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totoという公式ギャンブルがある。Jリーグの勝敗などを当てるものだが、今は増えて7種類ぐらいで、これをかれこれ7~8年ぐらい買い続けている。私の買っているのは、ベーシックなtotoとBIG、ミニBIG、BIG1000である。BIG3種類は自分で選べないが、当たると6億円!だから、これは宝くじのつもりで買っていて、一度だけ2万円ほど当たったことがある。前にも書いたのだが、もし、6億円当たったら、このブログは突然終わるし、仕事も辞めるし、ある意味人生も終わってしまう。 で、totoは、自分で予想するのだが、なかなか当たらず、これまで年に1回ほど当たることもあり、最大で9万円ぐらいだった。今回、ついに最高額の当選を果たした。13試合のうち、12試合が当たりで、2等賞。合計当選金額は291,704円、なかなかのもので、当たりのお知らせメールを読んだ時には思わず、一人で叫んでしまった。 だが、ちょっと冷静になって考えてみると、なかなか微妙な金額ではある。これがもう一ケタ上だったら、あなた、ここには金額は書かないで、もっと秘密に喜ぶところだが、どうにも、クルマの借金代とか、買わなければならないストーブ1台分にも足りないのだから。
2013.09.30
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席亭のHさんが、せっかく大館でやってくれるこの会には、誰が演者でも必ず行くことに決めている。また、秋田住みます芸人を延長し続けてくれている三若師匠にも感謝の気持ちで、出来る限り聴きに行くので、年に5回は聴いている。ということで、はりきって参加したが、今回は特別編ということで、ちょっと客が少なく100人ぐらいか。いや、本当にもったいない。演目は次のとおり。一席目 いぶりがっこ二席目 宿題三席目 寝床 一席目は、師匠の創作と思われるが、県北ではイマイチ、ウケないか。きりたんぽとか比内鶏で、なんとか新作をとわがままなお願い。二席目は、かなりウケていた。私は二回目だが面白かった。三席目の古典の寝床も、熱演で上方の良さを私は感じた。 次のおおだて特選落語会は、10月26日に、私、一押しの立川志らく師匠。たった2千円で、秋田の大館で志らく師匠の落語が聴けるのだ。これは、私としても微力ながら、客を増やすためになんとか宣伝したいのだが。
2013.09.29
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大物のパソコンなどを捨てて、少しだけだが、断捨離に進展があった。これからは、小物を日常的に捨てるように訓練をしたい。これはまさに訓練だ。 まず、文具については、種類ごとに分けて、それから必要としている機関に送ろうと思う。未使用の鉛筆、ボールペンなんかも、かなりあるが、さして手間はかからないだろう。 文具と同じぐらい、あるのが、ファンシー小物類だ。家族みんなのを合わせると、相当な量になる。いつか使おうとか思っていても絶対に使わないのがストラップなどの小物類である。心を鬼にして捨てようと思う。だが、そんなことを言いながらも、缶コーヒーのおまけのチョロQを集めてしまっているのだから、始末が悪いのだが。 捨てられないおもちゃというのもあるが、これは子供たちの方が簡単に捨てたりしているので、躊躇なく捨ててしまえそうだ。10月は、断捨離強化月間として、カレンダーをにらみながら頑張ろうと思う。
2013.09.28
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実は25日と26日は、もはや恒例の9月中にとらなければならない夏休み。で、ついに、ワープロ1台、コンピュータ3台をネットでみつけた廃棄業者に持ち込んだ。ここは、大館市にある正規の処理業者で、1キロ100円で、AO機器などを引き取ってくれるという。これなら、安く処分できるのではと思ったのが甘かった。家から運び出す時に、わかった。古いコンピュータは異常に重い。特に98と、VAIOのブラウン管ディスプレイは重たかった。ワープロも、旧式のノートパソコンも、驚くほどの重さだ。そこに、ビデオデッキなんかをくわえたもんだから、総重量は私の体重並になっていた。 それでも、処分出来て踏ん切りがついた。再生不能になった3.5インチフロッピーやら、周辺機器やらなにやらを、少しずつ捨てていこうと思う。
