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愛車が黒から白にかわり、私も周りも、目を白黒している、というような冗談を言っている場合ではなく、レンタカーで何か慣れない不安な状態で年度を終わることになってしまった。ナビもテレビもないので、生活のペースが狂うのだ。新車は、早くても26日頃だという。それまでに、黒N BOXが帰ってくるのかどうかもわからない。くどいようだが、1月の定期点検では、大丈夫だったのだ。容体急変というところなんだろうが、そういえば、私の定期点検というか健康診断も、まだ半分結果がでていない。ひょっとしたら、愛車が身代りになってくれたのかもしれない。明日から、新年度だが、ちょっと落ち着かない春だ。
2018.03.31
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買い替えることにした愛車N BOXなのだが、それを察知したかのように、故障が続く。今日は、今までに見たこともないエンジンの形の警告ランプが点灯した。さすがに慌ててディラーに持ち込んだところ、簡単な故障ではなく、重症だという。とりあえず代車も間に合わないので、同じ白のN BOXのレンタカーで間に合わせることにした。そもそも、1月の定期点検では特段の問題もなかったので、7月に車検をとって、あと2年乗ろうと思っていたのだが、とたんに、走り始めに聞いたことのない音が聞こえだし、ディラーに持ち込み、15万キロ超の走行距離から、買い替えを決めたのだった。で、新車は4月の末にしか納車できないというので、それまで、なんとかとの私の思いに逆らうように、音は大きくなり、ついには警告ランプが点灯したのだ。まるで、秋田弁でいう「えへてる」、つまり「いじけてる」というようなニュアンスか、みたいに、「いやいや」をするのだ。ちゃんと走れるようになるかどうかがわかるまででも、少なくとも1週間はかかるらしい。さぁ、どうなるのか。
2018.03.30
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貴公俊の暴力行為は決して許されたものではないが、貴乃花親方の今後を考えると、殊勲・敢闘・技能の三賞をやってもいいのではないか。どんな勝ち目があったのかは知らないが、あのままでは、教会を追い出され、自分はともかく、優秀な弟子を路頭に迷わせることになっていたのだから、怪我の功名としか思えない。真偽のほどはわからないのだが、貴乃花親方の黒幕と思われる人物が、相撲協会と金銭トラブルを起こした過去があると報道されている。少なくとも、その人物との関係を絶たなければ、いくら立派な改革を唱えようとも、着いていく人やファンはいないだろう。貴乃花親方につきまとう、宗教色というかマインドコントロール癖みたいなものが、私にさえ闇を感じさせるのだ。優秀な嫁や、家族や、まっとうなタニマチが、ちゃんと対策を立てないと、また、同じような「乱」を起こしてしまうと私は思う。
2018.03.29
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2013年に購入したN BOXは、この7月に2回目の車検を取り、あと、2年ほど乗るつもりで1月の定期点検を終え、オーナーの私の健康診断よりはいい結果た。ところが、3月になってから、走り始めの時に、何かカサカサという変な音が聞こえるようになり、治まる様子がない。すでに15万キロを走り、バックモニターカメラがぼやけてはいるが、7月から、あと2年だけと願い、持ち込むと、なにしろ15万キロ以上走っているので、全体的に限界があるようだという。このクルマは肺炎になりながらも夕張へ行ってきたり、新潟に孫を乗せて行ったりして、本当に活躍してくれた。まぁ、毎日100Kを走り、落語で青森とかに走っているので、あと2年走るのは無理かもしれないと思いなおした。ということで、名残惜しいが、まったく同じN BOXを購入することを決めた。もしかしたら、この購入が、最後のクルマになるかもしれない。ということで、これまでに乗った歴代のクルマについて、思い出し懐かしみながら書いてみたい。
2018.03.28
