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2013.01.30
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カテゴリ: 読書案内
【連城三紀彦/恋文】
20130130

◆嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味

この小説を初めて読んだのは、すでに20年以上も前なので、今はどういう形で売られているのだろうか?
ちなみに私が持っているのは、表題作を含めた短編が5編収められているものだ。そしてこの短編集で直木賞を受賞している。
著者である連城三紀彦は、世間がバブルで沸いている時、その余りな華やかさ賑やかさとは対極のところで静かな恋愛小説を書いていたのだ。
現代の若者にも通じる草食系男子の滲むような優しさ、顔は笑っていても心で泣く強がりな女子。その組み合わせは今の世の中にも充分受け入れられるドラマだと思う。
いつのころからだろうか。頼りないぐらいの男子の方が、意外に女子の母性を刺激するのだという迷信が現実のものとなったのは?
連城三紀彦は、すでにこの男女の構図を20年以上も前に表現し得ていたのだ。
こうして完成したのが『恋文』である。
『恋文』は、どこまでも人の良い夫を、しっかり者の妻がどこまでも支えていく人情話(?)だ。
20歳になるかならないかぐらいの時に読んだ私は、正直言って、無責任な優しさを振りかざす将一(主人公の夫)に、たまらなく違和感を覚えた。


ストーリーはこうだ。
出版社に勤めている郷子の夫は、学校の先生をしている。
結婚して10年が経ち、二人には小学生の息子もいるが、急に夫の方から別れて欲しいと言われる。
よくよく理由を聞いてみると、将一が郷子と結婚する前に一年ほど交際していた女と、よりが戻ってしまったようだ。
ところがその女・江津子は白血病で、余命幾ばくもなく、将一だけを頼りにしているような、身寄りのない女だったのだ。
じっとしていられなくなった郷子は、ウソか本当かを突き止めるためにも、入院中の病院まで押しかけて行く。
その際、夫から「僕の従姉ということにしてくれないか」と頼まれ、人の良い郷子は妻ということを伏せ、面会するのだった。

内容はとてもドラマチックでありながら、華美でなく、むしろ淡々としている。
それはもうしっとりと、滲むような優しさに包まれている。
もちろんそこにはせつなさも伴う。
誰もが願うようなハッピー・エンドばかりなら、恋愛小説は単なる三文小説の域を出ないものになってしまう。

優しさを貫いて誰かを傷つけてしまう男がいて、人知れず涙を流す女がいる。
こういう人情話は連城三紀彦の十八番ではなかろうか?
この著者の作品は、どれも男女の心のヒダを描くのが上手い。その繊細さに、胸がいっぱいになるのだ。

『恋文』連城三紀彦・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.39)は重松清の『エイジ』を予定しています。

~読書案内~

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?
■No.27 宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし
■No.28 向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ
■No.29 樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰
■No.30 南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る
■No.31 東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説
■No.32 辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説
■No.33 田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説
■No.34 沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る
■No.35 浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー
■No.36 有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇
■No.37 田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
◆番外篇.3 芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。





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最終更新日  2013.01.30 06:20:08
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