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謹賀新年 本年もどうぞよろしく。 東北は、雪が降り続いているようですね。寒い元旦になりそうです。個人の力は取るに足りないほど小さなものだけど、使い方次第ではないだろうか。一つにまとまれば大きな力にもなる。それが必ずしも人間を幸福にするとは限らなかった。それは、時に個人の生命をも理不尽に奪いもしたし、今もその暴虐が世界では罷り通っている。国民が拠って立つ物の信頼が揺らぎ始めていると思う。それは昨日今日始まったことではない。これから、そういう偽りの事実が露呈されてくるのではないだろうか。それに耐えねばならない。油断の出来ない時代が来る。それに対応できる人間にならねばならない。いつの時代も間違いを糺すのは容易なことではない。時には命がけになるだろう。然し、それを超えていく決意をすべきだろう。今年はその端緒の年にしたいものだ。2008年元旦各位 ヘイフリックの限界part2
2007.12.31
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誰のために、というなかれ、時は来るだろう。鍛えられるチャンスがあるだろう。空騒ぎもいつかは終わるのだ。フィードバックがあるだろう。「戦後レジューム」などという言葉を使った首相がいたが、自分が世襲を利用としたではないか。曖昧な言葉を弄して姑息な手段で人の上に立つような奴は信用ができない。自分の利益だけを追いかけているような人間は軽蔑されるしかない。 ・妥協しないことだ。自立とは、自分の心を他人に任せないことだ。「個」として自分に責任を持たねばならない。感情に溺れないことだ。人間として弁解しないことだろう。自分が何ものになろうとはしないことだ。死ぬまで夢を諦めないことだろう。どうも取り巻きを作るような人間は信用できない。自分を鍛えない人間は壁を乗り越えることはできない。 ・へ2・・・これだけ大勢のタレントがいながらメジャーにならないのは、スケールではないだろうか。そうさせているのは芸能界とファンたちなのだろう。ソウルのない人たちばかりではないだろうか。というか自己主張さえないひとをタレントいうのは変な話だろう。社会が歪になっているからだろうか。原石を磨きもしないで世に出しているからだろう。そして大量消費している。そんな「柳の下にドジョウ」がいるわけがない。一つの現象として、芸能界に同性愛や麻薬常用者が多いことだろう。これはこの時代が如何に混迷を深めつつあるかということでもあるだろう。
2007.12.31
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NHKに品格があるかどうか?やっぱり、ないだろう。何か自由さがない。長くやっていると腐敗するのは同じなのだろうか。凡庸に流れるのだろうか。段々と色が褪せていく気がする。商品化ばかり考えている商業主義がひとのこころをスポイルしてしまうのだろうか。余り見たくないと思うのはデュルケムのいう、アノミー的自殺や宿命的自殺を招く原因になりはしないだろうか。アノミー的自殺 社会的規則・規制がない(もしくは少ない)状態において起こる自殺。自由のもと、自分の欲望を抑えきれず(無限の病)、それによる虚無感から自殺する。 不況期よりも好景気のほうが自殺率が高まる。宿命的自殺 閉塞感など欲求への過度の抑圧から起こる自殺(アノミー的自殺の亜種と類型できる。彼はこのパターンは脚注において説明しているに過ぎない)。 奴隷や子を授からなかった妻などの自殺がこれにあたる。 ・皆さんはどんな大晦日をお過ごしでしょうか。毎年同じではない。楽しかったり、悲しかったりする。それぞれの年末だと思いますが、まあ、人生は塞翁が馬ですよ。紅白をみていますか。どちらがずれているのだろうか。NHKか私だろうかと、思っている人も多いに違いない。そう思うのは多様化しているなかで、NHKが時代の先取りするという役割を放棄してるからに他ならない気がする。 ・へ2・・・芸術の魅力を失いつつあるように思えてならないのは、日本文化の低迷に起因しているだろうか。まあ、この日本丸はどこに行こうとしているのだろうか。などと言っても始まらないのかもしれない。自裁できない国家は死滅するのでしょう。へらへらと笑いながら腹で泣いている。泣いても笑っても、元旦まで、あと3時間45分。
2007.12.31
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大晦日に続いて明日の元旦も天候は荒れ模様となる予報である。来年は、厳しい寒さの中で年が明けそうな雲行きである。微温湯でいるよりか、冬には厳しい寒さを感じることも必要なのかも知れない。少し安易に暮らしているかも知れないと思う。何かやしている間にもう18時を過ぎたので、あと6時間を切ったわけだ。どうにか、居間の清掃が済んで炬燵に入ったところである。どうもあたたければ洗車でもしようかと思ったが、やめた。水が冷たいこと。車も風邪を引いてしまうだろう。 ・2008年は、アメリカ大統領選挙で揺れるだろう。パキスタンも混乱し、イラク戦争も解決しそうにない。日本の政治も総選挙がありひと波乱あるかも知れない。温暖化はどうだろうか。食の安全の問題、ガソリンの高騰に伴い物価の上昇がある。少なくとも格差が広がるのではないか。ワーキングプアーが増加するのではないか。考えてみたら明るさがあまりない。というより、消費税をはじめ国民の税負担が増え、物価が上がり国民生活は圧迫され、そのしわ寄せは計り知れない。年金問題も簡単に行きそうにない。優秀な頭脳が海外に流出し、日本は時代遅れになるのではないだろうか。ペパーテストで解決できるような国際問題は一つもないだろう。強かな外交手腕を持つ人材をもたなければまともな国際外交はできはしない。アメリカに頼る時代でもないだろう。 ・へ2・・・総選挙で国民の正しい選択が必要だ。見せかけの議論に惑わされず、すぐれた議員を選出しなければこの国の将来は暗いものになるのではないだろうか。そして、長期的には、そのための土壌としての教育を何よりも優先すべきではないだろう。そして、若い人たちばかりではなく、団塊の世代をはじめとするひとたちのマンパワーがどう動くかでもあるだろう。人格の完成などと寝言をいうのではなく、政治的発言をすべき時代だろう。
2007.12.31
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まだまだ行きつけないでいる。そこの角を曲がったばかりだと言って騒ぐことはない。角を間違ったと言って慌てることもない。何も慌てることなどはありはしないのに、一人でパニックになっている。もし悪いことがあったらと思うほど馬鹿な悩みはない。最悪なことがあった時どうすればいいか。パニックにならないことだけを決意しておけばいいのだろう。世の中は思い通りにはならない。それだけわかっていれば、絶望することもない。2007年の大晦日もあと8時間で終わり、2008年になる。連続しているが、世界中の人の日付が変わるだろう。それは2007年とは違う、2008年という一年を刻むことになる。 ・大阪の友人からメールがきて愛犬が今年の1月から目が見えなくなったらしい。15歳だそうだ。この寒さの中、散歩に連れて行ったそう。彼は、よく犬の話をする。彼がちょうど我が家に遊びに来て泊まったとき、ちょうど我が家にも老犬がいた。おれも同じことをしていると言いたいのだろうか。生き物は、犬だろうと、猫だろうと、自分の寿命を生きてもいるのだろう。それがまた健気に見えるのだ。このままでいられないと思うのだ。 ・へ2・・・寒い大晦日である。
2007.12.31
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・江戸から明治・・近代との関係。 ・江戸・・説話。イメージが把握し難い。西鶴の存在。 ・特徴として、論語、寺子屋、説話・・教訓的で、役に立つ面白い説話が好まれた。 ・大岡・遠山裁き・・文章化ができなかった。活字化が制限されていたため。 ・江戸の価値とは? 明治に何を残したか?・教科書となったか?・明治になり、西欧から小説が入ってきた。そこで江戸の説話を面白くして、大人の読み物にし、またこどもの教科書にしようと努力した。明治10年以降には説話が増えている。・漢籍・・・武士、往来物・・庶民。・廃仏棄釈(明4)仏教・儒教。明治の初めは開明的であったが、やがて復古調に代わる。自由教育に圧力が加わりだす。教育の弾圧としての検定。反動化する。・教育と政治の結合。 ・デュルケームはフランスのロレーヌ地方のエピナルで代々敬虔な信仰を保持したフランス系ユダヤ人の家系に誕生している。父親と祖父はラビであった。 しかし彼自身は世俗的な人生を送っている。 ・事実、彼の業績の多くは宗教現象が天与の要素よりはむしろ社会的なそれに起因していることを実証したものであった。 ・社会的規則・規制がない(もしくは少ない)状態において起こる自殺。自由のもと、自分の欲望を抑えきれず(無限の病)、それによる虚無感から自殺する。 不況期よりも好景気のほうが自殺率が高まる。<アノミー的自殺 >・彼のユダヤ人としての背景が彼の社会学に色濃く影響を与えていることは否定できない。彼の教え子と友人の多くはユダヤ人であり、血縁者であった。 ・彼は、個人の意識が社会を動かしているのではなく、個人の意識を源としながら、それとはまったく独立した社会の意識が諸個人を束縛し続けているのだと主張し、個人の意識を扱う心理学的な視点から社会現象を分析することはできないとして、タルドの心理学的社会学の立場を批判した。
2007.12.31
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敵の敵は味方という政策もあったらしいが、そんな打算ではなく、すべては、在るがままの世界ではないのだから、事実はその逆もあるし、それがまた事実ではなく、仕組まれた偽装のものかもしれないから、その逆もあるし、さらに続いて逆かも、・・・どうもこれだけ歴史が長いと、まださらに何があるかは分らないし、それからまだ繰り返されるかも知れないが事実は事実だろう。いいことが悪いことになるという「塞翁が馬」があるが、あの時代でさえそうなのだから、現代はその繰り返しは果てしなく続くだろう。 ・けちな男にだまされるのは、騙されて得をしたいからだろうか。家庭の幸福は究極のエゴイズムだと言えるだろうか。そんなことで悩む暇はない。悩みなど暇なやつがするものではないだろうか。課題を持たないからだろう。まあ大晦日に考える話かどうかわからないが、どうかは知らないが、そういう気がする。「忙中閑あり」というではないか。自分の時間を作らないから悪いのだ。そういう人間は墓穴を掘っているかもしれない。 ・偉大な指導者というのは怪しいものだ。そのために犠牲になるものが比例するのではないだろうか。この世界はほどほどの社会であり、人間もそれほど高尚ではないのだろう。そういう人たちの暮し易い社会のことであろう。エリートのものでもない。野望渦巻く社会を誰も望んではいないのだ。現代のニーズとは何か、角を取ることであろう。先ず「無知と貧困」をこの世から無くすことだろう。そのために何を急ぐべきかだろう。政治はそれを優先課題にすべきだ。来年は、それに政治が前向きであるだろうか。何せ、見せかけの政策ばかりで分かり難い話になるだろうから。漫画ではない。
2007.12.31
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どうせそれができるかどうかはわからないまでも、自分の狙いは飽くまでも一流を目指すべきだろう。自分が馬鹿でも、自分の目がそれを目指すべきだ。その眼力が何れ自分を前に推し進めるのだと信じたい。けちな人生にしてはならない。日本が神国だという妄想が日本を三流国にしたのではないだろうか。自分の位置を確り認識すべきだし、誰が一流かを知らねばならない。どこの国が何をしてるのか。見せかけではない。超大国だからではない。人口がどれだけ多かろうとも将来性のない国はだめだ。 ・来年は、自分の狙いは一流でありたい。襤褸を着ていても、粗食であろうと、借家だろうと構わない。自分の目は最先端を見ねばならない。偽物が多いことを忘れるな。肩書だけで信じられるものは何もない。まあ夢のような話でしょうか。ネットで一流を見ることができるようになっているし、図書館や大学もまあ一流とはいえないが、古典ぐらいは選べる。公共サービスも高くはないが、これからだ。まあ、望みは捨てたくはない。 ・へ2・・・一流の冒険者たちは、常に未踏の目標を目指していた。そういう人たちがいたから、私はヒトの歩みを進められたのだと思いたい。できることをすべきだろう。狙いは一流であって、二流でも、三流でもない。それは天と地だからである。それは勢いが違う。
2007.12.31
