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不登校の原因で、3:なんだかんだと原因をでっちあげているが、突き詰めれば怠惰。 4:その他!の連中の言動に問題や問題行為に原因がありますよ。特にここ数年は顕著ですわ。この連中の言動の問題点はただ1点!てめぇを正当化するために、学校あるいは登校児童・生徒や保護者を攻撃する・・・ここです!!!いうときまっせ!見てるか? 今回の話題の題名を!登校と不登校・・・どちらが正義か? やで。結論からいうと、登校が正義です!だれが何と負け惜しみを言おうとも、この結論は絶対に覆ることは無いぞ。ただし・・・いじめ等の人間関係でどうしようもなくて学校にいけない・・・精神的なものも含めた病気や体調不良でどうしても学校にいけない・・・この場合は例外ですよ。この場合のみ学校に行けない、または行かないことに正義がありますよ。その人たちや保護者や関係者のみなさんには正義があるんです。何度も言いますが、その人たちのことを言っているのではありませんよ。正義のかけらも無いのは、なんだかんだと原因をでっちあげているが突き詰めれば怠惰、またはその他の原因で登校しないで、登校者やその保護者や学校自体を攻撃する連中なんです。では、そいつらの言動の症例を紹介します!
2016.11.30
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問題は、『学校に来ない』以外のところにあるのです!!私は経験から不登校の原因を大きく、本当に大きくざっくりと1:いじめ等を含む人間関係問題。 2:精神的なものも含む病気。 3:なんだかんだと原因をでっちあげているが、突き詰めれば怠惰。 4:その他!の4つに分けました。1と2に関しては、今まで述べてきた通りです。どうかしたいけど、すぐにどうにもならない状況があり、それを改善するには本当に時間がかかることを述べさせてもらいました。本当に関係者全員で文字通り一丸となって取り組むべき問題であります。なので1と2が原因の不登校を『問題行為』とするのは残酷です。しかし本当に問題行為があるのは、3と4なんですわ。それが原因のくせに、隠れ蓑として1や2の原因をでっちあげている連中の言動に問題があるのです。特に、その児童・生徒ではなくその保護者の言動に大きな問題があることが本当に多いです。本年9月の文部科学省の「不登校を問題行為としない」という通達を受けて、大声を出している連中のほとんどがそうです。私も教育に携わっている関係で、このことに関する内容のSNSでの書き込みを、転送したりシェアしたりでいろんな人から私のPCやスマホに送られてきました。その多くが私を怒り心頭に発しさせてくれました。おい!あの内容を転送したりシェアしてきた君たちよ!まさか「よかったですね」「いいことですね」って意味で私に送ってきたんと違うやろな。もし何かを勘違いして、あるいは何かにトチ狂って、そんな意味で送ってきたなら、このあとの私の書き込みを括目して読みなさい!ここからが本題やで!
