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今現在世界各国で起きている戦争やテロの現場に足を運び、その状況をよく知る人たちは口を揃えて言ってます。「日本は憲法で戦争を放棄しているが、戦争やテロは日本を放棄していない。」「平和を語り、平和を望むのであれば、軍事を知らなければならない。」「他国とのトラブルを回避したいのなら、近代世界史をしっかり勉強しなければいけない。」私としてはこの「近代世界史」の中に「世界の宗教史」もいれて欲しいのですが・・・。最初の「戦争やテロは日本を放棄していない」はいいとしても、皆さん思うのは「なんで軍事なん?」「なんで近代世界史なん?」でしょ!さらに「興味ない」「難しい」なんて言って逃げるんですよね。なのに平和でいたいんですか?もし、日本人がなにも考えずに楽しいからと何かの宗教行事に乗っかって、その結果それが原因で宗教を口実にしたテロ組織に狙われたら誰が責任を取るのですか?何につけても『無知』は本当に怖いんですよ!せめてしっかり正しく知ろうと能動的になりませんか?
2016.12.31
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最近はあまり聞かなくなったようにも思いますが、日本国民は平和ボケだと言われていました。これは平和な状態が続くことが当たり前であり普通であると思っている世代に軽傷を鳴らしてくれる世代の人たちがいた時期の話だった・・・という人もいます。じゃあ、今は・・・?これを考えると、私はかなり不安なんです。ホンマに今現在日本は平和なんでしょうかね?ここ数年でも考えてみてください。日本はテロ対象国に指定されています。そんなんテロ組織が勝手に指定してるだけやん、と言う人もいますが、指定されていることは事実なんです。しかもすでに死者も出ています。今のところは国外で、ですがね。その中には正しい宗教の知識があれが防げたものも少なくないのです。平和がいい、平和がいい。戦争は嫌い、戦争は嫌だ。みんなそう思っています。でも、そう思うだけで、そう言うだけで、自ら能動的に動かないことが平和ボケというんじゃないでしょうか?
2016.12.30
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あれだけ毎年国中が浮かれているクリスマスに関しても、ほとんどその正しい知識を持つものはいないのがこの国です。ハロウィンなんかはもっと皆さんは知らないでしょう。だってテレビなんかでも「日本でいうお盆のようなもの」なんてお気楽なことを言うてますからね・・・。「気楽でええやん」と思う人も多いでしょうし、私もその気持ちは分かります。しかしそれはその宗教を、世界にある幾多の宗教の1つととらえている人間の意見です。だからといって別にその宗教をバカにしているわけでは決しないことも分かります。でも、それを心よく思わない人もいることも事実です。我々はそこにもっと注意を払わないといけないと思うんです。たとえば、英語で[ Oh,my God! ]って慣用句がありますよね。驚いたときに使う台詞としてあまりに有名です。よく考えてみてください。[ God ] は [ 神 ] のことです。この[ 神 ]を信仰している人たちにとって、その[ 神 ]を信仰していない者が [ Oh,my God! ]という言葉を使うことは、我々が想像できないほど屈辱的なことでもあるのです。これは本当に小さな例の1つに過ぎません。しかしこのような宗教に関する小さな知識不足がたまりにたまった結果、戦争やテロにつながっていく時代がきているように思うのです。
2016.12.29
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クリスマス!ハロウィン!これらは共に宗教行事なんです。しかも外国のね。国内に昔からあった宗教に関する行事には、私は全く危機感は抱いておりません。ちなみに、日本古来の宗教は『神道』、6世紀後半に日本に入ってきたのが『仏教』です。高校生の皆さんで日本史を選択している人は知ってますよね!一般的には仏教が日本に伝来したのは西暦538年とされています。覚え方として「ゴミは(538)けと、おやじブツブツ経(仏教)を読む」なんてのが有名です。中には神道と仏教の違いも知らないで!なんて意見もありますが、その傍らでそれらの違いも感じないほど日本人は2つの宗教を平和的に実生活の中に取り入れることができるほどの対応力がある!と言う意見もあります。でも、そこは平和的であるから私は心配はしていないのいです。ただ、今現在の世界情勢を見ると・・・外国の宗教をしっかり知りもしないで、ただのイベントだと思うのはいかがなものかと思うのです。先日もドイツでテロがあり、12人の命が犠牲になりました。例によってイスラム国を名乗る連中が犯行声明を出しています。断っておきますが、イスラム国を名乗るグループとイスラム教徒を同一視はしません。ただ危険なのは、テロや戦争をしかける口実に宗教というものは持ち出されやすいという点なんです。
2016.12.28
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で!今回はまたクリスマスのムードに水を差すために自分がちょっと知っている知識を自慢げにひけらかしているだけ・・・と思っている人も多いことでしょうが・・・ちょいと違うんです。もちろんクリスマスもそうなんですが、最近日本に外国のイベントが入ってきています。たとえばここ2~3年で大々的に行われているのはハロウィンです。みなさんこれらのイベントの意味や意義も知ろうとしないで、ただ楽しいというだけで参加していませんか?それがものすごく気になるのです。ものすごく危険に感じるのです。他のことならまだしも、クリスマスですよ!ハロウィンですよ!これらは何に関する行事なんですかね?もっと分かりやすく言うと、何行事なんですかね?
