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2012年4月30日11:11 誰か論破して下さい全ての出来事はこの世ができた時に既に起こることが決まっている人間には 自由意志が有るので、そうは言えませんね。 次を参考にして下さい:再生核研究所声明80(2012.03.20) 挑戦 とは 何か(この声明は 朝日新聞 『天声新語』 募集の課題 「挑戦」から ヒントを得て、考えられたものである)およそ、人生も世界も慣性の法則で動いているものと言える。これは 世の中は物理学の慣性の法則に従っているように、大きな流れの上にあるということである。実際、人は気づいてみたらこの世に生を享け、ある流れの上で生かされていると言える。今日在るは昨日の延長上にあり、昨日はその前の延長上にあると遡って行ける。明日の多くは連続性に従って今日の延長として、相当に決まっていると言える。人間が生きたいと思うのは 今まで生きてきたから、明日も生きたいと 慣性の法則で志していると言える(再生核研究所声明 72 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)。しかしながら、面白いことには、人間存在の神秘性であるが、人間には自由意志があって、その流れに少し逆らうような有り様が可能である。 顕著な例が、挑戦である。すなわち、戦い挑む、やってみる、試みるということは 人間の自由意志の顕著な例である。冒険、競争、求道、研究、芸術などの営みは、人間であることの証であるとも言え、挑戦とは人間としての存在の本質を表しているところの、人間固有の人間らしい営みである。 されば、人間の存在の意義とは何か? まず、生きること、生きて存在しなければ始まらない ― 生命の基本定理、人生、世界、生物界において 実際これくらいしか、確かなことは、無い。 逆に考えてみよう、生きて、存在しなければ、生まれて来る前のように 何も認識できず、したがって何も知らず、何も伝えられず、全ての前提は 消えてしまうだろう(再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと)。さらに1歩進めて、人間として生きることの意義とは何だろうか。 それは、つきるところ、人生の意義は感動することにある ― 人生の基本定理 にあると言える。 人間が何に感動するかは、個性にもよるが、本能に基づくものは当然として、真、善、美、聖などを求めているときであると言え、知ることと、自由を求めることが それらの基礎である。 その本質は、気づくことと、喜びを感じることに他ならない。 人間として生きることの本質ではないだろうか(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)。 そこで、いま、日本国において、取り組むべき挑戦課題を提案したい。まず、国家財政を立て直すこと、国だけの債務をみても、1000兆円に迫り、3年続けて 歳入の2倍を超える歳出である。 更に大震災、原発事故、放射能対策の膨大な経費である。このような財政を続けていける道理は 世に無いから、国は大胆に財政問題を国民に明らかにして、官民挙げて 財政問題に挑戦すべきである。もちろん増税だけではなく、国民に理解を求めるための 節税や行政改革なども断行すべきである。ここで大事な観点は、縮小方向ばかりではなく、財政再建の積極的な展開も多方面に志向すべきであるということである。新しい職場の開拓、ビジネス効果志向などである。国の活動に人材の活用によるビジネス感覚の導入も必要ではないだろうか。これらは、同時多発的に広範に取り組む必要があり、ここでの挑戦とは、正しく時間との戦いであると言える。何事も追い込まれる前に先手を打つのが 賢明な対応の在りようではないだろうか。世界は 世界混乱前夜の状況にあると言えるのではないだろうか(再生核研究所声明 45: 第2次世界大戦と第3次世界混乱)。次に、原発事故を鎮圧して、放射能対策をしっかり行うこと。これは当然であるが、より真剣に取り組むべきではないだろうか。世に 反原発についての意見やデモ等が行われているが これほど無意味で、無駄な行動は無い。誰でも原発など無いにこしたことはないと考えるのは当然であり、また、東電その他関係者自身が、一般国民よりははるかに、原発事故の重大さと危険性を明確に自覚していることは 当たり前である。 世に騒がれるまでもない当然のことではないだろうか。当然のことを騒いでいて、何か建設的、生産的なことが有るだろうか。 逆に、原発を何とか活用すべく、挑戦的に取り組むことは 自明ではない、やりがいのある挑戦課題ではないだろうか。それこそが、およそ人間存在の原理ではないだろうか。 実際、人類は、未知の世界に冒険し、新世界を開拓し、次々と世界を拡大、深化させてきたのではないのか。不可能と思えることを可能ならしめ、宇宙の隅々まで、神の意思までをも 究めたいというが、そもそも人間存在の原理ではないだろうか。もちろん、これは安易に取り組むことを意味せず、慎重に、慎重に進めるのは当然であるが、原発を諦めるということは、それに対する人類の敗北を意味し、人間存在の本質に抵触すると言わなければならない。何時かは原子力ネルギーを自由に制御して、広大な宇宙に飛び出し、新天地を拓こうではないか(再生核研究所声明 32: 夜明け―ノアの方舟)。次に教育の問題である。 日本の教育は何を目指しているのかと問いたい。 ただ大学受験を目指して、大学に入る為の勉強に ほとんどの部分を占めているように見える。受験のための塾、専門の学校の繁茂がそれらを示してはいないだろうか。 教育を教育の在るべき姿に戻って、検討し直すことが 中長期的には日本国における大事な挑戦課題ではないだろうか。 教育の在るべき姿などは既に教育基本法その他で 確立しているが 弊害は、本末転倒の教育の在り様になっている実情、実体にある(再生核研究所声明 70 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず)。教育の原理についても注意を喚起したい(再生核研究所声明76 教育における心得、教育原理)。挑戦とは人間の自由意志の明確な表現として、決断による情熱の伴った生命の燃焼であり、志である。 そこに良い感動が伴えば、より良い人生と言えるだろう。以 上
2012.04.30
2012年4月30日11:12 蟻が銀河系を想像できないように、人間にも宇宙どころか、もっと想像を絶する世界が無限にありますか人間 も蟻と同じような存在ではないでしょうか?
