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江戸時代末期、鎖国下の日本で西洋医学の実践と教育によってその名を残し、日本の動植物や、民族などを世界に紹介した歴史的人物として、その功績は、僅か滞在六年余であるが高く評価されている。日本人によって書かれたシーボルトに関する出版も多いが、その実像とは?彼は何を考えていたのだろうか?西欧人の見た日本とは? シーボルトは蘭医として来日しているが生まれはドイツ人であり、西欧人が当時日本で何をし、何を考えていたかという視点で興味深い。殊に日本とドイツの関わりは法規範をワイマール憲法から学んでおり、特に医学は森鴎外をはじめ伝統的にドイツに学んでいる。 それこそシーボルトは日本研究家として欧州に知られており、鎖国による閉塞した当時の日本に僅かに開かれた窓辺に欧州人として立ち会った人でもある。欧州と日本とのパイプの細さは余りにも隘路に近いものであっただろう。 今朝3時に起きたが、楽天ブログはメンテ中であり、気抜けしたようだ。書きたい時に書かないとやはり新鮮さがなくなる。昨日は夕方春雷があり激しく降っていたが桜は大丈夫だっただろうか。桜の名所巡りでもしようかと思っている。今はどんより曇り空だが雨は降っていないようだ。>近くの大学のキャンパスの桜
2007.03.31
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シーボルトがヴュルツブルク生まれだと知ったのはドイツの旅行の前にガイドブックを読んだときだった。ツアーでも訪問先になっているので行く前に、調べようと思ったが、何せゲーテを先に調べだしていたので、時間がなく手が回らなかった。それとツアーも、その日は、午前中バンベルクでその後ヴェルツブルクに移動し、夜にはフランクフルトまで帰ることになっていた。ヴェルツブルクの滞在時間は、実質レジデンスも小1時間あるかなしかだった。 ヴェルナー・シーボルト著「シーボルト、波瀾の生涯」酒井幸子訳。という本を見つけたので、図書館から借りてきて、まだ読んでいなかったが、今手にしてみている。著者は、シーボルトの遠い親戚になるらしい。ドイツの高名な作家で、ドイツにおける自然保護のパイオニア的存在とある。本人は、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796~1866)70歳ミュンヘンで病没している。 シーボルトの略歴をみると、1823年8月27歳出島の商館医として来日し、お滝と結婚し、シーボルト事件などで1829年追放され、1859年再来日している。1862年66歳で日本を退去してオランダに帰国している。1866年10月ミュンヘンで没。 シーボルトはドイツの名家出身で青年医師。オランダ領東インド陸軍に入隊した。後に「日本博物誌」「日本植物誌」「日本」の著作がある。日本研究家としての名声がある。本著はドイツ人によるシーボルトの立場で書かれており、彼らの考え方や姿勢が浮き彫りにされている、という。 目が潰れそうなので、明日から読むけれど、そういえば、明日はエイプリル・フールだった。読めるかなあー。どうやら、生い立ちの記ではない。
2007.03.31
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また、レイチェル・カーソンのことばから、 「わたしたちのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。地球の美しさと神秘を感じとれるひとは、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれたりすることは決してないでしょう。・・・・」 「鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美しさと神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレイン・・・夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ・・・のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです」 これだけ、長い間、人類は殺戮を繰り返しながら、何故生き残って来れたのだろうと不思議でなりません。それは、レイチェル・カーソンがいうように、私たち人間のなかにある永続的で意義深い力があるのでしょう。彼女はそれを「自然がくりかえすリフレイン」といっています。どんなに疲れていても、ぐっすり眠ったあと、朝日をみれば元気が出てきます。 それは、死を覚悟して敵の只中に飛び込んでいく兵士たちもそうでしょう。どんなに長い一日も24時間なのです。それを過ぎれば明日になり、ふたたび朝が来るという確信こそ、私たちを心の底から支えています。もしそれが信じられなくなれば生きてはいられないでしょう。必ずや、じっと苦しみに耐えていれば、内面的な満足感や、新たなよろこびが生まれてきます。 「自然がくりかえすリフレイン」を感じるためには、自分のなかの驚嘆する感性をはぐくみ育てていくことです。その意義を忘れかけているのではないか。人間本来の感性を磨く努力がなければならないと思います。>建長寺
2007.03.31
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「センス・オブ・ワンダー」の中に、 It is learning again to use your eyes, ears, nostrils and finger tips, opening up the disused channels of sensory impression. For most of us, knowledge of our world comes largely through sight, yet we look about with such unseeing eyes that we are partially blind. One way to open your eyes to unnoticed beauty is to ask yourself. "What if had never seen this before? What if I knew I would never see it again?" レイチェル・カーソンは、しばらく使っていなかった感覚の回路をひらくことが、如何に大切か、を説いています。「それが、見慣れた風景だとしても、自分自身に問いかけてみて、もし、これが、今まで一度も見たことがなかったとしたら? もし、これを二度とふたたび見ることが出来ないとしたら?」 私たちは、多くの人が科学的知識をもたないまま、自然に接していますが、その美しさはその時々で、自分の心の持ちようで変わるもんだということを知っています。もし親を亡くしてその日の夕陽を見れば、普段と違うものに見えるでしょう。同じ夜明けでも感情が高ぶってみる風景はやはりいつもとは違う。子どもの時の初めてみる感動の感覚の回路は、多くの人が徐々に閉じてしまい、感動を失っていくものらしい。その感覚の回路をひらいて見ることの大切さをいっています。 近くの大学のキャンパスで図書を返却して、ついでに桜を見てきました。
2007.03.31
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なくしてしまって気づくことは多い。失恋して人が恋しくなるし、若さを失ってからその素晴らしさを知るだろうか。知らずにやってきたが、見えるものが見えず、知らねばならないことを無視してもいた。喰うことも歩くことも当り前と思っていたし、体も何の不自由なく、動いて痛いこともなかった。 人間なんて、どこが優れているのか判らなかったし、寧ろどうして歪んでいる社会だろうと空に唾していただろう。物を食べるということが人間の脳を動かし活性化させ、意欲や力を漲らせてもいる。歩くことが物を考えるエネルギーになるなど思ってもいなかったが、知らずに食べ、知らずに歩いていた。遣ることが判らないでもしていたので、それでどうにかここまでこれたのだろう。 体が老化して、細胞が劣化し、足が動かなくなり、やがて歩けなくなる、歯が抜けてかたいものが食えなくなるだろう。それがどういうことなのか。ようやくその意味がわかってきた。 昔の入牢者に食事の塩抜きをして根性をなくさせたという話を聞いたことがある。 香具師を殺すにゃ刃物は要らぬ。雨の三日も降ればいい。 何が、どこに、どう繋がるのか、判らなければ、見えていても見えないのと同じだろう。よく食べ、歩くことがどんなに体や、脳や、繋がり心身に貢献しているのか、判らないようではこれから物の役に立てるはずはない。 自分の何が無知なのか。それを測るのに、自分の小さなメジャーしか持っていないのに、何ができるだろうか。大航海を始めるのに正しいコンパスのないまま生きて行こうとは、それこそ今様ドンキホーテなのではないか。自分の「蜘蛛の巣理論」でいる奴がいたら阿呆としかいいようがない。 自分の時間を空費してはいないか。そして自分の脳の活動を自分で閉塞してはいないか、ダイエットだから食べず、時間がないからと足を鍛えないでいるのは、山に登ろうとして、谷を下りているようなものだろう。 さあ満開だそうだ、花見に行こう
2007.03.31
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チンギス・ハーンのホラズムとコラーサーン遠征はその他にすさまじい破壊の爪あとを残し、中央政府の残滓をことごとく一掃した。併しモンゴル軍は占領地を維持するための守備隊をのこさなかった。その後は無政府状態となり、政治的空白となり、その間隙をぬって、1221年にデリーに逃れたジャラール・ウッディーンが覇権を挽回していく。ためらうことなく残忍な殺戮を命じた。 それこそ人類は近代化するまで、都市はいくども破壊され再建されなければならなかった。喰うだけに飽き足らなくなった人間たちは、破壊される為に城を築き、そして壊したのだ。人間の欲望を抑える為に宗教ができたのだろうか。マザー・テレザの崇敬した聖マリアも、十字軍の騎士団たちの敬愛した聖マリアも同じマリアなのだったろうか。 那律楚材はオゴダイに進言した 「帝国は馬上で征服されました。しかし、馬上で統治はできないのです」 1235年、オゴダイはクリルタイを招集した。モンゴル帝国の歴史で最も重要なものだ。このとき「宿駅」の設立が正式に定められた。 チンギス・ハンのつくあげたモンゴル軍は中国とペルシアへの遠征で鍛えられ、当時、世界最強の軍隊だった。指揮系統と用兵作戦はどの軍隊よりもすすんでいた。ヨーロッパ軍は敵の頭を叩き潰すことしか考えない騎士たちだった。
2007.03.31
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星が遠くになりました もっと近くに見えていたのに 朝起きて 寒くはない もう 明日から四月 いつか夜明けのオリオンが見られなくなる そういえば 今年の冬には雪がない 季節がなくなってしまう 虫たちも動き出し 草たちが辺りを一面のみどりにするだろうか 冬の来ない季節は 季節ではない それでも暑い夏だけがきて 砂漠になるだろうか 大変だァ 何か想定外のことばかり始まりそうだ 男が女の人のように化粧をしたり 子どもたちが大人のように騒いだりする 母親が、父さんは要らない、といいだしている もうこどもなんて産まない 何でも逆になってしまうのだろうか 動物園にタレントたちが飼育されていたり、とか ちと笑えるが 面白うて やがて悲しい鵜飼かな ぼんやり暗い 朝の公園で空を見上げていたら居候の三毛がいた 「おい お前はやっぱりエイズなのか」 何かいいたいことはないのか 言いのこすことばはないのか オレはお前の何でもないが 言いたいなら いっておけ ワンでも ミャーでもいうが いい もう昇らない太陽 なんてならないことに ならなきゃ いいけど
2007.03.31
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Mother Teresa の言葉 ・絶望のあるところに 希望を届けよう ・悲しみのあるところに 喜びを運ぼう ・慰められるよりも 慰めることを ・理解されるよりも 理解することを ・愛されることより 愛することを ・与えることは 与えられることだ ・ゆるすことによって 私たちはゆるされ 死ぬことによって 永遠の生命を得るのです。 ・
2007.03.30