2016.12.27
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まあ、12月25日が元々キリストさんの誕生日ではないとか・・・仮に誕生日だったとして、なんでお前がプレゼントもらうねんとか・・・なんでお前らがケーキ食うとんねんとか・・・これらは以前に述べたので、詳しく知りたい人は過去の書き込みを見てください。さて、今年は『12月25日の夜に Merry Christmas!ってメールが来るのはなんで?』ってことを問題にしたいと思います。もう今夜(12月25日)の夜は、クリスマスとちゃうんですよ!実はキリストさんの死後にキリスト教が本格的に宗教として確立されていくのですが、それが定着し出した西暦1世紀ころはイスラエルの暦の風習が強かったのです。その暦では、日付の変わり目を日没と規定していました。つまり!12月25日を誕生日として祝う。しかもほとんどの人が仕事を終えている夜に祝うとすれば、今でいう12月24日の夜に祝うことにあるのです。なので、正確には『クリスマス・イヴ』の『イヴ』は、『イブニング/evening』=[夕方・夜]が短くなったものなんです。だから、辞書の evening の意味の中に「前夜」なんてあるのはこのイスラエル暦の意味を残しているわけなんです。 というわけで・・・今夜・12月25日の夜はクリスマスではないので、「Merry Christmas!」なんてメールを送っちゃあきませんのですよ。
2016.12.26
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今年もやってきましたこの季節・・・。というよりやってきてしましたこの季節、という方が正確かもしれませんね。もう先月から家から出たらどこかに潜んでいるクリスマスムード。今日で終わってくれるかと思えば、少し(本当はかなり)せいせいします。毎年ながら何を浮かれてんでしょうね。今夜はクリスマスイヴでしたがもちろん授業をしていましたよ。毎年言いますが、受験生にクリスマスも正月もないんです!で、今年も中3生に聞いてみたんです。「今日は何の日」と。もちろんのように「クリスマス」「クリスマスイヴ」との返答が返ってきましたが、さらに「それは何があった日?」と聞いても、全員が全員「?」だったですわ。何につけても、意義・意味を知らずに浮かれるのは危険ですよ!来年からは親に聞いてやろうかと思います。クリスマスに浮かれている親限定ですけどね。「クリスマスって何があった日ですか?」と。
2016.12.25
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でも、だからといって先生や保護者の皆さんが完全に楽になるかといえば、それは疑問です。各所の学校や施設あるいは病院としっかり連携を取らなくてはなりませんから!『教育に王道なし!』です。あたかも王道があるかのような話で金儲けをしている教育評論家の声が大きい昨今ですが、ちゃんと言うておきますよ。『教育に王道なし!』です。おそらくこの10年ほどで、教育に関係する様々なものが転換期を迎えると思いますよ。まず我々大人が、それを自覚し、新しい情報を常に耳に入れて吟味し、それらの長所と短所を見抜いていかないと、子供たちが不幸です。大人が千変万化する環境に右往左往していては、子供たちはもっと混乱します。今、我々の[大人力]が試されようとしていますよ!
