2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全17件 (17件中 1-17件目)
1
木曽福島町、日義村、開田村、三岳村の合併に伴う町長選挙で、「木曽町を考える会」の田中勝己さんが当選。旧町村の個性や伝統を活かしたまちづくりを進めるために、地域住民の声を行政に生かす地域自治組織を提案。 お年寄りが安心して暮らせるまちづくりや、子育て支援などを訴え、住民から共感の声が寄せられた。旧町村の前町長さんや議員が支持を表明。 各界各層からの支援の輪が広がった。 田中さんは、日本共産党の前木曽福島町議会議員を8期つとめたあと、木曽福島町長に当選活躍してきた。
2005年11月29日
「地産地消の輪を広げよう」と、取り組んだ第2回目の「収穫祭」は今日行われた。 若槻大通りの遊休農地の一角を借り受け開いた第2回目の「収穫祭」。 先日、わが家にも開催のビラが入った。 妻と一緒に大きな段ボール箱持参で、新鮮な安い野菜を手に入れようと出かけた。 流行歌が流れている会場は、活気あふれている。 会場に着くと、もちろん、生まれ故郷だけあって、同級生から親戚、知り合いばかり。 中には、あちこちから、「やあー、原田さん、久しぶり」と地域以外から来た人たちが、寄って来る。 地元で役員をしている、同級生がマイクで放送した。「原田議員りんごお買い上げー」「どんどん買ってー」と威勢のいい声が飛ぶ。 豚汁、豆腐汁のサービスも。 おばちゃんが寄ってきた。 「原田さん、相談があるんだけどいいかなー」と。 長々と相談の話。 早速、約束の時間に現地に飛んでいく。 それにしても、収穫祭は立派です。 実行委員は40人。集落は80戸そのうちの約半分の家から実行委員が出てきて開催したのである。 何よりも、小さな集落であるにもかかわらず、みんなが参加し、地域の団結を築いていること。 歴史がある。 田子をよくする会。などまちづくり研究会があり、若い人たちが自主的に集まって研究会を開いてきた。 私も、呼んでもらい一緒に仲間として話し合いに参加させてもらった。 すばらしい、仲間作りが、まちづくりがはじまっている。「のぶちゃん」のチョット一言。 若槻にある、憲法9条を守る3つの会は本日合同の行動。 朝から、宣伝と署名でがんばった。 署名は100筆、街頭宣伝は12回。 着実に、がんばっている。 粘り強さが必要だ。
2005年11月27日
総勢21人でマイクロバスをかり、先の二つのところを見学。 どちらも「あっと驚く」注目の見学ツアーであった。 党中央本部ビルは、11階建てで装いも新たな立派なものだ。 何十年もの間、党の発展とともに増築増築を繰り返し、迷路のようであったという事務所。 近代の建築技術を結集し、さらに環境にやさしく、将来を考え維持管理にも負担のないように経済に考慮したつくりという。 何よりも驚嘆したのは、地元の皆さんの要望を好く聞き、工事による近隣商店街が商売の邪魔にならないように、また、ご近所のために、防災用水槽なども備え付けられている。 ご近所の人たちが使っても良い施設もあるという。 このビルを中心に、日本の政治革新のため活躍する日本共産党にふさわしい建物だ。 昼食は本部ないの食堂で職員と同じものを味わう。 すき焼きどんぶりか、数種類の焼き魚定食。いずれも420円。 小生は「すき焼き・・・」にしたが、少々食いすぎた。食い意地が張っていたのか。 小池晃参議院議員、政策委員長が隣のテーブルで談笑しながら食事をしていた。 昼休みの30分間、文化・科学関係に所属している職員から靖国問題で話を聞きき、予備知識を持って靖国へ見学となった。佐々木陸海さん(前長野県委員長)も挨拶してくれる。 わくわくしてきた。 一見は百聞にしかず。 靖国神社「遊就館」見学。 日本共産党後援会のネームをつけたバスが堂々と靖国神社の駐車場へ入る。 係員が怪訝な顔で案内をしてくれる。 約2時間、戦争誇示の展示を見て歩く。 大砲、鉄砲、軍艦、ゼロ戦、軍幹部の戦績と語録、一兵士の「父上様、母上様、お元気で、桜花します。