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2012年12月19日 23:33 <戦争をすると人や物が壊れるから生産も需要も増え景気がよくなる?そのような 戦争の効用はあり、常識ですね。中国は 日本を属国などと とても 考えず、 日本を アジアの先進国と尊敬しているのでは。中国では、 アメリカは あこがれの国で、若い研究者は まず、 アメリカを目指しますね。
2012.12.20
2012年12月19日 23:42 『自民へ政権交代「よかった」57% 朝日新聞世論調査』 2012年12月18日・・・これは 良く分かり、当然ですが、 谷垣氏など、自民党の 良識派 による交代が 良かったのですが、残念ですね。しかし、 圧勝は、安定して政権を運営できるので、良い面が 現れるのでは。 多数となれば、 変なことは しないし、智恵も付くのでは。野党は、 分裂では、政権担当能力なしですね。
2012.12.20
2012年12月19日 23:52 アメリカは日本の核武装についてどう思っているんでしょうか?してほしいのかしてほしくないのか、きょうみがないのか。持つことを望んではいないと思います。 兵器を買って欲しい、世界の平和のためには 軍とお金を出して 欲しいと考えるの 相手から見れば 当然ですね。 誰も核兵器を 使えると考えて いないのでは。 自滅位は誰でも分かるのでは。 結局、何にもならない 大きな マイナス 財産ですね。
2012.12.20
大衆は イワシの群れの様に 簡単に 操作させられてしまうのですね。 これは 良く心得ておく必要が 有るのでは。今回の選挙は、ぎゃふんとさせられた選挙。石原氏の断罪と維新の壊滅、安倍自民党の敗北、マスコミ、司法の断罪 ―いずれも逆で、世界に 日本の野蛮性を示した。歴史の評価は 決まっていますね。敗因は、小選挙区制の中で、割れていた、マスコミの扇動、未来の 準備不足 - まともな政党の形すらしていない、さらに 原発だけでは 政党には ならないですね。国家のビジョンが どうしても必要ですね。憲法と平和志向を掲げて統一出来ないか。小選挙区制は団結が大事ですね。衆院で 過半数を目指さなければ、天下は取れないですね。川中島のような 田舎の争いに かまっていては駄目ですね。 また、日本などは 小さな 田舎国家ですから、世界の歴史を 視野に入れるべきでは。 日本のマスコミは 何と 低級なのだろうか? 哀しくなってしまう。 軍国主義を煽っている愚かさ。 独首相 日中緊張緩和に協力の考え - NHK 何とドイツは 素晴らしい国なのだろう。選挙の結果で がっかりしている皆さん。 ヨーロッパから見れば、遅れたアジアの 日本の時代に逆行する危険な方向と 見ていて、多くの共感、共鳴が得られているのでは。 日本は 危険な世相に害されている。ベルリンでは明日、日本での危険な政権の誕生に抗議するデモがおこなわれます。15時半、日本大使館前にて。― ドイツとは 何と素晴らしい 進んだ国だろう。 アジアの端の国のことまで 気が回る。 恥ずかしい!!未来は まだ政党の形を していなかったのでは? 不意打ち解散は 確かでは? 知名度すら、 庶民には行き渡って居なかった。マスコミも 無視ですから。卑劣な罠に嵌っている日本、 マスコミが衆愚に 導いている。 情けない。 罠とは、チョッカイを出して 緊張感を演出させ、国民を脅かしたものである。インターネットの世界では気付いたが、庶民は騙された。総合的には 国の文化力ですが、 マスコミなどに圧力を かけるは 誰も考える 戦略ですね。 それから、 小選挙区で 団結できないでは 勝ち目は ないですね。 何とか、戦線の 統一が 出来ないか今回の選挙は、ぎゃふん選挙であって欲しい。 小沢氏の、日本の未来の党 の圧勝。 石原氏の断罪と維新の壊滅、 安倍自民党の敗北、マスコミ、司法の断罪 ― 世界に 日本の良心を。 歴史の進化を。司法は 社会正義を実現させるためにある。 そこで、法を守り、良心に従い、一切の圧力から独立して 正義を 貫くのが基本、 聖なる職である。マスコミは、 社会正義と文化の向上の実現のためにある、 法と良心に従い、 人々を導く要素も要求される、 聖なる職である。 圧力に屈せず、法と良心に従うは 基本。危機を自分で作り出して、軍事費を増大させるほど愚かなことはない。 生活を豊かにし、文化を高めた方が。 威張りたがる政治家は 御免ですね。生意気で、強がりを言う 政治家は平和憲法に反しますね。どんどん歴史は進化しているのに、 日本は、戦前に戻りたいような 変な国の 方向では? これで良いか。 島問題など棚上げで、 友好関係を保ってきたのに 友好関係が崩れ、軍事志向の 馬鹿げた方法ですね。 震災で、原発事故対応で、大変なのに。
2012.12.19
2012年12月17日 23:20 議会に送る国民の代表を多数決で各選挙区一人に絞る小選挙区制って一票の格差どころでない不公正な制度だと思います。国家の権力を担う 政党の選出と考えれば、 必ずしも 悪いとは 言えないのでは。 単純にして、 権力を確立しようという考えですね。 逆に考えると、多党化は 調整に時間がかかりすぎ、 政治が 社会に ついていけない 状況を 作りだす、 危険性が有りますね。 何も出来ない 政治、 政府になりがちです。
2012.12.18
2012/12/17 理性も暴走しますか? 理性も感情も 抑制が働きますが、 理性は 暴走は 珍しいのでは?
2012.12.18
2012/12/17 占いと宗教、どっちが合理的ですか?宗教では? 沢山の人が参加しているので、それだけの理由が有るのでは?
2012.12.18
2012年12月17日 23:25 多数決の支配する国民代表の議会制における反対派(野党)の存在意義、役割や機能はなんですか?行きすぎを抑える、 いろいろな視点を明らかにする。視野を広げるは、基本的に 大事ですね。
2012.12.18
2012年12月17日 23:27 戦争は個人の技量かただ単に物資が多い方が勝ちますか?単に物では 無く、 精神力は 何時でも大事では?
2012.12.18
2012年12月17日 23:27 ゆとり教育により競争力が落ちた若者たちがこれからの国際競争に勝っていくこと出来ますか?国際競争力は 学力だけでは ないですね。 どうしたらよいか 総合的に考える 必要が。それから、 多様性が 大事では。 拠点つくりも大事ですね。次も参考してください: 再生核研究所声明34(2010/04/16):日本のビジネス-日本料理店の海外展開日本製品として、国際的に高い評価を得て、世界の富を日本国にもたらしてきたものとして、家電、カメラ、半導体、自動車などが 顕著なものとして、想起される。しかしながら、諸外国の台頭によって、日本国の大きな目玉となる産業にかげりが見えてきており、 国内には失業者があふれ、経済不振と、慢性的な財政赤字に陥っている。 日本国の再生の基礎は、根本的には教育を正し、精神をきたえ直す必要があると考えるが 一つの戦略を具体的に提案したい。要旨は世界の多くの都市に、日本料理店を展開すること である。先ず、食に対する関心の深さは いずこも同じで、生きることとは 食べること にも通じるものがあり、食に対する関心、経費は、人間存在と活動の大きな部分を占めるという事実から、認識を深める必要がある。 日本料理は健康食品であると同時に、際立った特徴を有し、幸い、日本料理に対する世界の人々の関心の深さは 驚くべきものであり、現状よりは遥かに大きなビジネスチャンスを有すると考える。多くの日本人に、海外の日本料理店で働く職場を広く開拓して、同時に日本の文化を海外に紹介し、また逆に、日本人は海外に出ることによって、国際的な広い視野をもつ機会が得られて、好ましい効果が期待される。これらのことは、比較的簡単に 少ない投資と準備で実現でき、大きな経済的、文化的な効果が望めると考える。 一つの国家戦略にしようではありませんか。 世界の多くの都市に、日本国の象徴として、美しい日本料理店を展開し、日本の文化を世界に紹介する拠点にしようではありませんか。 若者の雇用や、経済、文化への波及効果は 大きいと考える。もちろん、世界の平和にも大きく貢献するものと考える。具体的に 次のように提案したい:経済産業省、外務省、農林水産省などの関係省庁の積極的な援助、文部科学省は、料理学校などを充実、格あげし、合わせて関係教養教育の充実も図る、外国人向け 観光関係機関の積極的な支援、国防省の組織的な支援: たとえば、5000億の資金を兵器の購入にかけるより、そのような面で援助して、日本料理店を通して世界の情報を組織的に得るシステムを確立する、また平和のための戦略を進め、観光促進の拠点にもする。 これこそ、愚かな軍事費を美しい営みにまわしたいとの想いの 現実的な一つの提案になるのではないだろうか。日本料理店を拠点に、先ずは、世界的の人々の関心が期待される花道、茶道などの組織的な教室の開講を意図する。 また、そのような関係組織との連携を図る。さらに、日本庭園などの文化的な輸出も展望する。既に相当数、日本人のいない日本料理店が存在する状況を調べて、日本人の派遣による より日本的な料理を浸透させるのは、最も手短な第1歩になると考える。 また、日本料理店の評価機関の設置の検討なども、なされるべきであると考える。美しい特徴をもつ日本文化を もっと世界で活かそうではありませんか。 関係者のご検討と積極的な取り組みを期待したい。以上http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1398860453
2012.12.18
2012年12月17日 23:29 アメリカでは銃規制を唱える人は少なく、乱射事件の後でさえ銃規制の是非を聞くことはsensitiveな質問になるということですが銃規制を言えない空気がなぜ存在するのか明確 な答えはあるのでしょうか?2つ基本的な 原理が有るのでは。 商売上、 銃は残したい、 沢山の関係者が いますね。 それから、 いざとなった時に 銃で自分を 守りたい、長い伝統と 習慣、文化が有ることでは?
