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2019.10.25
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カテゴリ: アート
図書館に予約していた『献灯使』という本を待つこと10ヵ月ほどでゲットしたのです。
腰巻には「デストピア文学の傑作!」とあり、5編の短篇集となっています。期待できそうやでぇ♪






多和田葉子著、講談社、2014年刊

<「BOOK」データベース>より
鎖国を続ける「日本」では老人は百歳を過ぎても健康で、子供たちは学校まで歩く体力もないー子供たちに託された“希望の灯”とは?未曾有の“超現実”近未来小説集。

<読む前の大使寸評>
腰巻には「デストピア文学の傑作!」とあり、5編の短篇集となっています。期待できそうやでぇ♪

<図書館予約:(12/09予約、10/13受取)>

rakuten 献灯使

堀江栞

「献灯使」の続きを、見てみましょう。献灯使の選定にふれたあたりです。
p141~144
<献灯使>
 夜那谷はいつからか、大人に対する話し方と子供に対する話し方を区別しなくなってきていた。知らない単語は知っている単語の中にあらわれることで、辞書を引かなくても、意味が理解できる。知っている単語の中に1割くらい知らない単語の混ざったものを読み続けることで語彙は増えていく。

 自分に教えられるのは言葉の農業だけだ。子供たちが言葉を耕し、言葉を拾い、言葉を刈り取り、言葉を食べて、肥ってくれることを願っている。

 世界地図を広げて海の向こうの国の話をしてやると、子供たちは露に濡れた葡萄のような瞳を向けて、飽きることなく耳を傾けている。その中から一番「献灯使」にふさわしい子を選び出さなければならない。毎日たくさんの小学生を観察できる環境にいる夜那谷は、それが自分の使命と思っていた。無名に白羽の矢を立ててはいるが、これからどんな風に成長していくのか数年見守ってからでなければ最終的な判断は下せない。

 無名は激しくまばたきした。頭の芯がずきずき痛む。心臓の鼓動が胸から耳の奥に移ってきた。鼻の奥でかすかに血のにおいがする。でも今身体の不調を訴えれば、先生は地理の話をやめてしまうだろうと思い、何度も唾をのみ、拳骨を握って我慢していた。

 無銘には世界地図が自分の内臓をうつし出すレントゲン写真のように見えてきた。アメリカ大陸が右半身、ユーラシア大陸が左半身だ。腹にオーストラリアが感じられる。今、先生なんて言った? 日本列島はもともとは大陸にくっついていた? そんなことって、あるんだろうか? 大昔は半島だった? もしそうなら昔は歩いて大陸に渡って、地球がまるく感じられるくらい大きな地面を横断して、気が遠くなるくらい遠くへ行くことができたんだろうか。

「どうして大陸から突き放されたんですか?」
 と誰かが訊いた。誰だろうと思って無名は振り返ろうとしたが、首が硬くなっていて、まわらなかった。
「日本はわるいことをして大陸から嫌われたんだって、曾おばあちゃんが言ってた」
 と、龍五郎君が得意になって言うと、それを聞いて夜那谷は苦しげな笑いを浮かべて頷いた。

「ほら、見てごらん。世界の真ん中には大きな海がある。これが太平洋だ。この海をはさんで、左にユーラシア大陸とアフリカ大陸、右にアメリカ大陸がある。太平洋の海の底に沈んだ板が時々大きくずれる。するとその板の縁で大きな地震が起こって、津波が来ることもある。それは人間の力ではどうにもならないことだ。地球というのはそういうものんんだ。でも、日本がこうなってしまったのは、地震や津波のせいじゃない。自然災害だけなら、もうとっくに乗り越えているはずだからね。自然災害ではないんだ。いいか。」
 夜那谷がそう言った途端、教室の火災警報がけたたましく鳴り始めた。夜那谷は赤い機械に近づいていって、スイッチを切った。

「地球はまるいんだよ」
 と無名は気がつくと柔らかいがよく響く声で発言していた。自分が何を言おうとしているのかわからないのに声が勝手に飛び出した。まわりの子たちが不思議そうに無名を見た。無名は鳥が翼を動かすように両腕を動かし始めた。苦しまぎれにやったことだが、ふざけて鶴の真似をしているようにも見えた。先生は目を細めて笑って、

「そうだ、地球はまるい。まるいものを平面に描いたのがこの世界地図だ。そのことを言うのを忘れていた」
 と言って、頭をかく真似をした。安川丸がだまされて怒ったような顔をして、
「え、まるい? じゃあ、これは嘘?」
 と言った。龍五郎君も呆れたような声を出した。

「なあんだ、まるいのか。」
 夜那谷は答えに窮した。だますつもりはなかった。地球がまるいということよりもっと大切なことを言うつもりだったんだ。でも、若しかしたら地球がまるいことも大切なのかもしれない。

「あとでみんなで紙を切って、鞠みたいな地球儀をつくってみよう」
 無名は頭の両側から錐をねじ込まれるような痛みに耐えるために必死で腕を動かし続けた。

ウーム グローバリズムの闇が語られているというか・・・とにかくニッポンの大陸侵攻を意識した近未来小説になっているようです。

『献灯使』4 :国際海賊団、言語の輸出入
『献灯使』3 :日本の鎖国
『献灯使』2 :ナウマン像
『献灯使』1 :冒頭の語り口





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Last updated  2019.10.25 21:23:50
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