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食はれもす 八雲旧居の 秋の蚊に 虚子
どうして 「食はれけり」
ではなく 「食はれもす」
なのか。どうして 「八雲旧居の秋の蚊になら食われもしよう」
とまで詠んだのか。
先人である 小泉八雲
に敬意を表した、いわゆる 「挨拶句」
と考えるのが常道かもしれない。でも、それだけなのだろうかと、ずっと気になっていた。
で、今回の 『怪談』
である。この本には、「怪談」以外に「昆虫の研究」という小文が収められているのだけれど、そのなかの「蚊」の項目を読んだとき、 虚子の句
に対するひっかかりが瞬時にほどけた。
この文章の中で、 八雲
は蚊から身を守る目的で蚊の生まれる場所を調べるうち、「溜まり水」が蚊の繁殖を促す主原因だと知ったと書いている。なかでも墓地は、墓前に供える水や花立ての中など「溜まり水」だらけの場所だ。しかし、 八雲
は墓地という場所が好きだったらしい。
自宅裏の古い墓地を
並はずれて美しい場所で、驚くばかりに珍奇である。一木一石も古い理想によって形づくられたものばかりだ。そんな古い美の規範はもはや現存する人の脳裡には存在しないものである。
とまで書いている。
蚊に食われるのはイヤだけれど、墓地で蚊に生まれ変わることができるのならば、たとえ 「前世の咎で食血餓鬼の境涯に堕とされてしまった」
のだとしてもそれを望む、 「かぼそい、刺すような歌をうたいながら、誰か私を知っている人を噛みに行きたいものと思うのである」
と結んでいる。
虚子
がこの文章を読んでいたかどうかは分からない。けれども、読んでいたとしても不思議ではないだろう。なにより、この 八雲
の一文を受けたものとしてかの句を再読すると、そこには時間を超えた 八雲
と 虚子
の感応が生まれる。 「八雲旧居で見かけた秋の蚊に八雲本人を感じた」
虚子
に思いが至ったとき、このふたりの文学者への親近感がふつふつと湧いてきた。実際がどうであれ、楽しいではないですか。
またまた長くなってしまった。では KOBAYASIさん
、よろしくお願いします。 (K・SODEOKA2020・06・12)
追記2024・01・20
100days100bookcoversChallenge
の投稿記事を
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