2016.11.29
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その後Tさんは体調不良のため早退するひも欠席する日もありましたが、いじめにあうこともなく学校生活をおくったんです。個人名なので『Tさん』と表記していますが、50歳になった今でも私は彼女のフルネームが言えます!それほどN先生はクラスに彼女の話をしていたのです。このように、登校できない児童・生徒の情報はクラスにしっかり公開するべきだと強く思っています。特に最近になって耳にするような病気については、担任か保健の先生が最低限度クラスの全員に説明して理解させるべきだと思います。そのうえでクラスの雰囲気をどのように持っていくかは、担任の腕の見せ所であり、人間性の発揮し所なんです。ですから、不登校を『問題行為』と捉えなくても、いじめ等の人間関係の改善や病気等に対する対処をしっかりやればいいんです。そっちが問題なんですから☝また人間関係がどうしても改善されない場合は、さっさと転校してまうのも1つの有効な手段ですよ。で!話はやっとここからが本題です。では、不登校を『問題行為』と捉えてしまう場合とは、どのような状況なのか!!!ってことなんですよ。
2016.11.28
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私が小学校に入学したとき、いきなりクラスの女子・Tさんが学校に来ていませんでした。彼女は入学の数日前に盲腸の手術を受けて、その術後の経過があまりよく無かったのです。我々子供たちにとって、いきなり学校を休んでいる人がいるという事実はかなり衝撃的でした。最初の出席をとったときに、N先生はもちろんTさんの名前を呼びあげましたが返事はありません。そこでN先生はみんなに彼女が欠席している理由を手短に話をしてくれました。その話を聞いても、業間時間にクラスの何人かは「ええなあ、学校に来んでもええのは」「うらやましい」「ずるい」なんて言っていました。私もどことなくうらやましいような感覚を抱いたことを覚えています。で、N先生が何をされたかといいますと!毎日、朝の会か帰りの会のときにTさんの様子をクラスに伝えたのです。盲腸の手術とは何をどうすることか。Tさんが毎日どれほどの痛みに耐えているか。Tさん自身もどれほど学校に来たがっているか。おそらくN先生は毎日電話か直接会うかして、彼女の様子を確認していたのだと思われます。ある日に至っては、彼女の術後の傷の状態を詳細に小学1年生子供たちに黒板に書いてまで説明されました。それは痛々しいものでした。その後、女子たちの彼女に関する話の内容が変わってきました。「学校に来られるようになったら絶対に友達になる」「勉強でわかないことがあれば私が教える」「私がTさんの席に隣に座って助けてあげる」等々・・・6月の終わり頃だったと思います。Tさんがはじめて学校に来ました。その前日、N先生がみんなに「明日Tさんが学校に来ます。1年3組全員が揃いますね」とおっしゃったので、みんなも楽しみにしていました。そしてその日の朝・・・N先生に続いてTさんとTさんのお母さんが教室に入ってきました。先生がみんなにTさんを紹介したところでTさんは声を出して泣き出したんです。それもそのはず、Tさんは教室に入ってくるときにすでにおびえ切ったような表情をしたいたんですから・・・でも、彼女が泣き出して間もなくクラスの女子の何人かが先生に言われもしないのに前に出て、1人はTさんの手荷物を持ち、1人は後ろに回ってゆっくりとランドセルをとってあげて、残りの数人は彼女の手を引いてゆっくり座席に連れていったのです。今度はそれを見たTさんのお母さんが大粒の涙をボロボロボロボロこぼしました。N先生は笑顔で無言でそのお母さんの肩を抱いて教室の出口に誘導したのですが、出口にはいつの間にか校長先生がいてお母さんと一緒に姿を消しました。
2016.11.27
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次に『精神的なものも含む病気』です。これがまたある意味厄介なんです。まず厄介なのは、「そんな病気いままでなかったやん」ってものが多いのが原因と思いますよ。ご存知の方も多いですが、かく言う私もその1人です。と言うか、今でも「それホンマに病気け!?」「病気やいうて逃げてるだけちゃうんかい!」と言う場合もありますよ。だってホンマに病気を隠れ蓑にして、好き勝手な行動をしている児童・生徒や、それを制御できない保護者がいるもの事実ですから☝しかし、反対に本当の病気である場合も存在するのです。実は5年前に精神科の先生とお話をさせていただく機会があり「多動症」「睡眠障害」「発達障害」「学習障害」の4つに関して質問してみたのですが、やはりこれらは病気として存在するとのことでした。ですので『精神的なものも含む病気』が原因で学校に通えない場合は、ちゃんと医師の診断を受けて、それを勇気をもって公表するべきなんですよ。そうすれば、ただの躾(しつけ)不足の子供を「多動症」といって野放しにしてクラスに迷惑をかけ続けさせたり・・・ただ基本的生活習慣を身に着けることができず夜遅くまでゲーム・ネット・夜遊びをして朝起きられないだけの子供を「睡眠障害」といってさらに堕落した生活をさせたり・・・ただ勉強から逃げてきて超低学力になっただけの子供を「発達障害」「学習障害」といって放置してバカに拍車をかけたり・・・そんなことにならずに済みます。そしてなにより本当に病気の児童・生徒が、治療を目的として、堂々と学校を安むことができますよ!それが目指すべき状態だと思います。またこれに関して学校側が取るべき方策の一例として、私が小学校1年2年のときの担任N先生の事例を紹介しましょう。おそらく最善の対処法だと思いますよ。
