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線形変換の原理と離散化法:昨日から、今日 気づいたことです。線形変換に再生核の理論を用いる考え方ですが、再生核の対称な表現で考えるのですが、そのような表現は、コルモゴロフ、確率論で広く現れ、確率過程論では、再生核の実現の方法と考え、等長関係は認識していますが、線形写像の 像の特徴づけ との認識は 未だ明確に述べられず、したがって、逆変換の公式に 使っているのは、1983年Proc. AMS,1982年Proc. Japan Academy に出版して以来、沢山、論文、本を出版しているものの 私だけである という奇妙な事実に気づきました。線形変換に その形を結びつけたのは、本当に小さなことですが、認識の大きな違いで、大きな解釈の違いが生じました。なお、後者の論文は 吉田耕作先生によって、受理されたものです。― 内容の重要性を認識して、2つの雑誌に投稿したのですね。― 正確には忘れましたが、Donoghue教授の講評も まさにそこを言っていたと思います。ちょうど30年前のことです。ところが、昨年、変な世界に紛れて、苦しんでいたのを 抜けた新しい考えは、有限デタを用いると 再生核空間は簡単に実現でき、したがって 逆変換が一般的に得られ、離散化の新しい原理が 得られるということです。まずは線形問題なら 相当に一般的に 離散化方程式の解を 比較的簡単に表現できるということです。今、いろいろな偏微分方程式の解を 表現しています。解析的な問題、解を 計算機に載せるには、離散化の手順が 必要ですが、有限要素法、差分法よりも 優れているのでは と 観測しています。それが、実証できれば、下記、本能寺の変、信長の言う 度肝を抜いたような 研究となって、面白いのですが、関係者の参加と協力が無ければ、夢となりますね。2012.7.23.14:50美空ひばり~芸能生活35周年記念--05 悲しい酒 ひとりぼっち ある女の詩何と素晴らしい歌手だろう。しかも、堪らない 美しさが 十分に表れている。十分に余裕をもって、全てを身につけて、消化して 歌い上げていますね。伍代夏子 ある女の詩(うた) 日本の美女の冠詞が ついてしまいますね。 歌い方は、深い。美空ひばりさんの 35周年のと 比較すると、共に素晴らしさが 良くわかりますね。共に 絶妙、神秘的な 美しさですね。最近、仕事を片づけて、何か確認するように、繰り返し 拝見している。2012.7.8.11:40本能寺の変 2/2信長の無念をかみしめて、修行に励みたい。2012.6.8.20:50しかし、地球すら いずれ壊滅するだろう。その時、世界史は結局 空に帰するだろう。そこで、本能寺の変が起きたら、余計なことを続ける必要が無くなった、これ幸いと考えれば 良いですね。2012.6.11.09:45http://www.youtube.com/watch?v=jm1SSDx8dzA2012.7.23.16:40
2012.07.23
2012年7月22日 9:03 なぜ宗教があるのか ?これは、宗教の定義、神の定義を しっかりさせないと 正確な議論は できませんね。しかし、常識的には、1) 助けて欲しい2) 救って欲しい3) 世界の創造者は 存在する などでは。 苦しい時は 助けて欲しいと願い、 死ぬときは 宜しくお願いしたい と願いますね。また、世界を創造された もの に畏敬の念を 擁くのも自然で、 普遍的な 心情では?
2012.07.22
2012年7月22日 9:04 大学の授業で唯心論とは「本当に存在するのは心(の世界)だけとする考え方」と教わったのですが、今一つ理解ができません。例えば現に今この質問を投稿するのに僕が使用しているパソコンという「物」が存在してます。これを唯心論はどう説明するのですか?それも、心に映った 影のように 捉えるのですね。 しかし、在るということは どのようなことか と考えると、 まんざら、嘘とも言えないですね。何にも分からなくなって、 思っている心だけしか、無いとも言えますね。他方、世の中のすべてが、影のような存在だと言いきれず、 唯心論では世界の説明はできず、生きていけないのでは。 他方、唯物論も同じような問題にぶつかり、空虚になってしまいますね。
2012.07.22
2012年7月22日 9:05 答えは、必ずしも数学においても理論においても一つではないと考えていますがおかしいですか??例えば1+1=2なんかは、計算式を考えた人の答えが2であって理論もすべて考え方によってどんなとり方もできる そう考えれば答えは一つではないと思うのですがご意見などを教えてください。それは、いろいろな理論体系で、いろいろあると考えるのが適当ですね。数学では、そのような論理、公理系の下では と 何時も条件が付いていますね。言っている、主張している 論理体系がきちんとしているのが 数学の強み、素晴らしい点ではないでしょうか:数学を推し進める論理は、人類共通のようにみえるが、他の生物が 他の共通の論理で、違った数学を作る可能性はないだろうか。 不安になって来た。 カントの純粋理性批判には、 否定的なことが述べられていたように 感じる。 2012.5.28.11:55関係者各位:数学とは何か ― 数学と人間については 下記、国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 に公刊されました。 この寄稿は 高橋 渉 東京工業大学名誉教授によって、 勧められ、編集委員長、副委員長の 藤井淳一、 藤井正俊 両大阪教育大学教授を経て、協会会長の 長尾寿夫 大阪府立大名誉教授によって、修正なしに 出版されたものです。 関係者には 心から感謝致します。 ところで 数学とは何だろうかと 一層深い想いをしています。敬具アヴェイロ大学齋藤三郎2012.5.17:15:55 No.81, May 2012(pdf 432kb) No.81, May 2012(pdf 432kb)
2012.07.22
2012年7月22日 9:07 「グローバリズムについて」これは大きな課題で 個々の問題によって 分けて考える 必要が あるのでは。特に、個々の 局所的な国、地域には、 伝統や特徴、 歴史が有るので、一般に 大勢、 グローバリゼーシオンの影響を受けるときには、 十分な配慮を行う様にして、 調和を 図ることが大事では?
2012.07.22
2012年7月22日 9:07 人為的な「教育」と我々の本能について精神が敏感かつ繊細になるのは、「教育」によるものであるだろう。我々は感情を人為的に幼児に埋めつけ、「教育」しているのだ。例えば、幼稚園での先生たちとの触れ合いや、テレビなどのメディアによる倫理感の学習。いずれも適切な見解ですね。そこで、l教育とはという難しい問題が生じますね。次を参考にして下さい。 他にも いろいろ触れています。 再生核研究所声明 76(2012/2/16) 教育における心得 ― 教育原理人間の教育には微妙で複雑な要素がある。 その要点について触れ、教育の原理に思いを寄せたい。 また、学校教育や、家庭教育、人間の在りようの心得としたい。教育とは要するに、 外なる刺激で、人間の成長、発展を促すことであるが、要点は外なる刺激が、個々の人間にどのように影響して、好ましい影響を与えるかである。好ましい影響とはそもそも何であろうか。 簡単に考えれば、次が 基本ではないだろうか:個人の才能を伸ばしたり、活かしたり、 究極には個人が幸せになること、 および良き社会人になり、社会に貢献できるような人間に成長できるようにすること。両者は矛盾するものではなく、表裏一体、車の両輪と言えるだろう。なぜならば、 人間は 社会の中の存在だからである。まず、大いに注意したいのは、 人間が教育を受けて、大きく性格、人格、価値観、感性などなどが 強い影響を受ける事実である。これは教育を受けて を 環境によってと 広く言い換えられる。 特に幼児教育の影響は甚大であるとも言える。 あたかも人間が形成されていくように思える程である。 顕著な例が、言葉の学習である。 実際、普通の人間ならば、 幼児の時代に過ごした、どのような世界の言語も 自然に話せるようになるだろう。 これは事実驚異的なことと言える。 幼児教育が、どのような環境、教育でどのような影響を与えるかの研究は ほとんど未知の研究分野ではないだろうか。いろいろな天才の出現; 音楽や芸術の才能、スポーツの才能の開花、数学の才能の開花、などなど広範に及ぶ、才能の開花と環境の影響である。 大きな未知の分野として、触れておきたい。次に人格形成の時期における問題である。 人は好きなことをやりたくなり、感動する分野で,価値を見出すであろう。 ここが大問題である。どうして、そのような感性がどのような環境、教育で育つのであろうか。 好き嫌いなどの感性、感動する対象がどのようにして定まって来るのであろうか。 固有の人間の生命活動と、環境の極めて複雑な関係で発達するようにみえ、その過程は極めて漠然としているのが現状ではないだろうか。あまりにも未知のことが広くて、深いので、そこで、基本として自由放任主義や自由を尊重した教育原理が考えられるのは、当然である。また、それは、自然に帰れとも表現されるだろう。もちろん、これでは、 良き社会人としての人間の成長が望めず、また、社会、文化の継承の面からも基本的な問題が生じる、 そこで、基本的なカリキュラムを用意して、学校生活を 調えて、教育を組織的に行うことになる。個性を生かす、個人の能力を活かす、個人の全人的な成長を図ること; 良き社会人を育成し、文化の継承を図る、これらは教育の基本的な要素、教育原理であると考えられる。軍国主義的な教育、偏狭な愛国主義的な教育が、 また、宗教などが 全人格に甚大な影響を与えてきた事実を振り返るまでもなく、学校教育の影響も強く、他方、いろいろな個別的な、専門教育も、特殊教育も個人に甚大な影響を与えてきた多くの例を想起したい。特に注目したいのは、初めて受けた教育の影響の大きさである。 