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よく「友達がいない」とか「ぼっち」だとかいう言葉を若い世代の人から聞かされる。そんなみんなに私はよく「心配ない」と言う。そんな若者の多くは私が孤独に生きてきているから言うセリフだと思っている人も少なくないようだ。確かに私は「孤独はパワー」だとか「孤独でいられる才能のある人間にしか孤独はやってこない」とか「孤独が友達だ」とかいうから無理もない。しかしながら申し訳ないし残念ではあるが私は孤独ではないのだ。30歳代くらいまでは孤独だと思っていたが、40歳代でそれに疑問符がつきはじめた。そしてもうそろそろ還暦・・・というここ数年でそうではないことに気づきはじめた。
2025.06.30
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このようなスポーツ界での人種差別は今までにも数多く起こってきた。1968年のメキシコ・オリンピックでの陸上男子200mの表彰式で何が起こったか・・・みんさんも調べてほしい。そして日本においても、国技・大相撲の外国人力士に対して差別的なことが起きていないかがとても気になる。『健全な精神』とは一体何を意味するのか・・・もう一度深く考えるべきである!
2025.06.27
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結果、山本投手はその打者を三振に打ち取ることができず、三者連続三振とはいかなかった。ツーストライクに追い込んだ後の球がストライクゾーンを外れたボールなら問題はない。しかし誰が見ても明らかなストライクだったようだ。とのときの実況もその後の報道も「誤審」と報じていたのがその証拠だ。ではなぜベンチはビデオ判定の要求や球審への抗議をしなかったのだろう・・・答えは簡単だ!「ま、アジア人だから仕方ない」ってことだ。
2025.06.26
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・・・とここまでは以前にも述べた内容だったが、先週また同じようなことがあったので触れずにはいわれなかった。またもアメリカのメジャーリーグだ。日本人の山本投手が2者連続三振を奪った後だった。もうひとり三振に打ち取れば三者連続三振となる。これはメジャーリーグで116回しか記録されていない偉業で、今期はまだ1人の投手しか達成していないかった。山本投手は3人目の打者もツーストライクと追い込んだ後に投じた球に打者は手が出なかった。誰もが三者連続三振!!と思ったその瞬間・・・球審はボールの判定をしたのだ。
2025.06.25
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2年ほど前にも触れたが、アイルランドの体操協会が黒人女子選手にだけメダルを渡さなかった件もそうだ。そのチームにいた黒人は彼女だけで、泣いていたのも彼女だけ、、、他の白人は何事もないかのような空気を出しているのだ。たとえチームの一員でも、黒人に同じメダルを渡したくないということだ。アメリカメジャーリーグで初めて大谷選手がホームランダービーに出た時もそうだ。なんだか良く分からないおじいさんがピッチャーでものすごく速いペースで安定しないボールを投げた結果、大谷選手は大きく肩で息をしながらバットを振らされた。あの二刀流で試合に出ている彼があんなに息を切らせているシーンを私は見たことがない。スタミナなんて通常の選手の何倍もあるはずだ!なのにあれだけペースを乱された。しかもキャッチャーは当時の通訳をしていた日本人で野球の選手ではないのだ。どれだけアジア人にホームランダービーで1位を取らせたくないかがよく分かるシーンだった。
2025.06.24
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随分以前にも触れたが女性フィギアスケート選手のスルヤ・ナポリーさんのバックフリップという大技は禁止されてきた。なぜなら世界でその技を氷上で決められるのは彼女だけだからだ。そして彼女は黒人だからだ。みなさん!フィギアスケートの世界になぜ黒人選手が非常に少ないと思いますか?体操競技だってそうです。否定する人も大勢いることは承知ですが言います。そこに人種差別があるからです。断言しときます。でも最近そのバックフリップという技がフィギアスケートで認められるようになったのですよ。なぜか?その技を氷上で決められる他の選手が現れたからです。その選手は白人男性です。ほらね!その選手が黒人男性であれば認められていないんですよ!!!あるやんけ! 人種差別!!!いつも俺に「ない」って言うてるヤツ・・・お前やお前!納得いく反論を書き込んでもらおうかい。あ~~~楽しみ。みなさん、ワクワクしながら反論書き込みを待ちましょうね!
2025.06.23
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大きな力を持つ者、あるいは何か秀でた才能や能力を持つ者、そんな人たちがそれらの力や才能・能力を『弱きを助け、強きをくじく』ためにのみ使う・・・これがヒーローだ!我々が子供の頃にテレビで見てあこがれたヒーローたちも間違いなくそうだった。しかし実際の世の中はどうだ?そんな力を持つ者は『弱きをくじく』ためにその力を使い、そんな才能や能力を持つ者たちは、すぐ目の前にある小さな小さな自分だけの利益を他者から奪い取るためにだけその才能や能力を使うのだ。今まで何回も言ってきているが、スポーツ界も例外ではない。
2025.06.22
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良く調べてみるとこの詩は風刺詩というジャンルに区分されていて、その意味をちゃんと訳すと「健全な身体に健全な精神が宿るように神に祈るべきだ!」となるらしい。つまり!健全な身体に健全な精神が宿ることは少ない・・・または必ずしもそうでないということをウェナリスは訴えているのだ!