2016.11.26
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1の『いじめを含む人間関係問題』も闇が深いので、今の学校を取り巻く環境では即効性のある対策なんてほぼ打てないです。たとえばいじめです。だれかがいじめられて問題が起こる・・・最悪の場合自殺という結末をむかえます。だれかがいじめられて自殺をしたとき!この国はだれを責めますか?だれにその原因の矛先を向けますか?学校ですわ。いつもいいますが、その前に!ですよ。なんでいじめをした方を血祭にあげんのですか?名前も顔も公表して社会的に抹殺したらええんですわ。それをせんから、いじめた者勝ち! いじめた者が得! いじめた者が有利になって、いじめが減らへんのです。だから、いじめた者にも将来があるとか甘いこというでしょ!この国のマスコミが中心となって作っているこのアホな風潮を正すのに、何年かかると思います?おそらくこの平和ボケ、立場の弱いものに責任を押し付けて正義面する国民性を正すなんて無理ですよ。それともっと言わせてもらうと、不登校の原因となる人間関係なんてそのほとんどがいじめです。だからいじめを原因として児童・生徒に『問題あり』との目線を向けるのはやはり酷なんです。いじめている方に問題があるんですから!
2016.11.25
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ここ20年ほどで不登校児童・生徒の数は急激に増えました。私の経験から原因はざっくりと大きく次の4つに絞られると思います。1:いじめ等を含む人間関係問題。2:精神的なものも含む病気。3:なんだかんだと原因をでっちあげているが、突き詰めれば怠惰。4:その他!もちろんではありますが、1と2は本当に増えています。急増ではなく激増です。保護者も先生も、また誰よりも本人が何とかしたいと痛切に思っているのですが、残念ながらどうにもならないことが多いのが悲しいかな現状です。なんとかしたいのに何ともならない・・・本当は、できることなら学校に通いたいのだけれどそれができない・・・このような児童・生徒が学校に来ないことを『問題行動』と捉えたり、その保護者やその家庭自体に『問題あり』という目を向けるのは、あまりに残酷なことだと思います。問題の原因は別のところにあるのですから、そこに勇気を持って児童・生徒、保護者、先生が三位一体となって目を向けることが本当に重要です。
2016.11.24
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最近なんか話がおかしな方向に進んでいる気がします。まあ時代っちゃ時代なんでしょうが・・・。もちろん私の知人にも、現にこの問題と対峙している人たちもいますし、今後向き合っていこうと思っている人たちも多いです。そんな人たちからいろいろな情報を寄せてくれるのですが、それらを全体的に見聞きするとやっぱりおかしな方向に向かっている人は向かっています。おそらく当の本人たちは自分が正しいと思っているでしょうが、ここで誤解を恐れず苦言を呈しておきますよ。まずこの問題に関わる一部の人たちの話の方向が一挙に変な方向に向かった原因となったものを紹介します。本年9月に各地方自治体を通して小中高校に通知された文書なんです。内容はだいたい以下の通りです。でも長いので、今回問題の原因となった部分だけ紹介します。不登校児童生徒への支援の在り方について(通知) 不登校児童生徒への支援につきましては,関係者において様々な努力がなされ,児童生徒の社会的自立に向けた支援が行われてきたところですが,不登校児童生徒数は依然として高水準で推移しており,生徒指導上の喫緊の課題となっております。 ~ 中 略 ~ 報告においては,不登校児童生徒を支援する上での基本的な姿勢として,~ 中 略 ~(3)不登校とは,多様な要因・背景により,結果として不登校状態になっているということであり,その行為を「問題行動」と判断してはならない。不登校児童生徒が悪いという根強い偏見を払拭し,学校・家庭・社会が不登校児童生徒に寄り添い共感的理解と受容の姿勢を持つことが,児童生徒の自己肯定感を高めるためにも重要 であり,周囲の大人との信頼関係を構築していく過程が社会性や人間性の伸長につながり,結果として児童生徒の社会的自立につながることが期待される。という観点が示されたところです。これなんです。みなさんどう思います?
