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霊視をしていると「一人でいることを好む」魂というのがおられます。例えば猟師や山伏なんかがそうですね。先日視た方では陶芸家なんていう前世も一人で居るほうが楽そうでした。 こういう魂の方は現代社会の人口密度の高い中で生活をしていると自然とストレスが溜まるようです。ご自分では意識していなくても、多くの人と接することが負担になるようです。中には、自分は「人が好き」と思っておられる方もおられるようですが、本来の魂は自然の中に一人身を置くことを好みます。 人嫌いと言うのではないのだろうと思います。自然の中に自分が居ることをごく普通のことと感じているようです。人工物に囲まれている生活が不自然なものなのかもしれません。元々日本人は「木」と「紙」で出来た住居に住んで、自然の風が吹き込んでくる半分自然の中のような家に住んでいたんですから。 孤独を愛する魂なのではなくて、自然と一体化しているときに本来の呼吸が出来る魂なのだろうと思います。私なんかもバードウォッチングに出かけてしまうのは自然の中に一人身を置くことの楽しさを魂が求めているからかもしれません。
2010年11月30日
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自宅から歩いて五分くらいのところに犀川という二級河川が流れています。よく散歩に川縁を歩いたりするのですが、河口から八キロくらいある場所になります。 先日その川で遡上してきた鮭を見ました。金沢市内のこんな川で鮭を見たのは初めてだったので驚きました。 いつもニュースなんかで見る鮭よりもちょっと小ぶりでしたが、間違いなく鮭でボロボロになっていました。動きももう緩慢でヨレヨレの感じでした。 でも何だかちょっぴり感動です。 故郷の川の匂いを忘れずに上ってきたわけで、河口から八キロもの距離を流れに逆らって上ってきたわけで、もうすぐ死んでしまうわけで、仲間も他に見かけないから交尾というか生殖行為も出来ずに死んでいくわけで、でも必死で登ってきたわけで、木々が紅葉して実を成らして落とすように彼らは海から淡水の水の中を頑張って上ってきたわけです。 何だか命の尊さのようなものを川の中に感じました。
2010年11月29日
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霊視をすると日本武尊(やまとたけるのみこと)の妻の姿が視えました。彼女は日本武尊の妻の一人で、彼の遠征に付いて行った一人でした。彼には妻は何人もいて、本妻とも呼べる人は本拠地に残っていました。 彼女の前世は夫と共に戦場に従軍していた側室のような立場の女性だったようです。だから、彼女の魂からはパートナーと共に戦っているときに一番の生きがいを感じるダイナミックな波動が出ていました。 家をひっそりと守って主人の帰りを待つというタイプではなくて、主人となる男性と共に表で戦うのを潔しと感じる心を持っていた女性のようでした。 霊視の中の姿は夫である日本武尊の乗馬の白馬の轡(くつわ)を取る姿でした。行動的で、前向きな生き方をした女性だったのだろうと思います。言葉は変ですが、「戦地妻」というような立場でしょうか。それでも彼女は愛する人と共に戦えてとても幸せだったように思えました。 お話を聞くと、ご夫婦は(施療を受けたのは奥様だけだったのですが、ご夫婦で来院しておられました。)先日伊勢神宮へ参拝されたばかりだったそうで、何となく日本武尊とのご縁もその辺りに感じてしまいました。
2010年11月28日
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亡くなった父が転生したらしいというのは、娘の夢の話から始まったことでしたが、どんな夢だったのかを娘に聞きました。 すると、「夢の中でじいちゃんと話をしているんだけれど、よく見ると話している相手はじいちゃんじゃなくて若い男の人というか子供で、でも自分の中ではどう考えても話している相手はじいちゃんで・・・・。何だか健康ランドで皆が着ているような筒型の服を着ていた・・・」との事。 どんな所と時代に生まれ変わっているんだか・・・少なくとも男の子に生まれ変わっているらしいことは判明しました。 娘は性格などがとても亡き父に似ていて隔世遺伝だと思いますが、そんな関係で何かの糸で父と繋がっているのだろうと思います。家族というのは不思議なもので繋がりあっているんだなぁと思ってしまいました。
2010年11月27日
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やっかいな霊的トラブルを抱えている人の仲間という人はほとんど又、同じようなトラブルを抱えているものです。 類友というヤツですね。そういう雰囲気はそういう雰囲気を持った人を集めてしまうわけです。そういう人が紹介してくださったお客様が来られました。霊視すると魂の中に黒い部分があって、渦を巻いています。マイナス思考の渦のようです。小さな事、つまらない事を全て自分のせいにして悪い方へ悪い方へ考えていっているようで、身体のほうも緊張状態が続いてカチンカチンになっています。 しかも自覚している感じがありません。無意識にこういう状態になっているのが一番始末が悪いのです。 精神の落ち込んでいる状況と身体の状況をちょっときついくらいにお話しました。そうすると不思議な事にひどい事を言われているのにお顔が笑顔になっていきます。心の潜在意識が必要な事を言われているのに気付いているのだと思います。カンフル注射をされたようにお顔が明るくなりました。 誰かにはっきりと自分の陥っている状況を伝えて欲しかったようです。そろそろ悪い状況から解き放たれる時が来ていたのだろうと思いました。少しはお役に立ったかな?