2016.12.23
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また最近問題の貧困問題もまさにそうだとおもいますよ。現在わが国では児童・生徒の約6%が貧困な生活を送っているらしいです。地域等の差もあるでしょうが、平均して35人クラスでは2人は存在する計算になります。これも学校の先生では対処できないことも多いのです。よく問題になるのは、先生が児童・生徒の家庭の問題にどこまで踏み込むことができるのかってことです。私は「そんなもん気にしとって先生が務まるかい!」なんて思って、ズカズカと家庭に土足で入り込むようなマネをしていましたが、今考えたら奇跡的に何の問題も起こらなかった・・・と思います。現在であれば、保護者側のプライバシーだのなんだのといろんな手かせ足かせが先生につけられるので、当時の私のような行動は厳しいでしょう。しかし!そこを専門家に任せることができればどうでしょう。学校の先生の負担にならず、しかも専門家の介入によって何らかの問題改善がなさせる可能性が高いのです。だって絶対的貧困ならまだしも、相対的貧困はなかなか一般人では見抜けないと思いますよ。だから、はやり今回の『教育機会均等法』は、前向きに捉えていく必要があるんです。
2016.12.22
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これは数年前に父の認知症でお世話になったある精神科の先生から聞いた話です。私も「なるほど!」と思わされました。彼が言うには・・・まず「精神科」に対する誤解がいまだに蔓延している。精神科にいくことは人生の終わりのように思われているのが心外。精神科は必要に応じて薬も出すが、基本的には精神にかかる何らかの負担を見つけて改善を図る所なので、時間をかけたカウンセリングを治療の主としている。なので、身体にケガをしたら病院にいくように、身体が病になったら病院にいくように・・・心にケガをしたり、心が病になったら病院にいくのが普通だと思ってもらいたい。なぜなら我々は、心のケガや病気の専門かだから!・・・ということです。で、彼はさらに続けました。学校の先生は教育のプロだけれども、心のプロとは言い切れないと思う。少なくとも我々(精神科医)レベルのプロとは言い切れないでしょう。これは保護者の皆さんにも言えることなんです。ならば、子供が心にケガをして病気を患ったのなら、診察にくるべきと思いませんか? と。
2016.12.20
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そして何より気になるのは、『偏見』です。児童・生徒の教育機会が均等化されるんです。つまりはいわゆる小学校・中学校以外の学校や施設に通う可能性が出てくるということなんですね。そこで!です。我々大人が自分が選択したものと異なる教育の場やそこに通う人、通わせる人に対する偏見を持たないことが本当に重要です。正直いって子供の偏見は大人が植えつけます。いい例が先の話題で述べた不登校万歳連中です。小・中学校に通う人間や通わせる人間、または学校自体をあしざまに攻撃して自己満足しているような輩です。我々は微塵もあんな連中と同じ言動を子供に見せてはいけませんよ。それこそお互いの選択をちゃんと認めて尊重する姿勢を、まず我々大人が持ちましょう!実は同じことをある病院の先生が言われていました!「病院?」と感じる人もおわれるかと思いますが、まあ聞いてください。
2016.12.19
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また同時にこの感覚は学校の先生に早くもってもらわないといけないのかも知れませんよ。気持ちはわかりますよ。何らかの原因で自分のクラスの生徒が他の学校や施設に通うことになるんです。仕方ないと、またはそれが最善の方法だと、分かっていても何だか自分の教師としての不甲斐なさや、生徒を失った喪失感に苛まれると思います。児童や生徒のことを思ってきた先生ほど、そう感じると思いますよ。しかし、その感覚を変えていかなければならない時代になってきたのです。だって、『多様性』なんですから・・・。そこは、はやりプロに徹する気概を持つべきです。いやな言い方をしますと …いつもしとるか(-_-;)… 今このときだけ児童・生徒とお手てつないで仲良く学校生活をおくることが、10年後、20年後のその子供にとって本当にいいことなのか!を考えてください!でもいうといます。気持ちは分かるんですよ。だってどっちかというと私自身もそっち派なんですから。
