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2021.05.02
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カテゴリ: 気になる本
図書館で予約していた『騙し絵の牙』という本を待つこと3日でゲットしたのです。
出版界で牙を剥いた男というサスペンス調もさることながら、出版業界という舞台設定が興味深いのです。





塩田武士著、KADOKAWA、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
大手出版社で雑誌編集長を務める速水。誰もが彼の言動に惹かれてしまう魅力的な男だ。ある夜、上司から廃刊を匂わされたことをきっかけに、彼の異常なほどの“執念”が浮かび上がってきて…。斜陽の一途を辿る出版界で牙を剥いた男が、業界全体にメスを入れる!

<読む前の大使寸評>
出版界で牙を剥いた男というサスペンス調もさることながら、出版業界という舞台設定が興味深いのです。

<図書館予約:(4/19予約、副本19、予約7)>

rakuten 騙し絵の牙



第二章の語り口を、見てみましょう。
p66~69
<第二章>
「でも、それでこそ速水や。で、本題やけど」 
 すぐに真顔に切り替えた相沢が、スーツの内ポケットから一枚の紙を取り出した。
「今春の機構改革案や」

 本や雑誌が売れないため、昨今の出版業界の機構改変は大胆で頻繁だ。速水の興味の対象は、部署の括りや名称の変更などという枠組みの話ではなく、もっと重大で深刻な問題・・・廃刊、である。

 素早く目を通した速水は目を見張った。
 文芸誌『小説薫風』が廃刊リストに載っていた。若い層に向けた女性誌がなくなるのは大方の予想通りだが、文芸誌をなくしてしまうのは寝耳に水だった。

「薫風を潰すんですか?」
「あぁ、それな。俺もびっくりいたけど」
「いや・・・、でもいくら何でも急じゃないですか? 実質あと2ヶ月ですよ。ほとんどの連載が終りませんよ」
「だから残りは書き下ろしやろ」
「そんなっ。絶対作家と揉めますよ! こんな話聞いたことがないっ」

 自分でも取り乱していることはよく分かっていた。だが、大人しく「はい、そうですか」で済む話ではない。このような強引な着地は、作家と薫風社が長い間かけて築いてきた信頼関係を壊してしまうことになり、双方誰も得しない。

 作家の収入をサラリーマンのそれに例えるなら、雑誌連載の原稿料が月給で、単行本化の際に支払われる印税がボーナスに当たる。『小説薫風』が廃刊になれば“月給”がもらえず、生活苦に陥る作家が続出するだろう。

 確かに文芸誌は売れない。作家の原稿を確保するため、もしくは印税だけでは生活できない作家の生活を支えるため、という側面もある。大半の文芸誌が赤字で、各社もその存在を持て余しているのは事実だ。

「電子版で残すとか・・・」
「ないない」
 受け皿がない状態で、作家と出版社をつなぐ糸を切ろうというのか。
「あと半年、何とかなりませんか?」
「もう決まったことや」
 相沢は冷ややかに言って視線を外した。信頼する部下が動揺する様を見苦しく思っているのかもしれない。
「それにしても、君はほんまに作家センセイが好きなんやなぁ」
 相沢が“偏り”を指摘するように牽制球を投げてきた。

 冷静さを取り戻した速水が謝ると、相沢はまたつくり笑いを浮かべた。
「心配いらん。今回、『トリニティ』には手ぇ出させへん。でも、前に言うた通りや。何とか黒字化の目途を立ててくれ。俺もできるだけのことはするから」

 部屋に入ったとき、ライバル誌の『エスプレッソ』を読んでいたのは、プレッシャーをかけるためだったのだと、速水は今さらながら気付いた。
「全力を尽くします」

 速水がテーブルの上にある機構改革案の用紙に触れようとすると、相沢はスッと手を伸ばしてそれを回収した。情報漏れの証拠は残さない、ということか。
「また、飲みに行こうや。専務の行きつけで、ごっつい別嬪がやってる小料理屋があるねん」
「それは楽しみですねぇ」

 上辺だけの返事をした速水は、一礼すると編集局長室を後にした。
 すぐに同じフロアにあるトイレに向かう。個室に入って鍵を閉め、ジャケットから手帳を取り出すと、記憶した機構改革案を書き殴った。事件記者をしていたとき、飲んでいる店の中で刑事からネタを仕入れると、忘れないうちにトイレに行ってメモをした。その習性が体に染み付いている。


このあと、40歳以上のリストラなんかの社内情報が続くのだが・・・
出版業界の現場状況は凄みがあるなあ。

ところで、本は買わずに図書館で借りている大使は、出版業界にとって大したサポートにもならないのだが、紙の本の文化は維持して欲しいものである。
(図書館が充実し、出版社と作家が追い詰められているとしたら事である)

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Last updated  2021.05.02 00:30:10
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