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そりゃー、職場の送別会は年に一度だろうと思われるかもしれないが、これは、私が出席させてもらう職場の飲み方が年に一度だということ。つまりは、特別職非常勤職員という立場で、親睦会費も少額にしていただいていることもあり、歓迎会やら忘年会は欠席させてもらって、送別会だけには出席するということにしているのだ。退職して2年がたとうとしており、だんだん、同職した職員が減ってきて、新入職員については、自分の子供より若いのだから、私も年齢をとるワケだ。単身赴任の多いこの職場では、泊りがけの飲み方がほとんどで、このホテルには、もう、10回以上は泊まっている。明日が休みなのは、私だけなのだが、気を使ってもらっての今日の開催である。まぁ、立場をわきまえて、現役の皆さんの邪魔にならないよう、二次会は遠慮して、ウクライナ戦を見ながら、これを書いている。我ながら大人にというか、爺さんになったものだ。朝風呂と朝食、楽しみ。
2018.03.27
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昭和63年8月に第2回目の大会を開催した北萬だったが、その3か月後に本家本元の「糸井重里の萬流コピー塾」が閉塾に、つまりは連載が終わるとのニュースが飛び込んできた。週刊誌業界というか出版業界の内情は計り知れないところだが、糸井家元は、すでにネットで「ほぼ日」を始めており、その辺の事情もあったのではと、今さら思ったりする。とにかく、空前のコピーライターブームの頂点にあったこの連載が終わることで、大げさに言えば、一つの時代が幕をおろしたようだ。さて、本家本元家元を失った北萬は、翌平成元年まで活動し、機関紙「北満みんぽー」も10号まで出し続けた。さらに、岩手は盛岡の阿部副総裁と北海道は伊達の鈴木会員が海を越えて、平成2年にご結婚という慶事があったので、その披露宴のパンフレットとして12号が最終出版された。このご結婚は「北萬婚」と称賛され、札幌市で行われたその披露宴は、お二人には縁起でもなく申し訳なかったが、さながら、最後の北萬大会だった。ちなみに、我が家は生まれた娘を含め一家4人で出席した。いや、すごい才能が結集した萬流、そして、そのおこぼれにあずかって、やっちまった北萬だった。30年前の貴重な思い出である。数人ではあるが、いまだに年賀状のお付き合いをさせていただいている。
2018.03.26
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この落語会では定番の、笑点メンバー出演。笑点人気は浸透していて、いつも駐車場が足りないので、早めに行ったのだが、この日は、会場の近くで、J3ブラウブリッツ秋田のホーム開幕戦で、尋常じゃない混雑。それでも、会場は前売りなしの大入り。演目は次のとおり。一席目 春風亭昇りん 転失気二席目 三遊亭円楽 読書の時間 三席目 林家たい平 替り目四席目 林家あずみ 三味線漫談五席目 春風亭昇太 茶の湯実のところ、私の目当ては昇太師匠。だったのだが、円楽師匠の二席目は、桂文枝師匠の創作落語で面白かった。たい平師匠の「替り目」も、めちゃめちゃ現代風にアレンジして会って、これまででは一番の出来だった。昇太師匠の噺は、やはり花があって楽しい。それにもまして、枕がすばらしく、「笑点論」はおっしゃるとおり。落語を聴きに来ているのではなく、笑点メンバーを見に来ている客層にイラッとしていたのだが、これだけのお客さんが来てくれるのだから認めなくては。
2018.03.25
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北日本萬流北海道支部では、会員が集中しており集まりやすい札幌市で小会と呼ばれる集まりを行っていた。中心になっていたのは少年ジャンプでも有名なH副総裁だった。その札幌小会に対抗して、東北でもなにかやろうと、盛岡在住の阿部副総裁にプレッシャーをかけ続け、昭和62年(1987年)11月15日に盛岡市で東北支部会が開催された。参加者は10名だが、その実、私と妻と息子の3人とS家夫妻と2人のお子さんの4人という、2家族の旅行に3人が参加しただけだった。それでも、名物わんこそばを食べたり、子供科学館であそんだりと、子供たち以上にはしゃいでしまった。そして、翌63年8月20日、東北から12名、北海道から4名、東京から4名の総勢20名で、第2回北萬大会は青森市で開催された。例によって、ビデオを見返しても、顔も思い出せない方も多かったが、若いころの女房と1歳半の息子が映っているのがうれしかった。
