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ところがどうだどうか?小学生の頃を思い出してほしい。算数における、問題を解く「はやさ」と「正確さ」はどちらが重視されてきた感覚があったかを!ダントツで「正確さ」でなければならないのに、どちらも順位がつけにくかったりしないだろうか?私が常々いっていることであるが・・・算数や数学はバイクと同じバイクは正確な走行を擦り返す過程で自然と速くなるのが本来の在り方速さを先行させているとそのうち転倒をして大けがをするあるいは命を落とす算数や数学は答えを出す早さを重視して答えが正確でなければ意味がないまたは答えにたどり着く早さを求めるあまり思考を簡略化させてしまうと、たとえ正解の答えを出せても意味はない・・・これなのだ。
2025.03.31
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確かに同じ問題を解くにしても早い方が効率的なのは分かる。その効率性を求めるひとつの手段として九九があるのだ。ちなみに日本は9の段 9×9=81 までを暗記するのだが、アメリカでは12の段 12×12=144インドでは19の段 19×19=361 までを暗記するといったように国々や地域によって内容の違いはあるが・・・では果たして九九というものは、計算をはやくするためにだけ存在するのだろうか?いやそうではないはずだ。「はやさ」ともうひとつ・・・そう「正確さ」を両立するためにあるのだ。
2025.03.30
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まず「算数」だ。小学校で学ぶ内容だが、ここではもちろん・・・1.たし算・ひき算・かけ算・わり算を用いて 整数・小数・分数の計算の基礎を身につける。・・・これが重要となる。これは言葉を変えれば『日常生活で必要となる計算』と言えるだろう。そして大切なのは・・・2.正確に答えを出すことを重視する!!・・・ここなのだ。「答えを出す!」「正確に出す!」その次に「できるだけはやく出す!!」がいつの間にか付け加えられていくのだ。私はここに問題点を感じていまう。
2025.03.29
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数学の話いきます・・・と宣言しただけで1日のアクセス数が激減した。気持ちはよ~~~く分かりますなぁ~(-_-)しかし今回は敢えて行きまっせ!そのイバラの道を!!!さてさて、、、同じ数字を扱う教科でも、小学校までは「算数」で、中学校からは「数学」と科目名が変化しますでしょ?どなかたこの違い知ってますかいな?私は常々この違いをちゃんと中学校1年の最初の数学の授業で説明するべきやと思う!!学校・学習塾を問わず、数学の先生もこの違いを理解して授業してんのやろか・・・と大いに疑問を抱いている。あまりに「算数」的に「数学」の授業を進めている先生が多すぎはしないだろうか?
2025.03.27
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次の話題は数学!!ちょいとここんところ思うことがありまして・・・いやあり過ぎまして・・・・小学校3年のときに算数で0点を、中学校3年のときに数学で18点という得点をたたき出し、教員採用試験の一般教養試験で出た数学の証明問題の解答欄に、、、英語の教員を目指す私に数学の問題を解かせえようとする行為の無意味さを書き綴ったこの私が!!数学について述べさせてもらいます。数学が得意な人も苦手な人もしっかりついてきてくれ!!
2025.03.26
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夜の学習塾だけでない。日中の二輪指導もそうだ。特にこの3年間は指導車両を私が用意しなければならなくなった。それまでは運転免許センターが有料で試験車両を貸し出してくれていたのだが、2021年で貸し出しが打ち切りになったのだ。それに対して私は指導料に見合わない多額の費用をかけて練習車両を用意した。もちろん受講生のみなさんの安全と運転技術向上のためだ。・・・このように毎年確定申告の時期に私は誰のために何のためにどれくらいのお金をどのように使ったのかを確認する!それこそ1年間の自らの経済活動の総括だ!!何度も言うが『経済』とは『経世済民』の略語なのだ!!!