2012.04.30
2012年4月30日11:18 終わりよければすべて良しとする考え方を支持する者の一人ですが、終わりが良きものとなるかどうかということに関して、終わりに到るまでの過程を良きものにしようという不断の努力なく、終わりだけが良しとは通常はならないのではないかと思うのだが。その通りですね。 終わりは、終わりの一点では 無くて、 全体の結果が、 終わりに 反映するのでは。 ですから、終わりが良いとは、 全体が良いことになると思います。 もちろん、全体よりむしろ、 終わりのころ のこと ですね。 若いときの苦しみでも、相当 終わりまで、響くこともありますね。
2012.04.30
人は、どうして自分の夫や妻には、性格に裏表や差別主義者でなく、善良である事を望むのですか?2012年4月30日11:20 人は、どうして自分の夫や妻には、性格に裏表や差別主義者でなく、善良である事を望むのですか?人は 良いのが 好きなんですね。 近くて、共感、共鳴している、 夫や妻は 良い人であって欲しいのは 当然ですね。
2012.04.30
2012年4月30日11:20 「愛されることは幸福ではない、愛することこそ幸福である。」これは正しいですか?正しくないですね。 愛されることも 幸せですね。 愛することも 幸せですね。
2012.04.30
2012年4月30日11:22 美しいものを美しいと感じる人間でありたい。傷ついている人は 率直にみられない たとえのようですね。 実際 そうではないでしょうか。議論などでも、 正論を 立場や 利害でわざと認めず いろいろ苦しい 議論をするのは 国会審議や、世の意見で 多いですね。真理や、真実、道理、常識、などより 利害、立場に 依った議論が多すぎではないでしょうか?
2012.04.30
2012年4月30日11:36 教員OB 教室の新人指南OBの応援はとても よい考えでは。 退職された、教員の活用は 退職後の生きがい、社会貢献の上からも どんどん 積極的に考えられるべきでは ないでしょうか。
2012.04.30
2012年4月30日11:40人間関係について高二女子です。それは 大丈夫ですね。 4月ですので、 まだ慣れていないだけ ですね。 若い人たち、 直ぐに溶け込めるのでは。 また、逆に 新しい 友達に 興味を持つのが 自然ですね。
2012.04.30
2012年4月30日11:43中学時代に自分をいじめていた元同級生が事故で死んだと聞いた瞬間、大爆笑しました。このようなことは 好ましいことでは ないですが、 実情を表わしているかもしれませんね。しかしながら、 実は ひどい悩みをもっていて、 良く聞いたら、 くるしかったのだなー と 言うようなことが多いのでは。そのように考えると良いですね。何でも、それなりの 理由が有るものですね。 苛めるには 何か 苦しみを擁いていて、 いわば、当たっている可哀そうな人ですね。
2012.04.30
2012年4月30日3:10 夏の節電で「テレビ休止」論 放送界の反応は冷ややかテレビ、ラジオ、 新聞の無い生活を していますが、 それらの 中止 大いに結構では。積極的に 考えて欲しいですね。 また、そのような 時代も有りましたね。種類を 少なくするのも 良いのでは。あまりに 無駄が 多すぎますね。
2012.04.30
2012年4月30日3:12 哲学的な質問にもなるかもしれませんが、支配欲というのは一方に被支配欲というものがあるために成り立つのではないですか?そのような 心理はあるかもしれませんね。 仕えたい、共鳴、共感は いろいろ在りますね。指導者として迎えたい。 支配力などは、野蛮な心理では ないでしょうか。 進化すれば、 徳が、道理が 人間関係を 進めますね。 お釈迦様の世界などでは 既に 実現していて、 良い社会では そうでは そうではないでしょうか。支配は 法と道理で、 立場ある人が行い、 人には よらない性格になりますね。 増税も、 原発問題も 本来そのように して定まるべきですね。 専門的な検討で、どう有るべきかを 定めて、 大騒ぎしたり、政治介入したりすべき 事ではないのでは。
2012.04.30
2012年4月30日3:17 ソクラテスの無知の知についてこれは絶対的な知を肯定しており、逸話の「ご神託」は置いておいても、神を肯定するものでこれおかしいのでは。 人間が如何に 無知であるかを 自覚するのは 真知恵の愛の 初めでは。 ツィッター の世界をみると、 如何に 人間は 予断と偏見に満ちていて、 単細胞的に 世界をみているかが良く分かりますね。 本当に 無知ということですね。人間って、結局 何にも大事な事を知らず、 ぼんやり 人生を終えてしまう 存在ですね: 再生核研究所声明 69(2011/09/27) 単細胞人間 - 単細胞的思考(背景: 2011/09/22 宿舎で朝食をとっている最中に 突然閃いた考えです。 単細胞人間という言葉を聴いたのは 恩師がゼミの学生に言われた言葉として、伺って来ました。類語辞典には 近視眼的な ・ 目先の利益だけ考えた~ ・ せっかちな(結論) ・ (単なる)向こうみず ・ 単線思考の ・ 単細胞(人間) とある。 また、 ツイッターで、 恩師が、単細胞人間 と言った ということを 思い出させます。 小さな真実を見て、 全体が見えないのですね。 愚かさの表れ ではないでしょうか。 