2018.03.24
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胃カメラと何が違うかというと、下剤である。前日夜から飲み、さらに当日は腸の洗浄剤というのを、2リットルを2時間かけて飲みながら腸を空にするのだ。初めて体の中に食物や便が何も無くなった状態は快感ですらあり、くせになりそうだ。胃カメラの時にいつも思うのだが、ヒトの体は本当に1本の管で、案外、単純なものだと思う。さて、大腸カメラは、ある意味、胃カメラよりは楽だった。胃カメラ同様に、映像は見ることができる。なるほど、憩室と呼ばれる袋状のコブが何個か見えた。「と畜検査」では、豚などの腸を、いやというほど見ていたが、ほぼ外側からで、内側から調べるというのは稀だった。それにしても、これだけ、余計な「でっぱり」があれば、「と畜検査」では、絶対に廃棄だな、と自分で思った。しかし、この年齢で腸を食用にされることもないかと、バカなことを考えて、カメラをケツに突っ込まれながらも笑ってしまった。結果は、来月になる。悪い結果にならないよーに、今更、体調管理に気を遣う私だった。
2018.03.23
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いや、3月はやたらに忙しい。落語のライブが4回、健康診断が途中で増えて4回、葬式1回、送別会1回と、本当に仕事をする暇がなかった。B型肝炎のキャリアの私は、かかりつけの近所のクリニックから、能代市の総合病院の肝炎の専門医に紹介され、毎年3月にMRI、CTスキャンなどの健康診断を受けている。今年からは胃カメラもやってもらった。で、19日の診断結果で、CTで、腸に多くの憩室があるという。これは、年齢とともに増え、排便の妨げになるという。つまり、老人性の便秘の原因なのだ。大腸がんという心配もあり、大腸内視鏡検査、つまり大腸カメラをやった方がいい、と先生はおっしゃる。なんとか、年度内にと急きょ、今日実施することにした。飲む胃カメラは、もう5回以上はやっているので慣れているが、入れる大腸検査は初めて。ちょっとビビッていたが、いや、なかなか大変だった。
2018.03.22
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北日本萬流の結成は、昭和62年(1987年)8月1日だった。私と当時秋田の実家にいた妹と、東北在住・出身の萬人計6名は、青函連絡船八甲田丸に乗船し青森から函館に向かった。映像でも確認したが、あの青函連絡船の2等船室なんかが、ちゃんと映像として残っていて感激だった。函館では、フトモモ番頭Mさんとその息子さん他9名が待ち受け、函館山観光などの後、室蘭市議のHさんの手配による、地元の有名居酒屋で結成総会を開催した。この北萬メンバーからは、のちにカップルが誕生したりして、今でも年賀状のやり取りを続けている方もいるのだが、30年ぶりに見た画像では、実はまったく誰なのかわからない人もいた。まず、自分の若さに驚き、あきれ、名前も顔も覚えていないメンバーがいるのに愕然とした。その記憶にない方々には非常に申し訳なく思うのだが、それにしても、これほどの集まりを、よくも実現させたものだと、自分でもあきれ返る。若くてエネルギーにあふれていたのだろう。
2018.03.21
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「北萬みんぽー」は、私が「社主」で女房が「編集長」ということで、タブロイド裏表2ページか、4ページ、私が記事をつくり、女房が書き込むという完全家内内職手書き新聞だった。後には会員からの投稿連載が数本あり、今読み返しても、我ながらなかなかの出来である。もともと、職場で知り合い、そこで、若者会の機関誌を書いてもらい、その筆力と文字とイラストの上手さにもほれ込み、結婚してしまったほどなのだから、当然なのだが、今更ながら、おみごとである。勝手に会員にして、機関紙を送り付け、集会に参加をお願いしていたのだから、会費は徴収しなかったが、あまった切手があれば、この機関紙郵送料として寄付してもらったりしていた。この「北萬みんぽー」とビデオを資料に、数回の総会と、懐かしいあの時代を振り返ってみたい。何のことやら、さっぱりわからないという読者の方も、ちょっと我慢していただきたい。