2025.03.25
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ひるがえって私は昨年1年間、誰のために授業をしてきたのか・・・これを知る手がかりのひとつがこの確定申告作業なのだ。お金の使い方を見ればその企業の本質が、その人間の本性が見える!これは私が高校卒業後最初に勤めた会社の社長に教わった言葉だ。生徒のために使ったお金なのか、あるいは自分のために使ったお金なのか・・・生徒の保護者のみなさんから頂いたお金に見合った何かをお返しできたのだろうか・・・これをしっかり見つめ直すことができる私にとって大切な期間、それが確定申告の時期なのだ。
2025.03.24
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たとえば国家や宗教などの指導者・・・自分のために人々を利用しようとする指導者は、人々の幸福を考えない。人々が飢えてもかまわないし、死んでもかまわない。だから平気で戦争をはじめることが可能になる。逆に人々のことを考える指導者は、人々の幸福を最優先に考える。飢えてはいないか、健康でいるか、暑くはないか寒くはないかと・・・。前者の指導者はある意味勇猛果敢でリーダーシップに富んでいるように思えるがそうではない。後者の指導者はある意味弱腰で求心力に欠けているように思えるがそうではないのだ。
2025.03.23
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たとえば政治家・・・自分のために政治をする人間は常に「次の選挙に当選するため」に政治を行う。言い換えれば自分の議員という立場を守るために政治を利用する。こういった政治家の特徴は、選挙の期間だけ顔が見えて声が聞こえる。そして時と場所と相手によって意見を変えるので、有権者の耳障りのいいことだけを口にする。一方人々のために政治をする人は議員という立場を維持することは考えない。ただ目の前にいる何かに困っている人のために東奔西走する。だから任期中は何かに困っている人に寄り添っている。そしてその人たちのためになることであれば、時として耳障りの悪い言葉だって平気で口にする。選挙に当選するために政治をするのか、人々のために政治をするのか、、、、これらは一見似たように思われる可能性が大いにあるが、全く異なった正反対の行為だ。私は長らく後者の政治家に会ったことがない。
2025.03.22
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たとえば看護師・・・自分のために仕事をする人間は極力余分な仕事はしない。歩行困難な入院患者が「トイレに連れていってほしい」とお願いすると、「オムツしてるんでしょ!オムツの中でしなさい!」と言う。そして自分の勤務時間が終わるまでオムツを換えない。そして基本的にいつも患者に対しては仏頂面・しかめっ面だ。一方患者のために仕事をしている人間は、後でできる他の仕事は後回しにして、すぐにトイレに連れていく。万一他の業務を優先にして患者がオムツの中で排泄をしたならできるだけ早くそれを取り換える。なぜなら患者が気持ち悪いだろうからと考えるからだ。そして基本的にいつも患者に対しては笑顔で腰が低く感謝の念を忘れない。同じ看護の仕事をしていてもそこには天地の差がある!!
2025.03.21
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このようにレシートや伝票のひとつひとつに「このお金はだれのために使ったのか」を確認させてもらう。その都度私の頭の中によみがえる言葉がある。・・・「ええかゴマ君よ。仕事というものは常に『誰のために』かを思い浮かべながらするんや。」・・・私が高校卒業後に就職した会社の社長の言葉だ!!!この言葉をいただいたとき、私にはその意味すらよく分からなかった。「じいさんが偉そうに説教かい!!」くらいにしか思っていなかった。しかしこの言葉は年々私の中で大きなものとなってきた。あれから40年・・・「今している仕事は『誰のため』の仕事か!!」を考えないときはない。そしてまた仕事が「自分のため」になったとき、自分の仕事を求めてくれている人たちに対して不平不満が湧いてくることも身で知った。同じく、「自分のため」に仕事をしている人間のいかに多いことも嫌というほど知らされた。
2025.03.20
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たとえば去年の今頃のレシートだ。[宮沢賢治全集/春と修羅]をある書店で2冊、別の日に同じものを違う書店で2冊、また別の日にさらに同じものを1冊購入している。そう、同じものが合計5冊必要だった。去年の卒業生5人は幼少期よりの仲良し5人組だった。1クラス5人限定のわが教室にその5人が来てくれた。彼らはよく学んだ。特に国語の読解力をかなり向上させてくれた。中でも人の心情を読み取ることに楽しささえ感じてくれるほどだった。そんな彼らに是非とも宮沢賢治を読んでもらいたかった。しかもおそろいの本を本棚に置いておいてほしかった。なので本屋をハシゴしたのだった。