脱原発デモ なども そうではないでしょうか と呟いた後です。)単細胞的思考とは小さな事実を それに関係する全体の中での 位置づけができず、その局所的な、断片的な事実をもって全体に普遍させてしまう愚かさであると表現したい。まず、現実的な問題で考察し、しかる後に一般論を展開したい。脱原発デモ、脱原発運動、これはどれほどの意味があるでしょうか。そのまま主張を全て受け入れたら、どのようになるでしょうか。長年かけて膨大な資金を注ぎ、人と設備を整えたものを活用できないとなれば、電力会社は 膨大な損失である、相当に電気料を課しても経営が成り立たないのは 素人の目にも明らかではないだろうか。電力会社は どの程度の損失に当たるかを明らかにして 国民に理解を求めるべきである。天災の事故で、恐ろしいは 分かるが、何十年も続けてきたことをいきなり、中止せよ反対、このような要求は 子供の要求と同じで、単細胞的思考の典型的な例と考えられる。まともな考えとは、くれぐれも慎重に運営して欲しい。場合によっては、在り様は 分かれるが、段階的に縮小して欲しいという意見ではないだろうか。これについては、再生核研究所声明 67: 脱原発デモ - 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論 を参照。相当の人が、国防の在り様について、敵地攻撃能力の整備を と主張している。自分は強く、相手を罰せられるので安全になると考えているのであろうか。 しかし、逆に考えてみれば、当然、公正の原則で 相手も敵地攻撃能力を高めて、直ちに軍拡競争に入ってしまう。場合によっては、逆襲され、先に攻撃して、壊滅させてしまえ となりかねない。 経済的にも大変で、危険性を増大させる、それこそ、単細胞的思考ではないだろうか。空母が欲しい、軍事的には、南シナ海、東シナ海を「日本海」にすることだ、そのためには原子力潜水艦を持つことに尽きる 等も同じような考えではないだろうか。 次を参考: 再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性。次に、有名な蓮舫氏の発言について「研究は1番でないといけない。"2位ではどうか"などというのは愚問」とは おかしいと考える。 そのような質問をせずに、切りなくお金を注げば、第一 他の いろいろ大事な研究費を圧迫してしまう現実。 研究費は 無限ではないので、 どのように配分するかは、 国家の大事な問題。 戦艦大和のように 時代遅れの兵器を、研究でも、お金を掛ければ、大きければ、世界第1位でなければ、の発想は おかしい。 蓮舫氏は、 決めつけているのではなく、 なぜかと問うているのだから、 きちんと答えるのは、 研究者の 国民に対する義務であり、また、他の多くの研究者や、若い研究者も、どうしてそちらばかりお金をかけるか、知りたい 自然な 質問ではないだろうか。 蓮舫氏の質問は,政治家として、当然の立派な質問だと評価したい。専門家は日本国が破産を迎えても、自分のところの研究費だけはと 要求するだろう。 これは専門家の独善と大局に想いを致せない単細胞的思考の現れと言え、 専門化、局所化した現代社会の本質的な問題と考える。高度に専門化して、自分たち仲間でしか議論も話しも通じず、他の価値さえ理解できず、本当に生体の中の ほんの一部の細胞の役割しか 果たせなくなっている。 人事の進め方、評価なども 結局 仲間同志の中でしか、考えられない 現実である。 検察や弁護士も法律の条文にばかりに囚われていて、法の精神や生きた社会や世界的な視野に欠けて、おかしな判断をすることが多い(再生核研究所声明 31:法の精神と-罪と罰)。上記 事例で分かることは 愚かさの故の行為と 背後に利害が絡んでいて 理に反しても強弁している場合とがあるということである。 何れも人間の本質的な弱点であると自戒したい。 そこで、 単細胞的な思考 に陥らない心得を 次のように纏めて置きたい。1) 絶えず、逆の立場、反対を考えて、みる。2) その意見を 徹底的に進めたら どうなるかを考えてみる。3) みんなが、それに賛成、実現したら、どうなるかを考えてみる。4) 特に関係の無い第3者や 素人の意見も参考にする。5) 世の問題は、真か偽か、正しいか正しくないか、赤か白かのように きちんと分けられるものでは ないものであり、微妙に入り混じっている複雑な在り様であり、在り様の在り様を 多様に考える 幅の広さに心がける。6) 一度決めるとそれに拘り、その意見に固執しがちであるから、絶えず高い立場の見解、良い意見に止揚していく心構えを柔軟に持つ。7) くれぐれも派閥、仲間、専門家あるいは、地域、職業、宗教などの集団の枠、組織に囚われない。 また、考えを固定化したり、人を分け隔てたような考え方をとらない。8) ある程度時間をかけて、大事な問題ほど、影響が大きい問題ほど じっくり考える。 全体の状況が 見えるまでは 謙虚な態度で臨む。これらを 単細胞的思考から抜け出す心得としたい。しかしながら、人間は 本質的に愚かであり、予断と偏見に満ちた存在であること を肝に銘じて置きたい。なお、個人と社会の在り様については 次を参考にして頂きたい: 再生核研究所声明 35: 社会と個人の在りよう ー 細胞の役割(この声明の趣旨は 人体と細胞のように国家と個人は、社会と個人は有機体の存在として、 調和ある存在 になろう ということにある。 実際、一個の人間の存在は 細胞が生体の中で有機的な存在であるように、本来社会の中で有機的な存在ではないだろうか。 生体が病んでしまったら、個々の細胞の存在はどのようになるかに 想いを致したい。 実際、人類の生存は、如何なるものをも超えた存在である(最も大事なこと:声明13)。 以 上