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今更だけど、知り合いのところをのぞいてみたり、日ごろご無沙汰している人とか、自分の年表とか、大晦日らしいと言えば、それも相応しいかも。それこそ、ブログをはなれたブログをしようと。正月用の料理をつまみながら・・・どうも、行儀が悪い。普段遣らないことをやっても反応は悪いかも知れないね。それはそれで、自業自得というか仕方がないのであってそれもいいのであります。らしい自分であればそれでいい。友人、知人も夫々の人生を生きていて立派に、らしくしているに違いない。根がまじめな人たちだろうと思う。運がいいか悪いかは巡り合わせでしかない。 ・関口知宏の中国大紀行の再放送があったりしていて、いま見ています。シリーズもので何度か見ました見逃したところも多い。流石に大陸のスケールを感じいますね。台湾の人のサイトを久しぶりに見ましたが、中国語もできないので、ヤフーの翻訳サイトの直訳で、それこそ漢文と日本語と合わせて読んで多少理解できたりするが、彼女は日本語も出来、英語もできて、他にもいくつかあるのではないだろうか。語学力が全然違う。いま九大で勉強しているが、そのまえがUTらしい。そういう人材を求めている国家でもあるのだろう。日本人の留学生はひとつ、ふたつの語学で満足しているのではないだろうか。出来るうちに何でもすべきだろう。言葉を通じて理解できるもがいくらもあるに違いない。 ・へ2・・・皆、夫々人生を大切に生きていると思う。私の知っている人は多いとはいえないが、それでも皆まじめで家族を愛しているし、浮ついた生き方をしているのは、私くらいかもしれない。テレビで邯鄲の「一炊の夢」のお寺が紹介されている。それこそ、「夢」で終わりかねない人生だったりするわけで、そこにとどまるものは何もない。
2007.12.31
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「品格」をWikipedia で念のために見てみたところ、「ハケンの品格」というので驚いて見たらドラマかなんかのことだった。考えてみると、品格などいうのは、確りしたコンセンサスがある訳ではない最近話題の「国家の品格」「女性の品格」とかいうのだろう。ただ品定めの感があるのは商業主義の影響だろうか。これは企業が自分たちの目で見た評価での品格の基準でしかない。どうやら価値観が違うものが罷り通っており何が何だかわかり難いのかもしれない。質ではなく量で物事を測りたがるので、ひとは商業主義の商品としての算定でしか見られないだろう。どう人間を見るかは時代性でもある。かってイスラム教では白人は家畜以下に扱われた地域があった。日本人も生口でしかない奴隷がいた。魏志倭人伝にはその記述がある。その時代の見解でどうともなるのだろう。 ・私の言う「品格」とは、世間でいる「品格」と違うし、またコンセンサスがある訳ではないからコンセプトははっきりしているわけではないようだ。しかし語源的は、階級社会の中から生まれたのではないだろうか。武士は武士らしく、農民は農民らしくなのかもしれない。アメリカ映画で、黒人のプロデューサーが、白人の上司から、映画のシーンで黒人は黒人らしい振る舞いと言葉づかいをするように強制されるシーンがあり、なるほど映画の世界もそれがあるのだと知ったが、そういう枠組みで作られた映画は、真実ではなく、白人社会の存続でしかない。それは、メディアのあらゆる面でも言えるのではないだろうか。たとえばCMにしても同じであり、ドラマのスポンサーにしてもプレッシャーグループがいて支配しているのだ。 ・へ2・・・然しいつの時代も、新しい時代は現状を肯定する者からは生まれない。御用学者は血祭りになる。その破壊力が推進力にもなるだろう。守屋の油断はその感違いでもあってのではないだろうか。彼には「品格」があったのだろうか。それは彼が防衛次官であったころは確かにあると思われていたに違いない。だからこそ山田洋行はカネを出し続けたのだろう。私たちに「品格」はあるのだろうか。少なくともそれは、私には自分であると思っても、それを認めない社会であることは言えるのだろう。 ・話は飛ぶが、毎年自分史の年表を書いている。最近は少しさぼっていたが、先ほど、見直してみた。どうやら、意識と現実はタイムラグが出てきたようだ。あまり現実に関心がないかなくなりつつあるのだろうか。すっぽりと抜けた月日がある。これは大阪の学生時代からの友人と続けている約束で、彼が訪れたときに見せることになっている。彼の「年表」と重なるところが多いので、彼の記憶力と重ね合わせて作成している。そうしたら、面白いものになったので、学生時代の九州旅行から書き入れている。それでも振り返るとほろ苦いものもある。今度彼が来たら書き入れようと思っているが、最近お互い様だが音沙汰がない。株式会社山田洋行(英文名称:YAMADA CORPORATION.)は、日本の軍需専門商社。1969年(昭和44年)3月5日設立。“洋行”の名は貿易商社であることに因む(内田洋行も同じである)。
2007.12.31
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大晦日の一日のスタートは午前4時になったが、博多も冷え込んでいる。それでも気温5℃らしい。部屋の中だが、もっと寒い気がするのは起きてすぐだからだろうか。底冷えさえ感じる。正月が待ち遠しいというのではないが、まあ、また、来たかくらいの想いはある。浮き立つような思いでもないがそれでも、しゃきりと背筋が伸びてくる。私は何物でもないが、血の流れた人間さまではあるだろう。まあそれだけでしかないが。 ・まあ地球の歴史を一日に例えると大晦日の最後の何時間かであるかは別として、ヒトが果たしてきた歩みは自画自賛するほどでもないかもしれない。そして偉大とされてきたものも、その尺度から見ると霞んでも来る。私はこうして今ここにいるが、今日死ぬわけではないだろう。別にそれを誇れる訳でもないが、まあ有難いとは思う。それほど不遜でもないつもりだ。どれだけ人間が自分の価値を高めようとしても限界があり、宇宙からみた万里の長城でさえ見分けられることもない。自分たちが砂浜の一つの砂よりも小さい存在に過ぎないし、個体も一つの小さな細胞の集まりに過ぎない。 ・へ2・・・こうしてみると、キリスト教も人間の知恵の集積なのかもしれない。おそらく他の宗教も人間の行いに対する反省であり願いが込められた人間の智慧であったのだろう。それを突き崩そうとしても無駄なことなのだろう。何故ならそうして人間は生き延びた知恵が隠されているからだ。それが偉大だとするなら、それは人間を突き動かしたが、それだけある意味障害にもなったのかもしれない。そこに積み上げられたものが大きいだけ人々はその山を乗り越えなければ、隣の世界に行くことができないからだ。私は、何かそういう思いが、してきてならないでいる。それは、昨年のニュルンベルクのクリスマス市に行ってから、ずっと頭の中から離れない考えである。 ・いつくかの比喩が示しているように、それは人の人に対するものでしかないからでもある。その凍てつく寒さがあってに違いない。人間はそれに耐えて生きねばならなかったのだ。そして、西欧の人々には宗教が必要だったのだろうが、その権威に押し潰されようとさえしたのではないだろうか。大きな穴を掘ってしまったのかもしれない。簡単には出れそうもない穴を掘り続けた人たちがいたのだろう。なにかそういうイメージが付き纏っている。 ・へ2・・・私のような凡庸な人間に解析できるものではないが、漠然とそう思えてならない。2007 も今日一日になった。今日はどんな日なのだろうか。ただ平々凡々と時を刻むだけだろうか、今年のレコード大賞はコブクロの「蕾」だそうである。偶々覗いたのは妻が見たいというからだったが、男性二人歌手のフレーズがはじまりが語りかけるような静かなものだった。どうも歌謡曲の詩に感動することはないが、愛とか恋とかだけではないものが、すべてではないのだから、見せかけのことばに酔わないことだろう。
2007.12.30
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ゾフィー・ショル Sophie Scholl1921年5月9日、ゾフィーはコッハー河畔の小さな町フォルヒテンベルクで生まれた。1943年(21歳) 2月18日 大学内で兄ハンスとビラ6号を撒いている発見され逮捕 2月22日 民族裁判所にて死刑判決。17時ミュンヘン・シュターデルハイム刑務所内で斬首 帝国勤労動員を経て、ようやく大学で学ぶことができるようになった1942年5月初め、ゾフィーはミュンヘンへ移った。ハンスは親しい友人たちを彼女に紹介し、彼ら主催の読書会にも招待する。白バラのビラがミュンヘンの街に現れたのはこの1ヶ月後だが、最初からゾフィーが白バラに関わっていたかどうかはわかっていない。1943年2月18日、兄妹は大学構内で用務員に目撃・通報されナチスの秘密警察に逮捕されてしまった。そこからのゾフィーの処刑までの5日間。処刑の前に兄妹が両親とシュターデルハイム刑務所で面会した。ハンスは囚人服を着ていたが、ゾフィーは自分の服で、絶えず微笑みを浮かべ、ハンスが断った甘いものを嬉しそうに食べた。「あらそう、いただくわ、私はまだお昼を全然食べてないのよ(『白バラは散らず』P.110/インゲ・ショル・内垣啓一訳/未来社)」。 ゾフィーのメッセージ 私はもう一度、すっかり同じことをやるでしょう。 考え方のまちがっているのは私ではなく、 あなたがたの方なのですから。
2007.12.30
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Dec 30, 2006 切れたシーン 遂に、フセインが死刑執行された。その一部のシーンが、世界に流れた。どう受け止めるか、世界は沈黙している。何が真実なのか。即時に判断することはできない。日本のメディアは、ただアメリカから配信されるものを、まるで木偶の坊のように、報道するだけだ。仕組まれた戦略は正義なのか不正義なのか、どちらに振れるか、すぐには判断できない。それは、これからの世界の勢力図における総体の情勢次第で、どうにでもなる。日本政府は、どれだけの情報能力を持ち、判断能力をもつのだろうか。恐らく他国のことして済まそうとするのだろう。国際社会の中で、日本は、何の力もない。テレビは、娯楽番組を重症のアルツハイマーのように流している。時間だけが空虚に流れている。 まだ、アメリカは、明日への危険な近道を押し通ろうとしているだろうか。 クリスマスの意味は、何だったのだろう。
2007.12.30
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今年の日本の十大ニュースは安倍退陣から始まった。何とも情けない政権だった。52歳サラブレットの強気のスタートが今更ながら竜頭蛇尾の観がする。ボンボンの脆さだろうか。そんなことは言ってはおれない政治の世界はずだが、と多くの国民は思ったはずだ。どうも東洋の「血統」はあてにはならない。寧ろ期待だけが先走るのではないか。「まさか、」が何度も起きて期待は裏切られることが多い。どうも、大事なところで腰砕けになるのではないだろうか。 ・「大連立」の話は、「まさか」だが、でもありえないことではない。戦前の大翼賛会がある。いまや政党の脆弱さは明らかだ。これは政治家の人材不足を物語っている。それこそ政治を担うような議員がどれだけいるのだろうか。それを露呈した。そして高級官僚の堕落だろう。つまりどうにでもなる政治家が多いからこういうことにもなる。今後の日本の政治の不毛を感じさせる。それから不二家を始めてする老舗の不当表示がある。どうも明るいものはないようだ。厭になることばかりが報道されている。しかしこれは事実であり、うそつき社会の現実がある。 ・へ2・・・日本はことしは汚物を浴びたのだろうか。それを払い除け、消し去ることはできるのか。屈辱から這い上がることができるだろうか。しかし捨てるものは捨てねばならない。切るものは切らねばならない。選択すべき決断力を学ばねばならないろう。どこの国にも弱点はある。それに対して自浄能力があるかではないだろうか。そして、腐ったものは残してはならない。そしていいものを決して見捨てないことだ。今年も、十大ニュースを見ている。
2007.12.30
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ルソーの言葉「社会の基礎を検討した哲学者たちはみな自然状態にまでさかのぼる必要を感じた。しかしだれひとりとして、そこに到達した者はいなかった」(『人間不平等起源論』)「虚栄心を生む者は理性であり、それを強めるのは反省である。-人間が苦しんでいる人を見て、「おまえは滅びてしまえ、私は安全だ」と密かに教えるのは学問である」「ある土地に囲いをして、「これは俺のものだ」と宣言することを思いつき、それを信じるおめでたい者たちを見つけた最初の人間が政治社会の真の創立者であった」「各構成員の身体と財産を共同の力すべてによって保護する結合の一形式を見出すこと、それにより各人が全員と結びつきながら自分自身にしか服従せず、以前と同じく自由であること、これこそ根本問題であり、社会契約がそれを解決する」(『社会契約論』)「人民が十分に情報を持って審議するとき、市民が相互の意志を伝達しなければ、わずかの相違が多く集まってつねに一般意志が生まれる」「民主制という言葉の意味を厳密に解釈すれば、真の民主制はこれまで存在しなかったし、これからも決して存在しないだろう。多数者が統治して少数者が統治されるということは自然の秩序に反する」「統治者が市民に向かって「おまえの死ぬことが国家に役立つのだ」というとき、市民は死なねばならない。 ・どんなに立派な言葉も使い方次第だろう。腐ったリンゴも食べれる部分があるものだ。それを母が教えてくれた。誰でも見上げるものに真実があるとは限らない。身近なものに対しても厳しい見る目を持たなければならないだろう。玉石混淆しているからだ。言葉を追い続けて時々、原石を見出すだろう。それを読み解くことができるだろうか。心地よい言葉で飾られたものが、すぐにも色あせるようなもので満ち溢れている。貪欲なものたちが、飽くなき欲望をばらまいている。それを見破る力があるだろうか。腐った物の中にもあるものがある。それを見つけられなければ迷い続けることになるかも知れない。この世界は清浄の海ではないからだ。 ・へ2・・・2007年が晦日の夜である。久しぶりに家庭だんらんの落着いた夜になりそうである。まだ、言葉を探さねばならない。