2010年11月26日
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子供の頃の習い事。 書道・・・小学校二年生から六年生まで毎週一回、習っていました。親は行儀を良くさせるために習わせていたように思います。だから書は決して上手くはなりませんでした。中学の習字の授業は楽でしたが・・・。才能がなかったのでしょう。 絵画・・・これも小学生の頃半年ほどお寺の僧侶で絵描きさんでもある人に習っていました。デッサン力がなくて、建物などを描くと歪んでいました。好きでしたが、やはり才能がなかったようです。 算盤・・・これも小学生の高学年の二年間くらい習っていました。段を取るまでには行かず、ただ暗算は得意でこれは今も生活の中で役立っています。 習い事というのは情操教育や子供の才能を見出すために必要なものなのかもしれませんが、私の本当の才能は人を癒す分野にあったようなので、これは子供の頃の習い事では見出せませんね。 そう言えば、近くのお寺さんで読経も習っていたなぁ・・・あれは何だったんでしょう?
2010年11月25日
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霊視をするとそれが視えました。 「竜頭」・・それはお寺の釣鐘を吊って置くための引っ掛ける部分を言います。それが上から目線で視えたのです。それでこの方はお寺さん関係の人なのかと思いました。 それにしては、何故釣鐘が上からの目線で見えるのか?よく視ているとそれは歌舞伎の舞台でした。「娘道成寺」の一場面です。安珍が隠される釣鐘が床に置かれていて、それを視ていたのです。 そう、この方の前世は歌舞伎役者・・・そして安珍役は当たり役でもあったようです。 恋に狂った清姫が化身した大蛇に巻かれ、焼かれて息絶える安珍の役。彼の女性との関係が表されているようです。 竜頭というのはとても重い釣鐘を一点で支えるものでもありますから、彼が強い責任感の持ち主でもあり、それに押しつぶされないようにという警告も含んでいたのでしょう。 本来なら仏の教えを「一音」に変えて、広く響かせるためのものが釣鐘です。梵鐘です。それに隠れて女の嫉妬の炎から逃げなくてはならないとは悲劇ですが、何がしかの意味があるのでしょう。 彼にはこのまま視えたものを伝えられはしなかったのですが、彼なら自分で何とかできるだろうと思いました。
2010年11月24日
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秋は終わり、もう冬の季節ですね。木々の紅葉も街中まで始まって、落ち葉を踏んで歩く機会が多くなりました。 今年の落ち葉は踏むと「今年の暑さはまいったなぁ、まいったなぁ」と言っているような気がします。 もうすぐ白いものが降ってきます。白い街になったら、さすがに夏の暑さの記憶も薄らぐかもしれません。 夏よりも冬のほうが好きです。
2010年11月23日
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昨日娘が私に「最近、じいちゃんいる?」と聞くので、「そう言えば、最近あまり視かけないなぁ・・」と言うと、「そうでしょう。じいちゃん生まれ変わったような気がするんだよね。夢に見たし・・・」ということです。 魂が訪れると感覚的にわかりますし、我が家は私と娘がそういう感覚があるので二人で時々そういう感覚を共有します。(ただし、娘は建前的にはそういうものは信じないという態度でいますが・・・ひねくれているんです。) 私の父は転生したようです。霊界に父の魂の存在を感じなくなっていました。 でも、転生したというのは魂としては幸せな事なのかどうなのかわかりませんね。霊界にいたほうが幸せで、現実界は魂の修行の場だから「もう一度苦労してきなさい。」と追い出されたのかもしれないし・・・。 まぁ、何かの目的があって転生したのでしょう。ただし、霊界では時間軸が自由になりますから、今出会ってもどんな年齢の人なのかはわかりませんが、とりあえず11月20日生まれの人には注意が必要ですね。知らされた日というのは何か意味があるはずですから・・・。 我が家のプチ霊媒話でした。
2010年11月22日
