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2020.05.18
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カテゴリ: メディア
新型コロナウイルス対策に関していろんな知識人がコメントしているが・・・
高橋源一郎さんが、朝日新聞の連載コラム特別編で「読んでは沈思、18歳の独房以来」と説いているので見てみましょう。


(高橋さんのオピニオンを5/15デジタル朝日から転記しました)



 作家・高橋源一郎さんが様々な場所に足を運びながら思索する連載寄稿「歩きながら、考える」。新型コロナウイルスの感染拡大により外出できなくなっている今回、特別編として「歩かないで、考える」をお届けします。部屋の中から見える世界とは……。

 イタリアの作家、パオロ・ジョルダーノは新型コロナウイルスが母国でも大きな問題になりはじめた頃、手記を書き出し、その1回目に、こう記した。
 「今日は、珍しい2月29日、うるう年の2020年の土曜日だ。世界で確認された感染者数は八万五千人を超え、中国だけで八万人近く、死者は三千人に迫っている……」

 そして、ウェブで公開されている世界の感染状況を集計した地図を目の前の画面に開きっぱなしにしてある、と彼は付け加えた。
パオロ・ジョルダーノのように、ぼくが、画面で開きっぱなしにしている「リアル・タイム・カウンター」も、世界の最新の感染状況を24時間、地図とグラフと国旗と数字で表示しつづけている。いまは5月10日日曜日午前9時31分、彼が手記を書いてから2ヶ月と10日ほど後。

 多くの人たちの生活はすっかり変わってしまった。他の人間との接触は制限され、外出することもできず、家に閉じこもる。ひとりの時間が生まれる。あるいは、逆に、それまで、ほとんど向かい合わなかった家族と真正面から向かい合わねばならない時間も。
 いま世界の感染者数は4099823人、死者は280372人である。

     *
ずっと本を読んでいる。以前もそうだった。けれど、いまは、いままで読んだことがない類の本を。いままで必要がなかった知識を得て、いままで考えたことがなかったことを考える。その時間が突然生まれた。
 いったい、いつ以来だろう、と考えて、すぐに気づいた。18歳のとき、学生運動で逮捕され、拘置所の独房で過ごした7ヶ月以来だった。

 外界とは完全に切り離された自分だけの小さな空間の中で、あのときも、ぼくはずっと本を読んで過ごした。あの、ただひたすら考える時間が、いまのぼくを作った。

 あのとき、ぼくはそれまでに一度も感じたことのない不安を感じていた。それは、世界は動いているのに自分だけが取り残されているという不安だった。だから、いま、静止しつつある世界の中で、人びとが感じている不安のことを考える。

     *
 14世紀に世界を襲ったペストは、ヨーロッパの中世を終わらせ、ルネサンスを用意した。
 17世紀のペストの流行(中心はロンドン)の後、ペストは西欧から姿を消していき、「近代」が始まった。一方、「旧世界」は「新世界」を発見し、「感染症」を送りこみ、アステカやインカといった、アメリカ大陸に栄えた文明を滅ぼしたのだ。それから、開発がジャングルの奥で眠っていた感染源を揺り起こし、新たに生まれた植民地から、交易ルートを通じて世界へ広がっていった。

「史上最悪のインフルエンザ」と呼ばれ、世界で1億人ともいわれる死者を出した、1918~19年の「スペイン風邪」の最大の運び手は、第1次世界大戦に参加した兵士たちだった。
 そのときよりも遥(はる)かに速く、感染症は広がってゆく。世界がずっと狭く、緊密なネットワークを形作ってしまったからだ。


     *
 ウイルスの本質を突き詰めて考えた上で、研究者たちは、感染症を根絶することはできない、と結論づけた。だから、ぼくたち人間は、「彼ら」と「共生」してゆくしかないのだ、と。
 「重要なことは、いつの時点においても、達成された適応は、決して『心地よいとはいえない』妥協の産物で、どんな適応も完全で最終的なものでありえないということを理解することだろう」(『感染症と文明』山本太郎)
 これは、感染症に関する考え方に留(とど)まらない。「心地よいとはいえない」共生、が、ぼくたち人類の生き延びる道を指し示すことになるだろう。無菌で、清浄な、なんの争いもない世界で、ぼくたちは生きられないのだから。

