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ここでしっかり考えてほしい。あなたの周りにいる人やいた人たちのことを・・・・目線を遠くに置いた利他的な人か・・・または近視眼的で自分の小さな利益だけも求める利己的な人か・・・たとえばある国会議員のプロフィールに、「自分は人の話を聞く力がある」というようなことを書いている者がいる。同じく「子供に恥ずかしくない振る舞いが大切」というようなことを書いている者もいる。この国会議員は2人とも、高市総理の所信表明演説のときに大声でヤジを飛ばして国民の「聞く権利」を妨害した。言葉より行動の方がその人物の本性が顕著にあらわれる。あんな国会議員は即刻クビにするべきだ。ちなみに2人とも立憲民主党の議員だ。この政党の品格もその程度だと判断して間違いない。
2025.10.30
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利他的な人間と利己的な人間の見分け方!それは行動だ。日ごろの小さな行動でも十分見てとれるが、特にいざとなったときの行動に顕著に現れる。言葉ではない!あくまで行動だ。常日頃、またはいざというとき・・・誰かを優先にして自分が損をする。これが利他的な人間がとる行動だ。こういう人は言葉が少ない。または全く言葉を発しない。それはいつも全体のことをまたは先のことを考えて行動ができる、目線を遠くに置くことのできる人間だ。同じく常日頃、またはいざというとき・・・自分の小さな得を優先して他の人間に平気で損をさせる。これは利己的な人間がとる行動だ。こういう人間は言葉が多い。ペラペラペラペラと自分の正当性を口にする。いつも自分の目の前の小さな得のことしか考えられない近視眼的な人間だ。
2025.10.29
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香川県を中心に四国の発展を推進し人々の生活を豊かにしようとした大久保甚之丞は100年先のことを思って都都逸を残した。日本国民全体の豊かさを追求した松下幸之助はその思いを後世に残すために多くの書物に言葉を残し、庶民のための政治家を育成しようと松下政経塾を開いた。(ちなみに先日日本初の女性総理大臣となった高市早苗氏のこの松下政経塾の出身者である)一部の人間だけでなくすべての人々の幸福を追求した釈迦と日蓮は1万年先の人々のことを考えて憂いた。・・・そう!遠い目線で物事を考えられる人は、誰かのことを優先に考えているのだ。これを『利他的(りたてき)』という。学生諸君はその意味を調べておくべきだ!それに対してほんの目の前しか見えてない人は、常に自分の小さな利益しか考えていない。これを『利己的(りこてき)』という。学生諸君はその意味も調べておくべきだ!・・・そしてこの話題の最後に利他的な人間と利己的な人間の明確な見分け方を紹介しておく。
2025.10.28
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日蓮宗の開祖・日蓮だ。彼は仏教が権威権力や経済と結びつくことを否定した。そして仏教の開祖・釈迦の教えを守ろうとした。遠い目線で民衆の幸福を願った。彼が残した言葉に目線を遠くに置くことのできる人物が何を見て何を願っているのかが明確にわかるものがある。「鳥と虫とはなけどもなみだおちず、日蓮はなかねどもなみだひまなし」これを様々な文献で調べてみると、この文章のさらに前後の文脈から「末法万年の一切衆生を救おうとする慈悲のなみだが止まらない」と訳すのが一番妥当だと考えられる。
2025.10.27
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聖徳太子の死後、民衆を幸福に導くための仏教が権力や権威の象徴として用いられ、経済や政治権力と結びついてしまった。仏教の本来の教えを民衆に知られてはまずいと、奈良時代には民衆への仏教の布教を禁じた時期すらあった。歴史の教科書に行基という僧の名前がでてくる。民衆のために土木作業を行ったとか載っているはずだ。それも嘘ではないのだが、実は彼は土木作業をしながら一般民衆と触れ合って仏教を広めた人なのだ。そんな偉大な人物だからこそ、近鉄奈良駅の噴水の真ん中に彼の像が立っているのだ。そして平安時代後期に末法の世となり、国も人心も荒廃してしまった。やがて鎌倉時代になってまたひとりの僧が、国家権力や経済と結びついた仏教界に反旗を翻す人物が現れる。
2025.10.25
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その末法に入った日本で正しい仏教をもう一度広めようとする人物が現れた。仏教を用いて平和な日本を創ろうとした聖徳太子の時代以降、仏教はその目的を失ってしまった。
2025.10.24
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そんな釈迦はどれだけ遠い未来の人々のことを考えて憂いていたかと言うと・・・1万2千年後だ。自分の死後1000年は自らの教えが残り、それを実践する人も多くいて、実践の結果釈迦と同じ悟りを開く人も多くいる。この時期を正法(しょうほう)と呼んだ。1000年後からは2000年後までは、教えと実践は残るが悟りを開くことが難しい時代に入る。この時期を像法(ぞうほう)と呼んだ。そして2000年後から10000年後までは、教えだけが残り、実践する人がいなくなった結果悟りを開く人がいなくなる時代になってしまい、人心が大きく乱れる。この時期を末法(まっぽう)と呼んだ。諸説はあるが、日本では1052年に末法に入ったと言われている。平安時代後期のことだ。