2012.04.30
2012年4月30日3:26 日本の失業率を0%にする秘策を思いつきました。世界の雇用統計を集計していて、ふと思い付きました。これは 本当に素晴らしい、考えと思います。 大学関係だと、 次のようなことが 具体的に考えられますが、 社会にも適用できるのでは。 ポルトガルでは実現しています。 1) 年 1ヶ月の休暇を 実現し、 その間の 職を人員を増やして、 対処する 所謂 バカンス、長期休暇ですね。 2) サバーチカル ライト、 6年勤めたら、 1年の休暇を 保証する、 その間の人員を 補充する。 これで、 提案を 具体的に 実現できますね。 世に広めたい。
2012.04.30
2012年4月30日3:31 アメリカ軍は世界の警察と自認してるでしょうか?良い意味で そのような 点は確かにありますね。東西冷戦時代に、 旧社会主義を抑えて、 社会主義を崩壊させた 事実は、 世界史上 高く評価されるべきでは。旧社会主義諸国からも 感謝されているのでは?今でも 最も頼れる 国では?
2012.04.30
2012年4月29日11:28 どっちの親の言うことが正しい?教育とは何かを、 原理を捉えれば、 在りようは 決まりますね: 再生核研究所声明 76(2012.2.16) 教育における心得 - 教育原理人間の教育には微妙で複雑な要素がある。 その要点について触れ、教育の原理に思いを寄せたい。 また、学校教育や、家庭教育、人間の在りようの心得としたい。教育とは要するに、 外なる刺激で、人間の成長、発展を促すことであるが、要点は外なる刺激が、個々の人間にどのように影響して、好ましい影響を与えるかである。好ましい影響とはそもそも何であろうか。 簡単に考えれば、次が 基本ではないだろうか:個人の才能を伸ばしたり、活かしたり、 究極には個人が幸せになること、 および良き社会人になり、社会に貢献できるような人間に成長できるようにすること。両者は矛盾するものではなく、表裏一体、車の両輪と言えるだろう。なぜならば、 人間は 社会の中の存在だからである。まず、大いに注意したいのは、 人間が教育を受けて、大きく性格、人格、価値観、感性などなどが 強い影響を受ける事実である。これは教育を受けて を 環境によってと 広く言い換えられる。 特に幼児教育の影響は甚大であるとも言える。 あたかも人間が形成されていくように思える程である。 顕著な例が、言葉の学習である。 実際、普通の人間ならば、 幼児の時代に過ごした、どのような世界の言語も 自然に話せるようになるだろう。 これは事実驚異的なことと言える。 幼児教育が、どのような環境、教育でどのような影響を与えるかの研究は ほとんど未知の研究分野ではないだろうか。いろいろな天才の出現; 音楽や芸術の才能、スポーツの才能の開花、数学の才能の開花、などなど広範に及ぶ、才能の開花と環境の影響である。 大きな未知の分野として、触れておきたい。次に人格形成の時期における問題である。 人は好きなことをやりたくなり、感動する分野で,価値を見出すであろう。 ここが大問題である。どうして、そのような感性がどのような環境、教育で育つのであろうか。 好き嫌いなどの感性、感動する対象がどのようにして定まって来るのであろうか。 固有の人間の生命活動と、環境の極めて複雑な関係で発達するようにみえ、その過程は極めて漠然としているのが現状ではないだろうか。あまりにも未知のことが広くて、深いので、そこで、基本として自由放任主義や自由を尊重した教育原理が考えられるのは、当然である。また、それは、自然に帰れとも表現されるだろう。もちろん、これでは、 良き社会人としての人間の成長が望めず、また、社会、文化の継承の面からも基本的な問題が生じる、 そこで、基本的なカリキュラムを用意して、学校生活を 調えて、教育を組織的に行うことになる。個性を生かす、個人の能力を活かす、個人の全人的な成長を図ること; 良き社会人を育成し、文化の継承を図る、これらは教育の基本的な要素、教育原理であると考えられる。軍国主義的な教育、偏狭な愛国主義的な教育が、 また、宗教などが 全人格に甚大な影響を与えてきた事実を振り返るまでもなく、学校教育の影響も強く、他方、いろいろな個別的な、専門教育も、特殊教育も個人に甚大な影響を与えてきた多くの例を想起したい。特に注目したいのは、初めて受けた教育の影響の大きさである。 若いときに受けた教育の影響が 後々まで影響を与えて、3つ子の魂百までもの諺は、教育の故か、人の性格は変わらない事実を 如実に示している。 3つ子の性格は もちろん大きく、環境と教育の影響を受けているのは当然である。 狼に育てられれば、狼のようになってしまう。 大学で、ある専門に惹かれると、終生その学問・研究に惹かれ、没頭して、そこに自分の世界を見出すのは 世に多い現象である。 後で、変更できないような甚大な影響を受けるので、何事初期教育は極めて大事な観点ではないだろうか。この声明の意図は、教育の枠をはめすぎ、型にはめすぎると、変な人間ができる危険性が高いのではないかと 注意を喚起することである。