若いときに受けた教育の影響が 後々まで影響を与えて、3つ子の魂百までもの諺は、教育の故か、人の性格は変わらない事実を 如実に示している。 3つ子の性格は もちろん大きく、環境と教育の影響を受けているのは当然である。 狼に育てられれば、狼のようになってしまう。 大学で、ある専門に惹かれると、終生その学問・研究に惹かれ、没頭して、そこに自分の世界を見出すのは 世に多い現象である。 後で、変更できないような甚大な影響を受けるので、何事初期教育は極めて大事な観点ではないだろうか。この声明の意図は、教育の枠をはめすぎ、型にはめすぎると、変な人間ができる危険性が高いのではないかと 注意を喚起することである。日本の大きな教育目標が 本来あるべき教育の理念からずれ、受験勉強やそのための学力を付ける いわゆる科目の勉強に重点が行き過ぎてはいないだろうか。 ひどい場合だと、ただ良い大学に入ることばかりが目的で、文科系を専攻したいのに、理工系,医学系が 評判が良いので 評判の良い方に入学したということは 世に多い現象である。 また、近年はいわゆる名門大学に入るために、 小さなころから 塾通いをしたり、入試を有利にするために、専門的な学校に入学して、特訓をしている場合が 世に多いのではないだろうか。これらは、昔の軍国主義教育と同じように 何か変な教育で、おかしな人間を大量に育てているのではないかとの危惧の念を抱いている。また入試の共通テスト方式の悪い影響を危惧したり(再生核研究所声明 20:大学入試センター試験の見直しを提案する)、貧しい、競争をあおる風潮にも懸念を表明したり(再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に)、 天才教育などに対する配慮なども提案している(再生核研究所声明 60: 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会)。そのような面からも、日本の教育の在りようについては 初心に戻って考え直す必要が有るのではないか(再生核研究所声明 70 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず)と、 再検討を広く訴えたい。EUやアメリカでは、日本のような上記教育問題が 顕在化していない様に見えるが、実体の解明と比較検討は 大いに参考になるのではないだろうか。もちろん 教育の問題は、人間存在の意義 と同じく、永遠の問題であり、絶えず、各級で検討され続けて行かなければない。以 上
2012.07.22
2012年7月22日 9:08 人間の感覚における物の大小及び時間の長短・・・物の大小、また時間の長短というものは、人間の感覚において捉えられるところのものですよね?それは間違っていますね。 時間も空間も、大小も 人間を離れて、存在していますね。 科学の世界の多くは そうですね。人間がそれらに 感情を入れているだけですね。
2012.07.22
2012年7月22日 9:16 アメリカもフランスも原発大国で沢山原発がありますが、大地震や津波などほとんどないような場所に立地し、なるほど、 言われることは良くわかりますね。 反省すべきことは 沢山ありますね。しかし、日本の優れていることも 沢山あるので、反省しながら、 進みたいと思います。あの小さな国がどうして、世界第2の経済大国に 成ったり、 日本製品、日本文化は 素晴らしいなどとの賛辞も頂いているので、 自信をもって考えるべきでは?
2012.07.22
2012年7月22日 1:05 ソクラテスの無知の知について学校でソクラテスの無知の知について50字で説明しなさいと言われたのですが自分が知らないことを知っている。自らの知の限界を知る者こそ未知の領域へと踏み出すことができる。これはあっていますか?少し、ニュアンスを変えられたら、如何でしょうか。人間は、実は、大事なことを何ひとつ知らないこと事実、真実を知って、その自覚から、真の智を求めよう。 と言っているのでは。
2012.07.22
2012年7月22日 1:06 東洋哲学が西洋哲学より2000年進んでいるというこの見解を支持しますか?お釈迦さまに 原理をもつ、仏教哲学など、確かに ギリシャや宗教に根差す 西欧哲学より、質が高いのではないかと 感じるのは、仏教の影響でしょうか。人間、人生、世界に対する 思索は 東洋の方が深く、優れているのではと感じます。
2012.07.22
2012年7月22日 1: 宇宙一偉大なものは??「時」でしょうか?それとも「マンネリ」でしょうか?それは 最も大事なもの、生命、人間ですね: 最も大事なこと再生核研究所声明13 (2008/05/17) 世界の如何なるものも環境内の存在であり、孤立した存在は有り得ない。世界の如何なる芸術も真理もまた一切の価値は、人類が存在して初めて意味のある存在となる。従って人類の生存は、如何なるものをも超えた存在であり、すべてに優先する第1原理として、認識する必要がある。よって環境や戦争については、多くの人間の関与すべき重要な問題と考えなければならない。21 世紀は、近代科学の進歩によって、地球の有限性が顕わになり、人類絶滅の可能性を感じせしめるようになってきた時代とも言える。 国が栄えなければ、地方の栄えは考えられず、県などが栄えなければ、市町村などの発展は望めない。市町村などが健全でなければ、地域は栄えず、住民や家庭の健全な生活は不可能である。しかしながら、現実的な対応としては、逆方向の発展を考えざるを得ない。すなわち私たち個人、および個人の近くから、より良い社会、環境になるように努力していくことである。孤高の存在は所詮空しく、儚いものである。それゆえに、われわれは各級のレベルにおける環境と社会に思いを致すことに努力して行こうではありませんか。 特に、われなき世界は、存在すれども、何事をも認識できず、知ることもなく感じることもできない。よって、われ存在して初めて、世界を知ることになるから、健全なる個人の存在は、個人にとっては最も大事な第1原理に考えざるを得ない。これは言い古されてきた、まず健康ということ、に他ならない。われなき世界とは、自分が影響を与えない世界のことである。この個人と社 19 第1章 美しい社会のために会の関わりは、愛とよばれている、愛の本質である。それは男女の愛と親子の愛が基本になっている。それはまた「じんかん」とよばれる人間存在の本質でもある。 この声明は、地球環境を限りなく大事にし、世界の平和を確立し、社会を大事に思い、世界の拡大と深化を、個人を尊重しながら、積極的に進めることを、各級のレベルで努力することを要請しているものである。その原理は、人間存在の本質である、人間存在における三位一体の理「存在、知、愛」の存在して、初めて知り、求めることができるという原理を、いわば当たり前のことを、確認しているに他ならない。(しかしながら、実際にはこの自明な、重要な原理は、解析接続のように必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させ、雄大な世界を拓くのであるが、私個人はこの古い世界で生涯を閉じようとしていて、その世界には立ち入らないことにしたいと思う。不思議にも少年時代に宇宙論と共にその世界を覗いたのですが、怖くなって覗かないようにしました。それはガウスが非ユークリッド幾何学を発見したが、世の反響の大きさを恐れて発表を控えたのと同じ心境です)
2012.07.22
2012年7月22日 1:10 Saitoh 地球に優しいという表現について×地球にやさしい→○人間にやさしいとなぜ地球に優しくなるのか。?自然豊かなのが地球にやさしいのか。次を参考にして下さい: 再生核研究所声明 56(2011.04.06): アースデイ の理念 先ず、アースデイの概念であるが、グーグルで検索すると、環境関連の会議で、環境問題についての討論集会、環境のかかえる問題に対して人びとに関心をもってもらおう、 地球環境を守る意思表示をする国際連帯行動 などから、地球環境を大事にしようという概念が 鍵となっているようである。そこで、地球について改めて、考察し、かけがいのない地球 に想いを致し、元祖生命体における人類の使命(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判)を自覚するように 訴えます。広大な宇宙空間で、地球のように 生命が繁茂し、人間のような ある程度の精神作用や自由意志を有する高等生物が生息する天体は 未だ見つかっていない。 このことからも、既に 地球が広大な宇宙の中で、かけがいのない存在 であることが分かる。 人類が存在して、初めて、全てのことは始まるから、人類の生存は 最も大事な ことになる(再生核研究所声明13)。 雄大な生態系において、人類はその頂点に位置していて、自由意志と能力によって、地球や生態系に重大な影響を与えている。 実際、人類が望めば、原爆などで地球を破壊し、生命の絶滅も可能であろう。しかしながら、実は、人類の自覚が無ければ、このままでも 生態系が破壊され、少なくとも人類絶滅にいたるのは 物理的にも 容易に想像される。実際、地球外から地球を見れば、人類が如何に自然と生態系を破壊して来たかが、良く理解できる。人類こそ、地球の生態系を蝕む、がん細胞のような存在であることを しっかりと理解する必要がある。がん細胞が増殖すれば、生態系は乱され、やがて がん細胞すら存在しえなくなるのは明らかである。このような観点から、地球環境の保全、特に生態系の保全に特別な想いを致すのが、アースデイの理念 でなければならないと考える。生きている地球が、地震などを起こすのは道理である。 地球と仲良く生きるとは、地震などにも柔軟に対応できる生き方をするということである。母なる地球が在って、豊かな生態系が在って、はじめて人類の生存の基礎ができるのである。 それらの持続可能な在りようを追求するのが、元祖生命体の代表である人類の 真に崇高な使命である。大義である。生態系の在りようは 多様性によって裏付けられているが、その実体は未だ 人知の及ばない領域とも言えるから、人類は謙虚になって、1) 人類の立ち入らない島や、地域の制定2) あらゆる生物種の保存に努力するように訴える。 人生で確かなこととは 生きて存在しなければ何も始まらない (生命の基本定理) ということであり、生態体系の保存に心すべきであり、元祖生命体の進化を見守りたい。 また、広い存在領域の確保のためにも、地球外への進出も企てたい(再生核研究所声明32) 以 上