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こうしてみてくると日本人の世界観や価値観は、世界的な視点からすればかなりズレがあるのだろうか。言語の違う隣国でさえ相互理解が出来ずに反目していることが多いのだ。バベルでそれぞれの文化をもつ人びとは、理解し得ないままでしかないだろうか。 僻地の数ある遊牧民のひとつでしかなかったモンゴルのチンギス・ハーンが成し遂げた世界制覇の挑戦は到底日本人の想定外でしかない。併し、誇大妄想というのは、日本人にもあったかも知れない。戦前抱いていた軍国主義は自意識過剰の自惚れの何物でもないだろう。但しそれは、侵略した国を日本化をしようとしたに過ぎない。 クラクフ略奪の知らせがヨーロッパ各地に伝わると、それはおそるべき運命の前兆と受け取られ、ヨーロッパ人を震撼させた。そしてさらにヨーロッパの騎士団を中心とした連合軍がモンゴル軍と対峙することになるが、わずか数日でキリスト教徒の大軍団は潰滅してしまった。呆然として中世の年代記作者は、事態をまったく理解できなかったという。そして、ヨーロッパ各国に流言蜚語を生んでいる。モンゴル軍は「犬の顔をしたタタール人」とさえ言われた。 ヨーロッパでさえ13世紀にふきあれた嵐は、彼らの地図にさえない異国の軍隊の一撃に震え上がったのだ。 如何に、過大評価しようと世界の歴史に登場するまでの日本は東アジアの後進国ひとつに過ぎなかったのだ。そこから、這い上がって行かなければならなかった。それは、常に正しい道を歩いてきたとはいえないだろう。批判されるべき点も多々あるに違いない。そして現在も日本人の視座が問われ、品格が問われ、識見が問われ、その世界観が問われ続かれねばならないだろう。それは、当然のことでもあるだろう。 平和を願い、桜を愛する日本人でいいではないか。
2007.03.30
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チンギス・ハンの遠征は世界史上、類を見ないほど遠大で、その成功の真のスケールは、西欧では正当に評価されていない。西欧ではその名は常軌を逸して野蛮、文明の略奪、脅威を齎した異教徒遊牧民としてしか認識されていない。それは空前の規模の大虐殺が付き纏っているためだ。 キリスト教徒とイスラム教徒が500年間も戦闘状態にあった当時の世界で、彼の統治下では、征服された部族民はすぐに釈放されたし、政治的、宗教的、或いは人種的な独裁ではなかった。宗教上の信仰が迫害されてはいない。 逆らうものに容赦がなかったことと、モンゴル人が高く評価していた官吏・貴族・職人・商人・祭司・書家などは命をたすけれたが、圧倒的に多かった貧しい農民などの命はヒツジの群れ以上の扱いではなく、例外もなかった。モンゴル人は、大地にはいつくばって働く男女をもっとも卑しいものと見なしていたのだ。馬のほうがまだ価値が高いとされていた。切れと命令が下れば、彼らはヒツジのように駆り立てて処刑した。 歴史を正しく評価することは難しい。というより時の権力者が都合のいいように改竄してもきたからだ。死ぬ間際までチンギス・ハーンが思い描いていたのはステップの世界のしはいであっただろう。モンゴルの人口は少ない。彼らが征服した領土をながく管理するだけのマンパワーがなかったのだ。だから彼らは、徹底的かつ残忍な攻撃によって壊滅させようとしたのだ。どんな容であれ反抗の兆しがあれば全住民を抹殺しようとしたのだ。 そうしたのはそういう原因があり、理由があるということか。遊牧民と定住民との戦いは、決着がつくべくしてつくのだ。帝国が膨張し、やがて全中東と中国をのみこむとモンゴル人は統治に格段の進歩を見せた。
2007.03.30
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ロバート・マーシャル著「図説 モンゴル帝国の戦い」騎馬民族の世界制覇。著者はBBCのドキュメンタリーを手がけた人で、西欧人が見たジンギス・ハンが興味深い。騎馬民族の強さは日々の狩猟によって鍛え上げられた強靭な体力と忍耐強さにもあるだろう。元寇によるモンゴル軍とは中国や朝鮮の敗残兵を招集した寄せ集めの軍団でしかなかった。 著者が指摘するように、13世紀に吹き荒れた嵐の意義は、アジアとヨーロッパの政治的境界をぬりかえ、人びとをその住み慣れた地から追い払い、イスラム、仏教、キリスト教の影響力を根本から変革させ、モンゴル人が東西の通路をひらき、世界についての知識を拡大させたことであろう。そして果てしなき殺戮の歴史をも積み上げていく。 何故あんなにモンゴル軍は強かったのだろうか。彼らの侵略は巧妙であり、虐殺によって敵を沈黙させ、ふきつさらしの荒野にした。彼らは世界を牧草地にでもするつもりだったのだろうか。やはり騎馬民族による世界制覇なのだろう。 「ものごとは結末を見るまでは、栄光とはいえない」その途上で多くの人は気力を失ってしまう。故にことは為し難いというべきなのだろう。ジンギス・ハンは少なくともそのことを知っていたが、遂に生涯は彼をさえ、それを待ってくれなかった。
2007.03.30
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ただ本を読むのではなく、良書を読み、学ぶことであり、知識を得るべきであり、自分の時間を思い知るのだ。眠ることは、ただ眠るのではない。明日のために生命の泉を引き寄せなければならない。喰うことも同じだろう。私たちが目にするものにはすべてが因果律があり、ただ在るのではない。試練を試練として受け入れるものだけが生き残る知恵を得るのだ。 生命を食するものは、それが罪ではないにしてもその食物の恩義を感じなければ、自分の存在の価値を知りえないのではないか。私たちは、自分の影だけが友でしかないときから、その戦いの只中にいる。 何を知るべきであり、何を為すべきだろうか。その問いを発するだけの能力があるか。運命を呪う前にすることはあるだろう。何故なら、運命などないからだ。私たちが捉われるのは無知であって、そこから旅立たねばならない。あらゆる呪縛を払いのけて前に進むだけの、二本の足と、二つの物を見る目と、動く二本の手と、生命を保つための胴体と、右脳と左脳があればいい。ほかに何がいるというのか。 ともに連れて行くものを渇望しすぎてはいないか。私たちは21世紀に生きており、地球上の生物は、既にすべてが自分たちの欲望の為に化学物質に汚染されたものたちである。未来のための生き残るための資源を使い果たして未来への切符を失っているだろう。それを取り戻すことが出来るだろうか?それは、誰にも判らない。 ただ眠り、ただ食べ、ただ旅をしているのではなく、何を学ぶかだろう。サクセスストーリーをどれだけ空想しようと、 それが何の為になるだろうか。ざわざわと胸騒ぎがする。
2007.03.30
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「芥川の終わりが太宰のはじまり」のその太宰の初期の作品から「晩年」「魚服記」「列車」と読んだ。来月の13日から始まる講座の下見をかねている。何れもモノローグだ。これからそれはズーッと付き合わなければならない課題でもあるだろう。何故日本の文学は、モノローグでなければならないのだろうか?それはまたモノトーンでしかない。 やせた土壌には、種子は一つでたくさんだろうが、溢れる陽光の下ではそれは貧弱でしかない。哀れに映じてしまう。日本のお城が小さな丘でしかないのは何か哀れに思えるのは私だけだろうか。ドイツのお城を見たとき城下町と一体となった光景を思い出した。町の中の城だと思った。殊にニュルンべルグの町を観たとき、強く感じた。そのためのキリスト教が必要だったのだろう。決してモノローグではない。 殺しあって歴史を刻んでも来たのだろう、そのために愛を説く存在を生み、やがてアベ・マリアも生まれたに違いない。憎しみと愛情があり、多民族と身分がひしめいて、ゲーテの「ファウスト」も誕生したのだ。そのころ日本では、文学さえ育ってはいない。ことばはまだ文化でもなかった。只の意思の伝達の道具でしかない。 私は、自分を卑下し、この国の歴史を卑下するつもりはない。事実を言っているだけだ。それこそ日常を小説にしてしまうのもいいが、それは世界の文学の中でどういう位置になるかを作家たちは考えていたのだろうか?何故、外に出て行って見ようとしなかったのだろうか。鎖国があったとしても、明治以後紹介された外国文学も少ないわけではない。何故マイナーな文学賞を取らなければ作家になれなかっただろうか。作家といえば、戦前まで肺病で死ななければなかったならなかったのだろうか?啄木にしろ、一葉にしろ、まるで日本文学は、モノローグのまま散って行ったものが多い。 何か日本文学には、コペルニクス的転換がなかっただろうか。モノローグという天動説のまま、星の王子さまをしていたのではないか。現実の私たちの感情は複雑である。決してモノトーンではない。愛を勝ち取るものがいれば、愛に破れるものがおり、その愛は、それで終わりではない。やがて萎れる。愛を勝ち得たものが直ぐに敗者にもなる。男と女ではそれは同じではなく、両親は、祖父母は、兄弟たちは、友人たちは様ざまな広がりを持っている。やがて子が生まれ、生活苦もあるだろう。自分たちの夢はそれでは終わらない。時代背景もある。政治があり、経済があり、宗教があり、国際社会がある。生老病死が、ひとりひとりにある。 何か日本文学はヘビに睨まれた金縛りになった蛙のようでもある。
2007.03.30
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まだ周恩来の人となりを余り知らないが、誉めている人が多い。温和で外交マンで一番になろうとしなかった常に毛沢東のサポート役に徹したことなどだ。併し毛沢東やその他の権力者との関係はどうなのだろうか。いえることは強かに生き抜いた数少ない中国の英雄であり、成功者のひとりだということだろう。 「江青の真実」を読んでいると、江青や周辺の職員にもちゃんと目配りをしていることだ。総理といわれながら驕りのない人物であったことは確かだし、これまで彼を悪し様に語るひとはいない。それだけ慎重に生きてもいただろう。毛沢東が、江青を妻とした時に周恩来は反対しなかったのだろうか。彼女は毛沢東の妻になる前に4度結婚している。毛沢東は晩年江青を避けてもいる。何故切捨てなかったのだろうか。周恩来は、最後までつまり毛沢東が死ぬまで江青には敬意を払ってもいる。 どちらかといえば周恩来が、公私に亘り面倒をみている。更に毛沢東の投薬の副作用まで、自分自身で験している。それこそ主従の関係であろう。誰も悪く言わないというのは、やはりどこかおかしいのではないか。それこそ全方位外交なのだろうか。中国の権力闘争は並みのものではなかっただろう。林彪や四人組や、数々の事件がそれを物語ってもいる。 それも暢気屋の日本の政治家にも周恩来の大した資料をもつひとは少ないだろう。そういう複雑な政治闘争のスキルをもつ人物が日本に育っているのだろうか。最近の日本の政治家で注目される人たちをみていると、親の七光りや、親の人脈といった物を利用してのし上がった来たとしか思えない人物ばかりのような気がする。 正しいとか悪いとかではなく、国際関係の生の政治の外交を粉していくだけの見せかけではないパワーが日本の政治状況のなかで蓄積されつつあるだろうか。一概に国家の状況は動態的であり、資質も問い難いだろう。必ずしも、現在の中国が順風満帆とはいえないかも知れない。日本のバブルの時もそれをバブルと誰も指摘できなかった。そのために「15年間の空白」という犠牲を日本も払わされたのだ。 好調の裏には何かが隠されてもいるものだ。問題点を正しく把握することが如何に難しいことでもある。それは人生でもいえる。自分が満足している状況こそ注意しなければ足元をすくわれるものだ。何の疑いもなく正しいと確信してものがみなこけたのだ。それが地価神話ではなかったか。ひとは忘れやすい。 周恩来の何に、何を学ぶべきなのだろうか?少し関心が湧いてもいる。
2007.03.29
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「おい、ハキダメに鶴がいたぞ!」と大阪の友人が、ぼそりと言った。 その時私は熊本の玉名というところ住んでいた。今にも倒れそうな朽廃した借家で、前夜台風が襲来して友人が寝ていたベットの直ぐ傍に内壁が落ちて危うく怪我をするところだった。酷いところに住んでいるな、とけたけたと笑っていた。 何でこうも汚いみすぼらしいハキダメのようなところに住んでいるかと問われても、町全体がそんな風な田舎の町だから仕方がない。まして俺たちの人生自体も、あるいはハキダメかもしれない。強風が吹き込む箇所に板を打ちつけながら友人と一夜を明かした。日本がハキダメなのか? 日本人のこころが同じようにハキダメなのだろうか? 翌朝近くの菊池川畔をひとり散歩して帰ってきたその友人のことばを思い出した。 ハキダメ二ツル! ハキダメ二ツル!