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日本の神様の存在というのは多重構造になっているように思います。天照大神を頂点とした「古事記」や「日本書紀」と言った新しい大和朝廷以降の神様たちの構成の以前に、旧神とも言える神々の存在があります。 一部の古代史家達にはこの旧神というか土着の神々を悪い「オロチ」などという蔑称でいっしょくたにして差別している人達もいますが、私はこの旧神たち{蛇神、土蜘蛛、小さ子神等々)を決して悪い神とは思いません。 日本を支配していくのに都合が悪いので払拭してしまった為政者達がいたせいで、この原住の神々達は末端のほうへ押しやられてしまいましたが、日本人の魂の根底にはこの神々を信仰していたアニミズム(精霊信仰)の流れが残っていると思います。 それはおどろおどろしい闇の中の流れに見えるから、畏怖の感情を生み、嫌悪されやすいものかもしれませんが、そこにこそ日本人の心の善性のルーツがあるように思えます。 そして、この旧神たちの存在のまだ下に超古代の神々の存在が見え隠れしています。それは、今一般的にパワースポットなんていう安易な名前で呼ばれている場所の近くにひっそりと隠されて、日本の地脈・水脈・氣脈と繋がっているポイントに残っている存在でもあるし、神代文字などに示されている僅かな痕跡が示している超古代文明に通じる神の存在です。 基本的に神々というのは善悪を超越しているし、人の存在なんて無視している存在ですから、こちらが(人間が)勝手に見出して解釈して信仰しているに過ぎないのですが、それにしても日本の過去の中には何重にも重なった神々の歴史があるように思います。 旧神たちは霊視の中によく出てこられます。ですから彼らの存在はよくわかっています。しかし、そのまだ元のところにさらに視える古代神たちの姿はまだまだ遠い存在です。少しずつ見通していけたらと思っています。
2010年11月21日
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現代人は平均体温が36度ではないらしい。若い女性だと34~35度で普通らしいです。 体温が低いと弊害が多いようです。まず、免疫力が落ちるから風邪などを引きやすい。大腸などの内臓の活性も下がるので便秘にもなりやすい。そして妊娠しずらい体質にもなってしまう。「冷え性」なんていう言葉で片付けていると安心するかもしれませんが、これは「未病」でも重い症状なのかもしれません。 私がお勧めする改善策はリンパ刺激です。リンパ腺のある首筋、わきの下、そけい部を乾いたタオルで毎日ごしごし三分間こするだけ。体温が36度台に回復し、風邪が引きにくくなり、その他の弊害も解消されていきます。 とても簡単でしょう?でも毎日続けるのは大変。信じてみるのも難しいことです。でもちょっと三ヶ月ほどやってみませんか?
2010年11月20日
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南方熊楠という方は私の大好きな偉人ですが、南紀に住んで研究を続けられた博物学者・言語学者です。 霊的なものにも造詣が深く、霊体のようなものを感じ取る力も持っておられたようで先日行った熊野の山岳地帯にも研究のために二年間潜り込んでおられたようで・・・。 何しろ南紀という土地はパラダイスのような場所で以前和歌山県の白浜に行ったときも感じましたが、人の霊性を開放する力があるように思います。 パラダイス後遺症で、帰ってきても何だかボーーッとしています。あの土地の神々の中に南方熊楠氏も溶け込んで今も生きておられるような気がします。
2010年11月19日
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熊野へ行って何か変わったかな?と考えてみる。神様というのが、自然の密度と関係深いことがわかったのは収穫ですが、自分の中のチャンネルが増えたようには感じません。 ただ、一つ何かの赦しを得たような気がします。伊勢神宮のときは私ではなくて家内が呼ばれていた感じになったのですが、熊野は間違いなく私も呼ばれていたようで、ただもう一度個人的には一人で行かなくてはならない感じが残っています。 神様というのは仏様と違って一対一で対するモノなのだと思います。家族や集団で接するとプイとあちらを向いてしまうようなところがあるようです。 もう一度、今度は一人でおいで。そういう赦しを得たような気がします。熊野詣というのは何度か行くことになってしまうというもののようですが、今度は一人で行きます。行けるかなぁ・・・。
2010年11月18日