2013.09.27
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前座の桂竹のこの「大安売り」は、ちょっと珍しい、桂ならではの関西の噺で新鮮だった。欲を言えば、秋田の相撲について、照国、清国、花ノ湖、豪風あたりに触れる余裕が欲しかった。 三遊亭遊里の「牛ほめ」は3回目か。昇進しての地元凱旋で、気合が伝わってきた。今度は、あきた寄席で独演会をやって欲しいものだ。 桂文治師匠の「源平盛衰記」は楽しかった。先代を彷彿させる鮮やかさで、客にも、かなり受けていた。この噺は、全編が枕のようなもので、どこが正しい筋なのかは、よくわからないのだが、それだけに、聴かせるのには強烈な個性か、綿密な構成がないと難しい。師匠は、間違いなく実力者だと改めて認識させていただいた。 桂宮治の「反対俥」も珍しい噺だったが、いや、お見事。ちゃんと秋田を入れて、客を引き付けて、さらに、自分をアピールしてトリに繋いでいた。あきた寄席で呼んで欲しい。 トリの三遊亭小遊三師匠は「短命」。笑点では、犯罪者で、自称福山似の二枚目で、山梨県大月市なのだが、それはあくまで焦点のキャラクター。やる気がないような、強く主張しないようだが、師匠は極めてリベラル。だから、噺も、本当にちゃんとしていて、堪能させていただいた。今回の枕では「IOCの委員ってのは、なんで、ああも偉そうなんだ」とおっしゃっていて、まったく同感。3回目の聖火ランナーを、絶対にやっていただきたい。
2013.09.26
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月例で始まったこの「あきた寄席」も、今は3カ月に1回のペースだが、今回で15回目である。実は、私、全部聴いている。この前、席亭に「全部に来ています」と自慢したら、「帰りに声をかけていただければ、スタッフ一同で頭を下げます」との、お言葉をいただいた。いやいや、お礼をしたいのは、こちらの方で、おかげさまで、若手落語家を秋田に居て聴くことができたのだから。 さて、二人会とはいえ、5人の演者が聴けるのだから、これはもう完全な地方寄席である。演者と演目は次のとおり。一席目 桂 竹のこ 大安売り二席目 三遊亭 遊里 牛ほめ三席目 桂 文治 源平盛衰記四席目 桂 宮治 反対俥五席目 三遊亭小遊三 短命 今回は、いつもの小ホールではなく、県民会館の大ホール。この寄席の常連と、小遊三目当ての初顔と、このたび二つ目に昇進した大曲出身の小曲改め遊里の応援団などで、それでも500人は超えていただろうか。私としては、常連以外のお客さんを、また呼べるような内容だったと思うのだが。明日に続く。
2013.09.25
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今日は、やはりこれについて書かなくては。私のような手塚信者は、ドラマのつくりがどーのとか、出演者がどーだとかは、はっきりいってどうでもいい。何よりも、よくぞ、ここで手塚を取り上げてくれたと感謝するしかない。秋田書店の懸賞不正問題とか、宮崎引退とかいろいろ放送にはマイナスな話題が多かったにもかかわらず、フジテレビよ、よくやった。だが、まぁ、一般的なウケとしては、そんなに期待はしていない。視聴率が悪くてもいいのだ。 そして、やはり感じてしまうのは、アニメの神様、宮崎駿との対比だ。マンガの神様からアニメに進出した手塚は、史上初ではあったものの、そこではさしたる業績を残せなかった。宮崎は、マンガではマニアックなファンを持つ程度だったが、アニメ監督としては神と呼ばれる実績を残し、それは誰もが認めるところだ。宮崎が手塚の死の直後に、あんな辛辣なコメントをしなければ、そうは思わなかっただろうが、仕事のやり方と辞め方に、どうにも疑問を感じてしまうのだ。 まぁ、このドラマが、放送されたことに、ただただ感謝する。
2013.09.24