2016.11.23
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今日は朝から年に一度の胃がん検診!空腹に炭酸の粉末飲んで、バリウム飲んで・・・。検査は異常なし。で、そのまま仕事に向かったら、途中で下剤が効いてきて緊急事態に(-_-;)いつもそんなにすぐに下剤の効果がでなかったので、驚きながらコンビニに駆け込む・・・。駐車場に車を止めて、一目散にトイレへ向かう。しか~し、こんなときに限って10年ほど前に二輪免許取得の指導をさせてもらった人に出会う。ピンチに耐えながらも、少し挨拶をしていたら、その間隙をを縫って後から来た人が男子トイレに入った。さらにピンチ!!挨拶を終えて男子トイレの前に立つも、先に入った人がなかなか出てこない。もうアカン・・・。となったとき、「店長」の名札を付けた店員さんが近くを通ったので手短に緊急事態を説明。「ではこちらをお使いください。」と女子トイレを促してくれた。お礼もそこそこに駆け込んで、九死に一生を得た私・・・。一息ついて、まわりを見渡す余裕が出くると何か違和感に気づいた!明らかに男子トイレよりきれい!芳香剤はあるし、造花はあるし、壁には商品紹介の手書きのポップなんかが貼られていて、横には手荷物を置く小さな台がある。実はそのコンビニははじめて入った店なので、もしかしたら男子トイレもこれくらいいろんなものが行き届いているのかも・・・と思った私は、用を足し終えた後で男子トイレを覗いてみた。すると中は芳香剤もポップも台もない普通の男子トイレ・・・。なして? なしてや? なしてこげなことになると?これって立派な男女差別とちゃいまんのん?・・・なんてことを思った50歳の秋でした・・・そして私はすぐにレジにいた店長さんに駆け寄り・・・丁重にお礼を言ってコーヒーを購入して店を出るのでありました。
2016.11.22
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言いたいことはいっぱいあるんですよ!例えば、テレビでCMやってる飲料の『のんある気分』ってやつ・・・みなさんおかしいと思いません?『のんある気分』の『のんある』は、『ノンアルコール』のことでしょ?『気分』はそのまま『気分』で、この場合は『ノンアルコールの気分』ってことですよね?みなさん『ノンアルコールの気分』になる飲み物って、アルコールが入っているかいないかと聞かれればどちらと答えますかい?もともとノンアルコールの飲み物を飲むのなら、ノンアルコールの気分にならなくてもそれはすでにノンアルコールな訳ですから、いちいち「ノンアルコールの気分や~」ってアピールする必要ないですよね。そうちゃいます?みなさん、コーヒー飲みながら「ノンアルコールみたいや~」って言わんでしょ?だってコーヒーには普通はアルコールは入っていないんですから!そこを敢えて「ノンアルコールみたいや~」って言うのはかましまへんねん。でも、でも、でもでっせ!あの『のんある気分』っちゅう商品は・・・なんと・・・ノンアルコールらしいんですわ!!!それは『のんある気分』=『ノンアルコールの気分』やのうて、ただのノンアルコールなんとちゃいまんのん?もともとノンアルコールの飲み物を飲んで「ノンアルコールの気分や~」って言うことは・・・本物の松茸を買ってきて、それを食べながら「松茸気分や~」って言うてんのと一緒ちゃいまんのん?本当にハワイに行って「ハワイ気分や~」って言うてんのと一緒ちゃいまんのん?地球にいてて「地球にいてる気分や~」って言うてんのと一緒ちゃいまんのん?あの商品は、お酒の味したノンアルコール飲料やから、正しくは『あるこーる気分』にせなアカンのちゃいまんのん?テレビ番組で『相棒』『相棒』いいながら、そんなにコロコロ相棒変えてしもてたら説得力ないんちゃいまんのん?『出禁』=『出入り禁止』いうけど、まず出せよ!ある場所で「お前は出入り禁止や」って言われたら、もう出ることを禁止されてんねんから一生その場所で生きていかなアカンことになるんちゃいまんのん?等々・・・書きたいことはいろいろあるんですが・・・ただいま次の話題を検討中です。どれも長くなりそうやけどね(^^;)
2016.11.20