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那智の滝の写真には色々なものが写っているようで・・・。滝の前で私の前に立って私の邪魔をするように立つ中高年の女性がいて「変な雰囲気」を感じました。同じ女性が帰りの石段のところでも私の前に立って同じように邪魔をします。やはり「変な雰囲気」を感じました。 那智の滝自体はとても神聖な雰囲気を湛え、尊いご神体でした。しかし、その周りには「人の思い」というものが集まってきています。それはしょうがないことなのですが、情けないものでもあります。 滝は滔々と流れ落ちていきますが、それは「逆相」と捉えなければならないものなのだと私は思います。天に向かって落ちていっている清らかな水の流れなのです。人は死んだら天に向かってこの滝の水のように清らかに純粋なものになって「落ち昇らなくてはならない」のです。 何故、那智大社で「火祭り」が行われるのか?それは「水」の逆相を人々に「炎」という姿で見てもらい感じ取ってもらいたいという神様の思いでもあるのです。「浄化」というのが「自然」の本来の姿なのです。 このブログには写真を貼り付けにくくて写真を入れていません。那智の滝の写真に色々写っていたらしく、他のブログで少し話題になりました。
2010年11月17日
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熊野への旅はバスによるパック旅行です。今回はガイドさんも運転手さんも神様から遣わされた人達でした。ガイドの女性は相当年配の方で、金沢弁をよく使い超ベテランという感じで、事代主命の眷属ぽい感じで、運転手さんがこれまた凄い男性で間違いなく龍神系の眷属の方で多分那智大社のほうから遣わされた感じです。この男性のお陰で帰りのトラブルがとても回避されました。凄い人だとは感じていたのですが・・・。 最初に熊野速玉大社へ行きました。木々が枝のほうまで苔むしていて、その幾つにも枝分かれした支点のところに、のんびりと胡坐をかいている神様の姿が視えて、これはまた神様密度が濃い場所だなぁと思いました。 途中の車内でガイドさんが「檜(ひのき)」は「火の木」だと言う解説をされたときに、この辺りの山の木々のほとんどが檜なのだと知りました。 そして「杉」の木は「水(すい)の木」で「すぎ」なのだと思いました。「檜」と「杉」、「火」と「水」の木で「か(火)」と「み(水)」で神の木となって日本の森林が成り立っているというのがとても面白いと思います。 那智大社。今回の旅に呼んでくださったのがここの神様なのだと感じました。滝の元へ降りていく石段で滝が段々綺麗に見えてくるにしたがって、感動が襲ってきました。何て神々しい滝なんでしょうか。神様の姿を間近で視るような気がしました。神様は何もおっしゃってはくれませんでした。 ただ、帰りながら石段を登りつつ振り返ってまた同じように神々しい姿を見ようとすると木々の枝が隠して見えません。えっ、何故?同じ場所から見ているのに来たときには見えた滝が帰りには隠れて見えません。石段の同じ場所を何度も確認して振り返っても、木々の枝が隠します。 「振り返るな!前を見て歩いていきなさい。」そういうメッセージなのだと思いました。神様というのはそう何度も同じ人間の前に姿を見せてくださるものではないのですね。 滝の周りの木々の枝には修行者たちの魂が宿っていました。 バスの運転手さんは帰りの高速が事故で渋滞していると事前に察知して、すばやく一般道を抜けて予定時間よりも早いくらいに金沢へ連れ帰ってくれました。凄い運転技術と知識だと思いました。さすが神様の眷属。
2010年11月16日
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行って来ました。ただいまです。 開口一番。「やはり日本は森と山、木と紙の国です。」ということです。 熊野は何しろ「木の国」でした。木々の密度が無茶苦茶高い。それに山が折り重なって何重にも連なっているし、高温多湿の風土もあいまって、緑の密度が日本一かもしれません。 それも「檜(ひのき)」の量が半端ではなく、他の土地が杉が植わっているところが全て檜です。檜は「火の木」でもあり、神にも通じる木なのですが、この木が沢山あることで神様に通じるアンテナが山に沢山立っているようなものです。 杉の巨木もあったし、熊野速玉大社では「ナギの木」なんていう珍しい巨木も視ました。 日本人には昔「木」と少量の鉄と「紙」と「布」類があっただけでした。その中でこそ神様を感じられたのではないかと思いました。濃密な熊野の植物群に囲まれていると神様の息吹をビンビンに感じます。こんなにそこかしこに神様の雰囲気を感じる土地は日本に無いだろうと思います。 そして、強い神様のおられる場所には「シルシ」が目一杯に立ちます。次から次へと「ここにおるぞ。」という兆しが現れてきます。多分、ここに一週間ほども滞在したら神様と会話できるようになるのではないかと思ったくらいです。 私の家内は徹底的な「晴れ女」なので、旅行中ほとんど雨に遭いませんでした。ただ、「黄砂」が吹き荒れていて遠くの景色が霞んでよくみえませんでした。これも何かのメッセージなのではないかと感じました。近くにある昔から日本人の近くにあったものをよく視なさいということなのかもしれません。 いや、しかし那智大社には驚きました。その話は幻視行 二回目以降でお話します。 命と神が満ち溢れた国でした、熊野は。