2007.12.30
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強風が吹いて一日荒れ模様だ。先ほど霙も降り、この冬初めての雪になった。寒いと眠くなる習性があり、妻がせいそうしているのを尻目に昼寝をしていたらこの時間になってしまった。まあ、少しだらけてしまった。どうもね、役に立ちそうにない英会話などしてどうしようというのだろう。少しの会話ができたとしても議論ができる訳でもあるまい。やあやあぐらいなら何もカネと時間を無駄にすることもあるまい。何十年も外国語を勉強したところでその国のどの程度の知識を持つことができるだろうか。それこそそこに住む者の知識の蓄積を甘く見てはならない。そして歴史の積み重ねは容易に得られるのではないだろう。やや絶望的にならざるを得ない。へらへらお喋りできてもそれでお終いでは意味があるまい。 ・なんて負け惜しみのことなど考えていた。若いころでないと中々外国語も身に付かないらしい。それこそ屈辱的な教育だったのだろうか。少しも馴染まないのは、水と油である。日本語の語彙が多すぎて世界の方言になっているのだろうか。そうなった理由があるだろうか。「源氏物語」が最古の文学だと言っても、世界のメジャーにはならないだろう。何せ道徳的ではない。貴族の女たらしの物語である。当時高価な紙をあれほど使えたのは余程の権力者のパトロンがいたからだろう。その世界が、特殊なものであればあるほど一部の者の興味しか引かないのではないだろうか。 ・へ2・・・中国人が人工衛星を打ち上げて、先ず万里の長城が宇宙から見えるのではないかと話題になったそうだがそう思ったのは、万里の長城が、祖先の残した偉大な遺跡であり、それが宇宙からもくっきりと見えるのではないかと中国人はイメージしたのだろう。処が、肉眼では見えなかったという話だ。長城の幅員が細過ぎるからだろう。そんなものだ。それは手前味噌でしかない。
2007.12.30
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ルイ14世は「朕は国家なり」といった<歯抜けの太陽王>である。ルイ14世は、侍医ドクトル・ダガンの主張する「歯はすべての病気の温床である」という説に基づき、12回にわたる手術の末、すべての歯を抜かれた。しかも当時は麻酔もないため、歯はやっとこで引き抜かれ、抜いた後は真っ赤に焼けた鉄の棒を歯茎に押し当て消毒とした。その後、歯の無いルイ14世は、8時間以上かけてくたくたになるまで煮込んだホロホロ鳥や雉などしか食べられなくなった。また、常に胃腸の調子が悪くトイレに頻繁に駆け込んだ。時にはトイレから、家臣たちに命令を下すこともあったという。あまりにもトイレに行く回数が多かったため、衣服にも糞尿のにおいが染み付いてしまっていた。そのため家臣たちは、香水をしみこませたハンカチを鼻に当てて閣議に臨んだ。(Wikipedia引用) ・まさに中世からの中国の文化の日本支配は、「君臨すれども統治せず」だったかもしれない。君臨しても、統治がなければ、それは名目ばかりでしかない。イギリスの君主制もその他の国々もその範に従っているのが多いだろう。日本は天皇を象徴にしているが、それが休火山であることに変わりはない。それは猿知恵だろうか。否分らない。化けるかもしれない、よくあることだ。「支配すれども統治せず」は変形がどこにでもある。名を捨てて実を取るというやつだ。何が言いたいか。イラク戦争でアメリカの思惑は外れつつある。それは「君臨すれでも統治せず」でイラクをプチアメリカ型の国家にしたかったのだろうか。そうはいかない。キリスト教の世界支配は挫折しつつあるように、より刺激の強いものが好まれるからだろうか。 ・へ2・・・笛を吹けども大衆は踊らないだろう。精々なにかのパレードでしかないからだ。それにしてもこの世界の混沌はどこから生まれたのだろうか。「朕は国家だ」というルイ14世が<歯抜けの太陽王>だったというのは、アイロニカルな話だろう。莫迦な事をしたものだが、それがまた、ルイ14世が君主であったからでもある。ひとはばかなことをするものだ。「裸の王様」も同じだろう。どうもアメリカ政府のブレーンも焼きが回ったのではないだろうか。時代認識が欠けているような気がする。それを、無批判にまた崇める連中がいるのだから、さてもどんな統治をしようとしているのかわかったものではない。中国による北朝鮮もどうなのだろうか。いつまでも野放しでは後の祭りになりかねない。
2007.12.30
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パキスタンの危機は対岸の火事なのだろうか。他人事でしかないのだろうか。そんなことはない、優先順位だろうか。いち早くブッシュ大統領はコメントを出していた。それだけ情報網を持っているからできるのだろう。安倍前首相は、アメリカの防衛ネットを真似ようとの構想があったが、莫迦ではないかと思った。まともな情報網も持っていないのに何から何を守ろうというのだろうか。それも、誰と戦ういうのだろうか。もしそれが中国やロシアであれば、どれだけの経費がかかるのだろうか。それは見せかけの論理でしかないではないか。 ・やはり、安倍氏の退陣は、早く自滅し、潰れたが潰れて良かったかも知れない。少なくとも泥沼に引きずり込まれないとも限らないからだ。つまり「毒にも薬にも」ならないような政権はないからだ。福田首相は何をしているのだろうか。もちろん思惑があるだろうが、それが世界レベルかだろう。中国政府は強かだ。日本政府は視野が狭いと見くびられている。それはこれまでの日本の歴代内閣が、やってきたことを分析したからであろう。それは多分に中国の尊大さに帰するところがあるとしても、あたっているところあると思う。冷静に政治をみればその政治決定のプロセスをみれば見え見えのものでしかない。要するに懐が小さく狭いのだろう。 ・へ2・・・それこそ総合的な常識が必要ではないだろうか。それは一概には得られない。一人一人の成長過程が違うからでもある。喧嘩して雌雄を決する時代ではない。どれだけよりたかい論理を持つかでもあるだろう。そのための投資をどれだけしているだろうか。そんなことを考えている三十日である。福田首相は今夜帰国するらしい。どんな顔をしているのだろうか。
2007.12.30
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ブット元首相の暗殺は暴動を引き起こして一月八日の選挙が危ぶまれている。CNNを見ているが、現地からの情報をリアルタイムで流している。そしてブッシュ政権がどういう対応をしてるのかを交えながら繰り返し、続けてもいる。これは、NHKが日本でも大事故のたびに流しているのに似ているが、アジアの一員である日本のメディアは、アジアで起こっているこの事件をそれほど真剣には取り組んでいるようには見えない。それは、どう評価すべきだろうか。ニュースをCNNでしか見ることができない私たちの現実がある。流されている内容は果たして公平ではないニュースを聞いているのにだ。これしかないのだろうか。なにが守られ切り捨てられるか。 ・紅白歌合戦や、誰が離婚しようとかどうでもいいではないか。アルカイダが暗殺したのだろうか。ムシャラク・サイドの関与があるのか。それはどう違うのか。アメリカ政府は、これを利用しようと虎視眈々と狙っているが、日本政府はどういう動きをしているのだろか。それがよく見えない。国民にこの事件を説明し、どう対応しているのか。どうも、世界の情勢に対して無関心すぎるのではないだろうか。それは国内向けでしかない政治をしているからでもあるだろうし、政府の姿勢が、最新の情報を掴むだけのシステムを持たないからでもある。どうもアメリカからの情報を鵜呑みにしている。それで精確な状況判断ができるのだろうか。政府には、そのための準備ができているだろうか。 ・へ2・・・パキスタンの危機は、世界の危機になるかも知れない恐れがないとは言えない。何故なら危機は伝染するからでもある。そのために政府が適正に機能しているのか。メディアは敏感に反応しているだろうか。欧米にだけしかネットを持たないようで世界を正しく見ることなどできはしない。考えてみれば、欧米で学んだ知識など、アジアで役に立つのだろうか。それは極言かも知れないが、精神までスポイルされてしまうのはアジアが、彼らを受け入れるだけの準備をしていないからだ。 ・太宰は「女語り」で小説を書いているが、それは本当の女性ではないが、太宰は女である。女になろうとするものは女である、という。それは欧米で学んだものは欧米的になるということを言っている。日本で育てば、日本人になるのだ。パキスタンの危機は、民主主義の何かを問うている。国民に安全を提供するだけが政治ではない。ブット女史は何故危険な身を晒したのだろうか。それを読み解く力が得られるのは正しい情報によってであると言えるのではないか、ということだ。
2007.12.30
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じっとしていても平和が来ないことを身を持って感じていた人たちが故人になっている。平和が当然だと思っている日本人も多いのではないだろうか。どうすればいいだろうか。あまり信頼のおけない政府が続いてもいる。どれだけ責任感があるのだろうか。平時でさえ少し都合が悪くなったと投げ出すようでは信用などできはしない。自分の健康の管理もできないような人が政権を担うようでも困る。大事な時によく病気になりがちだ。 ・幼児体験が大切だと言われる。どういう環境で育ったのかが大いに関係しているらしい。そういう意味では日本の政治家の子孫は怪しいのではないだろうか。親の七光りでいるような政治家であればなおさらだ。何も世の中のことは理解できないものはない。いまがどれだけ複雑な社会になっているとしても、平和が何を意味するかを知ることできる。と思っているがそうだろうか。何故「平和学」なのだろうか。それは、確りと教育できないからだろう。然し一冊のガイドブックで理解できるとは思わない。 ・へ2・・・鳥渡学んだような知識で平和を理解したと思ってはならないのではないか。似非平和主義者が多いのは時代がそうさせている。御用学者では役に立たない。日和見主義のなれの果てだからだ。平和とは何だろうか。それは何と闘うかでもある。
2007.12.30
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強風が吹き荒れて雨も降ってしかも寒いのでやがて雪になる天気予報でもある。炬燵にはいってもまだ寒いくらいだ。体温まっていないためだろう。我が家はみなマイぺースである。殊に休日は、それが際立つというのか、でも、それが妻はいいとしても、娘たちにどういう影響があるのか少しは気になってきた。あるがままにやれる社会でもないからだ。天候だけならなら、じっとして嵐の過ぎるのを待てばやがて過ぎていくだろうが、人間社会はそうはいかないからでもある。目立つことをすると叩かれる。堀江も、村上も自業自得だろうか。それとも愛のムチかは知らない。まあそんな甘い社会ではあるまい。福田が温家宝氏とキャッチボールも少しちゃちパフォーマンスでしかない。この暮れの折に、天下泰平でもあるまいが、彼の行動はアメリカも見ているのだから、そのリアクションが来年に来るのではないだろうか。 ・孰れにしても、あまり利巧な行動ではあるまい。しかし寄ってたかってやることは意外と莫迦なことをやらかすと見える。アメリカ政府だってそれこそ一流のブレーンを揃えているだろうに、やっていることの現実はさして利口な振る舞いでもないだろう。三人寄れば文殊の知恵も必ずしもそれ以上に多くの頭脳が集まったからと言っていい結果が出るとは限らないようだ。福田内閣だってえり抜きのスタッフがいるのだろうが、それでも表と裏をかえるほどフレキシブルでもない。 ・へ2・・・「雨が降れば天気が悪い」ような話だろう。人間のすることと言えば、自分の子孫を残そうとし、身内に甘く、他人には冷たい。それを累々と続けている。そうすることで自分の身を守り、権力を掌握しようとした。他人を支配することが「家族の幸福だ」と思ってきたのだろう。果たしてそれは、何をもたらしただろうか。どんなに優れた宗教でさえ、乗り越えられなかった現実がある。幼稚な哲学の中にも原石はあるだろうか。それは分らない。磨いてみないとわからない。ただ錬金術で終わるかどうかなのだろう。 ・私たちの日常でさえ、穏やかな日ばかりではない。嵐も吹けば、一転凍てつく世界にもなって人々を苦しめるだろう。その厳しさをどうして子孫に伝えるだろうか。夢しか語らない社会は偽善的になる。あの中国でさえころりと騙されて辛酸を舐めてきたではないか。日本も同じだ。いつも騙そうとした政府が存在した。戦前の日本は皇族と軍人が政権を握ってもいた。そして皇国思想をもって神国としたではないか。それは何だったのだろうか。それはそれを支持したという国民がいなければ成しえはしない。国家が常に正義を為すのではない。国家という権力が正義を為すようにするのが、国民の務めであろう。そのために社会システムが問われねばならない。 ・へ2・・・これから、ゆっくりとコーヒーでも沸かして飲むことにします。皆さんもコーヒーブレイクしませんか。嵐はまだ当分間続きますよ。
2007.12.30