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もう一度言いますが、確かにあります。それはどうしても回避できないと思われる完全なるもらい事故や、それはなんとかならんのかいと思ってしまう状況の交通違反での検挙・・・しかし、そりゃ全然ちゃうやろ!ってことの方が多いんですよ!【安全第一】って言葉がありますが、もうこれに尽きます。そう思いませんか?ルールや法律を知ってて守りながら、いざというときは【安全第一】【安全優先】の観点で判断して行動をとる!これでいきませんか?そのより安全な判断を瞬時に下すには想像力が必要なんです。それだけいつも知識の豊富さを自負するあなたたちじゃないですか?その想像力も十二分に備わっているんでしょ?想像力もないのに知識に埋もれて安心している愚か者ではないんでしょ?あなたの知識と判断力で、知識や判断力の乏しい人たちの安全もあなたが確保してあげてくださいよ。どちらが正しいとか、間違っているとかは、まずは横に置いておいて、より安全な状況を作ってくださいよ。そんな人が1人でも2人でも多く現れることを切に願いますよ。交通事故で幸せになる人なんていないんすから・・・
2016.11.17
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交通トラブルのときは、2つのパターンに分かれます。まずは相手が一般人で、車両運転中に危険な状況になり、その人と相手が口論になった場合です。この場合は元警察官の知識を駆使して専門用語を並べ立て、相手を言い負かしたことの自慢に終始します。厳密に言うと、言い負かしたのではなく、専門用語でごまかしているだけなんです。やはりそこには、微塵も【安全】という意識も論点もないのです。次は警察官が相手のときです。その人が何らかの交通違反をして、警察官に止められた場合です。これも前パターン同様に専門用語を並べ立てます。そして最後は「裁判する」と大騒ぎをして、その場から逃げるんです。彼は自分が警察官を言い負かした、と思っているようですが、普通の感覚の人間なら違うことは明々白々です。どう聞いてもその言動は、知識のある奇人なんです。警察官として以前に人として関わりたくないんです。だから「次から気を付けて・・・」なんて言って彼を遠ざける訳です。で、やはりそこにも【安全】という観点はないのです。
2016.11.16
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こんな人もおりました。その人に至っては元警察官!しかも交通関係を専門としていました。はやり年に1度は何らかの交通事故やトラブルを起こしてました。で、その事故を起こした度に《自分に過失はないアピール》を散々周囲の人間に聞かせる。交通トラブルに遭遇する度に《自分が正当だアピール》を散々周囲に人間に聞かせる。その挙句それらのアピールが最後には必ず《俺ってスゴイでしょアピール》に変わって、本人はご満悦。でもそれらを聞かされた人間は『やっぱりこいつはちっちゃな人間』との確信を深める結果となるんです。・・・知らない、気づかない、ということはこれほど幸せなことなのか・・・と何回も驚かされましたわ!話を本題に戻します。事故のときは、やはりいかに自分が道路交通法に則って運転していて、相手が悪いか・・・を力説するんです。しかしよく聞いていると、確かに法規の知識は間違えていないのですが、その解釈が歪曲しているというか、自分本位に話を進めるための道具でしかないんです。【安全】って意識が皆無なんです。だから事故起こすねん。交通トラブルのときは、自分が如何に相手を言い負かしたか・・・を力説するんです。
2016.11.15