2010年11月15日
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今日から一泊二日で熊野へ行ってきます。体調は万全ではありませんが、昨日医者にも行って来ました。 今朝は四時半に起きました。ワンコのことやら、院の世話やら大変です。 とりあえず明日の日記はお休みになるかもしれません。帰ってきたらご報告します。
2010年11月13日
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久々の風邪です。昨晩は38度を越えて食事の後すぐにベットにもぐり込みました。 今朝は熱も下がって快適な感じですが、今日は念のためにお客様のいない時間を縫って近くのお医者さんへ行って来ようと思います。 というわけで今日の日記はここまでです。明日から熊野行きなのに大丈夫なんでしょうか?
2010年11月12日
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先日の日記で「もじゃもじゃ」という内容を記したのですが、この文字について「神代文字」ではないですか?というご指摘を受けて調べてみたら、確かにこの「神代文字」というのはもじゃもじゃに書かれていて、誰も読みこなしていない謎の古代文字だということがわかりました。 伊勢神宮とかに奉納されている願文のようなものなのですが、稗田阿礼とか諸々著名な人達が読めない神代文字で何かを書いて納めているようです。 今、ちょっと風邪気味で頭がすっきりしないので風邪が治ったらじっくりと霊視してみようと思っています。
2010年11月11日
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子供の頃、母親にどこに出かけても帰ってから感想文を書かされるという練習というか勉強というか修行をさせられました。 どんな文章を書いていたかは忘れてしまいましたが、そのお陰で読書感想文なんかを書くのが全く苦では無くなりました。文章を綴る時に、何度も書き直す必要はありませんでした。子供の頃の教育というかしつけというのは恐ろしいものです。 こうやって毎日日記を綴っていられるのもその修行のお陰かもしれません。まぁあんまり上手な文章ではありませんが、本末転倒したり意味不明なことはあんまり書かずに済んでいるようです。 三つ子の魂百までと言いますが、こんな調子でこれからも文章を綴っていくことでしょう。末永くお付き合いくださいませ。
2010年11月10日
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私が視える前世というのは生まれ変わりの中で、その人の輪廻転生の「記憶」の情報集合体のようなものの姿のようで、その集合体の中でも世の為人の為に尽くしたような情報の集合体がそのまま「守護霊」として現世の魂の指導をしているというのが普通のようです。 つまり、転生の中には動物に生まれ変わったり植物に生まれ変わったりもしているし、たまには普通の人生や人のためにならない人生を送った転生期というのもあるわけです。そういう情報は普通は抹消されるか、どこか別の部分に蓄積されているのですが、たまにそういうろくでもない転生期の情報集合体が就いている人もいるようで・・・。 大抵そういう人は「人の気持ちがわからない、自分勝手な」人のようで、私がこんな前世の記憶をそのまま話したら腹を立てるだろうなぁと思って、少しずつ話しても悪い部分は自分ではしょって(聞き流して)しまって、良い部分だけ美化して聞き取ってよい気分になっていたりします。 そういう心だから修行にならないんだよなぁ・・・と思いつつ、こういう人はどこで修行して救われるようになっているんだろうと思ったりします。 時々、霊能者の中で依頼者を叱り飛ばしている方がおられますが、こういう人はこういうきつい厳しい霊能者の元へ導かれているのかもしれません。私は、とても叱り飛ばすなんてできないので・・・・。 当院に来られる99%の人は皆、きちんと修行して魂の向上の途中におられる人ばかりですが、たまにこういう方達が来られると何とかして差し上げたいという気持ちとどうにもならないなぁという諦めの気持ちが交錯します。 他人の気持ちを慮る(おもんばかる)ということはささいなことですが、とても大切な心の要素です。少しだけでも「相手の立場に立つ」ということを心がけて欲しいものです。
2010年11月09日