2016.12.18
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不登校の原因、学校に行きたいけどいけない、学校に行かせたいけどいかせられない。その原因が明確に分かっている場合は、その専門家に相談して、指示・指導に従えばいいのです。でもその原因が近年本当に多様化しています。その原因を除去、あるいは克服するのに、たとえば医学の知識が必要だったり、カウンセリングの知識と経験が必要だったりするわけです。しかしながら学校の先生にそれらの専門家がいるのかというと、ほとんどの場合がNoです。もちろんそれは学校や学校の先生の責任ではありません。それらの原因は学校の先生にとっては『専門外』であることが多いのです。でも彼らは何とかしようとします。研修を受けたり、独学で勉強をしたり、情報を集めたり・・・しかし悲しいかなそれらは彼らの献身的な努力にも関わらず素人の悪あがきレベルを脱しないことが多いので、問題が解決できないことも多いのです。だからこそなんです。原因が分かれば、または原因を究明するために、専門家のいる環境に子供を移すのです。
2016.12.17
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苦悩を抱いている人たち・・・まずは何らかの早急に解決できない問題が原因で学校に通えない児童・生徒本人たちとその保護者のみなさんです。間違えても先の話題で触れた、不登校万歳連中は含んでいません。連中は何も苦悩も葛藤もなく、通学する人・させる人・学校自体を否定するだけですから今回の話題には絶対に含んでいませんよ!!!ただ、苦悩を感じている人たちは別なんです。その人たちには、早急に解決できない問題があるのです。解決には時間が必要です。あるいは時間をいくらかけても解決できるとは限らないのです。でも、『少年老い易く学成り難し』です。時は容赦なく過ぎていきます。子供の年齢はどんどん上がっていきます。でも学力はほぼストップしたままなんです。それならば【環境を変える】ということは、正当な対応策なんです。しかも早急にです。でも、心のどこかで思ってしまうんです。自分は学校にいけなかった・・・自分は子供を学校にいかせてやれなかった・・・でも、もう公の制度として、それを前向きに認めていこう!となったのです。私にいわせれば、教育の世界も新しいステージの入り口に立ったのです。これは決して大げさに言っているわけではないですよ!
2016.12.16
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本年12月7日に、教育機会均等法が成立しました。教育機会均等法とは、不登校児童・生徒の支援強化を意味し、今まで特に義務教育課程では認められていないという現実がありましたがそこを国をあげて認めていこう!かといって学校に行かずに家にいましょうってことではなく、フリースクールや各種支援所への通学も小中学校側が認めていこう!・・・という内容です。・・・ざっくり言うと、ですが・・・。では、小中学校では今までフリースクールや各種支援所等の存在を否定してきたのかといえば、私の感覚ではそんなことはないと思います。もちろん私が日本全国の状況をすべて把握しているわけではありません。あくまで、私自身の感覚ですよ。しかし他府県の先生や友人たちの話を聞くと、やはり学校とそれらの施設は連携していて、それぞれの児童・生徒にとってベストであると思われる方策を講じているみたいです。それはそれで問題ないように思うのですが・・・、ここで人知れず苦悩を抱いている人もいるのが現実だと思っています。私はこの法案に、そんな人たちの苦悩を軽減する役割も感じています。
2016.12.15
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教育環境の多様化はいいんです。今の時代に適合した新しい教育の場の創造もあって然るべきでしょう。でも従来の教育環境の中で頑張る大多数の児童・生徒の立場を、直接的に、あるいは間接的に、否定し攻撃する連中を認める子持ちは毛頭ありません。そんな卑怯な馬鹿な大人が増殖していますし、今後もさらに増え続けることでしょう。しかし!正邪ははっきりしてるよ。これは誰が何といっても絶対に覆ることはないです。これを心して今後の言動を考えなさい。不登校万歳連中よ!『問題行為としない』なんて通達が出る時点ですでにそれは問題行為なんよ。それと、不登校万歳内容のSNSを私に回してきた君たちよ!この私のブログもそいつらに回せよ。