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よく交通講話を担当させていただくときに言う言葉に、「ルール・法律を守った上で、何かの行動をするかしないかを迷ったときは《より安全な方》を選択してください。」というのがあります。原付実技講習を担当していたときは、「ああ~どうしたらいいか良くわからへん~~~ってなったときは・・・《より安全な方》を選択してください。それなら間違いはないですから」とも言っておりました。考えれば考えるほど、これに尽きるような気がします。例の知り合いの娘さんもそうです。確かに法的には車間距離を何メートルあけなければならない、というのはありません。できるだけ多くあけておいた方が安全です…といったニュアンスの言葉しか無いですよ。しかも車間距離が短いからといって、警察に交通違反切符を切られることもありません。だからといって、大型車の運転手がミラーで視認できないような近い位置に車体の小さな車で接近したまま走行し、停止することが《より安全》な選択やったんか?という話なんです。ルールや法律を知っていても、事故を起こしては、それらを知らない・守らない連中と同じ、あるいはそれ以下の存在になるってことまで想像・想定してやっと一人前の交通社会人とちゃうんかい!!!・・・と怒りを込めて訴えたいんですわ・
2016.11.14
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ルール・法律を知って守っている!それはごもっともで当然です。それらをさらさら知らず、守らない。そんな連中はクズでゴミです。しかしながらやはり事故は起こしてはいかんのです。なぜならそれはときとして人の命を奪うからなんです。それともうひとつ!もちろん私も含めてですが、自分が正しいと思っていること自体にいつも疑問を投げかけることも大切なんです。だって、おそらくほとんどの人が自分は正しいと思いながら、ときに歩行者として、ときに運転者として交通社会に存在しているんだと思いませんか?本当に全員が正しいのであれば交通事故はゼロでないといかんのです。しかしながら交通事故は毎日起こっているのです。自分は正しい! 自分は安全! と思っていても、果たしてその自分の運転を見ている周りの人たち全員が同じように感じているのか・・・ こんな第三者の目線を想像しながら交通社会に参加する姿勢をもっともたないといけないのではないでしょうか?
2016.11.13
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自分の方が正しいからブレーキをかけない。ブレーキはかけるが少しだけ・・・なぜなら自分に非はないから。こちらが減速をしたり、道を譲ったりする必要を感じない・・・なぜなら悪いのは向こうだから。あるいは、少し危険な状況を故意に作り出して相手にルールを守っていないことを教える。・・・気持ちは分かります。だってルールを知って守っているこちらが遠慮ばかりしていたら、ルールや法律を知ってて守っている者だけがいつも遠慮して損をする代わりに、ルールも法律も知らない・知っていても守る気がないようなバカ連中が増長するだけで、世の中がどんどん悪くなっていくだけ!・・・本当にその通りだと思います。しかしです。しかしなんですよ。そんなバカ連中に抗議する意味で危険な状況を1万回作ったとして、その1回が本当に事故に至ったとすればどうなるか?自分の方がルールや法律を守っている・・・だからといって、事故を起こしていいのかどうか・・・一度冷静になってこれを考えてほしいのです。
2016.11.12
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では、交通ルールや道路交通法が存在する意義・目的は何なんでしょう?簡単です!【安全】のためです。【事故を起さない】ためです。あるいは【事故に遭わない】ためです。または【危険な状況を作らない】ためとも言えるでしょう。ですから、知識があっても事故を起こしていればそれは意味がないんです!もちろんありますよ。もうどうしようもない『もらい事故』・・・歩道を歩いていて、後ろから暴走車が突っ込んできたとかはもう回避が不可能だと思います。それと、1日の走行距離が長い人は、そのまま危険な状況に遭遇する確率も上がるかも知れません。それにしても! ですよ。ちょくちょく事故に遭う人は、やっはり想像力が乏しいのではないでしょうか?たとえば自分はルール違反をしていない、、、でも相手はルールを守っていない、、、しかしどちらかがブレーキをかけないとぶつかってしまう可能性がある、、、この状況ならあなたはどうしますか?