2025.10.23
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日本という国の遠い未来を見据えていた大久保甚乃丞氏と松下幸之助氏には共通点がある。それは言動の全てが「多くの人々のため」「民衆のため」だったことだ。一部の特権階級だけがいい思いをするのではなく、すべての人々が幸福になる方法を模索した人物が約2600年前にいた。仏教の開祖・釈迦だ。釈迦の教えは最初はバカにされ相手にされなかった。バカにしたのは特権階級の修行僧たちだった。彼らは釈迦の先輩にあたる人たちだった。だれも話を聞かない状況が続いても釈迦は悟りを開いた菩提樹の前に座り続けた。すると・・・話を聞きに来た者たちがいた。それは人間ではなかった。鹿たちだった。釈迦が最初に説法をしたのは鹿たちだったのだ。だからだ・・・奈良時代に大仏を建立する場所に選ばれたのは飛日野(とびひの)に近い場所なのだ。飛日野には古来からたくさんの鹿が住んでいたから、そこに日本一大きな釈迦の像(仏像)を建立したのだ。そうすれば大仏は永遠に鹿たちに囲まれて存在し続けられるというわけだ。
2025.10.22
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それでも政治が遠い未来を見据えたような物言いをしてきたことがある。たとえば2004年に言い出した『年金100年安心プラン』だ。自公(自民党・公明党)連立政権で総理大臣が小泉純一郎氏のときだ。とりわけ[福祉の党]なんて言っている公明党が中心に言い出した。私も当時よく調べてみた。正直何が安心なのかよく分からなかった。少子高齢化が進むので、現役世代の年金支払は額は増えて、高齢者が年金をもらう支給額が減る!この構造には変化はない。ただとのときいじった年金制度で、ものすごく増加する支払額が少しだけましになり、ものすごく減る支給額のすこしだけましになる・・・この程度だ。ちょっとっましになる・・・この程度のことで『100年安心』とはよく言えたものだ。あれから21年経った今、年金って安心だろうか?全然安心ではない。79年後の年金制度などもう破綻しているとしか思えない。政治家がいう『100年』なんてこの程度だ。その一瞬響きのいい言葉で注目を集めて目の前の選挙に当選さえすればもう明日なんてどうでもいいのだ。なんで未来の日本のことを考えられないのだろう・・・本当に不思議で仕方がない。
2025.10.20
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で・・・よくよく考えてみるとだ。少なくとも55年前から日本は高齢化になってきたのだ。ここで、なんで政治家が具体的な対策を講じてこなかったのかという大きな問題にぶち当たる。50年後、100年後の日本のことを考えなかったのだ。考えてこなかったのだ。近視眼的、近視眼的にしか物事を見てこなかった。だからこの有様だ。国会議員は何をしてきたのか?目先の自分の保身だけを考えてきたのだ。衆議院議員なら4年後、参議院議員なら6年後の自分の議員バッチのことだけを考えて政治をしてきた結果が今の日本の有り様だ。情けないにもほどがある!!大久保氏もさぞかし嘆いていることだろう。
2025.10.19
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我が国の高齢化率が7%を越えたのは・・・1970年だ。つまり55年前に【高齢化社会】になっているのだ。次に我が国の高齢化率が14%を越えたのは・・・1995年だ。つまり30年前に【高齢社会】になっているのだ。そして我が国の高齢化率が21%を越えたのは・・・2010年だ。つまり15年前に【超高齢社会】になっているのだ。15年も前に【超高齢社会】になっているのにだ。国会議員がだ。「今の日本は高齢化社会ですから・・・」とか言うのだ!!!国民をバカにするものいい加減にしろ!!!と声を大にしていいたくもなる。
2025.10.19
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高齢者が増加してくる、あるいは増加している状態の定義は1956年に国連が報告書にて発表している。まずは満65歳以上を高齢者として、その年齢以上の人たちが人口全体の何%になっているかで考えることとなっている。高齢者の割合(高齢化率)が7%を越えた社会を【高齢化社会】という!同じく、高齢者の割合(高齢化率)が14%を越えた社会を【高齢社会】という!そして、高齢者の割合(高齢化率)が21%を越えた社会を【超高齢社会】という!我が国の国会議員の多くは「今日本は未曽有の高齢化社会です!」「なので福祉や社会保障にお金が必要です!」「増税です!」という論調で国民に負担を強いているが・・・・議員連中の言っていることにどれだけの信憑性があるか・・・を我々有権者は考えたことがあるだろうか?