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掛け声ばかりでなかなかすすまぬ断捨離だが、今週は大きな動きがありそうなのでたっぷりと報告できるだろう。 文房具が、異常に多い。私はともかく、女房が残していったものがやたらにある。筆記用具で書けなくなったモノについては、捨ててはいるのだが、それでも段ボール箱に一つぐらいはある。どうにも、もったいない。かといって、今時の小学校とか、保育園でもらってくれるはずもない。どこかの国に寄付したいとも考えているのだが。だいたい、筆記用具を使わなくなった。字を書くことが、ほとんどないのだから当然だ。量的というか体積的にはたいしたことないのだが、何かいい方法はないものだろうか。
2013.09.23
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明日は秋分の日で休みだが、この日が秋の彼岸だと知っている人は、どのくらいいるのだろうか。ということで、今日は墓参り。ウチの墓と母方の墓に行ってきた。春彼岸の場合は牡丹餅で秋彼岸は御萩というのはクイズ番組で知ったのだが、一日まえということで、あまりお参りの人はいなかった。母方の祖父は、明日が命日なのだが、この祖父は私の生まれる前に亡くなっているので、なんとも実感のない墓参りだ。桜の樹の下にある、この墓は、枯葉やアメシロで汚れ放題。気合を入れた掃除が必要なのだが。 ところで、今日は、北秋田市の名物イベント、100キロマラソンだった。街をあげての大イベントということで、仕事上、ちょっと参加してみた。いつもの縄文の湯は、参加者で大混雑。県外からのお客さんも多かったようで、聴きなれない言葉が混んだ風呂の中で行きかっていた。私を含め、常連の檀家は、やっぱりな、と思いながらも、そこは「お・も・て・な・し」の精神で、邪魔にならぬよう気を使っていたようだ。
2013.09.22
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あのプレゼンは評判も上々で、何んの文句も無い。人選も成功したのだから妥当だったのだろう。だが、私にはなんだか鼻について好きになれないのだ。好みの問題だ。爆笑問題の太田光も、同じようなことを言っている。まぁ、こういう変わったヤツもいるということで。 東京で再びオリンピックが開催されることには、まぁ、良かったと思う。ただ、果たしてそれをちゃんと楽しめるのか、ちょっと他人ごとだ。7年後と言えば母は89歳、いっしょにオリンピックを観られるのかどうか。おかげで、漠然とではあるが7年後のことを考えることができたことには感謝しよう。
2013.09.21
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6月27日に以下のように書いていた。 「ヱビスビールのテレビCMを音だけ聞いていて、デビィ夫人かなと思ったら、滝川クリステルだった。という、実につまらない、どーでもいいことなのだが。 もう、これは私の独断というか好みというか、そう感じるというだけの話なのだが、やっぱり、彼女はビジュアルだけの方だったとつくづく思った。例のフジのニュースで話題になり、他の情報バラェティにも出演した彼女だったが、声もアナウンスも特段いいとは思えなかったし、際立つ知性というのも感じられず、さらに愛嬌というのが皆無だった。いや、見ている分には申し分ないのだが、それだけだと、改めて認識した。 旬の時期を超えて、まぁ、婚約か、結婚かとかの話題はあるにせよ、どうして今さらCMにつかったものか、わからない。教えてくださいサッポロさん。」 無論、この時は、滝クリが東京オリンピック招致で、プレゼンをするなんて、まったく知らなかった。それが、あなた、今や彼女は大ブレイク。ここは、手のひら返しで、滝クリを褒めちぎろうかとも思ったが、そんな気には、さらさらなれない。
2013.09.20