日本の大きな教育目標が 本来あるべき教育の理念からずれ、受験勉強やそのための学力を付ける いわゆる科目の勉強に重点が行き過ぎてはいないだろうか。 ひどい場合だと、ただ良い大学に入ることばかりが目的で、文科系を専攻したいのに、理工系,医学系が 評判が良いので 評判の良い方に入学したということは 世に多い現象である。 また、近年はいわゆる名門大学に入るために、 小さなころから 塾通いをしたり、入試を有利にするために、専門的な学校に入学して、特訓をしている場合が 世に多いのではないだろうか。これらは、昔の軍国主義教育と同じように 何か変な教育で、おかしな人間を大量に育てているのではないかとの危惧の念を抱いている。また入試の共通テスト方式の悪い影響を危惧したり(再生核研究所声明 20:大学入試センター試験の見直しを提案する)、貧しい、競争をあおる風潮にも懸念を表明したり(再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に)、 天才教育などに対する配慮なども提案している(再生核研究所声明 60: 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会)。そのような面からも、日本の教育の在りようについては 初心に戻って考え直す必要が有るのではないか(再生核研究所声明 70 本末転倒、あべこべ - 初心忘れるべからず)と、 再検討を広く訴えたい。EUやアメリカでは、日本のような上記教育問題が 顕在化していない様に見えるが、実体の解明と比較検討は 大いに参考になるのではないだろうか。もちろん 教育の問題は、人間存在の意義 と同じく、永遠の問題であり、絶えず、各級で検討され続けて行かなければない。以 上
2012.04.29
2012年4月29日11:44 世の中の正義とはなんですか? 次の 公正の原則 で、簡単では?再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは: 最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば -- これは容易なことではないが -- 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます.
2012.04.29
2012年4月29日11:49 「親が子供に煙草を買わせる。」と小学生と同級生についての質問です。それは少し、行き過ぎの考えでは、 親が頼むのも、 お手伝いするのも、そんなに悪いことではなく、 子供が煙草を買うから、良くないも おかしいですね。もっとも、社会では、子供はタバコが変えない様な 状況が広く見られますが、行き過ぎの現象では。
2012.04.29
2012年4月29日3:33どんなものも価値あるものとするという態度・・ それは根本的な意味で、 説得力のある 考えだと思います。有るということは、それだけ 世界を豊かにしています。多様性の原理、 人間存在の原理などが 裏付けになりますね。
2012.04.29
2012年4月29日3:34 「あなたは、なぜ子孫を残したいのか。」答えられますか。老後の面倒を見てもらうため、以外で。これほど簡単な 質問は無いのでは?再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと ― 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える:1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か.殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2012.04.29
2012年4月29日3:50 ★次期選挙、争点は、原発政策or消費税増税?これは問題では。 選挙で争うべき問題でなく、 本当は 国民に判断できない 難しい問題では。 あれも霞と民主主義ですね。真実は、 原発は 安全性、 効率的な観点から 専門家が 判断すべきで、税の問題も、 国際常識ですから、 経済状況をみて、 これも 専門家が判断すべきですね。何でも みんなでの考えは、 民主主義を 衆愚の政治に するもので 良くないですね。
2012.04.29
2012年4月28日11:09「命(生命)」ということより「人間」ということの方に重きを置くような感性や考え方は、おかしいのだとは思われませんか?人間あっての命ではなく、命あっての人間なのではありませんか?大変すばらしい考えですね。 何事、背景、 基礎が あっ て成り立ちますね。
2012.04.28