・・・。出撃5分前」「・・・出撃直前。」などの手記をしたためたはがきや手紙も展示。時の軍国主義教育で「お国のために死ぬことは誉れで愛国者」死がこんな軽い扱いとなるとは。 注目したのは、長野市と友好都市の協定を結んでいる「石家荘市」作戦の文字。 日本軍が昭和17年に行った作戦。もっと知り、このような観点からの友好が深まればと痛感した。 「事実の展示」から「あの戦争は正しかった」とゆがめられていく「遊就館」の役割それが、問題。 戦前から命がけで侵略戦争に反対し、憲法9条を守り国の内外へ平和を発信してきた日本共産党の本部を見、戦争は正しかったという靖国神社を見学。 この見学を今後に活かし、幹を太く、根は深く張りびくともしない日本共産党をつくらねばと思う。
2005年11月26日
来年4月から長野市は指定管理者制度で、公園などの維持管理を民間会社へ委託することが決まった。 公園の維持管理のため、派遣されていた高齢者事業団の人から電話があった。 トイレはぴかぴかに掃除し、公園はごみ広いとパトロールをして勤務時間中は休むなく働いてきた。 生きがいを持って仕事をしてきたが、民間に移れば仕事はどうなっちゃうのか。 真剣に言ってきた。原田さん頼むと。 自分の地域には、議員さんもいるがあえて電話させてもらった、と。 気になったので、いくつかの公園管理事務所に聞いてみた。 何処も管理委託が変わることは承知していたが、自分の身分がどうなるかわからない。 心配でならないという。 共産党の市議団は、指定管理者制度の導入の際、これまで働いていた職員の雇用の保証をするべきだといってきた。 しかし、当局は、そんな契約をすれば委託先の業者のノウハウが活かされない。 雇用の保障は出来ないと冷たい返事だった。 あらためて、今日の関係職員の電話から、継続雇用の出来るように働きかけることが重要と痛感した。 民間に委託すると、シルバー人材センターも仕事がなくなる心配があり、指定管理者の業者に継続雇用が可能になるように、働きかけていると聞いた。 これは、市役所の役目だと思うのだが。 議会でも取り上げ、心配している皆さんの要望に応える決意である。「のぶちゃん」のチョット一言。 わがホームページ「のぶちゃん日記」を、リニューアルしてもらった。 立ち上げて以来約1000日を過ぎた。 うち、出来るだけ毎日書き込もうと努力してきたが、なかなか実行できず今のところ、80%の書き込み。 書き込み原稿も、他の仲間の書き込みと比べ、理路整然・また面白みもないが所詮日記だ。自分流であれば言い。と腹を決めてパソコンに向かっている。 皆さんあしからず。
2005年11月25日
東京明治公園が小さく感じた。 会場いっぱい、はち切れんばかりの3万5千人が全国から集い「憲法改悪、庶民増税は許さない 11・19国民大集会」が開かれた。 長野から500人がバスで5時間の道のりを、走りに走り決意を集会へ届ける。 小生も久しぶりに、大きな中央集会に参加し、元気をもらった。 「水を得た鯉」のように大いに手を上げ、声を出しデモに参加した。日本共産党の志位委員長も、連帯の挨拶をした。 全国リレートークでは、長野県労連議長が決意の表明をした。『「・・・「憲法9条を守る会」は全県で120、準備組織は60で大いにがんばっている。改悪阻止を目指して、長野県は来年12月までの早い時期に、過半数署名を先駆けてやりぬきたい。・・・』と発言した。 この発言の前に、車中で議長が「今日は、壇上で爆弾発言をする」言っていたが、そのとおりのでっかいことを言ってのけた。 わが東部地域では、行政区は4つ、小学校も4つで、ここに5つの「会」が出来き準備中がひとつ。 選考している若槻地域では、署名は過半数が7500、到達は4500人で60%。あと3000人。 この大集会をきっかけに、議長の爆弾発言に応え決意を新たに、行政区単位では、長野市で最初にやり遂げたい。
2005年11月20日