2025.06.21
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かつて古代ローマの詩人ウェナリスが言ったとされる有名な言葉がある。私も若いころ散々大人たちから聞かされた。『健全な精神は健全な肉体に宿る!』だから体を鍛えろ!スポーツに打ち込め!弱音を吐くな!努力しろ!本当に散々聞かされた。幸いなことに私は高校に入ってからは、「この大人からはそう言われても納得できる!」という人たちに多く出会うことができた。しかし・・・それまでは・・・「お前が言えた立場か!? 年上や言うだけで偉そうにすなよ!!」と思わざるを得ない大人が多かった。
2025.06.20
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ここ数日の暑さは本当に異常だ。もう暑いではなく熱いだ。最近では地球温暖化ではなく地球沸騰化という言葉を使う学者がいるが全くその通りだ。昨日私は体が沸騰するのではないかと生まれて初めて感じた。私も人間だからいつかは死ぬのだが・・・熱さにもがきながらは心底嫌だ!!!
2025.06.19
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言語・言葉の不思議な点はたくさんある。でも一番不思議なのは、その言葉に秘められた大きな意味を我々は次第に考えなくなってしまうところだといえないだろうか?もう一度、言葉を振り返ってみてはどうだろうか?
2025.06.18
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まだある。我々が生きていくうえで無関係ではいられない語だ。「大人」の語源は?「親」の語源は?「子供」の語源は?「社会人」の語源は?「学生」の語源は?「政治」の語源は?「経済」の語源は?「時間」の語源は?「時代」の語源は?「自由」の語源は?「愛」の語源は?これらを知らずして知っているような気にはなっていないだろうか?
2025.06.17
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例えば私は二輪指導員もしている。二輪に関しては一般の皆さんよりも知識が深くなければならない。まずはそれぞれの言葉の語源を知っておく必要がある!「二輪」・・・はいいとしても、「バイク」の語源は?「単車」の語源は?そこから深めていかねばならない。そしてまた私は学習塾も経営している。「学習」の語源は?「塾」の語源は?「先生」の語源は? [teacher]または[teach]の語源は?「教育」の語源は? [education]または[educate]の語源は?「勉強」の語源は?「成績」の語源は?これらを知らずして生徒の前に立って「先生」と呼ばれている人間がいるのなら、それはもう立派な詐欺だと断言せざるを得ない!
2025.06.16
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このように、言葉というものはその語源を辿るとなかなか奥が深く含蓄深い。私が子供の頃に思っていた、、、言葉は昔々の大昔に誰かが適当に使い始めて、それを聞いた人たちが「お!それええやん!」って感覚で使い始めて広がっていった、、、というような安直な代物ではないようだ。それぞれの言葉に様々な意味を持たせて考え出されたもの・・・それが言葉というものらしい。我々は今一度、日常によく見聞きする言葉の語源を辿っていく必要がある!!
2025.06.15
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ちなみに英語で「紙」は [paper(ペイパァ)]日本語表記では「ペーパー」だ。この [paper] の語源は [papyrus(パピルス)]だ。これは古代エジプトで、パピルスという植物を加工した素材に文字を書き記していたことから由来しているそうだ。そして興味深いのは、このパピルスという言葉は当時の神話や宗教にも深くかかわっているという点であろう。パピルスは古代エジプトの大気の神・メアンの象徴だともいわれている。英語での「ペーパー(神)」の語源は「神」・・・そして日本語の「紙」は「神」と同じ発音で表現される・・・これは果たして偶然なのだろうか?