2016.11.10
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返ってきたコメントはこうです。「自分はあのとき前のトラックが止まったので自分も止まっただけ。」「車間距離を何メートル空けなければならないという決まりは存在しない。」「私の行動は法的に何も問題もない。」「いくら目撃したからといって、その人(私)にとやかく言われる筋合いはない。」箇条書きにするとこんな感じです。この4つのコメントにそれぞれしっかりツッコミを入れたいのですが、今回の話題としては『法的に問題はない』ってとこが重要です☝そうなんです。ちょくちょく事故に遭遇する人のタイプで、頭のいい人、または道路法規をよく知っている人、の問題点なんです。彼ら彼女らの共通点は、【ルールや法律を自分を正当化する道具に使う】ところなんです。つまりそのルールや法律を学ぶ段階で、これらが何のためにあるかを考えるところまで思考が及んでいないのです。たとえば今回の話題となっている交通ルール・道路交通法ですわ!これらは何のために存在しているか!!!・・・ここに考えが及ばない・・・つまり想像力が無いのです。自分を正当化するためにこれらを使う連中よりひどいのは、「自分はこれだけ知っている」とのただの知識自慢の道具にしか使ってない連中です。だから事故に遭うってことが分からないんですね。知識を暗記する能力はあっても、その目的を理解して使いこなすことができないバカ連中なんです。
2016.11.09
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私が目撃した事故に関して彼女は父親に、前のトラックが停止したから自分も停止した。そのトラックが急にバックしてきて私にぶつかってきた。私は交通ルールを守っていた。だから自分に落ち度はない!!!としきりに言っているらしいのです。確かに、彼女の言っていることに間違いはないのですが・・・そこで私は現場を目撃した者として彼女の車間距離の異常な短さを指摘したことを本人に告げてほしいとその人にお願いしました。翌日、その様子を彼は私に伝えてくれましたが・・・案の定のコメントが返ってきました。このコメントに関しては、ずいぶん前の話題で触れましたが、ホンマにどうしようもないヤツらの常套文句ですよ!
2016.11.08
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ある知り合いと久しぶりにお会いした時に、その人の娘さんの話題になりました。去年普通免許を取得して、あと1か月と少しで初心者マークが取れる。しかしこの1年にも満たない期間に2度も事故に遭遇した。どちらもいわゆる『もらい事故』で、こちらに過失はないのだが、2度もって・・・どういうことだろうか?、、、といった話が続きました。で、その2度のもらい事故の内容を詳しく聞くと、なんと10日ほど前に私が目撃したあの事故のミニクーパーの運転手がその人の娘さんだったんです。かねがねその人の娘さんの話を聞いていたのですが、いつ聞いても『勉強はできる頑固者』『頭はいいが融通の利かない娘』という印象がありました。そして私が目撃した一部始終をお話しすると、その人も「やっはりそうか・・・」といった反応でした。前置きが長くなりましたが、この娘さんも私のいう《想像力が欠如》いている状態なんです。だから事故に遭遇する危険性が増すんですよ。
2016.11.07
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そんな態度の女にもトラックの運転手さんは紳士的な言動でケガの有無を確かめていました。そして私の接近に気が付くと「あのとき大声出してくれたんは後ろに彼女がいたことを伝えてくれてたんでしょ? せっかく教えてもらってたのに申し訳ない。 でも完全に俺の過失やけん、警察呼んでちゃんと対処するけん、ありがとう」と言って私の言葉をハナから制しました。おそらく彼は私が言いたかったことを察知していたと思います。彼がそこまで言うので、そのまま引き下がった私でしたが、それでも女の横柄な態度と言葉は続いていました。「後ろも見んとバックしてきやがって」「ホンマに迷惑やわ。」「全部弁償してよ。」「事故処理にかかる時間はどう弁償してくれんの?」等々自分の非を認めた相手にそこまで言い放つ態度に本気で怒りを覚えましたが、第三者の私がとやかく言うと運転手さんに余計な手間をかけさせると思ったので、やはりもう首を突っ込むのは断念しました。・・・しかし、この日から10日ほど経ったある日、この話の続きが私に訪れたのです。