2025.03.19
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また毎年受験生を送り出してすぐに取りかかる確定申告作業なので、各種伝票なんかを見ながら彼らの1年間を図らずも回想する時期でもある。
2025.03.18
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とかなんとか言いつつ、今しがた確定申告が無事に終了した。PCでの申告書の作成後の送付作業が昨年より格段に簡略化されていて、もう1時間はかかるっかな・・・と思っていたらすんなり全作業が終わった。e-Tax 送付完了!!この画面をみて重かった肩の荷が一気に落ちた。
2025.03.16
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まあ以前は全てが手書き!!1年間の収支を全て手書きで、電卓集計!!!本当に膨大な時間を費やしていた。あの頃は親の介護も今ほど必要なかったからできたが、今の状態ではとても確定申告なんてできないだろう。そんな人も多いのではないかと思う。
2025.03.15
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とかくこの十数年で進んだ電子化によって、かなり便利になって楽になった。昭和世代のIT音痴代表の私のようなにんげんであっても、その恩恵を受けさせてもらっていることは有難い!!
2025.03.14
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今年も受験生たちを送り出し、確定申告の時期を迎えた。昨年度の様々な収入や支出をまとめていると様々なことを思い出す。思い出の整理という意味でも1年間の総決算と毎年この時期に対面する。伝票なんかを整理していると「あれ、これ購入してまだ1年経ってないの?」と驚かされることもある。日々に追われて記憶すら曖昧になっている自分に気付かされる。それにしても自営業を始めた当初に比べてなんと確定申告が楽になったことか!!昔の自分はよくやっっていたものだと感心もさせられる。
2025.03.13
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受験生を送り出す最後の授業をして・・・しばし寂しさにひたって・・・いる間もなしに確定申告やぁ~~!!あああ(-_-;)
2025.03.12
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このように!指示語を相手の立場になって明確に使えないと時として誰かを危険にさらすことだって考えられる。指示語を使えない人間に対してはちゃんと言ってやらねばならないのかも知れない。「今あなたの言った『それ』がどれなのか分からない!」「指示語は相手の立場になって使いなさい!」「それができないのなら二度と指示語は使わないように!」。・・・と。残念ながら昨年末に他界された私が師匠と仰ぎ続けた人がおわれた。その人はよく仰っていた。「お里が知れるよ・・・。」と。意味は「生まれや育ちの程度が分かること」と辞書にはあるが、その人はもっと広義にこの言葉を使っておられた。「人間としての本性があわらになるとき」にもだ。指示語の使い方がなっていない人にも「お里が知れたね」なんて仰っていた。全くその通りだ!!!
2025.03.06
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これほど相手に失礼なことはないでしょう!私の友人には目もついているし視力も日常生活に困らないほどはある。「目ぇついてんの?」ってどういうこっちゃねん!彼女がロックボタンの位置を見つけられなかったのは【お局様】の説明がこの上なく悪かったから以外の何物でもないのは明確だ。そんなことにすら気づかない【お局様】・・・このオバハンが他の仕事をしているのならまだ違うことを言いたいのだが、こいつの職業は教師なのだ!!仮にも人にモノを教える立場の人間が教わる人間の立場や状態を把握できないことが最大の問題なのだ。こういう連中は間違いなく『生徒のため』でなく『自分のため』の授業をしている。もう辞めてくれ!!!明日の日本のためにいなくなってくれ!!!
2025.03.03
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その扉には簡単なロックがかかっていて、それを解除しないと開かない仕組みだったそうだ。【お局様】は私の友人の肩越しに「そのボタンをおしてロックを外しなさい。」友人はボタンの位置が分からなくて「どこですか?」【お局様】は「そこ!」「えっ、どこですか?」「そこ」・・・この会話が数回続いたあと【お局様】はキレてしまって言ったそうだ!「あんた目ぇついてんの!?」
2025.03.02
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