2007.03.29
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「ゾウの時間、ネズミの時間」という本を読んだことがある。サイズが大きいことと、サイズがちいさいことは、どう違うのだろうか。何が価値があるかを知ることは、どこに繋がるだろうか。 サイズが小さいと循環系は必要ないが、サイズが大きいと酸素や栄養分の濃度を一定に保つ為の攪拌装置としての循環系が必要になる。呼吸系も同じだ。入る量は表面積に比例し、消費量は組織量に比例し、これはまさに体積に比例する。サイズの大きいものほど需要が増える割には供給が増えないため特別に表面積を増やす必要があり、これが呼吸系の存在理由だ。 ネズミはこせこせと動き回り活動量も多いが寿命も短い。ゾウの時間はゆっくりと流れるがそのぶん寿命も長い。体のサイズの差異が寿命とも関係があるのだろうか。しかしネズミもゾウも細胞のサイズは同じである。細胞は10ミクロンだ。植物は50ミクロンある。 因みに、ミミズはヘビサイズになることが可能だろうか?ミミズは、呼吸系も循環系ももたず、太さの限度は半径1.3cmといわれる。 動物を理解するためには、空間と時間と力・・・に対する感覚が必要だ。種としてのヒトは視覚主導型の生き物である。空間認識やサイズの違いを判断できるが、時間感覚があまり発達していない。自分のもつ時間さえ時計を見ないと定量を測る事が出来ない。ヒトは殆ど自分の眼に頼って生きており、目を通してまわりの世界を頭の中で再構成しているのだ。>今日の夕方の公園
2007.03.29
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今回の能登半島地震でボランティアの活動が本格化し始めたとのニュース報道があっていたが、高校生のボランティアも参加したとのことだ。こうした活動は若いほどあとで本人の為になるのではないだろうか?強制では意味がないが、進んで社会活動に参加させるべきだろう。摺れてしまっては駄目だがプラス面が大きいのではないだろうか。 学業だけではない現実を体験させることはおおいに価値があると思う。自分の体験だが、高校を卒業して3ヶ月間だけ親元を離れて寮生活をして仕事をしたことがあるが、社会の厳しさを少しは体感したし、それまでの偏食が無くなった。無性に勉強がしたいとも思った。それこそ自分の持つ土壌を耕すべきではないだろうか。そのチャンスを与えるべきだと思う。 遊び回る大人たちだけではない現実の社会を広く体験させるべきだ。それを作ってやるのも文化の成熟ではないだろうか。カネだけではない人間社会の豊かさを教えてやらねばならない。どれだけでも遣れる能力がありながら、無駄にしてしまう人生が多いのではないだろうか。まだ誰も手をつけてさえいない分野があるはずだ。それは誰も教えては呉れない。そこにたどり着くまでが如何に大切かを学ぶべきだ。 それは自分の持っている能力を知ることでもある。それを最大限に生かすために何をすべきであるかを考える必要がある。それに気づいて始めるのに燃え尽きシンドロームでは仕方がないだろう。 損得ではなくひととひとが援け合うこころこそが、明日のメルクマールになるのだろう。
2007.03.29
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まだそれ程悧巧でもない人間にとっては「生老病死」は自然に従う。自然に任せた方がいいだろう。下手に逆らうから余計紛らわしいことにもなる。中国の人は、自然の厳しさを知っているから大らかなのだろう。どこまでも拘らず現実的な生き方を好むが、恩義にも篤い。死後も田中角栄にさえ仁義を尽している。 「君子は言に訥にして、行に敏ならんと欲す」ということばがある。あっという間もなく二週間が過ぎて、今日は公立図書館から借りている10冊の返却日である。大分読むスピードが落ちている。意欲の所為だろうか。君子も解釈によって色々ありえるが、あまり硬直して考えることはない。当時の賢者は君子だろうからだ。昔は、要するに完璧なものはないのだ。 何故能弁ではいけないのだろうか。能弁でも口先だけの人間が多いからだろう。だからこの格言も全部が正しいのではない。戒めでもあるからだ。これを悪事に使われては困るだろう。訥弁であっても真意をどこまで相手に伝えることができるかだろう。ことばを弄んでも踊るのは一時の迷いでしかないのだ。 善人と悪人に峻別したがるのはそれが簡単な選別法だからだろう。併し、現実はそれ程単純でもない。江青が後日評価されないとも限らない。毛沢東や周恩来の実像にしても色々評価が分かれている。そういえば金正日もそうだろう。彼が10年先にどんな評価が北朝鮮でされるだろうか。彼の取巻く幹部の中からもうひとりの林彪が出ないとも限らない。 重苦しいと思うのは当り前だ。私たちは重力に逆らって生きているし、生老病死の中にいる。それでも面白いことを見つけて生きていた方が余程愉しいだろう。
2007.03.29
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楊銀禄著「江青の真実」をやっと読了。何が真実なのだろうか?寧ろ江青の孤独な闘いの日々があるだろう。時の偉大な権力者にして中国をリードした毛沢東夫人となった江青は悲劇の人でもあっただろう。信頼できる身内もなく只ひとりで自己顕示をしなければならなかった。寂しい人生でもある。 毛沢東をして「江青は微々たる経験主義者だ。勝手に振るまってはならず、紀律を保ち、慎まねばならない。個人的な主張をしてはならず、意見があるなら政治局で討論すべきだ。文書は、中央の名義で出すべきであって、個人の名義でしてはならない。私はこれまでいかなる資料にも関心がをもったことがない」と、一刀両断されている。 それにしても、江青の身辺の世話というのは女帝に対する如くである。それこそ「ラスト・エンペラー」の伝統だろうか。江青は、多くの病気をもち、自律神経失調症だった。中国の近代化とは何を指しているだろうか。 国家のことは、どんな些細なことでも大事であり、個人にとってどんな大事も(国家にとっては)些事でしかない。 謂わば、容を変えた現実主義なのではないだろうか。圧倒的な自然を背負っている大陸の厳しさの中で培ってきたものが、そのDNAのなかに刷り込まれているのではないか。一気に読んで少し頭痛がして来た。 「ねえ、これから、気晴らしに、サニーでも行こうか・・・」
2007.03.29
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ほんの僅かの桜かな。ですが、毎年の桜が見れることは嬉しいことです。日本中で見れる桜は、何故こうも日本人を酔わせるのでしょうか。蕾から始まり、花を咲かせて、すぐ散っていきます。それと同時に若葉が芽を吹き一面の緑になり、秋には紅葉して散ってしまいます。長い冬が過ぎて、また蕾が膨らんでくる。それのくり返しだけれど、一本だけではなく、桜並木ができると何と華やかな風景になるでしょうか。 人間もひとりでは寂しい。桜の下で、まるい円を描き、ひとつのファミリーとなり、団欒しているのが日本人には相応しい光景ではないだろうか。どれほど、悲惨な運命が待っていようとも、ひとりひとりといなくなったとしても、やがてまた、幼い子どもたちが成人し、子を生み新しい輪ができると思えばいい。 桜の下で、空を仰ぎ見た子どもの頃があり、それは母の手に引かれて小学校の入学式の時でした。千原桜(ヤマザクラの変種)の原木がある熊本の名桜です。ピンクから純白の花びらになります。その桜のシーンが今でも目に焼き付いています。それと「アンネのバラ」が移植されているようです。学校のサイトで見つけました。 熊本には、阿蘇に「一心行大桜」というのもあります。それがどこの桜であれ、ひとときのわずかなひとときであれ、それを味わうことできるのは嬉しいことです。油断すると今年の桜を見逃しますよ。>写真は、何年か前の弘明寺の桜
2007.03.29
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私は、いつもここにいますがこれは謂わば細い「蜘蛛の糸」のようなものです。何度か切れ掛かりましたが、どうにか未だに繋がっています。それは、丁度私と社会のつながりに似ているかも知れないとふと思いました。龍之介の「蜘蛛の糸」地獄と天国と繋がっている一本の糸ですが、お釈迦様は自分から近寄ってきて助けては呉れません。自分の人生を決めるのは、自分でしかないと龍之介はいいたかったのでしょうか。 昨夜はいつもより1時間くらい早く寝ましたので、3時には目が覚めました。この暖かさは何でしょうか。「オイ、 起きろよ!」と友人に起こされたような気分になります。未だ鼻風邪ですが、頭痛はなくなりつつあるようです。さて、今朝は、・・・とキッチンの椅子に座っていますが、天井の蛍光灯が切れてしまいました。寿命らしい。どうせなら昨夜切れてくれば妻子がショッピングモールに出かけていたのでと、・・・。 読みかけの「江青の真実」を懲りずに読んでいます。「周総理、江青の不正を制する」の箇所まできました。まるで江青は、針小棒大する、どこかの我儘なお姫様のように書かれている。これは元秘書が書いているので身近な私的な側面でしょうが、とは言っても党中央の幹部であることには変わりはないのですから、或る意味で公人であり、しかも周囲の職員たちは党中央から派遣された優秀な人たちでもあるのでしょう。 多少オーバーに書かれているとしても江青はやはりアブノーマルなのでしょう。些細なことでことを荒立て職員たちを侮辱してばかり・・・。まるで茶番劇ですが、つぎつぎに反革命分子にされてしまう。江青のところの党支部で書記をつとめるのは非常に難しい役回りだったようです。どこにでも暴君はいますけれど、江青は残虐でサデステックですらあるようです。勿論この本によればですが・・・。何せ著者自身も反革命分子にされているので怨みつらみが書いてあります。そういうとこを加味しても、そのことを周恩来や党中央の幹部たちは知っていたということが、伏線にある。 太い糸だと思っていても、その時々で細くもなるし、自業自得もあるということでしょうか。この社会で何が重要かを決めるのは自分だということを忘れてはならない。それは蜘蛛の糸ではないかも知れない。勿論、・・・ではない。単なるひゆでしかないが、ある真実を語ってもいるでしょう。 「比喩」は、この社会の真実を知る重要なポイントでもあります。「聖書」は、比喩で書かれている。だから読者の解釈次第でどうにでも解釈できるのです。要は自分の解釈力でもある。マザー・テレサの残したことばも比喩でしかない。「愛を求めるよりも、愛を与えなさい」もどれだけ深く理解できるかでしょう。彼女は、自分の行動で、自分の信仰する神のアガペを伝えようと努めたのに違いない。だからバチカンも支持し、支援もしたのでしょう。ノーベル平和賞も彼女にとっては真の栄誉でも勲章でもない。 朝からの時間は、あっという間に朝陽をつれてきます。