2016.12.13
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このブログでも何回も言っていることですが、ここ数年教育業界に求められているものの1つに『多様性』があります。教育環境や、子供たちの生活環境、さまざまなものが私に言わせれば悪い方向に変化しています。でもそれらを誰も止められないのが現状です。もっと正確に言うと、責任をもって止めようとする人間が極端に少ないからそうなっています。そうなるとどうしても楽な方向に流れていく人たちが出てきます。そんな人たちは、まず楽な方に流れることありき!で流れます。流れた後に、自らを正当化する理屈をあとからつけてきます。中にはこの時点で自分の理屈の正当性や整合性がないことに気付いて軌道修正する人もいますが、かなり低い割合です。で、厄介なのは、自らを正当化する明確な理由が見つからない連中が、普通に学校生活をしている児童・生徒やその保護者を否定し攻撃を始めることなんです。給食否定お弁当万歳おばはん然り、不登校万歳保護者然りです。我々はそんなトチ狂った人間たちとしっかり対峙していかないといけないと思いませんか?変わった人、変人、奇人として上手にスルーしてしまうのも大人の対応かもしれません。しかし、違うものは違うと声を出していかないと、ちゃんとしている児童・生徒の立場がありませんよ!そうやって、悪い方向への変化にブレーキをかけましょうよ。
2016.12.12
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中にはこんな親もいました。「自分が不登校だったから、子供も学校にはいかせない。」と言いながら、「なぜ、学校に強制されないといけないのかわからない。」とも言うよりまんねん。ほな、お前は子供に「学校にいかせない」ということを「強制」してるのとちゃうんかい?こういう連中の論調は皆間違いなくこうです。部分部分はある程度筋が通っていても、全体的に考えると全く筋が通ってない!そんな筋の通らないバカな論理で子供が学校に通う機会を奪うなんてことがあり得て良い訳がありません。さらに驚くのは、その書き込みに「いいね」してる連中もおる事実です。Facebookさんよ。マーク・ザッカーバーグさんよ。『いいね』ボタンの横に『どアホ!』ボタンも作ってくれませんかね(^^ゞ
2016.12.11
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まだあるんですよ!不登校側の保護者がSNSで言うてること。「自分が不登校だったから、子供にも学校へ行かせない!」これ、1人や2人とちゃいますねん。結構おりやがりますねん!「はぁ?」でしょ!!!こんなバカな親が実在してるんですよ、この国には。これに至っては一番怒ってますけど・・・敢えて冷静にいきます。かなり以前に紹介した鎌倉時代のある人物。彼は様々な示唆深い言葉を我々に残してくれています。「浅きを去って深きにつくは丈夫の心なり」ざっくり現代語に訳しますと、「簡単や楽なことではなく難しく苦しい道を選ばないと、人の心は成長しない。」って感じになります。もい一度言いますが、いじめ等のどうしよもない人間関係や精神的なものも含んだ病気が原因の場合は除きますよ。それ以外の不登校は、なんだかんだと言って逃げなんです。しかし悲しいかな、子供って多少なりとも苦しいことから逃げたいものなんです。それをコントロールして正しい方向に向けるのが親や大人の役目なんです。そやのに・・・「自分が不登校だったから子供も学校に行かせない」ですか・・・言うときます。誰も言わないと思うから言うときます。誰も本気で相手にしたくないと思っているけど私は相手にしてやります。そんな奴は親ではないわ!だれが何と言っても、お前らがどんな幼稚な言い訳をしても、お前らはもう親ではないわ!すぐに親権を放棄して、ちゃんとした大人がいる施設に子供をあずけなさい。そのほうが子供のためやで!