2012年4月28日11:17 人間は能動的生命ですか?以前も質問させて頂きましたが、またの投稿をご勘弁ください人間は、自分の行動を自分で決定しているという感覚を持っています。これは1つの事実ですが、こんな考え方により、それが信じられなくなることがあります。次を参考にしてください:再生核研究所声明80(2012.03.20) 挑戦 とは 何か(この声明は 朝日新聞 『天声新語』 募集の課題 「挑戦」から ヒントを得て、考えられたものである)およそ、人生も世界も慣性の法則で動いているものと言える。これは 世の中は物理学の慣性の法則に従っているように、大きな流れの上にあるということである。実際、人は気づいてみたらこの世に生を享け、ある流れの上で生かされていると言える。今日在るは昨日の延長上にあり、昨日はその前の延長上にあると遡って行ける。明日の多くは連続性に従って今日の延長として、相当に決まっていると言える。人間が生きたいと思うのは 今まで生きてきたから、明日も生きたいと 慣性の法則で志していると言える(再生核研究所声明 72 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)。しかしながら、面白いことには、人間存在の神秘性であるが、人間には自由意志があって、その流れに少し逆らうような有り様が可能である。 顕著な例が、挑戦である。すなわち、戦い挑む、やってみる、試みるということは 人間の自由意志の顕著な例である。冒険、競争、求道、研究、芸術などの営みは、人間であることの証であるとも言え、挑戦とは人間としての存在の本質を表しているところの、人間固有の人間らしい営みである。 されば、人間の存在の意義とは何か? まず、生きること、生きて存在しなければ始まらない ― 生命の基本定理、人生、世界、生物界において 実際これくらいしか、確かなことは、無い。 逆に考えてみよう、生きて、存在しなければ、生まれて来る前のように 何も認識できず、したがって何も知らず、何も伝えられず、全ての前提は 消えてしまうだろう(再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと)。さらに1歩進めて、人間として生きることの意義とは何だろうか。 それは、つきるところ、人生の意義は感動することにある ― 人生の基本定理 にあると言える。 人間が何に感動するかは、個性にもよるが、本能に基づくものは当然として、真、善、美、聖などを求めているときであると言え、知ることと、自由を求めることが それらの基礎である。 その本質は、気づくことと、喜びを感じることに他ならない。 人間として生きることの本質ではないだろうか(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)。 そこで、いま、日本国において、取り組むべき挑戦課題を提案したい。まず、国家財政を立て直すこと、国だけの債務をみても、1000兆円に迫り、3年続けて 歳入の2倍を超える歳出である。 更に大震災、原発事故、放射能対策の膨大な経費である。このような財政を続けていける道理は 世に無いから、国は大胆に財政問題を国民に明らかにして、官民挙げて 財政問題に挑戦すべきである。もちろん増税だけではなく、国民に理解を求めるための 節税や行政改革なども断行すべきである。ここで大事な観点は、縮小方向ばかりではなく、財政再建の積極的な展開も多方面に志向すべきであるということである。新しい職場の開拓、ビジネス効果志向などである。国の活動に人材の活用によるビジネス感覚の導入も必要ではないだろうか。これらは、同時多発的に広範に取り組む必要があり、ここでの挑戦とは、正しく時間との戦いであると言える。何事も追い込まれる前に先手を打つのが 賢明な対応の在りようではないだろうか。世界は 世界混乱前夜の状況にあると言えるのではないだろうか(再生核研究所声明 45: 第2次世界大戦と第3次世界混乱)。次に、原発事故を鎮圧して、放射能対策をしっかり行うこと。これは当然であるが、より真剣に取り組むべきではないだろうか。世に 反原発についての意見やデモ等が行われているが これほど無意味で、無駄な行動は無い。誰でも原発など無いにこしたことはないと考えるのは当然であり、また、東電その他関係者自身が、一般国民よりははるかに、原発事故の重大さと危険性を明確に自覚していることは 当たり前である。 世に騒がれるまでもない当然のことではないだろうか。当然のことを騒いでいて、何か建設的、生産的なことが有るだろうか。 逆に、原発を何とか活用すべく、挑戦的に取り組むことは 自明ではない、やりがいのある挑戦課題ではないだろうか。それこそが、およそ人間存在の原理ではないだろうか。 実際、人類は、未知の世界に冒険し、新世界を開拓し、次々と世界を拡大、深化させてきたのではないのか。不可能と思えることを可能ならしめ、宇宙の隅々まで、神の意思までをも 究めたいというが、そもそも人間存在の原理ではないだろうか。もちろん、これは安易に取り組むことを意味せず、慎重に、慎重に進めるのは当然であるが、原発を諦めるということは、それに対する人類の敗北を意味し、人間存在の本質に抵触すると言わなければならない。何時かは原子力ネルギーを自由に制御して、広大な宇宙に飛び出し、新天地を拓こうではないか(再生核研究所声明 32: 夜明け―ノアの方舟)。次に教育の問題である。 日本の教育は何を目指しているのかと問いたい。 ただ大学受験を目指して、大学に入る為の勉強に ほとんどの部分を占めているように見える。受験のための塾、専門の学校の繁茂がそれらを示してはいないだろうか。 教育を教育の在るべき姿に戻って、検討し直すことが 中長期的には日本国における大事な挑戦課題ではないだろうか。 教育の在るべき姿などは既に教育基本法その他で 確立しているが 弊害は、本末転倒の教育の在り様になっている実情、実体にある(再生核研究所声明 70 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず)。教育の原理についても注意を喚起したい(再生核研究所声明76 教育における心得、教育原理)。挑戦とは人間の自由意志の明確な表現として、決断による情熱の伴った生命の燃焼であり、志である。 そこに良い感動が伴えば、より良い人生と言えるだろう。以 上
