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高校で授業をしたいと考えている人たちにとって 森鴎外 の 「舞姫」 は定番教材です。
「石炭をばはや積み果てつ」
あまりにも有名な冒頭ですが、この美文調の 擬古文体
の文章は、現代の高校生には苦痛以外の何物でもないらしく、主人公 太田豊太郎
がベルリンに到着したあたりで早くもギブアップで、
教室には、なんというか、オモーイ空気が漂い、ひとり、ふたり、あっちでバタリ、こっちでバタリ、最悪の消耗戦を戦う戦場もかくや、という様相を呈してくる日々が思い出ですが、今回、案内するコミック 「坊ちゃんの時代」第二部「秋の舞姫」(双葉社)
は授業の幅を広げたい人には、格好の参考図書かもしれません。
関川夏央
が原作を書き、 谷口ジロー
という漫画家が作画したこの 「坊ちゃんの時代(全5巻)」
は、日本という国の 「近代」という時代
に、言い換えれば文明開化、富国強兵をうたい文句にして驚異的な発展を遂げたアジアの片隅の島国の 「明治」という時代
ということですけれども、 その時代の「人々」
に関心を持っている人には、おすすめです。
原作者の 関川夏央
は、両親が学校の先生という不幸な生い立ち(?)なのですが、 上智大学
を中退して、週刊誌のコラムを書いたり、ポルノ漫画の原作を書いたりして糊口をしのいだこともある苦労人(?)で、 「ソウルの練習問題」(新潮文庫)
という作品で批評家として世に出た人です。
どっちかというと 「文学さまさま」
というようなアプローチではなく、スキャンダルや、エピソードの収集家的な視点と 山田風太郎的
な奇想の視点で、近現代の文学シーンを暴いてきた人なのです。
その 関川夏央
が、名作 「犬を飼う」(小学館文庫)
の漫画家 谷口ジロー
と組んで、 日本漫画作家協会賞
をとったのがこの漫画なのです。
その 第二部
、 「秋の舞姫」
は 「浮雲」
の作家、 二葉亭四迷
こと 長谷川辰之助
の葬儀のシーンから始まります。
明治四十二年六月二日
。染井墓地での埋葬に参列する人々は、 漱石、夏目金之助。啄木、石川一。鴎外、森林太郎。
弔辞を読むのは劇作家 島村抱月
。他に、 徳富蘇峰、田山花袋、逍遥こと坪内雄三
、etc。明治の文学史上のビッグネームがずらりとそろっています。
言文一致
といえば必ず名前が出てくる 二葉亭四迷
という文学者がいますが、彼は 朝日新聞
の特派員として念願のロシア遊学中に発病、帰路インド洋上の船中で客死しました。しかし、その 二葉亭四迷
が死の床で、脳裏に浮かべた一人の女性こそ、 エリーゼ・バイゲルト
、すなわち 「舞姫」
の エリスのモデル
であったというのは何故かということが、この漫画のネタというか謎というわけなのです。
言文一致のビッグ・ネーム
、 二葉亭四迷
が、なぜ、 雅文体の雄
、 森鴎外
の恋人エリスこと エリーゼ
を知っているのか。なぜ、今わの際にその面影を思い浮かべるのか。
鴎外
のドイツ留学からの帰国は明治二十一年九月八日です。ドイツ人女性 エリーゼ・ゲイバルト
は四日遅れて横浜に到着します。彼女の船賃を工面したのは 鴎外
自身で、実は、彼はこのドイツ女性と結婚を決意していたのです。
しかし、日本に帰国した 鴎外
は、 エリーゼ・ゲイバルト
が日本に滞在した 三十六日間
の間にたった一度だけしか会うことがなかったのです。
「ああ ようやく…」 「家」、「国家」、「社会」 、抜き差しならないしがらみに身動きならない 鴎外、森林太郎 が、 エリス によって、切って捨てられたシーンの二人の会話です。
「済まなかった‥‥」
「一万哩を旅したこの地の果てで、まともに会えたのがただ一度 なのですか。」
「済まなかった。しかし私にとっては欧州もまた地の果てだった。」
「‥‥そうなのですね。」
「地の果ての決意を私は石のごとくと思ったが、それは砂の塊にすぎなかった。いま、この国で白人が暮らすのは苛酷だからというのはやはりいいわけだ。 私は自分の安心のためにあなたを捨てたのだ 。」
「・・・・・・」
「互いにあまりに遠すぎた。生まれた土地が…ではなく、生まれた土地によって作られた互いの人間性が。私は深く恥じよう。」
「わたくし、十七日の船で日本を去りましょう。コガネイはもう一度リンタロウーの母上に話そうといいました。あなたの弟アツジローも。わたくしは断りました。あなたには所詮無理です。 恋人のために命を投げ出す義の心がない。 そう思い知りました。」
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