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また、PCを取られてしまって、寝ていたけど起きてきたら、ちょうど20万になっていた。別に、・・・何だけど。それだけはやはり気になっていたようだ。まあ年内は行くだろうということくらいだけど。さて、外は大荒れの模様で、強風が吹き寒くなった。あすの雨が雪に変わるという予報も当たるかも知れない。どうも家族が起きているので好きな映画も見えれずにいる。お笑い系でげらげら笑っているのが好きらしい。どうも親父の権威はない。 ・カーテンを替えたり、今年の暮は意外と動きが激しいようである。まだ年賀状ヲ出すのが全部済んでいなかったようで、まだごそごそ書いている。どうも、元旦に向けて寒くなるような雲行きである。来年も一応3日には、毎年慣例の大分の高塚地蔵尊に行く予定らしく、千羽鶴をせっせと準備中でもある。まあこうして家族で揃って正月を迎えられるのもいつまでだろうか。それこそ、あっという間に時は過ぎていくことだろう。「家庭の幸福」とはある意味でエゴイズムの極致だろうか。家庭の幸福を前提とする思想が根底にあるとすれば、社会との関係が問題になるだろう。どうもそれは共存できないのではないだろうか。何か大きな落とし穴がある気がしてならない。それは考え過ぎなのだろうか。
2007.12.29
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Dec 29, 2006 暮れの大掃除 今日は、小雪の舞い始めた寒い朝だ。寒気団が上空に流れ込んだようだ。今は、のこりの年賀状を出して、車にガソリンを入れてきた。正月3日は、前から恒例になっている、家族で大分の高塚地蔵尊に参詣の予定である。一息入れて、大掃除をするというミッションだ。私は、ガラス窓拭きと庭の清掃。午後は、年末年始の買物がある。 何もしないで、最近年越しをしている。義父がいたころは、妻の実家で正月行事を済ませていたので、どうも他人任せでいたこともある。どうも世間並みの正月でもないかも知れない。子供たちも大きくなり、環境も変わったこともあるが、テレビを観ながら、ダラダラ過ごしていることが多い。毎年、娘たちが、正月にいないこともあるだろう。今年の大晦日は、ひとりは、ハウステンポスのカウント・ダウンに行くそうだ。 昔は、正月といえば、色々遣ることが沢山あった。餅つきも自分たちでして、旨い餅を食べたものだし、母のつくる雑煮を楽しんだものだ。日本の正月の慣習が、いまの娘たちに残せそうにないのは残念だ。思えば、西欧の家族で過ごす、メリー・クリスマスは、日本にはなかったけれど、年越しや、正月の行事は、家族との触れ合いの場でもあっただろう。 いまテレビが、時を忘れさせる妙に間の抜けた映像を流している。脳が違うところ見て笑っているようだ。 ・どうやら、去年の3日前も同じことをしてたようだ。どうも正月モードいうのは幼児化する傾向がある。脳が明後日を向いている。まあ、それもいいかもしれない。懐かしモードで、親族との触れ合いとか、現在とのズレを思い知ったりもしてみるとか。なにか、ど壺の嵌った自分をイメージしたりするとか。そして極めつけのNHK紅白歌合戦がある。あれはどういう効果があるのだろうか。ひとりnhkだけが自己陶酔している。ような。 ・へ2・・・何か、妻だけが張り切っている。どうもこんな時が頭に蘇るものがあるようだ。いつもの正月の雑煮が美味しくないという話題になり、何か具材を変えてとの要望が出た。どうも妻のつくるお雑煮が、あまり美味しくないのは同感である。何故だろうか?そういえば、私の母は、大晦日は大騒ぎしていたが、どうも・・・。で、私に何とかしろ、ということらしい。そこまでやれる自信はない。料理の道は容易ではない。アハハ・・・。どんな雑煮になるか。今年も、カウントダウンのハウステンポスに行くらしい。
2007.12.29
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博多も冷え込んでまいりました。テレビで「ロード・オブ・ザ・リンク」を鑑賞中です。妻子は三人で私を置いて買物に出かけました。何時に帰ることやら。何せ、三人寄れば文殊の知恵なのでしょうが、あの三人は、そうではないような。まあ車で出かけるのも暮れならではのことでして、まあ、私はひとりブログでも書こうかとしております。お蔭で、どうやら年内に20万件までは行きそうですが、これも、ご支援の賜物と感謝しております。本当か。 ・何せ、マイペースでして、勝手に書いております。当分変わりそうにないかも。人さまはどんどん先に行かれますのも、色々趣向凝らしておられるからで、私は何もない。ただ書きまくっている。あと先もない。あるのはあるもでしかない。「存在すること」がテーマであります。明日は寒そうです。あすに回した清掃がまだいくつもある。障子の張り替え。どうも襖まではいけない。まあ庭の清掃くらいはやりたい。樋口一葉のノートも整理したい。まあ年越しになるでしょう。それでも、まあ何でも美味しいし、それほど慾もない。まあ一茶ではないが「中」くらいのおらが春。ではあります。 ・へ2・・・番組表は観ていませんが、面白い映画が見られるのではないでしょうか。それを楽しみにしています。それと、PCで、両手は使えますが、未だキーを見て叩いていますので、少し訓練して入力できるようにしたいと思っています。学生時代に英文タイプライターの練習はしていたのですが、どうもちゃんとできませんので、それができればスピードも増すのではないかと思います。まあ、来年の課題が増え過ぎて困りますが。>写真は、海の中道大橋から見た眺望で、私の住む和白方面であります。
2007.12.29
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<芥川講座の整理1> ・有名を扱うと凡作にある。 ・「鼻」大正5年の作品。漱石の死んだ年。漱石は、「新しい文学」と激賞したが、前年書いた「羅生門」は読んでいない。 ・『今昔物語集』に想を採った近代作家は多い。中でも大正時代の芥川龍之介による『羅生門』と『鼻』は有名。 ・三島は、芥川と太宰が嫌い。しかし芥川は自殺が好きだったが、古典としては残るだろうと評した。代表作に秋山図、舞踏会、手巾を上げた。殊に「手巾」は短編の極意であると言っている。 ・同じものを書きながら、同じように見せないのが腕である。 ・芥川の本質が「動物園」「東洋の秋」の中にある。 ・無意識の偽善。 ・「秋」は「路上」の続編である。妹にゆずる。兄弟のテーマ。 ・芥川も好きな女と結婚していない。・片山 広子 美貌の文学者として、年少の芥川龍之介は詩を捧げ、堀辰雄も「菜穂子」に広子とその娘、芥川の交遊のさまを描いた。1954年『燈火節』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。 ・キリスト・・・ユダヤ。 芥川の注目作「さまよえるユダヤ人」 ・「二つの手紙」もうひとりの自分。影・分身・ドッベルゲンガー。 ・二重人格。なぜ自分だけが責められるのか・・・ユダヤ人。 ・アブラハム・リンカーンや芥川龍之介等の著名人にも、自身がドッペルゲンガーを見た、という記録が残されている。 ・「芋粥」「鼻」は同じパターン。作品のあまり工夫がない。楽に書いている。 ・実篤・・・文壇の天窓を開け放ったと評された。芥川は、野性である。 ・鴎外「心の花」・・・「鼻」が繋がっている。 ・人生は短く芸術は永い。しかし芥川は芸術至上主義ではなかった。 ・「手巾」・・新渡戸稲造「武士道」。三島が評価した。 ・「煙草と悪魔」・・「イワンの馬鹿」「白痴」「カラマゾフの兄弟」「罪と罰」 ・芥川の成立とドストエフスキー・・・血縁を抱えている。 ・「偸盗」・・親子の関係が分からない。「どうせみんな畜生だ」子供が誰の子かわからない。 ・「羅生門」の下人には名がないが、草稿では名がつけられていた、「交野の平六」。 ・「坊ちゃん」も異常性向。正直ものも度を超すと異常(非常)になる。 ・異常な正直さ=漱石。ゲーテの「ファウスト」も非常識である。・・芥川も読んでいた。 ・「運」運・不運について書いている。その中心には意志がある。芥川は意志の力を信じていた。 ・「動物園」写生文。俳句のように書く。ルナール「博物誌」を芥川は読み始めている。 ・この頃(大正9年)芥川は、俳句的な文・・・彼の死にいたるまで発想の原点があるのではないかと考えた。 ・芥川の本質が「動物園」「東洋の秋」の中にある。 ・「松林」・・芥川の<心の風景>。イメージとして何度も表現される風景。松林の暮れる風景がトーンとしてある。人生の秋・・・たそがれ・・・のイメージ。芥川の世界がある。 ・「六の宮の姫君」で芥川は、弱さに触れている。懐かしい姉。 母の問題がテーマ。「六の宮の姫君」・「お律と子等と」が重要。 ・ドンキホーテは正気に戻って死ぬ。 ・谷崎と芥川・・・女性観が違う。谷崎は女性を信じることができただけ幸福であったのではないか。宗教が関係する。「一知半解」。
2007.12.29
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やはり国家の死命を決するのは真の学力ではないだろうか。そういう意味で中国があれだけの人口を抱えているとすれば、国の政策が安定し、政治経済が安定すれば教育システムさえ整えば人民の学力も伸びてくる。「科挙」であれだけ長い歴史を持ちながら、西欧に屈したのは何故だろうか。日本は、島国で、明治時代では、人口も今の半分以下だったのだ。それが富国強兵で紆余曲折したが、人口を増やしてきた。中国の人口も経済の安定と、毛沢東思想の人口抑制を欠いために13億人以上の人口が増えたが、学力はどうなのだろうか。西欧を凌ぐだけの力を蓄え始めているのだろうか。 1.根本的な問題として、知的好奇心の強さに差がある。一般に中国人は自分の生活に直接関係がない事には興味を示さない。また、海外事情に疎い。 2. 内陸部では未だ義務教育が遍く普及しているとは言い難い。 3. 学校では政治教育が最優先とされている。その分、学ぶ分野が狭くなる。 4. 教師のレベルが低い。文革の影響が未だなお大きいのではないか。 5. 教え方が暗記中心で、思考能力の養成は重視されていない。 「中国の学力」というサイトを覗くと、以上のような指摘が見つかった。どうやら教育レベルの問題だろう。そうではなく、本物の学力の実力の問題だ。そういう部分的なものではなく、人類をリードできるだけの知的存在である人材が育っているのだろうか。「中国で最優秀の学生は欧米へ留学する」らしいが、優秀な頭脳が、欧米の強かな教育にスポイルされてしまっているのではないだろうか。その可能性はある。そのまま欧米の研究機関にのこってしまう。知能の流出を、日本のように嵌まってしまうのではないだろうか。何故かならば故国に帰ってもその知識を生かせるだけの場所がないかも知れないからだ。情けない話だが日本はそうである。西欧からひも付きの研究で成果を上げてもそれは、西欧のものでしかないからだ。個人的な成功では意味がない。それが、西欧の強かな狙いでもあるのだろう。 中国人の「盆に撒かれた砂」であるという形質が、どこまで克服できるのだろうか。それが、「中国の学力」にかかる問題点でもあると思う。
2007.12.29
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何せゲーテでさえ、最後の恋は失恋した相手は若い娘だった。笑えるか。ゲーテらしいとゲーテを愛する人は思うのだろうか。私もゲーテの詩は好きだが、マリアンネも好きだから、浮気なゲーテは好きではない。ゲーテは自由な詩人だっただろうか。しかし詩人とは何者だろうか。スケールが大き過ぎてわけがわからなくなる。来年の4月から、次の作家をどうするか、教授から問われたとき、「実はゲーテが・・・」と言いたかったが、まさか日本文学の先生にそれをいうのも・・・。それで、先生の挙げた作家の中から「梶井基次郎」になった言うのも、この教授の専門は「漱石」研究だからでもある。1年間月2回のペースとなると作品がそれだけなければならないこともある。梶井 基次郎(1901年2月17日 - 1932年3月24日)は、近代日本文学の小説家。志賀直哉の影響を受け、簡潔な描写と詩情豊かな小品を残す。文壇に認められてまもなく肺患で没した。死後評価は時とともに高まり、今日では近代日本文学の古典のような位置を占めている。<作品リスト>・檸檬 ・城のある町にて ・泥濘 ・路上 ・過古 ・雪後 ・ある心の風景 ・Kの昇天 ・冬の日 ・櫻の樹の下には ・器樂的幻覺 ・蒼穹 ・筧の話 ・冬の蠅 ・ある崖上の感情 ・愛撫 ・闇の繪巻 ・交尾 ・のんきな患者 太宰が梶井を評価していたということで、梶井の名前が太宰の作品の中でも関連のあるものがある。それは表現は悪いが、剽窃に近いし、伝染であるかも知れない。それが許容されるかでもあるが、どこか惹かれるから、まねをするのでもあるだろう。同じ日本語であれば、どれも似たような表現になる。寧ろならない方が変なのかもしれない。男と女がどちらが深く愛しているかなどちゃちな話でしかない。「男が嘘で、女が慾だ」というのも分かったような分らないようなはんしではあるのだろう。そういう話が好きなのだろう。日本文学はそうして私小説に耽溺し、自縛してしまう。未だ枝を伸ばすには早いのに周囲が騒ぐからでもあるだろう。習熟しないままで書きだしてしまうのではないだろうか。 ・へ2・・・来年は、すこしまじめに勉強したい。
2007.12.29
