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2012年2月29日2:40 日本は自衛隊を国防軍へと名称を変えたi同じ意味では?わざわざ変えて 刺激する必要は無いですね。災害対策、 侵略の撃退、 訓練は大事ですが、世界を理解する 情報戦がもっとも大事ですね。 日本の危機とは 具体的にどのように訪れるかの問題ですね。 原発事故では 大失敗ですね。次は金融危機、経済こんらんでは?
2012.02.29
2012年2月29日2:44 人間を二つに分けるとしたら、何で分けますか?ゲーテが 言っていたと思いますが、考える人間と、考えない人間に分けられると言っていなかったでしょうか。 もちろん大雑把ですが、 人生や世界を考えようとする人間と、考えようとしない人間に分けられるのでは。 それらの間の 深い対話は 難しく成りますねー ゲーテも そのように言っていたと思います。
2012.02.29
「勝ち組」はジコチュー? 米研究者ら実験で確認これは 日本では耳が痛いと 思いますが、 そのような感じが有りますね。教育の場でも、 職場でもそのような感じが有りますね。
2012.02.29
2012年2月28日11:34 桜が散るのを見るとなぜ物悲しい気持ちになるのですか?美しい花が散るのをみて、 自分の命が はてること を 連想するからですね。また、来年 見られるかな などと 必ず思いますね。
2012.02.29
2012年2月28日11:35 この心理学は正しいのか。先生のおっしゃることも 一理あり 貴方の考えも 1理ありますね。いずれも決定的でなく、 そのような要素があると考えれば良いですね。○×でなく 複雑に要素が絡んでいる ということですね。
2012.02.29
2012年2月28日11:37 ある人(Aさんとします)がいるとします。Aさんは自分がやりたいことは一目をきにせずやる人です。これは型があっている人と違っている人の差ですね。 好みと同じですね。AとC が 共鳴、共感し、AとB は 違ったタイプのい人ということですね。 人間関係には相性、反発型と いろいろあるという、個性の多様性ですね。
2012.02.29
2012年2月28日11:38 正しい判断をしようとする際、経験は役に立ちますか?あるいは邪魔になりますか?一般には 参考になりますね。天災、原発事故から、沢山学べば、その分野で、日本が 最高になれる と考えて、頑張りたいですね。
2012.02.29
2012年2月28日11:39人間は、人から好かれることに喜びを感じる生き物なのかなと最近感じるんですが、どう思われますか?それは、確かにただしいですね。 共感、共鳴したいのですね。 群がりたい。
2012.02.29
2012年2月28日11:40 人はなぜ子どもを産むんですか?本当ですね。 人間はなんのために生まれてきたのか と考えてしまいますね。人生は 苦しみ以外の何物でもなかったでは、 本当に残念ですね。 せめて、みんなで助け合って、良い思いを 沢山したいですね。みんな ひとりでに 生まれてきた 現実が有りますね。次が 真実ですね:再生核研究所声明 72(2011/12/06) 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則まず、 ルネ・デカルト - Wikipedia から慣性の法則を抜粋しよう:(デカルトは、物体の基本的な運動は、直線運動であること、動いている物体は、抵抗がない限り動き続けること(慣性の法則)、一定の運動量が宇宙全体で保存されること(運動量保存則)など、(神によって保持される)法則によって粒子の運動が確定されるとした。この考えは、精神に物体的な風や光を、宇宙に生命を見たルネサンス期の哲学者の感覚的・物活論的世界観とは全く違っており、力学的な法則の支配する客観的世界観を見出した点で重要である。)いわゆる 慣性の法則 は、 ニュートンの運動法則 の第1法則(慣性の法則)で、外力が加わらなければ、質点はその運動(静止)状態を維持する。(力を加えられない質点は等速度運動(等速直線運動)を行う)。 要するに 動いているものは そのまま動き、止まっているものは そのまま止まっているという法則である。 この法則は、 物理法則としてばかりではなく、 人生、社会の人世、精神、生命などの在りように普遍的に存在する いわば、連続性を表す 世の法則 ではないだろうか。 この観点からいくつかの考察を行い、世と上手く付き合っていく心得、人間の在り様としての心得について触れておきたい。人は 人生とは何か、生命とは何か、生きる意味を 繰り返し問う。 この難しい問題を足もとから、現、在から考えてみよう。 今日あれば、 昼には昼食をとり、夕べには 夕食をとるは 相当に大事な 今日の要素である。 ― 実際、 夕食がとれないような状況が有れば、それは人生の意味などを超えて 全ての人間にとって重大であろう。 ― 仕事や予定が有れば、 何時ものようにやり、 少し上手く行けば、 それだけ充実感がするだろう。 在り様は もちろん、 個人にとって、人生そのものである。 人生とは それ以上のものではない。 今日の在り様は 多くは昨日から、 決まっていて大きな変化が有っても 既に準備されているものである。 今日あるから、 明日も 今日のように生活することになる。 このように 人生とは繰り返えされてきたものである。 子供のころの生活も同じように 少しずつ繰り返しながら、 変化してきて、 現在に至ったのである。 それは個人の人生ばかりではなく、 動物としても、生物としても 少しずつ慣性の法則に支配されているように 展開して来ているのである。 それらの背後には 大きな生命の営みが感じられるが その本質は 定かには分からない。 我々の自由意志は 本能原理の上に わずかに存在するが、大きな生命の営み、日常の連続性によって働いており、その大いなる流れの上にあることに想いを致せば、 大きな迷いや不安から、解放されるだろう。 その流れを観、感じ、捉えることが肝要である。 多くの人は両親や近い人の終末から、自分の終末を予感し、覚悟し、 子供たちの終末を予感するだろう。 永い間、代代繰り返えされてきたのだから、 私もそうなるだろうと悟るだろう。 およそ人生とは そのようなものである。 然り 大河の中の一滴のように である。 世の、始めも、終わりも、人生の始めも、終わりも、定かには分からない。 ただ大きな流れの上に生きているということである。 大きな変革も、ちょうど地震のように エネルギーが次第に高まり、 その流れの中で起きたものである。日本社会をみても、大震災による原発事故、増大する膨大な債務、政権交代も同じように考えられる。40年以上も稼働して来たものが、稀有な天災で甚大な被害を受けた、しかしながら、今まで築いてきた膨大な設備を、それでは直ぐに廃止とは行かないのは 当然である(再生核研究所声明 67: 脱原発デモ ― 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論)。どうしようもない膨大な債務と財政難も同様である。大きな船の舵のように、急には財政改善とは行かない、改善は総合的な難問ではないだろうか。政権交代も、自民党の長期政権が疲弊、衰退し瓦解により、政権交代はしたものの、外交、軍事、財政、経済、何れも急には変えられないのは 道理であり、現実の日本の上に 政治を進めるためには、そんなに変えようがないという苦しみを 現政権にみることができる。それは大きな政治社会、大きな国の機構、現実を見れば 当然であり、菅氏が人間性の観点から批判されたのは 当然としても(再生核研究所声明 71:菅 暗黒政権 を総括する)、鳩山氏の過ちは小さく(再生核研究所声明 59: 鳩山政権の総括と反省)、野田首相はしっかり バランス良く賢明に政治を進めていると 高く評価されるべきである。 要するに、現実の日本が有る限り、 そう簡単には 変えられないというのは、 慣性の法則の重要な視点である。永い歴史が有って現在がある、 歴史の流れの上に、 明日からの未来を少しずつみつめて 着実に歩みたい。 歩んで来た過去をしっかりみれば、 明日の在るべきことは 相当に決まっているものである。 それを歴史的必然とも表現できよう。 現在、未来は 過去の歴史から、慣性の法則で、押し出されていくものであり、 自由を行使する判断でさえ、過去の積み重ねられた知識、体験の学習の結果であり、 多くは慣性の法則で 動いていると言える。 我々が創造と呼んでいるものもそうである。 積み重ねられたものから、生命作用として、噴き出ているのである。 それゆえに、歴史を真面目に捉え、飛躍が無いような、総合的な、大きな視点を持つように心がけたい。もちろん、震災、財政危機、政権交代などの社会現象は 世界史で 繰り返し 繰り返し展開されてきたことである。少子高齢化、教育の問題、産業構造と失業問題、環境問題など、何れも局所的対応、単細胞的思考では対応できず、各々の専門性を超えた 総合的、全体的な視点が大事である。 そのような視点を国民が全体的に持ち、 対応する力が無ければ 混乱と破局を早晩迎え、それも1時代の現象と評価されることになるだろう。 実際、我々は沢山の 世紀末的現象を 世界史の中に 見出すことができる。 世界は 大きな流れの中で、成るように成るものであると 半ば悟った様な心持ちは 視野を大きくさせ、賢明な有り様を選択させるだろう。以 上