2012.04.28
2012年4月28日11:22 原発再稼働と、電気料金値上げならどちらをとりますか?このよう な極論が多くて、現実的でなく、単細胞的思考ですね。実情によって、 1ほ1ほ 慎重に検討して 進めるではないでしょうか。 場合、場合ですね。
2012.04.28
2012年4月28日11:24 マスコミについてテレビの視聴率は毎年下がり、段々衰退していくのでは。
2012.04.28
2012年4月28日11:25もしノーベル賞に値する政策案があっても、政治家て反対したり、長引いたりして政策が始まるのでしょうか?いまの政治家にそんな案持っている人いないんでしょうか?良い悪いでなくて、政争、何でも人を 押しのけて、 偉く成ろうとの 精神が強すぎですね。国も、道理も、 法も関係なく、 相手をやっつけることばかり 考えている人が多すぎでは? 今の教育が、そのような人を 大量に育てているのですね。勉強さえできれば、 偉いんだの 風潮ではないでしょうか。
2012.04.28
2012年4月28日11:25 日本が、「上に立つ者が無能で、下を支える者が有能な国」と言われるのは、マスコミが自分たちの利権を維持するための政治家を賛美し、自分たちの利権を脅かす政治家をバッシングするので、マスコミを信じきっている国民が、選挙の際に正しい判断ができないからですか?そのような面もありますが、 それをもって、原因とは言えないですね。文化とは簡単に 評価できず、 総合的なものですね。 日本は、まだ良い方とも 言えますね。
2012.04.28
2012年4月28日11:26 魚は食べてもいいのに、クジラを食べると怒る人がいるのはなぜですか?クジラは頭が良くて、捕まえるためにヤリで突いたら痛みを感じるからですか?本当に痛みを感じるんですか??理由は2つ考えられますね。一つは減少気味だから、保護したい、もう一つは 情があって、 捕獲は良くないですねー これは文化背景があって、感じ方の違いですね。 例えば、 犬など日本では 食べる気がしないのと同じですね。クジラに愛着を擁いている人には、耐えられないのでは。 気づかいは必要では?
2012.04.28
2012年4月28日11:30 資本主義は人間の生存競争ですか。資本主義には希少性という問題があり、価格あるものにおいては、全ての人の需要を満たすことは出来ない。と経済学の本に書いてありました。ということは生活保護などの救済制度が無ければ、必ずある一定の割合の人間は、生きるというニーズが満たせないのでしょうか?資本主義の根本は 自由な産業活動を保証する ということで、自由競争が 原理にあると思いますが、何でもそうですが、 それだと歪が出るので、 修正して行く ということが 背後になくてはならないですね。 何度も自由が良いとはなりませんね。 抑制や、自制は何時でも大事な考え方では?
2012.04.28
2012年4月28日11:30 エリート主義的民主主義の問題点を教えてください。結局、 自分たちは 勝ち組のような感覚で、 政治を、行政を 進めることでは。冷たい社会にならないでしょうか?
2012.04.28
2012年4月28日11:31 戦争をする目的において、命より大事なものって、いったい何なのかという問いに対する明確な答えを、おそらくは誰も答えられないだろうにもかかわ再生核研究所では 明確に答えていますので、面白ですね。 それは 最も大事なことですね。その前では、国家も、民族も 滅びえることはあり得ますね。最も大事な事は、その上ですね。
2012.04.28
2012年4月28日11:34 日本の企業がますます生産拠点を海外に移す中で、国内における産業の空洞化が叫ばれているが、どんな方策を講じても日本国内に残さなければならない産業あるいは技術とはなんなのだろうか。そのような視点で、 ビジネスを真面目に考えて行く必要が有りますね。基本的な食糧ですね。 その関係。鍵は、日本固有の文化に 根差したものは大事にして発展させ ビジネスチャンスに結び付けたいですね。折り紙、和紙、 生け花、日本料理、伝統文化財ですね。
2012.04.28
2012年4月28日3:09 肉体という牢獄に魂が閉じ込められている。つまり"死"とは不自由な肉体という牢獄から魂が高次元の世界へと旅立てる喜ぶべきものでしょうか?魂は肉体の束縛から離れることでより高次元の思考が可能となるのかも。これは 結構本質を突いていて、 真実な面を表していますね。
2012.04.28
2012年4月28日3:10 「善悪判断」考察・・・そんなに 難しいことではないですね。公正の原則と、 最も大事な 事を参照してください。グーグルで探せますね。
2012.04.28
2012年4月28日3:11 人間とは何か何故生きているのかそんなに難しく考える必要はないですね。 慣性の法則で 動いている、生きているのですね。次を参考にして、足下から考えたい:これらは、世の中が慣性の法則で動いている顕著な、重い例である(再生核研究所声明 72: 慣性の法則 - 脈動、乱流は 人世、社会の ...