2012.07.22
2012年7月22日 1:12 なら巷にあるスーパー銭湯や温泉にある「刺青の方はお断り!」 差別は無くならない!過去にこんな事件が世間を賑わせた。拝見させて頂きました。 旅館にも好き嫌い、 経営方針などあって、 一概に批判できないのではと思います。 刺青の方はお断り は 相当におかしいのでは。 大阪市市長の態度もおかしいのでは。 ポルトガルにいて、 刺青が多いのには 驚いたのですが、 多くの素敵な女性まで広がっている、 最近、イギリス、 ロンドン、エデンバラ、 ウイーンを訪れたのですが、結構多く見掛け、世界的には相当な文化、伝統ではないでしょうか。 お化粧や、マネキの1種で 区別するのは おかしいのでは。 扱いは、 文化や伝統ですので、 どんどん改善するように するのが 良いと思います。考え方として、次を参考にして下さい。 再生核研究所声明 12008年02月22日(金)テーマ:再生核研究所声明 次の公正の原則は、良い社会をつくる基本にはならないでしょうか。再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは: 最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか. 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか. 3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば -- これは容易なことではないが -- 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います.
2012.07.22
2012年7月22日 1:13 なぜ先進国は決まって少子高齢化になるのですか?原理は、経済や文化が進むと、 本能以外の生きがいを見出して、 結婚、育児 等が 占める割合が減るということでは。既に 教育の高齢化で、 結婚の年齢が 上がり、更に 経済的、社会的に、 結婚、育児の難しさが 出ていますね。
2012.07.22
2012年7月20日 12:32 全ての出来事には理由があると思いますか?偶然はなく全て必然であるという考え方なのですが皆さんはどう考えますか?原因が有るは、適切ですが、理由があるかは、発想が違いますね。 理由を考えるには、 人間や、神の存在を 必要とするのでは?偶然、ランダム性も 否定できないのでは? 逆に 世界は、でたらめ性でできているような面が 相当ありますね。人の出会い、恋人関係なども 偶然性が有りますね。
2012.07.20
2012年7月20日 12:33 客観は主観と独立してあるものでしょうか?私は主観と客観は連続したプロセスであると思いますが、皆さんはどう思いますか?賛成ですね。 複雑に関係していて、 区別できない 両極端を述べていますね。
2012.07.20
2012年7月20日 12:36 Sa理性的人間と感情的人間ってどのような思想を持っている人のことを言うんでしょうか?哲学的に説明したいんですが、何か参考になる文献とかってありますか?思想ではなくて、性格では。 女性は一般的には、感情的で、男性は一般的に理性的な発想が有りますね。 科学的精神や、科学的な仕事に関わっている人は 一般的に理性的ですが、芸術関係者は、感情を大事にする傾向が 強いのでは。哲学的な説明は 不適当では?
2012.07.20
2012年7月20日 12:37 科学って、便利なように見えて、本当は実に醜くて危険な概念だったんですね。多くの人が、この事に気づいて欲しいです。おしゃっていることは 分かりますが、科学が人間を解放してきたことを 無視しているのでは。私の世代でも、夢のように発展してきて、凄い世界を 拓いていますね。60年くらい前でも、日本は、 本当に貧しかったですね。小さな社会で、生きていたのですね。 食の豊かさ、医療の進歩、自由の大きさ、比べものにならないですね。
2012.07.20
2012年7月20日 12:38 芸術とは「芸術のための芸術」だと思いますか?「人生のための芸術」だと思いますか?これは、 人間にとらわれると、視野を狭くする危険性が有るので、 そう発想しますが 人間のための、 人類のための芸術が 正しいですね。 最も大事なことも参照して下さい。再生核研究所声明 41 (2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判 声明36(恋の原理と心得)で、元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。 人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 と述べて、人類は 人間存在の原理(人間である限り否定できない、不変的な原理を述べているもので、人間である限り、存在していること、そして、存在していることを知っていること、そして、求めているという三位一体の、デカルトのコギトエルゴスム(我れ思う、故にわれ在り)を基礎に置いた考え方: 夜明け前 よっちゃんの想い:211ページ)によって、世界の歴史を発展、拡大、深化させていくであろう。ここで、世界史とは 人類が得たあらゆる知識、情報を意味するが、世界史は過去の一切のことについても真相の究明を続けていくであろう。これは真実を知りたいという人間存在の原理に他ならないからである。個々の人間の目標は、 人生における基本定理 (声明12) に述べられているように 生きること、感動できるように生きることであるが、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在であり、個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみれば 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である (声明36)。そこで、人間にとって真に価値あることとは、人類の目標のために貢献することではないだろうか。 人類の営みは世界史によって、表現されるから、世界史のため、人類のため、元祖生命体のために貢献することこそが、真の意味における大義と言えよう。 人類が、世界史が進化していけば、過去の元祖生命体の営みの総体を次第に明らかにして、物事の真相と評価、位置づけ、位置関係を明瞭にしていくであろう。- すでに、グーグルの世界に それらの初歩を見ることができる。神とは全知、全能の存在とされるが、世界の全体を捉えられるのは現在、人類以外に存在せず、未来において、進化した元祖生命体こそが、神に相当する存在ではないであろうか。進化した未来人は 現代人の能力のレべルを あたかも幼稚園生くらいとみ、現在のコンピュータのレベルを 手動計算機程度くらいとみるだろう。そのとき、世界の歴史は、個々の人間の存在の関係 (評価) をきちんと明らかにするであろう。この声明の趣旨は、先ずは 世界の政治家の皆さんに、世界史に耐えられるような上記大義に基づいて、行動して頂きたいと要請しているのです。 小さな自分たちの立場ではなくて、より大きな世界のために高い志の基に、行動して頂きたいということです。 同時に、不正や不義は 歴史的に明らかにされ、真実は必ず、明らかにされるということに注意を喚起することにある。 研究者や芸術家たちは 近視眼的なことに拘らず、己が道を進めばいいのであって、適切な評価は必ず下されると考えるべきです。 マスコミ関係者や解説者の皆さん、思想家たちの皆さん、世界史の評価に耐えられるような高い視点と志で、重要な職務を果たして頂きたいと考えます。 人間にとって価値あることとは、小さな自己の世界に閉じこもらず、上記大義の基に努力することではないであろうか。将来、世界史が明らかにする、世界史の全体における個々の関係こそが、最後の審判ではないだろうか。 それは同時に 未来ではなく、現在、いまの 個々の人間の 深奥に普遍的に存在する神性と良心 に通じていると考える。 それらを捉え、それらに調和し 忠実に生きることこそ、良く生きることに他ならない。 悪いことは苦しいことである。必ず、良心の呵責として、その深奥から湧いてくるからである。他方、大義に生きることは 上記永遠の生命の中に生きることを意味するから、楽しいことである。 滅ぶことも消えることもない。以上
2012.07.20
2012年7月20日 12:38 やはり日本は移民を多く受け入れるべきではない。アメリカ・イギリスを見てもわかる通り、他民族国家は、必ず、それぞれの民族が自分たちの権利を主張し始め、そこから対立が生まれる。あまり ごちゃごちゃに市内方がよいのでは。交流を深めても、 ごちゃごちゃは 良くないのでは。住み分けの 考えも良いのでは。 賛成です。
2012.07.20
2012年7月20日 12:39 いじめ問題を解決するための具体策例えば、道徳などの時間を増やしたり、そのような機会を増やしたところでいじめの低下につながる可能性は低いと感じます。そのようなことをしなくても、 いじめは 卑劣な 良くない事であることは 分るのでは?みんなで、 許さない意志表示をすれば、 できるのでは。苛めは 許さない、 気配を感じたら、怪しい 怪しいと声をあげましょう。 発見したら、止めろ 止めろと声をあげましょう。それで、どうでしょうか?
