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漬物石を運んだ日 開巻一番、すごい文章が掲載されていて、あ然としました。中途半端な引用で申し訳ないのですが、まあ、これで、雰囲気は伝わるかなと。興味を持たれた方は、図書館なりで、実物の書籍のほうに進んでいただきたいと思います。かなり、納得されると思いますよ。
河原から葛の這う土手に砂利の路を上って行くと、土に半分埋まった玉石に、たくさんのバッタが触角を触れるようにして集まって日向ぼっこをしていた。びっくりして真上から覗き込むと、一斉に瞼のない目玉ににらまれた。足許の砂利が滑って転びそうになった。
隣り町への水道のポンプ場を抜けて、桜桃畑の傍を通りかかると、節ちゃん家の爺さんが佐藤錦の根元に敷かれた藁の上に軀を折って寝込んでいた。届いてくるゆっくりとした大きな鼾から熟睡しているのが分かった。
爺さんは、春先にいつも悪口を言いあっていた婆さんを亡くすと、タイヤがパンクしたように萎んで元気がなくなった。それでも、村一番の長生きで九十四歳になる爺さんは、自転車で畑に出かける日課をかえることがなかった。毎朝、ヒバの生垣の庭からふらふら危なっかしく自転車を押して道に出てきて、ふいといったんサドルに座ると別人のように決まった。やっと三角乗りで自転車を覚えた者には魔法のように見えた。
夏から畑帰りの爺さんは、長女を嫁がせた家の畑までやって来ると、決まって自転車を投げ出して昼寝をしていると聞いていた。晩秋にしては暖かい日射しが、ねじり鉢巻きで肘枕をした爺さんに注いでいた。それでも帰ったら、節ちゃんの家に教えに行かなければと思った。
桜桃畑を過ぎ、田んぼ路に出ると籠の紐がますます肩に食い込んできた。父が冬仕事に編んだ籠には、母から頼まれた青菜漬け用の平らな石が入っていた。土手を超えた頃から、もっと小ぶりな石にすればと何度も悔やんでいた。
石を下ろして一休みしていると、なんと、佐太郎さんの田んぼの中を我が家の三毛猫が走り回っている。何度も呼んだが振り向きもせず、駆られた株から新たに一尺ほど伸びた稲の葉にとまる赤とんぼに戯れていた。たしか、家を出る時は玄関傍の納戸で藁布団にまるまっていたはず。高齢なミケは春から足腰が弱って寝たきりになっていたのは、あれは母へ甘えるための演技だったのだろうか・・・・・。
おーいミケ、帰るぞと声をかけたが全く無視された。こんなところまで遠征して戻ることが出来るのだろうか。ミケとはわたしが生まれた時からの付き合いだ。
広く高い空には、羊雲が葉山に向かって連れだって流れて行く。きっと、月山の峰に雪が降るのも間もなくだろう。ゴムの短靴に小石が入って素足を刺す、位置をずらすと靴はきゅっと鳴った。
村の入り口にある共同墓地の杉の切株で何度目かの休憩をしていると、砂利道を後ろからやって来る俊子さんのお父さんが、一輪車(猫車)に助走をつけて押して一気にでこぼこの坂を駆け上った。スゴイ馬力だと感嘆したが、無愛想なのは知っていたので黙って見送った。一輪車の荷台には、たくさんのカボチャが積まれていた。
中略
茶畑の中を歩いて行くと肩の籠が急に重くなった。気づくと籠の上にミケがちょこんと座っている。
ミケおりろ、降りろと怒鳴ると首筋を舐められた。
くすぐったさに、夢から目を覚ました。枕もとで十八歳になる虎猫のゴンが、餌をねだって首を舐めていた。空はやっと白みはじめたばかりだ。
後略
(「夢の実現するところ」2013年1月・ギャルリー宮脇刊)
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