2012.12.18
2012年12月17日 23:30 国ってそんなに大切でしょうか近頃では国防軍の創設が取りざたされていたりしますよね。そのようは発想は、世界的に広まり、世界史が 進化すれば 良いですね。 全体的に 賛成です。
2012.12.18
2012/12/17 アメリカがベト戦に勝てなかった理由は?それはゲリラ戦の戦略と 自然環境ですね。 大規模テロの 1種で隠れて 攻撃ですから、 やりずらく、 時間と経費がかかりますね。日本でそのような 戦法が無かったようですが、 どうしてかは 分析すると面白いですね。
2012.12.18
2012年12月16日 23:30 質問は「正義とはなにか」です。大体 次のようで 良いのでは。 上級編も有りますが:次の公正の原則は、良い社会をつくる基本にはならないでしょうか。再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは:最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360 ; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 良い社会のために―よっちゃんの想い― から
2012.12.17
2012年12月16日 23:日本の憲法改正に同盟国アメリカは?憲法は アメリカの意思を大きく反映させて 理想的に 作られましたが、 今は 日本の世界貢献、特に 軍事面での貢献を期待して、 憲法の改正を 望んで、圧力をかけているのでは?1.6 再生核研究所声明 6 (2007/4/25): 憲法問題に対する提案: 最近 国の在り様の基本を定める憲法の問題、特にそれを改正すべきか否かの議論が高まってきている。 そこで、声明1の 「公正の原則」 に従ってあるべき姿を提案したい。 始めに 憲法及びその改正問題は、法理論としてあるべき姿を論じるよりは 憲法改正が生きた現在の社会状況や国際社会にどのような影響を与え、どのような働きをするかという現実的な視点から論じられるべきであり、抽象的な論理のための議論を行うべきではないと考える。我々は現在 憲法を変えることには 次のような理由で反対であり、改正は当分見合わせるべきであると考える。 1) 憲法改正の要点は 憲法第9条の所謂 戦争放棄と戦力不保持の条項 であり、他の条項については改正すべき本質的な問題は生じていないと考えられる。2) 憲法第9条の改正の趣旨は 国防の観点からの軍隊の認知と国連などを通した、軍事による国際貢献を可能にする改正である。従って憲法改正の要点は国防力を高め、軍を海外に派遣して国際貢献しようとする意図にあると判断される。3) 日本国の借金が832兆円(歳入の15倍以上)(2006年度末; 地方自治体の借金はおよそ167兆円)もあり、さらに借金が膨らんでいる状況(44.6% 公債費、16年度当初予算)を見れば、何れに対しも有効に対応できないのは明白である。特に軍の派遣となれば国際連合の要請を受けてとなると判断されるが、そもそも国際連合とはどのような組織でしょうか。これは第2次世界大戦後 拒否権を持つ5大国の戦勝国が中心になって作った国際組織であり、日本はあとあと加盟が認められた1つの国に過ぎない。国連は拒否権を持つ5大国が責任を持って運営すべきであり、日本は5大国を越えて国連に貢献する必要はないと考える。 日本の国連分担率は最近の経済力を反映しても16.624%にもなっている。4) もし日米同盟の路線を強めれば 結局 軍事的な負担増を強いられ、イラクでもそうであったように アメリカに追随して 世界の期待に応える事ができないばかりか 悪い方向に巻き込まれる危険性が大きいと考えられる。アメリカの力は認められるが、アメリカの正義は危ういと判断される。5) したがって、3)項の条件 国がやっていける見通し、例えば借金が半減するまで、そして国連が改組し、日本が国際連合の中で正当なる位置が占められるまで、憲法の改正は実質的な意味を成さないので、この改正は行うべきではないと考える。6) 常識的に言えば、国の財政がやっていける見通しが立って、やっと一人前であり、次に国際貢献ではないでしょうか。国の基本に関わる靖国神社問題1つをとってみても解決できない日本は 精神的にも1つの国として自立の道を歩む能力がいまだに備わっていないと判断される。世界の秩序を変えようとして立ちあがった戦前の日本国ほどの気概も自立心もいまだに備わっていないと判断される。さらに国の将来に関わる教育などはいまだに混迷しているとみられる。7) 憲法第9条の改正は、世界的にみても 日本の再軍備を印象付ける事となり、特にアジア諸国の緊張を高め、軍拡競争の機運を高め、内から見ても外から見てもよい事は何もないと判断される。小さな国土と資源の少ない日本は 軍事で国の平和と安全を志向するよりは、文化と世界の信頼と尊敬でそれらを志向した方がよいと判断される。8) 憲法をより時代に合ったものにしたいという考えと、特に現在ある軍隊の位置づけに対する懸念は理解できる。しかしながら、日本は繰り返されてきた選挙によって、また繰り返されてきた裁判によって、現在の状況を作り出してきているのであって、現状を受け入れるのは当然である。およそ社会の多くの在り様の問題は自明なものであり、精神と方向を現在の憲法に基礎をおいて運営していけば十分に対応していけると考える。改正よりも改悪、悪い影響が懸念される。9) 急速な国際化とインターネットの普及により国際交流が進み、国内がしっかり纏まっていれば、核戦争はおろか平常兵器による戦争も最早起きないと考えられる。そのとき 日本国憲法は時代を先取りした素晴らしい憲法として、世界の憲法の模範となる時代が来ると判断される。国民の英明なる判断が 今こそ求められています。このとき、沈黙をまもっていれば、社会の一層の混乱と大きな負担が襲いかかってくる事にはならないでしょうか。 以 上
2012.12.17
2012年12月16日 23:41 正しい事をしたければ偉くなるしかないですか?国を変えたいなた政治家になるしかないですか?ゴチャゴチャ評論家や活動家の真似事しても誰も聞いてくれませんよね?これは 反省、考えさせられますね。 しかし、偉い人、 評論家ばかりでは 文化社会を 築けないのでは ? 評論家のまねを したり、かどうかのまねを して、 意識を高めて行くと、 文化の向上に なるのでは、繋がるのでは?
2012.12.17
2012年12月16日 0:07 宗教と争い無くすのが簡単な方はどちらですか?宗教は 無くなりませんが、争うは 無くせますね。 競争などはなくなりませんが。
2012.12.16
2012年12月16日 0:08 世界から戦争や様々な混乱を無くすには、最低限偏狭なナショナリズムから脱却し、宗教的ドグマから脱する必要があると思いますが、そのためには世界が一つの宗教で統一されてしまうか、 そのように考えず、 公正の原則、棲み分けで 十分ですね: 次の公正の原則は、良い社会をつくる基本にはならないでしょうか。再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは:最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば -- これは容易なことではないが -- 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360 ; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 良い社会のために-よっちゃんの想い- から
2012.12.16
2012年12月16日 0:11一人の友人が放った強烈な言葉・・・自己防衛ならば、 自然法でも 普通の法でも 許されていますが、 おおにして 自己防衛でなく 侵略、相手を押しのけて となると 逆襲される立場ですね。そこで、 バランスが 大事ですね。 次を参考にして下さい。 (実は上級編も有りますが、ー それほどにして 生きるに値するでしょうか、 みんな同じ 終末を迎えるのに、馬鹿がしいとも) 次の公正の原則は、良い社会をつくる基本にはならないでしょうか。再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは:最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば -- これは容易なことではないが -- 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360 ; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 良い社会のために-よっちゃんの想い- から
2012.12.16
2012年12月16日 0:12 自然界の多様性にあなたは限界性も感じますか?・・・世界も、社会も大きく、多様性に富んでいますが、 個人は 物理的にも 小さく、 限界があり、まるで、細胞のような 小さな 存在ですね。
2012.12.16
人それぞれなこと」って色々ありますが「人それぞれでないこと」って何かありますか?本能ですね。 衣食住、そして 死ぬことですね。
2012.12.16
2012年12月16日 0:14 人それぞれなこと」って色々ありますが「人それぞれでないこと」って何かありますか?本能ですね。 衣食住、そして 死ぬことですね。
2012.12.16
2012年12月16日 0:15 極端に正義感が強い人は、叩く対象が欲しくて、批判のための批判をしたり、恋人や配偶者に過剰な誠実さを要求しがちな傾向がありますが、それはあくまで、自己基準や個人的感情に基づくものなので、自分の過ちや矛盾については、意外と正当化したりするのでしょうか?それは 視野が 狭い人に みられる 傾向では。 いろいろな生き方、考え方、 多様性が有るんことに 気付かず、 独断に陥って 世界を決めつけて 判断し、行動するのですね。
2012.12.16