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国連安保理、ブット元首相暗殺で緊急会合開催 【ニューヨーク=中前博之】パキスタンのブット元首相暗殺を受け、国連安全保障理事会は27日正午(日本時間28日午前2時)から緊急会合を開く。ブット元首相の暗殺を非難し、同国の政情安定を訴える安保理声明の採択を目指すとみられる。 パキスタンは核兵器を保有しており、政情のさらなる混乱は世界の平和と安全の脅威となるため、安保理は同国政府に慎重な対応を呼びかける方針だ。 この時期に何らかの大事件が起こりがちだ。パキスタンの政情不安は核保有という要素をさらに深刻さを増している。悲しいかなアジアの現状は複雑怪奇でさえあるように見える。今年は自爆テロで終わろうとしている。わが身を犠牲にして、しかし如何なる理由があろうと正当な沿う手続きを経ずに相手に弁明の機会も与えず殺すというのは許されることではない。それば暴力であって、野蛮な行為として非難されるべきでもある。しかし、それを是認するものがあることもことも悲しい事実である。それはそれを肯定する意見が罷り通っているからでもある。それは社会が「無知と貧困」に起因した現実があるだろう。 ・へ2・・・約束通りに行商のおばさんがやってきた。働きものである。日本はいつとも変わらぬ正月であるが、パキスタンはそれどころではないだろう。そして周辺諸国も元首相の暗殺による波紋は平和への脅威である。それは、いまや世界規模に拡大する懸念を常に持つ可能性がある。わかり難い国際社会になっている。それはメディアの存在にも言えるのではないだろうか。CNNのニュースを聞いているとそんな気がしてならない。大掃除をしながら頭の中が飛んでいる。
2007.12.29
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現在日本には2百万人超える外国人が暮らしているそうだ。そういえば横浜に数年間住んでいたか、同じマンションに大勢の外国人たちがいた。隣も韓国人だった。街を歩くとどこでも見かけたので流石横浜だと思ったものだ。2005年で、10年前と比較すると45%%もぞうかしているのだというデータがある。因みに2006年では、 2006年末現在の日本における <国籍別外国人登録者数 国籍 人数 構成比> ・韓国・朝鮮 598,219 28.7% ・中国 560,741 26.9% ・ブラジル 312,979 15.0% ・フィリピン 193,488 9.3% ・ペルー 58,721 2.8% ・米国 51,321 2.5% ・その他 309,450 14.8% ・合計 2,084,919 100% その国籍数は186カ国に及ぶ。殆どの国から集まっていることになる。これでも、日本の総人口からすると1.7%でしかない。急激な国際化が進んでいるのは実感するところであるが、欧米のそれとは比較にならない移動のスケールの小ささでもある。ことに深刻化がするまでに至っているかどうかも定かではない。表面化していないだけなのだろうか。しかし、それよりも何よりも日本人の意識が問題なのではないだろうか。日本は、もはや敗戦後の日本ではない。民主憲法を持つ国家である。何よりも人としての人間の尊厳を尊重している国家のはずである。たとえ外国人であろうと差別をしないはずである。それを憲法前文は「・・・国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。・・・」と明言している。人はお互いに異なる価値観を持っているが、対等な関係を築き、個人として尊重しようと決意したのだ。それが、どこまで、できているだろうか。 ・へ2・・・人権問題は、単に国内だけの問題ではなくなりつつある。すでに2百万人を超えた人々が日本で暮らしている。にも拘らず、日本の法務省の入国管理局の存在は外国人の管理でしかないという指摘がされている。日本政府は「人権のルール」を守っているのだろうか疑問視する意見が多いのが現実だ。どうも、国際化を叫ぶ割には意識が低いのではないだろうか。これから日本人は外国に出かけて働く機会が増えるだろう。またそうでなければ日本の未来はないのであり、であれば、外国人を”ようこそ”と温かく迎える姿勢がなければ、他国も快く迎えることをしなくなるだろう。「私たち日本人は、こうしてあなたの国の人たちを受け入れております」といえなければ、相手国に対して、日本人の待遇改善も要請できなくなるではないか。他国の信頼関係を友情でしめしてこそ平和への道ではないだろうか。
2007.12.29
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「アブクの独り言」の連想というタイトルも中々・・・何て思うのは最早蒙昧かもしれないけれど・・・。「アワビの独り言」でもいいかもしれない。太宰は「女語り」をよく書いているが、太宰は「女」だろうか。昨日教授の講義では、「惜別」の魯迅も女ことばを話させているが、「女」だといいたいのだろうか。不思議な屈折したものを感じる。それは、所謂「性同一性障害」のことではない。それは精神的なことだ。しかし太宰は、彼の解釈する女でしかないのではないか。本当の女性ではない。あり得ないことやるのが作家の才能だと自惚れているに過ぎないのではないか。それだけ当時の女性は無機質だっただろうか。そんなことはあるまい。ただ自己保全のために同化していただけだろう。それでも樋口一葉の、「たけくらべ」の美登利がそうであるように、ただ哀れでしかない。それは、血を流さないでは済まない無常の世界でもあるからだ。 ・何せ、日本語を知っているだけで理解しようとする日本文学は「おたく」のそれのように滑稽なのかもしれない。それこそモグラのように盲目であり、周囲は土壁でしかなく、前に大きな岩でもあれば絶望してしまうかもしれないのだろう。それが目くそ鼻くそを笑うようなことを言っていてどこが面白いのだろうか。教授は、論文を書いていると言っていた。こうして市民の皆さんに話しながら思うことが多く、また改めて講義をするために読み直して気づくことも色々あって、やっていてよかったと思うとも言っていた。多分それはそうではないだろうか。教授は義務で講座をやっているわけではないのだ。学生に講義するのは仕事だろうがそれは給料のためであるが、公開講座は違う面があるのだろう。そういうことをして初めて見えてくるものがある。それが自由という価値ではないだろうか。強制ではないものが学問を進化させてきたのだ。興味を持てないことをするから無駄骨になるのではないだろうか。 ・へ2・・・まあ、数年間では何をやっているかの結論は出ないのだろう。私もやっとブログをはじめて3年余になる。まあよちよち歩きの赤ちゃんのようなものだろう。あと2日で2008だが、今年の重大ニュースが出るころではないだろうか。今年も色々あった。それは、うそつきの社会だということが明らかになったし、現在の政党が未来を背負うほどの力を持っていないことを証明したのだろう。さて、これからシャワーでもして、朝の味噌汁でも作りましょうか。今日はどうせ妻子は休みなので朝はゆっくり起きてくるのだろう。 性同一性障害 (Gender Identity Disorder) とは、精神疾患の一つであり、精神的には身体的性とは反対の性に属するとした方が自然であるような状態である。
2007.12.29
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日本の英知かどうか、それは定かでないが、やはり「無知と貧困」が拠って立つ原因なのだろうか。確かに戦後それが不完全とはいえ文盲という改善に役立つ教育と、貧しさへの取り組みがなされてきた。それが平均寿命を高めた理由でもあるのだろう。だがそれは凡人を育てただけではないだろうか。凡庸さの中から英知は生まれるだろうか。私たちはその果てしない実験をしているだろうか。陽の当たらないところで一葉は枯れてしまった。後に続く者たちも歪な花を咲かせただけではないだろうか。それでは、国際社会の役には立たない。それこそ今ごろという気がするが英訳がされて日本文学が世界に知られるようにもなってきたけれど、それは、飽くまでも亜流に過ぎないのではないだろうか。つまり世界に向けて発信していないものが、どれだけ受け入れられるだろうか。それは甚だ疑問だ。 ・言語の問題を少し甘く見てきたのではないだろうか。日本語がどれだけ「幽玄」で「雅」であろうとそれは所謂「おたく」の世界でしかないのではないか。それでは真の文化ではない。それは、それだけのものだと言われればそうかもしれない。「滅びの文化」なのだろうか、それはどこにでもあるだろう。珍しいことでもなんでもない。例えば中国語だって判らない。現在13億人だろうと、あるいはそれ以上の人口だろうと、いらなくなれば消滅するだろう。現在の世界人口は刻々変わっている、もちろん増加している。66億人を超えている。その現在生まれたばかりの赤ん坊だって100年間もすれば殆んど死んでしまうだろう。そのころ、世界はどうなっているだろうか。 へ2・・・それは、年末に考えるに相応しいかどうかは分らないが、日本語はもう死語かも知れないし、中国語もドイツ語もフランス語だって、どこかに隅の地方語かも知れない。そいつはどうだろうか、その延長の英語だって、違う国際語に捨てられるかも知れないね。それとも、言語も記号化されてしまうかもしれないね。それこそ現在の私たちには想定外のせかいであることはいえるだろう。ほんの少し前まで、人間には科学がなかったのだから、そして、私たちがいう科学だって、本物かどうか知れたものではないのだ。
2007.12.29
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<感想>フリータイムで二人で歩いたフランクフルトのマイン川のほとりのクリスマス市で、アルミホイルで蒸したアツアツのジャガイモを、たっぷりのクリームをのせて食べたのが忘れられない。妻に頼んでドイツビアーやグリューワインを買い、結構いい気分になった。それは家族連れで、子供たちが楽しそうだったこともあるし、多分私には、こんなに多くの外国人に囲まれて、しかも老若男女が入り混じりまさにそのなかのひとりになっていることの思いがけない感動でもあったからだろうか。私たち夫婦にとってもいい思い出になったと思う。 ・やっと、昨年からの<ドイツ旅行>の整理をしたが、まあ書き散らしただけだ。それでも、書いていることよりももっと楽しかったのは事実だろう。私もそこそこ生きてきたが、何とか家族と暮らしているが、夫婦で旅行をするようになったのは、私が横浜に単身赴任してからかもしれない。妻子が3年間で20回くらい遊びに来たし、私も10回くらい福岡と横浜を往復した。それから少し旅を家族でするようにもなり、その後海外へも行くようになった。そういえば、子どもの小さい頃は、夏休みには家族旅行をしていたが、子供が中学生になり、いつしか家族旅行も止めてしまっていた。ある意味で、一緒に旅をすることは思った以上に貴重で大事なのではないだろうか。知らないところで新しい体験をすることは、生活に刺激を与えることにもなる。よく外国では、休みには家族旅行をする話をきいているが、そういうメリットがあるのではないだろうか。それぞれのスタンスで楽しめばいいのだろう。夫婦でさえどれだけ理解しあえているのか、日常の中では中々本音を言わないものだろう。そうした日本は物言わぬ伝統があるのかも知れない。それは孰れ変わるのだろうが、いま、やはりそれほど自由にいきているわけでもないだろう。 ・へ2・・・人間は置かれた環境で変わるものだろう。私も去年とは違う今年だったし、また来る来年もそうでありたいと思っている。多くの遺伝子を引き付きながら、たとえ遺伝子ではなく、ことばというミームで伝えられるものがあると信じたいと思う。
2007.12.28
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「迷宮」の中にいるのか、入口が見つからないのか、それとも幻の「迷宮」なのだろうか。或いは、その「迷宮」は、例のエジプトの宝探しの探検隊のように呪われているのだろうか。洞窟に入り、人間には有害な微生物を吸いこんでしまうかもしれない。それはあり得る話だが、私の場合は、頭の中の話である。といってそれほどロマンチックでもない。いまだに地を這い回ってもいる。空に浮かんでいるわけではない。カネ持ちの道楽でもないのがせめてもの慰めか。これは自己満足か? ・シャープではないことだけは確かだろう。後手後手である。我的「迷宮」が続いている。 ・google との闘い ・社会学 ・ゼロから話せるドイツ語 ・芥川賞全集18 19 ・平和学がわかる ・漱石 芥川 太宰 ・”ようこそ”ろ言える日本へ ・今昔物語 ・ネクスト・ソサエティ ・戦争大統領 ・ゲーテ ・核テロリズムの時代 年末に借りてきた本だが、それほど気負いがある訳でもない。ある習慣に過ぎない。たった数冊で迷宮が云々という訳でもなく、ましてそんなガイドブックがある訳でもない。それこそ本能に役に立つようなものなどありはしない。いざとなれば体力か知力か知らないがあるので切り開くのだろう。それにしても、日本の天才たちの(文学の世界だが)そして、なおかつ謂わばどうして、自殺したのかというテーマは重いのではないだろうか。何故なら日本人はその遺伝子、を誰でも持っているに違いないからでもある。湿気の多い日本を美しいと自慢する前に現実の環境を考えるべきだろう。戦前ばたばたと死んでいった若手の作家たちは何故、20代や30代で死ななければならなかったのだろうか。もしかしたら「死の迷宮」に入ったからだろうか。 ・へ2・・・「迷宮」は妄想だろうか。それこそ一生で何万冊読むことができても、グーテンベルク以来1億冊以上も出版されているから、ほんの一部でしかない。google だって、6年間で1500万冊をデジタル化しようとしているに過ぎない。それこそ、人間がやった不可能なことはわかっていることだ。であれば整理するしかないだろう。過去の知恵を使うためにやらなえばならないことは分かっているではないか。それはデータの収集であり、その有効な活用だろう。バラバラとダラダラとした研究でどうなるのだろうか。重箱の隅をつついてばかりいるようでは物の役には立たないだろう。そんなことは誰でも考えればやれるに違いないしかし、やろうとしないのはなぜか?自分がババを引きたくないからではないだろうか。戦前、国民は足がすくんで立てなかった。そして戦後は雨後のタケノコになったが、それでは大地は枯渇してしまうに決まっている。どうやら人間は自分の周囲を観察しようとしないものらしい。遠くばかり見ているようなものだ。まじかにいくつも「迷宮」の入口があるだろう。