     *
 絵本作家の五味太郎は、インタビューに「こういう時っていつも『早く元に戻ればいい』って言われがちだけど、じゃあ戻ったその当時って本当に充実してたの? 本当にコロナ前に戻りたい?」と答えた。この喧騒の中で、ぼくが覚えておきたいと思ったことばの一つだ。猛烈なスピードで前進することしか知らなかった社会が、一瞬ではあれ、その速度をゆるめているこの時間にこそ。

     *
 史上最大のパンデミックともいわれる「スペイン風邪」を描いた『史上最悪のインフルエンザ』で、著者のアルフレッド・クロスビーは、最後の章に「人の記憶というもの――その奇妙さについて」というタイトルをつけた。そして、人びとがなぜ、あれほどの災禍を完全に忘却したのかを考えた。

 17世紀のロンドンでのペストの大流行を詳述した『ペストの記憶』で著者のデフォーは、最後に、ペスト終焉後、人びとがどうなっていったかを書き加えた。
 「市民のあいだで(神への)感謝の思いが褪(あ)せ、昔の悪い習慣がなにからなにまで戻ってしまったことは、ぼく自身がつぶさにこの目で見た事実である」
 架空のペスト流行を描いた現代文学の古典、カミュの『ペスト』では、襲って来た時と同じように突然、ペストの禍(わざわい)は去ってゆく。

 「暗い港から、公式の祝賀の最初の花火が上った。全市は、長いかすかな歓呼をもってそれに答えた。コタールもタルーも、リウーが愛し、そして失った男たち、女たちも、すべて、死んだ者も罪を犯した者も、忘れられていた。爺さんのいったとおりである――人々は相変らず同じようだった」

 パオロ・ジョルダーノは本のあとがきのタイトルを「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」としてこう書いた。
 「パンデミックが僕らの文明をレントゲンにかけているところだ。数々の真実が浮かび上がりつつあるが、そのいずれも流行の終焉とともに消えてなくなることだろう。もしも、僕らが今すぐそれを記憶に留めぬ限りは」

     *
 ぼくたちは、まだ「流行」のただなかにいて、かつてないほど、考える時間を与えられている。けれども、間違いなく、そのほとんどを忘れてゆくだろう。大きな戦争や事件に対してそうだったように。そのことだけは忘れまい。

『ペスト』の結末で著者は、姿を消したペスト菌は滅びたのではなく、ただ眠っているだけだ、と書いた。そして、ぼくたちは知っているはずなのだと。
 「おそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠(ねずみ)どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうということを」

 「彼ら」は間違いなく、またやって来る。人間たちが、「彼ら」に負けない社会を作っているかどうかを試すために。

 いま、5月11日午前11時22分、カウンターの数値は、感染者が4179757、死者が283796。この文章を書き始めたときから感染者は79934人増え、死者は3424人増えた。

■それぞれの部屋で
 「歩けなくなったときって、自分がどう歩いていたのかを省みるチャンスだよね」。オンラインでの打ち合わせで、パソコン画面の高橋源一郎さんはそう言いました。外に出て、人に会う。そんな日常から切り離される拘置所は、惰性に気付いたり内面を見つめ直したりする場でもあった、とも。この紙面の作業をしている部屋で今、緊急事態解除のニュースが流れています。(編集委員・塩倉裕)


日本人の我慢強さが幸いして今のところ、結果オーライの状況であるが・・・政府・厚労省の不手際(検査体制の停滞など)が恐いでぇ。

(高橋源一郎の「歩かないで、考える」)読んでは沈思、18歳の独房以来 高橋源一郎2020.5.15

この記事も 朝日のインタビュー記事スクラップR16 に収めておきます。





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Last updated  2020.05.18 02:14:26
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