2012.07.20
2012年7月20日 12:33 医学部の友人が「哲学って非科学的で論理的じゃないから嫌いだ」と言っていました。そのような考え方は、不適切では。世の中、世界、論理的にいかない 面が多いということですね。論理的に説明できるのは、局所的、限られた部分だと いうことです。生物や、人間の存在が 論理的、理性的なものでは ないですね。科学的に、論理的に 捉えられない。ですから、 文学や芸術など いろいろ在るのですね。
2012.07.20
2012年7月20日 12:40 日本の総理大臣は5年は変わらないで欲しくないですか!?これは賛成ですね。 選んだら、任せるが ないと何のための選挙か 分からないですね。短期や、選挙ばかり気にしていては、 責任ある政治 を進められないですね。まずは、 衆院も、首相も任期を 尊重するを 第1歩に考えるべきでは。
2012.07.20
2012年7月20日 12:42 生産性が上がれば物価は下がるから、デフレは自然なことですね?確かに要点を指摘されているのでは。価値が どんどん 創造されているのですから、 お金をうまく 供給しなければ、 資金不足に成りますね。お金とは何か を考える必要が有りますが、 うまくデフレでも インフレでも進めば、 本質的な問題ではない様に見えますね。うまくデフレが 進めば、結局 企業も社会も うまく行きますね。共産主義などの 問題ではないのでは?
2012.07.20
2012年7月20日 12:42 日本を民主主義国家にすることはもう無理ですか?これは どのような意味でしょうか。逆に、みんな勝手に発言、 自由過ぎで、 おかしくなっているくらいの 理想的な国では?
2012.07.20
2012/7/19 教育は洗脳だと思いますか?そのような 一面はありますが、適切な教育とは、個人の生命を伸ばす、活かすようにするのが 原理で、 強制して、 歪めるような教育は 良くないのでは。日本の教育の原理は 基本的に 考え方が おかしいのでは。軍事でも、社会でも 宗教でも 洗脳の様な教育は なされて来ましたね。 再生核研究所声明 76(2012/2/16) 教育における心得 ― 教育原理人間の教育には微妙で複雑な要素がある。 その要点について触れ、教育の原理に思いを寄せたい。 また、学校教育や、家庭教育、人間の在りようの心得としたい。教育とは要するに、 外なる刺激で、人間の成長、発展を促すことであるが、要点は外なる刺激が、個々の人間にどのように影響して、好ましい影響を与えるかである。好ましい影響とはそもそも何であろうか。 簡単に考えれば、次が 基本ではないだろうか:個人の才能を伸ばしたり、活かしたり、 究極には個人が幸せになること、 および良き社会人になり、社会に貢献できるような人間に成長できるようにすること。両者は矛盾するものではなく、表裏一体、車の両輪と言えるだろう。なぜならば、 人間は 社会の中の存在だからである。まず、大いに注意したいのは、 人間が教育を受けて、大きく性格、人格、価値観、感性などなどが 強い影響を受ける事実である。これは教育を受けて を 環境によってと 広く言い換えられる。 特に幼児教育の影響は甚大であるとも言える。 あたかも人間が形成されていくように思える程である。 顕著な例が、言葉の学習である。 実際、普通の人間ならば、 幼児の時代に過ごした、どのような世界の言語も 自然に話せるようになるだろう。 これは事実驚異的なことと言える。 幼児教育が、どのような環境、教育でどのような影響を与えるかの研究は ほとんど未知の研究分野ではないだろうか。いろいろな天才の出現; 音楽や芸術の才能、スポーツの才能の開花、数学の才能の開花、などなど広範に及ぶ、才能の開花と環境の影響である。 大きな未知の分野として、触れておきたい。次に人格形成の時期における問題である。 人は好きなことをやりたくなり、感動する分野で,価値を見出すであろう。 ここが大問題である。どうして、そのような感性がどのような環境、教育で育つのであろうか。 好き嫌いなどの感性、感動する対象がどのようにして定まって来るのであろうか。 固有の人間の生命活動と、環境の極めて複雑な関係で発達するようにみえ、その過程は極めて漠然としているのが現状ではないだろうか。あまりにも未知のことが広くて、深いので、そこで、基本として自由放任主義や自由を尊重した教育原理が考えられるのは、当然である。また、それは、自然に帰れとも表現されるだろう。もちろん、これでは、 良き社会人としての人間の成長が望めず、また、社会、文化の継承の面からも基本的な問題が生じる、 そこで、基本的なカリキュラムを用意して、学校生活を 調えて、教育を組織的に行うことになる。個性を生かす、個人の能力を活かす、個人の全人的な成長を図ること; 良き社会人を育成し、文化の継承を図る、これらは教育の基本的な要素、教育原理であると考えられる。軍国主義的な教育、偏狭な愛国主義的な教育が、 また、宗教などが 全人格に甚大な影響を与えてきた事実を振り返るまでもなく、学校教育の影響も強く、他方、いろいろな個別的な、専門教育も、特殊教育も個人に甚大な影響を与えてきた多くの例を想起したい。特に注目したいのは、初めて受けた教育の影響の大きさである。 若いときに受けた教育の影響が 後々まで影響を与えて、3つ子の魂百までもの諺は、教育の故か、人の性格は変わらない事実を 如実に示している。 3つ子の性格は もちろん大きく、環境と教育の影響を受けているのは当然である。 狼に育てられれば、狼のようになってしまう。 大学で、ある専門に惹かれると、終生その学問・研究に惹かれ、没頭して、そこに自分の世界を見出すのは 世に多い現象である。 後で、変更できないような甚大な影響を受けるので、何事初期教育は極めて大事な観点ではないだろうか。この声明の意図は、教育の枠をはめすぎ、型にはめすぎると、変な人間ができる危険性が高いのではないかと 注意を喚起することである。日本の大きな教育目標が 本来あるべき教育の理念からずれ、受験勉強やそのための学力を付ける いわゆる科目の勉強に重点が行き過ぎてはいないだろうか。 ひどい場合だと、ただ良い大学に入ることばかりが目的で、文科系を専攻したいのに、理工系,医学系が 評判が良いので 評判の良い方に入学したということは 世に多い現象である。 また、近年はいわゆる名門大学に入るために、 小さなころから 塾通いをしたり、入試を有利にするために、専門的な学校に入学して、特訓をしている場合が 世に多いのではないだろうか。これらは、昔の軍国主義教育と同じように 何か変な教育で、おかしな人間を大量に育てているのではないかとの危惧の念を抱いている。また入試の共通テスト方式の悪い影響を危惧したり(再生核研究所声明 20:大学入試センター試験の見直しを提案する)、貧しい、競争をあおる風潮にも懸念を表明したり(再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に)、 天才教育などに対する配慮なども提案している(再生核研究所声明 60: 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会)。そのような面からも、日本の教育の在りようについては 初心に戻って考え直す必要が有るのではないか(再生核研究所声明 70 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず)と、 再検討を広く訴えたい。EUやアメリカでは、日本のような上記教育問題が 顕在化していない様に見えるが、実体の解明と比較検討は 大いに参考になるのではないだろうか。もちろん 教育の問題は、人間存在の意義 と同じく、永遠の問題であり、絶えず、各級で検討され続けて行かなければない。以 上
2012.07.19