2018.03.20
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昭和58年から、週刊文春に連載された、読者参加型人気コラム「糸井重里の萬流コピー塾」は、昭和62年ころ、絶頂期を迎えていた。各地にたくさんの名取や師範が誕生し、東京では何度も塾生参加のイベントが開かれ、「関西萬流」という地方組織も活動しはじめていた。これに刺激され、調子に乗った私が、北日本、北海道と東北6県で何かやりたいと始めたのが「北日本萬流」(略称キタマン)だった。会員は、萬流コピー塾の関係者や塾生で北海道と東北六県の在住者と出身者。2代目フトモモ番頭と呼ばれていた担当編集者が北海道出身なのをいいことに、勝手に会員名簿を流出してもらい作成した記憶があるのだが、今なら、個人情報やらで許されるはずはなかっただろう。結成は昭和62年8月、昭和63年12月に「糸井重里の萬流コピー塾」が閉塾、つまり連載が終わっても、平成2年まで活動をつづけた。特筆すべきは、その3年間あまりに、「北萬みんぽー」という機関紙を12号出し続けたことである。
2018.03.19
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女房の命日から中一日で、父の誕生日が来る。父は生きていれば93歳、春彼岸に当たるので、母は父の好物のおはぎを作っていたものだった。何度も書いてしまうのだが、炭鉱に勤務していた父は、年金が一般のサラリーマンよりは高額だ。専業主婦だった母は、父の死後、迷わず遺族年金を受け取るように切り替えたのだが、その年金が今でも母の生活を、きっちりと守り続けている。これは、掛け値なしにすごいことだと頭が下がる。亡くなって26年、ひ孫は見せられなかったが、ちゃんと我が家を守っているのだから。私には残すべき配偶者はいないのだが、そこのところも、ちょっと損をしたような気にさせられる。さて、女房の命日だし、春彼岸だしというので、墓参りに行こうかと思っているが、ここ数日で、ほぼ雪は消えているものの、墓地はまだかもしれないとか、なにしろ、一人だと、億劫で気がのらない。父の誕生日が終われば、あっという間に新学期だ。
2018.03.18
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豪雪時の1月2月を避け、3月の今年初ののディクト寄席は春の始まりを告げる。実力者、橘家文蔵師匠なのだが、8年ぶりということと、青森市で例のカーリングペアの大会もあったということで、お客さんは70人ちょっとの入りか。演目は次のとおり。一席目 転宅二席目 のめる三席目 子は鎹三席とも、そつがなく、うまかった。爆笑王的な花は今一つながら、こみ上げてくる可笑しさがある。満席にならないのがもったいないし、これぐらいの実力ならば、もっと頻繁に顔を見せてくれれば、ファンも増えると思うのだが。青森や秋田の場合、とにかく、来てくれなければ噺を聴くどころか、噺家の顔さえ知ることはないのだから。まぁ、師匠にも、それぞれ考えはあると思うのだが、喬太郎、三三.志らく、一之輔は秋田、青森では、満席確実の人気である。長谷川席亭が読んでくれて、師匠たちが来てくれたからこその結果だと思う。文蔵師匠も、その一角に食い込む実力は十分と思うのだが。
2018.03.17
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今日は女房の16回目の命日。生きていれば56歳だった。毎年思うことなのだが、話をできないことが残念でならない。退職したこと、家や自分たちの今後のこと、久しぶりにお会いした方のこと、亡くなられた方のこと、ラーメン店のことなんか、夫婦でなければ話せないことが、たくさんあるのに、ままならないもどかしさ。ここまでは、一人暮らしが長くなった私の愚痴といわれればそれまでなのだが、やっぱり孫だ。女房が亡くなった時、娘はまだ中学1年生だった。女房は、今でも子供たちの生末を心配していて、まさか孫が生まれるとは思いもよらないのではないか。最近、孫サイトの動画を見ていて、孫と話す娘の声と言葉が、鳥肌モノで、やたらと女房に似ている。息子や娘をあやしていた、お母さんだった女房にそっくりなのだ。今更ながら、私をないがしろにしてでも、孫にどっぷりの婆バカをさせたかった。