今回の選挙は、ぎゃふん選挙であって欲しい。 小沢氏の圧勝。 石原氏の断罪、維新の壊滅、安倍自民党の敗北、マスコミ、司法の断罪 ― 世界に 日本の良心を示そう。歴史を進化させよう。今回の選挙は、ぎゃふん選挙であって欲しい。 小沢氏の圧勝。 石原氏の断罪、維新の壊滅、安倍自民党の敗北、マスコミ、司法の断罪、世界を 日本の良心で、震撼させよ。憲法を変えるということは、 日本を変えるということ。しかも,変な人たちが 震災や、原発事故を無視して言っている。 島問題で挑発して、 危機を作っている。膨大な 国益を失っても威張っているだけ。憲法を変えるということは、今までの日本でなくするということ。しかも,変な人たちが 震災や、原発事故を無視して言っている。 島問題で挑発して、 危機を作っている。膨大な 国益を失っても威張っているだけ。少し前の自民党ならまだしも、今は劣化し、悪化し、良識派が抜けた、危険な自民党では? 石原氏などの影響も受け易い、軍国主義、アメリカ盲従の最悪では?武力で守るは、戦前の考えでは。 日本は憲法の精神で、自衛に徹して、世界の秩序は、 国連にお任せすれば。ロシアも中国」大人になりましたね。日本を衆愚に 導いたのは誰か。マスコミ、言論界では? 検察が政治介入したと疑っているのは、世界の常識。 世界は、日本がおかしい方向に流れていると危惧しているぞ。それが権力機構というものですね。 命令に従うは国家の基本、ですから、選挙は大事ですね。権力者を選ぶのですから。絶えず、マスコミとの対決、批判が大事では。環境が大事なわけですから、情報を浄化して、質の高いものにするは、文化国家を築く基本でしたね。野放しにしていたら、この低落、小沢氏無罪で、信用台無し、情けない。インターネットの世界では、小沢氏圧勝、未来圧勝; 石原氏、維新は壊滅、安倍、自民党敗北ですが、マスコミに侵された、日本はどうでしょうか。マスコミから解放すべく、矛先を変えるべきではトンネル崩落事故では 恥をかいてしまいました: 日本国はそんな事故を起こす国ではないはずだと言うのです。メルトスルー事件と共に国際信用を落としてしまった。いずれも世に稀な事故と弁明した。日本が まともな国になって欲しい と 賀状に書いてきましたが、 どんどんおかしな国になっている。 どうした日本。 おかしくはないでしょうか?首相になろうと言う人を、犯罪扱いにして、散々騒いで、抑圧していたら、実は、無罪だったとは。これあまりにも おかしいのでは? どこかの 野蛮国の事件では? マスコミ、司法に断罪を。難しく考えることはないのでは?世界が進化しているのに 戦前に戻るような考え、憲法改悪や、偏狭的な偽愛国者、軍国主義の排除は 当たり前では、島問題などで日本が挑発して、危機を煽っている。マスコミは、検察は、小沢氏無罪で、信用を落としましたから、マスコミの運動は、もはや、マイナスでは。 国民は怒って、マスコミと反対に 行動するのでは。するとスポンサーも相手にしなくなり、自滅では?打倒民主党!打倒自民党!打倒公明党!打倒維新! ― これでは、天下を動かせない。維新以外の良識派を 取り込まなければ、天下を動かせない。 日・中友好関係の 癌、石原氏の断罪 を、 維新の壊滅 を。 それらは日本の良心だと考える。 勝手に アジアの危機を 自分で 作っている、愚かさ。身勝手な政治家。国益など、無視。80を越えても これでは?マスコミ、検察に 抑圧され、無罪判決を受けた、小沢氏の圧勝による、 日本の良心を示そうではないか。 圧勝で世を震撼させ、日本の明るい、未来を切り拓こう。日本では、マスコミ、検察が 政治介入しているのか? そんな野蛮な国? 首相候補にもなった政治家が、疑いをかけられ、何年もマスコミ,検察によって抑圧されていたのでは? 無罪判決が出たが、どうしてくれる。
2012.12.15
2012年12月14日 23:34 近代科学が西洋のみならず、世界へ発展していった理由とは何ですか?また、その代表的な事実や発見があれば教えてください。宜しくお願い致します。それはイギリスの産業革命が はっきり示していますね。近代科学が、 電気、 汽車、 物など生産して、 経済、軍事力を 大きくして、 富と力をもたらしたからですね。 経済、 軍事力、そして文化力は 国力の源泉では?
2012.12.15
2012年12月14日 23:35 「世界連邦は遠く」そうですね。まだ国家の利益や エゴが出ていますね。EUは流石に 立派ですね。アジアは 遅れていますね: 再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性ヨーロッパから、アジアをみると、アジアは愚かで、野蛮地域にみえてくるので、それらの実相について考察し、アジアの民の自覚と進化を期待したい。背景には、EUでは 通貨を統一して、往来を自由にし、ドイツを統一、ヨーロッパ全体が一つの国のようになる方向で進んでいるのに対して、アジアでは未だに朝鮮の統一もできず、同じ民族が対立する愚かさである。 日本国は アジアの大国、中国に対峙させられ、外国軍の基地さえ用意して、小さな国で 世界第二、第三位の軍事費をかけて、平和憲法を有しているなどと勝手に名のっている。 美しい文化を有する日本は、政治においては、EUから見れば、アメリカの属国のようで、自主性も、自立性もなく、やっと政権交代して まともな国を目指すかと期待されたら、逆に、検察、マスコミの大騒ぎで、政権交代の大義がぼけて、政局の混乱を招く有り様である。 財政、経済厳しい折りにも拘らず、国会は党派争い、法も道理も大義も社会正義すら主張できる政治家も少ない。 日本国は アジアではまともな国と評価されるが、それでも マスコミ、検察の 本分を弁えない低落は、アジアの後進性の象徴とも言える。EUでは考えられない後進性、野蛮性である。多くの国民は政治に不満や不信を感じているが、有効な手段が分からず、日常生活に埋没している。 日本国は全体として政治的には衆愚の状態にあると言える。大局からアジアを見てみよう。 まず、なぜ、同じ民族、かつては同じ国家だった朝鮮が 統一できないのであろうか。アジアの民の愚かさの典型的な特徴は、過去のことばかり問題にして、絶えず、過去の事件にかえり、 未来志向ができないという点にあるのではないであろうか。繰り返し過去の問題を掘り起こしては、お互いに行き詰っている。大局的に歴史を見ることができず、視野が狭いのも特徴である。アジア全域がほぼ植民地支配を受けていた、自分たちの反省すらできない有り様である。 植民地支配を受けていた歴史的な事実は、自分たちの国を守れなかったという観点で、大いに反省すべきである。侵略されたのは恥ずべきことである。 敗戦は さらに恥ずべきことで、愚かさゆえに戦争に突入させられ、敗戦しているのである。 日本などは政治的には、いわば今なお敗戦を続けているようであり、戦前以下の見識しかない。 同じ民族が争う愚かさに目覚め、朝鮮の統一を進めるべきである。 再生核研究所はその統一の進め方について、声明37で具体的に提案している。 アジアは一致して、朝鮮の統一を支持して、働きかけるべきである。 賢明なドイツの統一のように。アジアには 領土問題、島の問題があるが、これもアジアの愚か者、アジアの野蛮性の特徴である。 中国の偉大な指導者 トウ小平氏は、領土問題は未解決の問題として棚上げして友好関係を進めよう と述べていた。 強欲な人間たちが島に立ち入らなければ、豊かな自然が より豊かな幸を周辺国にもたらすのが理解できないように見える。 いや、領土問題で緊張させたり、 紛争する愚かさに気付かない人はいないはずだから、 結局は アジアに紛争を起こして 漁夫の利を得ようとする人たちの 意図に そそのかされている、それこそ アジア植民地時代のように アジアの愚か者 の特徴ではないだろうか。EUやアメリカから見れば、アジアに紛争が起きて、自滅すればよい、かえって都合がよいと考えられる観点に気付くべきである。アジアには、族意識、村意識、国意識、民族意識の野蛮性が強く残っていて、ことあるごとに噴出している。 さらに、アジアでは 個が 確立しておらず、個人の尊厳と生命さえも おろそかにしている。 これは民族、国家が入り混じり、深い交流のあるヨーロッパでは 理解できない、野蛮な感覚ということになるのではないだろうか。人種が違う、国籍が違う、そのような感覚が EUには存在しないように見える。 内面的には分からないが、アジアとは違って、表面に出すことは 恥ずべきことで できないような状況を 文化が支えているように見える。自由、平等、博愛の精神、そして、キリスト教の文化的な伝統が背後にあるのではないかと感じられる。 人種問題、国籍問題、個人の尊厳などは ヨーロッパから見ると偏狭な、変な見方、アジアの野蛮性とみえるであろう。EUが 一つの国の方向に着実に進んでいるのに、どうして、アジアでは内紛と抗争が続いているのだろうか。 アジアの相当な領域に 仏教と儒教の文化と伝統があり、漢字圏としても共通の文化基盤がある訳であるから、より統一的な友好圏を作るのは 極めて自然であり、歴史をそのような方向で 進めるべきである。 紛争と対立からは何も得ることはなく、逆に友好関係が相互に大きな利益をアジアにもたらすであろう。その骨格の方向を次のように志向したい:1) 朝鮮の統一に協力、配慮する。 当面、南北朝鮮の友好関係に配慮する。(再生核研究所声明 37 : 金正日氏を世界史の英雄に - 朝鮮問題に関心を寄せる世界の人々に を参照)2) 日本は、アメリカに対して徐々に より自立する姿勢を確立して、日中友好関係に格別の配慮をする。(再生核研究所声明 25:日本の対米、対中国姿勢の在りようについて、再生核研究所声明 46:日本国の1つの国家像、あるべき姿について 参照)3) 偉大な中国は アジアの指導国として、伝統ある儒教の精神で 友好関係のうちにアジア全域の繁栄のために努力すること。アジアに脅威を与えないように 大人の外交を行うこと。反対側に存在する 超大国アメリカについて 簡単に 上記文脈で触れておきたい。アメリカは 第二次世界大戦後の世界を指導してきた偉大なる超大国であるが、軍事大国の色彩を強くして、軍事でなければやっていけないような国家の佇まいを 今やなしている。 誠に残念である。 あたかも紛争を 世界に輸出していかなければ やっていけないような状況に見える。 自由と民主主義の大国として、軍事を抑え、民生を豊かにする方向で、世界を指導して頂きたい。アメリカは世界史を直接進化させる能力が有るのだから、世界史の進化のために努力して頂きたいと 強い期待を表明しておきたい。(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判 参照)世界の財政、経済が厳しくなる折り、外国のアジア介入を阻止して、耐えながら、苦しい世界状況に耐えていく必要があると考える。アジアは 共生の精神で絶えず、世界とともに友好関係に配慮していくべきである。以 上