再生核研究所声明リスト:(2012.6.14)再生核研究所声明1: 良い社会を作るには再生核研究所声明2: 中国古代の教育再生核研究所声明3: 最低生活の保障を求める再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に再生核研究所声明5: 靖国神社問題に対する提案再生核研究所声明6: 憲法問題に対する提案再生核研究所声明7: 参議院選挙に当たって再生核研究所声明8: 日本国の防衛の在り方について再生核研究所声明9: 天才教育の必要性を訴える再生核研究所声明10: 絶対的な世界の平和の為に再生核研究所声明11: 国の構成について再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について 再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと再生核研究所声明14: 日本の政局についての提言再生核研究所声明15: 空虚な日本の社会再生核研究所声明16: 裁判員制度の修正を求める再生核研究所声明17: 教育界の改革を求める再生核研究所声明18: 拉致問題の解決に向けての提案再生核研究所声明19: 超越への道、悟りへの道再生核研究所声明20: 大学入試センター試験の見直しを提案する再生核研究所声明 21: 人口問題についての考察再生核研究所声明 22: 小沢氏の続投による政権交代を求める再生核研究所声明 23: 秘書の逮捕、起訴事件における検察庁の対応と公正の原則再生核研究所声明 24: 衆議院選挙に当たって - 人心の一新と政権交再生核研究所声明再再生核研究所声明 25: 日本の対米、対中国姿勢の在りようについて再生核研究所声明 26: 衆議院の解散に当たって再生核研究所声明 27: 政権交代を祝す、配慮と期待再生核研究所声明 28: 鳩山首相と鳩山首相の実母に 情状酌量を求める再生核研究所声明 29: 普天間基地問題 ― いまだ 夜明け前再生核研究所声明 30: 検察庁の暴走と民主主義の危機 - 広い視点再生核研究所声明 31: 法の精神と - 罪と罰再生核研究所声明 32: 夜明け -- ノアの方舟再生核研究所声明 33: 民主主義と衆愚政治再生核研究所声明 34: 日本のビジネス -- 日本料理店の海外展開再生核研究所声明 35: 社会と個人の在りよう -- 細胞の役割再生核研究所声明 36: 恋の原理と心得 再生核研究所声明 37: 金正日氏を世界史の英雄に ― 朝鮮問題に関心を寄せる世界の人々に再生核研究所声明 38: ロッキード事件のもみ消しについて再生核研究所声明39: 普天間基地問題の総括 ― 戦略なき対応と文化力再生核研究所声明 40: 政権交代とその後の政局 再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判再生核研究所声明 42: 大失業時代再生核研究所声明 43: 政権交代は半ば、完全なる交代を求める-中途半端は良くない再生核研究所声明 44: 梅の木学問と檜学問-日本の研究者育成についての危惧再生核研究所声明 45: 第2次世界大戦と第3次世界混乱再生核研究所声明 46: 日本国の1つの国家像、あるべき姿について再生核研究所声明 47: 肯定死再生核研究所声明 48: 与謝野氏の大臣就任を是とし、高く評価する再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性再生核研究所声明 50: 日本における 民主主義の脆さ、危うさ再生核研究所声明 51: ツイッターにおける 意義と心得再生核研究所声明 52: 政治家や組織の代表者の選出における留意事項再生核研究所声明 53: 世界の軍隊を 地球防衛軍 に再生核研究所声明 54: リビア軍事介入について 再生核研究所声明 55: 皇族方の 東京避難を求める再生核研究所声明 56: アースデイ の理念再生核研究所声明 57: 人生とは何か、人生如何に生きるべきか再生核研究所声明 58: 日本の政局、民主党最後の決断、自民党の低落再生核研究所声明 59: 鳩山政権の総括と反省再生核研究所声明 60: 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会再生核研究所声明 61: ビンラディン氏殺害 ― アメリカの名誉と大義を傷つけた オ バマ大統領再生核研究所声明 62: 福島原子力発電所事故と その対応、対策、取り組みについて再生核研究所声明 63 : 解脱; 神、自由、不死への道 - 安らかに終末を迎える心得再生核研究所声明 64: 期待される 日本軍の在り様 ― 情報分析力の向上と災害救助の重視を再生核研究所声明 65: 公務員の給与の段階的な引き下げ と 管理手当てなどの大幅引き下げを再生核研究所声明 66: 言論の自由を篤く保障し、実りある議論のできる社会に再生核研究所声明 67: 脱原発デモ ― 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論再生核研究所声明 68: 生物の本質 ― 生きること、死ぬること再生核研究所声明 69: 単細胞人間 ― 単細胞的思考再生核研究所声明 70: 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず再生核研究所声明 71: 菅 暗黒政権 を総括する再生核研究所声明 72: 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則再生核研究所声明73 (2012.2.6): 日本国首相の役割再生核研究所声明74(2012.2.8): 人生・生命の肯定について再生核研究所声明75(2012.2.10): 政治・経済の在りようについて再生核研究所声明76(2012.2.16): 教育における心得 ― 教育原理再生核研究所声明77(2012.2.18): 人生における心得再生核研究所声明78(2012.2.20): 無責任な 原発反対と増税反対 ― 実状が分からないで意見を表明していないか?再生核研究所声明79(2012.3.11): 福島原発事故 とは 何か再生核研究所声明80(2012.3.20 ): 挑戦 とは 何か再生核研究所声明81(2012.3.14): 最高裁判所 裁判官全員の罷免 を 提案する再生核研究所声明82(2012.3.16): 皇室の在りようについての 一考察再生核研究所声明83(2012.4.11): 再生核研究所声明とは 何か再生核研究所声明84(2012.4.20): 国会審議における心得 - 討論、議論、批判における心得再生核研究所声明85(2012.4.24): 食欲から人間を考える ー 飽きること再生核研究所声明86(2012.4.25): 未だ おめでたい人類 - 先史時代再生核研究所声明87(2012.4.26): 小沢氏の裁判問題 ― 司法界とマスコミ界に断罪を再生核研究所声明88(2012.5.5): 大学教員の退職後の在り様についての一考察再生核研究所声明89(2012.5.11): 失業問題の根本的な解決法と 心の豊かさを求める原理再生核研究所声明90(2012.5.18): 日本の大学受験体制についての一考察再生核研究所声明91(2012.5.20): 創造性についての一考察再生核研究所声明92(2012.5.24): 日本の政局を憂える ― 国論の分裂を避けよ再生核研究所声明 93 (2012.6.14) : 国家とは何か,首相について - 統治機構としての国家についてhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360
2012.07.18
2012年7月18日 4:34 物質も精神も同じものだという直観のようなものがあるのだが、説明が非常に難しい。本当ですね。 精神は、肉体や、脳をとうして まるで、楽器から音が出るように 湧いていますが、その関係は 殆ど分からない分野ですね。コーヒーなど頂くと気分爽快になり、創造的な 発見する出来てしまう。恋なども、 本能によって、 相当支配されています。ものと精神の関係より、 脳の構造の問題は、深いですね。
2012.07.18
2012年7月18日 4:35 空即生命の形、生命の形即空・・・・これだけ科学が進んで色んなことが分かってきたのに、まだ物質から生命が生まれたなんて考え方をしている人が大半なのには、正直驚きなんです。そこは 分かりませんね。脳をとうして 精神作用が有りますね。生命は何を求めているかは、 相当見えますね。まず、生きることー生命の基本定理、そして、人間は、感動することを求めています。先は 再生核研究所声明 36 (2010/05/14): 恋の原理と心得 元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 元祖生命体においては 男女はなく一体の存在である。 従って、恋も、もちろん、男女の愛も親子の愛もそして死も本来存在しないものである。 元祖生命体においては 本来 永遠の生命を有していたから、 食欲や生命間の争いも無く、人類の進化の先をもっぱら志向しているとみられる。しかしながら、物質の形をとって、 生命が存在するためには、そのままで、永年存続させることは、 物理的に不可能であり、再生機能による仕掛けを用意する必要があった。 厳しい自然環境に柔軟に対応できるように、多様な生体系に分け、多様性の観点から、高等生物を2種類に分け、2つの作用によって、生命を再生させる仕掛けができて、それらが、男女の誕生、恋、結婚、出生、育児、親子の基本的な営みができたというのが そもそも恋の原理である。 これが子の誕生と死の輪廻、再生の原理である。 実際、人類以外の多くの生物は、生きること、恋をすること、子を設け、育てることで 殆どその生命活動は尽きると言える。 もちろん生物である人類にとっても、 基本は同様であると言える。 実際、 人生のあらゆる活動の大部分を それらに関して費やしていると言える。 種の保存は あらゆる生物の第1原理 であるから、当然である。 