肌寒い午前9時30分。 以前より計画していた、「赤旗」しんぶん購読のお願いで地域を訪ねる。 仲間は高齢化していて、平均年齢は70歳を大きく超えているベテランの3人組。 地域によく根を張り、行く先々で対話が弾む。 用に出かける寸前の女性「あれぇ、おそろいでまた。この間電話したとき一言忘れていたわ。また、新聞読みたいと思っていたことを言うのを・・・。」と先に言葉をかけられた。 先日、後援会主催の黒部峡谷と水の里・生地温泉の旅にご一緒してくれた人だ。 通じるものがあってよかった。 さらに、ご近所の大工さん。 いつも選挙のお願いで、考えが共有できている人とか。「今の政治いいとは思えん。心配でならない」と発言。 そのとおり、と新聞の紙面を示す。 若者の雇用の実態はと年収のことが一面に書いてある。 それを示して、今の若者が意欲がないなどの言い方があるが、とんでもない。 職さえ探せない、深刻な事態。企業はまともな雇用をしない。つまり正規雇用をしないところが問題。と話し合い、「そのとおりだ」となり、しばらく読ませてほしいとなる。 次々と、ご近所回りが進む頃、陽気も暖かくなってきた。 協力してくれる家が次々と生まれ、元気も百倍。 途中で2人組の男性が、なにやらポストに入れているのでよく見ると封をした新聞である。 ある新興宗教団体。 政権党・自民党と組んでいる党の選挙母体となっているところ。 日常から激しい宣伝戦の展開である。 ・・・総選挙以降、小泉自民党が勝ったので、悪政推進で心配の声が圧倒的。・・・ こつこつ訪ね歩き、声を聞き対話することが重要であることを痛感した午前の2時間であった。
2005年11月20日
長野駅頭の早朝宣伝は、定置定点で7時40分からはじめた。 中野さなえさん、市議の永井巳惠子さんと私の3人が担当である。 司会を引き受け、先ずは永井市議を紹介、次が中野さんがマイクを持ち演説を始める。 黒のコートにボタンをはずし、スーツは上下ともにやはり黒。 いやな予感がよぎった。 細身の青白い顔の男がゆっくり、我が3人の傍らに近づいてくる。 とっさに、演説中の中野さんのそばに寄りガードした。 運が悪いなー。またかと思いつつ両足を半開きに体勢を整え、身構えた。 さらに寄ってきた。「俺はMだ。どうしてバスで宣伝しないのか」と聞いてきた。 最近とみに車の台数も増え、通行上他人に迷惑をかけてはいけないからこのようにしている、と応えた。「俺が文句言ったからなー」男はいった。 さらに、「共産党は何をしようとしているのか。実現できるのか」とも聞いてきた。 今、国民の暮らしは大変だ。生活保護世帯や国保の滞納者は急増している。りオストラで職場を追われ失業している人たちは後を立たない。庶民の暮らしは深刻となっている。 一方で、トヨタのように史上最大の大もうけしているのに、税金は負けてもらっている。 おかしな政治だ。こんなあべこべの政治は正さないといけない。 そのために、粘り強く弱い人たちの味方で活動をしている。 「戦争をどう思うのか。英霊になった人たちはお国のために死んだ。文句あるまい」とも言った。仲間かどうかは定かでないが、相手は二人となった。 戦争で死んだ人たちはかわいそうだ。なぜ死んだか。かつての軍国主義者は、領土拡大で他国を侵略した。その結果、アジアの人々2000万人、国民は310万人も死んだ。こんな戦争は絶対いけないと、この戦争の忌まわしい思いから、新憲法に再び政府の行為で戦争はしないと誓い、「武器は持たない」「戦争はしない」という憲法を作った。しかし、自民党はこの憲法を変えて、「戦争の出来る国」にしようとしている。大問題だと話した。 わかったかどうかは別問題で、とにかくその場を静に終わらそうと苦心した。 そのうちに、「俺は右翼だ。」といった。 戦争反対に右翼も左翼もないではないか。「あんたは、共産党を辞めろ」と言い出した。(意味不明だが) 中野さんの演説が無事終わるように、また、大騒ぎとならないように、出来るだけ平静を保とうと努める。 このいやな重い重い問答時間、約7分、8分。 ようやく、駅前の交番から3人の警察官が来た。 警「何しているんだ。」 男「火曜日だからな。」と言って立ち去った。 通りがかりの誰かが、通報してくれたのか。 それにしても、火曜日の定例の街頭演説を知った上で、来たわけだから明らかな妨害行為。 たまたま、大きな声は発しなかったが、脅威であった。 中野さんもいつもより早めにやめてしまった。 民主主義が重んじられる、この時代に不気味な圧力はゆるせない。