2018.03.16
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№65北日本萬流:萬流コピー塾全盛時に、関西萬流とか、地方で塾生が集まるというような傾向があり、おっちょこちょいの私は、女房を巻き込み「北日本萬流(通称 キタマン)」というのを立ち上げてしまった。最初はシャレで、言い間違えれば大変な「キタマン」とか言っていたのだが、ビデオを見て、これがびっくり、なかなかの会だった。北海道と東北6県の出身者が参加資格で、この名簿は、当時、番頭と呼ばれていた、週刊文春の萬流担当編集者二代目番頭Mさんが、用意してくれた。Mさんは、北海道滝川市出身で、ご自身も会員として参加していただき、大変にご尽力いただいた。北日本萬流は、1987年8月に函館市で結成大会、同年11月に盛岡市で第2回総会、1988年8月に青森市で第3回総会が行われた。この集まりを自前のビデオカメラで記録したのがこのビデオなのだが、見返してみて驚きの連続。別にテーマを立てて詳しく書きたい。ともかく、これは永久保存。
2018.03.15
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食鳥王国、岩手の大処理場のベテラン作業員の眼力は本当にすごく、よく見逃さないものだというほどの小さな出血なども、瞬時に見分ける。ブロイラーが中心の岩手では、ちょっとでも異常があったものや、商品に適しないものは、どんどんはじかれ、全部廃棄するものについて、食鳥検査員が診断を下す。と畜検査でも述べたように、処理場の検査で伝染病が発見されるということは、本当にまれで、むしろ、処理場まできたものから食用にならないものを見つけるというのが実際である。さて、秋田県では、ここだけで実施されている食鳥検査も、ほぼ同様だが規模は本当に小さい。また、1羽の値段がブロイラーとは比べ物にならないほど高価な比内地鶏なので、廃棄率はかなり低い。食鳥肉による健康被害でなんといっても最も多いのがカンピロバクター食中毒である。比内地鶏をはじめとした、ケージの中でなく、いわゆる平飼いしている地鶏は必ずカンピロバクターをもっているので、くれぐれも生で鶏の肉や内臓を食べないようにお願いしたい。日本の食肉・食鳥肉検査制度は、すっかり定着し大規模化され、食品衛生面では問題がないように、私は思う。今後は、国内自給の開発と輸入畜産物の検閲が、重要になるのではではないかと、ちょっと真面目に考えてこのテーマを終えたい。
2018.03.14
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秋田県で食鳥検査を始めるにあたって、全国で食鳥処理羽数が3本の指に入る隣県、岩手県に視察と研修にお邪魔した。研修先は、秋田県全体の1年間の処理羽数を1週間で処理してしまう大処理場である。ここでの、食鳥検査について説明する。まず、早朝の生体検査であるが、深夜に一カゴ8羽入りなどと決められたカゴが500カゴ以上、積み立てられる。自分の背丈より高いカゴを全部1羽1羽確認することは不可能なので、カゴの数の確認と、搬入時に何らかの問題があったものの確認にとどまる。食鳥の場合は、1羽というより、1カゴ、もしくは1鶏舎ごとの確認という傾向になり、搬入羽数の10%に異常が見られた場合、搬入が禁止される。生体検査を終えた鶏は、と殺、放血され、湯むきという過程で羽をむしられ、シャックルというベルトコンベアに吊るされ、内臓を摘出され、チラーという冷却槽で冷やされ、再びシャックルで解体工程に移動する。生体検査は、検査員が1羽1羽確認するのではなく、各工程の作業員が異常を確認し、必要なものについて、検査員に手渡す。
2018.03.13