実際、人生を表現するあらゆる文学の課題がそれらに絡む題材であると言っても過言ではない。このような発想はギリシャと仏教の思想にあると考えるが、 夜明け前 よっちゃんの想い で最初に述べられた 最も大事なこと - 必然的に新しい価値観と考え方を限りなく発展させて、雄大な世界を拓く - となるので、深入りはしないことにしたい。 そこで、心得の方に視点を移したい。 男女がどのように恋について関わるかは 2人の自由であるから、それらの内部関係ではなくて、社会的な在り様についてまず触れたい。 実際、現在でも国や、社会によって多様な在りようが存在するのが 現実であり、実際である。 しかしながら、それらの在りようの基本として、声明1に述べられている、 公正の原則は ここでも基本になり得ると考える: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. 殆どの小説の題材になる程に 恋の問題は、人間の精神に深い影響を与えるものであるから、 特に個人個人が 自己の心に忠実に、全体として、諒となるように対応するのが 最も肝要である。 自己の心とは実際深く、複雑なものであるから、しっかりと自分を捉えて対応するのが肝要である(恋の心得)。 上述のように そもそも 恋は生と死に関わる人生の大事 であるから、特に恋の 第一の結晶作用(スタンダール)がはじまる以前においては 慎重さが大事であり、第二の結晶作用 前においては 恋を解消する勇気を持ちながら、十分な時間をとり、全人格を賭けて決断を行なうことが特に肝要である。恋には、一個の人間の、愛、欲求、良心、熱情、不安、畏れ、などなどの激しい葛藤があり、その意味で、恋にどのように関わったかは、1個の人物の第1次の総合指標を表していると言える。 恋の現象として、特に印象深い、参考文献、表現について触れておきたい:恋の問題を人生・世界の広い視点から深く扱っているものとして、ゲーテのファウスト。女性の恋と性は簡単ではなく深いものであることに触れている、バルザックの谷間のゆり。自殺する前に話した、先輩の言葉: 私の人生で、真実は唯一つ、A を愛したことだけである。- 実際、恋のいわば失敗で、自殺に追い込まれたり、生涯に亘る傷を負うことは世に多くみられる。人生の基本定理(声明12)に寄せられた言葉: 出産が 私の最も感動したときである。 少し、超越への道について触れたい。 食欲と性欲は 基本的な人間の欲求とされるが、上記 元祖生命体においては 本来それらは、無いものであり、本来の生命活動としては、それらを超えたところに存在するということである。 したがって、 食べるために生きる、恋のために生きるは、本質的な誤りを含んでいる。 真実、本質は逆である。 生きるために食べ、生きるために恋をするのである。 したがって、それらは無限ではあり得ない。 人類が 元祖生命体の人類の先を志向するのは、あらゆる生物のうちで、人類だけができる人類の崇高な使命である。 人類は己が存在の基礎に元祖生命体の己の分身が雄大に広がっていて、同じ運命共同体であることを忘れてはならない。 もちろん、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在である。 まこと 個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみると 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である。元祖生命体の高度な謙虚な営みの一つして、 数学者の人生を紹介したい。 数学者は関係を追及していて、ただその関係はどうかという問題意識を持ち、あるいは その真偽の追求、あるいはそのような関係を求めて、真理の追求を行っている。 面白いのは、それらは世の中と何ら関係がなくても、 それはどうか、どうかと限りなく追及していることである。 しかも その中に、美と感動を見出して、その追求には終わりはなく、 無限である。実際、たとえば、オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる、と言える。数学者にとっては 人生は短すぎると言える。また、移ろい行くものや世事に関心が薄く、実際、戦場でも数学を考えていたというような逸話が残されている。 科学者や芸術家も同じような人生ではないかと考えられる。実際、人間は有限性と無限性の両面を持っている存在である。以 上
2012.07.18
2012年7月10日 8:34 「原罪」について 貴方は 原罪を持って人間は生まれてくると思いますか? 貴方の 原罪についての 考えを 教えて下さい 原罪は 確かにありますね。 生きることは、 自然の 法則に反するこ とが 本質的にあり、 殺傷も 避けられませんね。生物界とは 非情にできている面を 無視できないですね。
2012.07.17
2012年7月12日 11:40 人間に自由意思は存在すると思いますか?僕は人間は物質に過ぎない唯物論は支持しているので、意思決定や行動はプログラミングされているものだと思います。自由意志が無ければ、 生きている意味は ないのでは?: 再生核研究所声明80(2012.03.20) 挑戦 とは 何か(この声明は 朝日新聞 『天声新語』 募集の課題 「挑戦」から ヒントを得て、考えられたものである)およそ、人生も世界も慣性の法則で動いているものと言える。これは 世の中は物理学の慣性の法則に従っているように、大きな流れの上にあるということである。実際、人は気づいてみたらこの世に生を享け、ある流れの上で生かされていると言える。今日在るは昨日の延長上にあり、昨日はその前の延長上にあると遡って行ける。明日の多くは連続性に従って今日の延長として、相当に決まっていると言える。人間が生きたいと思うのは 今まで生きてきたから、明日も生きたいと 慣性の法則で志していると言える(再生核研究所声明 72 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)。しかしながら、面白いことには、人間存在の神秘性であるが、人間には自由意志があって、その流れに少し逆らうような有り様が可能である。 顕著な例が、挑戦である。すなわち、戦い挑む、やってみる、試みるということは 人間の自由意志の顕著な例である。冒険、競争、求道、研究、芸術などの営みは、人間であることの証であるとも言え、挑戦とは人間としての存在の本質を表しているところの、人間固有の人間らしい営みである。 されば、人間の存在の意義とは何か? まず、生きること、生きて存在しなければ始まらない ― 生命の基本定理、人生、世界、生物界において 実際これくらいしか、確かなことは、無い。 逆に考えてみよう、生きて、存在しなければ、生まれて来る前のように 何も認識できず、したがって何も知らず、何も伝えられず、全ての前提は 消えてしまうだろう(再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと)。さらに1歩進めて、人間として生きることの意義とは何だろうか。 それは、つきるところ、人生の意義は感動することにある ― 人生の基本定理 にあると言える。 人間が何に感動するかは、個性にもよるが、本能に基づくものは当然として、真、善、美、聖などを求めているときであると言え、知ることと、自由を求めることが それらの基礎である。 その本質は、気づくことと、喜びを感じることに他ならない。 人間として生きることの本質ではないだろうか(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)。 そこで、いま、日本国において、取り組むべき挑戦課題を提案したい。まず、国家財政を立て直すこと、国だけの債務をみても、1000兆円に迫り、3年続けて 歳入の2倍を超える歳出である。 更に大震災、原発事故、放射能対策の膨大な経費である。このような財政を続けていける道理は 世に無いから、国は大胆に財政問題を国民に明らかにして、官民挙げて 財政問題に挑戦すべきである。もちろん増税だけではなく、国民に理解を求めるための 節税や行政改革なども断行すべきである。ここで大事な観点は、縮小方向ばかりではなく、財政再建の積極的な展開も多方面に志向すべきであるということである。新しい職場の開拓、ビジネス効果志向などである。国の活動に人材の活用によるビジネス感覚の導入も必要ではないだろうか。これらは、同時多発的に広範に取り組む必要があり、ここでの挑戦とは、正しく時間との戦いであると言える。何事も追い込まれる前に先手を打つのが 賢明な対応の在りようではないだろうか。世界は 世界混乱前夜の状況にあると言えるのではないだろうか(再生核研究所声明 45: 第2次世界大戦と第3次世界混乱)。次に、原発事故を鎮圧して、放射能対策をしっかり行うこと。これは当然であるが、より真剣に取り組むべきではないだろうか。