2025.06.14
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そんなこんな(?)で、私はやはり言語というものは名詞からはじまったと思う・・・というか思い込んでいる。さてその名詞であるが、ほとんどのものに語源というものが存在する。その名詞のルーツ、または起源といえるものだ!これを辿ると非常に面白い結果を得られることも少なくない。例えば「紙」だ。現在の我々は「紙」と言われれば薄いシート状のものを思い浮かべるが、その語源は「竹簡(ちっかん)」や「木簡(もっかん)」の「簡」からきているという説が有力だ。「竹簡」も「木簡」も文字を記す道具として用いられていたので、「簡(かん)」という発音がやがて「かみ」に変化していったとされている。
2025.06.13
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ここで文章の構成について考えてみる。文章を作るうえで最も中心になる言葉は何だろう・・・私の中では品詞でいうと名詞だ。名詞の中でも、文の構成でいうと主語だ。私と話がかみ合わない人は必ずといっていいほど主語が確定いていない・・・何の話?誰の話?これが分からないと何もわからない。また主語を確定させずに言葉を発する人の話の内容は、ひとりよがりな自慢話だったりする確率も非常に高いので耳を傾ける気がしない。学生時代にある教授に「君は主語を気にしすぎる傾向がある」と言われたことがあるが、それは語学を学ぶ私にとって最大の誉め言葉だった。
2025.06.11
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仮に本当にこの世やこの宇宙を作った創造主が存在したとしても、おそらく万物のひとつひとつであるモノができて、その後にそれらを示す言葉が生まれたように私は思う。その逆はどうしても考えにくい。また創造主は存在せず、偶然地球に声明が発生する環境や条件が揃った後にその生命が知恵を自ら育んだ結果言語が生まれたとしても、やはりモノの名前を示す言葉から生まれたのだと思う。なので・・・何の根拠もなくただ私が「そう思う」という理由で、言葉は名詞から発生したということで話を進めさせてもらう。・・・ちなみに皆さんはどう思われるだろう?言葉はどの品詞から発生したか・・・という問題を!ちなみについでに・・・今まで何人かの人にこの質問を投げかけたが、返ってきた返答は酷似している。「そんなこと考えたこともないで!」・・・これだ。確かにそんなことを考える人間の方が珍しいという自覚はある!
2025.06.08
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「はじめに言葉ありき、言葉は神と共にあり、言葉は神であった。」と和訳されるこの有名な一説。この世の万物を創造した神はまず言葉をつくった・・・これは、神の言葉によってこの世の全てが創造されたという意味として解釈されている。しかし申し訳ないが私はあらゆる宗教の経典の本質は説話だと思っている。新約聖書だって例外ではない。そんな私の頭の中では「言葉が先にできたのか、万物が先なのか・・・?」という疑問が生まれるのだ。
2025.06.07
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さてこの約7000種類にも及ぶ言語に共通点があると学生時代に教わったことがある。それは名詞と動詞の存在らしい。これらがないと言語は成立しないとのことだった。よく考えれば納得である。おそらく我々人類は名詞の構築から入ったのではないかと私は想像する。最初は言語とは程遠いただの音だったのではないかと思っている。「あ~」だとか「う~」だとか・・・生活上で必要なものの呼び名をだれともなく共通の音で表現しはじめたのだはないだろうか?それがやがて多くのモノに及んだ結果、その音が複雑になっていき、それに対応すべく後から声帯が発達したのではないかと推測している。新約聖書ヨハネの福音書の冒頭にある一説を知ったとき、なぜだかそのように思ったのだ。『はじめに言葉ありき・・・』だ。
2025.06.06
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世界の言語の多くは大きく分けて6つの『語族』に分類される。例えば学生諸君が勉強している英語は『インド・ヨーロッパ語族』の中の『ゲルマン語派』に分類されている。この『ゲルマン語派』は大まかに文字を見れば分かることが多い。アルファベットまたはそれに近い文字を用いているので一目瞭然だ。しかし面白いことにどの『語族』にも属していない言語も存在する。中国語・韓国語・そして日本語がそうだ!!これらは今まで自動翻訳機にかけにくかった言語でもあった。
2025.06.05
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現在地球上には7000ほどの言語が存在するといわれている。言語をどのように定義するかによって250ほどの数が増減するらしいが、それでも平均値としては7000が適切だといわれている。それらのルーツを探ることは可能だ。それをたどればそれぞれの言語の発祥の時期や地域の特定ができる。
2025.06.03
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我々ホモ・サピエンスは長い年月をかけて、その言語を維持し発展させてきた!しかし不思議なのは、その発生の場所や明確な時代はもちろんのこと、最初に創造した人の特定ができないことだ。まぁ考えてみたら当たり前のことかも知れないが、それでも私はそこを不思議に感じる。そして同時にある種のロマンをも感じてしまうのだ。
2025.06.02
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我々ホモ・サピエンスと密接な関係であったといわれているのがネアンデルタール人だ。彼らは我々より恵まれた大きな体格を持っていたのだが最終的には絶滅してしまう。その大きな原因の一つが言語だといわれている。身体能力で劣るホモ・サピエンスは繊細な表現を可能とする言語を構築していった。なので生きていくうえで必要な知識の共有や伝達が可能だったのだ。一方諸説あり現在でもその研究が進められているのだが、一説によるとネアンデルタール人は狩猟道具を発達させていき、のちにそれらを戦いに用いたことが原因で数を減らしていったともいわれている。ともかく我々ホモ・サピエンスは繊細な言語を用いることが最大の特徴であるとされているのだ。
2025.06.01
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