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目次 第1講 は、本人による自伝的な自己紹介ですが、 第2講 からは映画の実作についての現場的な発言満載です。もっとも、内容にあれこれ言うことができるほど、 侯孝賢監督 についても、彼の作品についても、また、80年代から2000年代にかけての台湾映画、香港映画、中国映画についても、「全く知らない」わけですから、「面白かった」というしかないのですが、記憶に残った講義を一つだけ紹介してみたいと思います。
第1講 私の映画の道
第2講 映画における真実と現実――小津安二郎を手がかりに
第3講 映画の美学と信念
第4講 映画の作り方――ブレッソンを手がかりに
第5講 質問に答えて
第6講 台湾映画の現在と未来
写実についての私の考えはこうです。写実とは再創造された真実である。それは現実における真実と同等のものであり、一つの独立した存在である、と。 カルビーノ は小説の形式を論じたとき、小説の深度について次のように語っています。小説の深度は表面に表れ、それは潜在している、と。表面に表れるのはテキストであり、私達はそのテキストの構造を通じて、そこに透けて見えるかすかな手がかりから、言葉では伝えられず、名指しようもなく、出来事のなかに身をおいて初めて理解しうるものを感得するのです。 いかがでしょうか、ここで話題になっている 「晩春」 は、言わずと知れた、 小津映画 の傑作のひとつで、 笠智衆 と 原節子 の父娘映画の始まりのような作品ですが、映像に対する 侯孝賢監督 のシャープな論旨に唸りました。
映像も同じです。映像こそ最も現実を「象る」ものなのですから。真実の再創造について考えるために、 小津の映画 、たとえば 「晩春」 を見てみましょう。主人公である父娘は、母親が亡くなったあと、二人で暮らしている。そんな中、父親に再婚話が持ち上がり、娘はそれに強い嫉妬を覚える。それは嫉妬であると同時に、ある種の反抗でもあります。映画のなかで二人が能を鑑賞するシーンがあります。能楽堂で脳を見ていたとき、娘は父親が再婚相手と思しき女性に会釈するのを目にする。すると娘の目はにわかに殺気立ったものになる。その後娘は、ある男性を結婚相手として紹介される。が、かたくなに結婚を拒む。しかし娘も次第に変化し、ついにその男性を受け入れ結婚する。
「晩春」 についての西洋の多くの批評は、結婚前に父娘で京都旅行をし、二人で同じ部屋にとまることをとらえて、父娘の間には曖昧な エレクトラ・コンプレックス があると解釈したりする。
けれど私から見ればそういうことではまったくない。日本の家庭では女は男を遠ざけはしません。家族で一緒に風呂に入ることさえあり、そこには私たちと違う生活スタイルがあるのです。それを踏まえなければこの映画を理解することはできない。家族の描写には地域性が色濃く反映されます。娘にとって家は自分の領域であり自分のものです。娘には、自分がずっと父親の世話をし、家は自分が取り仕切っているのだという自負があります。そこに突如、よそから人が入ってくることになるのですから、娘の反応は当然のもので、だから彼女は恋愛することになるのです。 「晩春」 はこうした機微を熟知してこそ撮りえた映画です。そして、その機微は、叙事構造を通してあらわされている。西洋ならばドラマを際立たせようと、父娘の関係を エレクトラ・コンプレックスの心理学 の域る世界です。表層はごくシンプルで、特段のドラマ性を感じさせないにもかかわらず、それが積み重ねられることで
その深部の暗流が怒涛のように渦巻くのです。(P77~P78)
侯孝賢
映画監督。1947年中国広東省梅県の客家の家に生まれ、翌年に一家で台湾に移住、高雄県鳳山で少年時代を過ごす。高校卒業後に兵役に就き、除隊後の1969年に国立芸術専科学校入学、映画製作を学ぶ。1972年卒業。その後、スクリプター、脚本家、助監督を経て、1980年に『ステキな彼女』で監督デビュー。80年代に台湾で起こった社会性、芸術性を追究する映画製作の新潮流「台湾ニューシネマ」を牽引した代表的な監督の一人である。第6回ナント三大陸映画祭金の気球賞(『風櫃の少年』)、第7回ナント三大陸映画祭金の気球賞(『冬冬の夏休み』)、第36回ベルリン国際映画祭批評家連盟賞(『童年往事』)、第46回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞(『悲情城市』)、第46回カンヌ国際映画祭審査員特別賞(『戯夢人生』)、第68回カンヌ国際映画祭最優秀監督賞(『黒衣の刺客』)など世界的な映画賞を数多く受賞し、台湾最大の映画賞である金馬奨では『悲情城市』『好男好女』『黒衣の刺客』で最優秀監督賞を受賞。2020年第57回金馬奨生涯功労賞。
追記
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