2012.02.29
2012年2月28日11:53 なんでアジア人同士で差別するんですか?そうですね。 アジアの愚か者、野蛮人を卒業したいですね:再生核研究所声明 49(2011.2.16): アジアの愚か者、アジアの野蛮性ヨーロッパから、アジアをみると、アジアは愚かで、野蛮地域にみえてくるので、それらの実相について考察し、アジアの民の自覚と進化を期待したい。背景には、EUでは 通貨を統一して、往来を自由にし、ドイツを統一、ヨーロッパ全体が一つの国のようになる方向で進んでいるのに対して、アジアでは未だに朝鮮の統一もできず、同じ民族が対立する愚かさである。 日本国は アジアの大国、中国に対峙させられ、外国軍の基地さえ用意して、小さな国で 世界第二、第三位の軍事費をかけて、平和憲法を有しているなどと勝手に名のっている。 美しい文化を有する日本は、政治においては、EUから見れば、アメリカの属国のようで、自主性も、自立性もなく、やっと政権交代して まともな国を目指すかと期待されたら、逆に、検察、マスコミの大騒ぎで、政権交代の大義がぼけて、政局の混乱を招く有り様である。 財政、経済厳しい折りにも拘らず、国会は党派争い、法も道理も大義も社会正義すら主張できる政治家も少ない。 日本国は アジアではまともな国と評価されるが、それでも マスコミ、検察の 本分を弁えない低落は、アジアの後進性の象徴とも言える。EUでは考えられない後進性、野蛮性である。多くの国民は政治に不満や不信を感じているが、有効な手段が分からず、日常生活に埋没している。 日本国は全体として政治的には衆愚の状態にあると言える。大局からアジアを見てみよう。 まず、なぜ、同じ民族、かつては同じ国家だった朝鮮が 統一できないのであろうか。アジアの民の愚かさの典型的な特徴は、過去のことばかり問題にして、絶えず、過去の事件にかえり、 未来志向ができないという点にあるのではないであろうか。繰り返し過去の問題を掘り起こしては、お互いに行き詰っている。大局的に歴史を見ることができず、視野が狭いのも特徴である。アジア全域がほぼ植民地支配を受けていた、自分たちの反省すらできない有り様である。 植民地支配を受けていた歴史的な事実は、自分たちの国を守れなかったという観点で、大いに反省すべきである。侵略されたのは恥ずべきことである。 敗戦は さらに恥ずべきことで、愚かさゆえに戦争に突入させられ、敗戦しているのである。 日本などは政治的には、いわば今なお敗戦を続けているようであり、戦前以下の見識しかない。 同じ民族が争う愚かさに目覚め、朝鮮の統一を進めるべきである。 再生核研究所はその統一の進め方について、声明37で具体的に提案している。 アジアは一致して、朝鮮の統一を支持して、働きかけるべきである。 賢明なドイツの統一のように。アジアには 領土問題、島の問題があるが、これもアジアの愚か者、アジアの野蛮性の特徴である。 中国の偉大な指導者 とう小平氏は、領土問題は未解決の問題として棚上げして友好関係を進めよう と述べていた。 強欲な人間たちが島に立ち入らなければ、豊かな自然が より豊かな幸を周辺国にもたらすのが理解できないように見える。 いや、領土問題で緊張させたり、 紛争する愚かさに気付かない人はいないはずだから、 結局は アジアに紛争を起こして 漁夫の利を得ようとする人たちの 意図に そそのかされている、それこそ アジア植民地時代のように アジアの愚か者 の特徴ではないだろうか。EUやアメリカから見れば、アジアに紛争が起きて、自滅すればよい、かえって都合がよいと考えられる観点に気付くべきである。アジアには、族意識、村意識、国意識、民族意識の野蛮性が強く残っていて、ことあるごとに噴出している。 さらに、アジアでは 個が 確立しておらず、個人の尊厳と生命さえも おろそかにしている。 これは民族、国家が入り混じり、深い交流のあるヨーロッパでは 理解できない、野蛮な感覚ということになるのではないだろうか。人種が違う、国籍が違う、そのような感覚が EUには存在しないように見える。 内面的には分からないが、アジアとは違って、表面に出すことは 恥ずべきことで できないような状況を 文化が支えているように見える。自由、平等、博愛の精神、そして、キリスト教の文化的な伝統が背後にあるのではないかと感じられる。 人種問題、国籍問題、個人の尊厳などは ヨーロッパから見ると偏狭な、変な見方、アジアの野蛮性とみえるであろう。EUが 一つの国の方向に着実に進んでいるのに、どうして、アジアでは内紛と抗争が続いているのだろうか。 アジアの相当な領域に 仏教と儒教の文化と伝統があり、漢字圏としても共通の文化基盤がある訳であるから、より統一的な友好圏を作るのは 極めて自然であり、歴史をそのような方向で 進めるべきである。 紛争と対立からは何も得ることはなく、逆に友好関係が相互に大きな利益をアジアにもたらすであろう。その骨格の方向を次のように志向したい:1) 朝鮮の統一に協力、配慮する。 当面、南北朝鮮の友好関係に配慮する。(再生核研究所声明 37 : 金正日氏を世界史の英雄に ― 朝鮮問題に関心を寄せる世界の人々に を参照)2) 日本は、アメリカに対して徐々に より自立する姿勢を確立して、日中友好関係に格別の配慮をする。(再生核研究所声明 25:日本の対米、対中国姿勢の在りようについて、再生核研究所声明 46:日本国の1つの国家像、あるべき姿について 参照)3) 偉大な中国は アジアの指導国として、伝統ある儒教の精神で 友好関係のうちにアジア全域の繁栄のために努力すること。アジアに脅威を与えないように 大人の外交を行うこと。反対側に存在する 超大国アメリカについて 簡単に 上記文脈で触れておきたい。アメリカは 第二次世界大戦後の世界を指導してきた偉大なる超大国であるが、軍事大国の色彩を強くして、軍事でなければやっていけないような国家の佇まいを 今やなしている。 誠に残念である。 あたかも紛争を 世界に輸出していかなければ やっていけないような状況に見える。 自由と民主主義の大国として、軍事を抑え、民生を豊かにする方向で、世界を指導して頂きたい。アメリカは世界史を直接進化させる能力が有るのだから、世界史の進化のために努力して頂きたいと 強い期待を表明しておきたい。(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判 参照)世界の財政、経済が厳しくなる折り、外国のアジア介入を阻止して、耐えながら、苦しい世界状況に耐えていく必要があると考える。アジアは 共生の精神で絶えず、世界とともに友好関係に配慮していくべきである。
2012.02.29
2012年2月28日11:54 日本はアメリカの「忠犬ポチ公」から卒業したほうがいいんじゃないでしょうかね?そのような視野、考えも大事ですね。問題は、どのようにして、 1歩 1歩 歴史を進められるかですね。
2012.02.29
2012年2月28日11:56「安倍元首相待望論わき上がってる」山本一太氏変な感じですね。 自民党には それほど人材も知恵者も いないのでしょうか。後継者難、人材難?