2007.12.28
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今日は仕事納め。という訳でもないが大学の講座も仕事納め。流石にキャンパスもひっそりしている。来年の講座の質問があり、来年度は梶井基次郎に決まりそうである。大学側の承認をとることになるらしい。教授の転勤というのはどうなのだろうか。それはそうとして、熱心に講義をしてくれているが、講義のために読み直して新しい発見もあるとの話だった。梶井をやるのは、適当なテキストがあるからとの話だった。作家の選定については参加者に特別の異論もないので梶井基次郎になりそうだ。一葉、龍之介、太宰と来て、梶井になりそうである。日本文学の本流という訳でもないが、若くして死んだ文学者ばかりである。 ・日本文学の暗さは深いのではないだろうか。それは明治以降の作家群の中で、夭折した人がやたらと多いのは、何故だろか。ことに結核で死んだ人が多い。湿気の多い風土があるだろうか。どうも神経質な体質がある。しかし、寧ろドラステックに解明すべきだろう。それは悲劇で終わらせず、喜劇にしてしまうべきかも知れないとおもう。 それは過去と、さっぱりと別れるためである。何もわけのわかない存在にすべきではない。 ・へ2・・・帰宅したら、暮れの準備で買物に付き合わされた。それでうろうろして、くたびれてしまった。あすから、部屋の掃除が始まりそうである。
2007.12.28
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<太宰講義メモ> 16回目 2007-12-28(昭和21年)<作品>庭、親という二字、嘘、貨幣、やんぬる哉。 ・<I教授、梶井基次郎を次年度は4月から1年間にやる。> ・前回の説明追加。田中貢太郎訳「聊斎志異」 竹青のヒミツ。・「惜別」魯迅の文学的側面を太宰は書きたかった。文学は役に立たないと太宰は考えていた。献身。エゴイズムに対する[献身]に太宰は興味があった。高貴な「精神」を言っている。古典の精神にあこがれている。「おのずから・・・」に対する憧憬。太宰の思い入れ、実朝・・孤独。太宰の心情。太宰の視点がある。私心をすてること。文学は柔弱。無用の用。魯迅に託して太宰の考えを述べている。・ただ一つのことに専念する。太宰はそれが自分は文学だと思っている。 ・ある意味、「おたく」でもある。「ゲームの名人」・・・こどもが感動する。・・・専門家に通じている。・「パンドラの箱」太宰は、敗戦日をまたいで書いている。一つの作品が太宰の心情がある。冒頭に書いてあるものが20年1月に書いているかどうか。疑問がある。戦争の中が「パンドラの箱」になる。新しい船出の意味が、何を意味するか。絶望とは敗戦のことか。めちゃくちゃに仕事をする。・・・太宰は戦時下の方が仕事をした。危機がもたらしたのではないか。戦時に光が、平時では光らない。太宰の「坊ちゃん」と言われる。竹さんの存在。鈴虫・・・竹さんの比喩。うわべを超えていく。・太宰自殺。藤村も同じ。燈台。夜明け前。象徴的なテーマを扱っている。・新しい時代観を持とうとした。しかし2年間で逆戻りした。・折口信夫「水中の友」・・・・「魚服記」との関連。・水の中の死。・・・白鳥の伝説。海(水)と空は、おなじだという観念がある。書き換えること。・漱石「水底の感」・すべての観念が繋がる。天も海も読みかえることができるという思想。色々な思想が繋がる。・小林秀雄「無常という事」(プリントあり)・・・太宰が引用している。「パンドラの箱」の中の「死生」が同じである。・レッテルではわからない。真の価値とは何か。「源氏物語」は有名だからなのであり、良い作品と感じて読んでいるのではない。見かけに踊らされている。・「竹青」と「魚服記」は書き換えであること。伝染する。・「健康道場」・この「パンドラの箱」はじっくり、読み直した方がいいと思う。・「庭」・・・家庭の意味。故郷には入れたれないという太宰の表象。故郷を忘れかねている。・太宰は、利休が好きにはなれない。濁っている。兄の存在。・しかし太宰は綺麗ごとを書いているのではないか。「嘘」・・ではないのか。・太宰の屈折した考えがある。・「親という二字」・・親という2字と無筆の親はいう。・戦時下、の話。娘が死んで親を助けている。・「嘘」・「男は嘘をつくことをやめ、女は慾を捨てたら、新しい日本の建設ができる」・作家のつく嘘は虚栄ではない。それと違うものがあるのか。きれいに色分けできるのか。見方の違い。「仏は見る人によって変わってくる。」小説はフィクションである。あるがままではない。筆を通して別の物を書いている。文を書いてこそ作家である。世間の人のうそと作家のうそは違うといいたいのだ。 ・自分の胸中に濁っているものがある。ぼんやりとした。濁りのないものが嘘でないものだという。・人間も風景であるという考えとは違う。(太宰・西欧の思想)・「めくら草紙」との連関。・太宰は、多くの作家から盗もうとした。嘘を描こうとする。それが誰もが許容できるかどうかである。どのようなウソになるかである。虚栄や見栄は許せない。・書くのが苦しくなったのではないか。戦時下の方が描きやすく、平時では自殺したのではないのか。・「貨幣」・・・お札が主人公。人の手から手に渡る。爆撃を受けている有様をかいている。戦争観。以心伝心。鴎外の「ごう光」とおなじ。読み直すこと。・文学的感染する・・・精神が感染する・・・ミームのこと。・女語り。・「やんぬる哉」・疎開中の生活。都会と田舎。太宰は両方を知っている。
2007.12.28
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福田内閣がこれからの外交で目指すものが、今度の訪中で目指すものかもしれない。そして日米、日中という大きな軸が振れる端緒になるのだろうか。いずれにしても一つは中国の福田に対する対応がモノを言うだろう。前回福田の訪米は、さほど話題にさえならなかったし、小泉内閣のブッシュとの間の蜜月も聊か漫画的だったが、安倍内閣はもっと違う意味で酷かった。そして、どうやら福田も親米的、アメリカな受けする人間ではないとみられているようだ。これだけアメリカ寄りの施策を取りながら、アメリカ政府には、それほどの評価はされないだろう。然し、日本が日中関係を一挙に改善させることを望んでいるわけではない。米中ほどのは親しくしては困るという思惑もあるに違いない。 ・アメリカが北朝鮮に対する批判を和らげたのは、米中関係の接近によるものだろう。アメリカが朝鮮半島で戦ったころの冷戦ではなくなっている。中国は国連で発言権を増しつつあるが、それだけアメリカに近づきつつあるとアメリカは判断しているのだろう。そして総合力でアメリカの相手ではないと判断がある。まだそういう状況ではないとみている。それは勿論現時点の話であることは分かっている。地球を戦場にするには、地球は狭くなり過ぎている。では、朝鮮半島から米軍が撤退したあとはどうなるだろうか。しかし、ひとつは中国の北朝鮮支配がどこまで有効と見るかだろう。それをアメリカは可能と判断したのではないだろうか。寧ろ韓国に米軍が駐留すれば、アメリカ軍の人質を出していることになると考えられないこともない。どうやら米中には何かの密約があるかも知れない。日本はどうか、そのはざまにあってどれだけの情報をもっているだろうか。中国に潜入したスパイがどれだけいるのだろうか。 ・へ2・・・日本は平和ボケしているようにさえ見える。どこを向いているのか見えないところがある。くそを味噌と同じでは困る。なにが平和に寄与するのかだろう。福田は何をするだろうか。それは、どういう歴史的意味をもつだろうか。就中極東アジアの行方だろう。朝鮮半島はベルリンの壁のようにいくだろうか。かっての西ドイツはよく痛みに耐えて同胞を支えてきただろう。それができるだけの体力を韓国が持っているだろうか。経済の安定をもとめた大統領選挙で引いたくじはあたっているだろうか。そしてことしもあとわずかになった。そういえば福田首相の訪日も年末の外交になった。
2007.12.28
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今年も、あと3日余りになった。今日は雨になっている。雪になるかと思ったが気温は余り下がらないようだ。明日はゆっくりしたいので、早めに帰るから買い物に行こうとの話だ。そういえば昼から今年最後の太宰講座がある。太宰の昭和21年の作品を扱う。例によって雨だがPCの持ち込みをするつもりでいる。やはり大分二度手間がなくなる。PCを使用するのに家の中ばかりではおたくだろう。「PC漬け」ではなく、「使いこなす」ことではないか。即ち、足りないものを補うのだ。それこそ、サポートやフォローがなければ、生きてけないとすれば情けない気もするが、時代が先に進み過ぎている。 ・知恵のあるものが生き残るだろうか。そうかもしれない。特に正月と言っても雑煮くらいしかつくらない。それこそ祭事を覚えねばならないと思った前に両親を亡くしてしまったし、妻も碌な躾もないようだ。現代っ子というやつだろうが便利なところもあれば困ることもある半々だろう。そういう常識をどこで知るのだろうか。カネを出して教室に通いたくもない。ハウツーものも、どこか馬鹿にされたような気持ちになるものだ。それぞれ事情がある。経済も違う。できることしかできない。まあできる人が知りたいと思うのだろう。ホームレスが知っていたとしても意味があるまい。 ・へ2・・・何か今年はもたもたした気がしてならない。すべて中途半端に過ぎようとしている。まあプリンターが使えるようになったのはいいが、インクがすぐ減ってしまう。消費社会は生産者のためにあるようだ。男の嘘と女の慾は・・・というのは、言いえて妙だが、これも嘘かも知れない。何せ、何が敵で見方化はそのひとの頼りない認識で変りもするからだ。馬鹿が馬鹿ではない。悧巧も実は悧巧ではない、ないかもしれないのだ。親が親でもない親がいる。子も純粋かどうかわからない。寧ろねこを被っているかもわからない。ああ、それにしてもあと3日で、2007年が終わるのはどうしようもない現実だろう。
2007.12.28
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済んだことは、すべてはあとのに祭りである。それをとやかく言っても仕方がないが、そうはいかないことにもなる。 「戦争が終わったら、こんどはまた急に何々主義だの、何々主義など、あさなしく騒ぎはつて、演説なんかしているけれども、私は何一つ信用できない気持ちです。主義も、思想も、へったくれもいらない要らない。男は嘘をつく事を止めて、女は慾を捨てたら、それでもう日本の新しい建設ができると思ふ」 と、太宰は、「嘘」の冒頭で言わせている。なるほど言論の弾圧はあったかもしれないが、戦時下では学者はどこかの陰で隠れていた。それがもう大丈夫と知って、わっと雨後の種の子のように湧いてきたというのだろう。弾圧されて獄中で死んだ者や、「治安」の名のもとに自由を奪われたのは日本ばかりではない。アメリカも日本人を檻の中に放り込んで、自分たちの正義だけを主張したのだ。それを当時のメディアは支持してもいた。もちろん大衆も同じだ。してみると、日本でも、皇国思想だけのものばかりが悪人ではない。それを黙過していた大半の者たちが戦争を推進したことにならないか。 「あとのまつりとはよく言ったものだ。それだけ騒いだ分だけ、その分強く後悔するのかも知れない。それこそ、文学者だって自分の気持ちや思いをどれだけ表現できるだろうか。内藤耀の「星の王子さま」にしても、名訳と言われた分、誰もあとにつづくものがなかった。行為があり、そのリアクションがある。この世に逆らわずに生きろというのは、処世術である。それに肉づけをした哲学がいくつも跡付けたに違いない。そして、ながいながいトンネルを掘り続けねばならなかったそれは、「自業自得」だろうか。「あとのまつり」だろうか。しかし、雨後のたけのこの中から、大したものは生まれないのではないだろうか。寒さに耐え弾圧に耐えてきたものだけが知る光は価値がるだろう。逆らうことで精神は鍛えられるからでもあるのだろう。寒さに耐えた者たちが、寒さに耐える知恵を学んだのだ、それがヨーロッパの大地に生き延びたのだろう。それはその日暮らしの民族を踏みにじったのだ。そしていま、その栄華さえ「あとのまつり」になろうとしている。
2007.12.28
