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私は1977年に都立高校の英語教員になってる。三年ばかり、小さな出版社と児童劇団を経てのことで、英語の教師になってまず痛感したのは英語に関わる自分の実力のなさだった。大学の受験問題など生徒に持ってこられ、質問されても即答できない。今は時間がないからとその場限りの言い訳をして問題を預かり、そのあと辞書と首っ引きになって必死に調べたり、先輩の先生に教えを乞うたりして、翌日、十年もまえから知っていたような顔をして生徒に解説していた。それが情けなかった。 なんだか、信じられないような始まりですね。でも、このやる気のなさと、戸惑いには覚えがあります。
そういう情けなさから自分を救うには、これはもう自分が勉強するしかない。そうは思ったものの、生来の勉強嫌いである。どうしたものかと考えあぐねていたときのこと、当時早川書房の編集者をしていた高校同級生の染田屋茂とたまたま会う機会があり、ふと思い立って、翻訳をやらせてくれないかと頼んでみた。英語をただ勉強するのではなく、翻訳という目的を持てば要するに、実入りもあるとなると―勉強嫌いもさすがに勉強するのではないか。思えばなんともご都合主義なことだった。
「おや、まあ!」 だったり、 「寒い国から帰ってきたスパイ」 の 宇野利泰 のあと、 ジョン・ル・カレの大作 といえば 村上博基 だったのですが、その後を継いだのが 田口俊樹 だったようで、
「そういえば、そんなことがあったな。」 とか、もっとも、著者に送ったメールの英語がへたくそ(自分でおっしゃっている)で、 カレ の機嫌を損じて冷や汗をかいたことも書いてありますが、だからでしょうか、すぐに 加賀山卓朗 に代わっています。
今の若いひとにはさほどでもないのだろうが、私の世代には レイモンド・チャンドラー というのは超のつくビッグネームだ。 ダシール・ハメット、ロス・マクドナルド と並んで ハードボイルド御三家 と呼ばれる一人で、私立探偵の代名詞と言ってもいいフィリップ・マーロウの生みの親である。 翻訳の失敗、日本語に対するこだわり、まあ、お決まりといえばお決まりの回想記なのですが、こういう飾らない文章が読ませるんですよね。いかにも 「本の雑誌社」 が出しそうな本で、ちょっと暇なんだけどいう方にはぴったりだと思います。
この年(2007年)の三月、そのフィリップ・マーロウものの最高傑作と言われる 「ロング・グッドバイ」 の新訳が 村上春樹訳 で上辞され、いっとき翻訳ミステリー・シーンを賑わせた。それに合わせて、早川書房の「ミステリマガジン」四月号でチャンドラー特集が組まれ、「待っている」の新訳の仕事が私にまわってきたのである。その依頼電話を受け、編集者の話を聞いたあと、受話器を置いたときには本当に武者震いがした。大好きな作家の大好きな作品ということももちろんあった。が、二十七歳で翻訳を始めて三十年、ようやく自分も チャンドラー を訳さないかと請われる翻訳者になれたか、といった感慨が深かった。
「おや、まあ!」 とうれしくなって追記しました。
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