2007.03.28
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ひとりの神父がいう。 「シーズ・ライト」。マザー・テレサを讃えることばだ。宗教活動は、人びとを救うことだとしたら、究極としては、彼女の行為は、正しいというのだろう。それが理解できるものにとって正しく、それは、勿論論理的に正しい。規則を守るのでなく、正しい行いをすることであり、貧しい人々と共にあることは尊い。何故なら、飢餓とともにあるからだ。 ひとは安楽に生きようとするが、尊いのは、最も貧しいものの為に手をさし出すことではないか。世の中にはそういうマザーが必要なのだろう。無償の愛を示す行為が人びとに勇気を与え、希望を齎すのだろう。 マザー・テレサは、「愛を求めるのではなく、愛を与えることだ」という。逆転の発想こそ、現代人に必要なコンセプトであり、未来を切開くキーワードではないだろうか。 シ ー ズ・ラ イ ト
2007.03.28
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マザー・テレサの身につけている白地に青の縁取りの着衣は、白は清らかさを表し、青は聖マリアのシンボルだそうだ。映画の中で彼女がそういっていた。着衣もその決意を表現している。何かを信じることで恐怖に耐え、生き抜く勇気をも得られるだろうか。 桜の季節になり、またふわふわと出かけたくなった。朝から、自分で行楽弁当をつくり近くの雁ノ巣公園でにも行こうと準備していたら、妻から止められた。そこは風邪が強く寒いの今日は、一日家で我慢しろとのこと。陽光も暖かく気温も20℃近くなったので、庭に椅子を出しブーゲンビリアを桜代わりにして、ひとりで花見の宴をした。案外独り芝居が好きなのかも知れない。 ノー天気になるのもいい。少しリラックスし過ぎるが、「江青の真実」を肴にして酒を飲んでいた。 酒なくて何で己が桜かな 多くの人民の貧困のうえに築かれた栄華が長く続くはずはない。一瞬の内に散る桜と同じではないか。ひとはその悲哀を噛み締めてきたではないか。自分の身の丈以上に背伸びした人生を生きることはできないのだ。 せめて衒いのない人生にしたい。
2007.03.28
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何かしら苦悩はあるものだ。人間関係とか、仕事とか、或いは病気とか。江青が大小便で苦労していたとは何か人間の悲哀を感じてならない。便器を持ち歩いていたらしい。それこそ権力を恣にして人民を翻弄した人物が、自分の体さえ自由に出来なかったのだ。意外とそんなものかも知れない。有り余る金があっても、誰からも愛されず、ただ周囲から疎まれ続けている人もいるだろう。 好き勝手にしているようでも、僻み根性のただの孤独な醜いアヒルなのだろうか。専用列車で慰安旅行に出かけるだけのことをやる人間も人間だが、それを容認する政府も政府であろう。そんなことが罷り通る社会に誰も暮らしたいとは思わないだろう。 社会主義国でそういうことが起きるということがまた不思議である。プレレタリアートの独裁とはそんな国家体制のことだったのだろうか。どうも信じられない。如何に理想と現実がかけ離れていたかということか。 「右を向いても左を見ても真っ暗闇じゃーありませんか・・・」、日本傘にニヒルでドスの効いた声でうたう鶴田浩二の姿が浮かぶようだ。これが60年安保の時に流行っていた。何とも刹那的な気分がした者だ。 風邪で味覚が余りなくて、頭もボーっとしている。何を言い出すか判らないのでこの辺で、チョンとします。
2007.03.28
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楊銀禄著「江青の真実」という本を読んでいた。どんなポジションの本なのだろうか。著者は江青の秘書だった人だ。勿論著者のみた毛沢東夫人江青でもあるだろう。これまで批判されてきたひとで人物像はそれなりの知識はあるが、多少主観的な観察であること間違いないが、生々しさはある。少なくとも全くのでっち上げの話ではないだろう。もしそうならこの本の価値はない。 それにして、何故「四人組」があっけない幕切れになったのだろうか?江青にあれだけの好き勝手をさせたのだろうか?やはり疑問はある。国情の違いというのはかくも隔たりがあるのだろうか。「彼女の前では説くべきいかなる道理もない」と言わしめるだろうか?よく判らない。 著者は書いている。 「・・・労働が過酷なうえ、腹いっぱい食べられなかったので、父は60歳にならないうちに腰がまっすぐに伸ばされなくなり、冬になると気管支炎の発作を起こし、一晩中、咳が止まらなかった。中国の典型的な農民であり、いかに苦しかろうと苦労に耐え怨み言を口にしなかった。性格が非常に穏やかで、私たちが間違ったことをしても、めったに怒らなかったし、怒鳴ることもなかった。・・・」 「中央の幹部である江青は、職員の父親の死にいかなる同情をも示さず、慰めの言葉をかけないばかりか、墓を掘り返して遺体を調べさせるとさえ言ったのである。私が江青にところに転属になったのは、入る門を間違え、人を見間違えたのだと心から思った。」 なにか西太后を思わせる所業が書かれてもいる。それを毛沢東や周恩来は見逃し、党中央は黙認していたのだ。それが、文化大革命という路線になり、やがて「四人組」の自滅への道をつくったのだろう。併し、林彪といい、権力闘争の裏側は世界を震撼させるできごとでもあっただろう。 これから、日本人たちは、中国の実態を否応なく知ることになるだろう。それは避けられないことでもある。そしてその決意を持たなければならない。私は著者が述べた父親のような善良な人びとが巨大国家の礎になっていると思っている。何も怖れることはない。それを知ることになると信じてもいる。私たち日本人も亦、太古は大陸から渡来した民族の子孫でもあるかだろうからだ。
2007.03.28
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馬鹿だから悧巧の模倣をしたがるのであって、きっとそうした方が利益だと感じているからだろう。ということは、馬鹿が悧巧を超えているだろうか。そういえば悧巧な奴は得てして肝心な時に凹んでいる。本当にUT卒が悧巧ならばそれだけの働きをしていいが案外そうでもない。いまの首相もUT卒ではないのは、どういう風の吹き回しなのだろうか。何かあるのか、ないのか? 日本には、フランスのようなエリート集団の育成がないためだろうか。どこの国でもエリート政治家を作ろうと必死になっている。それこそ政治には、知的エリート集団が必要なのだろうか。USからの多くの情報から得られるものは大したものではない。謂わば生ではないからだ。 TVドラマや、映画でもそうだが、それこそミーハーのタレントが、それなりの演技をしてしまう。ベテランも顔なしの演技をする。できるようになったというべきか。何の知識も経験もない連中が、如何にも・・・らしい人物にメタモルフォスする。それを観衆がみて可笑しいと思わないし、思わないように製作される。これは政治の世界でも。経済でも、或は一般社会でも同じかも知れない。すべてのことは、「・・・らしさ」なのだろうか。 何が馬鹿で、何が悧巧なのだろうか?その根拠を見失っているかも知れない。軍隊では大将が一番偉くて、細かく階級が決められており、上官の命令があれば従わねばならない。判り易いシステムで反逆は認められなかった。いまやバラバラであるがヒエラルヒーだけは残されている。女性が好きな男と好きなことをしても、殺されることは、まあないだろう。 そういえば、誰が悧巧している馬鹿なのだろうか、馬鹿のふりをした悧巧なのだろうか。あまり意味がない議論だが、恐らくエリート集団を作っても偽装集団でしかなくなるのだろう。それこそ、学力は絶対評価でもないのだから日本的エリートも怪しいのだろう。 ということは、おおいに馬鹿が悧巧を超えても可笑しくないことになる。
2007.03.28
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昨日少し風邪気味だったのですが、気にせず映画”HOLIDAY”観て思ったのですが、ストーリーは二人の独身貴族のハイミスが、住処を交換して2週間の休暇を愉しむというものです。それでも時代性があり面白いと思いました。先ず、それがインターネットを使うこと、効率よく相手と場所を選ぶことの速さといったらない。前提となるのは、英語圏で米英だということ。白人同士全く差別の意識がないこと。キャリァウーマンで、リッチな職業と住居の所有者であること。などでしょう。 恋愛がある民族間では世界観や、価値観が一致している。その間の恋愛は殆ど問題ではなく、ジェットの時代であることがあるでしょう。お互いが許しあえば、どんな恋愛も可能な時代だという事なのかもしれない。恐らく映画はフィクションでしょうが、イエの交換は有り得る時代になったということでありましょう。嘘がまことになるだろうし、もう、或は始まっている話なのかもしれない。 二人がネットでメールかチャットかをするところは現実感がありましたね。チャットも数回私も遣ったことがありますが、PCに打出される文字が機関銃のように行き交うのに驚きました。或る時期の風俗の流行も映画がリードしたことも多いのではないか。サターディ・ナイト・フィバー の人気の過熱もそれがあったのではないか。卑猥なことばが現実感を持たせてもいた。 それでもどれだけ映画監督が時代を先取りして有能かはわからない。嘘が上手く、現実との接点をどこまで証明できるかでもあると思いました。さりげなく現代の状況を浮き彫りにして見せたのでしょう。恋愛も嘘と現実がごちゃ混ぜの観がありますがハッピーエンドは、好感度を狙ったのでしょう。 まだ風邪しております。
