやも楽しめないし、じっとしていて太るからスカートなんかもきつくなる。

 スランプが明けると、だから、早速買い物に行く。ニンジンに大根にさんまにチーズに干しえびにぶどうジュース。必用のないものまで盛大に買いこむ。ついでにデパートに寄って、大根の袋ごと試着室に入り、スカートをはいてみる。ついでに喫茶店に入って、大根の袋とスカートの紙包みを横に置いて、コーヒーを飲む。

 自転車を飛ばして帰り、みかんサンドをつくった。バタークリームはないから、かわりに生クリームを使い、3年くらい前に買ったみかんのかんづめを開け、食パンにはさんだ。あんまりおいしくなかったが、食べ物を残すのは嫌いなので、耳まであまさず全部食べた。

 昼から虫が鳴いている。なぜスランプになんかなるのだろうと、いっぱいになったお腹をさわりながら、思う。自意識過剰。体の不調。失敗。ためらい。そのほか。スランプになっていた時のことを思い出してみる。昨日までのことなのに、うまく思い出せない。みかんサンドの味も、食べたばかりなのにもう思い出せない。やたらに鳴きたてているアオマツムシの声は聞こえるのだが、えんまこおろぎの声は聞こえない。スランプだった時には、あんなにすぐそばにあるもののように思い浮かべられたのに。

 少し原稿を書いて、また外に出て、猫を撫でた。いつも路地の入り口にいる猫である。秋が来たと思ったら、もうじき冬だ。今年はあと何回スランプが来るのだろうかと思いながら、アオマツムシの声をじっと聞く。虫の声は、聞いているうちに聞こえなくなる。耳いっぱいになってしまって、何もないのと同じになる。猫がにゃあと鳴き、同時にアオマツムシの声が戻ってきた。

 へへん、と思いながら、立ち上がって腰をぐるりとまわした。空がやたらに高くて、何もかにもが秋めいている。へへん、へへん、と言いながら、一人で路地の中をやたらに行ったり来たりした。


『晴れたり曇ったり』5 :「味の素」談義p222~224
『晴れたり曇ったり』4 :かすかなその声:『ニッポンの小説』(高橋源一郎)p189~191
『晴れたり曇ったり』3 :行ってみようじゃないか:『食の達人たち』(野地秩嘉)p174~177
『晴れたり曇ったり』2 :真夜中の海でp137~139
『晴れたり曇ったり』1





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Last updated  2019.09.18 00:01:39
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