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前世の霊視をしていると、その方の前世は江戸時代の国学者のようで「もじゃもじゃ」と言っていた。それは正しい視野で視てみると「文字や文字や」という意味だったようで・・・。 この方は日本古語の研究をされていたようでした。日本語の原型というかルーツを研究していて、さらには古代の日本に伝わる謎の言語も研究していたようで、そこになると霊視が曖昧になってしまいました。 西洋で言うとロゼッタストーンに書かれていた言語のように、それまでの言語体系から隔絶したような言語が日本の古代にもあったようで、それの研究を秘かにしていたようで・・・というのもその言葉の研究は江戸幕府が禁止していたようなのです。つまり、その当時の政府が抹殺しようとしていた闇の歴史に属していたのかもしれません。 この方は国学者としても人間としても相当のへそ曲がりで頑固な変人だったようで、それ故にこんな変わった研究をしていたようです。 何なのでしょう?日本の古代に伝わっていた謎の言語?それが時の政府によって封殺されていったというのは私の霊視の中の妄想なのでしょうか?もっと深い霊視が出来る人に今度聞いてみたいものです。
2010年11月08日
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S学会もダスキンのK光教も出口王仁三郎氏のO本教も全て霊視すると神様の姿は金色に輝く全身と頭と顔の大きな赤ん坊の姿をしているように思います。 これは新しい神様の姿なのか?元々は出口氏が神社の床下におられる姿を視て信者達に伝えた姿だと言うけれど、私が視ると新興宗教の神々は皆同じ姿をしておられます。 あまり好きになれないし、畏敬する姿でもないなぁ・・・そう思うのは私の独断と偏見なのでしょうか?こんな事を書くと天罰が当たりそうで怖いですが、何だか神様の中では生まれたての未熟な神様なのかもしれないとも思います。 新興宗教は苦手ですが、それも個人の信教の自由という権利ですからご自由に信じていてください。ただ、私には関わってこないようによろしくお願いします。
2010年11月07日
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私達の世代にとって戦争の影というのは、仏壇の上に飾られていた軍人姿の身内の遺影と親達の戦争体験談ぐらいです。 それと思い出したのが、子供の頃見かけた傷痍軍人さん達の路頭に立っている姿でした。現在では全く見かけることはありませんが、私の子供の頃には近くの大きな寺院の門前などに二人組くらいで立っていました。 思い出しても顔の表情や細かい服装などは全く覚えていません。白い患者服を着ていたのだけを思い出します。怖いもののように、見てはいけないもののように感じていたのを覚えています。 今考えれば、戦争で傷を負い働けなくなって国からの援助も今ほどしっかりしていなかったから食べていくためにはそういうことをしなくてはいけなかったのだろうと思います。 最近、南方で亡くなられた方達の遺骨回収のお話などと何故かご縁が出来て、そういう日本に帰れなかった日本兵の方達の魂と接する機会がありましたが、そういう魂にとっては今も戦争は続いていて、母親の元へ帰りたいと強く願っている魂が異国の土の中に何万人も眠っているのは間違いないことです。 戦争・・・大きな間違い・・・それによって残されている傷跡はまだ完全に修復されてはいないようです。 戦争の影を思います。
2010年11月06日
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最初はそんな風に視えました。霊視中に伝わってくる言葉は曖昧です。ネットで調べていくうちに「早雲山」の間違いだとわかりました。 でも、この間違いにも意味があるような気もします。 とりあえず「早雲山」というのは寺院につけられた「山号」だということはわかっています。調べてみると箱根の強羅温泉の近くに大雄山箱根別院という曹洞宗の寺院があることがわかりました。 この寺院は温泉を備えている珍しいお寺なのだそうですが、開かれて600年の古刹だそうです。 この女性にはここへ行きなさいということらしいです。 そして「双風山」という間違いの意味は二つの違う方向から吹く風がやってきているという暗示なのだろうと思います。何か東京のほうで仏教系の宗教講座のようなものに参加されているとおっしゃっていましたが、そういうことをするとこういう霊界からお誘いが来るんですね。
2010年11月05日