2007.03.28
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時々咳はしますが、頭がぼやけているだけで特に頭痛はありません。このまま眠くなるまでブログして、眠くなったら途中で停めます。今年は風邪を引きませんでしたが、病院で貰ってきたのでしょうか?少し薄着が早かったのかも知れない。 もし自分が作家になるなら、好きな作家を見つけるでしょうね。そしてそのひとをドラステックに追いかけて、先ずその文章をコピーして、自分で書いてみるでしょうね。その作家のスタイルを真似る。その作家になってみる。そのひとならどう考えたか。日本文学の狭さは、そこで止まるからだと思う。相手ならどう反論するか。他の人はどうか。科学者なら、哲学者なら、エゴイストなら、宗教家なら、あらゆるものを引き出して話をさせる。それだけの力がない。だから手短な安易な場所に逃げ逃げ込んでしまったりするのではないか。判らなければ、訊けばいいのではないか。 文学者は、只事実を表現するだけでは足りない。相手が殺人者でも、売春している女性からでも話を訊く姿勢がなければならないし理解できなければ書くべきではない。それこそ殺人者や、売春婦が本人が書いてもつまらない。それは小説ではない。その人の身になって、その人が判るものでなければならない。そこが違う。ゲーテにはそれがあったのだと思う。メフィストの立場で言葉にすることができるひとが作家なのではないか。 どれだけ自分のことが判っていてもつまらない。自分のことを知ろうとするから行き詰るのではないか。私は人間であり、動物だが人間以外ではない。植物でも鉱物でもない。自分は自分以外の係わりの間で生きているにすぎない。物事をことばに抽象化しているに過ぎないのであって、思考回路はそのひとでないと解らないのだろう。 そういえば、今私が風邪を引いているというのは、偶然でしかないが、そのためにいまこうして書いているのであって、そうでなければこうしてもいなかったし、違うことをしていることであろう。こうして得られるものと得られなかったものがあり、私は時間というコストを払っている。意味があるだろうか。あるとも言えるしないかも知れない。
2007.03.27
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少し風邪気味だったが、「HOLIDAY」を観て来ました。まあ予告編からラブコメディであることは知っていましたが、少し頭もボーッとしていましたので、イエにいても仕方がないと思い出かけました。 それにして、桜の開花が始まりましたね。数日前に通っていたときは、まだの感じだったのが、もう咲きかかっているようでした。花見に行かねば。花の下で飲むお酒は格別ですが、飲酒運転が叫ばれている昨今、中々できない時勢にではあります。イエの近くの桜でも見つけていきますか。そういえば近くの私大のキャンパスにでも、開花のタイミングをはかって行くことにしましょう。 桜見は、弘明寺の近くの桜並木が懐かしいですね。住んでいたところが横浜市南区東蒔田というところで、毎日のように桜見にいきましたが屋台が出て、焼鳥や焼き烏賊肴にして、風流していました。こうして考えてみるとそれなりに物見遊山しております。>遠景はランドマーク
2007.03.27
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作家は自分の何かを表現している。それが何を表白しているか、本音を読み解くのは読者の識見でもある。その認識ができなければくだらない読み物でしか、多くの作品はないだろう。日本文学の傾向というのはあるに違いないが、多岐に亘るだろうし、それほど作者間の激しい議論にならないのは、恥を怖れるからだろうか。恥の文化は未だ支配し存在しているのか。 太宰治を読み始めて思うのは、作家は俗人を衒い通そうとして、卑しいのではないとしても人間の嫌らしさを強調し過ぎているのではないだろうか。読者を卑下していないだろうか。「芥川の終わりが、太宰の始まり」だというが、作品の内容や由縁から何か捉われた意識を感ぜざるを得ない。 ことばの遊びの延長でしかないだろうか。それは貴族しか文学や思想を保有できなかった時代の名残でもあるだろうか。自分の名字やことばもない時代を引き摺り、おんな子どもの戯言としての文学か。或は、心の病んだものたちの玩具でしかないのだろうか。見せかけの世界が展開しているのだろうか。単なる独りごとか。ゲーテの「ファウスト」の弁証法が日本では育っていない。議論が育っていない半端なものだろうか。 罠に嵌ったような世界をあまり読んでも仕方がないのではないだろうか。闇夜にしようとするものを追及しても、ミイラとりがミイラになるだけでしかない。 どうやら風邪のようだ。朝晩の寒暖の差が影響しているだろうか。それともウイルス感染しただろうか。先程まで休んでいたが起きて来たところだ。>紺色がドイツで買ったスケジュールノート。
2007.03.27
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野良猫で、居候猫の三毛の眼病は治らず13日につづいて、妻と今朝も三苫の動物病院に行って来ました。猫が薬を嫌がるのと、目が痒いのか手で擦るのが悪化の原因らしい。触らないように首に白い大きなプラステックの襟カラーをつけたので、可笑しな格好になりました。妻はそれが「可愛い~」そうです。病院は、旧国道の和白交差点から志賀島に向かう途中にあり県道沿いにあるので、車も多いのですが、駐車場は3台分しかありません。こちらでは評判の高い動物病院らしく、いつも繁盛しております。 少し空模様が怪しくなり、ぼつぼつ雨が降ってきたようです。午後から70%の降水予想のようです。そういえば、私は昨夜から喉が痛くなり、鼻水が出ております。少し微熱です。 それこそ、人間にとってこれからの生活環境は愈々悪化していくのではないか。或はそれは今に始まったことではないかも知れない。もう数百年のレベルで始まっている。それは、イギリスの産業革命以来ではないでしょうか。 ヒトは数万種の細胞でできており、それぞれが個々の病気をもつ可能性があり、変異による病が発症する可能性があるといわれます。地球には、現在解っているだけでも2000万種の生物が存在し、急激な速さで人間との係わりを増しており、然も科学文明の著しい発達は、膨大な化学物質を生み出し続けている。一つ化学物質が安全基準を守ったとしても無数の化学物質が人間の周辺に介在しているとすれば、どんな化学合成がされるか予想などできるはずがない。 かって、レイチェル・カーソンが指摘したように、DDTや殺虫剤、除草剤が、或は水銀やその他の化学物質が、もう長い間地球を汚染し続けているとすれば、最早身に迫った危機であり人体に及ぼす影響ははかり知れない現実の問題でもあるはずです。 周辺の小動物が、今「死に至る病」を身をもって人類に警告しているのではないのか。それは水俣病やその他の公害病でも見られた多くの現象でもあったのであり、誰でも容易に理解できることです。 ひとつの化学物質が一定の基準内にあるといっても、他の化学物質と合成して違う危険な化学物質に変化することは容易に理解できることであり、より多くの化学物質介在すれば、更に危険度は高まるでしょう。更には、多くの環境汚染で免疫力を弱めている人間の細胞はどういう変化を生み出すか、そのメカニズムさえ解明されていない現状では、それこそ、これからどれだけでも「死に至る病」生まれる可能性があるのではないだろうか。
2007.03.27
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「安楽なくらしをしてゐるときは、絶望の詩をつくり、ひしがれたくらしをしてゐるときは、生のよろこびを書きつづる。」 (太宰治「晩年」) 「ザ・龍之介」に比べれば「ザ・太宰治」が活字が大きいので読み易い。何かその分迫力があるようだ。 「12月下旬の或る霧の深い夜に日本橋のたもとで異人の女の子がたくさんの乞食の群れからひとり離れて佇んでいた。花を売るためだ。三日間でたった二束売れた。それは赤い花と白い花の蕾だった。もう1束は、可哀想にと中国人の屋台の人がご馳走したお礼だった。少女は、帰る途中、突然、道ばたにしゃがみ込んで、胸に十字を切って、わけのわからぬ言葉で以って激しいお祈りをはじめた。しなびかかった悪い花を三人に手渡したことをちくちく後悔したのだ。 「咲クヨウニ・・・咲クヨウニ・・・。」 (同 上) 安楽な暮らしをしているものは、ついに美しいものを見逃してしまうのではないだろうか、そんな気がしてならない。打ちひしがれてどれだけの人たちが、生のよろこびを感じることができるのだろうか。どれだけの非難がされようとも、太宰は、その人間のもつやわらかな感性を書きたかった人なのかもしれない。
2007.03.27
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繰り返される大地震や大津波を経験すると、手も足も出ない人間の存在の小ささを思い知るだろう。こんな島国の日本が近代化を果たしたと言いながら、大地にへばりついて家を建て、少しの風や地震や津波で脆くも崩れてしまう。高速道路さえ基礎はただの盛土だったりするし、この前まで耐震偽装で騒いでいたが、その他の建物も、それこそ脆い構造でしかなく、それこそ、積み木のように崩されてしまう。 自分たちの勝手な判断で自然をかえようと、いろいろ危険な橋をわたり続けてもいる。しかも身の破滅をまねくとすれば、これほど皮肉なことはない。それこそ、2年前に福岡県西方沖地震の被害に遭った、玄界島のように住居を造りかえる必要があるのかも知れない。あんな小さな島でも2年かかり、まだ完成した訳ではない。それこそ年度末の道路工事のようなことしかできない行政だから、無理だろうが、人間の住む住居くらい安全に作り変えたらどんなものだろう。 これからも異常気象で、集中豪雨や台風も大型化の傾向があることだし、地震や大津波もそれこそ史上稀に見る規模で襲ってこないとも限らない。それこそ日本列島を不沈空母にしてしまったらどうだろうか。危険になったら、安全な場所に移動してしまえばいい。 自然は、人間が勝手に考えるほどたやすく変形しない。自然が人間の思考にあわせてくれるのでもない。勝手な人間にできることは些事でしかない。たとえば昆虫やウイルスだって人間の攻撃をかわす独特の方法をあみ出しつづけている。人間が無茶をすれば、自然からの逆襲が必ず起きるだろう。 おいらは今朝も元気でくしゃみをしています。早起きは、おいらに、くせみを持って来た。