2005年11月15日
市長選挙後最初の議会は、12月1日から開催される。 恒例で、要望や意見を聞くための各種団体との懇談会を開いた。 10数団体が参加してくれた。 懇談会では○国民救援会代表 Gさん 法定ビラ配布活動に対して、警察が妨害し弾圧するなどという民主主義に反する動きが強まっている。 国民の強い世論をつくり民主主義を守ることが必要だ。○ごみ問題に取り組む団体 Sさん 市長選挙の投票率は、わずかに36%程度だった。半分にも行かない選挙は無効にしたいがだめでしょうか。(よほど気になったのでしょうか) プラスチック処理工場のある、木工団地付近ウィ調査した。 30分ほどいたが、具合悪くなった。 職場から労働者が出てきたが、マスクもしていなかった。 問題ではないか。○子どもが共同作業所を利用している保護者 Mさん 障害者自立支援法が改悪された。 自立するには、それにふさわしい介護の仕組みが必要である。 ガイドヘルパーは1時間8、000円、利用料はその1割で800円では幾日も出来ない。 それでも、手元に25、000円も残るではないか。 とんでもない、これでは1ヶ月食べてはいけない。 貯金などがあれば、利用料が変わる。利用しやすいものに変えてほしい。○「みんなの会」代表 Yさん 市長選挙では、市議団の皆さんにはお世話になった。 健闘できたのは、皆さんのおかげ。 公約実現目指してがんばりたい。 議会内外に起きている諸問題を取り上げ、共同でがんばって行きたい。 ○年金者組合代表 Sさん 今、年金制度については不安は拡大している。 年金制度充実の、国への意見書提出を長野市の議会はやっていない。 今後、議会へ向けて取り組みたい。 ○生活と健康を守る会事務局長 Mさん 生活保護の国の負担分を、3分の1から2分の1に引き下げる方向で心配。 抗議文送りたい。○大豆島ごみ問題の運動団体 Fさん ごみ焼却問題で市民検討会開く。 ・規模は1トン5千万円から1億円、見直しすべきだ。 ・2010年までに、生ごみ100%資源化計画を持っている。 ・灰溶融炉問題など 長野市はこれらの問題をどうするのか。問題提起した。○長野市人権連 Iさん ・同和団体補助金1、120万円・・・県も国もやめたのに問題 松本も07年に配し決めている。 ・隣保間の使用問題。 ・運動団体のスローガンが公民館などに下がっている問題だ。 ・解放子ども会 50人で800万円となっている。中止すべき。 ・同和教育指定校として約1000万円予算化している。 ○新婦人 Iさん 幼児サークルに対して公民館を使えるようにしてほしい。などなど、要望いっぱい。 しっかり受け止め議会へ反映したい。
2005年11月14日
憲法九条守る大宣伝と署名行動 若槻地域の3つの「憲法9条守る会」は、終日宣伝と署名行動を行った。 宣伝カーとスーパーメガホンで、7000戸、2万人の地域をくまなく走り回り、街頭での演説25回、署名は83筆いただいた。 参加者は延べにして16人。 11集落とスーパー前での大宣伝行動は、地域の人たちに大きな反響を呼んでいる。 寒い中、立ち止まってじっときいてくれた人。 手をふって激励してくれる人。 自ら進んで署名してくれる人など、関心の高さを感じた。 自民党はじめ、憲法改悪派は急ピッチで9条を変えるために手を打っている。 有権者の過半数署名早期達成と運動の盛り上げで、これまで以上の世論を作り、改悪をストップさせたい。 会のメンバーは、寒い中、夕方の6時まで終日大奮闘であった。 ご苦労様。中野さんとともに9条署名とあわせて仲間作りでがんばる。 日本共産党への働きかけをした日曜版読者、ひどい政治に不安を抱き「こんな政治困ります。何とかして」と、異口同音の言葉。 総選挙後の多くの国民の気持ちに触れた思いだ。何とかしたい。しなければという気持ちが伝わってきた。 「そのとおりです。ほうっておけない事態。世の中かえることが必要です。しかし、力が足りません。来るべきどの選挙でも大きく伸ばしたい。国政でも同じです。中野さんが選挙でいい戦いの出来るぐらいの力が必要です。小さい共産党を大きくするために、幹を太くするために、共産党に入ってほしい。」と訴え応えてもらった。 人間を粗末にする政治に、へきへきしていることを痛感した。