2012.12.15
2012年12月14日 23:35子供の頃はなぜ周囲が言ったことをすんなり受け入れてしまうのですか。これは 本能では。 まだ 自我が ないわけですから、 まずは、 周囲から 情報を取り入れるですね。 そして ある程度 自我が出来てから、 批判や反対意見が でできるように なるのですね。 実際、反抗期には 大げさに反抗する時期ですね。それは、 幼児時期が 大事だと言っていますね。何でも 受け入れてしまうは 危険性が有るということですね。
2012.12.15
2012年12月14日 23:38 数学や医学が人の役に立つのは分かりますが、哲学は人の役に立つのでしょうか??みんな同じでは。 哲学も 食欲を満たしたいように、 知りたい、原理が知りたい、本当のことが知りたい 人間らしい本能から 来ていて 数学や、 医学と同じように 役立って いるのでは。純粋数学など、 役立つよりも 本当はどうなのか という 事で、長年研究しているは 多いですね。 関係者各位: 数学とは何か - 数学と人間については 下記、国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7-15 に公刊されました。 この寄稿は 高橋 渉 東京工業大学名誉教授によって、 勧められ、編集委員長、副委員長の 藤井淳一、 藤井正俊 両大阪教育大学教授を経て、協会会長の 長尾寿夫 大阪府立大名誉教授によって、修正なしに 出版されたものです。 関係者には 心から感謝致します。 ところで 数学とは何だろうかと 一層深い想いをしています。 敬具アヴェイロ大学齋藤三郎2012.5.17:15:55 No.81, May 2012(pdf 432kb) No.81, May 2012(pdf 432kb)
2012.12.15
憲法を変えるということは、 日本を変えるということ。しかも,変な人たちが 震災や、原発事故を無視して言っている。 島問題で挑発して、 危機を作っている。膨大な 国益を失っても威張っているだけ。憲法を変えるということは、今までの日本でなくするということ。しかも,変な人たちが 震災や、原発事故を無視して言っている。 島問題で挑発して、 危機を作っている。膨大な 国益を失っても威張っているだけ。少し前の自民党ならまだしも、今は劣化し、悪化し、良識派が抜けた、危険な自民党では? 石原氏などの影響も受け易い、軍国主義、アメリカ盲従の最悪では?武力で守るは、戦前の考えでは。 日本は憲法の精神で、自衛に徹して、世界の秩序は、 国連にお任せすれば。ロシアも中国」大人になりましたね。日本を衆愚に 導いたのは誰か。マスコミ、言論界では? 検察が政治介入したと疑っているのは、世界の常識。 世界は、日本がおかしい方向に流れていると危惧しているぞ。それが権力機構というものですね。 命令に従うは国家の基本、ですから、選挙は大事ですね。権力者を選ぶのですから。絶えず、マスコミとの対決、批判が大事では。環境が大事なわけですから、情報を浄化して、質の高いものにするは、文化国家を築く基本でしたね。野放しにしていたら、この低落、小沢氏無罪で、信用台無し、情けない。インターネットの世界では、小沢氏圧勝、未来圧勝; 石原氏、維新は壊滅、安倍、自民党敗北ですが、マスコミに侵された、日本はどうでしょうか。マスコミから解放すべく、矛先を変えるべきではトンネル崩落事故では 恥をかいてしまいました: 日本国はそんな事故を起こす国ではないはずだと言うのです。メルトスルー事件と共に国際信用を落としてしまった。いずれも世に稀な事故と弁明した。日本が まともな国になって欲しい と 賀状に書いてきましたが、 どんどんおかしな国になっている。 どうした日本。 おかしくはないでしょうか?首相になろうと言う人を、犯罪扱いにして、散々騒いで、抑圧していたら、実は、無罪だったとは。これあまりにも おかしいのでは? どこかの 野蛮国の事件では? マスコミ、司法に断罪を。難しく考えることはないのでは?世界が進化しているのに 戦前に戻るような考え、憲法改悪や、偏狭的な偽愛国者、軍国主義の排除は 当たり前では、島問題などで日本が挑発して、危機を煽っている。マスコミは、検察は、小沢氏無罪で、信用を落としましたから、マスコミの運動は、もはや、マイナスでは。 国民は怒って、マスコミと反対に 行動するのでは。するとスポンサーも相手にしなくなり、自滅では?打倒民主党!打倒自民党!打倒公明党!打倒維新! ― これでは、天下を動かせない。維新以外の良識派を 取り込まなければ、天下を動かせない。 日・中友好関係の 癌、石原氏の断罪 を、 維新の壊滅 を。 それらは日本の良心だと考える。 勝手に アジアの危機を 自分で 作っている、愚かさ。身勝手な政治家。国益など、無視。80を越えても これでは?マスコミ、検察に 抑圧され、無罪判決を受けた、小沢氏の圧勝による、 日本の良心を示そうではないか。 圧勝で世を震撼させ、日本の明るい、未来を切り拓こう。日本では、マスコミ、検察が 政治介入しているのか? そんな野蛮な国? 首相候補にもなった政治家が、疑いをかけられ、何年もマスコミ,検察によって抑圧されていたのでは? 無罪判決が出たが、どうしてくれる。マスコミは、社会正義も、憲法も守れず、軍国主義も抑えられないのか? 新聞は 日本を衆愚と破滅に導く、外国紙か? 情けない。人間には感情が有るから、やがて嫌悪感を持って、誰も見なくなるだろう。アメリカは、日本の自治を尊重して、政治介入を控えよ。― 日本はまともな政治家を送れ、へなへな政治家ばかり、官僚でも、言いなり、頼りない。しっかりして欲しい。マスコミ、司法まで、尻尾を振っている、愚かさである。へなへな政治家、圧力で言いなり,マスコミ、司法も 言いなり。これでは 2000年の歴史と高い文化を持つ国として 情けない。 日本国よ しっかりせよ。2012.12.7.11:45小沢氏以外は、みんな 妥協して行ったということで、 双方とも 良いのでは。 世の中は そのようなものでは。 小沢氏は、貴重で 大事だということですね。マスコミは 日本軍国主義を煽るのか。それでは、非購読運動などで、壊滅してやる。新聞の、テレビの監視を、選択を。ポルトガルでは 報道の公正さと真実性を疑う者はおらず、大学には無料で新聞が沢山提供されている。原発より怖いのは、憲法の改悪と軍国主義の台頭。眠っていた 微妙な島問題では、挑発して、日本が先に危機を作っている。挑発者の断罪を。危機をけしかけて、作っている。それは石原氏のチョッカイ、野田首相の国有化問題で、明らか。1方的に国有化を宣言すれば、戦争をけしかけたも同然では? 逆に考えれば、分かりますね。2012.12.5:0:22:数学の素晴らしい定理の発見と次の言葉で目を覚ました:日本のマスコミ関係者、司法、政治家の皆さん、日本を衆愚に導き、戦争に巻き込む道では? これは何時か歩んだ道では?小沢氏の圧勝と、石原氏の、日本維新の会の 断罪、潰滅 でなければ、日本国の良心を 世界に示せないのでは。そう言うのが マスコミと世界の 常識では? 社会正義と平和を求めるのでは? 日本よ - しっかりしようではないか。反維新、反自民、で 団結を; 反、石原、安倍、橋本で 団結を; 憲法を、平和を 守ろう。北のロケットなど 無視 が 良いですね。 花火ですね。馬鹿みたい、日本の 尖閣諸島売買と同じですね。目立ちたい 危険な政治家の典型ですね。自分の権力維持の為、戦争さえ起こして来ましたね。日本維新の会:公約に自主憲法…石原代表「中央集権打破」原発事故、震災対策、不景気で大変で、世界は平和に向かっているのに難しい憲法問題を出すなど、ピンボケ、無責任政党では、自分で余計なちょっかいを出して危機を作って、準備をしていた?一貫して応援して、再生核研究所声明まで出してきています。 民主党を割らないで、野田氏の後を狙う様に考えたのですが、難しかったようです。 菅氏に敗れたのは痛かった。マスコミ、検察に責任が。民主党より悪いのが、維新、自民党。 民主党は 政権をとったら、現実は厳しかったの 弁解の余地あり、その間、自民党は 良識派が衰退、おかしくなり、さらに危険な維新が現れた。日本国憲法の精神に近い者から、選出したい、隣国との協調を阻害する者、軍国主義、憲法を改悪しようとするも者は 排除したい。 島問題でちょっかいを出した者、司法、マスコミは断罪。外圧に 侵されている感じは 確かですね。 しっかりして欲しいですね。 マスコミ、司法、 政治家。 祖国のために しっかりして欲しい。友人からのメールですが、 民主党から維新に鞍替えしたので、入れたい政党は 皆無だと言うのです。橋本さん 最初は人気が有ったので、そう考えたのでしょうか、石原氏と組んで、大変、自民党に敗れるのでは?合戦においては、どの陣営に付くかで 命取りになりますから、政治家の先生も大変ですね。自分の責任で無く、陣営の在りようによって左右されてしまう。サッカーなどもそうですね。中国も 朝鮮も 恐れるに足らず、2000年間 日本を真面に侵略したことが無く、日本が逆に、侵略している。蒙古軍とアメリカだけ。アメリカは 日本が愚かにもけしかけている。大陸は十分に広く、纏めるのが大変、朝鮮など国さえ纏められない。2012.12.2.8:30 シャワーから出たとき、閃いた: 神とは、人類が得た総合知である。もちろん、想像したすべてが含まれる。― この閃きの意味を考えたい。マスコミの在りようは、難しい。ですから、多様な意見を取り上げ、社の意見は抑え、中立的な立場を守るのが 信頼されて、社の将来のために良いのでは。偏れば、それだけ、購読者など減らしますね。国を想う者は 立場が違っても 団結し、私利、私欲、圧力に屈している者、無責任な者 を排除しようではないか。本当ですね。若い人が、おかしいほど、中国嫌い、軍国主義的な考えが多いのには驚かされますね。憲法もそうですね。私たちは、 憲法改正など 何時も少数意見で、 公に 自民党ですら、しませんでしたが、公然と出てきたのには 驚かされますね。マスコミのキャンペーン日本をおかしくしているのですね。アジアの愚か者の 風潮が 世界の進化に逆行していて、アジアの 野蛮な地域させていますね。再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性公然と、平和憲法 に手をかけた者が 現れた、 団結して、壊滅させようではないか。それから、各論では? 戦線の統一を。団結。なぜ今憲法か、震災、原発事故対応に 大変な時。世界に誇れる未来志向の 平和憲法が、危ない、軍国主義の兆し、世界でも珍しい野蛮な動き、アジアの愚か者の典型、EUでは、助け合いと不景気で大変、日本とは、進化の、質のレベル が違いますね。マスコミが 公正で無く、偏向報道をすると、自滅の道に 繋がるのでは。 何でも、信用が大事では?挑発者を断罪にし、軍国主義を抑え、日・中友好関係の回復; 司法、マスコミを断罪にして、正し、憲法の精神に回帰する。それらには、小沢氏の政治力が 最も、必要で、有効では?小沢氏が居ないと政党の感じがしなくなるのは、 小沢氏には 理念、信頼、戦略 が有るからではないだろうか? それ故に、選挙に強い。