2016.11.06
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《バキッ》という異音を聞くと当時に運転手さんはブレーキを踏み、車両の動きを止めてすぐにルームミラーと左右のドアミラーをもう一度見渡しましたが、やはり後方の車は視認できていないようでした。次に彼は私の方を見たので、私はトラック後方を指さして「車、車!ミニクーパー!」と大きな声で言ったのです。するとすぐに運転手さんはトラックを降りて、後方の様子を確かめにいったのです。そして自分の車両と少しだけぶつかったミニクーパーをやっと見つけたのです。ミニの運転手は若い女性。初心者マークをつけていました。彼はすぐに「ごめんなさい。ケガはない?」と声をかけたのですが・・・女性運転手は、最高に不機嫌な顔をして言ったんです。「何ぶつかっとん? 何勝手にバックしとん? どこ見とん?」当時の私は30歳。トラックの運転手さんはどう見ても50歳は過ぎておられました。女は二十歳そこそこ・・・状況はどうあれ、その態度と言葉遣いに怒りを感じた私は2人に近づきました。そらそうです!あの女がもう少し車間距離をあけれいれば、こんな事故は起こらなかったんです。自分にも責任があるのも分からんアホ女にあんなもの言いを許せるはずがありませんわ!
2016.11.05
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ちょうど20年前にこんなことがありました。私があるコンビニの駐車場にいたときです。そこから50メートルほどいったところに交差点があり、赤信号になりました。信号待ちストップ車両の列が当然ながらできます。で!ちょうどコンビニの前に大型トラックが止まったのですが・・・その後ろに張り付くように走行していたミニクーパーがいたんです。「なんでそこまで車間距離詰めんなアカンねん」と呆れるほど接近していました。やっぱりそのミニクーパーはトラックの後方に張り付くように停止しました。「もしかしたらトラックの運転手さんはあのミニの存在に気付いてへんのとちゃうかな」と思った瞬間です。対向車線からきた別の車両が右ウインカーを点滅させて、コンビニに入りたいと意思表示をしたのです。それをみたトラックの運転手さんは、その車両を自分の前からコンビニに入れようとしたのでしょう。ルームミラーとドアミラーで後方の安全を確認して、ギアをバックに入れる音がしたんです。「やっぱりあのミニが見えてへん!」・・・私は大声で「後ろに車おるよ!」と叫んだのです。しかしその効果もなく、トラックのタイヤが4分の1回転もしないうちに《バキッ》という音がしました。そうなんです。トラックの後部がミニの前部にぶつかったんです。
2016.11.03
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おそらく・・・、実際に家から1歩外に出るときに「自分は事故に遭わない」「自分は事故を起こさない」と無意識に思っている人がほとんどだと思いますよ。それもやはり想像力の欠如なんやけど・・・心のどこかでそう思っているから、安全に対する意識が甘くなるわけです。それに加えて「自分はいつも正しい」と思っている人はもう最悪ですわ!みなさんのまわりにいませんか?よく事故を起こす人、または事故にあう人!本当にそれって運が悪いだけなんでしょうか?私が思いますに、そういう人たちは大きく2タイプに分かれます。1つはもちろんただのバカ! 死ななきゃ治らないタイプです。そしてもう1つは、結構しっかりしている人なんです。しかし、後者の方は一見しっかりしているようで、実はそうでないように思います。はっきり言ってしまうと、融通のきかない頑固者タイプ!その原因もはっきりしていると思ってます。「自分は正しい」と思い込んでいる愚か者なんです。たしかにそれらの人たちの言っていることは、知識としては正しい場合が多いです。しかしそこには想像力がやはり欠如しているんです。だから瞬時の判断を誤るんです。その結果が事故なんですよ。
2016.11.02
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