2007.03.26
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病院に行くと妙に気が滅入ってしまうから不思議だ。どこか思考回路がショートしてしまう気がする。精密検査を受ける為にベッドに横になった途端、厭な気分なるのが常だ。終わるまでの時間は、何とも言えない砂を噛んでいるような、不快で奇妙な思いに捉われてもしまう。勿論部屋が狭く、陰湿で暗いこともある。 技師によって様ざまだ。近頃は多彩な技師がいる。若いのから中年のひとまで、ぶっきらぼうも中にいる。余りに丁寧に、真剣にされると何かあるのではないかと思ってしまう。だから何も考えないようにしている。たとえば、「過越し祭」でも遣っていると思えばいいのだ。 最近の体調からすれば、ステージが変わっているかも知れないという思いがしていた。即入院になったら厭だがそれも運命だろうと諦めるしかない。最悪のケースを考えて心の準備もしていたが、幸いそこまでは行っていなかったようだ。 何かが起こればステージが変わり、全てが昨日とは違うことにもなる。それを受容しようとしまい、と関係がない。ことは淡々と進むだろう。ジタバタしてもどうせなるようになるだろう。それこそ大物ぶっていても、意外と小心だったりする。利口かどうかがポロリと判ってしまったりする。 まだ遣りたいことはあるので、死ぬ必要もないのに死にたくはない。それこそ殺されるまで死ぬことはないだろう。反面、「ひとは、哀しみや絶望で死ぬ動物でもある」。そうならないためにどれだけのことが自分にはできるか、でもあるだろう。いずれにしても、初めは、一寸した違いだ。 どうにか、平穏な一日の終わりになりそうだ。
2007.03.26
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叔母の言う。 「お前はきりやうがわるいから、愛嬌だけでもよくしなさい。お前はからだが弱いから、心だけでもよくなさい。お前は嘘がうまいから、行いだけでもよくなさい。」 (太宰治「晩年」) 太宰から言われたくないが、時代の寵児は確かに当時の人々を魅了する力を持っていたのだろう。阿呆なタレントでさえ少女たちを捉えて離さない魅力があるのも確かだろう。理解できないのは大人たちなのだろう。マスコミは、大人たちを相手にはしない。カネにならないからだ。少女たちはカネになる。 叔母たちの話を聴く、若者たちがいなくなったのか、叔母たちが言葉を失ったのかは知らないが、太宰治の小説に残っている。それにしても人間は、長い小説を読まなくなっている。それより歌のような短い歌詞で人生を理解し、やり過ごそうとしているようでもあるだろうか。 阿呆なタレントに惚れるようでは若者は、大した知能をもつことはないだろう。そして、他人の後ろばかり付いていこうとばかりしている。 もうどこにも知恵者の叔母などいまい。
2007.03.26
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レイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」の最後に美しいことばがある。 「自然にふれるという終わりのないよろこびは、けっして科学者だけのものではありません。大地と海と空と、そして、そこに住む驚きに満ちた生命の輝きののもとに身をおくすべての人がてに入れられるものなのです。」 彼女に宛てた手紙が紹介されている。89歳の女性からで休暇を過ごす適当な海辺を推薦して欲しいというものだ。彼女は、「文明によって傷つけられず自然のままがのこされている場所をさがしている」というのだ。レイチェルは、彼女の好奇心を誉めているが、私はそうは思わない。その自然が太古と違うのは必然でもあるからだ。勿論人工的な造形美がいいというのではない。ありのままの自然でいいと思うからだ。私たちは21世紀に生きている。過去の過ちをも引き継がねばならない。 未だ、十分に大地や、海や、山は、傷付きながら美しくあるだろう。それこそ太古からの美しさを保っているところがあるとしても、それは奇跡でしかないだろう。それをみたいという情熱は敬服するとしても、自分でそれをしたいとは思えない。外にしたいことが多いからでもあるが。 どこからでも自然にふれることができる。別に大自然でなくともいい。散歩の時にみる軒先から見える夕陽や山でいい。それこそすぐそばを走る車があったとしてもたった一本に木の桜でも感動するこころをもてればいいと思う。
2007.03.26
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この言葉を文春「小倉庫次侍従日記」の中で見つけた。これは、「皇族は、天皇を輔弼するに、森の如くあるべきこと」とある。その詩的な表現は如何にも日本の皇室らしい。天皇を中心としたファミリーの磐石な基盤が敷かれてもいるだろう。それは森のようにシステムが必要だというのだろう。 物理的な防壁ではそれがどんなに頑丈なものであろうといつか破れるあろう。だから寧ろ精神面での結束を求めている。美しい森のようにあらねばならないというのだ、すくなくとも国民の目にはそう映じていなければならない。森はシンボルより高くなく、つねに控え目であり、敬愛の情が込められていなければない、と考える人々がいたのだろう。それが天皇家を支えてもいた。そして現在も・・・。 どうやらどこの国の皇室も、美しい森の中に住んでいるのではないだろうか?その森でさえそれを全体を仕切る水脈があり、森を守っていると聴く。森は一つのシステムなのだろう。まるで森は、ある意味血族なのだ。 長い間病院の待合室で順番を待ちながら、そんなことばかり考えていた。たとえば、自分の体の中で何が起こっているのか、それさえ判らない部分があるという。国民とは、まだ森の一部にさえなれないでいる存在なのだろうか。
2007.03.26
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病院の駐車場は不相変の満車で、仕方がないので裏に回り邪魔にならない空地に停めてきました。月曜日の午前は特に駐車が多いので困りますが、何せこの病院は国立の結核病院でもあったので敷地だけは広いのです。自宅からここまで10キロくらいでローカルですので車はスムーズに流れるのが時間を気にせず走れます。 どうもこの病院は以前から通院していますし、入院も数回しておりますので、つい此処に来てしまいますが、総合病院であることだけが取り得といえば取り柄なのだというべきか。余り感心してる訳ではない。どうやら旧い病棟を建て替えることにしたようで、知らないうちに一部解体工事をしていました。何せ利便性の悪い場所なので、近所の駅からの定期バスもあるのですが、車でないと通院が難しい。 今になって慌てても仕方のないことですが、病院経営も昔のようには行かないのではないかと推察しています。通常の検査のほか、生体機能検査を受けてきました。厭な気持ちがします。この病院で色々心配しながら検査をしたことが思い出されるからでもあります。そう意味では自分が小心者だと気づかされることでもあります。どうも考えるというのは、迷うことでもある。それがストレスになる。必ずしもストレスに強いということがいいことでもなく、却って後遺症を大きくすることになりかねない。それこそズタズタに傷付いたこころで生きている人も多いのではないだろうか。 病院の待合ルームは謂わば人生の岐路に立つ人たちが集る場所なのでもあるでしょう。人間の縮図がみれる。ここから自分たちの日常に戻る人もいれば、次のステージに送られるひともいる。これから高齢化も進み、患者も減少することはないでしょう。病名も増え続けるに違いない。そんなことを思いながら少し滅入るのを感じました。 それでも、即入院はなさそうなので安心しました。帰宅は2時になり遅い朝飯と昼飯を一緒に摂っています。
2007.03.26
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一度朝からブログを投稿し、今日は午前中に病院に行かねばならないので一眠りしていたら、妻から宅急便が来たと起こされた。まだ化粧前なのだそうだ。出ると代引きの「ザ・太宰治」の本だった。そろそろ来るとは思っていたが、こんなに朝が早いとは思っていなかった。 これから、4月中旬から始まる女子大の講座で太宰治を1年間読む。文学部教授の講義が聞けることが魅力である。特に日本文学に興味がある訳でもないが、現在の日本文学の現状を垣間見ることができるのがいい。そう思って、一葉、龍之介と1年半ばかり参加している。 この講座を紹介してくれたのは違う大学で公開講座を受講していた二人の女性だった。そちらにも行きませんかと誘われた。女子大に行くという発想が、当時は皆無だった。お蔭でお二人は、来なくなり、私だけが受講している。考えてみればフットワークは、硬直した頭では間に合わない。何にでもチャレンジする精神がいるのだろう。何でもそうだが、継続するかやめるかは自分で決めればいいのだろう。 色々積み重なって「ザ・太宰治」だ。ここまで来るのに1年半かかっている。ある意味でこれも何かにチャンスでもあるだろう。生かすか殺すかは自分の能力でもある。自分の知らない自分を見れるかも知れない。これまで余り関心のなかった分野にも手を出してみるのも面白いかも知れない。 これから病院に行きます。
2007.03.26