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それで、ドイツはどうなのだと問われると、困る。答えようがない。お前は何をしているのか、と非難されている気持ちがしてくるからだ。なんでもない。 ・今、大学生のこじんまりとした大学祭の案内をもらったものがあったので、見ていた。何と漫画やイラストがある。どうやら寄付もあったらしく小冊子になっている。不動産・予備校・ゆうえんち・医院・喫茶店・美容室・印刷所・呉服店自動車学校等。面白い、これ大学の学園祭の実行委員が作成したもので、彼女たちの意識が分るし、背景が見えてくる。どういう係わりをこの社会と持ち始めているのかでもあるだろう。日本の学生は、どうなのだろうか。自分たちの周囲の人間が社会だと感じている。それは、世界の中でどういう位置にあるか、知ろうと思えば知ることができるが、戸惑っているのかもしれない。そして、先輩たちがやってきたことを真似てもいる。恐らく、大学に出入りしている業者か、先輩か、知り合いかで、寄付を募ったのだろう。そして幼稚なパンフレットができたのだ。 ・こんなものだと小冊子を見て思うのだろうか。学園祭もどこの大学とも殆ど変わらないものだったに違いない。イケメンのタレントを呼んでいイベントを企画していたようだ。それだけでも大変な出来事だっただろう。そうしたことを大学側は黙って見ていたのだろう。それが大学の自治だと思っているのかもしれない。手の中の自由なら仕方がない。多少幼稚なことでも口出しはすまいとするだろうか。そういえば、大学は自信を失い、権威も落ちている。だが居座ってもいる。新しいことには慎重なのではない。したくないからやらないし、やらせないのだろう。彼らは学問の名を借りたきつねたちであろう。 ・へ2・・・それでは困る現実がある。それでは日本は西欧に肩を並べることができないに違いない。それが当たり前だというなら見込みはない。ヨーロッパは世界中から富を集めてそれを固い石の建物で囲い込んでだれにも渡すつもりもない。彼らはハードだけではなく、ソフトも守ろうとしている。それを突き崩すべきものが日本にあるのだろうか。それは、自分たちの周囲を確り見つめることから始まるのではないだろうか。欺瞞に満ちた大学を愛する学生などこれからは要らないだろう。それは昔の戦場に引き立てられる死にかけた若者たちが通った道でしかない。
2007.12.28
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<ドイツ旅行> 2006-12-3(日)・集合場所(14;00)の広場からフランクフルト空港まで、約20キロだった。<感想> こちらに来る前はシーズンオフであり、凍てつく大地がイメージとして強く、その中でせめぎ合いながら生き残って来た民族の厳しさだけを重く感じてきたヨーロッパでしかなかった。自分の目で確かめてみると人としての営みを貫いている人々の温もりを感じもした。それは、それを守り、包んできた建物が自己主張しているからだろうか。所謂多くのアメリカ人たちが、ヨーロッパを自分たちのルーツと考えてきたように、中世のヨーロッパはまた彼らの心のルーツでもあるのだろう。そんなことを各都市を巡りながら考え続けてもいた。・飢えに苦しむ人々が「温かなジャガイモのためなら、魂をも売るだろう」という、蒸したジャガイモを食べることができたし、それこそグリューワインの温かく甘い飲み物は、もし、吹雪の中を死ぬ思いで歩いてきた後に、飲むとすれば心にしみる味だったのではないだろうか。「ハイデルべルク城とゲーテとクリスマス市」しか、行く前は頭になかったが来て観て多くのものがあることを知り、私なりにじわりと感じるものがあったと思う。それは、ある意味で、その思いを内心で温める時間が必要でもあっただろうか。まあそれは言い訳でしかないかもしれない。<ドイツ旅行> 2006-12-4(月曜日) (7日目)・何れにしても時はみちて、ドイツの旅は終わった。・フランクフルト空港(3日、18;00)から飛び立ち、仁川空港には(12月4日)昼頃到着し乗換え後、16;00発福岡行に乗る。・ヨーロッパとは、なにものであるだろうか。 ・煉瓦できた文化。石畳の街。 ・ハードとソフトの使い分けをしている人々。 ・キリスト教会の権威と支配。教会を造り続けた意味。 ・凍てつく大地と闘った民族。ゲーテの存在・・寒さの中で学んだ人間の子孫たち。 ・ドイツ的特性の頑固さと狂気 ・ルターの宗教改革、30年戦争で人口の半数がしんでいること。 ・なにをのこそうとしたか。<感想>思ったより寒くはなかったし、各都市は思っていた以上に魅力的で、優美な営みとたたずまいであったと思う。これもいまは亡き友人のひとことがこのドイツの旅を後押ししてくれたのではないかと感謝している。いい思い出を残すことができたと思う。恐らくこの旅を折にふれて思い出して、一人余韻を楽しむことになるだろう。それほどハードでもなく、どうにか楽しく旅することができたことに喜びも感じている。ここに「ドイツスペシャル」の旅の幕を引く前に、お世話になった21人のメンバーの紹介をしたい。 ・運転手さんの夫妻。年の離れた奥さん。 ・北九州の母娘の若い母親と学生。 ・60歳の一人旅。旅馴れた女性。 ・70歳の一人旅。親しくなった。世界中を旅したいそうだ。 ・4人組。書道の先生がリーダー。三人はお弟子さん。あちこちに旅をしているそう。 ・3人娘。いつも賑やかな人たち。旅するのが趣味で。今は離れているがクラスメート。 ・70代の夫妻。3年に1回。世界を周っている。 ・60代後半の夫妻。佐賀の人。 ・55歳同士。主婦ふたりで、時々憂さ晴らしで旅をしている。 ・ブロガー夫婦。 また、どこかでお逢いしましょう。旅は道づれと言いますからね。>上の写真は、2泊したフランクフルトのホテルの近く。印象深い。
2007.12.27
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<ドイツ旅行> 2006-12-3(6日目)part2フランクフルト・<感想> フランクフルトのフリータイム(8;40~16;00)は、ちょうど日曜日と重なり、良かったのか悪かったのかわからないが、まあ仕方がない。クリマルは小規模だったが、家族連れで賑わってもいた。マイン川から大聖堂に行き、一周した。周囲には文化ホールがあったりして大勢の人だかりがしていた。いつも日曜ははこうなのだろうか。さっき見てきたマイン川には船着場があり、遊覧船でもあるようだ。ライン川ばかりでなくドイツは遊覧船が盛んのようだ。市街を散策した、いくつかの広場で何かイベントがあっているようだった。それを覗きながら歩いた。まあこれも、行き当たりばったりのフランクフルトでいいものだと思った。まあ一人ではないし、お喋りしながら歩くのも楽しいものだ。ゲーテ館の近くまで戻り、コーヒーを飲みたくなり、探したが中々見つからないので、諦めてマックがあったので入った。マックは世界中にあるらしい。どこも同じで家族連れや若い人たちで一杯だった。どうやら日曜でも開店しているのは少ないのがドイツらしい。そしてまだ時間があったので、ぶらぶらとゲーテ広場周辺を歩いていた。やがて、風が出てきて寒くなってきたので、近くの地下鉄乗り場に行ってみたりした。どうも日本とは乗り方が違うようだった。不正乗車のペナルティが重いらしい。法を守るのは当たり前だということなのだろう。不正を憎む国民性でもある。それにしても、このフランクフルトのスケジュールは、少し旅行社の怠慢ではないだろうか。配慮が足りない気もする。・愈々ドイツとの別離の時が近づいているのだと、感じながら、フランクフルトの街並みを眺めていた。専用バスは少し遅れたが到着し、フランクフルト空港に向かった。・18;00フランクフルト発。(機中泊)ソウル行き。
2007.12.27
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<ドイツ旅行> 2006-12-3(日曜日) (6日目)・今日は、ドイツ滞在最終日。16;00までフリータイム。ゲーテ館と大聖堂、クリスマス・マーケット。それと、できれば、マリアンネの共同墓地を探すこと。・8;10 トランクの引取りに来たので渡してから、チェックアウトを済ませた。ビール 3.5ユーロ。フランフルト市街までは、フリータイムの人たちを専用バスで運んでくれた。・8;40 ゲーテ通りの近くで降りる。集合場所も同じ場所。ゲーテハウスはすぐ見つかったが。開館は10時からだった。そこで周辺を散策した。休日なのでどこの店も開いていない。持ってきた写真が切れたので、カメラを売っているところが分らない。少し探してみたが分らない。そこで三越フランクフルト店まで行ってみたが閉まっていた。取り敢えず、ゲーテハウスに戻って入場した。入場料は5ユーロ。4階建のアパートメントを占有している。中庭があったので歩いてみた。周囲は高い塀で囲われている。散歩ができるようになっていて、バラ園や、ベンチや、噴水まである。庭園には何本かの樹木もある。数か所彫刻がある。誰か、管理しているらしく、手入れがされていた。ここにゲーテが歩いたのは若いころである。銀杏の木があり、黄葉した落ち葉があったので、一枚記念に戴いてきた。建物の勝手口らしい場所から中にはいるとすぐ台所になっていた。各階には学生風の若い人が監視していた。歩くと板張りきしむ音がする。それこそゆっくり歩かないと床を踏みぬくのではないか心配になるくらいだ。ゲーテは、この家で生まれ、1749~1775)25歳まで過ごしていた。第二次世界大戦で焼失し、その後復元されて、彼が愛用したゆかりの品々が飾られているらしい。書籍は4階にあった。窓から、向かいの屋根越しに青い空が見えた。ゲーテもあの空を見たのだろう。書籍類は父親のこしたものだということだった。家の前はありふれた街路である。美術ギャラリーが併設されており、そちらにまわって、マリアンネの肖像を探して、ついに見つけた。「相愛のマリアンネ」の本に掲載されていたものと同じだった。これが大詩人の育った家だろうか。愛した妹たちと子供のころ遊んだ、紙芝居の道具が印象に残った。ふつうの商家のような家である。それでも重厚な机が置かれていた。ゲーテの肖像の多さに驚いたいくつもあった。外に出て時間はたっぷりあるので、マイン川をわたり、散策してから、共同墓地に行こうと妻を誘ったが、墓地なんて行きたくないと反対されてしまった。まさか置いていくこともできず、諦めた。何せすぐに見つける自信もなかったからだ。本でも、文字も錆びてしまい見分けがつかなくなっていると書いてあった。ゲーテは「フランクフルトの有名な息子」だとWEBでは市長のペトラ・ロート女史は書いているが、マリアンネはどうなのだろうか。マイン川を大聖堂の方に歩いて行ったら、クリスマス・マーケットをみつけた。正午に近かったので、早速グリューワインカップを手に入れてから、とてもでかいアツアツの蒸したジャガイモを買って食べたが、これがまた絶品でバターをつけて食べたら美味しかった。
2007.12.27
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<ドイツ旅行>2006-12-2(5日目)part 6 ヴェルツブルグ・ヴュルツブルグは、シーボルトのゆかりの地。ロマンチック街道起点の都市である。到着してすぐにレジデンツの見物。入ってすぐの広さ600平方メートルのフレスコ画のみごとな「階段の間」に度肝を抜かれる。勿論禁煙で写真撮影もできない。絵画が熱で傷むのだそうだ。金と銀で飾られて「鏡の間」がある。室内は日本人には、当時の日本人には想像することさえもできない華麗なものだ。これはヨーロッパ人が世界の富をかき集めて建設したものであろう。巨大な権力と、宗教の権威を象徴しているものでもある。<感想> レジデンツは、どこか世界の現実からかけ離れた世界を思わせる。それは驚嘆というよりも驚愕のほうに近いのが正直な感想だ。それこそ豪華にならどれだけ豪華に作れるに違いない。ここには、豪華な調度品が便器であり、司教は客の前で便器を使ったのだという。それが栄誉だと思われていたのだ。なんとも大らかというか、蹴飛ばしたいような人間が暮らしていたのではないだろうか。所変われば世界観も相当に違うのだろう。滞在時間はレジデンツでは40分間だった。階級社会を維持するために多くの人々が悲嘆にくれたのだろう。それこそ日本のテレビでいつもあっている、セレブたちの親玉をみたような不快感が先に立ってしまうのは貧乏人の僻みなのだろうか。それでも世界遺産なのだろう。勿論遺物としての価値があることは認めざるを得ないが。それにしても長いキリスト社会がヨーロッパ文化の根幹にあることが、こうしていくつかの都市を周りながら強く感ぜられてきた。ハードとソフトがあり、それが一体となり、現在のヨーロッパに連なっているのだろう。・フランクフルトまで、ヴュルツブルグから、フランクフルトまで120キロ。約2時間である。夕食後、フランクフルトで宿泊。(2日目と同じホテル)
2007.12.27
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<ドイツ旅行> 2006-12-2 part5<感想>・世界遺産バンベルクもどうも、見るところが多くて、それこそ各地を見学しながらよほど勉強して来ないと間に合わないと反省した。ただ見るだけのことと思っていたがどこも奥が深いというか。できれば数年でも滞在して周りたい位な思いがします。朝からどこかのベンチに座って夕方まで見ているだけでも日本にいるときの数倍は利口になるのではないだろうか。殊に、領主司教のゲープザッテルの新宮殿のバラ園のバラを見たかったですね。そこからのランドスケープが素晴らしかっただけに、どんなにか薔薇の華麗さが引き立つだろうかと思いました。歴史のあるバロック様式の建物が見られました。現地ガイドの女性も気さくな女性で、案内してその人の人柄がわかり好感がもてました、ツアーで一緒だった女子学生がドイツ語を勉強しているらしく、ドイツ語で話しかけているのを傍で見ましたが、その女子学生より、少し照れながら誇らしげに見ている母親の顔が輝いてみえました。いいですね。母娘とドイツを旅行して、こういうシーンは、こちらまで明るい気分がして気持ちの良いものです。・この日は忙しくて、バンベルクから、約100キロ、約1時間30分のヴュルツブルクへ。<感想> バスからの眺望は、広いアウトバーンから、それこそドイツの田園風景でありまして、どこまでも広く壮大でありました。広告看板もなく、人家も点在しているくらいで、自然に溶け込んでいるような、まさに、のどかな風景でした。日本の農家の人がこれをみたらどう思うのだろうか。訊いてみたくなりました。ドイツ人の何か、自然に対する思いが込められている風景ではないだろうか。こうでなければならない田舎のコンセンサスがあるのではないだろうか。 (次は世界遺産レジデンツのあるヴュルツブルグ。)