2012.02.29
2012年2月28日2:47 櫻井よしこさんが政界に出てこないのはどうしてですか?政界に出るのも 発言も 無責任、 ばらばらでおかしいですね。児童手当より、 空母が欲しいと言っていませんでしたか。 膨大なお金をかけて、兵隊さんを 海に浮かべておいて、 逆に、危険な世界を作って しまうのでは。児童が減れば、次の時代は、戦わずして、衰退ですね。
2012.02.28
2012年2月28日2:31 道徳について教えてください。分かりやすく教えてくれると嬉しいです。これは 上級もありますが、次で殆ど解決ですね。 声明も78に成りましたが、 最初の声明ですね: 美しい社会はどうしたら、できるか再生核研究所声明1 (2007/1/27)美しい社会とは 最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と、心痛めることが多いです。どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。 何年も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12 年9月21 日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。 3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば──これは容易なことではないが──世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思い 27 第1章 美しい社会のためにます。 特に少年期の教育にあっては、哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする、人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(『再生核の理論入門』斎藤三郎著、牧野書店、2002 年10 月出版「あとがき」から抜粋)美しい社会とは美しい社会においては戦争などはないのです いじめなどはないのです ごみなどは落ちていないのです 交通事故などはないのです美しい社会においても競争などはあるのです しかし敗れても美しい気持ちが湧いてくるのですより美しいことへの挑戦の気持ちが湧いてくるからです美しい社会においては人々は喜々として明るい表情をしているのです それは個性
2012.02.28
2012年2月28日2:33 なぜ天才は自殺をするのでしょうか?(三島由紀夫・ゴッホ・川端康成・太宰治など)天才故の考え方でもあるのでしょうか・・・みんなが、肯定死を迎えられれば、理想の世界ですね。やがて、みんな、多くの人が 自殺で、肯定死で 終わる時代が来るのでは。 再生核研究所声明 47(2011.02.08): 肯定死 (2011年1月5日 9時10分、 浅草に近づき、電車の窓外の空を見たときに電光のように閃いた考えです。 新しい声明の案がひとりでに、わきました。 全構想は瞬時にできていましたが、それを検討し、成文化したものです。 題名は肯定死、という 現代では問題のある思想です。人間の終末に対する新しい考え方です。これは社会的影響が大きいと考えられるので、全文は 当分、公表を差し控えたい。)そもそも人生とは何か、これを内からみれば、人生とは、個人の考え、知り、感じ、予感し、想像する、すなわち、知覚する全体であり、それらが良いと感じられれば、それだけ良い人生であると言える(声明12: 人生における基本定理)。 しかしながら、我々はまず、個々の人間を越えて、存在し、生き続けていく、 元祖生命体の考え (声明36) をしっかりととらえ、 生命の基本定理 (声明42) - 生きて存在しなければ、 何も始まらない - 元祖生命体の生存に心がける、 最も大事なこと(声明13)に思いを致すべきである。しかしながら、個々の人間は、遺伝子の乗り物のように滅びていくのが、事実であり、それはあらゆる生物の運命であると考えられる。 しからば、その人間の終末は如何にあるべきか。 それはちょうどあらゆる生物の終末のように、意識の存在の有る無しに関わらず、生物個体の生命として、人事を尽くして、少しでも生命を長引かせると考える、伝統的な考えは それなりの固有な意義を有するものであると考える。 否定するものではない。(以下 当分非公開)
2012.02.28

2012年2月28日2:40 なぜ男と女がいるのだと考えられますか?これは簡単ですね。 次の声明に本質が纏められていますね: 再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得2010年05月14日(金)テーマ:再生核研究所声明 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。 元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。夜明け前 よっちゃんの想い/斎藤 三郎¥1,470Amazon.co.jp
2012.02.28
2012年2月28日2:42 自分の哲学をもつってなに?これは難しいことを言っているのではなくて、 自分の世界を確立しなさい と言っているのですね。 勉強や、知識ではないですね。自分の世界を 統一して、信念を持って生きられるようにですね。本当は、難しいことですね。意味は簡単ですが。
2012.02.28
2012年2月28日2:45 男性に質問です どうして男は女性に比べて幼稚で知能が低いのですか?これは 見方によっては 逆にも言えますね。 お互いに 相手を上手く 騙せるように 弱点を 用意されたのでは? 上手く、神様は考えられましたね。
2012.02.28
2012年2月28日2:49 日本が有史以来一度も他国の植民地にされなかったのは何故ですか?これは全体として、 賢いからですね。国をきちんと纏めていたのが大 きいのでは?
2012.02.28
2012年2月27日11:38 学生運動は犯罪ですか?これは逆では、 若者は 社会の矛盾をついて、 行動を起こすべきところ、勉強づけ、 引きこもり 傾向に 陥って、 萎縮していますね。元気が無くて、 心配ですね。それで、日本の将来は 大丈夫でしょうか。;
2012.02.27
2012年2月27日2:19 感覚として、有が突然無になるなら、無から突然有が出てきても全然不思議じゃないのだが、熟睡したり目を覚ましたりは如何でしょうか。生まれて来る前は、 如何でしたか?
2012.02.27
2012年2月27日2:19生は有だけど死は無だというのはけっこう一般的な考えですよね。それでは、考え中の時と、 生まれて来る前は如何でしょうか。熟睡しているときは如何でしょうか?
2012.02.27
2012年2月27日2:22 完璧な物は?数学くらいですね。確かなのは。 数学とは何か何故数学を学ぶか数学における最高の結果数学が神秘的に美しいことそして、人生と社会について
2012.02.27
2012年2月27日2:23 死んだ後のことは死んでから考えればいいんですよね?人生は死の練習であるとも言えますね。 生きるためにも 死は大きな問題、課題ではないでしょうか。 何にも考えないのは あるいは幸せかも知れませんね。死んでからでは、 何もできませんね。 念のため。 死ぬ前から死に恐怖し戦慄し、人生を無駄に浪費するのは愚の骨頂ですよね?
2012.02.27
2012年2月27日2:27 不良惑星人である地球人類が優良惑星人に変わるにはどうすれば良いでしょうか。そんなに難しいことではないですね。みんな、儚い運命を生きている、 同じ時代、同じ仲間と思えば、良い社会、世界に成りますね。そろそろ、夜明けの 時代では?もう十分 愚かな戦争など経てきましたね。 もうこりごりと成らないでしょうか? やはり長い輪廻転生の経験を経なければ無理でしょうか
2012.02.27