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「君子は器ならず」といいますから人間の価値は出自や身分で決まるのではない。どうして思想を得るのでしょうか。それは、その人のおかれた環境にも拠る。自由の意味さえ理解できなかった時代もある。今や西欧文明が世界を席捲していますが、それはここ数百年でしかない。彼らの祖先は荒地や寒さと闘い組織化し、より強くなりたいと団結した人々たちであった。南北問題は歴史の過程で生じたものでしょう。 考えてみると私たちのコモンセンスというのは、謂わば自然淘汰を繰り返しながら選択して来た歴史でありましょう。確かに東洋と西洋では、共通するものと、相違するものがある。然しいえることは、それは左脳と右脳と同じではないが、二つあるが、どちらを選択するかではない。両手は左右あるが、どちらかがあればいいのではない。両足は二つあるが片足あればいいのでもない。それは分裂するために創られたのではない。 もともとどちらを選べと誰も言ってはいない。それは男と女では、結びつくことが出来ても男同士、女同士では競合してきたからでしょう。優劣を競い合って進歩もして来た。動物は大型化を目指してきた一環でもあるでしょう。体力が強靭でなければ生き延びれなかった時代があったでしょう。人間はどこまで利口になったのだろうか?少なくとも狡猾になったことは確かでしょう。表裏を使い分けるのが、東洋人より西洋人が上手いのは現在の力関係にもなっている。 私たちのいま抱えている重大な多くの問題は、祖先からメッセージでもあると思う。それは環境問題であり、人口問題であり、人種間の共存の問題でもある。生き残る為にどうすればいいだろうか。その回答を人類はまだ用意することができないでいる。相手を敵とすれば共倒れになるし、左右一方だけでは生命力を失うかも知れない。 それこそ、enjoy しているだろうか? 自分に問いかけてみて、何と「器」をしているだろうかと思います。人として、抑圧からの「自由」をしたいと思うものが、自ら、自分の手を縛りたがる。そうすることがこの社会で安心して生きることだと思ってしまう。何と寒々しい生き方だろうか。 だからこそ、私たちは、個人として enjoy すべき意味があるのではないか。
2007.03.25
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どうやら「沈黙の春」を読んでいるとノイローゼになりそうだ。本当のことだから成る程と思う。それこそガンになる化学薬品が勝手にばら撒かれ、私たちは誰もがそれに身をさらしているが、それに気づくひとも余程専門家でないとわからない。同じ化学薬品でも、姿をいろいろ変えてもいるからだ。砒素も空気や水や、食物に残留したり、薬や、化粧品、木材防腐剤、ペンキやその他の材料であったりする。一つだけ取り出してみれば、ガンの原因ではなくても、一つ一つが安全量でも、他の安全量と重なれば、危険レベルが高くなるだろう。 そして、困ったことに、ひとつの化学物質が他の化学物質に反応して性質を変えてしまうこともある。ガンは発生するときには、二つの化学物質が補足的に作用しあうこともある。それこそ道を歩いていて、突然誰かに棍棒で殴られることがあるかもしれない。それは、殴られるという暴力を少なくとも確認できる。それは殴られたという行為が自分の目に見えてもいる。しかし、この殺人者は、黙って近づいてきて、命を奪われもするだろう。そこが怖い。 昔から、都合の悪いことをいう奴は直ぐ消されていた。いまも手段は合法的でもやっていることは同じことだろう。だからヒトの洞窟時代と変わらないと先程のブログで書いたのだ。身の回りを見まわすと、決しておとぎ話のように美しい世界ではない。 マザー・テレサも本当はどういう考えをもっていたのだろうか、判らないかもしれない。「<最も貧しいひとたち>を救いたい」とは、誰の事を指すのだろうか?この現実の世界がどこまで、彼女には見えていたのだろうか?共に生きるとは、神なのだろうか、人間たちなのだろうか? 私は凡庸に生きてきたから、まだ見えないものが多い。もしこれかも暫く生きていられるとしたら、その凡庸を怖れず、これからも・・・らしくありたいと願う。>鹿児島本線
2007.03.25
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愚かな人間たちが得意になって考え出した「自然の征服」・・・勝手な文句でしかない。自然は、人間の生活に役立つために存在するなどという思い上がった考えをも生んだ。この地球を自分たち人間だけのもの勝手に決め付けてもいただろう。その結果が、地球環境の破壊をまねくことになった。 科学的真実を知るほど、人間が反比例して小さくなっている。人間の存在とは、巨大なクジラから蟻のサイズになってきたのかも知れない。少なくともこん棒を振り回していた洞窟の時代からの人間と比較しても少しも進歩していない。未だに大した理由もなくひとを殺しているし、化学薬品という毒薬をふりまいていることに変わりはないのだ。 広大な自然の力にへりくだることもせず、盲人蛇におじずで、ただ自然を弄んでいる。およそ科学とも呼べないような単純な科学でいい気になっている。人間の生命の起源さえ、そのヒトの形質さえ理解できないレベルでしかない。ろくに病気も克服できていない。いくつも不治の病を抱えている。 それこそ治療も出来ないような破壊武器を製造して何をしようとしているのだろうか。誰を脅しつけるつもりなのだろうか。恐怖にかられただけのことではないか。これまで自然から生物はいつもからめとられてきたのだ。 自然の征服を口にしたものたちが遣ってきたことは地球の破壊でしかなく、しかも人間たちの自滅への道でしかない。昆虫と人間とが納得しあい和解するのであれば、さまざまの生命力をこそ学ぶべきであり、共存し、うまく遣っていくことを模索すべきではないだろうか。>今日オープンしたばかりの近くの公園
2007.03.25
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新しい殺虫剤が医学衛生面で初めて使われたのは1943年。イタリアを占領した進駐軍がチフス撲滅をしている。その後マラリアカを駆除しようと残効性の強いDDTをおしみなく散布した。わずか1年経つか経たないうちに、不吉な兆候がでた。イエバエとイエカ属に蚊が抵抗しだした。1948年には、クロールデンがDDTの効果を高める為に使われたが1950年になると、抵抗性のある蝿が出てきて、すぐにイエバエ全部、イエカ属のすべてが、クロールゲンに抵抗するようになった。次から次へと新薬が使われるにつれて、昆虫は抵抗しだした。 1945年から46年にかけての冬には、日本と韓国ではしらみがりにDDTが使われた。200万人近い日本人と、韓国人にしらみに取り付かれていた。1948年にはスペインのチフスが流行し、このときにもDDTが使われた失敗した。このときは昆虫学者は、しらみは抵抗しないものと思い込んでいた。(実験室馬鹿だ)1950年から51年の韓国で起こって出来事に度肝を奪われた。韓国人の兵隊にDDTの粉末をかけたら、しらみは逆に増えていたからだ。東京の浮浪者も同じだった。 「沈黙の春」は誰にでも判るように書かれている。いくら新しい殺虫剤を発明し、新しい使用方法を考えだしても、昆虫たちはいつも1ラウンド先を走っている。人間は、それこそホモ・サピエンスといえるだろうか?どうも怪しい。自分の知っているところだけを喋る学者のような半端なことでは、昆虫に対してさえ先を越されるだけだろう。
2007.03.25
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まだ石川県の地震の余震が続いている。九州では午後は、暖かい陽光が射している。 感情の現在とは、 ・人間は自らの要望や感情を本当に知っている? ・たとえば、ビールを飲むのは、喉が渇いているからで、勉強するのは出世したいからであり、食事を拒否するのはプロポーションを維持したいからで、登校拒否は、いじめられるのが怖いからである。このようにもっともらしい動機や感情を示すことが出来きるので自分の行為を明確に理解できていると思っている。ところが、私たちは自分の心のなかで起きていることをすべて意識しているのではない。 ・心は氷山のような構造をしている。 ・フロイトは自分でもきづいていない無意識の欲望があり、その欲望が行動をかりたてているという。だから先にあげた動機や感情はウソである。 ・ビールを飲むのは、ほろ酔い状態になることによって、幼児期に戻り母乳を飲みたのかも知れない。アルコールは母乳の代理であり、アルコール依存症は薬物依存症というよいりも母親依存症なのだ。面白くもない勉強をするのは母親の愛情を得たいからである。拒食は親が支配してきた食事という儀式を拒絶し、登校拒否は親の願望を生きて来た今までの自分を拒否し、自分の願望を押し付けてきた親たちへの復讐かもしれない、と深層心理学ではいう。 ・本当にこころを悩ませているものは別にある・・・感情の転移 ・坊主憎けりゃ袈裟まで憎い・・・象徴形成。 たとえば、ある対象に対して憎しみを学習するとそれに関連した対象にも憎しみが向けられるようになる。坊主が身につけた袈裟を憎むことで坊主に対する憎しみを忘れることができる。 ・心があとから作り出すもの・・・PTSD(心的外傷ストレス障害) ・愛憎の心理について 愛情は憎しみに変わることがある。その典型が、同性愛にみられる。シュレーバー判事(1842-1911)の事例がある。彼は同性愛の欲望をもっており、女になりたいと空想していたが、女になることは、男としての自尊心を棄てることになり当時としてはできないことであった。そこで主治医のフレヒジッヒに対する同性愛的な愛情を憎しみに転換して、さらに憎しみの感情を相手に投影して、自分が主治医から迫害されている。セクハラをうけているという妄想を作り出した。(心の中の独り芝居) ・愛憎は表裏の関係にあり真実は容易くわからない。 同じように「甘え」は「妬み」に変わるという。つまり表裏の関係になるのだ。愛情も自己と他者の間でうまくいかないと憎しみ変貌することがある。
2007.03.25