世に 反原発についての意見やデモ等が行われているが これほど無意味で、無駄な行動は無い。誰でも原発など無いにこしたことはないと考えるのは当然であり、また、東電その他関係者自身が、一般国民よりははるかに、原発事故の重大さと危険性を明確に自覚していることは 当たり前である。 世に騒がれるまでもない当然のことではないだろうか。当然のことを騒いでいて、何か建設的、生産的なことが有るだろうか。 逆に、原発を何とか活用すべく、挑戦的に取り組むことは 自明ではない、やりがいのある挑戦課題ではないだろうか。それこそが、およそ人間存在の原理ではないだろうか。 実際、人類は、未知の世界に冒険し、新世界を開拓し、次々と世界を拡大、深化させてきたのではないのか。不可能と思えることを可能ならしめ、宇宙の隅々まで、神の意思までをも 究めたいというが、そもそも人間存在の原理ではないだろうか。もちろん、これは安易に取り組むことを意味せず、慎重に、慎重に進めるのは当然であるが、原発を諦めるということは、それに対する人類の敗北を意味し、人間存在の本質に抵触すると言わなければならない。何時かは原子力ネルギーを自由に制御して、広大な宇宙に飛び出し、新天地を拓こうではないか(再生核研究所声明 32: 夜明け―ノアの方舟)。次に教育の問題である。 日本の教育は何を目指しているのかと問いたい。 ただ大学受験を目指して、大学に入る為の勉強に ほとんどの部分を占めているように見える。受験のための塾、専門の学校の繁茂がそれらを示してはいないだろうか。 教育を教育の在るべき姿に戻って、検討し直すことが 中長期的には日本国における大事な挑戦課題ではないだろうか。 教育の在るべき姿などは既に教育基本法その他で 確立しているが 弊害は、本末転倒の教育の在り様になっている実情、実体にある(再生核研究所声明 70 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず)。教育の原理についても注意を喚起したい(再生核研究所声明76 教育における心得、教育原理)。挑戦とは人間の自由意志の明確な表現として、決断による情熱の伴った生命の燃焼であり、志である。 そこに良い感動が伴えば、より良い人生と言えるだろう。以 上
2012.07.17
2012年7月15日 9:44 人と人とは完全に理解し合う事ができないのに、何故今、コミュニケーションが崇拝されているんですか?人間とは、 人と人の間ですから、 当然ですね。理解しあえないですが、 影響を与え合っているのですね。
2012.07.17
2012年7月15日 9:45 哲学とは、人間はどんな生き物かを探究する学問じゃないんですか?そういえますね。 人間とは何か、生きる意味とは 何かを問うていると言えますね。
2012.07.17
2012年7月15日 9:46 哲学が数学になりきれないのはなぜですか?教えてください。要するに、 大事な基本的なことを考え、と 捉え、表現するのに は、数学のように 論理的には 行かず、 おおにして、直観や感情が入らざるを得ないということですね。
2012.07.17
2012年7月17日 1:38 哲学の分野にノーベル賞がないのはどうして?数学もないけどフィールズ賞がありますよね。哲学にはそういうのないの?これは、評価が難しく、 また、明確な社会貢献を果たしていないからではないでしょうか。数学に無いのは、 有名で、 恋 かたきが 数学者だったからと 言われていますね。数学者は 女性にもてるのですね。
2012.07.17
2012年7月17日 1:39 日本人はユーモアがないと言われますが、これはなぜそうなんでしょうか?どういう民族性が原因して、そのようになったのでしょうか?確かに、特にアメリカ人は多く、日本には伝統が無いですね。落語などとは ちょっと違った感じですね。余裕の表れにも 見えますね。文化に一種では?日本には、真面目に何でも考える性格とも言えますが、アメリカなどは開かれていて、 ジョークを楽しむ文化が有りますね。 原因は、性格も左右している?
2012.07.17
2012年7月17日 1:40 倫理とはなんですか?生命倫理とはなんですか?これらは、 要するに、 上手く社会生活を営む為の 有り様ですね。次で、大体十分ですね。 上級編もあります: 1.1 再生核研究所声明 1 (2007/1/27): 美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。平成12年9月21日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば -- これは容易なことではないが -- 世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思います。特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(再生核の理論入門、斎藤三郎著 牧野書店 2002年10月出版 あとがきから抜粋) 以 上
2012.07.17
2012年7月17日 1:40 文系と理系という区別についての質問です。これは 本当にそうで、同感です。 文系、理系も 区別はおかしいですし、 学問も研究も そう簡単に分けられないですね。問題は、 数学の素養の程度で カリキュラム上分けている現実が あると思いますが、 自由に交流できるような カリキュラム、制度設計が 必要では。ところが、数学の学習には、系統的な長い訓練が 必要ですね、 それに着いていけるか否かで、自然にわかれる 自然性もありますね。 数学嫌いは 世に多いですね。 他方、数学は神の言語の様な 普遍的な言語としての 大きな意味が有りますね。 関係者各位: 数学とは何か - 数学と人間については 下記、国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7-15 に公刊されました。 この寄稿は 高橋 渉 東京工業大学名誉教授によって、 勧められ、編集委員長、副委員長の 藤井淳一、 藤井正俊 両大阪教育大学教授を経て、協会会長の 長尾寿夫 大阪府立大名誉教授によって、修正なしに 出版されたものです。 関係者には 心から感謝致します。 ところで 数学とは何だろうかと 一層深い想いをしています。 敬具アヴェイロ大学齋藤三郎2012.5.17:15:55No.81, May 2012(pdf 432kb)
2012.07.17
野田は、民主党の”葬儀委員長”となるー 小沢氏の反乱で、その可能性は 高いですね。しかし、野田氏は、国家をまともにしようと 努力された、日本国の 歴史上の人物ですが、小沢氏は、国家をないがしろにした反乱者と 評価されるでしょう。 誰でも 小さな名分はある。私は野田氏をどんな立場でも支えていきたい」と述べ、自らは出馬せず、首相の支持に回る考えを示した。ー これは当然ですが、世の中が 良く見えている人の見解で、小沢氏よりは、 賢いですね。 小沢氏は、国家が 見えていない、田舎者と言える。 1000年来の大震災が襲ったのに 10万もの人が、意味のない デモをする余裕がある日本とは、 何と素晴らしい 国だろう。ウイーンでは ホテル内でも、鍵、椅子の織物、カーテン、家具など宮廷風の高貴さ が有りますね。小沢新党は、無責任 理想 政党 社民党に近い、哲学では? 日本の政治家 ふたりの亀井、田中康夫氏には期待している。 国家のために、大義に尽くして欲しい。 財政再建は 日本の基礎では?1000年来の大震災が起こったのに、耐えている日本は 凄いのでは。 デモなどやっている 余裕さえある。 素晴らしい。 大義無き、当たり前の、無責任な デモなどやっても マイナスのことで 何にもなりませんね。財務省におべっか使ってるだけじゃないか。 財務省批判は 当たらない。 国の財政がしっかりしないで、どうして 暮らしを守れようか。 福祉ができるでしょうか。 安全が保証できるでしょうか? まず、財務省の意見を 聞くのは 政治の第1歩、先立つものから。それは間違いでは。野党の公約など、大義に有らず、国を救うことこそ大義では。 国とは、首相に近いものですね。 国の意思は 集約して首相に集まるようになっているのでは。 首相は、したくても 国家の立場から出来ないのでは。 増税、原発 誰でも反対では人間関係でも、国でも 友好関係、良い関係を積極的に 作っていくことが 大事では。 母なる大国中国や、国際国家アメリカを 敵視するような如何なる考えも 天に逆らう 愚かさでは。仲良く、上手く関係を作るように 気を使うべきですね。譲るくらいの態度が必要挑戦: 原発事故などには、負けない、自由に使いこなしてやる。必ず、できる。不可能に見えることを、可能にさせるのが、人間存在の原理では ないのか。 何故、このような言葉が インターネットの世界に 展開しないのか。みんな負け犬の 遠吠えに聞こえる。恥ずかしく、原発反対、増税反対など 言えない。それは 無責任だから である。これらの重大な問題は、国家の大事、開戦と同様、国家の全知全能をかけて、国の最高機関が 重い決断をすべきでは。