2012年2月27日2:43 世の中の摂理を教えて下さい。よく分からないのですが、確かに有りますね。 足元から考えては如何でしょうか? 再生核研究所声明 72(2011/12/06) 慣性の法則 - 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則まず、 ルネ・デカルト - Wikipedia から慣性の法則を抜粋しよう:(デカルトは、物体の基本的な運動は、直線運動であること、動いている物体は、抵抗がない限り動き続けること(慣性の法則)、一定の運動量が宇宙全体で保存されること(運動量保存則)など、(神によって保持される)法則によって粒子の運動が確定されるとした。この考えは、精神に物体的な風や光を、宇宙に生命を見たルネサンス期の哲学者の感覚的・物活論的世界観とは全く違っており、力学的な法則の支配する客観的世界観を見出した点で重要である。)いわゆる 慣性の法則 は、 ニュートンの運動法則 の第1法則(慣性の法則)で、外力が加わらなければ、質点はその運動(静止)状態を維持する。(力を加えられない質点は等速度運動(等速直線運動)を行う)。 要するに 動いているものは そのまま動き、止まっているものは そのまま止まっているという法則である。 この法則は、 物理法則としてばかりではなく、 人生、社会の人世、精神、生命などの在りように普遍的に存在する いわば、連続性を表す 世の法則 ではないだろうか。 この観点からいくつかの考察を行い、世と上手く付き合っていく心得、人間の在り様としての心得について触れておきたい。人は 人生とは何か、生命とは何か、生きる意味を 繰り返し問う。 この難しい問題を足もとから、現、在から考えてみよう。 今日あれば、 昼には昼食をとり、夕べには 夕食をとるは 相当に大事な 今日の要素である。 - 実際、 夕食がとれないような状況が有れば、それは人生の意味などを超えて 全ての人間にとって重大であろう。 - 仕事や予定が有れば、 何時ものようにやり、 少し上手く行けば、 それだけ充実感がするだろう。 在り様は もちろん、 個人にとって、人生そのものである。 人生とは それ以上のものではない。 今日の在り様は 多くは昨日から、 決まっていて大きな変化が有っても 既に準備されているものである。 今日あるから、 明日も 今日のように生活することになる。 このように 人生とは繰り返えされてきたものである。 子供のころの生活も同じように 少しずつ繰り返しながら、 変化してきて、 現在に至ったのである。 それは個人の人生ばかりではなく、 動物としても、生物としても 少しずつ慣性の法則に支配されているように 展開して来ているのである。 それらの背後には 大きな生命の営みが感じられるが その本質は 定かには分からない。 我々の自由意志は 本能原理の上に わずかに存在するが、大きな生命の営み、日常の連続性によって働いており、その大いなる流れの上にあることに想いを致せば、 大きな迷いや不安から、解放されるだろう。 その流れを観、感じ、捉えることが肝要である。 多くの人は両親や近い人の終末から、自分の終末を予感し、覚悟し、 子供たちの終末を予感するだろう。 永い間、代代繰り返えされてきたのだから、 私もそうなるだろうと悟るだろう。 およそ人生とは そのようなものである。 然り 大河の中の一滴のように である。 世の、始めも、終わりも、人生の始めも、終わりも、定かには分からない。 ただ大きな流れの上に生きているということである。 大きな変革も、ちょうど地震のように エネルギーが次第に高まり、 その流れの中で起きたものである。日本社会をみても、大震災による原発事故、増大する膨大な債務、政権交代も同じように考えられる。40年以上も稼働して来たものが、稀有な天災で甚大な被害を受けた、しかしながら、今まで築いてきた膨大な設備を、それでは直ぐに廃止とは行かないのは 当然である(再生核研究所声明 67: 脱原発デモ - 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論)。どうしようもない膨大な債務と財政難も同様である。大きな船の舵のように、急には財政改善とは行かない、改善は総合的な難問ではないだろうか。政権交代も、自民党の長期政権が疲弊、衰退し瓦解により、政権交代はしたものの、外交、軍事、財政、経済、何れも急には変えられないのは 道理であり、現実の日本の上に 政治を進めるためには、そんなに変えようがないという苦しみを 現政権にみることができる。それは大きな政治社会、大きな国の機構、現実を見れば 当然であり、菅氏が人間性の観点から批判されたのは 当然としても(再生核研究所声明 71:菅 暗黒政権 を総括する)、鳩山氏の過ちは小さく(再生核研究所声明 59: 鳩山政権の総括と反省)、野田首相はしっかり バランス良く賢明に政治を進めていると 高く評価されるべきである。 要するに、現実の日本が有る限り、 そう簡単には 変えられないというのは、 慣性の法則の重要な視点である。永い歴史が有って現在がある、 歴史の流れの上に、 明日からの未来を少しずつみつめて 着実に歩みたい。 歩んで来た過去をしっかりみれば、 明日の在るべきことは 相当に決まっているものである。 それを歴史的必然とも表現できよう。 現在、未来は 過去の歴史から、慣性の法則で、押し出されていくものであり、 自由を行使する判断でさえ、過去の積み重ねられた知識、体験の学習の結果であり、 多くは慣性の法則で 動いていると言える。 我々が創造と呼んでいるものもそうである。 積み重ねられたものから、生命作用として、噴き出ているのである。 それゆえに、歴史を真面目に捉え、飛躍が無いような、総合的な、大きな視点を持つように心がけたい。もちろん、震災、財政危機、政権交代などの社会現象は 世界史で 繰り返し 繰り返し展開されてきたことである。少子高齢化、教育の問題、産業構造と失業問題、環境問題など、何れも局所的対応、単細胞的思考では対応できず、各々の専門性を超えた 総合的、全体的な視点が大事である。 そのような視点を国民が全体的に持ち、 対応する力が無ければ 混乱と破局を早晩迎え、それも1時代の現象と評価されることになるだろう。 実際、我々は沢山の 世紀末的現象を 世界史の中に 見出すことができる。 世界は 大きな流れの中で、成るように成るものであると 半ば悟った様な心持ちは 視野を大きくさせ、賢明な有り様を選択させるだろう。以 上
2012.02.27
2012年2月27日2:48 国歌「不起立」3回で分限免職...大阪府条例案軍隊と学校を混同しているのでは。ですから、政治家が、教育に介入すると 碌な事は無いですね。もっと柔軟に楽しく考えるのが、教育の場ですね。 再生核研究所声明 76(2012.2.16) 教育における心得 - 教育原理人間の教育には微妙で複雑な要素がある。 その要点について触れ、教育の原理に思いを寄せたい。 また、学校教育や、家庭教育、人間の在りようの心得としたい。教育とは要するに、 外なる刺激で、人間の成長、発展を促すことであるが、要点は外なる刺激が、個々の人間にどのように影響して、好ましい影響を与えるかである。好ましい影響とはそもそも何であろうか。 簡単に考えれば、次が 基本ではないだろうか:個人の才能を伸ばしたり、活かしたり、 究極には個人が幸せになること、 および良き社会人になり、社会に貢献できるような人間に成長できるようにすること。両者は矛盾するものではなく、表裏一体、車の両輪と言えるだろう。なぜならば、 人間は 社会の中の存在だからである。まず、大いに注意したいのは、 人間が教育を受けて、大きく性格、人格、価値観、感性などなどが 強い影響を受ける事実である。これは教育を受けて を 環境によってと 広く言い換えられる。 特に幼児教育の影響は甚大であるとも言える。 あたかも人間が形成されていくように思える程である。 顕著な例が、言葉の学習である。 実際、普通の人間ならば、 幼児の時代に過ごした、どのような世界の言語も 自然に話せるようになるだろう。 これは事実驚異的なことと言える。 幼児教育が、どのような環境、教育でどのような影響を与えるかの研究は ほとんど未知の研究分野ではないだろうか。いろいろな天才の出現; 音楽や芸術の才能、スポーツの才能の開花、数学の才能の開花、などなど広範に及ぶ、才能の開花と環境の影響である。 大きな未知の分野として、触れておきたい。次に人格形成の時期における問題である。 人は好きなことをやりたくなり、感動する分野で,価値を見出すであろう。 ここが大問題である。どうして、そのような感性がどのような環境、教育で育つのであろうか。 好き嫌いなどの感性、感動する対象がどのようにして定まって来るのであろうか。 固有の人間の生命活動と、環境の極めて複雑な関係で発達するようにみえ、その過程は極めて漠然としているのが現状ではないだろうか。あまりにも未知のことが広くて、深いので、そこで、基本として自由放任主義や自由を尊重した教育原理が考えられるのは、当然である。また、それは、自然に帰れとも表現されるだろう。もちろん、これでは、 良き社会人としての人間の成長が望めず、また、社会、文化の継承の面からも基本的な問題が生じる、 そこで、基本的なカリキュラムを用意して、学校生活を 調えて、教育を組織的に行うことになる。個性を生かす、個人の能力を活かす、個人の全人的な成長を図ること; 良き社会人を育成し、文化の継承を図る、これらは教育の基本的な要素、教育原理であると考えられる。軍国主義的な教育、偏狭な愛国主義的な教育が、 また、宗教などが 全人格に甚大な影響を与えてきた事実を振り返るまでもなく、学校教育の影響も強く、他方、いろいろな個別的な、専門教育も、特殊教育も個人に甚大な影響を与えてきた多くの例を想起したい。特に注目したいのは、初めて受けた教育の影響の大きさである。 