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このことについては、自分なりに結論は出したつもりだ。ようするに、宮崎は、自分の目指す至高のアニメを作り、それによって、自社の制作環境を最高のものとした。だが、その環境を維持するためには売れる作品を作り続けなければならず、しかも、それは自分で納得のいく作品でなければならなかった。年齢によりそれが難しくなったので第一線から引退するということだろう。 姿勢と方向性の違いはあるだろうが、手塚も同じことだったのではないかと思えてならない。手塚はアニメでは宮崎ほどのヒット作品を作れなかったが、マンガでは比較にならない傑作を残している。そして、生きている間は、とにかく何でもやってしまい、年齢とか、自分の命が尽きるということにさえ、考えもしなかった、というよりは、気付きもしなかった。ここに、私の個人的な好き嫌いが出てしまう。 別に、書く必要はなかったのだが、あの引退騒動から、朝日、読売が社説に取り上げて、宮崎を絶賛しているのが嫌だった。宮崎の功績をたたえるのは良しとしても、長編アニメ制作引退だけで社説にまでする必要があるとは、とても思えない。亡くなられたワケじゃないのだから。どうかしてるんじゃないか、日本の大新聞、とさえ思う。
2013.09.19
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日清から「カップカレーライス」というのが出た。インスタント食品好きの私としては、さっそく購入して食べてみた。日清のカップごはんシリーズには、「カップヌードルごはん」、「シーフードヌードルごはん」、「カレーヌードルごはん」、「どん兵衛釜めし」なんかがあるが、これらは、アラレ様のご飯に水を加えて電子レンジで5分ほど加熱するもので、まぁ、便利で、そこそこの味で嫌いではない。「カレーヌードルごはん」については、インスタントのドライカレーということだ。 では、このカップカレーライスは、それとは違うのか、大いに興味があった。で、さっそく作ってみた。袋を開けてみると、見た目は、前述のカップごはんシリーズと変わりない。これに水を加えるだけで、カレーライスになるとはとても思えない。ところが、5分30秒後に驚いた。ちゃんと、ルーが上にある、カレーライスになっていたのだ。味はインスタントとしては十分だし、甘口、中辛、辛口の3種類がある。かなり強烈なカレー臭も漂う。だが、何よりも、ちゃんとカレールーが上にきているというのが素晴らしい。何か、おもしろい理科の実験をしているような快感がある。また食べたいというよりは、また作ってみたいという、メズラオモシロイ食品だ。お試しあれ。
2013.09.18
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演目は次のとおり。一席目 釜泥二席目 粗忽の釘三席目 文七元結 今回は台風の中ということで、師匠も前乗りし、客も私を含めて、やっとの思いで会場にたどり着いた。ここのところをわかってくれて、師匠の大サービスだった。まず、枕が最高。私の場合、四半期に1回は三三師匠の噺を聴いている幸せ者なので、当然、同じような枕を何回か聴いているが、今回は台風前乗り顛末や、一門の兄弟弟子のエピソードなど、初めて、ここだけで聴けるお得な枕で、これだけでも大満足。 なのに、師匠曰く、だれもやらないという珍しい「釜泥」、そして「粗忽の釘」の完全バージョンと続けて堪能できた。「皆さんの帰りの心配もあるから短めに」とかおっしゃりながら、中入り後の「文七元結」。この長い人情噺を聴けるとは思わなかった。席亭のHさんのお話では、また春に来ていただくとか。必ず聴こうと思うのだが、その前に11月に桂文珍師匠との二人会が小坂町の康楽館である。これにも行かなくてはと思わせる熱演だった。大満足です。
2013.09.17
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今月最初の落語会は、ディクトの三三独演会。先月末の小三治との親子会の後なので、毎月三三が聴けるなんて、ちょっと贅沢だ。今日は台風18号が直撃。三三師匠が、本当に青森に来られるのかが心配だったが、ちゃんと緊急に前日前乗りしてくれていた。その顛末を枕で詳しく噺してくれたのはうれしかった。 しかし、昼過ぎが雨風が一番激しかった。それで、チケットは完売したと思われるにもかかわらず、完全満席とはいかず、欠席者が20人ぐらいはいたのではないか。私も、行も帰りも東北自動車道に不通箇所が有り、乗ったり下りたりでようやく無事に帰ることができた。特に、行きは豪雨のさ中で、国道が2、3か所で冠水していて、もう少しで引き返さなければならないほどだった。それでも、聴いてよかったと思えるなかなかの会だった。演目と感想は明日に続く。
2013.09.16
