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2021.01.22
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カテゴリ: 気になる本
図書館で『本の森 翻訳の泉』という本を手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、取り上げている作家が多和田葉子、村上春樹、水村美苗、池澤夏樹と好きな作家が多いのが借りる決め手となりました。

なお、この本を借りたのは二度目なので、この記事は(その5)としています。





鴻巣友季子著、作品社、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
角田光代、江國香織、多和田葉子、村上春樹、朝吹真理子ー錯綜たる日本文学の森に分け入り、ブロンテ、デュ・モーリア、ポー、ウルフー翻訳という豊潤な泉から言葉を汲み出し、日本語の変容、文学の可能性へと鋭く迫る、最新評論集!

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、取り上げている作家が多和田葉子、村上春樹、水村美苗、池澤夏樹と好きな作家が多いのが借りる決め手となりました。

rakuten 本の森 翻訳の泉



多和田葉子著『文字移植』の続きを、見てみましょう。
(その2)からの続きです。
p32~35
<『エクソフォニー』で読む『文字移植』>
今回の<小説>はたったの2ページしかないのに、「わたし」はまだ何をどう訳せばいいのか見当もつかない、と言う。彼女の原稿は、たとえばこうだ。
そして、ほとんど、いつも、彼等は、である、ひとりぼっち、友人、助けてくれる人、親戚、はいない、近くに・・・

 あるいはこうだ。

全く、稀に、大抵は、背景に、現れる、一匹、二匹、小さいのが、現れる、ことがある、執行猶予期間が、続いているところの、殺人的な、光景、心の外傷は、しかし、避けられはしない、それゆえに、彼等もまた、叫ぼうとしているかのように、見える、いずれにせよ、彼等の、小さな口、大きく、開かれている…

 日本語としてすんなり読める訳文でないことは確かだろう。どうやら、原文(Anne Duden Derwunde Punkt in Alphabets)の単語を頭からひとつひとつ日本語の単語に置き換えているだけのようだ。ときおり、いつのまにか現れては消える小説の<作者>といっしょに、水のない河の底を歩いたりする。

「わたし」はバラバラの単語を文章にしなければと思いながら、翻訳に必要な体力と肺活量が不足していてできない。それでも少なくとも「ひとつひとつの単語の馴染みにくい手触りには忠実なのだと思うとそのことは大切かもしれない」という気もしてくるし、「ひとつひとつの単語を注意深く向こう岸へなげているような手応えを感じて」もいる。さらに、「全体なんてどうでもいいような気さえして」きて、「翻訳というのが<向こう岸へ渡すこと>なのだとすれば、<全体>のことなんて忘れてこうやって作業を始めるのも悪くない」と言う。

 ここで『エクソフォニー』をちょっと参照。先の「誌的な峡谷」のくだりだ。その伝で行けば、翻訳者とは、自分は言語と言語の詩的な狭間にありつづけ、ことばだけを向こう岸に放る、という格好になるだろうか。

 そうした峡谷を見つけられずに、ただ自分が英語と日本語の間を「行き来している」だけのわたしは、またハッとするのだった。ふつうニ言語の間を行き来することが、翻訳だと思われているが、実は訳者はうろうろせずに中立を保って真ん中にいるべきなのかもしれない。

 なら、このヒロインは悪い訳者ではないんじゃないか…と思えてきた。みたび『エクソフォニー』から引けば、「わたしは境界を越えたいのではなくて、境界の住人になりたいのだ」ということか。

 ところで、この小説はどんな「お話」なのかというと、聖ゲオルクが登場してドラゴンを退治し、お姫様を助けるという、中世の聖ゲオルク伝説のいわば現代版らしい。では、「わたし」の生活にたびたび入り込んできて翻訳の邪魔をする「ゲオルク」とは、何者なんだろう?

 とにかく「翻訳なんかやめろやめろ」と言う男で、翻訳が完成しないのは彼のせいだという。しかし「わたし」も「わたし」で、「最終地点に行き着いてしまってもう引き返せなくなり不当な決断を迫られるのも怖い」ので訳し終えられない。翻訳を完成させたくもないし、かといって中止したくもないから、ずるずるとやっていくしかない。要は、決断というものから逃げつづけているのだ。

 彼女は「全体なんてどうでもいい」と言い、また別のページでは、「[訳文を]読み返すから意味が分かるか分からないかが気になるのであって読み返さずにどんどん先へ訳していけばいいのではないかとも思う」と言うので、わたしはウウムと唸った。それで、彼女はとりあえず単語だけをせっせと彼岸へ放る。

 つまり「わたし」流の翻訳とは、部分部分の意味の「仮決定」と「保留」がえんえんとつづき、全体の意味決定の「繰り延べ」がどこまでも行われるという(なんだかデリダみたいになってきたが)、とんでもないものなのだ。そりゃ編集者は泣くだろう。しかし、決定も中断もなく続く保留と繰り延べが、ことばの本質的なあり方であるなら、それを引き写した「」の翻訳は、最も忠実な翻訳ということになる。なあんだ、なら悪い訳者どころか、良い訳者ではないか。

「わたし」流に言うと、まともな翻訳というのは、完成してはいけないのである。
 翻訳に完成や決定稿はない。もしくは幻想にすぎない。これは、翻訳という作業に少しでも関わった人なら、誰しも思い知るところである。完遂しないことばの営みを言語化した『文字移植』は、最も忠実な「翻訳の翻訳」ということになるだろう。


『本の森 翻訳の泉』4 :阿部和重との対談p271~275
『本の森 翻訳の泉』3 :読書つれづれ日記2006~2007 :p71~74、p86~87
『本の森 翻訳の泉』2 :『エクソフォニー』で読む『文字移植』p29~32
『本の森 翻訳の泉』1 :対談 日本語は滅びるのか p295~298





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Last updated  2021.01.22 00:07:15
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