2012.12.14
2012年12月13日 23:12 カント哲学以前の理性と以後の理性はどう違うのですか?カントは、 論理や理性の限界をしめされたのでは。 一時は デカルトに代表されるように 論理的に世界は究められると考えられたことが有りましたが、 そうはならないと 物理学、数学の内部からも 出て来ましたね。
2012.12.14
2012年12月13日 23:12 真正の愛は、これをせよ、これをするなと言うだろうか?どう思いますか?大義、良心、神性などが 有るのでは? 再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2012.12.14
2012年12月13日 23:13 究極の神は何かを「望まれる」と思いますか?究極の神は本当に人が善悪知るの木の実を食べないことを望まれたのでしょうか?食べるか食べないか本当に神は知らないというのでしょうか?本当にそうなのでしょうか? もっと素晴らしい世界が 有りますね。 数学などですね。再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2012.12.14
2012年12月13日 23:14 世界各国が成長しきった後、何があるのでしょうか?現在、人類は2000年以上もの時間をかけて文明を発展させてきました。みんな、数学者や、 芸術家、 研究者などになるのでは?再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2012.12.14
2012年12月13日 23:15 人間はどこに向かっていると思いますか・・・? 次に触れていますね。再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
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2012年12月13日 23:17 何も残せなかったならみんな同じ、その人が生まれた必要性がない 必要性がないのならばその人が生まれなくても同じ、何かしても何ものこらないならしないのと同じこういう考えの哲学者を紹介してください 残したい、は 本能ですが、 それは間違った考えだと 知りました。 楽しく、感動するが もっとも 大事では ないでしょうか。 残しても何にもなりませんね。 お釈迦様の考えは、素晴らしいですね。 変わって行く、移ろい行くということですね。再生核研究所声明 57(2011.04.08): 人生とは何か、人生如何に生きるべきか 人生とは何か、人生如何に生きるべきか と 問えば、まず人間が動物や生物の1種であることを しっかりと捉える必要がある。 しからば 生物とは何か。 高等生物を見れば、食べて生きること、子を設けて、子を育てること、それで大体つきていると言える。 従って、人生においてもまず、これらが基本である; すなわち、食べて、恋をして、育児をして 大体終わりである。人生とはそのようなものである。大局を見れば 元祖生命体の大きな営みの一環で、実際、生物とは 遺伝子の乗り物であり、人間もその役割を果たす一存在に他ならない。したがって精々160年くらいの生存しかできないのは 道理である。食べて生きるためには、人間は 社会の一員として、社会の役割を果たし、その報酬によって生計を立てて、生活をする。 それが働くことの意味に繋がる。現在はこの基本を果たすことすら困難な状況が 広く見られる。命を繋いでいく、 恋をして子を設けるは 人生の大事で、 実際、再生核研究所声明 36: 恋の原理と心得 でその本質を論じている。 しかしながら、恋ができなくとも、人生において大した問題ではない。 それは 個人は 生態の細胞のように 一部分のような存在だからである。 その分だけ 補完する形で、自由と楽しみを 味わうことができるだろう。ゲーテは 恋の本質を深く捉えていたが、このように断言できなかったのは明らかである。そのため、恋についての誤解を広めているように考えられる。 実際、晩年においても 恋や 男女の愛を問題にしているのは 人間として高貴なこととは言えない。お釈迦様が 人生、世界の本質を深く理解され、悟られていたのは明らかである。しかしながら、人生の目標をきちんと差し示されなかったために、人生の方向性について、多くの本質的な誤解が 世に広められることになったと考えられる。そのことは 多くの仏教徒の生活を見れば、理解できるだろう。さて、自由意志を有する人間について さらに 何が人生で 問題であろうか。 すなわち、人間をその内なる世界から見れば、どのようになるであろうか。それは究極、人生の基本定理 人生の意義は感動することにある(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)ということになるだろう。 これは要するに、良い感動ができるように、好きなように生きればよいと言うことである。しかしながら、これが意外に難しく、実際、自分が 何が好きで、何を求めているかをきちんと捉えるのは そう簡単ではなくて、 実際、汝 自らを知れと 諭されてしまう。 いわんや、厳しい社会の中で、そのように考える余裕さえ持てず、社会生活を営むのに窮窮としているのが 多くの場合と言える。 実際、何も知らずに 人生終わってしまったは 世に多い。要するに人の一生も、例えば燕の一生もそう変わらないということである。 燕の方が自由で良いとも言える。感動に満ちた人生、それは 岡本太郎氏の言うように 芸術は爆発だ、どんどん爆発を続け、感動し、人生を送れれば、それは 充実した、素晴らしい人生とも言える。しかしながら、元祖生命体の雄大な営みから見れば、 所詮は儚い夢であるということを悟れば、 人生 そんなに 大したものではないと言える(再生核研究所声明 19 : 超越への道、悟りへの道)。されば、人生において確かなことと言えば、生きて存在しなければ何も始まらない (生命の基本定理) こと、人類の生存は 最も大事な事(再生核研究所声明 13: 第1原理 - 最も大事なこと)ということであり、それらに生きることこそ、大義に生きることに他ならない。(母なる地球が在って、豊かな生態系が在って、はじめて人類の生存の基礎ができるのである。 それらの持続可能な在りようを追求するのが、元祖生命体の代表である人類の 真に崇高な使命である。大義である。再生核研究所声明56)。それらを承知した上で、人間は自己の心によく、心を傾け、真に満足できるような 生き方を 社会との調和を図りながら(公正の原則、再生核研究所声明1)、 生きるべきである。以 上
2012.12.14
2012年12月13日 23:18男性48歳です。昨日初めて【素晴らしき哉、人生】原題(It's a Wonderful Life)と言う映画をみました。 本当ですね。 人生とは何かは 難しい問題ですね。 参考にして下さい:再生核研究所声明 57(2011.04.08): 人生とは何か、人生如何に生きるべきか 人生とは何か、人生如何に生きるべきか と 問えば、まず人間が動物や生物の1種であることを しっかりと捉える必要がある。 しからば 生物とは何か。 高等生物を見れば、食べて生きること、子を設けて、子を育てること、それで大体つきていると言える。 従って、人生においてもまず、これらが基本である; すなわち、食べて、恋をして、育児をして 大体終わりである。人生とはそのようなものである。大局を見れば 元祖生命体の大きな営みの一環で、実際、生物とは 遺伝子の乗り物であり、人間もその役割を果たす一存在に他ならない。したがって精々160年くらいの生存しかできないのは 道理である。食べて生きるためには、人間は 社会の一員として、社会の役割を果たし、その報酬によって生計を立てて、生活をする。 それが働くことの意味に繋がる。現在はこの基本を果たすことすら困難な状況が 広く見られる。命を繋いでいく、 恋をして子を設けるは 人生の大事で、 実際、再生核研究所声明 36: 恋の原理と心得 でその本質を論じている。 しかしながら、恋ができなくとも、人生において大した問題ではない。 それは 個人は 生態の細胞のように 一部分のような存在だからである。 その分だけ 補完する形で、自由と楽しみを 味わうことができるだろう。ゲーテは 恋の本質を深く捉えていたが、このように断言できなかったのは明らかである。そのため、恋についての誤解を広めているように考えられる。 実際、晩年においても 恋や 男女の愛を問題にしているのは 人間として高貴なこととは言えない。お釈迦様が 人生、世界の本質を深く理解され、悟られていたのは明らかである。しかしながら、人生の目標をきちんと差し示されなかったために、人生の方向性について、多くの本質的な誤解が 世に広められることになったと考えられる。そのことは 多くの仏教徒の生活を見れば、理解できるだろう。さて、自由意志を有する人間について さらに 何が人生で 問題であろうか。 すなわち、人間をその内なる世界から見れば、どのようになるであろうか。それは究極、人生の基本定理 人生の意義は感動することにある(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)ということになるだろう。 これは要するに、良い感動ができるように、好きなように生きればよいと言うことである。