2016.12.10
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連中の一番大きな勘違いは、登校側の全員が全員全く何の問題もなく笑顔で幸せに学校に通っていて通わせていると思い込んでいることです!もちろんそういう人たちもいますよ。学校が大好きで、通うことに幸せを感じている人!それはそれで素晴らしいことです。ただそうでない人も多いことは確かです。何かを我慢して、何かを犠牲にして、本当は家にいたいのに、学校に通う、通わせる人たちです。それはある意味社会生活をする我々人間にとって、当たり前の行為なんです。少しでも嫌なこと、少しでも自分に害の及ぶ可能性のあること、少しでも苦労が伴うこと、少しでも努力を必要とすること、それらから逃げてしまっては、我々人間は生きていけないんです。いや、人間以外の生物も多くはそうだと思いますよ。学校ってそれらを身をもって学ぶ場所でもあるんですよ!それらから逃げるってことは、自分だけがよければ何か我慢や苦労が伴うことは他の人に任せるってことにつながります。子供のころからそんなことを良しとする生活をさせて何が親や!何が教育や!何が愛情や!っちゅう話なんですよ。親や大人がそれを分かっているから、様々な障害や苦労を敢えて選択して学校に子供を通わせているんですよね! なのに連中は我々が何の思慮もなく、体制に流されて学校を選択してると思うとるねん。これを許すわけにはいきませんよ。どっちに思慮がないかをはっきり白黒つけてやらないとダメなんですよ!でないと様々な苦労を超えて学校に通っている子供たちがかわいそうですわ。
2016.12.09
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ではなぜ今回私がそんな連中について言及するのか!もう分かりますよね。連中がわけのわからん大声を発することで、登校側の児童・生徒またはその保護者の皆さんを否定しているからですわ。おっと、これも言うとくで!このブログでも何回も何回も言うてます。言動はそれを発した人がどういうつもりで発したかではなく、それを受け取った人がどう解釈するかが重要なんです。いまさら「そんなつもりで言ったのではない。」なんて言い訳は聞く耳持たんよ。ええですか!あいつらの言動は間違いなく登校側を否定して『問題行動扱い』しとります。あるいは学校の存在自体を『問題扱い』しとる。それは絶対間違いです。断言しときますよ。登校と不登校・・・どちらが正義かと言われれば、間違いなく登校側です。そんなん考えるまでもないわ。やのにあいつらは自分の『馬鹿さ』や『逃げ』を正当化するために、登校側を悪として敵として悪しざまに罵っているんですよ。「お弁当には愛情がある」と自分を正当化して給食に携わる者やそれを毎日食している児童・生徒たちの気持ちを平気で踏みにじるあのおばはんと同類です。何か国内に問題が発生すれば、偽造・ねつ造ネタを煽り立てて反日に国民の意識を向けるC国・K国・K朝鮮となんら変わらん連中です。そんな連中には、哀れみも諦めも遠慮も不要です。これからはどんどん攻撃してやりしょう!連中はこっちがモノの分別がある大人で反撃してこないと高を括っとるんですわ。いつの世も、いつの時代も絶対に正論は勝つのです。世の正論に弾き飛ばされて山の奥で生活しているあのお弁当おばはんみたいにしてやればいいんです。
2016.12.08
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まだいますよ!SNSでわけのわからんこと言うてる不登校万歳派。ちなみにこれから紹介する例も、児童・生徒が言っているのではなく、保護者が!大人が言うとるものですよ。まず「前々から強制される意味が分からなかった」・・・もちろんこのお方の言われる「強制される」とは「学校にいくこと」をさしてますよ。では、この人は生まれてから今まで全く何にも強制されずに生きてきたんやろね!「学校」だけ「強制される」のがいやっていうのは、ただの学校からの逃げや。おい!「強制される意味が分からない」とほざいたお前!ほなお前は日本語を母国語とすることは自分で選択したんやな。幾つの選択肢の中ならどんな理由で選択したんか説明しろや。説明できへんかったら、お前は日本に生まれたからって理由だけで日本語という言語を強制的に覚えさせられたってことになるぞ。お前は資本主義という経済形態を自分で選択したんやな。幾つの選択肢の中ならどんな理由で選択したんか説明しろや。説明できへんかったら、お前は資本主義という経済形態を用いているこの国に生まれたいうだけの理由で、強制的に資本主義経済に組み込まれたことになるぞ。お前はいかなる組織にも所属してへんねんやろな!まったくほかの誰とも顔を合わせることなく人生を過ごしとるんやろな!人間が2人以上同じ場所に存在した時点でそこにはずでにルールが発生して否応なしにそれに強制されるんやぞ。どんな生活しとるんか説明せんかい!説明できへんやろ。ということは、お前も我々と同じく社会のルールやそれ自体に強制を受けながら生きとるんや。それやのになんで学校だけ「強制させる意味が分からない」なんて言いきるんや!それはただただお前がなんの思慮もない浅~い薄っぺら~い生き方をしていることを大声で言いふれてるだけやぞ。それに気づいてないのは、浅~い薄っぺら~いお前だけや。でもみんな何も言わへんねん。そんな浅~い薄っぺら~い人間相手にしてる時間は1秒も惜しいねん。
2016.12.06
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「自分で決められない人」ってどういうこと?本当は学校に行きたくないけど、通学している人っていうことやろ?確かに多いよ、そんな児童・生徒は!だって、学校がやすみだとうれしいですからね。でも!いやだからといって、すべてのことから逃げててええのんかちゅう話なんですわ。それでは通らないことを知っているから、多くの児童・生徒はある意味我慢して学校に通ってるねん。またはそれをちゃんと子供に教えることができている保護者が学校に通わせてるねん。そやから、いろんな問題があっても学校に通うことを選択して決めてるねん!それを「自分で決められない人」やて?笑かすのもええ加減にしてくれなあきまへんで!なに?そんな言い方したら、こっちが「ああ、この人たちは信念と深い思慮があって不登校の道を選んだんやな!」って思うとでも思とんかいな!負け犬の遠吠えもある程度は聞き流してやるけど、これは聞き捨てならんぞ。何回も言うけど、いじめを含めた精神的要因または同じく精神的なものも含めた病気以外の理由での不登校はただの怠惰か逃げや!怠惰は児童・生徒自身のもの。逃げは、そんな自分の子供を教育することから逃げてる保護者の姿勢でっせ!