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カセットテープの他は、さして大モノはないが、それでも、使わないのになぜか残っている電化製品がけっこうある。例えば、子供たちのスキーの時に大活躍した無線機数台、携帯のある今、無線機は流行らない。一度も使ったことが無い食器乾燥機(洗浄戦場は出来ない)。考えてみれば、今や、LANケーブルも使わないし、何のだったかよくわからないACアダプターコードもやたらに残っている。とにかく、こういった、燃えないゴミに出せるものを選別し、月に1回しかない「燃やせないゴミの日」に確実に出すこと。まずは、そこから始めよう。そういえば、まだ燃やせないゴミはあった。クルマ関係のあれこれだ。これについても、何月何日に捨てる、という目標をはっきりさせて、物置を整理しよう。これを楽しい趣味の一つと考えて楽しみ、達成感を得るしかない。 ちょっと頑張るので、その時は報告する。
2013.09.15
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もう一つ、大モノがある。カセットテープだ。再生機はダブルラジカセとCDコンポの2台があるので、捨てられないでいる。また、そのカセットテープは、中学生の頃から一生懸命にポイントを貯めて手にしたTDKのカセットラックに保管してあり、そこからあふれている。 昔は画期的な音楽革命だったカセットテープ。今考えると、とんでもないのだが、放送が始まった頃のFMラジオから、エアチェックと称して、せっせと録音していた。レコードを買わなくてもいいというのが、この上ないお得感だった。高校大学までは、そうしてテープが貯まっていった。社会人になって、カーオーディオがカセットテープになってからは、ドライブ用だとか、デート用だとかのテープを必死でつくっていた。よく考えてみると、ほんの7、8年前までは、クルマで遠出をする時には、そんなカセットをセレクトして積み込んでいたものだった。 これから先、果たして聞き返すことがあるのだろうか。いっそ、再生機やラックもいっしょに捨ててしまうべきではないだろうか。これもまた、ふんぎりがつかずにいる。確実に聞かないだろうカセットは捨てようとは思う。
2013.09.14
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夕張在住の同級生、やましんからコメントをいただいた。なるほど、秋田県では条例で捨てられないパソコンだが、家電リサイクル法の白モノ家電以外は無料引き取りしてくれるんだ。 やましんは、送れば捨ててくれるように書いてくれているけでど、いくら面の皮が厚い私でも、住んでもいない故郷にゴミだけを捨てるようなことは出来ない。でも、そういう地域があるということは、もっと、真っ当な、安く引き取ってくれる業者が秋田県内にもあるかもしれない。また、それこそ、北海道や東北にクルマで行く時に、そんな業者に持って行ける可能性も見えてきた。いや、やましん、貴重なコメントありがとう。 ということで、掛け声ばかりで、とんと進まない私の断捨離。今のところ、誰の参考にもならないどころか、断捨離失敗の見本のようになってしまっている。うーん、我ながら見かけ倒しというか、看板倒れというか、とにかくテーマの割に情けない。でも、しばらく続く。
2013.09.13
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コンピュータが、もはや消耗品であることはウスウスわかっていたつもりだったが、捨てるのにこんなに手間と金がかかるとは知らなかった。 空き地に、テレビやパソコンが山積みになっているのを見かけたことがないだろうか。実は、ここに目を付けた法律違反スレスレの業者がいる。廃品回収業でもなく、リサイクル店でもない、ちょっと怪しい「無料引き取り業者」というのがあり、秋田県でもかなり見かける。この業者は、家電リサイクル法で定められている電化製品(冷蔵庫、洗濯機、エアコン、テレビ)や微妙な位置にあるコンピュータを無料で引き取ってくれるのだ。法的にはなかなか難しい。本当に無料で引き取るのか、そして引き取ったものを、有価物として故買しないのかというのが違法かどうかの分かれ目になる。法のはざまを突いた商売だ。 このような業者がつけ込むことができない、古いコンピュータを、安全に安価で捨てられるシステムが、早くできないものだろうか。