若いときに受けた教育の影響が 後々まで影響を与えて、3つ子の魂百までもの諺は、教育の故か、人の性格は変わらない事実を 如実に示している。 3つ子の性格は もちろん大きく、環境と教育の影響を受けているのは当然である。 狼に育てられれば、狼のようになってしまう。 大学で、ある専門に惹かれると、終生その学問・研究に惹かれ、没頭して、そこに自分の世界を見出すのは 世に多い現象である。 後で、変更できないような甚大な影響を受けるので、何事初期教育は極めて大事な観点ではないだろうか。この声明の意図は、教育の枠をはめすぎ、型にはめすぎると、変な人間ができる危険性が高いのではないかと 注意を喚起することである。日本の大きな教育目標が 本来あるべき教育の理念からずれ、受験勉強やそのための学力を付ける いわゆる科目の勉強に重点が行き過ぎてはいないだろうか。 ひどい場合だと、ただ良い大学に入ることばかりが目的で、文科系を専攻したいのに、理工系,医学系が 評判が良いので 評判の良い方に入学したということは 世に多い現象である。 また、近年はいわゆる名門大学に入るために、 小さなころから 塾通いをしたり、入試を有利にするために、専門的な学校に入学して、特訓をしている場合が 世に多いのではないだろうか。これらは、昔の軍国主義教育と同じように 何か変な教育で、おかしな人間を大量に育てているのではないかとの危惧の念を抱いている。また入試の共通テスト方式の悪い影響を危惧したり(再生核研究所声明 20:大学入試センター試験の見直しを提案する)、貧しい、競争をあおる風潮にも懸念を表明したり(再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に)、 天才教育などに対する配慮なども提案している(再生核研究所声明 60: 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会)。そのような面からも、日本の教育の在りようについては 初心に戻って考え直す必要が有るのではないか(再生核研究所声明 70 本末転倒、あべこべ - 初心忘れるべからず)と、 再検討を広く訴えたい。EUやアメリカでは、日本のような上記教育問題が 顕在化していない様に見えるが、実体の解明と比較検討は 大いに参考になるのではないだろうか。もちろん 教育の問題は、人間存在の意義 と同じく、永遠の問題であり、絶えず、各級で検討され続けて行かなければない。以 上
2012.02.27
2012年2月26日11:17 結局人間だって産まれたら食って寝て増えて死ぬだけですよね?そうです。 本質は、変わらないですね。 しかし、人間には、それ以上のものが有るのですね。 それが、人間らしい、生き方では? 再生核研究所声明 57(2011.04.08): 人生とは何か、人生如何に生きるべきか人生とは何か、人生如何に生きるべきか と 問えば、まず人間が動物や生物の1種であることを しっかりと捉える必要がある。 しからば 生物とは何か。 高等生物を見れば、食べて生きること、子を設けて、子を育てること、それで大体つきていると言える。 従って、人生においてもまず、これらが基本である; すなわち、食べて、恋をして、育児をして 大体終わりである。人生とはそのようなものである。大局を見れば 元祖生命体の大きな営みの一環で、実際、生物とは 遺伝子の乗り物であり、人間もその役割を果たす一存在に他ならない。したがって精々160年くらいの生存しかできないのは 道理である。食べて生きるためには、人間は 社会の一員として、社会の役割を果たし、その報酬によって生計を立てて、生活をする。 それが働くことの意味に繋がる。現在はこの基本を果たすことすら困難な状況が 広く見られる。命を繋いでいく、 恋をして子を設けるは 人生の大事で、 実際、再生核研究所声明 36: 恋の原理と心得 でその本質を論じている。 しかしながら、恋ができなくとも、人生において大した問題ではない。 それは 個人は 生態の細胞のように 一部分のような存在だからである。 その分だけ 補完する形で、自由と楽しみを 味わうことができるだろう。ゲーテは 恋の本質を深く捉えていたが、このように断言できなかったのは明らかである。そのため、恋についての誤解を広めているように考えられる。 実際、晩年においても 恋や 男女の愛を問題にしているのは 人間として高貴なこととは言えない。お釈迦様が 人生、世界の本質を深く理解され、悟られていたのは明らかである。しかしながら、人生の目標をきちんと差し示されなかったために、人生の方向性について、多くの本質的な誤解が 世に広められることになったと考えられる。そのことは 多くの仏教徒の生活を見れば、理解できるだろう。さて、自由意志を有する人間について さらに 何が人生で 問題であろうか。 すなわち、人間をその内なる世界から見れば、どのようになるであろうか。それは究極、人生の基本定理 人生の意義は感動することにある(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)ということになるだろう。 これは要するに、良い感動ができるように、好きなように生きればよいと言うことである。しかしながら、これが意外に難しく、実際、自分が 何が好きで、何を求めているかをきちんと捉えるのは そう簡単ではなくて、 実際、汝 自らを知れと 諭されてしまう。 いわんや、厳しい社会の中で、そのように考える余裕さえ持てず、社会生活を営むのに窮窮としているのが 多くの場合と言える。 実際、何も知らずに 人生終わってしまったは 世に多い。要するに人の一生も、例えば燕の一生もそう変わらないということである。 燕の方が自由で良いとも言える。感動に満ちた人生、それは 岡本太郎氏の言うように 芸術は爆発だ、どんどん爆発を続け、感動し、人生を送れれば、それは 充実した、素晴らしい人生とも言える。しかしながら、元祖生命体の雄大な営みから見れば、 所詮は儚い夢であるということを悟れば、 人生 そんなに 大したものではないと言える(再生核研究所声明 19 : 超越への道、悟りへの道)。されば、人生において確かなことと言えば、生きて存在しなければ何も始まらない (生命の基本定理) こと、人類の生存は 最も大事な事(再生核研究所声明 13: 第1原理 ― 最も大事なこと)ということであり、それらに生きることこそ、大義に生きることに他ならない。(母なる地球が在って、豊かな生態系が在って、はじめて人類の生存の基礎ができるのである。 それらの持続可能な在りようを追求するのが、元祖生命体の代表である人類の 真に崇高な使命である。大義である。再生核研究所声明56)。それらを承知した上で、人間は自己の心によく、心を傾け、真に満足できるような 生き方を 社会との調和を図りながら(公正の原則、再生核研究所声明1)、 生きるべきである。以 上下等動物となんら変わりないですよね?
2012.02.26
2012年2月26日11:18 挨拶をキチンと行うことは人間関係を潤滑にさせる?そうですね。挨拶は良いですね。山でも知らないところで 知らない人に会うと挨拶が出ますね。共感、交流ですね。大都会だと多すぎで できない。 余裕が無くなってしまう。
2012.02.26
2012年2月26日11:20 「空腹感」が餓死防止のための警告サインであるのは、ほぼみな共通なように思いますが、「満腹感」はどうでしょうか。これは簡単ですね。 満足感が無ければ、胃袋がパンパンになってしまい、動けなくなってしまう。カロリーでも とりすぎは 良くないですね。
2012.02.26
2012年2月26日11:21 ものごとを人に教えることはできない、その人が気づく手助けができるだけこれは 厳密には そのような面もありますが、 事によると 考えれば良いのでは?
2012.02.26
2012年2月26日11:34 大学秋入学のメリットを教えてください一応、国際的な 習慣に合せようとの流れですが、桜と共に の美しい習慣が変わることに。旧暦も、新暦より情緒があって良い面もありますね。
2012.02.26
2012年2月26日11:35 なぜ学力試験を行わない大学入試が存在するのでしょうか。確かに問題は有りますね。学歴重視の変な世相が 助長させているのでは。豊かならば、それでも 大学は良いところですから、 良いのですが、少し、 国としても贅沢な感じですね。
2012.02.26
2012年2月26日11:35 アメリカは自分のために生き、他人は忘れよという文化ですが、そう悪くは解釈すべきでは ないですね。世界の秩序を、 しっかり維持できているのは アメリカの貢献では。第2次世界大戦後 冷戦を勝利のうちに、 社会主義体制を自滅に追い込んだのは、 世界史の 進化に 計り知れない貢献をされたと、評価すべきですね。 どのくらい自分のためにいきてて、どのくらい他人のことを忘れてるんですか?