しかしながら、これが意外に難しく、実際、自分が 何が好きで、何を求めているかをきちんと捉えるのは そう簡単ではなくて、 実際、汝 自らを知れと 諭されてしまう。 いわんや、厳しい社会の中で、そのように考える余裕さえ持てず、社会生活を営むのに窮窮としているのが 多くの場合と言える。 実際、何も知らずに 人生終わってしまったは 世に多い。要するに人の一生も、例えば燕の一生もそう変わらないということである。 燕の方が自由で良いとも言える。感動に満ちた人生、それは 岡本太郎氏の言うように 芸術は爆発だ、どんどん爆発を続け、感動し、人生を送れれば、それは 充実した、素晴らしい人生とも言える。しかしながら、元祖生命体の雄大な営みから見れば、 所詮は儚い夢であるということを悟れば、 人生 そんなに 大したものではないと言える(再生核研究所声明 19 : 超越への道、悟りへの道)。されば、人生において確かなことと言えば、生きて存在しなければ何も始まらない (生命の基本定理) こと、人類の生存は 最も大事な事(再生核研究所声明 13: 第1原理 - 最も大事なこと)ということであり、それらに生きることこそ、大義に生きることに他ならない。(母なる地球が在って、豊かな生態系が在って、はじめて人類の生存の基礎ができるのである。 それらの持続可能な在りようを追求するのが、元祖生命体の代表である人類の 真に崇高な使命である。大義である。再生核研究所声明56)。それらを承知した上で、人間は自己の心によく、心を傾け、真に満足できるような 生き方を 社会との調和を図りながら(公正の原則、再生核研究所声明1)、 生きるべきである。以 上
2012.12.14
2012年12月13日 23:20 世界中で技術の共有を行ったほうがいいと思いませんか?本当ですね。 人類は助け合って 良い社会を 作った方が、賢明ですね。 わざわざ、無駄をしている事に 成りますね。人生も、生命も切なく儚い。 助け合えば良いものを 争ったり、軍拡する この愚かさ。 日・中関係では 日本が島問題などで挑発して緊張させている。 石原氏、 維新の断罪を、平和憲法を守ろう。
2012.12.14
2012年12月13日 8:41永遠の命が欲しいと、死にたくないと思った人はいますか?これは、 若い ある時期 だれでも思うことでは。しかし、心配ないですね。 逆にそれはおかしいと気付きますね:再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2012.12.13
2012年12月13日 8:42 デカルトの命題「我思う、ゆえに我あり」に対する反論としてはどのようなものがあるのですか?バカな僕にで分かりやすく教えていただければうれしいです。m(__)mこれは、受け入れられていて、反論、批判は無いのでは。 ただ、何もかも理論的にいかないは、 カントの批判的哲学の基では ないでしょうか。デカルトの発見は、 自己の発見、確認でとても大事な 観点では?
2012.12.13
2012年12月11日 23:20 私たちは、転生輪廻しながら、魂を鍛錬し成長していくと、思っています。犬や、猫、ペットとして名前があり、家族の一員として飼われた動物も、学びがあり、成長し輪廻転生していると、おもいます。家畜は食べられる為に生まれてきますが、やはり、一匹の家畜をとっても、その子の生きた人生観があるとおもいます。感情も、嬉しい悲しい美味しい痛い恐い安心好き嫌いなど、その子の気持ち、魂は、何百頭の中にいても、一頭の命として事実存在していました。その子は死んだあとどのような場所にいくのでしょうか?このような話に詳しい方、回答お願いします。次を参考にして下さい: 再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2012.12.12
2012年12月11日 23:22 妹を殺した人間を殴ったらいけんのですか?これはいけませんね。 法に従うのが 世の中ですね。 次を参考にして下さい: 再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは:最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば -- これは容易なことではないが -- 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360 ; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 良い社会のために-よっちゃんの想い- からド
2012.12.12
2012年12月11日 23:28 <kbdmm360@ybb.ne.jp>:弱い者は強い者に並ぶことは出来ないが、強い者は弱い者に並ぶことができる。よって、強い者が弱い者のために歩幅を合わせるのは当然ではないですか?能力の話です。弱い者は強い者に並ぶことは出来ないが、強い者は弱い者に並ぶことができる。よって、強い者が弱い者のために歩幅を合わせるのは当然ではないですか?能力の話です。これは 大変大事な 発想では。 生かしたいですね。
2012.12.12
2012年12月11日 23:2特にこの地球上における動植物の多様性、これが何の「意志」や「目的」もなく、単なる自然界の偶然により生じたものだと、どうやって感性的にも理屈的にも受け入れたらよいのでしょうか?またこういう考え方を受け入れる必要はまったくないのでしょうか?やはり神に よって作られた どのように作られたかも、 神も良く分からないと考えるのが、自然で良いのでは、 下記も参考にして下さい:再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと ― 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える:1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か.殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2012.12.12
日本が まともな国になって欲しい と 賀状に書いてきましたが、 どんどんおかしな国になっている。 どうした日本。 おかしくないでしょうか?首相なろうと言う人を、犯罪扱いにして、散々騒いで、抑圧していたら、実は、無罪だったとは。これあまりにも おかしいのでは? どこかの 野蛮国の事件では? マスコミ、司法に断罪を。難しく考えることはないのでは?世界が進化しているのに 戦前に戻るような考え、憲法改悪や、偏狭的な偽愛国者、軍国主義の排除は 当たり前では、島問題などで日本が挑発して、危機を煽っている。マスコミは、検察は、小沢氏無罪で、信用を落としましたから、マスコミの運動は、もはや、マイナスでは。 国民は怒って、マスコミと反対に 行動するのでは。するとスポンサーも相手にしなくなり、自滅では?打倒民主党!打倒自民党!打倒公明党!打倒維新! これでは、天下を動かせない。維新以外の良識派を 取り込まなければ、天下を動かせない。 日・中友好関係の 癌、石原氏の断罪 を、 維新の壊滅 を。 それらは日本の良心だと考える。 勝手に アジアの危機を 自分で 作っている、愚かさ。身勝手な政治家。国益など、無視。80を越えても これでは?マスコミ、検察に 抑圧され、無罪判決を受けた、小沢氏の圧勝による、 日本の良心を示そうではないか。 圧勝で世を震撼させ、日本の明るい、未来を切り拓こう。日本では、マスコミ、検察が 政治介入しているのか? そんな野蛮な国? 首相候補にもなった政治家が、疑いをかけられ、何年もマスコミ,検察によって抑圧されていたのでは? 無罪判決が出たが、どうしてくれる。マスコミは、社会正義も、憲法も守れず、軍国主義も抑えられないのか? 新聞は 日本を衆愚と破滅に導く、外国紙か? 情けない。人間には感情が有るから、やがて嫌悪感を持って、誰も見なくなるだろう。アメリカは、日本の自治を尊重して、政治介入を控えよ。― 日本はまともな政治家を送れ、へなへな政治家ばかり、官僚でも、言いなり、頼りない。しっかりして欲しい。マスコミ、司法まで、尻尾を振っている、愚かさである。へなへな政治家、圧力で言いなり,マスコミ、司法も 言いなり。これでは 2000年の歴史と高い文化を持つ国として 情けない。 日本国よ しっかりせよ。2012.12.7.11:45小沢氏以外は、みんな 妥協して行ったということで、 双方とも 良いのでは。 世の中は そのようなものでは。 小沢氏は、貴重で 大事だということですね。マスコミは 日本軍国主義を煽るのか。それでは、非購読運動などで、壊滅してやる。新聞の、テレビの監視を、選択を。ポルトガルでは 報道の公正さと真実性を疑う者はおらず、大学には無料で新聞が沢山提供されている。原発より怖いのは、憲法の改悪と軍国主義の台頭。眠っていた 微妙な島問題では、挑発して、日本が先に危機を作っている。挑発者の断罪を。危機をけしかけて、作っている。それは石原氏のチョッカイ、野田首相の国有化問題で、明らか。1方的に国有化を宣言すれば、戦争をけしかけたも同然では? 逆に考えれば、分かりますね。2012.12.5:0:22:数学の素晴らしい定理の発見と次の言葉で目を覚ました:日本のマスコミ関係者、司法、政治家の皆さん、日本を衆愚に導き、戦争に巻き込む道では? これは何時か歩んだ道では?小沢氏の圧勝と、石原氏の、日本維新の会の 断罪、潰滅 でなければ、日本国の良心を 世界に示せないのでは。そう言うのが マスコミと世界の 常識では? 社会正義と平和を求めるのでは? 日本よ - しっかりしようではないか。反維新、反自民、で 団結を; 反、石原、安倍、橋本で 団結を; 憲法を、平和を 守ろう。北のロケットなど 無視 が 良いですね。 花火ですね。馬鹿みたい、日本の 尖閣諸島売買と同じですね。目立ちたい 危険な政治家の典型ですね。自分の権力維持の為、戦争さえ起こして来ましたね。日本維新の会:公約に自主憲法…石原代表「中央集権打破」原発事故、震災対策、不景気で大変で、世界は平和に向かっているのに難しい憲法問題を出すなど、ピンボケ、無責任政党では、自分で余計なちょっかいを出して危機を作って、準備をしていた?