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2年前の福岡西方沖地震が今月の20日だった。地震が多いのはこの国の宿命でもある。既に1人の被害出たと報じている。震度6強といえばかなりのものだろう。もし東京だったら被害は相当な規模になるだろう。寺田寅彦「災害は忘れたころにやってくる」は、言い得て妙である。うまいことをいう。漱石の俳句の弟子だが科学者でもある。 優れた科学者が、必ずしもその成果を世に問うことが出来る訳でもなく、正しい評価がされる訳でもない。寧ろそれが稀であるのは、固定観念が働くからでもある。土台有能な科学者が政治に顔を出すことはなかったのだ。 レイチェル・カーソンも「沈黙の春」などの作品で、その環境汚染を説いたのに対して世論の名を借りた化学薬品の大会社が猛反発した。そのために、私たちの身のまわりにやたらとまきちらされた化学薬品には、染色体を打ち壊すだけの破壊力が潜んでいる。それらがまさに恐ろしい事態が起きるのをてぐすねを引いて俟っている。この事実に目をつぶって、安閑とくらしている。多寡がジャガイモの芽がでないために・・・庭から蚊を追い払うために・・・化学薬品が使われ、殺虫剤が造られて続けている。高価な犠牲を払うことになるのに拘わらず。 地震のニュースが、現在飛交っている。何とも騒々しいが、これも一時のことなのだろう。それこそ都会に起きれば大変な事態にもなる。あの阪神淡路大地震の時のように段々その規模が報道の度に大きくなったのを思い出している。 一度大地震が起きれば復旧するまで時間がかかるものだ、福岡県西方沖地震で被害を受けた玄界島の島民が一部やっと今日アパートが新設されて帰島するというニュースが流れている。
2007.03.25
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工業化が発達して新しい科学の時代ともて囃されても来たが、汚染の波もひたひたと押し寄せてきている。天然痘、コレラ、ペスト、肺炎などで人類は怯えていたのは、ついこのまえのことだ。たくさんの人間が伝染病で死んでいたが、それは神にたたりと思われたりしたが、いまはそんなことでわずらわされることはない。生活が向上し、衛生設備は改善し、新しい薬品も開発されている。 然し、人間が自分たちの手でまねいた深刻な事態に直面している。色んな形態の放射線と、後を絶つことのなくつくり出される化学薬品の影響が拡がっている。いまや病める環境がじわじわと人間の体に浸透している。土壌、水、食糧の汚染が、それだ。 私たちの世界は、ひどく汚染している。人間だけが安全なエリアに逃げ込んでいるのではない。食物連鎖の鎖の切断は、目の前の危険なのだ。国家や学者がいっているのは、化学薬品が生物に与える作用は長い期間にわたって蓄積し、どのくらい化学薬品に身をさらしたか、その総計がすべてを決定するというが、もともとたがいに関係のない化学薬品が組み合わされて、目には見えない不思議な変化を起こして、毒性を発揮することもある。実験室と違い人間はさまざまな化学薬品に汚染されており、ひとつの反応だけを観察しても不正確な一面でしかない。 それこそ「タミフル」がそうだろう。少年に発症し易いというのもタミフルだけではない必ず化学反応があるはずだろう。それを調べようとせず、世論の影響ばかり考え、早く決着しようと焦るからだろう。中外製薬の一連の動きこそ非難されるべきだろう。その利益優先の行動こそ、それが、また世界規模でされていることが今日の深刻さを招いてもいる。 果して、人間の代価とは・・・。どうも人間の尊厳を口にするものが少なくなっている。
2007.03.25
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幼い頃の私の母のイメージは、「母ちゃんは、いつ眠るのだろう?」という素朴な疑問だった気がする。朝目が覚めると母は動いていた。夜寝る時も起きていたし、寝ている姿を見たことがなかった。昼間もいつも何かをしていたし、勿論病気の日もあっただろうけれど、記憶にないから殆どなかったと思う。思えばその頃の母親といえば敗戦後の混乱で物資の少ない時代だったが、少なくともその母がいなかったら、病弱なこどもだった私はこれまで生きてはいない。 母親からの幼い子どもたちに対する投資がなかったら、子どもにとっては厳しい人生の始まりになるだろう。それは洋の東西を問わない。それこそ、昔なら、オリバー・ツイストだ。人格を決定する大きな要因は、幼児期の体験にあるとされている。多くあつい養育であったかがその人のその後の長いこころの安定にも影響している。だから如何に平凡であっても、自分の母は、特別の母になるのだろう。 子どもたちの将来のために投資する多くの手がないとひとは人間形成を順調に続けることができなくなる。それでも、著しい環境の変化が加わってもいる。科学文明は、大量の電化製品を製造するようになった。あの日常の厳しい家事労働から母親たちを解放するようになった。いまの子どもたちは、私たちが見てきた貧しい社会の中の同胞愛や信頼感、身を寄せ合って生きていた家族の姿を知らないだろう。 苦労を知らない子ども時代が、どこまで忍耐強くこれからの課題を乗り越えていけるだろうか?私たちは、最近の若者を見るたびに不安にもなっている。物を分け合って食べるという経験のないことが、自己本位な人間を作り出してはいないだろうか?すぐに挫けてしまうのではないか?そういうことを余りにも最近見過ぎてもいる。 暴走族さえいなくなって来ている。それだけ内にこもってもいるだろう。日本の母は、作られた幻想でしかないとしても、体を張って厳しい社会から子どもを守ろうとした母親たちは今何を考えているだろうか。或る意味で、この社会は、男社会でありつづけているが、そうしているのは女性たちでもある。こどもをどう育てるのか決めるのは女性たちだからだ。少なくとも女性たちが自覚をもち自分たちの男を選択し、子の養育をコントロールできるだろう。 日本の母たちが、自分の家族を守らなければ、この国の文化も、存在理由も霧散してしまうだろう。
2007.03.25
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オリビアの顔が段々マザー・テレサのようになって行きますね。体の動きがよく似ていて、昔どこかで見たニュース映画のようでした。「私は、神の使う鉛筆です」というフレーズがありました。修道女という存在の威厳を示した言葉に聴こえました。インドがどういう国なのか、余り知りませんが、いまやインドは人口8億人の国家であり、その今後の存在が、世界で大きく注目されてもいます。 勿論宗教活動は多くの複雑な面を持っていますので、色んな見解があるでしょうけれど、見棄てられた人びとを救済にするひとたちが何物であっても、その行為は尊ばれるべきものでしょう。どうも最後までDVDを観ていませんが、マザー・テレサのことばや行動が人びとに感動を与え受け継がれていくのでしょう。人間は、自分の眼で確かめたものが一番心を打つものです。 自分が「神の鉛筆」に過ぎないということばは、それこそ信仰をもつものでなければ理解できないのかも知れない、深遠な意味を持つのでしょう。然し、恐らくそれは自分を卑下したものではないと思う。寧ろその反対の意味でしょう。マザー・テレサは、神以外は誰をもどんな権力をも撥ね退ける決意があるのでしょう。それが信仰を持つ者の強さでもあります。 厳しい試練に耐えたものだけが得られる境地というのは、私など到底得られるものではないのでしょう。想像することぐらいしかできそうにありません。 マザー・テレサのことば、 「愛されるよりも、愛することを・・・」
2007.03.24
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どうも幼児化して行くようですが「ハイジ」から「マザー・テレサ」に。レンタル指向回路は偏向しています。TSUTAYAのレンタルショップは、住んでいるところから言えば大型店ですが、観たいDVDも余りありません。それこそテレビで放映している「車窓の窓から」でもあれば、スイスとか、ドイツとかの風景があれば直ぐ借りるのですが。 小説でも言い尽くせないし、映画となればそれ以上に物足りないものが多いのですが、まあ多く観て、その内、気に入ったものもあるでしょう。自分の手持ちのDVDも観出すと、際限なく観てしまいますので、レンタルの方が寧ろ時間の制限があるので、大抵一週間で何回か観ることになります。最近は、監督がコメントを入れているものがあったりするので、余計時間がかかりますが、面白いものがおおいですね。 「マザー・テレサ」は、これまで本とか、テレビとか、映画でも観たかも知れない。オリビア・ハッセーの演じているのは、まだ多分観ていないと思って借りてきました。監督は、ファブリッツィオ・コスタ。テレサの名言がどれだけ出てくるか愉しみです。 自分を引き止めているものは、何だろうか? 「抵抗」とは、変化に対するリアクションであり、未知のもの、危険、隠れた心の動きであったりする。 具体的には、 ・お金・時間がないからできない。 ・自分は怠け者だからできない。 ・どうせうまくいかないに決まっている。 ・周囲が反対・批判するからできない。 ・今更遅いよ。 ・もっと余裕があるときにやればいいだろう。など。 自分に夢を見ることを許すこと。「抵抗」にコントロールされないために、小さな一歩から、今踏み出すべきなのだ。
2007.03.24
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自分にとっての「生甲斐」とは何か? ワークショップの目的とは? それは、他人と違う人生を生きたものがたどり着く、ひととしての感慨でもあるだろう。「ああ、遣るだけのことはして、生きていて本当に良かった」思える心境でもあるだろうか。 自分にとって本当に大切なことを思い出すこと。自分を引き止めているものと対話をしてみる。自分らしい生き方のビジョンを描いてみること。自分の内なる知恵に耳を傾けること。 自分の才能を知り、それを最大限に発揮しようと努力しているだろうか。充実感をもって暮らしているだろうか。自分のステップは、この社会の、そして一生の、どこに位置しているだろうか。明日のために何をしようとしているだろうか。 質の高い人生の為に、内なるコンパスを持っているか。困難は生きていく上での自然な局面だと理解するだけの余裕と、素直さを自分らしく準備しているだろうか。 もし行き詰ったとき、どこに行くべきか、その場所を用意しているだろうか。象の墓場をもっているか? 緩やかに月日は過ぎて行くが、その流れは大河ではない。国家にも、個人にとっても、品格があるかも知れない。
2007.03.24
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