2012.02.26
2012年2月26日11:36 男女平等や女性優位社会を女性は本当に求めているのか?平等、平等の発想は良くないですね。 個性や、役割を活かす考えが 良いですね。美しい 日本の女性は 特に大事にされないと、 美しく輝けない。
2012.02.26
2012年2月26日11:41北方領土、要塞化の危機 日本を仮想敵に演習活発国際的に知らしめることは大事では。ロシアの恥ずかしい 行いと共に。 アジアの勇、 中国と仲よくしたいですね。
2012.02.26
2012年2月26日11:22 世界の嫌な面から目を背けて、生きている自分。心配することは無いですね。 みんなそうですね。 次を参考にして下さい:再生核研究所声明 72(2011/12/06) 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則再生核研究所声明 57(2011.04.08): 人生とは何か、人生如何に生きるべきか人生とは何か、人生如何に生きるべきか と 問えば、まず人間が動物や生物の1種であることを しっかりと捉える必要がある。 しからば 生物とは何か。 高等生物を見れば、食べて生きること、子を設けて、子を育てること、それで大体つきていると言える。 従って、人生においてもまず、これらが基本である; すなわち、食べて、恋をして、育児をして 大体終わりである。人生とはそのようなものである。大局を見れば 元祖生命体の大きな営みの一環で、実際、生物とは 遺伝子の乗り物であり、人間もその役割を果たす一存在に他ならない。したがって精々160年くらいの生存しかできないのは 道理である。食べて生きるためには、人間は 社会の一員として、社会の役割を果たし、その報酬によって生計を立てて、生活をする。 それが働くことの意味に繋がる。現在はこの基本を果たすことすら困難な状況が 広く見られる。命を繋いでいく、 恋をして子を設けるは 人生の大事で、 実際、再生核研究所声明 36: 恋の原理と心得 でその本質を論じている。 しかしながら、恋ができなくとも、人生において大した問題ではない。 それは 個人は 生態の細胞のように 一部分のような存在だからである。 その分だけ 補完する形で、自由と楽しみを 味わうことができるだろう。ゲーテは 恋の本質を深く捉えていたが、このように断言できなかったのは明らかである。そのため、恋についての誤解を広めているように考えられる。 実際、晩年においても 恋や 男女の愛を問題にしているのは 人間として高貴なこととは言えない。お釈迦様が 人生、世界の本質を深く理解され、悟られていたのは明らかである。しかしながら、人生の目標をきちんと差し示されなかったために、人生の方向性について、多くの本質的な誤解が 世に広められることになったと考えられる。そのことは 多くの仏教徒の生活を見れば、理解できるだろう。さて、自由意志を有する人間について さらに 何が人生で 問題であろうか。 すなわち、人間をその内なる世界から見れば、どのようになるであろうか。それは究極、人生の基本定理 人生の意義は感動することにある(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)ということになるだろう。 これは要するに、良い感動ができるように、好きなように生きればよいと言うことである。しかしながら、これが意外に難しく、実際、自分が 何が好きで、何を求めているかをきちんと捉えるのは そう簡単ではなくて、 実際、汝 自らを知れと 諭されてしまう。 いわんや、厳しい社会の中で、そのように考える余裕さえ持てず、社会生活を営むのに窮窮としているのが 多くの場合と言える。 実際、何も知らずに 人生終わってしまったは 世に多い。要するに人の一生も、例えば燕の一生もそう変わらないということである。 燕の方が自由で良いとも言える。感動に満ちた人生、それは 岡本太郎氏の言うように 芸術は爆発だ、どんどん爆発を続け、感動し、人生を送れれば、それは 充実した、素晴らしい人生とも言える。しかしながら、元祖生命体の雄大な営みから見れば、 所詮は儚い夢であるということを悟れば、 人生 そんなに 大したものではないと言える(再生核研究所声明 19 : 超越への道、悟りへの道)。されば、人生において確かなことと言えば、生きて存在しなければ何も始まらない (生命の基本定理) こと、人類の生存は 最も大事な事(再生核研究所声明 13: 第1原理 ― 最も大事なこと)ということであり、それらに生きることこそ、大義に生きることに他ならない。(母なる地球が在って、豊かな生態系が在って、はじめて人類の生存の基礎ができるのである。 それらの持続可能な在りようを追求するのが、元祖生命体の代表である人類の 真に崇高な使命である。大義である。再生核研究所声明56)。それらを承知した上で、人間は自己の心によく、心を傾け、真に満足できるような 生き方を 社会との調和を図りながら(公正の原則、再生核研究所声明1)、 生きるべきである。以 上
2012.02.26
2012年2月26日11:22 大勢の集団は、なぜ並んで歩きたがるのでしょうか?それは、大事な問題意識では。群衆心理というものが有りますね。 環境に左右されながら、動いていくのですね。この辺は 深く、分析を、考察を深める必要が有るのでは。政治家など、その辺の心得を得ていないと 大政治家にはなれないですね。大衆を動かす、心得ですね。
2012.02.26
2012年2月26日11:23勘違いや思い込みも、それがそうだと誰も気付かない限りは、正しい認識であると言えますか?みんなが、 間違っているからと言って、 正しいとは 言えないですね。逆に、みんなで狂っているのが 社会ともいえると 自戒していく方が大事では? 地動説が唱えられる前の天動説は世の中の常識であったので、昔は正しかったと言えますよね
2012.02.26
2012年2月26日11:25 「知識はあっても、知恵はない」←これに当てはまる好例があれば教えてください。現代人は 概ねそうだと考えれば良いのでは?時代が進み、 少し進化すると、おかしな人たちがいた時代と 評価されるでしょう。 再生核研究所声明 41 (2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判声明36(恋の原理と心得)で、元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。 人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 と述べて、人類は 人間存在の原理(人間である限り否定できない、不変的な原理を述べているもので、人間である限り、存在していること、そして、存在していることを知っていること、そして、求めているという三位一体の、デカルトのコギトエルゴスム(我れ思う、故にわれ在り)を基礎に置いた考え方: 夜明け前 よっちゃんの想い:211ページ)によって、世界の歴史を発展、拡大、深化させていくであろう。ここで、世界史とは 人類が得たあらゆる知識、情報を意味するが、世界史は過去の一切のことについても真相の究明を続けていくであろう。これは真実を知りたいという人間存在の原理に他ならないからである。個々の人間の目標は、 人生における基本定理 (声明12) に述べられているように 生きること、感動できるように生きることであるが、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在であり、個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみれば 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である (声明36)。そこで、人間にとって真に価値あることとは、人類の目標のために貢献することではないだろうか。 人類の営みは世界史によって、表現されるから、世界史のため、人類のため、元祖生命体のために貢献することこそが、真の意味における大義と言えよう。 人類が、世界史が進化していけば、過去の元祖生命体の営みの総体を次第に明らかにして、物事の真相と評価、位置づけ、位置関係を明瞭にしていくであろう。- すでに、グーグルの世界に それらの初歩を見ることができる。神とは全知、全能の存在とされるが、世界の全体を捉えられるのは現在、人類以外に存在せず、未来において、進化した元祖生命体こそが、神に相当する存在ではないであろうか。