2012.12.11
2012年12月10日 23:40画家の多くが、死んでから評価が高まるのは何故ですか?評価が 難しくて、 評価され 広まるまで 時間が かかってしまうということですね。
2012.12.11
2012年12月11日 4:58 地球温暖化環境問題と人口問題は 人類の生存の 2大問題では、次を参考にして下さい: 再生核研究所声明 56(2011.04.06): アースデイ の理念先ず、アースデイの概念であるが、グーグルで検索すると、環境関連の会議で、環境問題についての討論集会、環境のかかえる問題に対して人びとに関心をもってもらおう、 地球環境を守る意思表示をする国際連帯行動 などから、地球環境を大事にしようという概念が 鍵となっているようである。そこで、地球について改めて、考察し、かけがいのない地球 に想いを致し、元祖生命体における人類の使命(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判)を自覚するように 訴えます。広大な宇宙空間で、地球のように 生命が繁茂し、人間のような ある程度の精神作用や自由意志を有する高等生物が生息する天体は 未だ見つかっていない。 このことからも、既に 地球が広大な宇宙の中で、かけがいのない存在 であることが分かる。 人類が存在して、初めて、全てのことは始まるから、人類の生存は 最も大事な ことになる(再生核研究所声明13)。 雄大な生態系において、人類はその頂点に位置していて、自由意志と能力によって、地球や生態系に重大な影響を与えている。 実際、人類が望めば、原爆などで地球を破壊し、生命の絶滅も可能であろう。しかしながら、実は、人類の自覚が無ければ、このままでも 生態系が破壊され、少なくとも人類絶滅にいたるのは 物理的にも 容易に想像される。実際、地球外から地球を見れば、人類が如何に自然と生態系を破壊して来たかが、良く理解できる。人類こそ、地球の生態系を蝕む、がん細胞のような存在であることを しっかりと理解する必要がある。がん細胞が増殖すれば、生態系は乱され、やがて がん細胞すら存在しえなくなるのは明らかである。このような観点から、地球環境の保全、特に生態系の保全に特別な想いを致すのが、アースデイの理念 でなければならないと考える。生きている地球が、地震などを起こすのは道理である。 地球と仲良く生きるとは、地震などにも柔軟に対応できる生き方をするということである。母なる地球が在って、豊かな生態系が在って、はじめて人類の生存の基礎ができるのである。 それらの持続可能な在りようを追求するのが、元祖生命体の代表である人類の 真に崇高な使命である。大義である。生態系の在りようは 多様性によって裏付けられているが、その実体は未だ 人知の及ばない領域とも言えるから、人類は謙虚になって、1) 人類の立ち入らない島や、地域の制定2) あらゆる生物種の保存に努力するように訴える。 人生で確かなこととは 生きて存在しなければ何も始まらない (生命の基本定理) ということであり、生態体系の保存に心すべきであり、元祖生命体の進化を見守りたい。 また、広い存在領域の確保のためにも、地球外への進出も企てたい(再生核研究所声明32) 以 上 再生核研究所声明 21 (2009/01/04): 人口問題についての考察再生核研究所は より良い社会を作るためには 政治が重要であるとの考えから、時の政治について評価、批評 あるいは あるべき姿を提言、表明してきた。また絶対的な世界の平和のために 具体的な在り様についても提案してきた(声明10)。そして、より良い社会の実現のためには 公正の原則 に基づくべきである(声明1)と述べてきた。また、地球の有限性に対する人類の自覚(声明13)をも促してきた。しかしながら 世に混乱が増大する大きな要因として、地球の人口の急激な増加を考えなければならない。既に人類が良い社会生活を営む為には、エネルギー、食糧、自然環境などの基本的な条件から判断しても、人口が多すぎる時代を迎えていることを, 冷静に受けとめる必要がある。もし、人口問題、特に人口の抑制にうまく対応できなければ、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の主因に成りかねないと考える。よって人口抑制の視点が無ければ、如何なる思想といえども いずれ行き詰まるものと考えます。ゆえに、世界の在り様の基本として、人口抑制の視点を強める事を提案します。この難しい問題の基本を、あらゆる生物の繁茂と衰退から学ぶべきであると考えます。生物の本能原理を超えて、人口を抑制する原理は、声明19-超越への道、悟りへの道 に求めることができると考えます。人間はただ本能的に 人口、子孫を増加すれば良いという考えを改め、負の人生もあり得る と考えて、自ら人口の抑制を図る必要があると考えます。生まれてくる子供には何の罪もないのであるから、子供達が人生を肯定できるような人生を歩ませる展望が無ければ、親は無責任に子供をもうけるべきではない、という見解が出てくると考えられますが、如何でしょうか。あらゆる宗教は このような見解をとって来なかったと理解していますが、如何でしょうか。主な宗教は、地球の有限性が露になる以前に生まれたという事実を 重く受け止める必要があると考えます。再生核研究所は 生命、文化、社会の再生を目指している研究所です。然るに それらの目的の為には、人口の抑制が必要であると述べているのです。 これらの見解と具体的な対応、提案については、当分世の意見を伺いたいと考えます。この問題を国家レベルで見れば、日本国のように、急激な人口減に陥り、国家や社会が人口減を食い止めようとする政策をとっている国々があるが、これは当然の政策として理解できるものである。しかしながら他方、人口の増加によって、国が上手く行かない状況に陥っている国々もある。これを無批判、無条件に援助によって、結果的に人口を増加させている状況があるとすれば、それは はなはだ問題であると考える。人口問題は各国家で責任をもって進め、他国に援助や影響を与えてはならないという事(縄張りを侵さないということ)は、あらゆる生物を支配している原理であると考える。もしこれを曖昧にすれば、国際紛争は避けられず、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の大きな要因に成りかねないと考える。また、日本国で考えられているように、多くの失業者を自国に抱えながら、単に経済な効率の視点から 安い労働者を海外から招こうしているが、これは国家とは何か、民族とは何かという視点、個性ある国家と文化の視点ばかりではなく、世界の人口の抑制の観点からも はなはだ問題であると考えます。以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/はじめに次の再生核研究所声明の趣旨に従って より良い社会になるようにとの願いを込めて、いろいろな社会問題について素人の立場から 率直に意見を纏めてきました。これらを素にいろいろなご意見を出し合い 少しでもより良い社会になるように 努力していきたいと思います。情報化と民主主義の世の中では 結局素人の意見が政治を動かし、文化を創造し、発展させ、人々がそれらを享受していくわけですから 多くの人々の努力が不可欠になると考えます。この様な趣旨に参加され、意見を広く交換して行きたいと考えます。積極的な参加をお願いします。ここで纏められた考えは素人の狭い、偏った考えと思いますので、今後の議論のきっかけにして頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。「みなさん、美しい意見を自由に 世にこだま させ、一緒に より良い社会を築いていこうではありませんか。」再生核研究所 代表 齋藤 尚徳2007/1/27 再生核研究所 代表 齋藤 尚徳 E-mail: kbdmm360@yahoo.co.jp再生核研究所声明について:下記の趣旨で、再生核研究所声明を発表していきたいと思いますので、ご参加して頂ければ幸いです。また、助言やご意見などを頂ければ幸いです。世の中を良くするための声明を編集して、広く社会に訴えていく。まとまりができたら雑誌のように編集して本の形で出版することを考えています。 研究所で採択されたものは、起案者の名前や所属をつけて(匿名も可) 一般の論文のようにまとめ、インターネットやマスコミなどを通して、広く社会に広めていく。また友人などに積極的に広めて頂く。(このような企画を進める背景については 求めに応じて、メールにて送信するように努力致します)編集方針:1) 一般の方々から、上記のメール アドレスにて、声明案を受け付けます。2) 再生核研究所で審査し、採択された場合には、声明の著作権は再生核研究所に所属する。3) 世の中を良くするための考え、提案は永い歴史の中で既に述べられていると考えられるので、引用する場合には文献を明瞭にして、著作権に抵触しないように十分配慮して声明を作成して下さい。 また、引用がきちんとしていれば声明は独創的である必要はありません。社会に貢献できる文献は積極的に取り上げていきたい。4) 声明が世の中を良くするために実効のあるものになるように、現実的な問題を積極的に取り上げていきたい。政治、平和、北朝鮮、生命倫理、教育、環境、家族、個人の生き方の問題などで、声明が歴史的な役割を果たすことを目指す。5) 研究所が同意するものではなくても、声明が社会にとって価値ある視点を与えると判断されるものを積極的に取り上げていきたい。6) 発表される声明に対する責任と名誉は一般の学術論文のように考える。すなわち、著名入りの著者と審査した研究所が相当の責任と名誉を持つ。7) 原稿の作成はワードその他編集可能な方法で行い、原稿の形式は日本語で、添付のサンプルに従う(本当は英語で、国際的にやりたいのですが、まだ組織不足のため当分の間は)。しかし形式は個性を活かすために相当の自由が認められる。概ねA4版用紙2ページ以内を基準とする。8) 上記のさまざまな難しい問題に対処するために、研究所は問題を提起して、多くの人に意見を求める。また、逆に問題も広く受け付ける。9) このような企画は、協力者を求め、規定、審査組織、広報組織、行動組織などを整え、実効力のあるものにしたいので、積極的な参加をお願いします。 以上良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2012.12.11