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№64「萬流ビデオ」:その昔、昭和58年(1983)頃、今を時めく週刊文春に「糸井重里の萬流コピー塾」という読者参加型コラムが連載されていた。投稿マニアだった私も毎週の「お題」に挑戦していた。採用され掲載された場合、松、竹、梅、餅、毒、という「お点」がもらえ、それが貯まると見習→弟子→名取→師範と出世できる制度で、名取になると家元の「井・重・里」から一字いただき「萬名」をもらえる。私の場合、「井中田克平(いなかだかっぺい)」を望んだのだが家元の「あんまりできすぎ」ということで「中田里克平」をいただいた。当時は、かなりの人気で、本も何冊も出ていて、今でいう「オフ会」も開かれていた。このVHSは、お題が「たい焼き」の公開コピー塾で、糸井家元はもちろんのこと、三浦じゅんさんなど、有名人もいっぱい。何よりも、当時のすごい才能の塾生が、好き勝手に作ったビデオはシュールを超えて前衛的でさえある。しかし、カメラワークやらは最悪で、音声もさっぱりなのだが、それでも、これはちょっと捨てられない。
2018.03.12
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東日本大震災から7年。そんなにたったのかとも思うが、原発事故の方はまったくといっていいほど事故処理ができてはいない。福島産の食品は厳密な検査が行われ汚染がないことは証明されているが、まだまだ敬遠される風潮にある。国内でも、そうなのだから、隣国などは、まだまだ福島産の食品を輸入しようとはしない。しかし、ここで隣国などを揶揄するのは違うと思う。それだけ、福島の事故処理がすすんでいないのだから、そこを反省すべきではないか。また、海外からの原発事故に対する批判が、ちゃんと報道されているのかも、はなはだ怪しいと感じてしまう。ちゃんと始末のできていない原発を再稼働するのはもってのほかではないだろうか。今日は、被災者の方を応援し、災害を忘れず備えるように、心を新たにしたいと思う。
2018.03.11
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食鳥に関しても、と畜検査と同様に厳密な検査を実施する目的で、平成2年に「食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律」が制定された。それまで、食鳥については公的検査は行われていなかったが、年間30万羽以上処理する処理場では、と畜検査と同様に、公務員が検査することになった。この30万羽が、なかなか問題だったりする。処理羽数が多い都道府県トップ3は鹿児島県、宮崎県、岩手県で、3県とも年間一億羽を超えるため、食鳥検査にもかなりの公務員獣医師を必要とする。ところが、秋田県だけで生産されている名前だけは全国的に有名な比内地鶏の年間処理羽数は、今でも実は全県で60万羽に届かない。平成19年の比内地鶏バブルブームで、一つの処理施設が年間30万羽を超えそうになり、あわてて、半ば泥縄で検査体制を作った。これで、順調に羽数が増えると思われたのだが、バブルがはじけ、偽装問題やらが追い打ちをかけ、実のところ、その処理場も今だに30万羽を超えていない。それでも、一度整えた検査体制を、県も処理場も壊すことを望まず、30万羽を目指して10年がたったのだが、そこが、今の私の検査現場である。
2018.03.10
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牛と馬の場合も、作業、検査行程は、ほぼ同じなのだが、なにしろ大きいので、機械やベルトコンベアとはいかず、手作業が多くなる。「死に馬にけられる」という言葉があるが、これは冗談ではなく、と殺した後に神経反射で暴れることもあり、解体作業は中枢神経を破壊してから始める。綿羊や山羊も豚とは別のラインで行われるが、やはりオートメーション化された豚よりは、手間がかかる。私がと畜検査業務に着いた頃は、博労(ばくろう)と呼ばれる家畜商がたくさんいて、買いたたいた牛や馬を「と場」に持ち込み、合格したら、一儲けみたいなのが、実際にあったのだが、昨今は、ほとんど大規模企業化され、あやしい家畜は食用にしないというのが常識になった。豚も、同じで、農家の残飯で育てられたようなのはほとんど見なくなった。検査体制が確立し浸透したことから、畜産業界も対応したということだろう。今後は、TPPなどで、輸入肉が大幅に増えたり、家畜は自前でも、その飼料はすべて輸入など、私なんかには、先を読むのは難しい。
2018.03.09