2013.09.12
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コンピュータは、使っていない古いのが3台ある。NECの98、VAIOのタワー型ディスクトップ、同じくVAIOのノートだ。パソコンにはワープロほどの思い入れは無く、データも保存してあるので捨てるのにためらいは無く、98なんかは骨董的な価値さえあるのではと楽観していた。ところがである、これが簡単ではなかった。まず、条例で、燃えないゴミの日には捨てられない。だったら、家電販売店にでも持っていけばいいと高をくくっていたが、これがとんでもない。かろうじて引き取ってもらえるのはノートだけで、あとは、メーカーに直接連絡して処分料を支払って引き取ってもらわなければならないらしい。近くのパソコンのメンテナンス店に問い合わせたところ、98は5000円、タワーは3000円で引き取るとのことだ。 携帯電話などの「こでん」は都市鉱山などと呼ばれて回収されているが、ことコンピュータに関しては、廃棄方法が遅れているというか、システムが出来てもいないことを思い知らされた。大型家電販売店の言いぐさが、またいい。「廃棄はメーカー責任で、そのことはカタログにも明記してある」んだそうだ。だが、それがちゃんと、機能しているかというと、とんでもないワケで、捨てるのにお金を払うぐらいなら、粉々にして捨ててやろうかとさえ思った。さあて、どうしよう。早くも私の断捨離に暗雲が立ち込めてきた。
2013.09.11
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今回も、井上もやしさんから、的確なコメントをいただいた。そのとおりで、紙の新聞の読者をデジタル版に引き込むことが、どれだけ的外れなことかが朝日新聞にはわかっていないのだ。 新聞のデジタル化が始まった時に、私が想像していたのは、新聞紙面をそのまま載せて、そこの見出しをクリックすると、その記事が読めて、関連記事なんかも読めるというものだった。実際に、ネットブックでは、マンガはもちろん、小説だって縦書きで文庫本をそのままネットに移したカタチなのではないか。なのに、新聞だけは従来からあった横書きの、私にとっては読みにくいことこの上ない記事の羅列である。これで金を取ろうなんてどうかしてるとしか思えない。一面トップ記事だとか、三面記事だとかがわからないのも紙新聞紙読者にとっては耐えられない。 新聞を作っている側が、どうしてそんな読者の気持ちがわからないのか、私にはわからない。「新聞紙面そのまま載せ」方式だと、宅配が難しい地方や、お年寄りの方でも、紙の新聞と同じように読めますよ、という宣伝が可能だと思うのだが。 朝日新聞は、どうか、このブログを読んで、ちょっと考えてもらえないだろうか。反応が無ければこのブログをそのまま送ってやろうかとも思う。
2013.09.10
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私の記憶違いかもしれないが、朝日新聞はデジタル化の当初、紙版と同額だったような気がする。今も、デジタル版だけだとそうなのだが、紙版といっしょなら500円である。 どうも朝日は大きな勘違いをしていたように思えてならない。つまり、こんな便利なコンテンツなら、紙版を読んでいる読者は絶対にこっちも読んでくれるみたいな気持ちがあったのではないだろうか。だが、思いのほか加入者は少ない。そこで、記事3本までは無料だとか、値下げをして、宣伝に力を入れているように思えてならない。 これが、世の中にデジタル媒体がほぼ100%普及したとか、紙の新聞の印刷や宅配が破たんしたとかなら、読者はいやおうなくデジタル版に移らざる得ないだろうが、そうじゃないのだから、従来どおりで十分ということになる。これは当たり前だろう。そこへいくと、テレビの地デジ化はおみごとだった。地デジに着いてこられないとテレビは見られませんよ、というのだから視聴者に選ぶ権利は無かったワケだ。
2013.09.09