2005年11月13日
11月も半ばとなり、寒さは肌に冷たく感じる。 桜やかえでの葉は、今が最高、真っ赤に燃えている。 熱き思いを、小泉内閣の悪政にぶっつけ、世直しで頑張らなければ・・・。 明日は、若槻の3つの「憲法9条を守る会」が、宣伝と署名で共同の行動日。 私は、中野早苗さんと「赤旗」しんぶん購読の訴えで行動を共にする。 大いに頑張りたい。
2005年11月12日
地元の区長会長さんはじめ関係者と、私も含む地元市議が同行して「資材置き場」開発阻止で助役に陳情する。 集落に寝そべるようにして横たわる、どっかりとした海抜800メートルほどの三登山。 中腹には、神社や市指定の寺をはじめ、トレッキングコースもあり、地元では昔から親しまれてきた里山である。 20年ほど前、この山に林道が開けられた。 森林育成が理由であったが、開通以来、そんな理由とは裏腹に、作られたのは、産業廃棄物処分場であった。 当時、私は市議に当選したばかりで、その数年後に問題が起こった。 広い山肌を深く掘り込み、産廃が埋められ、さらに、廃材などが焼かれはじめた。 黒白のもうもうたる煙や炎が立ち上がり、異様な様子は集落から丸見えだ。 事は大きくなるばかり。 当時、産廃などの指導・監督は保健所で、管轄は長野県にあった。 地元をあげての陳情で指導の徹底を求めた。 地域の共産党支部や後援会も調査に入った。 埋め立てた山地の外側から、ビニールテープをまわし、周りを測った。 延長と角度、深さをできるだけ正確になるように計測。 計算した結果、3000立方メートル以上あることが確認された。 県に通報し、産廃に関わる法律に違反していることを告発した。 県も認めこれまで以上の厳しい指導となった。 当時、業者は住民の意向を聞き入れ、木を植えるなど現状復帰を約束していたはずであるが、果たさないまま今に至っている。 この上さらに、あらたに、地続きの隣の山地を他の業者が「資材置き場」として開発に動き出したので不安はつのった。 この業者の「資材置き場」開発はやめてほしいとの陳情は当たり前である。 陳情したが行政側は、今のところ法律にのっとりことをすすめているので様子見というところ。 一部の住民は、地域の環境を守るために、裁判を起こし係争中。 結審は1月17日とのこと。 市は今まで以上に監視を強め、パトロールを行うとのことであるが、大人ほどの大きな犬を放し飼いしていて、住民が付近を見回りし監視できないほど、怖い場所となってしまった。 寺に御参りに来た人が、迷って処分場に入り込み、犬に追われて大問題となり保健所から厳しく指導されたこともある。 森林育成や治山・治水、環境をを守るために作った林道は、いまや、道路を壊し、山をあらし、貴重な名水を生み出す湧き水まで不安にさせている、このような事態を一刻も早く解決したい。 「住民が安心して監視できるよう対応を求め、できることなら、林道は改廃し、なくしたいところ。方法を模索したい思いだ。」 一言、助役にいった。
2005年11月11日
7日から昨日までの3日間、『議員定数等調査研究特別委員会』で、視察に行ってきた。 視察先は、1日目が横須賀市。 2日目、福山市。 3日目、富山市である。 続きは後で。
2005年11月10日
党後援会の旅行会「にこにこ会」主催で、黒部峡谷と生地温泉へ1泊2日のバスツアー。 久しぶりの、ゆっくり、たっぷりの温泉三昧。 飲んで食べて、駄弁って、心行くまでの親睦旅行。 峡谷の山あいは、まだまだ赤や黄色の鮮やかな紅葉が盛んであった。 心身ともに、湯ったり出来た最高の旅となった。 石坂県議も忙しい中、連帯の参加で楽しく交流。 来年1月は第24回全国大会。 大地にしっかり根を張り、大きく太い幹となる共産党組織を作るためにがんばりたい。