2012.07.17
2012年7月12日 3:45 犬は心を持っているといえるか?AIBOは心を持っているといえるか?心とは 何かは 大いに問題ですが。 犬に 心が有るのは 確かに思います。人間と心が 通じていますね。エデんバラの 忠犬は 主人が亡くなって、 自分が亡くなるまで 14年も 主人の墓まえりをしていたというのです。 感銘を受けますね。 像が建てられ、多くの人が おとづれるということです。 人間以上に 心が 通じていると言えますね。
2012.07.14
2012年7月12日 3:46 「コンピュータはいずれ心を持つか?」心や、創造性は 持てないと思いますが、 限りなく、人間に近い存在には 成るのでは。 唯物論や科学は、それらを目指しているとも言えますね。
2012.07.14
2012年7月12日 3:52 全ての生き物に共通する本当の幸せとは何でしょうか?誰に聞いても(知恵袋以外で)、人間中心な答えしか返ってきません。これは簡単だからですね。生物となると、 種族がどんどん繁殖して栄えるのが、 生物の幸せと考えられますね。 人間も 原点は そうですが、それ以上を求めるものですね。
2012.07.14
2012年7月12日 4:35先生の給料は生徒の成績次第? 米オハイオで新州法先生の評価を、学力重視で 行うのは 大きな問題では。余り、評価、評価と 短絡した世相は 良くないと思います。両極を 考慮する様な 柔軟な、甘い評価が、良い 教育環境を作るのでは? 学校は、美しい場所であってほしいですね。
2012.07.14
2012年7月10日 0:42 日本と中国とアメリカ、そして尖閣諸島問題について...現在、東京都が尖閣諸島の購入を計り国も今になって「やっぱ国有化するべきかも」なんて言ってますが。これに対して、中国はどのような行動をとってくるのでしょうか?これは日本が ちょっかいを出しているので、 日本が悪いですね。 前原、石原氏が 慣例を破り、 日本が問題を起こしている、 作っているのですね。 強がりや、トラの威を借りるキツネの様ですね。 わざわざ緊張関係を 日本が作ろうとしている: 中国のとう小平氏は、領土問題は棚上げにして、友好関係を深めて行こうと言っていたのに、 どうして日本は、ちっぽけな島に ちょっかいを出しているのか、典型的なアジアの愚か者。世界が見えず、
2012.07.10
2012年7月10日 0:49 日本は自分の国の財政もうまくいっていないのに他の国に援助ばかりしていますよね?何を考えているのでしょうか?それは言えますね。 自分の国をまず、第一に考えるべきですね。
2012.07.10
2012年7月10日 0:53 なんでいつも学校はイジメがありましたって言わないんですか?そんな学校の先生は生徒に何を教えるんでしょうか。それは、先生の立場に立てば、分かりますね。先生もお忙しいのですね。 できれば関わりたくない、逃げたい 気持ちになってしまうのでは。先生の待遇を 良くして、 苛めなど感じたら 積極的に 対処する 余裕を与えて あげる必要が有りますね。 ところが 社会では、評価、監督、 報告書の作成と、沢山雑用を作って、先生を 苦しめているのでは。
2012.07.10
小沢新党は、無責任 理想 政党 社民党に近い、哲学では? 日本の政治家 ふたりの亀井、田中康夫氏には期待している。 国家のために、大義に尽くして欲しい。 財政再建は 日本の基礎では?1000年来の大震災が起こったのに、耐えている日本は 凄いのでは。 デモなどやっている 余裕さえある。 素晴らしい。 大義無き、当たり前の、無責任な デモなどやっても マイナスのことで 何にもなりませんね。財務省におべっか使ってるだけじゃないか。 財務省批判は 当たらない。 国の財政がしっかりしないで、どうして 暮らしを守れようか。 福祉ができるでしょうか。 安全が保証できるでしょうか? まず、財務省の意見を 聞くのは 政治の第1歩、先立つものから。それは間違いでは。野党の公約など、大義に有らず、国を救うことこそ大義では。 国とは、首相に近いものですね。 国の意思は 集約して首相に集まるようになっているのでは。 首相は、したくても 国家の立場から出来ないのでは。 増税、原発 誰でも反対では人間関係でも、国でも 友好関係、良い関係を積極的に 作っていくことが 大事では。 母なる大国中国や、国際国家アメリカを 敵視するような如何なる考えも 天に逆らう 愚かさでは。仲良く、上手く関係を作るように 気を使うべきですね。譲るくらいの態度が必要挑戦: 原発事故などには、負けない、自由に使いこなしてやる。必ず、できる。不可能に見えることを、可能にさせるのが、人間存在の原理では ないのか。 何故、このような言葉が インターネットの世界に 展開しないのか。みんな負け犬の 遠吠えに聞こえる。恥ずかしく、原発反対、増税反対など 言えない。それは 無責任だから である。これらの重大な問題は、国家の大事、開戦と同様、国家の全知全能をかけて、国の最高機関が 重い決断をすべきでは。岩手県知事が民主党離党を表明、小沢新党に合流」→ 反乱軍が 正規軍になるのは 難しいのでは。小沢新党は 国多難なおり、友軍を裏切り、国家をないがしろにした、大罪を侵していると 評価している。国家も、首相の役割も 理解していないように見える。死ぬぐらいなら逃げてほしい」 まさにその通りだと思うーーーー これは間違いですね。死ぬべき人間は、大義のために 命をかけたいのですね。 個々の命より貴いものは 世に多く存在しますね。 歴史を見て下さい。
2012.07.10
挑戦: 原発事故などには、負けない、自由に使いこなしてやる。必ず、できる。不可能に見えることを、可能にさせるのが、人間存在の原理では ないのか。 何故、このような言葉が インターネットの世界に 展開しないのか。みんな負け犬の 遠吠えに聞こえる。恥ずかしく、原発反対、増税反対など 言えない。それは 無責任だから である。これらの重大な問題は、国家の大事、開戦と同様、国家の全知をかけて、国の最高機関が 重い決断をすべきでは。岩手県知事が民主党離党を表明、小沢新党に合流」→ 反乱軍が 正規軍になるのは 難しいのでは。小沢新党は 国多難なおり、友軍を裏切り、国家をないがしろにした、大罪を侵していると 評価している。国家も、首相の役割も 理解していないように見える。死ぬぐらいなら逃げてほしい」 まさにその通りだと思うーーーー これは間違いですね。死ぬべき人間は、大義のために 命をかけたいのですね。 個々の命より貴いものは 世に多く存在しますね。 歴史を見て下さい。NHK政治部島田敏夫「政治は数、数は力という論理が永田町の論理ですが・・」議論して、議論の結果 多数決で決めるですが、前提なして、始めから、数が出て来るのは あれも霞と民主主義で、衆愚の状態では?中国のとう小平氏は、領土問題は棚上げにして、友好関係を深めて行こうと言っていたのに、 どうして日本は、ちっぽけな島に ちょっかいを出しているのか、典型的なアジアの愚か者。世界が見えず、日本の危機とは、責任ある政府の 弱体化 では。その時、日本は信用を落とし、 膨大な債務、借金が暴れ出すことを 心配している。 日本国は 安定の有る 責任政党の樹立を志向すべきでは。きのうの官邸前は多くの再稼動反対の人たちでうまったー美しい人たちが 理想を訴えるのは 気持ちは 分かりますが、増税反対、原発反対は 自明で、それで国がやっていけるかの 分析と対応無くしては、無責任何にもならない騒ぎで無駄では。責任の無い人は良い。
2012.07.09
2012年7月9日 9:02 最近新聞の折り込み広告に学習塾関係のものが激増したように思います。世の中がますますお金中心になってきていることと関係して、いわゆる学歴が頼りということになってきているのでしょうか。 確かに日本は異常では?子供たちを、 ロボットのように、 勉強させようとしていますね。 これは、成長を歪めるのでは。何でも 程よいくらいが 良いですね。画一的も 大いに問題では。日本は、 教育で、自滅する可能性もあるのでは。 変な教育で、変な人間、 変な社会を 構成してですね。
2012.07.09
2012年7月9日 9:03 「表現の自由」と「思想の自由」の共存は不可能?わが国には「表現の自由」と「思想の自由」と言うものが存在します。その中で例えば、この思想は反社会的で危険だ。禁止する。と言う事があった場合、これは「思想の自由」に反する事と受け止められる時もあります。基本的に、 考えることと、 その表現は 自由と考えられますが、 確かに、 自殺の進め等 理論的に考えて、広めようとすれば、なんらかの 制約を受けるのでは。 全く、自由とはならないのでは。そのような意味で、全く、 自由とはならないですね。
2012.07.09
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