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ようするに、日本国内と外国での秋田犬人気のギャップが、どーにも理解できないのだ。ついでに言うと、かってアメリカでも秋田犬ブームが起こり、かなりの頭数の秋田犬が輸出されたが、やはり血統管理が徹底されず、今では正式な血統とは認められない「アメリカン秋田」という「もどき」が主流になっているという説もある。で、私が、何が気に食わないのかは、自分でも分析できないのだが、きっと自分でも好きな秋田犬なのに、飼えないという現実から、「そりゃー金メダリストなのだから、ちょっとはわがままは許されるだろう」というひがみなのだろう。たかだか15歳のお嬢ちゃんなんだから、自分の国の、ロシアの犬でも飼っておけよ、というケツの穴の小さい男のいちゃもんだということか。いや、着実に偏屈頑固ジジイになっていく。
2018.03.08
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ロシアのフィギュア金メダリスト、ザギトワ選手が秋田犬を飼いたいという情報に、さっそく差し上げることになった。ザギトワさんも、さっそく、メスなのに「マサル」という名をつけて喜んでいるらしい。金メダリストが、我秋田県の秋田犬を絶賛してくれるのだから、これは、うれしいし、さっそく対応した県も、しかるべしとは思う。思うのだが、なーんか、私には釈然としない気持ちが残る。これが、何なのか、考えてみた。プーチン大統領に、秋田犬を贈った時には、お返しに佐竹知事が猫をいただいたのだが、猫よりは、北方領土を一坪でも返してくれとか思った。秋田犬は、国内では「いとしのムーコ」とかで、そこそこの人気はあるが、価格も高いので、なかなか飼いたくても飼えない雰囲気がある。本場の大館でも、あまりみかけない。日本人金メダリストで、秋田犬が飼いたいとか言う人がいないのは、どうしてなのか。前にも書いたが、狂犬病予防業務で、咬傷事故が多かったのは秋田犬だった。飼い主には忠誠だが、闘犬の血が残っていて、いきなり咬みつく場合がある。
2018.03.07
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内臓を取り出す場合、肛門部分を結索して腸の内容物が「と体」を汚染しないように作業するのだが、やはり、ここでの汚染が防ぎきれない。さて、取り出された内臓はベルトコンベアに載せられ、検査員によって刀(ナイフ)と拘(コウ)で検査される。基本的に、刀は使わない傾向だが、心臓の内側に膿瘍がないことを確認するために刀を入れる。あくまでも、正常との違いがある場合は、部分廃棄や内臓の全部廃棄を行う。ここで、最も多い病変が「肺炎」なのだが、これは病名ではなく肺に小さな炎症があるということで、部分廃棄される。枝肉は背割りされて、枝肉となり、最終検査で隠れていた膿瘍などを検査されて合格となる。最初は不気味だった「と体」も「枝肉」になれば、「おいしそう」となる。ここまでに、膿毒症、敗血症、黄疸などと判断されれば全部廃棄され、腫瘍や細菌感染を疑われるような場合は精密検査にまわされ、保留とされる。
2018.03.06
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地方の県立高校で、バスケットボール全国制覇33回の前人未到の記録を作り、能代をバスケの街にし、バスケットボールを、秋田県の県技にした名監督が亡くなられた。能代工業バスケットボールの現状は厳しいものがあるが、とにかく、これだけの歴史を刻まれたことは、驚異的だ。あれは、たしか、昭和59年ころだろう。能代保健所に勤務していた私は、飲食店営業の許可を出す仕事をしており、能代工業高校の学生食堂の許可調査に向かった。つまり、食堂の調理場の検査をしに行ったのだが、対応した教頭先生が「ども、まず、体育館見るすか」とか、おっしゃり、いきなり案内を始めた。秋田県で育っていない私は、能代工業とバスケットの関係がつながっていなくて、この教頭先生が加藤監督だとは、つゆ知らず、危なく、「体育館でねぐ、調理場だべ」と言いそうになった。なんとか、事情を察知し、丁寧な案内をしていただき、ついでに、調理場も検査できたのだが、いや、生半可な県職員だったと、今でも思い出しては冷や汗をかいている。合掌。
2018.03.05