2007.12.27
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<ドイツ旅行>2006-12-2(5日目) part3 バンベルク・少し、曇ってきていた。バスの外は寒そうでもあった。バンベルクは街全体が世界遺産である。ガイドブックでは「ドイツ一の美しい街」と賞賛されている。日本の京都と同じように第二次世界大戦の戦禍を免れた1000年前の街並みが残っている旧市街には、皇帝、大司教の居城都市でもあるからだ。まあ、このあたりは、どこのガイドブックにも載っているので、これ以上は書かないが、ここだけは、シーズンオフというのに、ニュルンベルクのクリマルと同じように中国人、日本人だけではなく、その他の国からの観光客も多いように思えた、・バンベルクの旧市庁舎の近くの駐車場に着いた。車外に出たら、流石に旅慣れた人が多いのだろう。皆防寒服を着ている。私たち夫婦も一応準備だけはしていた。此方にきて有料トイレが多かったが、ここは無料トイレがあった。外が寒いこともあり、トイレの中で動かないでいる人もいたようだ。さて、周辺レグニック川の風景は素晴らしかった。勿論、冬景色なのが残念だったが、それでも、その美しさは心にしみこむような感動だった。バスに帰ると、現地ガイドとの手違いがあったらしく、その人が、別の場所にいることが分かり、このバスで迎えに行くことになり、私たちは、30分間くらい待つことになってしまった。そこで、私は周辺を散策することにした。突然のフリータイムができた。少し風が冷たく雪が降りそうだったが、私は自由に歩けるのが嬉しかった。・現地ガイドはドイツ人の中年の上品な背の高い婦人だった。彼女は、英語しか話せないとのことだった。恐らく、日本語のできる現地ガイドを予定していたのだろうが、それで手違いの原因にもなったのだろう。搭乗員が英語の通訳をしてくれたが、どうも、現地ガイドの説明がかなり省略されているように思えた。直訳なのだ。言葉の壁は、意外と大きい。それでも地元のドイツ人に案内してもらうのは、このバンベルクの地を愛する愛情がこもっているので大事なことではないだろうか。私たちは、バンベルクの旧市街を歩きまわり、まあ良く分からないなりに楽しむことができた。それこそ黙っていても古い建物は語ってくる。クリマルもやっていた。グリューワインを探したが見つからなかった。どこでランチしようか迷ったが、コーヒーが飲みたかったのでパン屋さんの喫茶店を見つけて入った。
2007.12.27
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<ドイツ旅行> 2006-12-2(土) (5日目) part2・今回の旅行で、グリューワインカップと、各都市のガイドブックを揃えたいと思うようになっていたので、ここニュルンベルクでどこで本が売っているか考えて、ホテルの近くの中央駅にあるのではないかと思い、ひとり食事を済ませた後で行くことにした。ホテル出発が8;30と早いので、ゆっくり探すことはできないが、何とかなるだろうと思った。行ってみて分かったが、駅はすぐ隣だった。店は土曜日で休日らしい。それとも7時過ぎでまだ開店まで早過ぎるのだろうか、どの店舗もライトさえ点けていない。それでも駅なので、電車に乗る人もいるらしく、荷物を持った通行人が多いようだった。改札口を探したらすぐに見つかった。どこ国も駅のレイアウトは同じらしい。本好き国家だと聞いているから、駅に本屋はあるだろうと思ったこともある。予想にたがわず本屋は開いており、顧客も溢れていた。ガイドブックを探したが、規模が大きい書店だったので、中々欲しい本が見つからなかったが、やっと一番奥に置いてあった。ドイツでは、小銭から先におつりが払われることはガイドから聞いていたので、50ユーロから、成程おつりがその通りだった。 ・HOFMANN VERLG.NURNBERG・Christkindlesmarkt in Nuremberg ・8:20 予定より10分早く出発した。これも同じドイツ人の運転手で体も大きいが、声も大きい男だった。バンベルクまで、約60キロ、約1時間の予定だ。今日の予定は、バンベルク、ヴュルツブルクと回わるルートで、フランクフルトに宿泊する。つづく>ニュルンベルク中央駅内。
2007.12.27
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<ドイツ旅行> 2006-12-2 (5日目)・ホテルはニュルンベルク中央駅のすぐ近くで、日本で言ったらシティホテルだろう。そう思ったら、実は、 “INTERCITY NURNBERB“というのだから、やはり、ドイツでも同じなのだろう。よくまあ、この時期に、こんな場所に予約できたものだと感心する。阪急もやる。ツアーでなければ、ゆっくり見たいところがいくつもあった。便利で手軽なツアーだが欠点もある。あまりいつまでも一般向けにしないで、もっと時代に合った顧客のニーズプランを立てるべきなのだろう。それこそ、小旗をもって農協さんではあるまいし、ちんどん屋をやることはないのだ。もっとスマートにすべきだろう。というよりクールにしてほしい。何もグループでなくてもやり方はあるのではないだろうか。・ホテルの寝室からニュルンベルク駅のプラットホームが見えていた。出入りする列車が眺められた。客車、貨物列車など、日本と同じ駅の見慣れた光景である。・昨夜は、疲れていたのかシャワーをしたらすぐにぐっすり眠った。私は旅をする方が体調が良くなる多分あまり考えずに歩くからではないだろうか。ということは、一時的な現象でしかないのだろう。・それでも、午前3時ころには目が覚めた。どうも習慣だろう。ドイツに来ても体質までは変わらないらしい。ビールとカマンベールチーズをホテルで飲もうと思って買い込んでいたが、これを今日のバスの中で食べるわけにはいかない。日本でなら勝手にやるのだが、こちらは車中飲食禁止である。これがまたでかくて美味しそうな日本にはないようなカマンベールチーズなのである。少し食べたらよだれがでそうなのだ。何しろ、頭と腹が喧嘩している。このまま冷蔵庫に残すのは癪だが諦めるしかない。・とても。こんな都市(ニュルンベルク)は、日本では造れないだろうし、縦しんばそれができたとしてもハードでしかないし、意味がない。問題はソフトである人間がどう使うかでもあるだろう。超然と聳えるようなニュルンベルクに見えてきた。凍てついた大地を想像していたヨーロッパが意外と、身近に感じられるのはどうしてだろうか。どこでも自然は人間には優しい大地なのではないだろうか、と思われても来る。
2007.12.27
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<ドイツ旅行> 2006-12-1 (4日目) part4・20;20 聖母教会前が集合場所だった。教会の前には「クルッぺ」があり、その周辺に屋台が林立していた。昨夜はこの場所でセレモニーがあったらしい。今年は暖かい。温暖化の影響らしい。バイエルンのブログ仲間の人から寒いという話を聞いていた。でも今日は防寒服はいらないくらいだと思ったが、それでも夜が深まるとやはり寒くなった。日本のようなけばけばしい電飾が煌々とした華やかさではないが、暗闇にぽっと浮き立つ風情はメルヘンチックだと思った。それはそれで歴史を感じさせるものだ。羽根を広げた電飾の鳥(天使?)が、道路いっぱいに「道しるべ」になっているようだった。・そのあと、有名なビアガーデンで遅い夕食になった。広いホールに大勢のひとが賑やかにビールを飲んでいた。「焼きソーセージ」が名物らしい。ここに来るまでに、グリューワイン数杯とやはり名物らしいものを結構食べていたのであまり食欲はなかったが、野菜類が意外と美味しいと思った。このビアーホールの和やかな雰囲気の中でドイツ人たちも今は楽しくビールと焼きソーセージと、それから豊かな美味を味わいながら何を考えているのだろうか。戦争から半世紀以上も過ぎて、其のほとんどは戦争も知らない人々に違いない。でもかなり年配の人たちもいる。年寄りが冷遇されている国情でもない。ここはEUをリードする先進国ドイツである。私はひとり会話を楽しむことも忘れて感慨に耽っていた。そして時間さえ忘れてもいた。ここに来るとは想像もしていなかった自分を思った。・以前にも、このブログで断片を触れているが、やはり、ニュルンベルグという地域の特性を考えると、この地が中世から重要なドイツの要衝の場所であったことが理解できた気がした。自分の目で見ているのではなく、やはりその奥で見ているものは、ただの光景ではない。生き残ってきたものがどれだけ深く考え注意深く見てきたかでもあるだろう。聖母教会の裏手にあるこのまだ、これから盛り上がりそうな酒場を、私たちは早々に出た。そしてニュルンベルクの中央駅横のホテルまで、群衆と一緒に聖ローレンツ教会の方に向かって歩いた。流石に21時すぎると屋台も閉じている。人々は帰途についているのだろう。私は、ついきょろきょろしていたのか連れ合いの姿を見失っているのに気づいた。確か後ろを歩いていると思って待ったが、いつまでも来ないので不安になり、少しバックしてみたが、見つからない。そのうち前を歩いているグループの姿も消えていた。これは困った。どうしようかと思ったが、ふと考え直した。 どうせ、この道は一本道でしかない。それに街路には横断幕の大きな電飾の鳥が案内しているではないか。迷子になるほど込んでいるわけでもないし、妻も誰かと連れ合っていることだろうから、心配することもあるまい。折角の雰囲気を壊すにはあまりにも平穏な感じがするではないか。何かあれば妻は騒ぐだろうし、それに気付かないほど離れてもいないはずだと考え直してしばらく歩いていたら、先の方で皆が待っていてくれた。捜しているつもりだったが、こちらが捜されていたわけだ。ホテルに着いたのは22時を過ぎていた。
2007.12.27
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空威張りしていても仕方がない。化けの皮は剥がれることになっている。要領がいいか悪いかで、早いか遅いかの違いだ。狡猾な西欧は、宗教や姑息な手を使って、相手国の無知と貧困を利用して懐柔しようとしたのだろう。そして世界に「よじれ」ができた。それこそ、汚れた手で世界を支配しても来た。西欧の真似をしようとした明治政府は、西欧列国の植民地支配から逃れようとする面があったのは事実だし、国民も富国強兵に協力もした。しかし、それだけで済んだわけではない。それは一側面に過ぎない、というより一つのスローガンでしかない。 ・戦後における日本の内閣の目まぐるしいほどの政権交代は、それは政党の脆弱性が原因であるが、その他にも理由がないわけではない。それはこの世界が日本に安定内閣を現出させるだけの平和な時代でもないからでもある。戦後、世界史的には、すぐにアジアでは中国で内戦があり、朝鮮戦争があり、東南アジアでは各国の独立への戦いがあり、米ソの冷戦期にはベトナム戦争があったし、混乱した中で日本も翻弄され続けてもきたからだ。どんな事態になるかは自国の事情だけでもすまなかった。他国の介入があったからでもある。 ・へ2・・・政治学や、社会学や、経済学やその他、それぞれの学者はもっと正確に評論するに違いない。にも拘らず、日本はいまだに古臭い日本でしかないのは何故なのだろうか。戦後、学問の自由は確立されたのではなかったのか。メディアは何物にも支配されることなく社会正義にまい進するのではなかったか。その自由を得るために、どれだけの犠牲を払ってきただろうか。先の第二次世界大戦では、おそらく世界では数千万人のひとが犠牲になっている。その被害の総体はいまだに把握されてもいない程の痛手でもあったはずだ。しかし、広島や長崎で原爆投下された意味さえ、世界はアメリカに道義的責任さえうやむやにしている。それはたとえ戦勝国であろうと許されるべき行為ではない。社会的正義とはそれほど次元の低いものなのだろうか。その権威のなさが、今日もなお世界を混乱させている根本原因ではないだろうか。 ・私たちは、まだ模索続けてもいる。それは世界が各自がもつ政治的スケールが必ずしも同じではないからだろう。科学では、1mはどこも、同じ1mである。それによって、スケールが測られるが、政治はそうはいかないからだ。それはコンセプトでもある。科学的認識の精度を高めていかなければならないだろう。それだけは言えるのではないだろうか。
2007.12.26
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何回目の12月か、忘れてしまうくらいだが、またいつか来た正月が来る。悲喜こもごもではあるだろう。それでも誰にでも来る同じ正月でもある。並べて昨日の今日でしかない。それは誰でも感じている。昨日はクリスマスだったが、どれだけの人が、心を清く、清浄にしただろうか。生まれ変わった人がどれだけいるのだろうか。 ・私たちは知っている泥饅頭を捏ねるように正義が人間によって捏造されてきたことを。イエス・キリストが誕生しても、人間の悪魔が消えないことも。しかしどんなに弾圧されても生き残ってきた人たちがいた。悪が善に生まれ変わることもある。それが束の間の時間であったとしても。それが人々の救いになったかもしたかもしれない。それはメルヘンでしかないが。 ・へ2・・・間違いなく正月は来るが、どんな正月化は知らない。一人ひとり違う正月だ。素っ気いない正月になりそうだ。それもそれでいい。中くらいのおらが春でもいい。来てくれるだけでもありがたいには違いないからだ。来ない人も大勢いるだろうから・・・。
2007.12.26
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