2012年12月11日 5:00 貧困問題について教えてください。基礎的な教育がなされていなく、 無責任に 子供をつくる ような状況が有るのでは。 いわゆる 文化国家や 先進国では 人口が減っている 現実が有りますね。これは、自然な成り行きの部分が有るのでは。人口の抑制の教育は 世界的に必要では?再生核研究所声明 21 (2009/01/04): 人口問題についての考察再生核研究所は より良い社会を作るためには 政治が重要であるとの考えから、時の政治について評価、批評 あるいは あるべき姿を提言、表明してきた。また絶対的な世界の平和のために 具体的な在り様についても提案してきた(声明10)。そして、より良い社会の実現のためには 公正の原則 に基づくべきである(声明1)と述べてきた。また、地球の有限性に対する人類の自覚(声明13)をも促してきた。しかしながら 世に混乱が増大する大きな要因として、地球の人口の急激な増加を考えなければならない。既に人類が良い社会生活を営む為には、エネルギー、食糧、自然環境などの基本的な条件から判断しても、人口が多すぎる時代を迎えていることを, 冷静に受けとめる必要がある。もし、人口問題、特に人口の抑制にうまく対応できなければ、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の主因に成りかねないと考える。よって人口抑制の視点が無ければ、如何なる思想といえども いずれ行き詰まるものと考えます。ゆえに、世界の在り様の基本として、人口抑制の視点を強める事を提案します。この難しい問題の基本を、あらゆる生物の繁茂と衰退から学ぶべきであると考えます。生物の本能原理を超えて、人口を抑制する原理は、声明19-超越への道、悟りへの道 に求めることができると考えます。人間はただ本能的に 人口、子孫を増加すれば良いという考えを改め、負の人生もあり得る と考えて、自ら人口の抑制を図る必要があると考えます。生まれてくる子供には何の罪もないのであるから、子供達が人生を肯定できるような人生を歩ませる展望が無ければ、親は無責任に子供をもうけるべきではない、という見解が出てくると考えられますが、如何でしょうか。あらゆる宗教は このような見解をとって来なかったと理解していますが、如何でしょうか。主な宗教は、地球の有限性が露になる以前に生まれたという事実を 重く受け止める必要があると考えます。再生核研究所は 生命、文化、社会の再生を目指している研究所です。然るに それらの目的の為には、人口の抑制が必要であると述べているのです。 これらの見解と具体的な対応、提案については、当分世の意見を伺いたいと考えます。この問題を国家レベルで見れば、日本国のように、急激な人口減に陥り、国家や社会が人口減を食い止めようとする政策をとっている国々があるが、これは当然の政策として理解できるものである。しかしながら他方、人口の増加によって、国が上手く行かない状況に陥っている国々もある。これを無批判、無条件に援助によって、結果的に人口を増加させている状況があるとすれば、それは はなはだ問題であると考える。人口問題は各国家で責任をもって進め、他国に援助や影響を与えてはならないという事(縄張りを侵さないということ)は、あらゆる生物を支配している原理であると考える。もしこれを曖昧にすれば、国際紛争は避けられず、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の大きな要因に成りかねないと考える。また、日本国で考えられているように、多くの失業者を自国に抱えながら、単に経済な効率の視点から 安い労働者を海外から招こうしているが、これは国家とは何か、民族とは何かという視点、個性ある国家と文化の視点ばかりではなく、世界の人口の抑制の観点からも はなはだ問題であると考えます。以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/はじめに次の再生核研究所声明の趣旨に従って より良い社会になるようにとの願いを込めて、いろいろな社会問題について素人の立場から 率直に意見を纏めてきました。これらを素にいろいろなご意見を出し合い 少しでもより良い社会になるように 努力していきたいと思います。情報化と民主主義の世の中では 結局素人の意見が政治を動かし、文化を創造し、発展させ、人々がそれらを享受していくわけですから 多くの人々の努力が不可欠になると考えます。この様な趣旨に参加され、意見を広く交換して行きたいと考えます。積極的な参加をお願いします。ここで纏められた考えは素人の狭い、偏った考えと思いますので、今後の議論のきっかけにして頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。「みなさん、美しい意見を自由に 世にこだま させ、一緒に より良い社会を築いていこうではありませんか。」再生核研究所 代表 齋藤 尚徳2007/1/27 再生核研究所 代表 齋藤 尚徳 E-mail: kbdmm360@yahoo.co.jp再生核研究所声明について:下記の趣旨で、再生核研究所声明を発表していきたいと思いますので、ご参加して頂ければ幸いです。また、助言やご意見などを頂ければ幸いです。世の中を良くするための声明を編集して、広く社会に訴えていく。まとまりができたら雑誌のように編集して本の形で出版することを考えています。 研究所で採択されたものは、起案者の名前や所属をつけて(匿名も可) 一般の論文のようにまとめ、インターネットやマスコミなどを通して、広く社会に広めていく。また友人などに積極的に広めて頂く。(このような企画を進める背景については 求めに応じて、メールにて送信するように努力致します)編集方針:1) 一般の方々から、上記のメール アドレスにて、声明案を受け付けます。2) 再生核研究所で審査し、採択された場合には、声明の著作権は再生核研究所に所属する。3) 世の中を良くするための考え、提案は永い歴史の中で既に述べられていると考えられるので、引用する場合には文献を明瞭にして、著作権に抵触しないように十分配慮して声明を作成して下さい。 また、引用がきちんとしていれば声明は独創的である必要はありません。社会に貢献できる文献は積極的に取り上げていきたい。4) 声明が世の中を良くするために実効のあるものになるように、現実的な問題を積極的に取り上げていきたい。政治、平和、北朝鮮、生命倫理、教育、環境、家族、個人の生き方の問題などで、声明が歴史的な役割を果たすことを目指す。5) 研究所が同意するものではなくても、声明が社会にとって価値ある視点を与えると判断されるものを積極的に取り上げていきたい。6) 発表される声明に対する責任と名誉は一般の学術論文のように考える。すなわち、著名入りの著者と審査した研究所が相当の責任と名誉を持つ。7) 原稿の作成はワードその他編集可能な方法で行い、原稿の形式は日本語で、添付のサンプルに従う(本当は英語で、国際的にやりたいのですが、まだ組織不足のため当分の間は)。しかし形式は個性を活かすために相当の自由が認められる。概ねA4版用紙2ページ以内を基準とする。8) 上記のさまざまな難しい問題に対処するために、研究所は問題を提起して、多くの人に意見を求める。また、逆に問題も広く受け付ける。9) このような企画は、協力者を求め、規定、審査組織、広報組織、行動組織などを整え、実効力のあるものにしたいので、積極的な参加をお願いします。 以上良い社会のために―よっちゃんの想い― からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2012.12.11
012年12月9日 23:34 <日本ではなぜ正しい者が誹謗中傷を受ける風潮があるのでしょうか?。小沢さん、土井たか子さん、福島瑞穂さんを見ていると正に正しい者が報われない、それどころか足を引っ張られる社会なのだとつくづく思います。これは、アメリカに 支配されていて、 アメリカが圧力をかけているのですね。 言いなりになっている、マスコミ、 検察が だらしないからですね。 自主独立の基本がない、正義も 公正も貫けない。
2012.12.10
2012年12月9日 23:35 死後の客観的世界について。地球という今私が生きているこの客観的世界は、私が死んだとき、その瞬間終わるのではないか-という疑問があります。生まれる前のようで ですね。死は 怖ささえない世界ですから、 何も気にする必要がないですね。いろいろ再生核研究所声明の中で、死や、悟る心構えも 触れています。政治家など それらを 学習すれば 論戦などで 後れをとっとりしないですね。 大義に生きられますね。
2012.12.10
2012/12/9 1=0.9999.....は正しいでしょうか?なにもかもすっかり 分かるように 説明したことがあります。 何と NHK の インタービューです。 関係者各位: 数学とは何か - 数学と人間については 下記、国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7-15 に公刊されました。 この寄稿は 高橋 渉 東京工業大学名誉教授によって、 勧められ、編集委員長、副委員長の 藤井淳一、 藤井正俊 両大阪教育大学教授を経て、協会会長の 長尾寿夫 大阪府立大名誉教授によって、修正なしに 出版されたものです。 関係者には 心から感謝致します。 ところで 数学とは何だろうかと 一層深い想いをしています。 敬具アヴェイロ大学齋藤三郎2012.5.17:15:55 No.81, May 2012(pdf 432kb) No.81, May 2012(pdf 432kb)
2012.12.10
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