2025.10.18
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そしてこの超近視眼的で遠くに目線を置かない大企業の経営陣と政治家が結託しているのだから、この国がいい方向に向かうはずがない!この国の風潮を『今だけ、金だけ、自分だけ』と言い放った人物がいる。東京大学の鈴木宣弘教授だ。自分の生活さえ安定していればいい。そんな人生を送ってきている人間が平気で「持続可能な社会を目指そう」とか言う。開いた口が塞がらないとはこのことだ。次の例は政治家だ!私は「政治屋」と呼んでいる。政治を自分の私腹を肥やす道具にしか使っていない連中だからだ。まさに鈴木教授のいう「今だけ、金だけ、自分だけ」の連中だ。またそんな連中のもつ権限でおいしい思いをする連中やあるいはそんな連中に集まる金でおいしい思いをする連中もこの国の寄生虫だ。たとえば先の参議院議員選挙のときも、多くの政治屋の口から「少子高齢化」という言葉を聞かされた。「今我が国は未曽有の少子高齢化です!」とか平気で言っている。私は心底「はぁ~~~~~~???????」と思っている。
2025.10.17
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どうだろうか?自分の会社の収益を上げて、しっかり税金を支払って・・・その税金だけで国を運営することを可能にして、国民が納税しなくていい環境を作ろうとした実業家がいたのだ。彼がこの世を去って38年が経った今現在、そんなことを考えている実業家や会社経営者がいるだろうか?皆自分の目先の利益しか考えていない。数時間後、数日後の自分の利益しか見えていない。そしてそれが正しいと思い込んでいる。だから経済が前に向かない。そしてさらにその目先の小さな利益だけを追い求めた結果が今の日本のこの有様だ。30年以上不況が続いている先進国なんて・・・漫画にもならない。そんな状態なのに、日本の富裕層の資産の合計額はなんと世界2位だそうだ。いかに一部の金持ちだけが目先の小銭をかき集めているのかがよく分かる数字だ。
2025.10.16
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その Panasonic も数年前に大規模リストラをしたと報道されたときは、本気でひっくり返りそうになった。・・・話を戻す!そして松下氏が考えていた未来の松下電器と日本国民、そして日本政府の関係がこうだ。松下電器が安くていい品物をどんどん世に送り出す。それを購入した国民の暮らしが便利になる。暮らしが便利になった分、仕事などの生産活動にあてられる時間が増える。その分、収入が増える。そのうえでさらに松下電器が良い製品を世に送り出す。みんながそれを買う。松下電機に収益が入る。松下電器の納税額が上がる。最終的には松下電器の納税額で国家予算をまかなえるようになり、国民は納税しなくてよくなる。納税しなくてよくなった分のお金がさらに世の中に循環して経済が活性化される。彼はそんなことを考えていたのだ。
2025.10.15
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しかし、松下氏はだれ一人として解雇しないことを公表する。それに奮起した社員たちの働きで業績は奇跡的なV字回復を遂げた。彼はその時、目の前の会社の小さな利益などに目もくれず、社員やその家族たちの10年後20年後の生活を考えたという。これこそ『経済』の意味を知る経営者の姿であり、とるべき行動なのだ。目の前のこと、、、本当に今日明日だけしか見えていない経営者がとる最も愚かな対策がリストラであることを、この事実が証明している。
2025.10.14
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かつてもうひとり、『経済』の意味を熟知し100年以上先の日本を見据えていた人物がいた。松下幸之助だ。彼は松下電器(現Panasonic)の創業者である。彼の話をするとキリがないが今回の話題に即したことを何点か述べたい。彼が松下電器を創業して10年ほど経った昭和4年、、、日本は未曽有の不景気に陥った。そのとき彼は「金持ちが金を使って経済を循環させないといけない」と乗用車を購入した。昭和4年に乗用車を購入するなんて今では考えられないことだ。その車のナンバーは59だったらしい。つまり日本国内で購入登録された59台目の車だった。当時の日本は大日本帝国だった。それまでの58台は国や軍が購入していたといわれている。そしてその不況のあおりを受けて会社の売り上げは大きく落ち込んだ。それもそのはず、当時は電化製品など贅沢品だったのだ。多くの従業員をかかえていた松下電機も経営の危機に陥り、社員の多くが解雇されることを覚悟した。
2025.10.13