2012.04.28
2012年4月28日3:14人間中心基準はこのままでよいと思うかどうか・・・・最も大事な事 を参照してください。 人間かってには 存在できませんね。 生態系の維持が 人間を支えるのですね。
2012.04.28
デカルトは演繹という方法が正しいかどうかは疑ってみたのでしょうか。 鋭い ご質問ですね。そこを カントは 確かに問題にしていますね。デカルトは そこは問題にしなかったように 思います。デカルトは そためでしょうか、 間違いの多くの論点を 繰り返していますね。
2012.04.28
2012年4月28日3:26 国民はマスメディアとどう向き合っていけばいいのでしょうか?これは、 批判的に 見る、捉える ということですね。それから、 低質な情報に 振り回されたり、害されないように 気を付けるべきでは。
2012.04.28
2012年4月28日3:35 「絆」という言葉には共感するくせに、瓦礫受け入れは一切受け付けない、というのは日本人の欠点ですか。 瓦礫受け入れは絶対反対という人は、震災に関連した文脈で「絆」と言う言葉を二度と使わないでほしいのですこのようなことを 誤解というのですね。 連帯、 協力、助け合いは 大事ですね。反対されている方は、それらに反対しているのではなくて、 方法が 良くないと言っているのですね。 特に 危険物の拡散を 心配されているのでは?これは 専門家でないと 分からない 部分が 多いですね。 危険性や、もっと良い方法が 有るのではないかなどですね。
2012.04.28
2012年4月28日3:46 生命体の存在理由これは簡単ですね。 生命の基本定理や 人生の基本定理、 人間存在の原理などを 参照してください。基本ですね。
2012.04.28
2012年4月27日11:03 方丈記からは阻害論を感じませんか??人生に実相を見事に 語っていますね。真実で、 人生は哀しいですね。
2012.04.27
2012年4月27日11:04 神の創造という言葉で子どもは納得するのに、この世で教養を積んだいわゆる賢い人ほどこんな言葉で納得ができないというのは、頭に余計なものを詰め込み過ぎたからなのか、本当に賢くなったからなのか、どっちですか?これは 神の認識 についての 深さが有るのですね。簡単に考えてしまえば、 簡単ですが、深く考えれば、 どんどん深くなりますね。
2012.04.27
2012年4月27日11:05 人が発する言葉から、主義思想を見抜くのは容易なことではありませんが、この人は何の主義思想で動いているのかが、とても興味があります。子供の様に ちらん ぱらんな 人が 多いですね。思想など もっている人は少なく、 持っている人は 人物で、 めずらしいのでは。
2012.04.27
2012年4月27日11:05 「義理」とは何か・・・簡単に言うと恩返しでは?恩を受けたら、報いたいですね。公正の原理でもあり、 自然な感情では。
2012.04.27
2012年4月27日11:15一院制について。本らいならば、参議院、 衆院とは 違った性格を 与えれば 良いですね。 政党色を無くして、しかし、どうして構成するかが 難しいのですね。 もう少し、独自性が 無いと、付属的な 非能率の機関に 成り下がりかねないですね。
2012.04.27
2012年4月27日11:17 日本企業の特長として、零細性過多性多段階性とはなんでしょうか?中小企業の連合体のような 構造をしているということでは。これは 長所もあるのでは?大きな企業体より、 変化に富み、 柔軟な構造を、変化しやすいなどでは?
2012.04.27
2012年4月27日11:18 検察は99%有罪にならないと起訴しないそうですが、今回の小沢氏の不起訴を決断した検察は有罪は無理と思ってたでしょうか?その通りですね。大物政治家に手を出したわけですから、 本来ならば、どうしても 有罪にしなければ、 検察の政治介入になってしまうので、 起訴、有罪に持っていきたかったのですが、それが無理と 途中であきらめたのですね。 起訴したのは、大きな間違いで、 恥の上塗りで、 検察の信用を大きく傷つけたと思います。 昔の侍ならば、切腹では?政治介入は、 国家反乱罪に 近いですね。民主主義に 官憲が介入したことになりますね。それは、野蛮国の在りよう ですね。
2012.04.27
2012年4月27日11:24 S世界的な人口増加は先進国が発展途上国といわれる地域に干渉したのが原因ではないですか?確かに、無責任な援助は 考えものでは。
2012.04.27
2012年4月27日11:27 首相公選制だなんてたまに言われてたりするけどじゃあ直接選挙で選んでいる国は成功してんの?って話ですよね?基本的に 同感ですね。今の制度が 日本に 合っていますね。今の制度を活かして行けば 良いですね。議員や首相、 任期一杯任せるつもりで やって頂くのが 良いのでは。転がる石に 苔むさず、 責任をしっかり与えて、 最善を尽くして頂けば、 良いのでは?
2012.04.27
2012年4月27日11:32 リビアの故・カダフィ大佐は英雄ですか?それとも悪人ですか?そのような考え方が、 見方が良くないのでは、 良い面も 悪い面もあって、 複雑な存在ですね。一面で 見ないように したいと思います。
2012.04.27
2012年4月27日11:37 子どもにとっての祖父母との同居一般には 幅が広がって 良いと評価したいですが、確かに 甘やかす面は 有りますね。それが 癒しになれば、良いですが。
2012.04.27
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