2005年11月06日
大健闘した「みんなの会」の市長候補、「菅田」さんを囲んで反省会を開いた。 事務所の仕事や、候補者カーの運転手、アナウンサー、裏方の実務担当者など総勢30人ほどが集まった。 一人3分発言は、時間が足りないほどのしゃべりぶり。 私も、ひとこと、言わせてもらった。 続きは後で。 明日から後援会主催で黒部方面へ旅行に行ってきます。
2005年11月04日
里の紅葉は鮮やかな色彩を放っているが、晩秋の雨は冷たい。 この雨にぬれながら、読者のお宅を訪ねた。 先日、中野さなえさんに同行してもらい、世直しで力になってほしいと訪ねた家だ。 3か月ほど前から、「赤旗」しんぶん日曜版を購読してくれた家で、私が配達している。 総選挙中に、直接手渡しで新聞を配達し、比例は「日本共産党」選挙区は「中野さなえ」さんにとお願いした際、快く「私もそのように思います」と、郵政民営化や増税問題、景気対策、大企業優遇政策の小泉首相のやり方に批判的であった。 さっそく、選挙の当事者「中野さん」と一緒に、結果の報告とお礼でうかがったわけだ。 比例での前進はもちろんだが、小選挙区でも前進できるぐらいの大きな共産党を作りたい。幹を太くしたい。仲間になって力になってほしい。幹の一部になってほしい。と呼びかけた。 このときは、「主人と相談させてほしい。」と言われた。 数日後、つまり今日、訪ねたのである。 ご夫婦で玄関に出てきて、いくつかの質問をしてきた。 奥さんは、職場をリストラ、大黒柱のだんなさんは、この不況の中仕事が少なく収入がない。 仲間になることは、やぶさかではないが、期待に応えた活動はできない。と言った。 今の、小泉内閣の悪政をストップしたい、その思いがあれば仲良く一緒に活動できることを話して、納得。 しっかりと握手した。 冷たい雨で寒かったが、気持ちは熱くなっていた。「のぶちゃん」のチョット一言。 「赤旗」しんぶんの集金に回る。 雨降りと祭日のせいか、順調に進む。 何軒もの家では、「ピンポン」を鳴らすと、玄関に子どもたちが飛び出して来る。 ほとんどは読者の孫たちである。 「こんにちは」と言いながら、握手、握手だ。 いつもそうしてきたが、うれしい。 子どもは無邪気だ。 60歳も年齢が違うのに、手を出せば求めに応じてくれる。 「おじちゃん手がつめたいよ、どうして」 平和が一番だが、自民党の憲法草案は「憲法9条は削除」で、平和の精神かなぐり捨てた。 子や孫たちに平和な時代を贈るべく大いにがんばりたい。 長野市では最北の地、若槻には小学校は2つだが、『9条を守る会』は3つある。 あわせて署名は約4千筆まで到達。 全有権者の30%。 これからが、がんばり時だ。 11月13日には、3つの「会」が合同で宣伝と署名行動を行う。 真っ赤に色づく、りんごの産地でりんごに負けずに真っ赤に燃えて・・・。
2005年11月03日
鷲沢市長2期目の当選後初、党市議団へ挨拶に来る。 市長は、あらかじめ用意してあったメモを読んだ。 自らの2期目の抱負を述べたが、最初に、聖域なき民営化、民間委託を進めると強調した。 いろいろコメントしていたが、わが脳裏に焼きついたのが「聖域なき民営化」。 市長は自らの使命として、これはやりぬくと強弁したのだから・・・。 市長の数分のコメントの後、市議団から一言、 「市長は今、自らの使命として『民営化路線を進める』といったが、市民の思いとは違う。市民アンケートでは11年間トップは、社会福祉の充実で、子育て支援も要望が高い。市長選挙に向けた、信濃毎日新聞22日付け電話によるアンケート調査でも、市政に臨むことは福祉医療で50%を大きく超えている。市長が今言った、『民営化路線の推進』は6,8%でごくわずかである。市民は希望していない。承知の上で市政運営すべきだ」と申し上げた。 