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新聞のデジタル化が実施されてだいぶ時間がたったが、思いのほか、その普及は遅れていると私は感じている。 デジタル化に最も熱心なのが、朝日新聞ではないだろうか。家族4人の顔が全部ガッツ石松だという新聞広告は笑ったし、宣伝効果はあっただろう。でも、待てよ、ガッツ石松は、新聞読むのか?ましてや、デジタル版読むのか?という素朴な疑問はある。まぁ、朝日の有能な広告スタッフは、その辺を見越しての起用なのだろう。他の新聞については、あまりデジタル化に熱心ではないように思える。少なくとも朝日のような必死さはみられない。 ということで、朝日新聞のデジタル化について、ちょっと書いてみたい。
2013.09.08
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日刊スポーツの引退記者会見の記事を読んで思ったのは、なるほど、宮崎駿も大変なのだなということで、長編引退宣言も必要に迫られた面があるのだということか。 良質なアニメ映画を作れば、それなりの評価と収入が得られるということを、宮崎は身をもって証明した。その過程で、宮崎が否定するアニメ論者や、不当に廉価な請負アニメの制作をもたらした手塚などを批判してきた。宮崎の「勝ち」は誰の目にも明らかで、スタジオジブリも大きな会社になった。それがゆえに、スタッフというか社員も増え、それを維持するためには、良質なアニメ映画を定期的にヒットさせなければならなかった。しかし、自身の年齢から、コンスタントに話題作を制作するのは困難になった。そこで、引退宣言ということなのだろう。日刊スポーツによると、宮崎駿作品レベルの作品を制作し続ける後継者は育っていないというのが問題だという。 いっそのこと、「スタジオジブリは宮崎駿一代」で終わりとして、眼鏡にかなうよっぽどの作品にしか出資しないとかにすればと、素人の私は思ってしまう。
2013.09.07
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30年以上読者である、このファンクラブ誌には何度か投稿し載ったりもした。途中で手塚が亡くなっても、ここまで続いてきた。こうなったら、死ぬまで読み続け、保存したい。ということで、今日さっそく入金し、一年分がまた届けられることになった。デジタル化の波は、こんな読者の少ない印刷物に一番影響を与えるのだと思い知った。 それにしても、本や新聞のデジタル化は思ったより、歩みが遅いように私は感じるのだ。スマホやタブレットがすごい勢いで普及しているのに、その割でもないように思えてならない。「紙から電子化へ」については、後でゆっくり書いてみたいと思う。
2013.09.06
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手塚治虫のファンクラブに入っている。1979年、24歳の時に入会してから35年目になる。ファンクラブといっても大した活動をしているわけではなく、毎月、出版情報や手塚関連情報の載ったファンクラブ誌が届く程度である。 最初は「手塚治虫ファンクラブ」会誌という名前でB6版、定価300円で、0号から7号までの8冊が発行された。通巻8号目からは「手塚ファンmagazine」と名前を変えて月刊で265号まで、通巻50号からは表紙だけ2色カラーになったりしたが、とにかく同じB6版で265号まで続いた。定価は400円だったが、途中からカードなんかで一括払いになった。それが、vol.266から、デジタル化とかで、A4版12ページ中フルカラー8ページになって、現在、vol.270まで発行されている。 ところがである、このような印刷発送は次の271号で終了し、ネット上で誰でも読めて印刷もできるようになるのだという。ただし、私の様なアナログな、紙の本の収集に異常な情熱のある会員には、定額を払い込むと、これまでどおりのカタチで届けてくれるという。
2013.09.05
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最後の作品ということになる「風立ちぬ」が大ヒットしている最中、今や日本のディズニーとなった大御所の引退だから、これはもう大ニュースなのだろう。だとしても、マスコミの大騒ぎには違和感がある。国民栄誉賞を受けたわけでもなく、失礼だがお亡くなりになったわけでもないのに、一般紙では一面、スポーツ新聞では全面トップである。老監督の引退がそれほどのニュースなのだろうか。これまでに、こうした引退発表をした映画監督がいただろうか。死ぬまでマンガを描き続けた手塚の方が私はカッコイイと思う。 まぁ、6日に記者会見があるらしいので、そこで宮崎氏の真意がわかるとは思うが、不信感は残る。