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都合上、連日の公演。喬太郎師匠人気が定着している大館だが、心配された客足も150人と、まずまず。お客さんも、喬太郎師匠の噺が聴けて、立花家橘之助師匠の、まず、秋田にいては見られない芸を堪能していたように思う。寄席からは遠い秋田県では、こうして来ていただかなければ絶対に見られない。おおだて特選落語会としても、記念碑的な会になったのではないか。演目は次のとおり。 一席目 柳家やなぎ 松竹梅 二席目 三遊亭歌武蔵 稲川 口上 三席目 柳家喬太郎 夫婦に乾杯 四隻目 立花家橘之助 浮世節 二日続けて、駆け付けた客は何人もいないだろうが、一席目と二席目の演目が同じだったのは、ちょっと残念。なにせ、24時間もたっていないのに、同じ噺なのだから、枕はしょうがないにしても、できれば他の噺が聴きたかった。橘之助師匠の芸のすごさが、私には、ちゃんとわからないのだが、今回のように、来てもいらはなければ、絶対に見れなかったし、今後も奇跡的な偶然でもなければ見られないだろう。貴重な機会を設けてくれた喬太郎師匠と長谷川席亭に感謝する。
2018.03.04
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三遊亭小円歌が、立花家橘之助を襲名するという襲名披露公演。なんと82年ぶりの大名跡復活の大偉業なのだそうだが、なにせ寄席からは遠い秋田県、今一つ、その襲名の意義は伝わりかねるというのが本音だが、本場の襲名披露公演の雰囲気は十分に堪能できた。喬太郎師匠の肝いり企画とあって、お客さんもほぼ満席、この寄席も固定客が出来、すっかり定着しはじめたようだ。演目は次のとおり。一席目 柳家やなぎ 松竹梅二席目 三遊亭歌武蔵 稲川 口上三席目 柳家喬太郎 幇間腹四隻目 立花家橘之助 浮世節落語は三席とも、いい出来で、まぁ、これだけで楽しめた。ただ、橘之助師匠の芸のすごさが、私には、ちゃんとわからない。色物のトリというのも、どんなものか。この公演は明日は大館で開催されるが、ちょっと客の入りが心配だ。
2018.03.03
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今日は平成元年生まれの娘の誕生日だ。できることなら大好物の十八番のラーメンでも食べさせてやりたいのだが、千葉在住ではそうもいかない。つくづく思うのは、娘は、というより女性はすごいということだ。娘は昨年、9月に初孫を生んでくれた。女房がいれば、ここに帰ってきて生んだのだろうが、旦那のお義母さんに来てもらい、千葉の自宅で無事出産できたのだった。あの、娘が母になるなんて、信じられないのだが、いや、ちゃんとやっているようで、孫も今月で元気に6か月になろうとしている。他のことでは、父親ぶって、威張っている私なのだが、こと、出産、孫育てには、もう、何も言えず、何もできない。娘は、どうして、どうして、いっぱしの母親をこなしている。娘だけではなく、その同級生たちも、みんな、ちゃんと母になっているのに、感心したり感動さえしてしまう。それに比べて、男は、父になっても爺になっても、なんだか、頼りなく情けない。いや、誕生日おめでとう!
2018.03.02
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私は、B型肝炎のキャリアなのだが、別に症状があるワケでも、家族に感染させるワケでもないので治療も何もしていないのだが、かかりつけ医から、B型肝炎患者を専門に診ているお医者さんを紹介され、毎年3月に健康診断を受けていて、もう、5ねんほどになる。退職して、人間ドックも簡単に受診できなくなった今、この検査は、MRI、CT、胃カメラなど、ちゃんとやってもらえるので、なかなかいいと思っている。で、今日は、胃カメラとMRIの検査だった。3月の年度末に健康診断を受けることで、新年度からの頑張りにつながる気がする。ところで、子供のころの予防注射などでB型肝炎に感染した場合、訴訟を起こせば、国からの給付金が受け取れるという。私も、最低でも30万円ほどを、もらえるかも、とか思っていたのだが、母の詳しい血液検査の結果、母子感染だったことがわかり、給付金は夢と消えたのだった。
2018.03.01
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