市長は顔を強張らせ、やおや「市長選挙で市民に信任された。」と強弁し、認知されたのでしっかりやらせてもらう。と、いきなり立ち上がり、声を荒立たせながら急いで外に出て行った。 投票率は36,69%で超低率。鷲沢市長の得票は、長野市全有権者の26%にすぎなっかた。そのことを、ひとこと、言おうと思ったら立ち上がってしまった。 市長は、10万票で大勝して、民営化に反対している人への力にもしたいと言っていたが、思惑通りには行かなかった。 12月議会で、大いに論戦し、「聖域なき、民営化路線」に、市民の立場からチェックしていきたい。 18年度財政方針の説明受ける障害者や高齢者など問題山積にもかかわず、「福祉」施策が重点項目から抜け落ちた、言葉にも表現されない、長野市の「平成18年度財政方針」の説明があった。 市長当選直後に、部長会議があり、その後の財政方針説明なので、当然、市長も認知の上での新年度の財政方針のはず。 景気もいまいち、国も交付税を削減する中、相変わらず市財政も厳しい。 この中で、新年度の重点項目をあげて説明があった。○子育て支援や教育○環境○防災 などなどであるが、福祉が重点項目にない。 障害者自立支援法や介護保険法の改悪で利用者は深刻な事態である。福祉の項目のないことは異常ではないか。なぜか、と問いただした。 住民福祉は当然のことで重要課題、あえて項目に入れなかった。 それにしても、新年度重点施策を10項目としておきながら、福祉がないのは許せない。 具体的な予算編成までに、今日の意見を反映すべきだと要求した。
2005年11月02日
一、 「市民が主人公の長野市政をつくるみんなの会」が、長野市長選挙で声明を発表した。 1、十月三十日投票の長野市長選挙で、すがた敏夫候補は残念ながら当選にはいたらなかったものの、三万一千七百四十一票(得票率28・74%)を獲得しました。 過去最低の投票率にもかかわらず、新人のすがた敏夫候補の得票は前回市長選挙の「みんなの会」の得票を七千三百三十一票上回り、得票率でも6・49%ポイント前進することが出来ました。 これは、24年ぶりに三万票台を突破し、「みんなの会」として過去最高の得票率を得たこととあわせて、大健闘といえる結果です。 菅田候補にご支援、ご協力いただいた皆さんに心から感謝いたします。二、今回の選挙で、菅田候補は原色市長が進める民営化路線と大型開発優先の税金の使い方の転換を訴え、『長野県一の子育てのまちづくり』をはじめ、市民に暖かい4つの具体的な政策を掲げてたたかいました。 すがた候補の公約は、市民の間に急速に浸透し、最終盤、共感や支持が大きく広がりました。そして、投票日の出口調査で、すがた候補が「四十台38%、三十代で36%の支持を集めた」との地元紙の報道もありますが、とりわけ、青年や子育て世代、中堅サラリーマンから大きな支持を得たことは、今後につながる確かな展望を開きました。三、今回の選挙で、現職市長は、具体的な政策を掲げず、また、市民が選択する際の重要な判断材料となる選挙法定ビラも発行せず、「歴史的使命」と自らかかげた民営化路線も選挙公報から削るなど、一貫して政策論選を避けることに終始しました。過去最低の36・96%という投票率や、現職市長の得票が長野市の全有権者の26%にすぎない事をみても、市政を変えてほしいという願いが市民の中に広く存在することは明らかです。 選挙結果を受けて、市長は民営化路線の速度をさらに上げたいとしていますが、10月22日に発表された地元紙世論調査でも、民営化路線を「優先してほしい」にあげた市民は、わずか6,8%であり、とても市民が信任したといえる結果ではありません。 「みんなの会」は、姿勢の転換と今回の選挙で掲げた公約を実現するために、引き続き、市民の皆さんと力を合わせてがんばる決意です。以上、声明の紹介。 市議補欠選でも、日本共産党の和田あき子さん、30293票(得票率32,39%)で惜しくも次点となってしまいました。後4100票だった。 しかし、大々健闘。
2005年11月01日
全17件 (17件中 1-17件目)
1