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霊視の中で蝦夷の神に対する儀式の様子を視ることがありました。頭の上に両手で何か三角形の尖ったものを持って、神様の前へ進んでいく姿でした。 彼は「神仕え人」と呼ばれていたようです。頭上に捧げていたのは化石になった巨大な古代の鮫の歯でしょうか?その姿は一本角の「鬼」のようにも視えました。 蝦夷の神というのは多分、日本の古代の神だと思います。それは蛇神であり龍神であり謎の部分を多く持つ神様です。儀式の一部だけでも視れたのは僥倖(ぎょうこう)と言えると思います。 神様の性質や正体を見定めようとすると霧の中にもやもやと見えなくなります。まだ、知るべきときではないようです。いつか視せてくださるときを待つしかありません。 ちなみに蝦夷というのは大和朝廷に反逆し続けて、最後には北海道へ追いやられた現在の東北地方に住んでいた日本原住の民族で「毛人」と呼ばれていた毛深い人達だったようです。現在のアイヌの方達の先祖に当たるのだろうと思います。
2010年11月04日
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先日私が書いた「運の振り幅」という日記にコメントしてくださった方から山岸涼子さんのコミックで「白眼子」という作品が同じような内容だということをお聞きして、早速アマゾンで中古本を購入して読んでみました。 目の見えない男性が霊視を行うお話なのですが、とても興味深く私のスピリチュアル上の感じている部分と共通点があって面白かったです。 特に霊的な世界では「時間」というものの流れが自由になるというか、現実世界のように固定化されていないということが明らかにされていて、やっぱりそうだよなぁと思いました。 もちろん山岸さんにもそんな確信なんかはないのかもしれませんが、私が霊視していると時間軸が自由になっていて、前世というものの順番が自由設定で近代に前世があって、その次の生まれ変わりが古代になったりしたりしていることが判明していて、霊的な世界が「時間軸」に囚われていないことがはっきりしているのです。もちろん私個人の独断と偏見と妄想なのかもしれませんが。 また、スピリチュアルな事柄というものが「欲」というものと無縁でないと悪縁を招くものだということも何となく描かれていて、私は自分の感覚を信じていいのだと思いました。(もちろんフィクションの世界の出来事なのですが・・・) 不思議な世界にも不思議な世界なりの決められた事柄が存在しているようです。
2010年11月03日
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能登に新たに住まわれた方から10月30日は「神迎えの日」なのだというお話を聞きました。 能登のその地方ではこの日を「神迎え」の神事の日と決めておられるようです。ネットで調べてみると全国に「神迎え」や「神送り」という日があって、それは10月から年末に向けての日が多いようです。 この季節には農作業が終わりを迎え、来年の農作業に向けての縁起を担いでそのような事をし始めたのだろうと思います。 しかし、昔の人にとっての農作業は天気まかせの部分がとても多いので、神に祈るしかない気持ちも強かったのだろうと思います。毎日に田畑に出て仕事をしていた人達にとって、天気を掌る神々の存在は肌身にしみて感じ取れるものだったのだろうと思います。 自然というものと、神様というものと人がどれほど密接に繋がっているか?問いかけられているような気がします。神様を日々大切に思って生きるということは、やはり自然というものを畏敬して生きることに繋がってくるように思います。
2010年11月02日
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三日後が父親の三年目の祥月命日なので、昨日はお坊様をお呼びしてお経さんを上げてもらい一家で食事会をしました。 父親の魂はもう母のそばにつきっきりでいるのはわかっているので、母の心が慰められるための会のようなものです。 父がとても無口な人だったので、昨日の日記も父が何かを私に伝えたかったのかもしれないなぁとか思いつつ、皆で父と暮らしていた金沢の瓢箪町という住所の家の生活の話をしていました。 貧しかった頃ですが、近所中が仲が良くて、私も弟もよく遊びまわって元気に生活していたものです。亡くなった人の思い出というのは、一番楽しかった頃の記憶に繋がっていくものですね。私の娘も私が亡くなった後は、どの頃の生活の記憶を思い出すのだろうか、なんて考えてしまいました。 亡くなった人もしっかりと残った人達の心の中で生き続けていくのだなぁと感じます。 何だか全く関係ないかもしれませんが、亡くなった母方の祖母の口癖の「いとしやのぉ、かわいやのぉ」という言葉が思い出されてなりません。私にとってはこの祖母は慈しみの塊のような人でした。こういうもので、生きている人の魂というのは形作られていくのかもしれませんね。
2010年11月01日
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