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今年も、漱石本をあさっています。昔読んだことがあるような気もするのですが、 夏目房之介「孫が読む漱石」(今は新潮文庫)
を市民図書館の棚で見つけたので、借りてきて読みました。
夏目房之介
という人の本業はマンガ家、あるいは、マンガ批評家で、イラスト風のギャグマンガが、ぼくの知っている仕事なのですが・・・。
一時よく読んだという記憶はあるのですが、具体的には忘れてしまったなあと思っていると、この本の挿絵で使われていて懐かしく思い出しました。
そう、そう、こんな感じですね。
房之介さん
は 漱石
の 長男純一
の息子 さん
です。 1950
年生まれですから、 1916
年に亡くなっている祖父のことを直接知っているわけではありません。祖母の 鏡子
については 1963
年まで存命だったわけですから、事情は違うでしょう。
この本は、文豪漱石の孫が、その作品を読むというわけですから、どちらかというと覗き趣味的な興味で「売れる本」を狙ったんじゃないかと思って手にしましたが、読んでみると少々趣が違いました。
「プロローグ」の章ではかなり詳しく夏目家の内情と、房之介さんの父、漱石の長男純一の人柄が、息子の目から語られます。その上で、彼はこう書いています。
僕が書くものは、 遺族としての距離から語る作品 という興味を持って詠まれるだろう。それは、それでいい。でも、そこから先に本当はいまの時代、社会を生きる、 孫であると同時に戦後大衆でもある僕 が、その距離感から率直に語る漱石作品という意味があるような気がしている。
個人の「読み」の変化は時代にもよるし、その時の気分にもよる。またどこからが時代的な変化によるもので、どこからが個人的な変化によるものを区別することはむずかしい。
これが批評なら、あんまり変化していては機能しない。精度のおそろしく悪いカメラで動きながら被写体を映すような仕儀になる。けれど文芸批評でもなく、それどころか文学青年ですらなかった僕のレンズが、そんなに優秀であろうはずはない。
精度の悪いカメラの像でも、 僕の「読み」の文脈の距離感 を計って読んでもらえば、最後にはなにがしか僕にしかできない像を結ぶことができるかもしれない。 筆者がいう 「僕の読みの文脈の距離感」 が端的に表現されているのが上のイラストですね。笑えますね。笑えますが、この距離の「近さと遠さ」、「出会いに対する焦り」は、まさに「孫」が超絶的にエライ「祖父」に出会ったときにしか体験できないものじゃないでしょうか。これがまず、本書の読みどころの一つだと思います。
「多分、このエアポケットのような緊張の解除と、与え限り受け身になった自分からみた優位の人々への自然な感情が、漱石にとって大患の意味であった。」 と記したうえで、 漱石 の病後の心理的転回をこう書いています。
大患はそれなりに 漱石の観点を転回させただろう と思わせる。これは、晩年の 「硝子戸の中」 の境地に通じてゆくのだろう。 大塚楠緒子の死 に際して読まれたこの句は、漱石俳句のなかでも一、二を争う有名な句ですが、病後の心理的転回を視野に入れながら 「まっすぐな思い」 を感じ取る批評眼は、俊逸だと思います。
そんなことを考えた挙句、漱石は自分の考えに「心細く」なり、また、「詰まらなく」なって、同じ年に亡くなった 大塚楠緒子 への手向けの句を記す。 あるほどの 菊抛げ入れよ 棺の中
まっすぐな思いを感じる、いい句だと思う。
この病床にあって、漱石は俳句、漢詩を多く作り、「思い出すことなど」に収録している。今回初めてこの随筆を読み、僕の好きだった句なども、けっこうこの時期に残していることを知った。
また孫としては、このとき漱石が、解放してくれたものの最初に「妻」と書いていることは、やはり意味のあることだった。
そろそろ終わろうと思いますが、折角ですから、 「こころ」
に関して 房之介さん
が何を言っているのか触れてみようと思います。
あれこれ引くよりも、
このイラストがすべてを語っているようですね。結局、ほかの登場人物はほったらかしにして、 「自分の自殺の経緯」
を誰かに語りたくいて仕方のない 「先生」
を書いてしまう、おじいちゃんにあきれ返っているお孫さんなのですが、何となくわかってあげたりするところが、読み手を和ませるわけですね。
もちろん、本書はマンガではありません。ま、しかし、まじめな批評は本文をお読みいただくということで、このあたりで終りたいと思います。 2019・10・10
(記事中の図像は本書の記事の写真です)
追記2022・10・16
毎年、「こころ」の授業の練習をする学生さんに紹介したい漱石本を探して「案内」しようと思う季節が、今年もやってきて、古い投稿を虫干ししています。今年は、新しい本も探し出して「案内」しようと思っていますが、とりあえずこの辺りから、ですね。
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