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『民主主義』とは、【みんなで話し合いによってものごとを決定すること】。ちなみに『話し合い』とは、【合意形成】が目的。一方的に自分の主張だけを投げつけることではないし、相手の言い分をただ否定すればいいというものでもない。政治に関心を持ち自ら参加しないと【みんなで話し合いによってものごとを決定すること】の【みんな】の中に入れない。そして『経済』とは、【経世済民】の略語。『経世済民』とは「世の中を経(おさ)めて、民衆を救う」こと。決して一部の人間だけが裕福になることではない。この2つの言葉も意味を知らない、学ばない、教えない・・・だから政治が一部の人間たちが私腹を肥やすための道具に使われるし、使われてきたのだ。
2025.10.12
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彼がなぜ私財までなげうったのか・・・ここにも触れておく。彼は知っていたのだ。民主主義とは何か! 経済とは何か!を。一部の限られた人間だけが裕福な状態の民主主義は偽りの上に成り立っている。それを打破したかったのだ。みんなが豊かな地域を、みんなが豊かな国を目指したのだ。民主主義とは何か!経済とは何か!これを民衆に知られれば困るのが一部の富裕層だ。だからどうだろう?民主主義とは何か?と問われたとき経済とは何か?を問われたとき明確に答えられる人は少ないのだ。まさに連中の思うツボなのだ。
2025.10.09
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彼が交通網を整備しようと考えた目的はもちろん香川県のは発展のためだ。四国の玄関口と言われている香川県の発展はそのまま四国の発展につながると考えた。明治時代に議員になった人物の多くは有識者であり裕福な階級の人たちであった。それもそのはず・・・それまで2000年近く朝廷や幕府の独裁状態で国を運営してきた日本である。急に民主主義だの議会だのと言われても何も分かっていない人ばかりだったのが現状だ。まずは有識者が議員になった。議員の立場と民主主義を知らない民衆を利用して私腹を肥やす者も多くいたが、大久保は違った。豪農であった実家は裕福だった。交通網の整備を議会で訴えても「予算はどうするのか?」との反対意見が多く話は先に進まない。大久保は話を進めるために私財をなげうって整備を進めたのだ。今の政治家にもこの志が少しでもあれば・・・と思うが微塵も期待はでいない。
2025.10.08
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彼がこの都都逸を読んだとき周りの人たちは、冗談だと思う者もいたし大ほら吹きだと嘲笑した者もしたし実際予算はどうするのかと詰め寄った者もいたらしい。しかし彼の構想は徐々に現実のものとなった。香川県を中心に主要な道路が整備されていった。そして都都逸から約140年後の1988年に瀬戸大橋が完成して本州と四国を結んだ!
2025.10.07
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彼がこの都都逸を読んだのは42歳の頃と言われている。彼は1849年(江戸幕府が大政奉還をする17年前)に香川県の山間部にある財田町に生まれる。様々な経歴を経て香川県議会議員となった。このころに香川県に主要な道路を整備し、鉄道を通し、そして本州につながる橋の建設を提唱した。すべては未来の香川県のためだ!
2025.10.05
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こんな話もある。「笑わしゃんすな 百年先は 財田の山から 川舟出して 月の世界へ 往来する」という都々逸(どどいつ)を読んだ人物がいる。彼の名は大久保甚之丞(おおくぼじんのじょう)。この都々逸を読んだのは1891(明治24)年だったといわれている。
2025.10.04
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そしてさらにその翌日、その母親はまぁご丁寧に学校までやってきて校長室で「担任に会うわせろ!」「直接謝罪させろ!」とわめき散らす有り様。授業を中断させられた彼女が校長室に入った後は、謝罪しろ・しないの口論になった。が、もちろん彼女は謝罪しなかった!まぁこういう類のことは教育現場でなくてもよく耳にするのだが、原因は明確に分かっている。それは『目線の遠さ』だ。今回の場合で言えば、、、この母親は「今」「この場」だけしか見ていない。つまり目線が思いっきり近く【近視眼的】なのだ。「今、娘が他の生徒の面前で恥をかかされた!」ことに怒っている。対して担任である彼女はその児童の「10年後」「20年後」あるいはずっとその先を見据えている。そんなに誰かを心底侮蔑した言葉を平気で使う人間になってほしくない。あるいはその言葉の意味を知ったとき、自分の言動を恥ずかしく思い、相手に対して謝罪してもしきれないほどの心の傷を与えてしまった事実に一生涯苦しんでほしくない。つまりはその児童の将来を考えて叱っている。目線がかなりの遠くにあり【大局的】なのだ。そんな2人の意見に合意点が見いだせないのも当然と言えば当然だ。
2025.10.02
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