2013.09.04
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熱狂的な手塚信者である私だが、ことアニメに関しては、あまり評価していない。国産初の30分アニメ、「鉄腕アトム」は別格として、他の虫プロ、手塚プロ制作の手塚アニメについては、実験アニメを含めて、これはいいなと思ったことはない。アニメよりマンガを描いてくれというのが、本音だったのだが、手塚のアニメにかける情熱はハンパではなく、マンガ家生命を削って入れ込んでいた。アニメをやりたいがために、マンガを描いていたと言われてもしょうがないほどだった。ファンはさておき、手塚の周辺では、このアニメ熱をどうコントロールするかで振り回されたようだ。アニメ界でこの上ない実績を残している宮崎にとっては、こうした手塚のアニメに対する姿勢に我慢がならなかったのだろう。だから、あのコメントになったことは理解できる。 だが、ひねくれ者の私には、今回の引退宣言が、どうにも胡散臭く感じてしょうがない。黙って静かにフェイドアウトできなかったのか。世間に作品を残している監督は死ぬまで監督なのではないか。それとも、世界的なアニメの巨匠となり、御子息を後継ぎとし、大きくなったジブリを守らなければならない今、それはできなかったのだろうか。なんだか、宮崎が一番嫌っていただろう商業主義に踊らされているように思えてしょうがない。
2013.09.03
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宮崎駿は、あまり好きじゃない。作品も「カリオストロの城」と「となりのトトロ」はいいと思うが、他はどこがいいのかわからない。というか、ほとんど観ていないので批評さえできないのだが。 前にも書いたが、好きではない最大の理由は手塚治虫が亡くなった直後の辛辣なインタビューコメントだ。これは、1989年5月1日発売のCOMIC BOX 5(Vol.61)(ふゅーじょんぷろだくと 発行)特集ぼくらの手塚治虫先生 その108ページに掲載された、宮崎駿・特別インタヴュー『手塚治虫に「神の手」をみた時、ぼくは彼と決別した。』だった。宮崎は、そこで、手塚の影響を深く受けながらも、それと決別するために、手塚のアニメ作品をことごとく批判している。手塚作品は落語の「寝床」の大家の義太夫のような自己満足だと、また、アニメーションに関して手塚がしゃべったり主張してきたことはすべて間違いだとまで言っている。 端的に言って、手塚が亡くなった直後の追悼雑誌に、こんなことは書いて欲しくは無かったということだ。これを読んでから、宮崎とその作品に対する私の見方が変わった。
2013.09.02
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私にとってもっとも捨てがたい電化製品は、ワープロだった。シャープの書院WD-550。これは、もう、思い出深い逸品だ。購入当初は、字のヘタな私にとっては、まさに夢のマシンだった。今、改めて持ってみると、一応ラップトップ仕様なのだが、やたらに重い。使わなくなってから、もう、15年以上たっている。だいたい、ワードプロセッサーとい製品さえ、今は存在しないのだから、これは捨てるしかない。 だが、我が家の書院は、かなり壊れた機能もあるが、まだ、ちゃんと使える。印刷用のインクリボンも予備がある。パソコンの時代になった時には、データを移し替えるつもりで3.5インチ2DDのフロッピーディスクも数十枚ある。なにしろ、夢のマシンとしてめちゃくちゃ使っていた時代が、その思い出が、ここでは語りつくせぬほど懐かしい。こういった電子媒体が新しくなる際のフォローの無さには、今もって憤りを感じる。 だが、なんといっても、今後使うことはおろか、データを読むことも無いだろう。ある意味で、断捨離宣言のしょっぱなを飾るモノとして、ここは、キッパリと捨ててしまおうと思う。
2013.09.01
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