2016.12.05
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このおばはんの例のように、決められた制度から自分本位な理由で逸脱する連中は声高にその制度の中にいる人たちを攻撃して蔑むのです。もちろん連中は奇人であり変人なので、普通の人たちは相手にしないでスルーするのですが、最近はそうもいうてられません!お待たせ致しました!ここから本題に戻りますよ。「怠惰」「その他」が原因で不登校になっている連中の保護者の多くがこの奇人・変人の部類に入ります。9月の『不登校を問題行為としない』という告知に関して声を上げた連中の話の内容がそれを証明していますよ。まずこれです!「自分で決められない人。よかったですね。これで学校に行かなくてすみますよ。」ってSNSでおっしゃったお人がおられますねん。みなさんどう思います?どう感じました?
2016.12.04
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「お弁当のほうが愛情がこもっている。」・・・ってことは、給食には愛情がこもっていない! っていうてるわけやね!それは話を飛躍させ過ぎ、とか、そこまで歪曲して解釈しなくても、とかいう人は、おそらく給食に携わっていない人でしょう。「お弁当のほうが愛情がこもっている。」この言葉を、毎日児童・生徒の栄養を考えてしかも食べやすいおいしいものを用意しようと苦闘している栄養士さんたちが聞いたら、暑い時期には灼熱の調理室でエプロン・頭巾。マスクでフル装備しながら火の前に立ちつつけ、寒い日でも水仕事をする、調理を担当している人たちが聞いたら、本気で怒ますよ!しかも、給食を食べている児童・生徒たちには「お前たちの食べているものには愛情がこもっていない」と言っているのと同意です。なんであのおばはんにそんなこと言う権限があるん?おばはんのいう愛情ってなにやねん!ただまだ小学校1年の子供にてめえの曲がった考えを押し付けているだけやん!それを「立派でしょ!」って自慢したいだけやん。全国にはアレルギーが原因でみんなと給食が食べられない児童・生徒もたくさんいてます。彼ら彼女らはいいます。「夢は給食でみんなと同じものを食べることです。」って!おい、おばはん!お前はそんな子供にも「給食なんて愛情ないよ」って言えるんやの!!!
2016.12.03
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こういう連中がまず分かっていないのは、『何かを声高に主張するということはすなわち誰かを攻撃すること』という現実です。それをまるで理解できていない・・・ええ歳した大人が!曲りなりにも人の親となった連中が!ですわ。一度こればかりを話題にした書き込みをせなあきませんけど、所々で述べてきてますよ。たとえばこんな例があります。昨日テレビを見ていたら・・・どこぞの山間地でできるだけ自然な環境で生活をしている家族が特集されていました。電気ガスは最小限しか使わず、食料も山菜や山の動物の肉を使っているとのこと。それはそれでいいわい!許せんのはその後ですねん。小学1年の息子が通う学校には給食があるのに、その家庭のお母さんはそれを断って息子に弁当を持たせてるんです。百歩譲ってそこまでもヨシとしたろ!そんでその母親がインタビュー受けよりますねん。「なぜ給食を断ってまでお弁当なんですか?」って質問に何言うたと思います?「お弁当の方が愛情がこもってますから」ですって・・・・ほんで勝ち誇ったような顔しとんねん!こういう連中が最近ホンマに増殖しとります。教育業界あげて駆除せなアカンわ!
2016.12.02
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