進化した未来人は 現代人の能力のレべルを あたかも幼稚園生くらいとみ、現在のコンピュータのレベルを 手動計算機程度くらいとみるだろう。そのとき、世界の歴史は、個々の人間の存在の関係 (評価) をきちんと明らかにするであろう。この声明の趣旨は、先ずは 世界の政治家の皆さんに、世界史に耐えられるような上記大義に基づいて、行動して頂きたいと要請しているのです。 小さな自分たちの立場ではなくて、より大きな世界のために高い志の基に、行動して頂きたいということです。 同時に、不正や不義は 歴史的に明らかにされ、真実は必ず、明らかにされるということに注意を喚起することにある。 研究者や芸術家たちは 近視眼的なことに拘らず、己が道を進めばいいのであって、適切な評価は必ず下されると考えるべきです。 マスコミ関係者や解説者の皆さん、思想家たちの皆さん、世界史の評価に耐えられるような高い視点と志で、重要な職務を果たして頂きたいと考えます。 人間にとって価値あることとは、小さな自己の世界に閉じこもらず、上記大義の基に努力することではないであろうか。将来、世界史が明らかにする、世界史の全体における個々の関係こそが、最後の審判ではないだろうか。 それは同時に 未来ではなく、現在、いまの 個々の人間の 深奥に普遍的に存在する神性と良心 に通じていると考える。 それらを捉え、それらに調和し 忠実に生きることこそ、良く生きることに他ならない。 悪いことは苦しいことである。必ず、良心の呵責として、その深奥から湧いてくるからである。他方、大義に生きることは 上記永遠の生命の中に生きることを意味するから、楽しいことである。 滅ぶことも消えることもない。
2012.02.26
2012年2月26日11:31 学校とは何を行うところ、何が行われるところ・・と考えていますか。これは簡単ですね。 次を参考にして下さい:再生核研究所声明 76(2012.2.16) 教育における心得 ― 教育原理人間の教育には微妙で複雑な要素がある。 その要点について触れ、教育の原理に思いを寄せたい。 また、学校教育や、家庭教育、人間の在りようの心得としたい。教育とは要するに、 外なる刺激で、人間の成長、発展を促すことであるが、要点は外なる刺激が、個々の人間にどのように影響して、好ましい影響を与えるかである。好ましい影響とはそもそも何であろうか。 簡単に考えれば、次が 基本ではないだろうか:個人の才能を伸ばしたり、活かしたり、 究極には個人が幸せになること、 および良き社会人になり、社会に貢献できるような人間に成長できるようにすること。両者は矛盾するものではなく、表裏一体、車の両輪と言えるだろう。なぜならば、 人間は 社会の中の存在だからである。まず、大いに注意したいのは、 人間が教育を受けて、大きく性格、人格、価値観、感性などなどが 強い影響を受ける事実である。これは教育を受けて を 環境によってと 広く言い換えられる。 特に幼児教育の影響は甚大であるとも言える。 あたかも人間が形成されていくように思える程である。 顕著な例が、言葉の学習である。 実際、普通の人間ならば、 幼児の時代に過ごした、どのような世界の言語も 自然に話せるようになるだろう。 これは事実驚異的なことと言える。 幼児教育が、どのような環境、教育でどのような影響を与えるかの研究は ほとんど未知の研究分野ではないだろうか。いろいろな天才の出現; 音楽や芸術の才能、スポーツの才能の開花、数学の才能の開花、などなど広範に及ぶ、才能の開花と環境の影響である。 大きな未知の分野として、触れておきたい。次に人格形成の時期における問題である。 人は好きなことをやりたくなり、感動する分野で,価値を見出すであろう。 ここが大問題である。どうして、そのような感性がどのような環境、教育で育つのであろうか。 好き嫌いなどの感性、感動する対象がどのようにして定まって来るのであろうか。 固有の人間の生命活動と、環境の極めて複雑な関係で発達するようにみえ、その過程は極めて漠然としているのが現状ではないだろうか。あまりにも未知のことが広くて、深いので、そこで、基本として自由放任主義や自由を尊重した教育原理が考えられるのは、当然である。また、それは、自然に帰れとも表現されるだろう。もちろん、これでは、 良き社会人としての人間の成長が望めず、また、社会、文化の継承の面からも基本的な問題が生じる、 そこで、基本的なカリキュラムを用意して、学校生活を 調えて、教育を組織的に行うことになる。個性を生かす、個人の能力を活かす、個人の全人的な成長を図ること; 良き社会人を育成し、文化の継承を図る、これらは教育の基本的な要素、教育原理であると考えられる。軍国主義的な教育、偏狭な愛国主義的な教育が、 また、宗教などが 全人格に甚大な影響を与えてきた事実を振り返るまでもなく、学校教育の影響も強く、他方、いろいろな個別的な、専門教育も、特殊教育も個人に甚大な影響を与えてきた多くの例を想起したい。特に注目したいのは、初めて受けた教育の影響の大きさである。 若いときに受けた教育の影響が 後々まで影響を与えて、3つ子の魂百までもの諺は、教育の故か、人の性格は変わらない事実を 如実に示している。 3つ子の性格は もちろん大きく、環境と教育の影響を受けているのは当然である。 狼に育てられれば、狼のようになってしまう。 大学で、ある専門に惹かれると、終生その学問・研究に惹かれ、没頭して、そこに自分の世界を見出すのは 世に多い現象である。 後で、変更できないような甚大な影響を受けるので、何事初期教育は極めて大事な観点ではないだろうか。この声明の意図は、教育の枠をはめすぎ、型にはめすぎると、変な人間ができる危険性が高いのではないかと 注意を喚起することである。日本の大きな教育目標が 本来あるべき教育の理念からずれ、受験勉強やそのための学力を付ける いわゆる科目の勉強に重点が行き過ぎてはいないだろうか。 ひどい場合だと、ただ良い大学に入ることばかりが目的で、文科系を専攻したいのに、理工系,医学系が 評判が良いので 評判の良い方に入学したということは 世に多い現象である。 また、近年はいわゆる名門大学に入るために、 小さなころから 塾通いをしたり、入試を有利にするために、専門的な学校に入学して、特訓をしている場合が 世に多いのではないだろうか。これらは、昔の軍国主義教育と同じように 何か変な教育で、おかしな人間を大量に育てているのではないかとの危惧の念を抱いている。また入試の共通テスト方式の悪い影響を危惧したり(再生核研究所声明 20:大学入試センター試験の見直しを提案する)、貧しい、競争をあおる風潮にも懸念を表明したり(再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に)、 天才教育などに対する配慮なども提案している(再生核研究所声明 60: 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会)。そのような面からも、日本の教育の在りようについては 初心に戻って考え直す必要が有るのではないか(再生核研究所声明 70 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず)と、 再検討を広く訴えたい。EUやアメリカでは、日本のような上記教育問題が 顕在化していない様に見えるが、実体の解明と比較検討は 大いに参考になるのではないだろうか。もちろん 教育の問題は、人間存在の意義 と同じく、永遠の問題であり、絶えず、各級で検討され続けて行かなければない。以 上
2012.02.26
2012年2月26日11:32数字は万国共通のようですが、どうしてなんでしょうか?。言葉は 大事ですね。 そこで、 世界の共通言語 をどうするかですね。エスペラント語など作って 志向しましたが、失敗では。すなわち、言語とは 人為的にできるほど、 薄っぺらでなく、 深い ということですね。 世界の大勢は 英語を使用する状況で、 これは 事実として、 受け入れざるを得ないのでは。ロシア、フランス、中国の研究者たちも みんな英語を使用して、 世界の論文のほとんどが 英語で、書かれる時代 ですね。日沈むことのない 大国 イギリスの、世界史上における勝利として、 評価せざるを得ない のではないでしょうか。そこで、母国語と 英語の2つの学習が必要な 時代を迎えているのでは。
2012.02.26
2012年2月25日11:03 なぜ長生きしたいんですか?意外に人は長生きしたいと思わないのでは?問題の核心は、 死にたくない ではないでしょうか。 ただ 長生きは したくないでは???
2012.02.25
2012年2月25日11:09 子供の気持ち基本ですが、 こちらの立場ではなくて、 相手の立場に合せるように 対応するのが 大事では。まず、 何かを目的で 会うから、 その考えを改めて、どう元気 ? 困ったことない? くらいの 自然な、やさしい雰囲気で入りたいですね。
2012.02.25
2012年2月25日11:11 自制心と知能には相関関係がありますか?結構あるのでは。 知能が有るから、 自制心が付きますね。
2012.02.25
2012年2月25日11:12 生れる前の意思の存在を信じない理由を具体的に教えてください私の経験で、生まれる前 意思は 存在していなかったですね。
2012.02.25
2012年2月25日11:14 数学で平面が一つに決まる場合を4つ言えとありますが…例えば、 直線と それ上にない点をとると、 直線とその点を 含む、平面が定まりますね。これは 上記 4つの場合の 一つですね。ここで、 平面が 定まるというのは、 一つに定まるで、 条件を満たす 平面は 一つだと 行くことですね。上記で 点を 考えないで、直線だけを与えると、 その直線を 軸にするように、無数の平面が合って、 一つには定まりませんね。一意性と言いますが、証明は 大変ですね。事実は簡単でしょうか。 答えはわかったけど平面が一つに決まる場合というのがよくわかりません。詳しく解説していただけないでしょうか?ヨロシクお願いしま
2012.02.25
2012年2月25日11:16 枝野氏が再稼働を言及しましたが、あなたは同意?それとも反対ですか?これはまずは、科学技術の問題では?慎重に慎重にお願いしたいですね。分からないで、無責任な意見もおかしいのでは。次を参考にして下さい: 再生核研究所声明78(2012.2.20) 無責任な 原発反対と増税反対 ― 実状が分からないで意見を表明していないか?いま 日本での大きな意見表明として、反原発、反増税の意見が多く、世相の大きな面になっているようにみえる。 しかしながら、それらはいずれも 無責任、無駄、建設的でない大きな負の行動 ではないだろうか。日本国の大事 を前に これで良いのか、そのような批判の背景について、考察したい。反原発とは何か? 空前の大震災で、大きな原発事故を起こし、将来に及ぶ 甚大な被害を受けた、だから、そのような危険な原発は廃止したい、廃止せよと要求している。増税反対とは何か? 国はすでに1000兆円(約歳入の20倍)に近付く、膨大な債務を抱え、3年続けて歳入を超える借金で財政を運営している、他方、日本の景気は良くなく、増税できるような状況にはない、もっと節税で対処せよ。それゆえに増税には反対である。どちらの問題も難しく、如何なる対応でも厳しい状況を迎えるであろう。逆に考えて見よう。すべての原発を中止したとしよう。電力会社は原発のために 膨大な投資を行ってきたのだから、それらが活かせないとなれば、甚大な損失である。ここで、原発の後始末にも 膨大な資金が必要であることを考えれば、その時の損失は 計り知れないのではないだろうか。これは日本国の電気料金が 国際相場においても相当に高騰することを意味する。さらに、東電は原発事故の補償にも甚大な資金の出費を求められている。国家の基本である電気料金の高騰に 日本国は耐えられるであろうか。東電破産、電気の供給廃止を考える者は 誰もいないのではないだろうか。増税反対で、歳入の2倍の予算を来年度も組めば、国の債務は増加し、日本国の歴史に責任を持つ 首相が国際公約した 一般消費税の引き上げができないとなれば、国際信用は保てず、日本国の信頼は揺らぎ、国債金利の高騰を招くのではないだろうか。 膨大な債務を抱える日本国では、国債の金利高騰は ギリシャなどのように 日本国の危機を招くのではないだろうか。もし、歳出の大幅なカットとなれば、国の経済活働は大幅に落ち込み、失業者の増加や多くの業者の破産を迎えるは当然ではないだろうか。公僕たる公務員の給与カットなどは仕方がないとしても、公務員の給与は既に長年抑えられてきた現状を考えれば、公務員たたきのような簡単な対応で 速やかに日本国の財政をやりくりできるほど 甘くはないのではないだろうか。 世界も世の中も慣性の法則で動いていて、 急には変えられない現実(再生核研究所声明 72:慣性の法則 ― 脈動、乱流は人世、社会の普遍的な法則)をしっかり見るべきではないだろうか。上記の2つの問題では、どのような選択でも既に厳しい状況を迎えるのは避けられないのではないだろうか。上記世相は 断片的、単細胞的思考(再生核研究所声明 69:単細胞人間 ― 単細胞的思考)で 無責任で 無駄な思考である考える。いずれの問題も専門家の英知を集めて、総合的な、全体的な、同時多発的な、迅速な対応が重要であると考える。国家の英知を結集して 関係者の,関係機関の 賢明な対応を求めたい。特に上記の関係者、原発事故現場で尽力されている方々、日本国の財務に直接関与されている方々に対して、日本国民の名において、深い敬意の念と謝意を表明したい。無責任な言動は乗り越えていきたい。大震災にあたり述べられた、天皇陛下のお言葉 を肝に 日本国の団結を求めたい。空前の大震災から、まだ1年も経ってはいない 厳しい現実、厳しい状況ではないだろうか。この声明の趣旨は 反対意見を封じるものでも、言論の自由を封じるものでもない。 真面目な、建設的な反対意見は 何時でも尊重されるべきである。しかしながら、結論だけの軽薄な騒ぎは 空虚で有害だと述べている(再生核研究所声明 67: 脱原発デモ ― 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論、再生核研究所声明 62: 福島原子力発電所事故とその対応、対策、取り組みについて、再生核研究所声明 66: 言論の自由を篤く保障し、実りある議論のできる社会に)。以 上
2012.02.25
2012年2月25日11:18 小学生なのに、政治、経済、軍事の本を読んでいる子がいるのですが、そんなことをしたら頭がおかしくなりませんか。その子は才能が有るのですね。大いに伸ばしたいですね。今の世の中や、 自然科学や医学などより、 ずっと大事で、 世界に求められている分野では ないでしょうか。次を参考にしてください:再生核研究所声明 60 (2011.05.07) : 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会(2011年5月2日 5時 次のような構想が湧いて目を覚ました。) 再生核研究所声明9: 天才教育の必要性を訴える にもあるように、 日本国でも 特殊な才能を持つ者に対する 特別な配慮や教育が必要ではないかと いわゆる天才教育の必要性を訴えている。 最近、中部地方にも そのような少年、少女が現れ、 父兄、少年、少女たちが一様に困っている情報がもたらされた: やはり「学校での授業が飽きてしまう」ということで、それぞれ児童生徒の対応に苦慮しているようでした。 学校の授業のレベルが低すぎてつまらない など。そこで、再生核研究所として、次のような構想を 積極的に進めたい:1) いわゆる特別な才能を持つ少年、少女の交流に便宜を図り、また、関係者の協力を求めて、才能を伸ばすために、助言や援助を行う。いろいろな相談にのって頂く。2) 個別面椄や指導、対話も大事なので、 年一回くらい 全体的な会合を持つ。3) 他は、スカイプ、インターネットなどで、効率的に個別に進める。詳しい運用、基準などは別に定めるが、形だけにならないように、形は簡素にして、実際的な 交流や、貢献を考える。 参加者は ボランティア精神で臨んで頂くが、誰も損をしないように (公正の原則)、 また楽しい参加 (人生の意義は 感動することにある) になるように、運用、進めるように配慮する。そこで、このような構想に興味と関心のある方は、下記あてにご連絡ください。 便宜、出来る範囲での ご協力をお願い致します。交流、連絡などは、直接約束、企画されたもの以外は、メールに限る事とします。特に、関係ご父兄、本人、さらに指導する立場の人は、数理科学専門の人ばかりではなく、哲学者、文学者、教育学者、心理学者、教師、芸術家、音楽家など幅広い人の参加を期待しています。 参加ご希望の方は 簡単な自己紹介用文書やご希望やご意見を添付の上 ご連絡ください。 以 上再生核研究所声明 9 (2007/09/01): 天才教育の必要性を訴える次はある人の経験です:今日午後 塾の先生と母子が研究室を訪れました。子供は小学校2年生、8歳のM君です。化学の先生や物理の先生、整数論の先生にも立ち合って頂きましたが、非凡な才能のもち主です。数覚が発達していること、πの値を60数桁すらすら覚えていること、サリンなどの複雑な分子構造等を覚えていること、原子の周期表を覚え、記号も覚えていること。勿論努力して覚えればできない事ではありませんが、自然にいろいろ勉強して一人で勝手に覚えていると言うのです。今まで、このような才能のある人に会ったことはありませんでした。記憶力が良く、漢字にも強く、英語も得意と言っていました。宇宙の物語や計算機の内部にも興味をもっていて、電気にも異常に興味をもっているとのこと。数学について質問を求めたところ、0.999999・・・・・ =1の理由を聞かれました。納得のいく説明ができたと思います。ご両親はいろいろなことを質問されて困っていると言うのです。今日は非凡な才能のもち主に会いました。どうしたら、M君の才能を活かせるでしょうか。考えたいと思います。このように特別な才能をもつ人に対して、現在の日本の学制では才能を活かせないばかりか、才能を殺してしまうと考えられます。そこで、このような特別な才能を活かせる制度の確立を求めたいと考えます。数学などの研究では 凡人の1000人以上の仕事を一人の天才が成し遂げることがよくあります。そこで、このような特殊な才能を活かせる制度の確立を研究し、可能となるような制度の確立を求めます。これについて、次のようなことが考えられるのではないでしょうか。1)。 進級制度を確立すること。あるいは特別な学校を作ること。2)。 特殊な才能のもち主であることを認定したら 特別のチームを作って、所謂天才教育を国もしくは地方公共団体の補助の下で、行う。特殊な才能は理工学に限らず、スポーツ、芸能、芸術などいろいろな分野で考えられ、いわば国の宝として、それらの才能を活かせる道を確立したいと思います。このようなことは 日本国にとっても才能をもつ者にとっても重要であると考え、関係者に検討を要請致します。みなさま、日本でも超大物を育てようではありませんか。Wolfgang Amadeus Mozart - Piano Concerto No. 21 - Andantehttp://www.youtube.com/watch?v=df-eLzao63I&feature=fvst
2012.02.25
2012年2月25日11:19 自然と科学が共存することは難しいですか?科学は自然を理解して、 自然と共存を 目指していますね。 難しいもなにもそれが目標ですね。哲学者や、 お釈迦様ならできますね。それは可能と思います。もちろん いろいろな人を 迎え 協力してやるのですね。
2012.02.25
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